魔女狩り。それは異端者であり人間に害を成す存在と言われている「魔女」を吊し上げ処刑する行為……言わば娯楽だ。
当然ながら人間の住む世界に魔女は存在していなかった。吊るされ死んでいった女たちは全員冤罪、濡れ衣を着せられて殺された者たちだ。なぜ彼女らは死ななければならなかったのか、なぜ魔女狩りが行われるようになったのか。すでに亡き者となってしまった彼女たちを納得させられる言葉は、どこにも存在しないだろう。
「殺せ、魔女は皆殺しだ!」
「異端者め、今までよくも抜け抜けと人間面してくれたな」
「殺せ、殺せ、殺せ……!」
絞首台に立つ少女の前に集まった民衆が、好き勝手に彼女の処刑を肯定していく。大きく声をあげる者たちに隠れて目立ちはしないが、少女がいつ吊られるかと、目をギラギラ輝かせて待ち望んでいる者も大勢いる。
民衆の熱気が最高潮に達したと思わしき頃合いで、魔女の処刑を執り行う役職の男、いわゆる処刑人が声を張り上げた。
「これより魔女の処刑を行う!」
少女の細い首に縄の輪がかけられる。少女があと一歩前に出ればそこに足場はなく、彼女の息の根が止まるまで、いや止まったあとでさえも人々が吊るしている限りは永遠に、彼女は首にかけられた縄の輪一つを頼りに空中でとどまることになる。
処刑人の男がその腐った人間性を、口元の歪みに変えて少女へ見せびらかす。
「言い残すことはあるか?」
男が少女の背中に手を当てると彼女は小さく悲鳴をあげた。衣服の下に隠された彼女の背中には、魔女の刻印があるからだ。言い換えるのならば、今自分に話しかけている男に圧された焼き印が、未だ生々しい痛みと共に背中に残っている。
しかし少女は精一杯の笑みを浮かべて言う。
「一つだけいいですか」
男は自分こそが正義だと言わんばかりの大声で民衆に告げる。
「皆の者、魔女から言い残すことがあるそうだ」
そんなものは必要ない、殺せ。……と、処刑人の男に劣らぬ芯の通った声で、民衆の中から一人の男が言った。しかし処刑人の男はその要求を受け入れない。受け入れてしまっては、面白くないからだ。
「ほら、早く言え。お前に割く時間すら本来惜しいのだ」
少女は息を吸う。これが最後だと言う風に大きく、大きく吸い込む。
「このクズども、私は魔女なんだ、お前たちを一人残らず殺してやる!」
叫んだ少女は、彼女の吐いた言葉の意味を民衆らが理解する前に、自らの足で一歩前の空中へ飛び出した。
一時呆然となった民衆たちだったが、やがて誰からともなく、人類の敵を討ち取ったが如く熱狂的な喝采をあげる。処刑人の男はそれを全身で浴び、愉悦に口元を歪めた。
魔女と断定されてから処刑に至るまでの時間はそう長くない。異端を一日でも早く始末しなければならないのだから、法を犯した「人間」を裁き殺すことと比較にならないほど、裁きの日から処刑の日は近くなる。
濡れ衣を着せられた者たちは当然すべてを恨む、憎む、呪う。民衆に対して「絶対に殺してやる」と言い残して死んでいった「魔女」とされる者たちは、数えることを諦めたくなるほど多い。
それだけの数、処刑は実行されたのだ。しかし未だかつて一度も、死後の魔女から祟りが下ったことはない。だから民衆は、魔女が最期に何を言おうと鼻で笑うのだ。妖しい術を使うと言いがかりをつけ、人ならざる者に怯えるような素振りを見せて、それを理由に殺しているというのに。それなのに民衆は、この世から消えた魔女からの恨みを少しも恐れはしないのだ。
呪いの言葉を残した直後に自ら首を吊った魔女にはそうそう前例がないため、確かにあの時は誰もが意表を突かれた。が、それでもやはり処刑を見届けた彼ら彼女らに、処刑された少女の言葉が響くことはない。また時が過ぎれば、誰かが新たな魔女と断定され処刑されるのだろう。ここにいる人々はそうしてずっと変わらないのだ。
……本来ならそのはずだった。
「おいキミ、起きろ」
月明りさえカーテンに遮られた暗い部屋で、ベッドの上ですやすやと眠っていた少年が肩を揺すられる。
「なんだよ、まだ夜だろう……?」
まぶたをこすりながら少年が体を起こすと、彼は自分を起こした者が身内ではないことに気が付く。
盗人、もしくは人攫い。とにかく自分にとって許容できない害を成す存在だ。咄嗟にそう感じた少年はベッドから跳ね起き、身構える。
「な、なんだお前。誰だ……」
暗闇のせいで相手の姿はなんとなくしか把握できないけれど、相手の背丈が自分よりも小さいことはなんとか察知した。少年の心から怯えが少しだけ取り除かれる。
「ボクかい? そうだなぁ、カーテンを開けておくれよ。そうすれば分かるはずだよ」
暗闇の中から返ってきた声は女性のものだった。少年は自分がそれに少し安堵してしまったことと、その安堵は油断であることを自覚する。
「そ、そうやって油断させる気か。俺はお前から目を離さないぞ、絶対に」
「そうかい? ごめんね、怖がらせてしまっているようで。まあ、ついでだ、許しておくれ」
少年は、暗闇の中で相手が腕を上げたような気がした。彼は全身を強張らせ臨戦態勢に入る。
身構える少年の背後でカーテンが独りでに開き、月明かりが部屋に差し込む。
「……あっ、あぁっ……!」
ようやく目の前の存在が何であるのかを少年は理解した。
月明かりに照らされて、そこには見知らぬ少女が立っていた。部屋の壁には彼女のシルエットが映る。映った影は人のような形をしていながら、頭から獣のような角を二本生やしていた。
化け物。そう口に出そうとするが少年の舌は怯えに震えるばかりで、足からは力が抜けていき彼はベッドにぺたんと座り込むことになった。
「大声を出すのはやめておくれ、夜中だからね。みんなまだ寝ている」
言われて少年は今さらながらに気が付く。そうだ、こんな状況で助けを呼ばないなんてどうかしている。家の中には両親がいるのだ、きっと助けてくれるに違いない。
しかし、彼は悲鳴を上げようとしてさらに別のことに気が付く。声が出せない。生まれた時からずっと、自分は声の出し方を知らなかったかと錯覚するほど、喉から音を出す方法がわからなくなってしまっている。
「大丈夫、怖くないよ。痛いことも苦しいこともなんにもしない。ただキミと話がしたいだけなんだ。落ち着いてくれたらもちろん声も返すよ。ねぇ、だからほら、深呼吸をしてごらん?」
角頭の少女がそう言って一歩少年に近寄ると、彼は必死に悲鳴を上げようとしながら、腕をでたらめに振って「近づくな」と全力で示した。少女はため息を吐く。
少年の腕からは急に力が抜け、だらんと肩からぶら下がったようになる。彼がどれだけ努力しても、その腕を動かすことはできない。
「そんなに拒絶されるとさすがに悲しいな。ボクのことがそんなに嫌いかい? 今すぐ消えてほしい?」
声を奪われ、腕を封じられた少年に返答の自由はない。しかし少女は確かに少年からの答えを受け取った。彼の心の声を直に聞いた。
「そうか、嫌いか。……でもそれはダメ、受け入れられない」
少女が指先に火を灯す。どういう原理か、少女の指先から突然小さな火が出たのだ。
「知っているかい? 火って体に当てられると熱いんだよ、痛いんだよ。キミが想像するよりもずっとね。熱いのだか痛いのだかわからないくらいに、とにかく苦痛なんだ」
少女がまた一歩少年に歩み寄る。気づかぬうちに、少年は足の自由も奪われていた。棒のようになって動かせない。
「ボクはキミと話がしたいだけなんだ。本当だ、信じてくれ。だからさ、少しでいいから、深呼吸をしておくれよ。ボクの言うことをきいてくれ。頼む、お願いだ」
少女が生み出した火は徐々に勢いを増し大きくなっていく。もはや少年に拒否権はなかった。彼は精一杯息を吸い込み、そして吐き出す。吸い込む空気は火にあてられて少しだけ暖かかった。
それを見て少女は火を消し去り、満面の笑みを浮かべ喜ぶ。
「ああ、いい子だ! とてもいい子だ。そう、それでいいんだよ。キミは偉いねぇ、偉いえらい!」
少女が少年を抱きしめて頭をなでる。当然これに対しても少年に拒否権はないわけだが、それとは別に彼はいよいよ混乱し始めた。
自分を抱きしめ頭をなでる少女は間違いなく化け物だ。しかし、では何を目的にここへ? 盗人や人攫いならこんなことをするだろうか。そもそも人ならざる力を有しているのだから、悪事が目的ならとっくに成しているだろうに。
キミと話がしたいだけなんだ。そんな少女の言葉が少年の頭をよぎる。
鵜呑みにして信じられるほど、突如現れた化け物を信用することはできないけれど。でも、あまり疑いばかり持つのもまずいかもしれない。実際、敵意を向けられた化け物は怒っているようだったじゃないか。
怖いけれど、化け物の言うことに従っていた方がいいかもしれない。人間と変わらない体に抱きしめられ、人間と変わらない手でなでられる少年は、化け物に媚びを売る勇気を持とうと決意する。
少年がそう決意した瞬間。
「あ、やっと落ち着いてくれたんだね。やっぱりキミは偉いねぇ、よしよし」
愛おしくて仕方がないといった様子で、さらに熱心に少年をなでる少女。心が読まれているということにも、そろそろ少年は気が付いてきた。
「そうだよ、ボクは人の心が読める。でも大丈夫、何を思っていたって、気にしないでいてあげるから。だからキミは心配せずに、なんでも好きなことを考えるといいよ。……あ、そうだ、声も返してあげようね」
途端に少年は声の出し方を思い出した。
「あ、あの」
「うん、なーに?」
「あなたは、どうしてここへ来たんですか……?」
少女が恍惚の声を上げる。
「ああそんな、「あなた」だなんて! さっきまでは「お前」って呼んでいたのにね! 大丈夫だよ、なんて呼ばれても怒ったりしないから。もう、かわいいやつだなー」
今度の少女は頭をなでる代わりに頬ずりをし始める。少年に伝わる頬の感触も人間らしい物だった。
「えーとそれで、どうして来たのかだよね。それはさっきも言ったようにキミと話をしに来たんだけど、じゃあどうして、何を話しに来たのかというとね」
少女が不意に頬ずりをやめて、密着させていた体も適切な距離にまで離す。そうして空いた両手で、少年の首を包むように握る。苦しくならないように力は加えず、けれどもまるで絞め殺そうとするかのように、少年の首を握る。
「最近、キミと同じくらいの歳の女の子が処刑されたでしょう? 首を吊ってさ」
心を読める彼女は、少年の恐怖もしっかりと感じ取る。感じ取りながら、その手を離すことはない。
「キミ、あれを見てどう思った?」
少年がとっさに答えようとして、一瞬躊躇する。その瞬間に少女は、少しだけ首を握った手に力をこめて、少年を恐怖で硬直させる。
「そうそう、いいんだよ。言わなくてもわかるから、キミは声にしなくてもいいの。まだ怖いもんね」
首から手を離して、月明かりに角を映す少女がほほ笑んだ。
「かわいそうって思ってくれたんだよね。こんなことおかしいって思ってくれたんだよね。キミは、彼女の唯一の友達だったんだものね。ありがとう、キミはやっぱり偉いよ」
そう言いながら、少女は少年を押し倒した。
困惑する少年だったが、声は戻っても手足の自由は未だ戻っていない。抵抗できないので、おとなしくされるがままにベッドへ背中を預ける。
少女が手のひらで彼のまぶたを覆う。光を遮られた視界に広がる一面の闇を見渡す少年に、彼女は優しい声で言う。
「ここから先の話は長くなる、きっと夜も明けるだろう。それに付き合ってもらっては悪いからね、眠ってくれていいよ。続きは、夢の中で話そう」
その声を聴いたとたんに、少年は強烈な眠気に襲われる。それに抵抗する意味はもはや無いと感じて、少年は眠気のおもむくまま意識を手放した。
眠りにおちた少年から手を離して、少女は彼の寝顔に慈しむようなほほ笑みを向ける。
「ああ、本当にいい子だね」
誰にも触れられずにカーテンが閉まっていき、部屋に再び闇が訪れる。その闇に溶けていったかのように、角の生えた少女の姿も消えてなくなっていた。