夜風に当たりながら俺は外を歩いていた。いつもネオンの照明で明るかった夜の現代日本とは違い、この時代は本当に暗い・・・・いや、空を見上げれば星空が奇麗に輝いていた
「昭和の時代じゃ見られない物だな・・・・」
空を見上げながらポツリと俺はつぶやいた。そうだ、せっかくの奇麗な夜空だもっと高いところで見よう。
そう思った俺は高いところのある場所に向かった。
「あ……」
「ん?」
すると坂道を上っている途中で、寝具を着た姿の信奈と鉢合わせした。もう、昼間に見た「魔王信奈」ではない
いつもの不機嫌そうに口をへの字に曲げている、普通の女の子らしい信奈だった
「なんだ。これからあんたを呼びに行くところだったのに」
と、つまらなそうに言う信奈
「そうか。それは手間が省けたな。ここじゃなんだ。ちょっと高いところまで行こう。せっかくの星空だ。星を見ながら話すのも悪くないんじゃないか?」
「なによ。偉そうね・・・ま、いいわ。さっさと行きましょ」
「了解」
そう言い俺と信奈は俺を本丸の頂上、つまり天守に連れてきた。そして天守にある部屋で信奈は縁側から月を見上げながら、大切にしているらしい地球儀を懐に抱いて何かを呟いている。何を呟いているんだろうか不思議に思ったが、どうやら何か歌みたいなのを歌っていたみたいだ。
そして歌が終わり、しばらくの間、信奈はじっと月を凝視していた
俺は黙って彼女の隣に立ち月を見ていた
「いつの時代も月が奇麗なのは同じ・・・・か」
俺がぽつりとつぶやくと
「あなたのいた時代でも月はあるの?」
「あるに決まっているだろ?まあこんなに明るい月を見るのは久しぶりだがな」
「そう・・・・・ねえ」
「なんだ?」
「あんた、この世界が球の形をしてることを知ってるって言ったわよね? 南蛮の場所も知ってるって」
「それがどうした?」
「わたし、あんたの言葉を本当は全然信じてなかったんだけど、もしかしてホントかなって思い直したのよ」
「急になんでだ?」
「ひとつには蝮の考えていることを言い当てたってのもあるけどね……あれはただのハッタリかもしれないとも思ったわ。あの武器だって本当は南蛮が秘かに作ったんじゃないかって思いもしたわ。でも・・・・あんたが示した南蛮の場所が当たってたから・・・だから信じようと思ったの」
そう言い大事に抱きしめている地球儀を見る信奈
「この地球儀はわたしの宝物なの。子供の頃、南蛮の宣教師に貰ったのよ。その青い目の宣教師から、いろいろ教わったわ」
そう楽しげに笑いながら語る信奈に俺は耳を傾け静かに聞いていた
「わたしはね、あの宣教師から色々なことを教わっているうちに、いつか天下を一つに治めたら、日本を飛び出して世界中を巡ってみたいって思うようになったの。日本人がまだ見たこともないこの広い世界の何もかもを、この目で見てみたいのよ。だから、海の向こうからやって来たあの人が、わたしの夢の原点」
「随分と親切な宣教師だったんだな」
「まあね。びっくりするような新しい話ばかりを聞かされたわ。もう死んじゃったけどね……」
「そっか……なんか、悪いな」
「どういうわけか、わたしが好きになって頼りにした人って、みんなすぐに死んじゃうのよ。父上もそうだったわ。蝮も今、美濃で豪族たちから突き上げられているらしいの……わたしなんかに国を譲るなんて言うからよ。死んじゃうかもね」
信奈は寂しげな笑いを浮かべた
「ねえ、政宗……わたしが勘十郎を斬ったら、次々と親しい人を斬り続けることになる……みたいなこと言ったわよね」
「ああ」
「どうして断言できるのかしら? あんたに、わたしの心が分かるはずないじゃないの」
「それは……そうだな、俺が未来人だからだろうな」
「それじゃあんた、わたしの未来も全部知ってるの?」
そう不安そうに言う彼女に俺が言った言葉は
「さあ、知らないなそんなこと」
「え?」
俺の言葉にきょとんとした顔をする中、俺は言葉をつづけた
「確かに俺はこの戦国時代の歴史を知っている。そしてお前に似た戦国武将もな・・・・だが、それは紙で書かれた記録でのことだ。歴史とは今生きる人間個人個人の物語さ、それを歴史での記録という鎖で縛ることなんか御免被る」
そう言い俺は信奈の顔を見て
「信奈。ドイツという南蛮の国にエルヴィン・ロンメルという将軍がいた。その将軍は人生に何を言ったと思う?」
そう言うと信奈は首を横に振ると俺はこう言った
「『自分の人生は自分で演出する』ってさ。だからお前はお前の人生を歩み信奈として人生を演出して見ろよ。歴史なんて可能性の一つさ、道は一つじゃない。お前が好きにやればいい。まあ、さっきみたいに暴走しようもんなら止めるけどな」
不適の笑みでそう言う俺に信奈は
「バッカみたい・・・」
とそう言うがどことなく嬉しそうな表情だった
「でも。いいの政宗?うまくわたしを操ろうとは思わないの?」
「傀儡政権なんてそれこそクソ喰らえさ。そんな面倒ごとは好きじゃないんでね。第一、俺たちはこの世界の人間じゃないしな。この世界の天下を統一できる奴は、きっとお前しかしない」
俺は頭を掻きながら続ける
「だから俺は、さっき言ったように俺に先が読める範囲で、お前が自分の道を逸れそうになったら、こっそりなんとかする。お前には、俺が知っている未来について何も知らせない。それでいいだろ」
そう言うと信奈は、ふふと笑い
「それじゃあ、あんたたちは私とともに歩んでくれる?」
「少なくともそうするつもりだ。帰り道が見つかるまでな」
「戻ったらあなたたちはどうするの?」
「さあ、まあいつものように国のため忠義を尽くし国に害する侵略者相手に戦うまでさ。それが俺たち大日本帝国軍の務めさ」
「……そう。なら、それでいいわ。それまでは」
「ああ、その時まではこの時代でお前に協力するよ。陸、空でお前を支えてやる。出来る範囲でお前の夢が叶うよう手伝うとするさ」
「それじゃあ、わたしの夢がいつまでも叶わなければ、帰れないわね」
「おや?これは一本取られたな。まあそれはそれでいいかもな」
俺がそう言い微笑むと彼女も微笑む。すると信奈は
「でも、政宗。あんたは?」
「ん?」
「あんたの夢は? 協力に対しては、御恩で返さなきゃ。あんたの夢、わたしが叶えてあげてもいいわよ」
「そんなに気を使わなくてもいいぞ?」
「ダメ、それじゃあ私の気が収まらないわ」
そう言う信奈。俺の夢、か・・・・・
「ねえ、あんたの夢って、このわたしが叶えてあげられる夢かしら?」
不意に、秀吉公の笑顔が頭に浮かんできた。秀吉公の約束もあったよな……
「どうしたのよ、黙り込んで。まさか夢とかないの?」
「いや、夢はあるんだが……二つもあるんだ」
「二つも? 欲張りねあんた。まあいいわ、言ってみなさい」
「まず一つ目は、秀吉公の墓を建てることだ」
「秀吉公?」
「おう」
「誰なのよ、その人?」
「この世界にきて、偵察中に右も左も何も分からないまま合戦に巻き込まれた俺を見ず知らずの俺を助けてくれた人だよ」
「そうなの……でも、墓ってことは……」
「ああ、秀吉公は俺を庇って死んじまった。今は森の中に埋葬したが、ちゃんとした墓を作って供養したいと思っている」
信奈の顔が神妙なものになる
「本当なら、ここにいるべきなのは俺なんかじゃなくて、その人のはずだったんだ。秀吉公は足軽から英雄に上り詰めるような偉大な男だったのに、俺を助けたせいで、足軽のままこの世を去っちまった」
夜風が俺の髪をそっと揺らす
「だから俺の二つ目の夢は、秀吉公が成すはずだったことを代わりに成すこと。つまり秀吉公の代わりにお前を支えることだな。まあその約束がなくても俺は君を支えるつもりだけどね」
「その秀吉公という人はわたしに仕えるはずだったの?」
「俺の知ってる歴史ではな。あ、これは別に未来を教えたワケじゃねぇぞ。お前の質問に答えただけだ」
「そう……分かったわ。あなたの夢・・・・・」
そう言い信奈は俺に手を伸ばす
「ん?」
「握手よ。これ、これからもよろしくっていう意味なんでしょ?だから握手よ」
「おお、そうだったな。信奈。これからもよろしく」
「うん」
そう言い俺と信奈は手を握り握手をした。この先どうなるかはわからない。だが俺たち日本軍は元の世界に戻る時まで・・・・彼女の夢をかなえるため戦うと決めた。
そして夜空に輝く月は俺と信奈を優しく照らしていたのだった
「そろそろ部屋に入ろうか。風邪ひくし」
「そうね・・・・」
そう言い俺つ信奈は部屋に入ろうとしたとき
「あ!ここにいたんですか大佐!!」
「辻?」
天守の階段から突如、辻が慌てて登ってやってきた
「どうしたんだ?そんな血相を変えて?」
「いえ、お楽しみのところ申し訳ないけど、今月島基地から緊急電が届いたのよ」
今、なんか変な言葉が聞こえた気がしたけど・・・・それよりも
「緊急電?どんなのだ?」
俺がそう言うと辻は手に持っていたメモを読み上げる
「はっ!電文内容は『北川基地の偵察機から、尾張沖の数キロ離れた小島に我が軍の艦隊を発見した』とのことです」
「なに!?艦種はわかるか!?」
「え?ちょっとどうしたの政宗?」
メモの内容に驚く俺に信奈は首をかしげる中、辻の言葉は続いた
「はっ!艦種は中型空母1、重巡洋艦1、駆逐艦4、輸送艦1、給油艦1.
そして・・・・・・・・・
・・・・・・大和型戦艦1とのことです」