ここは私立リディアン音楽院。
さて、我らがダッシュ部の五人娘はノイズ退治もこなしながらこの学院で学業の方にも力を注いでいた。
というのも? 彼女達の本業はむしろこちらと言わざるえないだろう。
音楽の学校なのに何故か農業部がある事が不思議だが、もはや、かれこれ長いことやっているので学院の人達からも受け入れられている。
その理由は…。
「あー、兄ィお願いがあるんだけどー、ウチらの部室の増築の件なんだけどさ」
「ごめん!リーダー!実は最近ウチの実家の野菜が売れ行き悪くってさ!」
「ねー、谷子ー、今度BBQを友達とやるんだけど炭の作り方ってどうすんの?」
「松姉ぇ、料理教えてー」
「智絵ー、ちょっと見てよー、部活で使ってたピッチングマシーンが壊れてさー」
とこんな具合に毎日、農業部は大盛況だからである。
そんなこんなで彼女達はあちらこちらに引っ張りだこ、毎日忙しい日々を送っていた。
これに加え、ライブやノイズ駆除、そして、ノイズの被害にあった被災地復旧の手伝いにたまに街外れの村や無人島などにも足を運ぶため大忙しである。
「か、身体がもたへん」
「いやー、ハードだねハード」
「逆に捉えたらめちゃ充実してない?」
「「いやいや、ないない」」
そう言うと顔を引きつらせ智絵の言葉を全力で否定する多津音とリーダー。
ただでさえ、毎日のように学生から依頼が来るのに時間がいくらあっても足りない、さらには学校からも依頼が来る始末。
これにさらにライブやらいろんな本業での活動が上乗せされていけば、そうなるのも頷けてしまう。なんでもこなせてできてしまうというのも考えものである。
そんな忙しい毎日の中でも。
「よー、今日も大忙しだなぁ」
「!? 姉御ー! 待ってました!」
「今日はドーナッツ! プリン?」
「へへへー、残念、シュークリームでしたー」
「しゃあ! テンション上がってきたー!」
こうして、たまに彼女達には師匠である奏から差し入れがやってくる。
奏も彼女達から農業部所属という事に勝手にされているが、こちらはツヴァイウイングのライブや身体の調整、翼の件もあって彼女達の活動に積極的には参加できない。
その分、こうして彼女達に差し入れなどをしてあげ、少しでも力になれたらという心遣いを毎回差し入れという形で奏は示してくれているのだ。
「ごめんなー、大変なのにお前らも」
「何言ってんですかー、姉御は畑の種植えや田植えとかも手伝ってくれたじゃないですか」
「けどさ」
「だいたい、姉御は私らが勝手に所属ってしただけだし、こうして差し入れくれるだけでもありがたいよ」
「おおきになぁ」
そう言って差し入れを持って来てくれた奏に感謝の言葉を述べる農業部、部員達。
奏は彼女達がどんな事をやってきているのかを知っている。
ノイズの被災地に赴いては炊き出しはもちろんの事。
破壊された建物の再建のお手伝い、はたまた、ノイズ襲来で家族を失った子供の保護を求めて働きかける運動など多岐に渡り行なっている。
こんな一見して、愉快な仲間とワイワイやっている彼女達だが、その生い立ちは奏と重なる部分があった。
それは全員、ノイズで被災し孤児になったという事だ。
この五人はこの学院に来るまで、孤児だった。
五人で集まり、五人で逞しく生きぬき、そして、五人で生活していた。
なんでも五人でやってきたのである。周りから助けられ、五人で生きてきた。
彼女達の中心にはいつもリーダーである繁奈が居て、兄貴肌の多津音が居て、そして、他の三人が二人を支えて来た。
現在では製造不可能な異端技術の結晶である聖遺物の欠片より作り出されたアンチノイズプロテクター『シンフォギア』。
彼女達は自分達のような悲劇を繰り返さない為にノイズを駆逐する術を探していた。
世界を巡り彼女達はさまざまな文献を読み漁り、遺跡を訪れた。
何かの悪戯かそのノイズを駆逐する術を彼女達は世界を渡り歩き、模索している最中にノイズの襲撃に再び合うことになる。
その襲撃の際、彼女達の身体にはとある建物の破片が足や腕、頭部などさまざまなところに入り込んでしまったのである。
それが、山城と呼ばれる古代から残っていた謎の建造物であった。
「あん時はやばかったね、医者から言われたもん、貴女、心肺停止3回くらいしましたよって」
「臨死体験したねー、ほんと」
「懐かしいなぁ、なんで私らこうして無事なのか今でも不思議で仕方ないよね」
そうした、奇妙な体験が重なり、彼女達の手にはノイズを駆逐するための術、フルセット(シンフォギア)を手に入れるのに至ったのである。
そして、日本に帰って来たところをなんやかんやで特異災害対策機動部二課の司令官であり風鳴翼の叔父である風鳴弦十郎に捕獲されてしまった。
そんなこんなで、彼女達は特異災害対策機動部二課の監視のもと特別処置で放し飼い。
それで現在に至るというわけである。
「なぁ、今度さ、私らと一緒にステージに立ってよ、メインボーカルは智絵と私達で七人で歌えりゃかなり盛り上がると思うし」
「えー、私らと姉御達が?」
「つばっちが嫌がんじゃないの?」
「バーロー、私が歌いたいって言ってんだからなんとかなるって、それに…」
奏は優しい眼差しをダッシュ部員達に向ける。それは、彼女達の歌が紛れもなく一級品である事を知っているからだ。
それに翼にも彼女達の事をもっと知ってほしいと奏は思っていた。
何故、自分がこれほどまでに彼女達を気にかけるのかという事を理解してもらいたいと。
「いい加減、あんた達も翼も見返してやんないとね?」
「まぁ、姉御がそうまで言うなら仕方ないよなぁ」
「見返すって意味じゃ別の意味で毎度、度肝を抜いてたような気がすんだけど」
「まぁ、そりゃそうなんだけど」
そう言われてしまえばたしかにそうなのだが、奏が言いたいことはそう言う事ではない。
ーーーいろんな意味で度肝を抜く事には長けている。
それはそうだろう、彼女達が毎回あんな戦い方をしてれば驚きの連続だ。それが、シンフォギアでやっているというのだからなおさらである。
すると、ここで国舞がふとした疑問を奏に対して投げかけはじめる。
「でもさー、姉御が私らに目をかけるのってそれだけじゃないよね?」
「んー…そうだねぇ…。なんて言えば良いかなぁ」
そう、確かに同じ境遇であるものの、それにしては理由が薄いように感じたのだ。
奏が彼女達を目をかけ、可愛がっているのは別の理由があった。
奏は智絵のそばに近寄るとガシっと肩を組み顔を寄せて、農業部の全員にこう告げ始めた。
「どう、智絵と私って似てるだろ?」
「いやどうって…」
「まぁ、髪型と目の色を除けば顔のパーツとかそっくりちゃそっくりですけど」
そう言って、顔を近づけてみせる奏の言葉に肯定するように頷く多津音。
するとここで、奏から衝撃の言葉が飛び出してくる。
「実はさぁ、従姉妹らしいんだよね、私達」
「えぇ!? マジで!」
「え! 嘘でしょ!」
「ほんとほんと、対策機動部二課の人から教えてもらってさ、奇妙な縁だよね」
「え!!? そうだったんすか! マジで!」
「いや、お前も驚くんかい」
そう言って、肩を竦める奏。そして、事実を聞かされ驚愕の表情を浮かべる智絵に突っ込みを入れるリーダー。
確かに顔の形は似てるし、やたら智絵のノリに付き合ってあげる奏の姿を毎回目の当たりにしているので何かしらあるんだろうなとは思ってはいたが、境遇が一緒の従姉妹となれば確かに親近感が湧いても仕方ない。
それにと、奏はさらに話を続ける。
「それとさ、しげちゃんがさ…。私の妹に似てんだよね面影とか」
「えー! このちんちくりんがですか!」
「女子力が皆無で中身おっさんですよ!」
「おい、ちょい待て、君ら僕をなんやと思うてんねん!」
「あはははは、…まぁ、面影もそうだけど、顔つきなんかもね…それが理由かな?」
そう言って、暖かい眼差しを繁奈に向ける奏。
もし、妹が生きていたのならこんな感じじゃないだろうかという彼女に重ねている部分があった。
しかし、それを聞いた彼女達はというと。
「絶対、姉御の妹さんの方が可愛い」
「間違いない」
「……………」
「リーダー元気だしなよ」
リーダーと奏の妹を比べるのが失礼だと言わんばかりの全否定。
あまりの言われように、リーダーの背中からは哀愁が漂っている。
しかしながら、あのツヴァイウィングの天羽奏の妹ならば確かにそう断言されても致し方ないと言わざる得ない。
ーーーわかっとったで。
落ち込むリーダーを慰める国舞。
とはいえ、彼女達が今の今までこうしてまとまってこれたのはリーダーである彼女のおかげであることは言うまでもない。
それからしばらくして、奏は部室にある席から立ち上がると扉に手をかける。
「あ、姉御、もう行くの?」
「悪い、この後、翼とライブの打ち合わせがあってさ」
「あー、なるほど、姉御も忙しいねぇ」
「はははは、もう慣れっこさ! あ、そう言えばいい忘れてたんだけど」
そう話しながらドアノブを回し、扉を半開きにしている奏は足を止める。
どうやら、最後に何かしら彼女達に言いたいことがある様子であった。
奏は笑みを浮かべたまま、こんな話を彼女達に切り出しはじめた。
「私になんかあったら、あんた達に翼の事、お願い出来るかな? ほら、こんなご時世だからね?」
そう告げる奏は優しい表情をのぞかせながら話す。
ノイズとの戦いは紙一重の戦いもある。これから先、自分に何があるのかわからない中、信頼できるのは彼女達だ。
すると、彼女達は全員、奏のその言葉を聞いて顔を見合わせると満面の笑みを浮かべてサムズアップを返した。
「任せときなよ! 姉御の為なら私ら何でもやるからさ!」
「そうそう、心配ご無用!」
「ははっ。それ聞いて安心した。それじゃあんた達も良かったら私達のライブ見に来なよ! じゃね!」
そう話しながら、扉を開いて部室から出て行く天羽奏。そんな彼女の後ろ姿を彼女達は静かに見送る。
毎日が輝いているような明るさが天羽奏にはあった。
こうして、天羽奏と別れたリーダー達は改めて、今回、差し入れで貰った奏のシュークリームを頂く事に。
だが、彼女達はこれが、シンフォギアの師であり、大事な部員である天羽奏との最後の会話になるとはこの時、夢にも思っていなかった。