インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
放課後、剣道場にて……。
「どういうことだ」
「いや、どういうことって言われても」
ギャラリー満載の中、一夏は篠ノ之と手合わせ開始して十分後にアッサリと負けた。一夏の無様な姿に篠ノ之はすぐに面具を外して目じりがつり上がって怒っている。
「一夏、多少は体を動かしておけって言っておいただろう」
「そう言われても俺、受験勉強してたし」
呆れながら言う俺に一夏は言い訳をすると、次に篠ノ之が激昂しながら問い詰める。
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「さっき一夏が言っただろ? 受験勉強してたから、って」
「……中学では何部に所属していた」
「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」
一夏が帰宅部なのは家計を助けるためにバイトをしていたからだ。
「……一応聞くが神代。お前は武道を嗜んでいるみたいだが、何部に所属していた?」
「俺も一夏と同じく」
尤も俺は学校から帰って速攻に師匠の家で修行だったから、ハッキリ言って部活以上の事はしていた。
そう思っていると篠ノ之は引き攣った顔をしており……。
「――なおす」
「はい?」
「ん?」
「鍛え直す! お前たちはIS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」
何故か俺も含めて稽古すると言って来た。
「え。それはちょっと長いような――ていうかISのことをだな」
「だから、それ以前の問題だと言っている!」
あ~らら。こりゃ言っても無駄みたいだな。やはり山田先生に教えてもらったほうが良いみたいだ。ま、一夏の場合は少し体を動かしておいた方が良いかもしれないな。あんな体たらくじゃ、ISの知識を学んで動かしたところで身体が付いていけないと思うし。
「全くお前と来たら……! おい神代、今度はお前の腕を見てやるから防具を身につけろ」
随分な物言いだな。まるで実力は俺より上だと分かりきってる台詞だ。
「悪いが俺はアンタの稽古に付き合う気は無い」
「なっ!?」
俺の台詞に驚く篠ノ之だが、それでも俺は言い続ける。
「それに俺がやってる武道は剣道じゃない。主に手足を使う方の武道だからな」
「だ、だがお前は何処にも部活に所属して無いと……」
「確かにそう言ったが俺は学校外で師匠に鍛えられてるんだ。大して体を動かしてない一夏とは違う」
「……一夏、本当なのか?」
「ああ。和哉は毎日師匠に扱かれてるっていつも聞かされてるし」
信じられないみたいに一夏に訊く篠ノ之。これでも今日の朝にトレーニングをした後に千冬さんと組み手をしたからな。それにさっきの手合わせを見て篠ノ之の実力は大体把握し、今の俺でも充分に対応出来る。
「そうか……すまなかったな神代。だがどの道お前の実力も知っておきたい」
「だから俺は剣道をやらないって……まあ良い。この際だからアンタに鍛え直される必要が無い事を分かってもらわないとな。一夏、竹刀を借りるぞ。それと少し離れててくれ」
「あ、ああ」
俺の台詞に一夏は俺と篠ノ之から距離を取った。離れた一夏を見て俺は竹刀を拾って篠ノ之と対峙する。
「さあ篠ノ之さん、いつでもどうぞ」
「………貴様、私を馬鹿にしているのか? 防具を着けずに私と手合わせをすると?」
制服のままで片手で竹刀を持ったまま構える俺に、篠ノ之は顔を引き攣らせながら言って来る。
「おい和哉、いくらお前でもそれは無茶だ。箒は中学の剣道大会に優勝するほどの実力を……」
「問題無い。
「……何だと?」
俺の『その程度』発言に篠ノ之は激昂寸前だった。安い挑発にすぐ乗ってくれるんだな。
「俺はいつも師匠と実戦に近い修行をしていたからな。アマの大会に優勝して自惚れてる今のアンタに俺は倒せないよ」
「っ!! そこまで言うなら貴様の実力を見せてもらおうか!」
「ま…待て箒! 和哉はまだ構えていな……!」
最後の引き金となったのか篠ノ之は完全に激昂し、一気に気迫が膨れ上がった。
へぇ、中々の気迫じゃないか。だがさっきも言ったけど、あの程度の安い挑発に乗るようではまだまだだな。
「いぇやぁぁぁぁぁ!!」
気迫と同時に切り裂くような雄叫びを上げながら、竹刀を上段に構えた篠ノ之が向かって来る。
そして竹刀が俺の頭に当たろうとする直前に……。
バシイッ!!
「な、何だと!」
「嘘だろ!?」
凄まじい音がすると攻撃をした篠ノ之、見ていた一夏だけじゃなく他のギャラリーも驚愕した。俺が上段攻撃をしてきた篠ノ之の竹刀を
「ふむ……もし昨日、これで一夏を殴っていたら確実に危なかったな。やはり昨日没収しておいて正解だった」
竹刀を受け止めた俺は大して痛そうな顔もせずに分析している。
この程度は師匠の攻撃と比べたら大して痛くないからな。小さい頃の俺だったら物凄く痛がって泣いてただろう。慣れと言う物は恐ろしい物だ。
「は、放せ貴様!」
「片腕だけならアンタでも逃れる事は出来ると思うが?」
「ぐぎぎぎぎ!!」
「? 箒、一体何してるんだ?」
歯を食い縛りながら力を込めている篠ノ之の行動に、一夏は不可解な顔をしていた。ついでに他のギャラリーも。
「どうやら無理みたいだな。まあ良いや。アンタがこの状況から抜け出せないなら、さっさと終わらせてもらうとするか」
先ずは受け止めてる竹刀を左へグイッとずらし……。
「うわっ!」
パシンッ!
竹刀をずらされて素っ頓狂な声を出す篠ノ之の頭に軽く面をして終わりっと。
「なっ!」
造作も無く篠ノ之を倒す俺に一夏とギャラリー再び驚愕した。一々驚きすぎだっての。
「とまあ呆気無い終わり方だったが、これで俺の実力は分かったかな? 篠ノ之さん」
「わ…私が……こ…こんな簡単に負けるなんて……」
俺に負けた篠ノ之はショックを受けて両手と両膝を地に着けている。
「俺は勉強やISに関しては全くと言っていいほど大した事は無いが、この丈夫な体と武道だけが俺の取り柄だ」
師匠に比べれば俺はまだまだ半人前だが、それでも誰にも負けないと心に誓っているからな。
「悪いけど
「………………………」
見下ろしながら事実を言う俺に篠ノ之は聞いていないように呆然としている。
「和哉! いくらなんでもそれは言い過ぎだろう!」
「事実を言ったまでだ。それに篠ノ之さんは武道の心得があるんだから、下手なお世辞を言うよりハッキリ言った方がいいだろう」
一夏が指摘するように言っても俺は何事も無く言い返す。
「それに一夏。お前の場合は篠ノ之さんの実力の半分以下じゃないか。以前は剣道をやってたと聞いたが、あんな有様じゃISの知識を学んで動かしても、身体が追いつかなきゃ意味無いだろうが」
「うっ………」
俺が指摘すると一夏は言い返さずに口篭る。
「お前は知識を学ぶ前に篠ノ之さんの言われたとおり鈍った体を鍛え直せ。良いな?」
「は…はい……」
「ほら篠ノ之さん、アンタもいつまでも落ち込んでないで一夏に………あれ?」
篠ノ之に一夏の相手を任せようとした俺だったが、先程まで俺の近くで両手と両膝を地面に付けていた篠ノ之がいつの間にかいなかった。辺りを見回すと篠ノ之は更衣室へと向かっている。
「ちょ…ちょっと待て箒! 何処へ……!」
「やれやれ、篠ノ之は意外と打たれ弱いんだな」
あの程度でヘコたれるとは情けない奴だ。武士を名乗るならもうちょっと気概を示して欲しかったんだが。ま、剣道に相当自信を持っていたアイツが、剣道歴も無い俺にアッサリと負けた事が相当ショックなんだろう。
『織斑くんてさあ』
『結構弱い?』
『ISほんとに動かせるのかなー』
ひそひそと聞こえる一夏に対する落胆した声と……。
『それにしても神代くん凄かったわね』
『素手で竹刀を受け止めるなんて』
『でもいくらなんでもさっきのアレは言い過ぎよ』
『女の子相手にあそこまで言うだなんて』
『実力差があると言っても多少気を遣うべきよね』
『ホントに神代くんってデリカシー無いわ』
『全く、これだから男はすぐ調子に乗るんだから……』
俺に対する賞賛と侮蔑の混じった声が聞こえた。
賞賛するギャラリーはともかく、陰口を叩く連中にはいい加減ウンザリしてきたな。
「そこで俺を罵倒してる見物客の皆さん、言いたい事があるなら直接言ったらどうだ? そんなに俺が嫌いなら一斉にかかって来るといい。尤も、アンタ等にそんな度胸があればの話だが?」
『!!!』
俺が殺気の無い睨みをした途端、俺を罵倒していた女子達が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去った。アイツ等はホントに口だけは達者だな。
「さて、これで邪魔者がいなくなったな。けどまぁ篠ノ之が行っちゃったから、今日は俺が代わりにお前を軽く鍛えてやろう」
「ちょ…ちょっと待て和哉! 俺たちはISについて学んだ方が……」
「さっき言ったろ? 知識を学んだところでISを動かしても身体が追いつかなきゃ意味が無いって。かと言って知識も学ばなきゃダメだから山田先生に明日補講をしてもらうように頼まないとな。まぁ取り敢えず今日は簡単な基礎訓練をしてもらうぞ。安心しろ、俺も一緒に付き合うから」
「げっ! お前の言う基礎訓練って半端無いのに!」
「つべこべ言わずにやるぞ。先ずは竹刀と防具を片付けた後、道場を出て部屋に戻りジャージに着替えたらトレーニングルームへ行くぞ。言っておくが逃走なんてバカな真似はするなよ?」
「はあ~~~………明日は筋肉痛になりそうだ」
渋々と俺に従う一夏。そして俺と一夏は片付けた後に道場を後にした。
◇
(私は……一体何をしていたのだ?)
剣道場の更衣室で着替えをしながら、箒は喪失状態であった。
本来だったら箒は、六年ぶりに再会した幼馴染の織斑一夏を鍛え直す予定だった。神代和哉もついでに実力を測ろうとしていたが、和哉の予想外な行動に激昂してしまい挑んだにも拘らず負けた。それもアッサリと。
『悪いけど
この台詞に箒は胸が深く突き刺さり、抉られたかのような状態になった。剣道大会に優勝した自分があんな事を言われる事に予想だにもしなかったから。
(だがそうなるという事は、私自身が慢心していた事になる)
もしそうでなかったら、自分は神代に再び挑んでいたと考える箒。
(昔は一夏がいたから、私は絶対に一夏より強くなろうと必死になっていた)
しかしそれはあくまで昔の話。一夏と離ればなれになっていた箒としては、ライバルと呼べる相手がいなかった。故に一人で鍛錬し、一人で上を目指していた。今までそんな状態だったから、自分より強い相手はそう簡単にいないと結論する。
そんな結論をあっさりと覆すかのように、同い年である神代和哉と言う男に出会った。そして和哉の挑発にアッサリ乗ってしまい、激昂した状態で挑み、難なく和哉に攻撃を受け止められた後にアッサリと敗北。そして和哉の最後の台詞により、箒の今まで築いたプライドが粉々に打ち砕かれた。
(情けない……あの程度の挑発に乗ってしまうどころか、あんな無様に負けるなんて……恥晒しも良いところだ)
箒は侮辱した和哉を恨んではいなく、武士と自負していた自分自身を蔑む。
あの時の和哉の挑発は冷静に聞き流し、心を鎮めて挑むべきだったのだ。だがそれとは別に箒は激昂してしまい、強烈な一撃といえど不要な物が混じっては意味が無かった。仮にその攻撃で和哉を倒したとしても、箒は今まで以上に思い上がっていたかもしれない。
(神代がいなかったら、私はこの先ずっと慢心していたな……礼を言うぞ神代)
箒は和哉を恨むどころか、逆に感謝していた。今まで自分が失っていた物を取り戻してくれたように。
(お蔭で私は更に上を目指す事が出来る……お前と言う強者を倒す目標が!)
そして息を吹き返したかのように箒は満ち満ちた顔になり、そして決意する。
「神代が言った『今の』私で倒せないなら、更に精進するまでだ!」
和哉の台詞を箒は理解していた。更に研鑽すれば和哉は自分を認めてくれると。
「アイツを倒したら一夏が私を見てくれて……はっ!?」
決意している箒だったが、ふと一夏の事を考えた。
(な…何故神代を倒したら一夏が私を見る事になる? そう言えば……一夏はいつも神代の傍らにいたな)
何かある度に一夏は和哉に頼っている事があった。まぁ男が一夏と和哉だけなら、一夏が必然的に和哉の側にいるのは何ら不思議ではない。
だがそれは箒からしてみれば気に入らなかった。頼る相手が幼馴染である自分より、中学で知り合った和哉を一番頼っていることに。
(これでは神代に嫉妬している事になるじゃないか! アイツは男だぞ! 相手が女ならともかく、男に嫉妬してどうする!?)
さっきまで和哉を絶対に倒すと意気込んでいた箒だったが、急に恋のライバルみたいに考え始めていた。
(と…とにかく今は神代を倒す為に精進しないといけないんだ! そうだ! アイツは私が倒すんだ!)
と、決意している箒であったが……。
(その後は神代の目の前で『一夏の事は私に任せろ』と言って……って違う!)
また変なことを考えていた。
「神代は男なんだ! 何で神代に向かってそんな事を言う必要があるんだ~~!」
だだっ広い更衣室で一人、物凄く馬鹿馬鹿しい事を叫んでる箒だった。
◇
「!!!」
「ん? どうしたんだ和哉?」
トレーニングルームで一夏と一緒に基礎訓練をしている最中、俺はいきなり悪寒が走った。
「い…いや、何か急に気色悪い悪寒が走ってな……」
「はあ?」
俺の台詞に一夏は首を傾げている。確かに俺自身も何を言ってるのかが分からないな。
「そ…そんな事より続けるぞ。まだ始まったばかりなんだからな。早くしないと夕食を食べ損なっちゃうぞ」
「はいはい、分かってるよ……ふっ! ふっ! ふっ!」
そして一夏は基礎訓練を再開し、俺も一緒にやるのであった。
(あ、そう言えば夕食後には布仏にアップルパイをご馳走するんだった。すっかり忘れてた)
夕食前には作っておかなければ、と考えてる最中に……。
「和哉、今夜は久しぶりに対戦するけど容赦しないぜ」
「ん? 対戦?」
「おいおい、忘れたのか? 今夜和哉のゲームやるって言ったろ?」
「ああ、そうだったな。篠ノ之の事があって忘れてた」
ゲーム対戦をする約束も思い出した。一夏が来る前にゲームの準備をしておかないとな。