インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~   作:さすらいの旅人

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第20話

「やれやれ。俺を円から追い出すのに随分と時間が掛かったな。まぁ取り敢えず今日はこのあたりで終わるとしよう」

 

「お、おう……」

 

「わ、分かりましたわ……」

 

 ぜえぜえと息が切れている一夏とセシリアに対して、俺は大して疲れていない。IS操縦経験がある代表候補生のセシリアでも、何度も俺と力比べをしたからかなり疲労していた。

 

「それと箒、ISを使っての素振りと基礎飛行は慣れたか?」

 

「………取り敢えずは」

 

「そうか。なら次にやる時は俺も一緒にやるから見せてもらうぞ」

 

「………分かった」

 

 俺の言う事に何も言い返さずに従っている箒。多少は疲れているようだが、一夏とセシリアと違って疲労困憊ではない。ただ素振りと飛行を中心にやっていただけだからな。

 

 何故こんなに大人しくしているかと言うと、あの時嫉妬全開で一夏に切りかかろうとした箒を俺が割って入って即座に大人しくさせた。嫉妬させる原因を作った俺にも非があったので大してキツく言わなかったが、『次にまた同じ事をしたら今度は有無を言わさずに追い出すからな』と声を低くして言うと、箒は俺の言う事を聞いてくれた。その後は俺達のやっている事に一切割り込まずに大人しく素振りと飛行をしていたのであった。

 

「それじゃ今日はこれにて解散だ。ほら一夏、立てるか?」

 

「な、何とか……」

 

 一夏はフラフラであるがすぐに立ち上がる。疲れてるとは言っても俺の訓練でそれなりに体力が付いてるからな。

 

「そ、それでは皆さん、わたくしはお先に……」

 

 そう言ってセシリアはフラフラしながらピットへ向かうと、俺と一夏も別の方のピットへと向かうが……。

 

「……それで箒。なんでこっち側に来るんだ?」

 

「私もピットに戻るからだ」

 

 箒が俺達と一緒に付いて来た。

 

「いや、セシリアの方に――」

 

「ぴ、ピットなどどっちでも構わないだろう! そうだろう和哉!?」

 

「はいはい、お好きなように」

 

 せめてこれ位は一夏と一緒になろうと言う箒の考えを読んでいたが、俺は特に反対しなかった。一夏と一緒にいる事で機嫌が直るんなら、それはそれで構わないからな。

 

「よっと」

 

 ISの展開解除をしたと同時に、疲れていない体が急に重くなった。先程までISの補正があったから大して疲れてなかったからだ。だが体が重くなったとは言え、俺自身はまだそんなに疲れていない。夕食後にトレーニングルームでも行って体を動かしておくか。

 

「ふう……」

 

「一夏、あの時は訓練しながら見ていたが無駄な動きが多過ぎる。だから疲れるのだ。もっと自然体で制御できるようになれ」

 

 こらこら箒。アンタは疲れている幼馴染にそこまで言うか? と言うか箒もあんまり人の事は言えないぞ。

 

 そう思いながらも俺は体に纏わり付いてる汗を予め用意しておいたスポーツタオルで拭きながら、一夏に別のスポーツタオルを放る。

 

「ほれ。それで汗を拭いてろ一夏」

 

「おう、サンキュー」

 

 まるで投げられる事が分かっていたかのように受け取る一夏に、俺をジッと見ている箒。分かってるっての箒。一夏と二人きりにして欲しいんだろ?

 

「そんじゃお二人さん、俺はお先に。どうぞごゆっくり」

 

「え? 此処で着替えないのか?」

 

「そこにいる箒が俺をジッと見ているからな。そんなに見られちゃ着替えれないし」

 

「べ、別に私は……!」

 

「では失礼」

 

 慌てふためいている箒を無視して俺は着替えを持ってピットから出た。

 

 そして寮に戻る為に歩いていると……。

 

「和哉。一夏は今どこにいる?」

 

 タオルと飲み物を持った鈴がいきなり現れて一夏の居場所を聞いてきた。

 

「お前は俺に会って早々それを訊くのかよ。ってか俺は一夏探索機じゃないんだが」

 

「そんな事どうでもいいから早く教えなさいよ。でもアンタがISスーツを着てるって事はピットにいるみたいね。それじゃ」

 

「………アイツは人に聞いておきながら」

 

 勝手に自己完結して走りながらピットへ向かう鈴に俺は少々呆れた。アイツは一夏の事となると、周囲の事を考えずに突っ走っていくからな。それが鈴の悪い癖だ。

 

「あ、そう言えば今ピットには箒がいるんだったな」

 

 あの二人がピットで衝突しなければ良いと思うんだが、絶対に何かしらの騒ぎを起こすだろう。

 

 本当なら俺が止めるべきなんだろうが、恋愛事に関してのいざこざに巻き込まれたくないので俺は部屋へ戻るとした。後で一夏の部屋へ言ってさり気なく聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、私は先に帰る。シャワーの件だが、先に使っていいぞ」

 

「おお、そりゃありがたい」

 

「では、また後でな。一夏」

 

 ピットにて、箒が一夏に『また後で』と強調して言った後に出て行った。

 

「……一夏、今のどういうこと?」

 

 そして一夏にタオルとドリンクを持って入った鈴が箒の台詞を聞いた途端、急に不機嫌面となった。

 

「ん? いや、いつもはシャワーは箒が先なんだが、今日は汗だくだから順番を変わってくれって頼んで――」

 

「しゃ、しゃ、シャワー!? 『いつも』!? い、一夏、アンタあの子とどういう関係なのよ!?」

 

「どうって……前に言っただろ。幼なじみだよ」

 

「お、お、幼なじみとシャワーの順番と何の関係があんのよ!?」

 

 鈴の台詞に一夏は思い出した顔になる、

 

「俺、今箒と同じ部屋なんだよ。本当は和哉と一緒の部屋の予定だったんけど」

 

「……は?」

 

 一夏が(鈴にとっての)爆弾発言をすると、鈴は目が点になった。そんな鈴の状態を知らずに一夏は説明を続ける。

 

「いや、俺と和哉の入学ってかなり特殊なことだったから、和哉と一緒の部屋を用意できなかったんだと。だから、今は箒と一緒の部屋で――」

 

「そ、それってあの子と寝食を共にしてるってこと!?」

 

 さっきまで余裕な表情をしていた鈴が予想外だと急に焦りを感じて一夏に問い詰める。何しろ鈴はてっきり同じ男である和哉と一緒の部屋だと思い込んでいた。普通に考えれば誰だってそう結論するだろう。

 

「まあ、そうなるか。和哉と別々と聞いたときは焦ったけど、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足になっちまうからな」

 

「………………」

 

「うん? どうした?」

 

 無言となる鈴に一夏が尋ねても、俯きながらブツブツと呟き始める。

 

「…………ったら、いいわけね」

 

「?」

 

 鈴の発言が聞こえなかった一夏は耳を傾けると……。

 

「だから! 幼なじみならいいわけね!?」

 

「うおっ!?」

 

 鈴が突然ガバッと顔を上げて言うと、一夏は驚いて身を引いた。一夏がそうしなければ確実に頭突きを食らう事になっていたから。

 

「わかった。わかったわ。ええ、ええ、よくわかりましたとも。別に和哉と一緒じゃでなくてもいいのね」

 

「?」

 

 一人で納得し始めている鈴は何度も何度も頷いていた。そんな鈴に一夏は不可解な顔をしている。

 

「一夏っ!」

 

「お、おう」

 

「幼なじみはふたりいるってこと、覚えておきなさいよ」

 

「別に言われなくても忘れてないが……」

 

「じゃあ、後でね!」

 

 確認を取らずに『後で』と言ってピットから出て行く鈴に……。

 

「うーん……何か嫌な予感がするから、後で和哉に話しておいたほうが良いかもしれないな」

 

 自分だけで対処が出来ないと直感した一夏はそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「あ、お帰りかずー。練習どうだった~?」

 

 俺が部屋に戻ると布仏がいた。

 

「あれ? もう夕食の時間なのに、まだ食べに行って無いのか?」

 

「今日はかずーと一緒にご飯を食べようと待ってたのー」

 

「別に待つ必要は無いんだが……」

 

 布仏の発言に少々呆れる俺。俺なんかより女子友達と食べに行けば良いだろうに。

 

「俺はこれからシャワーを浴びるから、もう少し時間が掛かるぞ?」

 

「良いよー。私待ってるからー」

 

 そう言って布仏は再びノートパソコンを開いてネット閲覧を始めた。

 

「…………………………」

 

 布仏が本気で待つと分かった俺は取り敢えず着替えを持って洗面所に入り、汗まみれになってるISスーツを脱いでシャワールームに入った。

 

 そして十五分程度で体を洗い終えて一通りの準備を済ませると、いつの間にか準備万端な布仏が部屋の出入り口に立っている。

 

「じゃあ行こう、かずー」

 

「君はのほほんとしてる割に行動が早いな」

 

 そう言いながら俺と布仏は一緒に部屋を出て食堂へと向かう。ってか何で君はいつも俺の腕に引っ付くのかな?

 

「ねぇかずー。今日はアップルパイ作らないの~?」

 

「残念だが今日は作らない。夕食を食べて少し経った後にトレーニングルームへ行く予定だからな」

 

「ぶ~~。おりむーたちと練習したのに疲れてないの~?」

 

 アップルパイを作らないと分かった布仏は膨れっ面になりつつも、俺が疲れきってないのかと聞いてくる。

 

「一夏達と違って俺はそんなに大して動いていなかったからな。だからその分トレーニングルームで体を動かすんだ。良かったら君も一緒にどうだい?」

 

「わ、私は遠慮しておく~」

 

「残念だな。一緒にトレーニングしてくれたら明日アップルパイを作ってあげようかと思ったのに」

 

「ええっ! そ、それホントかず~!?」

 

「ああ」

 

 俺がちょっとした条件を出すと布仏は迷い始めた。

 

「うう~~~アップルパイは食べたいけど~、かずーの訓練は厳しそうだし~。でもアップルパイは食べたい~うう~~」

 

「そんな真剣に悩む事か? ま、夕食を食べ終えるまで考えてくれ」

 

 学食に着いた俺と布仏は夕食を食べる事になり、その後布仏は最後まで迷っていたが遠慮しておくと辞退していた。

 

 

 

 

 

 

「というわけだから、部屋代わって」

 

「ふ、ふざけるなっ! なぜ私がそのようなことをしなくてはならない!?」

 

「(何か嫌な予感がしてたんだよな)」

 

「(で、一夏の予想通りの展開になった訳だ)」

 

 此処は一夏と箒の部屋。俺は夕食を済ませた後にトレーニングルームへ行こうとしていたが、突然一夏が部屋に来てくれと言われて、出されたお茶を飲みながらピットでの出来事を聞いてる最中に鈴がやってきた。

 

 分かってはいたが、箒と鈴の相性は最悪だな。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ? 気を遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別にイヤとは言っていない……。それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくはない!」

 

「大丈夫。あたしも幼なじみだから」

 

「だから、それが何の理由になるというのだ!」

 

「(さっきから全然話が進んでないな。と言うか、俺が此処にいる必要があるのか?)」

 

「(頼むからいてくれ和哉。俺一人だけじゃとても無理だ)」

 

 確かに一夏の性格を考えると、強情な鈴と頑固な箒の板挟み状態になったらとても対処しきれないだろう。かと言って俺に助けを乞われても、どうしようもないと思うんだが。俺は人様の恋愛沙汰に口出したくないし。

 

「(なぁ和哉、俺の目の錯覚かな。鈴が既に自分の荷物を持って来ているように見えるんだが)」

 

「(安心しろ、俺にもそう見える。何だったら鈴に訊いてみたらどうだ?)」

 

「(そうしてみる)」

 

 俺と小声で話していた一夏は鈴の方へと顔を向けて問い掛ける。

 

「鈴」

 

「うん」

 

「それ、荷物全部か?」

 

「そうだよ。あたしはボストンバッグひとつあればどこでも行けるからね」

 

 鈴の返答を聞いた俺はフットワークが軽い奴だと思った。箒も女子にしては少ないと思っていたが、鈴は箒以上に少なすぎだ。

 

 因みに、以前俺と一夏がセシリアの部屋に招かれた時は一瞬どこぞの高級ホテルかと思ってしまった。家具はベッドから鏡台、テーブル、イスに至るまで全部特注品のインテリア。壁紙や照明まで替えている事に俺は正直引いた。更にセレブが持ってる天蓋付きのベッドも初めて生で見た。当然一夏もセシリアの部屋を見て俺と同じ気持ちだ。リフォームされたも同然の部屋に、俺は同室の女子が気の毒だと深く同情した。スペースほぼ全部をセシリアに取られていたし。ルームメイトの事を全く考えていなかったセシリアに、俺は思わず小一時間ほど説教した。それによってセシリアは反省してスペースを空けた事により、ルームメイトの女子から物凄く感謝された。少しは慎ましくしような、イギリス代表候補生さんよ。

 

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

 

「ふ、ふざけるなっ! 出て行け! ここは私の部屋だ!」

 

「『一夏の部屋』でもあるでしょ? じゃあ問題ないじゃん」

 

 そう言って同意を求めるように一夏の方に顔を向ける鈴。そして鈴に出て行けと言って欲しいように一夏を見る箒……いや、睨むと言った方が正しい。

 

「俺に振るなよ……」

 

 二人に同意を求められた事に困った顔をする一夏。やれやれ、どうして一夏に好意を抱いている女はこう言う連中ばかりなんだろうか。

 

「あのなぁ鈴。部屋を代われって言っても、お前の独断で決められるものじゃないんだぞ」

 

「何よ和哉。アンタは部外者なんだから引っ込んでてよ」

 

「いや。第三者から見て、お前の行動の方がどうかと思うんだが」

 

「和哉の言うとおりだ! とにかく! 部屋は代わらない! 出て行くのはそちらだ! 自分の部屋に戻れ!」

 

 俺の言葉に頷く箒は鈴に出て行けと言うが……。

 

「ところでさ、一夏。約束覚えてる?」

 

 当の本人は全く聞いていなく一夏に何かを訊いた。

 

「む、無視するな! ええい、こうなったら力づくで……」

 

 激昂した箒はいつでも取れるようにベッドの横に立てかけてあった竹刀を握る。

 

「あ、馬鹿――」

 

「何をしてる箒!」

 

 すぐに止めようとする俺だったが、一足遅かったので『睨み殺し』を使おうとしたが……。

 

 

バシィンッ!

 

 

 ………どうやらその必要は無かったみたいだな。

 

「鈴、大丈夫か!?」

 

「大丈夫に決まってるじゃん。今のあたしは――代表候補生なんだから」

 

 一夏はすぐに安否を確認するが、鈴は何とも無いように答える。そう。鈴は頭にヒットする筈だった箒の竹刀による攻撃を、ISが部分展開した右腕で受け止めたから。だから俺は慌てる必要が無くなった。

 

「…………!」

 

 攻撃を防がれた事に箒は驚いた。確かにISの展開が速くても、その判断を下すのは操縦者である生身の人間。つまり、ISの展開速度は人間の反射限界を超えない。

 

 そしてさっきの箒の打撃は、素人じゃ土壇場で対処出来るレベルじゃない。それでもあの攻撃を防ぐ鈴がかなりの実力を示していると言う事になる。ま、俺ならISを使う事なく受け止める事が出来るけど。

 

「ていうか、今の生身の人間なら本気で危ないよ?」

 

「う………」

 

 鈴の指摘が効いたのか、箒はバツが悪そうに顔を逸らした。全く、本当に箒は一夏の事となるとすぐ頭に血が上るんだな。

 

「ま、いいけどね」

 

 攻撃された鈴は細かい事は気にしないとばかりにからっとした態度で、ISの部分展開を解いた。鈴って意外とあっさりしたタイプだなと思いながら、スマートな装甲を纏った右腕が光ってもとの状態へと戻る。

 

「え、えーと……和哉、俺は一体どうすれば……?」

 

「そこで俺に振るのかよ……」

 

 箒はさっきの失態を引き摺って無言で、鈴はふふんとした顔で俺と一夏を見ている。特に俺に対しては随分と強気な感じで、『もうアンタなんかあたしの敵じゃないから』と言うような目だ。

 

 アイツは以前から俺に何度も叱られていたからな。暴れていた時は力づくで大人しくさせた時もあった。常識的に説教したつもりなんだが、アイツにとって男が力で黙らせる事が気に入らず何度も反発し続けていた。それに加えて女尊男卑の世界だと言うのに、俺みたいにそんなのお構いなしにやってるから尚更気に入らないんだろう。

 

 だが奴はISを手に入れた事により、俺にもう今までの自分とは違うと言う風に見ている。恐らく先程の箒を攻撃を止めたついで、俺に実力を見せる為にやったんだろう。だがな鈴、ISがあれば俺に勝てるなんて思わないほうが良いぞ。

 

「あ、そう言えば約束がどうとか言ってたな」

 

 ふと一夏が思い出したように言った。確か鈴が言ってたやつか。それは俺も気になったので敢えて黙っていよう。

 

「鈴、約束っていうのは」

 

「う、うん。覚えてる……よね?」

 

 鈴は急に顔を伏せて、ちらちらと上目遣いで恥ずかしそうに一夏を見ている。鈴がああ言う事をするのは、よっぽど何か大事な約束なんだろう。例えば告白とか。

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

 

「そ、そうっ。それ!」

 

「――おごってくれるやつか?」

 

 何だその約束は? 鈴は一夏に料理を披露したかったのか?

 

「………………はい?」

 

 あ、鈴の反応からしてどうやら違うみたいだな。

 

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

 多分それは違うと思うぞ一夏。鈴が全然違うみたいな反応をしてると言う事はもっと別な事だ。

 

「いやしかし、俺は自分の記憶力に感心――」

 

 

パアンッ!

 

 

「……へ?」

 

 一夏が言ってる最中に鈴は一夏の頬を叩いた。いきなりの展開に俺と箒は目を見開く。

 

「え、えーと」

 

 叩かれた一夏は状況が分からずにゆっくりと顔の向きを鈴の方に向けると……。

 

「…………………」

 

 肩を小刻みに震わせ、怒りに充ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいた。それに加えて、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、唇はそれが零れないようにきゅっと結ばれている。

 

 アイツがああ言う事をするって事は一夏の言った約束とは違うと言う証拠だ。

 

「あ、あの、だな、鈴……」

 

「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ! 犬に噛まれて死ね!」

 

 そう言って鈴は素早く、床に置いていたバッグをひったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行こうとする。

 

 

バタンッ!

 

 

 ドアが物凄い勢いで閉まる音が響くと一夏は我に返る。

 

「……まずい。怒らせちまった」

 

「そのようだな。オマケに泣いているように見えたし」

 

「なぁ和哉。何で鈴は怒ったんだ?」

 

「さあな」

 

 知ってはいるけど敢えて言わない。まさか鈴が一夏にプロポーズの約束をしていたとはな。

 

 一夏が言った『料理が上達したら毎日酢豚をごちそうする』と言うのは若干の誤りがあり、正しくは『料理が上達したら毎日酢豚を食べて欲しい』だ。何の違いがあるのかと言うと、例えばこれを『料理が上達したら毎日味噌汁を飲んで欲しい』と変換すれば分かる。それは日本で言う一種のプロポーズ。恐らく鈴は味噌汁の代わりに酢豚を代用して言った。そうでなければ鈴が泣いて出て行く訳が無い。

 

「一夏」

 

「お、おう、なんだ箒」

 

「馬に蹴られて死ね」

 

 どうやら箒も気付いたみたいだな。

 

「和哉、どうして俺は箒にこんな事を言われなきゃいけないんだ?」

 

「それはお前が馬鹿だからだ、この唐変木」

 

「お前もかよ!」

 

「これ以上もう付き合いきれん。俺はこれで失礼する」

 

 そう言って俺は部屋から出て、トレーニングルームへと向かった。

 

「にしても鈴の奴。一夏の幼なじみだと豪語してる割には、一夏の事をあんまり理解していなかったみたいだな」

 

 一夏が超鈍感なのは幼馴染の鈴でも充分に分かっている筈なのにも拘らず、あんな遠回しなプロポーズをすると言う事は理解しきれてない証拠だ。一夏相手にはストレートな告白をしなきゃ絶対に伝わらない。

 

「ま、今更ソレを鈴に指摘したところで、絶対に自分のミスを認めないだろうが」

 

 一度突っ走ってしまった鈴は自分のミスを認めないどころか、気付かない相手が悪いと決め付けてしまうからな。

 

 

 

 

 

 そして翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。

 

 表題は『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。

 

 一夏の一回戦の相手は二組の鈴だった。

 

「…………これは一夏に本格的な戦闘訓練をさせないと不味いかもしれないな」

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