Rewrite if   作:ゼガちゃん

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すごく、すごーくお待たせしました。

今回はすごくすごく悩んで作らせて貰って……めっさ長くなりました

では、続きをどうぞ。


鳳ちはや⑨/西九条灯花②/???

「西九条、先生!?」

 

「はぁ~い、ちはやさん。元気そうで何より」

 

 西九条の突然の登場に動揺を大きくするのはちはやだ。

 勿論ながら何故ここへ訪れたのかという大きな疑念もある。

 いや、それ以上に――――

 

「瑚太朗のこと、天王寺って呼び捨てに…………」

 

「あら~、そうだったかしら~?」

 

「誤魔化されませんよ」

 

 つい、昔を懐かしんでしまう面々に瑚太朗の事も「天王寺」と呼び捨てにしてしまった。

 それはとんだミステイクだ。

 ちはやに突っ込まれるも、西九条は誤魔化そうとする。

 しかし残念。ちはやは誤魔化される様子が微塵もない。

 

「瑚太朗!! どういう事なのか説明を要求します!!」

 

「まあまあ、落ち着いてくれよ」

 

 興奮するちはやに何を言っても無駄だろうと判断すると、まずは宥める作業から入る。

 今は“そういう事をしてる場合ではない。”

 

「話は後で聞きましょう。今は、“これを切り抜けなくては”」

 

 気にすべきは他にもいる。

 周囲を取り囲む魔物使いと魔物の集団。

 

「あわわわ~」

 

「どうすんだよ~」

 

 ぱにとぎるも涙目状態だ。

 

「そっちは任せて大丈夫だよな?」

 

「もちろん」

 

「なら、俺は何としてでも長居を止めてやる」

 

 魔物の方は咲夜であれば物の数でもない。

 その間に瑚太朗は今回の一件の話題の人物を止める算段を付ける。

 

「任せても大丈夫なようですね。なら、早く済ませてしまいましょう」

 

「ああ」

 

 瑚太朗がしようとしている事を咲夜は止めない。

 彼が覚悟を決めた事を察したから、もう何も言わないでいる。

 その覚悟が長居を切り捨てる――――ものではない事を咲夜も気付いている。

 救い出す――――その一心で以て瑚太朗は立ち向かう。

 その意志の強さを、瑚太朗は見せている。

 彼の本物の覚悟を見せられたから任せられる。

 

「話は後で――――長居を止めてからだ」

 

 瑚太朗はかつての仲間を見据える。

 注意を長居へ向けなくてはならないのは分かっている。

 聞きたい事は本当は山程ある。

 けれど、けれども――――目の前の少年に今問い質しても無駄だ。

 

 これまでも“そうしてきたのだろう。”

 今、目の前の“救うべき者の為に真っ直ぐ前だけを見ている。”

 

 それこそが咲夜が何も言わなかった理由。

 そして今、理由に気づいてしまったちはやが質問を止めた理由。

 

 既に少年は決めていたのだ――――全てを救おうとする覚悟を。

 それに気付いた時、次に紡ぐ言葉は書き換わっていた。

 

「なら、あとでたっぷりと話を聞かせて貰いますから」

 

「おうよ。俺の武勇伝も添えてな」

 

 送り出す――――頼もしい背へ向けて。

 それに「おう」と応えてくれる、ならば後は彼を信じよう。

 

 彼は1人で挑むのではない。

 共に戦場に立つ仲間がいる。

 あとの事は彼等に任せよう。

 

「咲夜」

 

「はい、ちはやさん」

 

 クルリと、ちはやは身体を反転させる。

 最も信頼を置くパートナーの名を呼ぶ。

 涼やかに、静かに、しかして力強さを込めてパートナーは応える。

 

「彼等の同窓会の準備を邪魔はさせませんとも」

 

 名前を呼ばれただけで全てを理解した万能のパートナーは直後に疾駆する。

 その背中を後ろへ任せる。

 

 敵と味方の関係(ガーディアンとガイア)の垣根を越え、互いに背中を護り合いながら各々の戦場へ赴く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!」

 

 短い発声と共に咲夜は主の為に奮戦する。

 いや、奮戦と呼ぶには“あまりにも一方的な展開であった。”

 

 魔物使いは咲夜達を余すことなく囲んでいる訳ではない。

 半円を描くように、咲夜から見て前方だけを覆うような陣形を取っていた。

 長居、瑚太朗、西九条の3人のやり取りに無粋な真似はすまいとばかりの心意気なのだろうか? それとも偶然か? はたまた、何者かの策略か?

 策略という点では加島桜が一計を練っていても不思議に思えない。

 

(いえ、今すべき事は他にある)

 

 思考を止めるつもりは無いものの、集中力を欠けば主であるちはやに危害が及ぶかもしれない。

 そんな事は咲夜には許されない。

 そんな愚行に及ぶ者は、万死に値する。

 

「しっ!!」

 

 確実に魔物を一体一体屠っていく。

 多種多様な魔物が咲夜を狙うが、何一つとして最強と恐れられる彼には届かない。

 

 正拳突き、手刀、肘鉄、膝蹴り、回し蹴り、踵落とし――――人が作った技術を魔物が扱う。

 それにより、別の魔物を次々と倒していく。

 危なげもなく、何体が束になろうと咲夜の敵ではない。

 それは過信ではなくて確信である。

 しかし、それは“咲夜だけに限ればの話。”

 

(物量に言わせた策に過ぎませんが…………厄介ですね)

 

 如何せん数が多い。

 いくら咲夜が大丈夫だとしても、ちはやが命を狙われない保証が何処にもない。

 恥ずかしい話、討ち漏らしは確実に発生する。

 

「ちはやさん!!」

 

「はい!!」

 

 ここは過保護な執事としてではなく、魔物として主の事を信じる。

 討ち漏らしをしてしまうだろう――――予めそう思っていた時には咲夜は行動を起こす。

 

 近くの黒犬の魔物の意識を平手打ちで頭部を叩いて奪い取る。

 すかさず、それをちはやの方へ放り投げる。

 

「任せて下さい!!」

 

 投げられた黒犬の足を掴み取る。

 そして、直後にちはやへ殺到してくる数多の魔物の群れ。

 

「ぎゃーーーーっ!? こっち来たーーーーっ!!」

 

「お、おおおおお落ち着くのよ!! ぎるちゃん!!」

 

 動揺が表に出やすい妖精魔物2匹を無視して、迫り来る魔物への対抗策を分かりやすく行動で以て説明してくれた。

 

「ふ、んっ!!」

 

 マーテルの地下で行ったのと同様だ。

 黒犬をあたかもバットとでも勘違いしたかのように右から左にフルスイングする。

 タイミングを合わせ、迫り来る魔物の群れを文字通りに弾き飛ばす。

 ちはやの怪力はそれだけに留まらず、吹き飛ばされた魔物は別の魔物を巻き込み吹き飛んで…………最後には霧となり消えた。

 ちはやは怪力という一点においてのみで数多の魔物を一瞬で土へ返した。

 

「さすがです」

 

 主への称賛の言葉を忘れない。

 はっきり言えば、ちはやを戦わせるのは大反対だ。

 だが、彼女もまた覚悟を抱いて戦っている。

 それを無視する術を咲夜は持たなかった。

 言ってしまえば主に根負けしてしまった。

 

 ちはやにその覚悟を抱かせた人物が咲夜ではなく、後継者であるという事は何だか複雑なものがある。

 嬉しいやら、羨ましいやら――――行き着く感情の先が定まらない。

 

「どんなもんです!!」

 

 自分の大活躍に胸を張って威張る。

 ほとんどの敵を一掃したのだから金星ではある…………が、残念ながら状況はまだ続いている。

 

「おいおい!! まだ来るぜ!!」

 

「分かってます」

 

 ぎるが状況の深刻さを口にする。

 ちはやとて、今のだけで兜の緒を緩める真似はしない。

 先程に咲夜からパスされた黒犬を無造作に放り投げる。

 それで真正面から挑んでくる魔物の群れは一掃される。

 しかし、まだ終わらない。

 

「ちはやさん!!」

 

 そこへ咲夜が主の危機に馳せ参じる。

 手土産が無しという訳ではない。

 鉢の付いたままの身の丈程ある観葉植物用の木。

 それをちはやへ渡す。

 何を意図して渡された物であるのか、ちはや自身が一番分かっていよう。

 

「せぇぇぇいっ!!」

 

 すぐさま、迫る魔物を虫でも追い払うかのように木を振り回す事で吹き飛ばす。

 

 

「はっ!!」

 

 咲夜も負けじと魔物の群れを瞬く間に消し去っていく。

 

「おい、これだとキリがないんじゃねえか?」

 

 ぎるが尤もな意見を出す。

 魔物を屠る事は咲夜とちはやには雑作もない。

 問題なのはそもそもの物量の差である。

 このままでは倒れるのは時間の問題だとも言える。

 

「けど!! ここで逃げる訳には行きません!!」

 

 ちはやは力強い声で叫ぶ。

 彼女が奮戦するのは瑚太朗の為。

 彼が助けたいと思う人物を助ける為の時間稼ぎ。

 

「全く、瑚太朗君はもっとちはやさんに感謝しないといけませんね」

 

 ちはやの思いを受け取った咲夜のペースは更に上がっていく。

 まさしく嵐そのもの――――全てを吹き飛ばさんとする勢いだ。

 

 けれど、けれども――――全てを咲夜1人だけで補える訳もない。

 ましてや、ちはやを気にしながらでは何処かで綻びが出るのは必然であった。

 その問題は直後に露呈する。

 

 暴れ回る咲夜を掻い潜り、魔物使いであるちはやへ魔物が殺到していく。

 

「っ!? ちはやさんっ!?」

 

「大丈夫です」

 

 咲夜の心配は杞憂だと伝えるべく、先程に渡された木をもう一度振り回す。

 ブォォォォォンッ!! 勢いを表現して風圧が発生する。

 接近する魔物を木で消滅させてしまう程の威力であった。

 しかし、一度だけで魔物の群れの進軍を止めるには至らない。

 そんな事はちはやとて理解に及んでいる。

 

「てぇぇぇぇぇいっ!!」

 

 もう一度、返す刀で木を振るう――――直後の事だ。

 

 

 

 

 

 バキィィィィィッ!! 振るっている木が根元からへし折れた。

 

 

 

 

 

 魔物を消し去る程の威力で振るうちはやの力に木そのものが耐え切れなかった。

 それは、ちはやの手元から反撃する為の武器が失われた事と同義である。

 

「おい!! 逃げろ!!」

 

「危ないです!!」

 

 ちはやの背中に隠れていたぎるが叫ぶ。

 ぱにも危険が迫っている事を警告する。

 だが、木を振るい終えたモーションのちはやが即座に動けはしない。

 

「っ!? 」

 

 モーションによる硬直が終わり、回避に全力を注ぐ頃には――――黒犬の牙が目と鼻の先まで来ていた。

 

「ちはやさん!?」

 

 咲夜の叫び、彼もまた間に合わない位置に居るのが分かる。

 ここで終わりなのか――――ちはやの頭に「死」の予感が降って沸いた。

 ちはやを食い千切らんとばかりに、犬に似合わぬ牙を向け――――

 

 

 

 

 

 その直前、黒犬が縦に真っ二つに両断されて消滅した。

 

 

 

 

 

「え…………っ?」

 

 眼前で起きた出来事に理解が追い付かない。

 何者かが、黒犬を背後から両断した。

 それを行ったのは咲夜ではない事は明白。

 だって、彼は魔物の群れを払い除けながらこちらへ突き進んできていたのだから。

 では、誰が?

 

「あ…………っ!!」

 

 その正体を目の当たりにした瞬間、ちはやは驚愕に満ちた表情を作る。

 助けてくれた人物は黒犬を両断したと思われる日本刀を握り、続けて迫る魔物へ真横に一閃。

 刀身と同様に白銀の軌道を描きながら黒犬を二匹纏めて両断し、消滅させる。

 遅れてその人物のポニーテールが左右に揺れる。

 魔物を屠ると、ちはやの方へ視線を改めて向ける。

 

「大丈夫か? 鳳?」

 

「こ、此花さんっ!?」

 

 ちはやを助けたのは他でもない此花ルチアである。

 風祭学園の制服に日本刀という日常と非日常を混ぜた状態での登場だ。

 

「な、何でここに?」

 

「決まってる。助ける為だ」

 

 ちはやの困惑も何のその。

 ルチアはここへ来た目的をサラッと告げる。

 その事は素直に喜ばしい。

 彼女が居なければ今のでちはやは無事では済まなかった事が証明されている。

 しかし、ちはやが気になったのは“そんな事ではない。”

 

「そ、そうじゃなくて!! 私達の組織は敵対し合ってるのに…………」

 

 ちはやが言いたいのは“ガーディアンとして訪れただろうルチアがガイアのちはやを助けた理由だ。”

 

 ルチアは間違いなく西九条と共に現れた。

 なら、彼女はガーディアンとして足を運んだに違いないと思ってしまった。

 だから、ガーディアンの西九条の前で敵対組織を助けては大変な事になってしまう。

 それを危惧しての発言であった。

 

「その点なら問題ない……ぞ!!」

 

 ちはやの疑問に答えながら、刀を一閃する。

 左から右へ流れる動作で黒犬を屠る。

 しかし、向こうの攻勢もたった一手で終わるほど甘くない。

 黒犬を倒したかと思えば、今度は木の枝を結んだ鳥の形をした魔物が迫る。

 

「せっ!!」

 

 それに対して、迷うことなく刀を下から上へ振るうと片側の羽を両断した。

 その結果、バランスを失って地面へ落下していく。

 

「鳳!!」

 

 あわや床に激突と思われた奇妙な鳥の形をした木の枝の魔物を掴む。

 それを即座にちはやへ軽く投げる。

 その動作だけで全てを察したちはやは先程の疑念も忘れて飛び出していた。

 ちはやにパスされた木の枝の魔物を野球のオーバースローと同様のモーションで投げ付ける。

 一体の魔物に激突するや、その勢いで枝がバラバラに散って周囲の魔物をも巻き込んで消滅させていく。

 

 まだ魔物は残っているが、ちはやとルチアの近くのものは今ので一掃された。

 次は咲夜の援護に回るべきなのだろう…………が、今片付けておくべき問題がある。

 先程は魔物に邪魔をされた事で聞けなかったルチアの話の続きだ。

 

「さっきの、問題ないってどういう事なんですか? 」

 

「どうもこうも、深く考える必要は無いさ」

 

 ちはやが難しい顔をするのはいつもの事だが、理解しようとしているのは珍しい。

 ちはやの質問にルチアは「何の事はない」と言葉を返す。

 その理由を、ちはやは欲していた。

 

「西九条先生も天王寺と共に同窓会をすべく来ている。ガーディアンとしてではなくてな」

 

 何故そこに瑚太朗が含まれているのか、西九条と彼が元同僚だとは知らないちはやからすると大きな疑問が沸く。

 一呼吸置き、ルチアは言葉を続ける。

 

「だからこそ、私も鳳のクラスの委員長として来ている」

 

 学友として、此花ルチアは鳳ちはやの窮地を救うべく馳せ参じた――――――

 

「いや、すまない。これは詭弁だな。違わないという訳ではないのだがな」

 

 途端、ルチアが今の言葉が全てではないと語る。

 

「天王寺の事とか、オカ研の仲間だとか、色々あるんだがな…………」

 

 ルチアは何処か照れていて、頬を掻きながらちはやの方を真っ直ぐに見据える。

 色々と理由はある。

 だけれど、此花ルチアがここまで来た理由のパンチとしては少しばかり弱い。

 もっと、シンプルな理由がある。

 

 

 

 

 

「友達を助けたいと思ったから来たんだ」

 

 

 

 

 

 極々シンプルな理由。

 それだけの理由で此花ルチアはこの場へ来た。

 友達を助けたい――――その欲望の為に。

 

「ちはやです」

 

「え?」

 

 それを聞いた瞬間、ちはやの口から思わず自分の名前が突いて出た。

 彼女の反応が意外だったが故にルチアは首を傾げる。

 

「ちはやと、呼び捨てで構いません。私達はガイアとガーディアンで敵対しています」

 

 でも――――と、彼女は即座に言葉を紡ぐ。

 

「クラスメイトで、オカ研のメンバーで――――友達なんですから、名前呼びで構いませんよ」

 

 こちらも実にシンプルな返し。

 その事に暖かいものを感じながら、ルチアもまたこのように返した。

 

「私もルチアで構わないぞ、ちはや」

 

「分かりました。ルチア」

 

 互いに名前を呼び合う。

 クラスメイトで、仲間で、友達で、そして…………恋のライバルで。

 でも、彼女等は今確かに友達としてその場に立っている。

 

 しかし、そんな感傷を塗り潰すように新たな魔物が投入された。

 無神経な――――そう悪態を付くも、これらを片付けなければならないと使命感もある。

 

「さて、じゃあ3人に近付かせない為にも頑張ろうか」

 

「3人?」

 

「ああ」

 

 当然、それは瑚太朗と西九条の事だ。

 だが、あと1人は誰の事を指している?

 ましてや長居の事ではあるまい。

 

 ふと、視線を瑚太朗達の方に向ける。

 そこに新たに1人立っていた。

 

 思えばルチアが西九条とはタイミングがズレて登場していた。

 別に共に現れても不思議はない。

 だが、現に西九条の登場とは全く違うタイミングであった。

 それは何故か?

 

「部屋に籠ってばかりいてはダメですね。やはり運動はしておかないと」

 

 ルチアの言葉の意味を理解すると、新たな登場人物へ向けてちはやは言い放った。

 意識は魔物の方へ戻される。

 今はこちらを何とかしよう。

 隣に立つ友達と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はほんの少しだけ遡る。

 後ろを咲夜に託した瑚太朗と西九条は再び長居と対峙する。

 

「う~ん、実は自分の意志で戦う意志を見せている――――なんてオチはさすがに無いわよね?」

 

「それは無いから安心してくれ」

 

 果たして、どこに安心の材料を求めて良いのかが分からない。

 だが、元同僚としては確かに安心できる部分がある。

 

「そうね。なら、遠慮なく救い出せそうだわ」

 

 西九条の纏う雰囲気が一変する。

 それは悪い意味合いではなく、長居を救う為の意味合いを持つ。

 

「さて、まだ“来てないか”」

 

 一度、後ろへ視線を向けた西九条が呟く。

 何かを待っているのだという事は瑚太朗も判断できた。

 しかし、そこから先は聞けなかった。

 

 直後、瑚太朗と西九条めがけて長居が突進をしてきたからだ。

 自身の両手の爪を伸ばし、鋭利な刃物として振るってきた。

 伐採系の能力の発動――――内容も記憶にある彼女のものと変わらないものであった。

 

「くっ!?」

 

「危ないわね!!」

 

 瑚太朗も西九条も注意を払っていたので、言葉よりも余裕を持って跳んで回避してみせる。

 

「はっ!!」

 

 お返しとばかりにかつての同僚へ狩猟系超人の能力を披露する。

 彼女の能力は投擲を拡大解釈し、投げられるものに光をまとわせて、追尾性能を持ったレーザー状にして発射することができる。

 今回、投擲したのは良く扱う投げナイフだ。

 絶対に回避不能の能力。

 それが狙うのは長居の爪である。

 彼女を直に狙うのではなく、その能力の大元を破壊して無力化する。

 

「っ!!」

 

 残念ながら目論見はその狙われた爪によって阻まれる。

 縦横無尽に爪が振るわれ、狙い来る投げナイフ全てを叩き落とす。

 床に、天井に、壁に――――あらゆる箇所にナイフの刃が突き刺さる結果に終わる。

 

「思ってたより、厄介そうね」

 

 長居がどうしていたのかは分からないが、西九条だってこれまで遊んでいた訳ではない。

 訓練を積み、実戦を重ね、落ちこぼれ時代とは比較にならない程の強さを得た。

 それでも、今の長居には通用しない。

 

(けど、それは“どうして?”)

 

 長居が訓練をしていたのかは本当に分からない。

 だが、記憶を消されている事は西九条も知っている。

 仮に記憶を取り戻したと言っても能力そのものを失ってガーディアンから離脱した彼女が同僚時代のように強さを求めるとは到底ながら考えにくい。

 千里朱音の専属秘書になったのだとしたら尚更ではないかと考える。

 

 つまるところ、西九条は今の長居の強さに疑問を抱くと同時に次のようにも考えていた。

 何か種があるに違いない――――と。

 

「なら、“今の私を超えれば良いだけ”」

 

 乱暴な意見と共に西九条は動く。

 その際、視線を瑚太朗に向ける。

 彼の方はと言えば、こちらの動きに合わせてか長居の背後を取るように駆けていた。

 

 先程の長居と西九条とのやり取りで真正面からやり合うのは危険だと判断したに違いない。

 それは西九条も正しい判断だと思えた。

 

「それなら――――」

 

 マンガの主人公のように勝手に限界突破など出来はしない。

 ご都合主義が起きてくれるなら万々歳だが、現実が非情である事を痛い程に理解している。

 それでも“今はそれをするべき時なのだ。”

 

「せっ!!」

 

 掛け声と共に投げナイフが先程と同様の箇所に狙いを付けて走っていく。

 それを受けての長居の判断も素早かった。

 

 瑚太朗が後ろに回り込んでいるのも気付いているからだろう。

 長居の視点で西九条を真正面に見て身体を左へ、直後に後ろに跳躍する。

 一度ではなくて二度、三度と――――その結果に西九条の投擲全てが真正面から長居に襲い掛かる形となる。

 

「っ!!」

 

 刹那、長居の目が更に大きく開かれる。

 直後、息を吐く動作と共に左腕が大きく外側から振るわれる。

 カァァァァァンッ!! 金属を弾く音が反響し、飛来するナイフを幾重も爪を叩き落とす。

 だが、それは第一陣を防いだだけに過ぎない。

 

 次に来る第二陣。それを空いた右腕を今度は外から内へ振るう。

 二度目も長居の爪に阻まれる。

 

 それで西九条の攻撃は手打ちとなる。

 今、続けざまにナイフを発射しても同様の手段で防がれるのがオチだ。

 それでは、西九条の攻撃は詰んでいると言って良い。

 

「だから、頼んだわよ――――天王寺」

 

「ああ、分かってる!!」

 

 今、この場で西九条が限界を突破する為の手段は用意されていた。

 仲間との連携――――それこそが彼女の出来る限界突破の方法だ。

 瑚太朗が長居の左から疾駆する。

 

 右腕にはオーロラブレードを既に展開している。

 傷付ける事は想定していないので、刃は潰した状態で生成している。

 

「はっ!!」

 

 オーロラブレードを真上から振り下ろす。

 当てても気絶させるだけなので、本気で振り下ろす。

 

「ふっ!!」

 

 それに対し、短く息を吐きながらも左の爪で以てオーロラブレードを受け止め、それを脇に持っていくように反らした。

 

「うっ、そっ!?」

 

 瑚太朗の驚きもひとしおだ。

 理屈としては分かる。

 しかしながら、戦線を離れて久しい筈の長居がこのような芸当を行える程の技量は何処から得ている?

 

 そんな思考は脇に置かざるを得なかった。

 考察の間もなく、瑚太朗に長居の切断力のあろう右の爪が目の前に迫ろうとしている。

 

「世話が焼けるわね!!」

 

 西九条も既に次の動作に移っていた。

 ナイフを投擲。それは長居に牽制の意味も込められていた。

 

 彼女の視線が投げナイフに向けられる。

 直後、その一瞬を突いて瑚太朗も動き出す。

 膝を曲げて身体を沈み込ませる。

 

「っ!?」

 

 西九条の投擲と瑚太朗の行動…………そのどちらから処理すべきか、長居は困ったであろう。

 いや、長居には既にどうすべきかの対処法を思い付いていたのだろう。

 

 長居が目を付けたのは瑚太朗の方であった。

 自身も同様に身を屈ませる事で彼と同じ位置に立つ。

 西九条の投げナイフは寸分の狂いも無く、真っ直ぐに向かってくる。

 狙われる爪を床へ向けて、当たる寸前に投げナイフを床に指すように腕を引く。

 

「このっ!!」

 

 瑚太朗はオーロラブレードを真横に振るった。

 それは予想をしていたようで、長居は爪で防ぐ。

 

 けれど、瑚太朗は『書換能力(リライト)』のおかげで身体能力も超人でも上位クラスに入っても不思議はない程にある。

 受け止めた長居もろとも、腕を力の限りに振るって吹き飛ばす。

 瑚太朗のオーロラブレードのフルスイングに押された長居は床を滑りながら転がる。

 このまま一気に押し切る――――瑚太朗が疾駆しようとした瞬間だった。

 

「おい!! 逃げろ!!」

 

「危ないです!!」

 

 ぎるとぱにの切羽詰まった声が届く。

 条件反射に瑚太朗は声の方に視線を向けた。

 黒犬が今まさにその牙でちはやを噛み千切ろうと大口を開けていた。

 

「ちはや!!」

 

 叫び、瑚太朗はそちらへと疾駆しようと飛び出――――――

 

 

 

 

 

「そ、その心配は…………要らな、ケホッ!! 要らない、わ」

 

 

 

 

 

 瑚太朗の目の前で息を切らせながら「心配はない」と言い切る少女が現れる。

 風祭学園の制服を身に纏い、膝に手を付いて肩で大きく呼吸しながら息を整える。

 

「あ、朱音!?」

 

 何故? どうして? どうやって? 様々な疑問が頭の中で渦巻く。

 彼女の出現はそれ程までに予想外であったのだ。

 

「やっと来たわね。千里さんは体力を付けないとね」

 

「体力のパラメーターを一気に引き上げるアイテムをドロップしてから考えるわ」

 

 西九条の言葉へ対して完全なゲーム脳で以て返す。

 でも、焦る瑚太朗は呑気なやり取りに耳を傾けている暇などありはしないのだ。

 

「それよりもちはやが!!」

 

「大丈夫よ。冷静さを欠いてるのなら、少し考えてみて」

 

 今度は西九条までもが言う。

 どういう意味があるのか、冷静さを欠いていると西九条は指摘する。

 2人が安堵する材料が直後に黒犬の背後へと出現した。

 

 ポニーテールを揺らし、手にある長刀で黒犬を縦に一刀両断した。

 その人物は――――――

 

「ルチア!?」

 

 此花ルチアの登場である。

 確かに朱音が息を切らせながら現れた。

 冷静に考えてみれば西九条が駆け付けたタイミングで朱音も来ているのが考えられる。

 でなければ、ここを囲う魔物の群れを突破するのは困難だ。

 でもそうではなくて、西九条は1人で駆け付けた。

 それは一重に千里朱音の体力不足によるもの。

 西九条は一足先に駆け付け、ルチアが朱音を引き連れて遅れて登場したというのが現状を考えるに自然な事であろう。

 

「でも、どうしてお前らがここに?」

 

 ルチアの登場で気を取り直せた瑚太朗が疑問を豪速球で投げ付ける。

 

「咲夜から連絡があったのよ」

 

「私は教えてくれた場所まで行った時にたまたまその場に居合わせたから聞いたの」

 

「咲夜か」

 

 彼の判断はナイスと言えよう。

 瑚太朗はフードの男に足止めされていたし、作戦そのものに穴があったのもある。

 救援を呼ぶのは間違っていない。

 

 しかしながら、ルチアは分かる。

 動けないだろうミドウ達と小鳥や篝の護衛として静流の守護は必須と言えるからだ。

 そして、西九条の増援は偶然ながらも嬉しい誤算だ。

 では、朱音はどうして来たのだ?

 疑問が顔に出ていたようで、視線を彼女の方に向けると「愚問ね」と真っ先に返された。

 

「私の専属秘書を助けに来たのよ」

 

 言葉はぶっきらぼうだが、彼女は真っ直ぐに長居を――――否、津久野を見据えた。

「素直に助けたかったって言えば良いじゃないの」

 

「う、うるさいわね!!」

 

 瑚太朗の茶々に朱音は顔を赤くさせながら怒鳴る。

 キッ!! きつい目付きで瑚太朗を睨み付けてくるものだから瑚太朗も口を閉ざす。

 

「まあ、長居…………千里さんからすれば津久野だったわね。彼女を助ける想いがあるなら心強いわ」

 

「長居と呼んで構わないわ。私にとっては津久野でも、お前達にとっては長居だもの」

 

 瑚太朗と西九条にとっては長居、朱音にとっては津久野。

 名前は別々ながら同じ個人を指し示している。

 その事を朱音は否定するつもりはない。

 だから、好きなように呼んで構わない事を伝える。

 

「それじゃあ、助けるとしますかね」

 

 瑚太朗は一歩を踏み出す。

 朱音の登場に戦意が奮い立つ。

 両手に刃を潰したオーロラブレードを展開する。

 

「頼むぞ!!」

 

「ええ」

 

 瑚太朗は西九条に告げるや、一気に飛び出した。

 助走も無しに強く踏み込む事で一瞬でトップスピードになる。

 

 長居も同様に前進してくる。

 だが、速度で言えば瑚太朗の方が速い。

 右腕を縦に振るう。

 一瞬遅れて長居は左腕を……正確に言うならば能力として発言させている爪を内から外へ向けて振るった。

 

 オーロラブレードの面を真横から叩かれて軌道をズラされる。

 直後、長居がカウンターに右の爪で突きを放つ。

 これはさっきの焼き回しされたような展開がされている。

 

「思考まで放棄しちまったのか?」

 

 彼女は思考力まで失ってしまったのか?

 ついさっき、これと同じ展開を繰り広げた結果に何が起きたのか忘れてしまったのか?

 

「しっ!!」

 

 短い気合いと共に西九条はナイフを投擲する。

 彼女が放った瞬間に百発百中となるレーザーを乗せて。

 

 瑚太朗の身体を見事に擦り抜けて、爪を上から叩く。

 その勢いに負けて、爪が床に突き刺さる。

 瞬間、長居の動きが制止する。

 

「らっ!!」

 

 その隙を狙って左のオーロラブレードを肩に叩き込む。

 痛覚に初めて長居は顔を歪める。

 

「らあっ!!」

 

 攻撃に間を置かない。

 続けざま、瑚太朗は長居額に向けて自身の額を叩き込む。

 一瞬、視界がチカチカと明滅する。

 しかし、それもほんの一瞬の事だ。

 両のオーロラブレードの展開を停止する。

 

「捕まえた!!」

 

 長居の両腕を掴み、身動きを取れなくする。

 すぐさま重心を後ろへ倒し、組伏せて覆い被さる。

 両腕を床に付けて目一杯の力で抑え込む。

 これで彼女は身動きが取りづらくなった。

 

「朱音!! 来い!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁあああああっ!?」

 

 瑚太朗の呼び掛けと同時に朱音の悲鳴が轟く。

 その理由は体力のパラメーターが低すぎる朱音を連れてくる為に西九条が朱音を引っ張ってすぐそこまで駆けてきていた。

 しかし、西九条の常人離れした高い身体能力の走行は、朱音からすればジェットコースターに揺らされたようなものだ。

 しかも心構えなしで行ったのだから悲鳴をあげるのも無理はない。

 

「も、もっと優しくしなさいよ」

 

「ごめんなさい。でも他に方法も無かったから」

 

 朱音は恨み節を西九条にぶつける。

 けれど、こういう事に不慣れな朱音には彼女の手を借りる他に無かったので感謝もしている。

 

「やれるよな? 朱音?」

 

「やるしかないの間違いでしょ?」

 

 ここから先は博打だ。

 誰にもどうなるのかは分からない。

 それでも“これしか方法は思い付かなかった。”

 

「聞け、長居」

 

 未だに抵抗を続ける長居へ呼び掛ける。

 

「お前はこんな、弱くないだろ!!」

 

 瑚太朗の叫びに長居は身動ぎを制止させる。

 きっと彼女にとっては予想外だったのもあるだろう。

 おかげで言葉が通じている事を確信できた。

 

「もし、ガーディアン時代を思い出したなら自分の事を蔑んでるかもしれない。事実、俺はお前がガーディアンを辞めた理由を江坂さんから聞いただけだから辛さなんか分からない」

 

 曰く、コンプレックスから能力を失ってしまったと。

 それが原因でガーディアンを辞めてしまったと。

 瑚太朗は人伝でしか話を聞いていない。

 でも、その直前に瑚太朗は長居と会っていた。

 

「だけど、もしあの時に俺がお前に何か声を掛けてたら何か変わったかもしれない」

 

 これはただのエゴであると瑚太朗も理解している。

 あの時点で長居は能力を失っていた。

 項垂れ、何かに思い悩む長居に何か気の利いた言葉でも掛けてやれればと後悔してしまう。

 そうすれば彼女も今とは違う形でガーディアンに居たかもしれない。

 

「多分お前はそれでもガーディアンを辞めただろうさ。それでも何か心に残る言葉を送ってやりたかった」

 

 何の遺恨も、後悔も、長居が持たないようにしてやりたかった。

 そんなものは余計なお世話だと、自己満足の為の綺麗事だと言われるかもしれない。

 例え、そう言われたとしても瑚太朗は構わない。

 少しでも長居を救ってやりたいという今の気持ちに嘘偽りは一切無いのだから。

 

「まあ、そんなのは俺のエゴだけどさ」

 

 これら全ては天王寺瑚太朗のエゴから生まれたものでしかないと分かっている。

 だから、今のは長居にではなくて自分自身へ向けた言葉だ。

 だって、だってそうなのだ。

 そうでなければ嘘になってしまうから。

 

「お前は、一度全てを失って津久野って名前を変えてから救われたんだと……思ってる」

 

 あの時に出会った時に子ども、朱音を育てていた彼女の姿を思い浮かべるとそうでない等とどうして否定できようか。

 

「だから、お前の選択は間違ってない。むしろ、俺はお前が凄いとさえ思ってる」

 

 きっと優しい嘘ではないかと思われてしまうだろう。

 けれど、瑚太朗の本心である。

 

「お前は全てを失う勇気を持って前に踏み出したんだ。これを逃げだと思ってるなら、俺が違うんだって事を全力で言ってやる!!」

 

 彼女の選択は間違ってなどいないと。

 むしろ、それを誇ってさえ欲しいと願いを込めて告げる。

 

 何せ、天王寺瑚太朗には持てなかった勇気だ。

 逃げること、諦めること、確かに聞けばマイナス方面にしか聞こえない。

 

 けれども、長居は新しく津久野という道に進み始めた。

 新たな道を自分自身で見付け、切り拓き、歩みを始めた。

 結果として朱音と出会い、瑚太朗と再会した。

 これを最悪の方向として言い切れるのか?

 そんな訳はあるまい。

 

 新たな道で新しい出会いをした。

 なんて素晴らしいものだ。

 これをそう、瑚太朗風に言うならば――――

 

「お前は、失う事で失った筈の青春を取り戻したんだ。それは誇って良い事だと俺は思うぜ?」

 

「全く、この状況でよくそんな台詞をサラッと言えるわね」

 

 横合いから朱音が呆れた物言いをしてくる。

 しかし、表情は何処か嬉しそうでもあった。

 瑚太朗は長居――――津久野を敵として認識などしていないとはっきり分かったから。

 

 次は自分の順番だと瑚太朗の向かい側に膝を付く。

 両手で彼女の頬をがっちりとホールドして、自分の方へ向けさせる。

 

「良いこと津久野。私はね、あなたが居ないと困るのよ」

 

 目と目を合わせ、朱音は告げる。

 ここからは彼女の出番だ。

 語り部を朱音へバトンタッチする。

 

「あなたが居なければ、誰が私の世話をしてくれるの?」

 

 瑚太朗らしい言葉が出てきたかと思えば、今度は実に朱音らしい言葉が発せられた。

 話を聞いているだけなのに小さく笑ってしまう。

 その行動に朱音に気付かれたのか、鋭い視線を向けられて窘められる。

 

「幼い頃からあなたに助けて貰ってばかりだわ」

 

 今の生活があるのは、加島桜ではなくて津久野が居たからこそ。

 グータラで、FPSで遊んで、学校を私物化して、権力を振りかざして…………でも、津久野のおかげだと朱音は断言する。

 

「今のあなたに何があったのかなんて分からない。記憶が戻ったとか言われても私には詳細が分からないからピンと来ない」

 

 ガーディアン時代の津久野を朱音は知らない。

 強く何か言えるとかはない。

 分かった風な口を叩くつもりはない。

 

「けどね!! 私はあなたが居なかったらどうなっていたかなんて分からない。もしかしたら、今みたいに立っているかも分かったものじゃない」

 

 自分は自堕落ではあるから。

 だから、きっと、間違いなく、朱音にとって津久野は必要な存在なのだ。

 

「ここまで育ててくれたあなたに恩を感じてない訳がない。感謝の言葉しか出てこないわ!!」

 

 普段では恥ずかしくて口に出来ないだろう言葉を並べる。

 しかし、これは普段から秘めていた気持ちである。

 だからこそ、心に響かせる。

 

「…………あっ」

 

 これまで無言を貫いていた津久野の口から言葉が漏れる。

 それは小さくあった。

 けれど、彼女の心に建てられた壁が決壊する合図でもあった。

 

「また私の世話をして。拒否は許さない。これは命令よ!!」

 

「あ、あぁ…………」

 

 決壊が始まれば、ダムから水が溢れるように全てが溢れ出す。

 小さい声を発したのは予兆に過ぎない。

 直後に決壊は激しさを増す。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーっ!!」

 

 感情を全て雄叫びに変換させる。

 彼女の中で大きな変化が起きている証拠である。

 

 やがて、雄叫びは小さくなっていく。

 身体を抑えている瑚太朗は彼女が力を抜いていくのが分かった。

 

「ごめん、ね…………こんな、事を、して…………」

 

「良いの。良いのよ」

 

 涙で目が滲む。

 津久野だけではなくて、朱音も同様であった。

 

「また、私の世話をしてくれるわよね?」

 

「仕方、ありません、ね」

 

 小さく笑うと、力尽きたようで津久野は目を瞑る。

 寝息が聞こえ、彼女が無事である事が分かる。

 

「良かっ、た…………」

 

 朱音もまた張っていた気が切れたようだ。

 疲労も相まって、瑚太朗の方に倒れてくる。

 

「おっと」

 

 津久野の――――長居を拘束から開放して彼女を優しく抱き止める。

 ここ一番を決めてくれたのは間違いなく朱音だ。

 

「ありがとう朱音。助かった」

 

 MVPへ称賛の言葉を贈る。

 彼女は寝ているから聞こえていないかもしれないが、それでも贈らせて貰う。

 

「あとは、任せてくれ」

 

 まだ終わっていない。

 だけど、彼女のおかげでもう少しのところまで来れた。

 

「西九条。こっちは頼む」

 

「ちょっと、天王寺!?」

 

 西九条に2人を任せると、瑚太朗は時間稼ぎをしてくれている面々の為に疾駆した。




如何でしたでしょうか?

2つ前の西九条灯花の箇所でルチアも助けに行くという所もきちんと拾わせて貰いました。
ルチアルートではちはやがルチアを助けに行くシチュエーションでしたが、今回は逆ですね。
でも2人は今は覚えていないんですよね。悲しいです。

正直、長居/津久野との対話の箇所は非常に悩みました。

瑚太朗も接点を積極的に作っていた訳ではありませんでしたから。
朱音の方も薄っぺらいかとも思ってしまいました。

けれど、普段は素直にならない朱音だからこそ、短い言葉でも心に響くのではないかとも思えます。

はてさて、ここから魔物の群れを一掃して逃げるというミッションが残されています。
果たしてどうなるのか…………次回を待ってください。

いや、本当に速く書かないと。
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