「瑚太朗君。ペットを飼う事にしたよ」
休日という学校がない日に神戸家のインターホンを鳴らした俺に、小鳥がそうノリノリで言って来た。
「ペットって、いったいなんだ?」
「この子だよ。おいでちびもす」
「あんっ!!」
俺の足元で犬……というかなにこれ? ちっちゃい象さんにピンク色の毛を付けたみたいなものと言った方が正しいな。
でもそこは言っちゃいけないんだよな。確か撹乱の魔術だかが使われてるはずだから。
「ちびもすか」
「あんっ!!」
懐かしくて無意識の内にちびもすの名を呼んだだけだが、自分が呼ばれたのだと勘違いしたように鳴く。
「にしても、よくペットを飼う気になったよな?」
「家の前で倒れてたってのもあるけどね」
それらしい理由だ。深く追求せずに乗っかる事にしておこう。
「っで? このちびもすの買い物にでも行くのか?」
「そだね。って、事で荷物持ちを頼める?」
「はあ……しゃあないな。小鳥のお願いだからな」
1人にしといても不安が残るからな。それにせっかく誘われてんだ、付いて行かない道理はない。
「小鳥。この荷物の量はないんじゃないか?」
「良いじゃないのさ、瑚太朗君は男の子でしょ? もうちょっと頑張りなさい」
叱咤されてしまいました。
ちびもすは俺の頭が定位置として気に入ったのかそこに居きょを構えてしまっている。
なんだ? そこからの眺めは気持ち良いのか?
眼鏡の大佐みたく「人がゴミのようだ」とは思わないように教育しなくちゃな。
「って、おい待ってくれよ小鳥」
「遅いよ瑚太朗君。早く早く」
そう急かされてもあなたから持たされた荷物のせいで上手く動けないんですがね。
リライターを使いたくなって来たよ。
って、こら裏路地に入るなよ。
「ちびもす。悪いが走るぞ。しっかり掴まっとけ」
「あんっ!!」
本当は走りたくないけど近道で裏路地に入られちゃ堪ったもんじゃない。見失う前に追い付か――
「あれ?」
入った瞬間に唐突な違和感に襲われた。
「また入っちまったのか」
“もう一つの風祭市”
だとすればどこかに出口があるはずだ。
「ガイアもしっかり管理しろよな」
「あんっ!!」
俺の独り言をちびもすがきちんと返してくれる。
君は実に素晴らしい。躾が行き届いてるな。くれぐれも光る石に近付くなよ、目をやられるからな。
「よし、行くぞちびもす」
「あんっ!!」
俺とちびもすの大冒険が、今ここに幕を開ける。
多分1時間もすりゃへばるだろうが。
前言撤回したい。30分も保たなかった。
くそ、両手にぶら下がった荷物さえなけりゃ――
「愚痴っても仕方ないか」
鬱屈そうになる気分を抑えながら無限回廊化した裏路地を歩き進む。
「はあ……ちびもすが居てくれて良かったよ。1人は寂しいからよ」
「あんっ!!」
良くできた犬――ってか魔物か。
「しかし、どこまで続くんだ?」
「あんっ!! あんっ!!」
諦めるなよ!! と言われてる気がした。
よっしゃ、もうちょっと頑張るとしましょうか!!
とは言えよちびもす。鬱屈になってたのはお前のご主人様が持たせた荷物のせいだからな?
「クゥゥ〜ン」
「どうかしたか?」
せっかく人がやる気になっているというのに――だが、ちびもすのこの反応は……
「近くに何か居るのか?」
悪いが荷物を脇に置かせてもらう。
ちびもすの視線の方へ俺も向ける。
「――っ!!」
俺は思わず身体を強張らせた。
重い荷物なんか持ってたら面倒な事になってたな、いつぞやの黒い狼――と黒いフードを深く被ったローブの男か女か判別しづらい奴が脇に立っていた。
「何故、君はここにいる?」
「知るか、こっちが聞きたい」
ローブの(声からして)男は驚いた口調で俺を見てくる。
当然だが、俺は“巻き込まれた”としか言い様がない。巻き込まれたっていや、今回は吉野と学校の無限回廊には巻き込まれてないな。
まあ、その時のは特に進展はなかったから構わないか。俺自身が覚えてるからパルとギルに会うのは十分だ。
「ここを知られた以上は生かしておけないな」
ローブの男の背後から黒い狼が1、2、3――と数が増えていく。
どんだけ命を消費するつもりだよ。
「ちびもす。悪いが荷物見といてくれ。無くして小鳥にどやされちゃ堪らないからな」
「…………あんっ!!」
やや間が合ったものの、ちびもすは元気良く返してくれた。
俺を信用してくれたんだろう。信頼は良い事だ。
「子供が――相手になるものか」
黒い狼が空中から1匹飛び掛かってくる。2匹ほど真正面から駆けてくる。
3匹か――面倒だけど1匹ずつ潰すのがベストだな。
裏路地だから狭いが、少なくとも避ける必要はない。
地面を思いっ切り蹴り上げて1匹目に俺自ら飛び掛かる。狙うは空中にいるやつ。
「でやぁっ!!」
膝蹴りを噛ましてやる。顔面に見事突き刺さり、そのまま二転三転していく。
「がぁっ!!」
空中から地面に降り立つまでにタイムラグは発生する。
それを見逃してくれるほど黒い狼も甘くはないのは痛感している。案の定、飛び掛かってくる。
さて、こっちに来てから初めてだけどきちんと機能してくれよ。
イメージするのは鞭の形。その鞭の形は俺の右腕に表れた。
スッと、虹色のオーラが綱のように太い形で伸びる。それを目でなく、肌で感じると腕を右から左へと振るった。
鞭は黒い狼を両断し、光の粒子へと変貌させたのだ。
「こんな事が――」
魔物使いは信じられないような目でこちらを見てくる。
俺からすれば、その程度で挑んで来る気になれたもんだと返してやるよ。
「行け!!」
黒い狼が吠える。
やれやれ、今ので実力の差を目の当たりにできなかったようだ。
「完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」
黒い狼が今度は5匹か、いったい何体出すつもりだ? まあ、いくら来ようが潰してやるが。
未だにオーロラによる鞭は消していなかった。なので、鞭を強くイメージする。
「らあっ!!」
まるで蛇のようにウネウネと曲がりくねりながら黒い狼を切り裂いていく。
いやいや、自分でやってて気付いたけど鞭なのに斬ってるよな?
「まあ、気にする事はねぇや」
誰に何と言われようが勝てば良いんだからさ。
「またしても――」
三流の敵役が使いそうなセリフだな。ばい菌の敵はともかく現実でそんな事を口走る奴がいるなんて、お兄さんビックリだよ。
「あとはあんただけだぜ」
「出ろ!!」
おい、どれだけ命を投げ捨てる気だ? これで10匹目だ。
「バカ野郎」
もう限界なんだ。殴ってでも止めてやる。
カッとなって走る俺。それを遮る黒い狼。
「邪魔だっての!!」
オーロラブレードの範囲で十分だった。2匹の黒い狼をすぐに土へ還す。
今にも魔物使いは新たな魔物を出す寸前だった。
「それ以上、力を使うな!!」
堅く左で拳を作る。
誰かを傷付ける為じゃない。名前なんか知らないが、こいつを救いたいが為に振るう拳なんだ。
俺の左ストレートが突き刺さる。魔物使いが召喚しようとしたものは――ギリギリ召喚されなかった。
あれ? そういや俺――手加減してねぇ!!
何か竹トンボみたいに飛んでるし!!
あ、今『グキッ!!』とか変な音を起てて地面に落ちた。
「………………」
見なかった事にしよう。
「ちびもす、行くか」
「あんっ!!」
うん。ちびもすもこんな事は目に触れたくないようだ。
荷物を持つと、俺達は出口を求めて走り出した。
潜在意識というべきか、どうしても現場から逃げたくなる。
さ迷って俺達は1時間後に脱出した。
小鳥からは結局どやされ、戦闘で疲れた身体を引きずってその後に2時間買い物に付き合わされた。
今日俺が得たものは犯罪を起こした逃走する犯人の心理と小鳥に付き合わされて買った(ちなみに小鳥に奢りもした)パフェである。
無くしたものは体力と財布の中身である。