“それ”は変わらずにとある少年を眺めていた。
“それ”が何を意味して彼を見ているのかを知る由はない。
今までとは違う雰囲気を醸し出している少年に違和感を覚えないわけがなかった。
「彼は……何者だという?」
“それ”の興味の対象は完全に1つに絞られていた。
今も困難な道のりを進んでいる少年を“それ”は楽しげな様相で見ていた。
端から見れば神様にでもなったつもりかと言われてしまいそうだが、“それ”にはそういった愉快な思考回路は持ち合わせていない。
ただ、植物を観察する小学生と同じ事をしているのだ。
その対象が人間という生物を対象にしているだけ。
“それ”には人間も植物と大差ないように感じていよう。
しかし、本来なら見ていても面白いものだとは全く感じやしなかろう。
けれど、それを覆したのが運命に抗おうとする少年の存在だ。
今、彼は茨の道を掻き分けて今までとは違う展開を望もうとしている。
「会いたい」
知らず、“それ”の口から漏れた言葉は誰にも拾われはしない。
人知れぬ存在なのだから、この結果は仕方のないこと。
「早く、会いたい」
一層、“それ”の欲求は強まっていた。
感情なぞ持ち合わせていないように見えるはずなのに“それ”は当たり前のごとき反応を示していた。
“それ”の起こした変化なのか、原因は少年にあるのだろうか。
「名前は何と言ったか?」
“それ”は少年の名前を何度も見ていた。耳にもしていた。
しかしながら、ホモサピエンスの見た目は“それ”からすれば変わらないから顔と名前はそう簡単には一致がしない。
「天王寺……瑚太朗」
だから、忘却の彼方へと運び込まれない為に何度も何度も呟かれた名前。
そしてしばらくは覚えていられるだろうが、それも時間の問題だ。
いつまで記憶の中に留めて入れるのか……賭けをしてみるのも面白いのかもしれない。
残念な事に“それ”を知る者がいないし、この場には他の存在の影も形も見当たらない事から無駄な事にしかならないのだ。
「もうすぐ、会える……」
瑚太朗を見て、“それ”は愛おしそうに言った。
感慨深い――そんな感情は本当に持ち合わせているのかは疑問の残る余地はある。
「我は、僕は、私は、俺は――あなたに、期待したい」
当人がいれば「何を?」と返していよう。
だが残念。問い返す人がいないから、呟くだけで空の中に溶けて消えた。
「天王寺瑚太朗……もう少しだけ頑張って」
すぐに行くから――続けて紡がれた言葉を最後に“それ”は人間観察に戻るのだった。