続きです。
「何とか……撒けたみたいだな」
瑚太朗と朱音はマーテルの付近で息を殺して待っていた。
先程、瑚太朗達はマーテルを出ると同時に“あまりにも安易に脱出できた事に疑念を抱いた。”
そこで朱音から「ここは1つ、確かめてみましょう」と。
瑚太朗は「?」と首を傾げるだけだったが、朱音はそんな彼を無視して行動に移した。
彼女が呼び出したのは魔物――映写機を胸に備え付けたマネキン――が突如として朱音の背後から出現した。
「こんなこともあろうかと、近くに待機させておいたわ」
とは朱音の談。敵地に装備無しで乗り込むのだから、保険を掛けておくに越した事はない。
見た事のないタイプの魔物で、瑚太朗としてはどんな効果をもたらすのかが気になるところだった。
その効果は、すぐに発覚した。
胸にある映写機から瑚太朗と朱音の姿が映し出された。
まるで、それはSF映画などで見掛ける人の姿を映し出すホログラフのようだった。
パッと見ただけでは分かりづらく、少なくとも一瞬だけでは分かるまい。
それを先に歩かせたところ、加島桜の魔物らしきカラスが後を付けていた。
その隙に瑚太朗達は周囲に気を配りながら、マーテルの側を離れる。
「朱音には感謝しかないな」
瑚太朗1人だけで解決できるような事でもなかった。
きっと、脱出に喜んでそのまま何も考えずに鳳家まで逃げていただろう。
「本当、私も一緒で良かったと心から思ってるわ」
無茶をする傾向の強い瑚太朗の手綱を握れずとも、こうやって並び立って誘導くらいは出来るのだと朱音は改めて思い知った。
映画でしかやらなそうな脱走劇など朱音には初めての経験で心臓に悪い。
「一応、ちはやとルチアの応援を呼ぶ準備はしといたけど必要なかったか」
この付近で待機して貰っていた2人に感謝をしながら無事のメールを送り、撤退を伝える。
「っで、トラブルはあったけれど目的を果たした今……さっきのやり取りについて言及しようかしら?」
脱出を果たすまで聞くまいと決めていたが、条件は果たされたので思いきって聞く。
「さっき?」
「津久野と、何かを話していたでしょう? それに彼女の事を知ってるみたいじゃないの」
言われて気付いた。
確かに瑚太朗は津久野と“戦ってる最中に”話をした。
「そうだな……朱音には話しておく」
津久野の事を知り、小鳥同様に瑚太朗の過去を知る彼女には自ずとバレる可能性があった。
「俺が“昔に”ガーディアンに居た頃の同僚だ。本名は長居って事は覚えてる」
「なるほどね。だから顔見知りだったわけ」
その点に関しては朱音は何ら疑問に思うところは1つもない。
だが、もう1つの答えを教えてもらっていない。
「じゃあ、津久野はあなたに何と言ったの?」
あの時の一番の疑問点。
何かを伝えていた津久野に、天王寺瑚太朗は迷いなく頷き答えた。
彼女からの伝聞が何であったのか……朱音は知って良い筈だ。
「そう……だな」
瑚太朗は目を閉じ、考え込んだ後に朱音に――告げる。
「津久野に言われたんだ。朱音を“早く連れて行きなさい”ってさ」
「…………えっ!?」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
自分達の前に『敵』として出てきた津久野。
瑚太朗も、津久野も、お互いを『敵』と認識して争った。
だと言うのに……瑚太朗から伝え聞いた事を連想すると“彼女には朱音を助けたい気持ちがあったのだと知れる。”
「津久野はさ、律儀な奴なんだ」
ポツリと瑚太朗は言葉を紡ぐ。
「本人は否定するんだけどな」
付き合いは朱音に比べれば浅い。
それに津久野との思い出なんて色褪せていたっておかしくはないのだ。
勝手に天王寺瑚太朗が美化しているだけかもしれない。
勝手に天王寺瑚太朗が願った結果なだけかもしれない。
勝手に天王寺瑚太朗が夢見た結果なだけかもしれない。
だとしても、天王寺瑚太朗は“あの時の長居を信じられた。”
「多分、お前に拾われたから長居は……津久野は救われたんだ」
「そう……」
何が救われるかだなんて瑚太朗には分からない。
そもそも、救う方法は千差万別。人の数だけ方法は存在する。
たまたま、朱音と出会えた事で津久野は心を救われたのかもしれない。
心の拠り所のない世界に生まれた自分が「護らなければ」という強い想い。
きっと、その願いが津久野を生かしてくれた。
「だからさ。今度会った時には礼を改めて言いに行こう。俺も言い足りないからさ」
「ええ、そうね」
それすなわち、マーテルにもう1度殴り込むのと変わらない。
だが、2人には関係ない……そこには恩人が待っているのだから。
加島桜は天王寺瑚太朗と千里朱音を逃がしてしまった事を悔いていたが、起きた出来事を変えるだなんて無理なので次なる一手を模索する。
「いや、対策は整ってはいる……」
今、彼女はプライベートを全面に押し出している自室に籠っていた。
そこで何の策を練るべきなのかを計画立てていた。
「なんだ。彼らにまだ用があるのか?」
フードを目深に被った人物が加島桜の部屋に居た。
声質から男のようだ。
加島桜と逢い引き――等という事はない。
単純に両者共に“お互いを利用しあっているだけだ。”
「それは“あなたが妙な事を言ったから”」
「人のせいにするだなんて……良くないな」
男性は肩を竦めるジェスチャーをしながらも彼女との応対を止めなかった。
むしろ、このような悪ふざけを加島桜が容認している事実こそが奇特と言えた。
「ですが……天王寺瑚太朗があなたの言う通りだという確証は得られました」
「って、事は――」
「はい。そろそろ出ていっても良いでしょう」
加島桜の宣言に男は「おう!!」と歓喜に震えていた。
この時を、彼はずっと待ち望んでいたという事になる。
「では、行ってきて下さい」
「その前に……そいつはどうするんだ?」
「使いたければどうぞ。もう必要はありませんから」
「じゃあ、使わせてもらおうかな。せめて命だけは助けてやれよ」
言いながら男性は「支度をしてくる」と残し、部屋を後にした。
加島桜は先程の話題に上がっていたもう1人の人物に視線を落とした。
その人物は床に倒れていた。
寝ているのではなく、倒れているのだ。
「まさか、私が天王寺瑚太朗達を故意にあなたが逃がした事に気付いてないとでも思いましたか?」
スッ――と、目を細めて彼女は倒れている人物に告げる。
しかし、気絶していて返事は皆無。外傷は特にない。
それを知りながら、加島桜は再度として問い掛けた。
「ねえ? 津久野」
如何でしたでしょうか?
果たしてこの男性は誰なのか?
イケメンなのかおっさんなのか気になるところ……
次回は再来週の月曜日の予定です。