クロスアンジュ 因果律の戦士達   作:オービタル

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第12話:激戦の予兆

「これは私を馬から落とした罪!」

 

「うあっ!」

 

ミスルギ皇国、皇宮の中庭。まだ年端も行かぬ少女が目標に向かって鞭を振り降ろした。ボロ雑巾のような衣装だけを纏い、処刑台から吊るされ悲鳴を上げているのは言うまでもなくアンジュだった。そして、彼女を鞭打っているのは実の妹であるシルヴィア。

だがその目は、実の姉を見るものではなかった。怒りと憎しみに燃え、親の敵でも睨んでいるようである。…まあ、非常に歪んだ解釈ではあるが、実際に親の敵であるのは間違いないのでこの形容もあながち外れではない。

 

「これは私を歩けなくした罪!」

 

「ああっ!」

 

又も鞭が振り下ろされる。悲鳴を上げるアンジュに対して、広場に集まりそれを見ていた観衆は喝采を上げた。どう贔屓目に見ても気分のいい光景ではないが、ノーマに対する断罪ということで酔い痴れているのだろう。…もっとも、非常にタチの悪い悪酔いには違いないが。

少し離れたところでは、アンジュの兄であるジュリオと、近衛長官であるリィザという妙齢の女性がそれを見ていた。ジュリオは楽しげな表情だったが、リィザは何の感慨も感じていないようだった。

 

「そしてこれは生まれてきた罪です!」

 

三度、シルヴィアが鞭を振り下ろしてアンジュの身体を鞭打った。その様に、見物に来た民衆のボルテージが一際上がる。

 

「シルヴィア様! どうか、どうかもうおやめ下さい!」

 

シルヴィアの後ろで錠をかけられ、拘束されているモモカが悲鳴に似た訴えを上げた。

 

「こんな酷いこと!」

 

「…酷い?」

 

車椅子に乗ったシルヴィアがゆっくり振り返る。その雰囲気に、思わずモモカは息を呑んでしまった。

 

「…このノーマが、汚らわしく暴力的で反社会的な化け物が、私のお姉さまだったのですよ!それ以上に酷いことが、この世にあって!?」

 

憎しみが宿った目で涙ぐみながら、シルヴィアは怨嗟の声を上げて吊るされているアンジュを見上げた。

 

「謝りなさい!私がノーマだから悪いんです、ごめんなさいって!」

 

「シルヴィア様の言う通りよ!」

 

観衆の中から声が上がる。それはまだアンジュが皇女だった頃、彼女と共に学び、彼女を慕っていたはずの同級生たちだった。だが、今はそんな面影は何処にもない。

 

「返して!私たちの人生を返して!」

 

それに呼応するかのように、観衆のあちこちからシュプレヒコールが上がった。

 

「感謝しているよ、モモカ」

 

今までそれらの光景を見るに留めておいたジュリオがモモカに視線を向けた。

 

「えっ?」

 

「私たちに断罪の機会を与えてくれたことを」

 

そして、語りだす。己の企みを。

 

「洗礼の儀でアンジュリーゼの正体を暴いたのは、私だ」

 

その言葉が聞こえていたのかいないのかはわからないが、吊るされているアンジュの瞳が揺れた。そんなことに気付くこともなく、ジュリオはふふふと陰湿に笑う。

 

「16年もの間皇室に巣食っていた害虫はようやく駆除された…。後は地獄に送られ、別の化け物に喰い殺されたという報告を待つだけ…」

 

取り上げたのだろう、指先でアンジュの指輪を弄びながら更に語りを続ける。

 

「だが…驚いたことに死ななかったんだよ! こいつは!」

 

吊るされたまま自分をキッと睨むアンジュに見下した視線をジュリオは送った。

 

「このままではのうのうと生き延びかねない。そこで…だ、モモカ、お前を送り込んでやったのさ。方々手を尽くしてね」

 

「えっ!?」

 

明かされた真実に、モモカは息を呑んだ。

 

「一介の侍女が、世界の果てに追放されたノーマに簡単に会えるわけがないだろう。踊らされているとも知らず、シルヴィアの為に戦うお前たちの必死な姿…実に滑稽だったよ」

 

「そんな…そんな…っ!」

 

絶望に染まるモモカを尻目に、ジュリオはおもむろに座っていた椅子から立ち上がった。

 

「ノーマを護ろうとしたバカな皇后は死に、国民を欺いた愚かな皇帝は処刑された!」

 

「処刑…!?」

 

聞かされた父の末路に、アンジュの顔に驚愕の彩が広がり唇を噛む。

 

「皇家の血を引く忌まわしきノーマ、アンジュリーゼ! お前の断罪をもって皇家の粛清は完了する! 今宵、この国は生まれ変わるのだ、神聖ミスルギ皇国として!」

 

大仰な仕草の演説だが流石は皇太子、良くも悪くも堂に入っていた。その証拠に、観衆もジュリオの演説に聞き惚れているようだった。

 

「初代神聖皇帝ジュリオⅠ世が命じる! このノーマを処刑せよ!」

 

その宣言と共に、観衆のボルテージは最高潮にまで上がった。その歓声に顔を上げたアンジュの表情は、先程以上の驚愕の彩りに彩られていたのだった。

そのまま拘束を解かれ(と言っても、手錠はしっかりとされているが)、近衛兵に後ろを固められ、アンジュは処刑台に向かって前進する。…と言うより、前進せざるを得ない状況にさせられているのだが。

 

「あっははは、惨め」

 

「私たちを騙していた罰よ!」

 

その後ろ姿に、侮蔑の言葉を投げかけるのはかつての友の姿。

 

「どうして…」

 

思わず立ち止まり、アンジュが呟いた。

 

「どうして私が処刑されなければいけないの!? 何の罪で…」

 

振り返り、己の想いを主張しようとしたアンジュだったが、そうしようとする前にそれは中断された。突然投げつけられた生卵が彼女の顔にぶつけられ、中身が割れたのである。

 

「黙れノーマ! 私に何をしたか忘れたの!?」

 

投げつけた人物…かつての友の一人、アキホが憎々しい目でアンジュを睨みつけた。

 

「ちょっと蹴飛ばして簀巻きにしただけでしょ。大げさなのよ」

 

「ちょっと!? …酷い、酷いわ!」

 

アンジュの返答にアキホは泣き出してその場にへたり込んでしまった。慌ててその周りに友が集う。

 

「死刑にされるほどの罪じゃない」

 

だが、アンジュはそんな光景を見ても最早何の痛痒も感じないのだろう。フン、とばかりにそっぽを向いた。

 

「それは人間の場合でしょう!?」

 

「あんたはノーマ! 人間じゃない!」

 

「たくさんの人たちを不快に、不幸にしたの! だから死刑なの!」

 

「それで黙って殺されろって言うの!? 家畜みたいに!?」

 

「悪いのはノーマよ! だから全部貴方が悪いの!」

 

「ジュリオ様が死刑って言ってるんだから、死刑でいいじゃない!」

 

両者の応酬は何処までも平行線だった。そして、そこかしこからアンジュの旧友…彼女は最早友とさえ呼びたくないだろうが…に賛同する歓声が上がる。

 

「悪くありません! アンジュリーゼ様は何も悪くありません!」

 

その状況にいたたまれなくなったのだろうか、モモカがアンジュをかばうように両者の間に入って声を張り上げる。

 

「私は、アンジュリーゼ様のおかげで幸せに…」

 

しかし、そこまでだった。何故なら観衆の間から自然発生的に悪意が押し寄せてきたからだ。

 

吊ーるーせ、と。

 

そしてそれは瞬く間に手拍子と共に観衆の間に広がっていった。

 

「どうして…? どうしてアンジュリーゼ様だけが、こんな酷い目に…」

 

目の前の光景が信じられないのだろうか、はたまた理解できないのだろうか、モモカはそれ以上二の句が告げなかった。

 

「モモカ…」

 

そんなモモカに、アンジュが慈しむような視線を向けた。

 

「貴方と…あそこの人たちだけね。差別や偏見、ノーマだとか人間だとか関係なく、私を受け入れてくれたのは」

 

脳裏に浮かぶのはアルゼナルの面々の姿。恐らくはもう二度と逢えないのだろう。共に過ごした期間は短くとも、その姿は強烈に、印象は鮮烈にアンジュの頭の中に残る。

 

(それに比べて…っ!)

 

アンジュは元は自分の臣民だったミスルギの観衆に目を向けた。吊るせコールと手拍子は止むことなく続いている。

 

「さっさと殺せよ」

 

「早く帰りたいんだけど」

 

そしてそんな揶揄が、尚もアンジュに浴びせられる。

 

「(これが、平和と正義を愛する、ミスルギ皇国の民?……豚よ!こいつらみんな、言葉の通じない、醜くて無能な豚どもよ!)」

 

アンジュの視線は一層鋭くなり、ギリッと歯噛みする。

 

(こんな連中を生かすために、私たちノーマは…っ!)

 

悔しさからか、兄であるジュリオにそのまま視線を向けた。と、ジュリオが自分の指輪を弄んでいるのが視界に入ってきた。

その瞬間、アンジュは今は亡き母のことを思い出していた。

 

『アンジュリーゼ…貴方にこれを』

 

『どうか、光のご加護があらんことを』

 

洗礼の儀の前夜、母から譲り受けた指輪を見たアンジュは何かを思い出したのか、今までの険しい表情が嘘のように納まった。そして

 

「始まりの光、キラリキラリ…」

 

歌を口ずさみ始めたのだ。永久語りという、ミスルギ皇家に代々伝わるものだった。アンジュはその永久語りを口ずさみながら、処刑台へと自ら歩いていく。途中、リィザに命じられた近衛兵が止めさせようとするが、アンジュの気迫に圧されてか、手出し出来なかった。

永久語りを口ずさみながらゆっくりと歩くアンジュの脳裏には、二人の人物の顔が浮かんでいた。

 

「♪〜♪〜(タスク…)」

 

一人はかつて無人島に不時着したとき、その島で数日を共に過ごした青年、タスクだった。あのときの思い出が脳裏に幾つも蘇る。

決して楽しい思い出だけではなったけど、それでもあの数日間は今迄で一番生き生きとしていたときだったかもしれない。

 

「♪〜♪〜(会いたいな、もう一度…)」

 

無性にそう思った。そしてもう一人…

 

「(キオ…)」

 

もう一度その顔を思い浮かべ、アンジュは吹っ切っていた。

 

(道を示す光。お母様が私に残してくれたもの)

 

未だ永久語りを口ずさみながら、アンジュは一歩一歩処刑台へと向かって歩く。

 

(私は死なない。諦めない。殺せるものなら、殺してみろ!)

 

いつからかそんなアンジュに呑まれたかのように、広場に集まった観衆は静まり返っていた。

 

 

 

 

 

上空ではタスクのアレスと合流したキオは浮遊していた。

 

「さて、タスク……先に降下してろ、俺はアンジュの首のロープを何とかする。そしたらお前は落ちるアンジュを受け止めろ」

 

「分かった!」

 

タスクはキオの言う事に従い、ヘイロージャンプの準備をする。

 

「お前はここで待っておけ、セイレーンなら酔いはしない♪」

 

「お、おう!」

 

ヒルダはキオの顔を見て赤く染まる。

 

「………どうした、顔赤いぞ?」

 

「う、うるせぇ!」

 

「……そうか」

 

キオはキョトンとした表情をし、タスクがアレスから飛び降りる。

 

「それじゃ♪」

 

キオもコックピットハッチを開き、サブマシンガンとバトルライフルを持ってヘイロージャンプする。

 

 

 

 

「っ! 早くしろ!」

 

先程までと一変した状況に苛立ったジュリオが近衛兵に命令した。弾かれたように近衛兵が、未だ永久語りを歌っているアンジュに近寄って絞首に顔を叩き込む。

 

「さらばだ、アンジュリーゼ」

 

ジュリオがそう呟いたのが合図のように、刑が執行される。足元の感覚がなくなり、アンジュは観衆が望んだ通り吊るされることとなった。

 

「アンジュリーゼ様ーっ!!!」

 

モモカの悲痛な悲鳴が響き渡る。そしてそれとほぼ同時に、上空から一発の閃光弾が発射され、中庭を昼のように照らした。

突然の事態に悲鳴を上げて目を押さえる観衆たち。そんな彼らの隙を突くかのようにタスクが着地し、ジュリオが持っていたアンジュの指輪を奪い返す。

そしてキオは着地寸前に投げナイフが投擲すると、アンジュを絞首していたロープを切断した。

タスクの方はと言うと、機影がジュリオに迫るよりも早く処刑台にスライディングする。

 

「はあっ!」

 

「うっ!」

 

「がっ!」

 

キオはモモカを拘束していた近衛兵たちを瞬く間に叩きのめしてしまった。

 

「大丈夫か?」

 

影が尋ねる。

 

「あ、は、はい…」

 

急展開に驚きながらもモモカは振り返って礼を言った。が、その瞬間動きが止まってしまった。

 

「ふんっ!」

 

キオはそんなモモカを気にすることなくを振り下ろすと、モモカを拘束している手錠を粉砕したのだ。

モモカを無事に保護したキオがアンジュに目を向ける。そこには、救出には成功したのだろうが、何故だかアンジュの股間に顔を突っ込んでもがいているタスクの姿があった。

 

「タスク…何やってるんだ?」

 

その惨状にキオは思わず目頭を押さえた。と、タスクがアンジュの全力の蹴りを食らって処刑台に吹っ飛ばされ気を失ってしまった。が、その表情はいいもの見たとばかりに非常に情けなく緩んでいたが。

 

「アイツ……お姫様を救いに来た騎士がそれでどうするんだ?」

 

タスクの続けざまの醜態に呆れるキオ。不可抗力の側面はあるかもしれないが、それでもこれではなと、こんな状況ではあるが思わずにはいられなかった。が、状況は刻一刻と変化する。

 

「近衛兵、何をしている! 早く取り押さえろ!」

 

いち早く復活したリィザが近衛兵にそう命令した。その命令通り、アンジュに近衛兵が近づく。が、

 

「ふっ!」

 

「がっ!」

 

「ぐあっ!」

 

「ぎっ!」

 

「ノーマを助けるあの男たち、一体…」

 

「反乱分子だ。ノーマに与するテロリストどもめ!」

 

忌々しげにジュリオが吐き捨てる。その間に新たな近衛兵たちがアンジュ達を囲んでいた。新たな敵の出現に、アンジュの表情に緊張が走る。

 

「アンジュリーゼ様ーっ!」

 

そんな彼女の元に、拘束を解かれたモモカが駆け寄ってきた。

 

「モモカ!」

 

「開錠!」

 

マナの力でアンジュの手錠を解除するモモカ。そんな二人に、近衛兵たちは照準を定めて銃の引き鉄を弾こうとする。しかし、キオは未来視で近衛兵の未来を視る。

 

「そうはさせるか!ヒカリ!」

 

キオはヒカリを呼び出し、ヒカリのモナドを手に、近衛兵達の方へ走り、切り裂く。

 

「うっ!」

 

「がはっ!」

 

「げっ!」

 

いつものように瞬時に移動してきたキオが彼らに当て身を当て、簡単に排除するとアンジュに視線を向けた。

 

「アンジュ!これ使え!」

 

キオはアンジュにサブマシンガンを投げ渡す。

 

「っ!殺しても構わん! 決してその者たちを逃がすな!」

 

ジュリオの命令と共に又新たな近衛兵たちがどこからともなくワラワラと出てくる。

 

「メツ!」

 

次にキオはメツのモナドを持ち、プレートに『轟』と表示される。

 

「モナドサイクロン!」

 

モナドにエーテルの力を溜め込み、周りにいる敵に向けてモナドを叩き込むと、近衛兵が吹き飛ばされる。その圧倒的な力にジュリオは驚く。すると吹き飛ばされた近衛兵が銃を構えた直後、上空からセイレーンが飛来し、キオを守ろうとトリオン型障壁を展開する。

 

「何だあの機体は!?」

 

ジュリオが驚く中、セイレーンの他にペリカン降下艇を連れたタスクのアレスも飛来する。ペリカン降下艇の後部ハッチが開くと、リンとエルマ、イリーナ、グインが待っていた。

 

「アンジュさん!モモカさん!乗ってください!」

 

イリーナとグインはそれぞれのブレイド『トキハ』と『グレン』を展開し、キオの援護に回る。タスクは……気絶してノビたままペリカン降下艇に積み込まれる。

 

「逃がすなーっ!」

 

ジュリオが半ば狂乱気味に命令するが時既に遅し。火が入り飛び上がった。

 

「モモカ!」

 

「は、はいっ!」

 

慌ててモモカが命令通りマナの力でシールドを展開する。するとキオが前に出て近衛兵を薙ぎ払う。

 

「逃げるわよ!さ、早く!」

 

ペリカン降下艇に乗り込んだアンジュ達、イリーナとグインはプラズマグレネードを投げ、近衛兵を近寄らせないようにペリカン降下艇に急いで乗り込む。キオも気が済み、セイレーンに乗り込む。

 

「おのれ、アンジュリーゼ…!」

 

忌々しげに見上げるジュリオの前でアンジュがペリカン降下艇から眺める。

 

「感謝していますわ、お兄様。私の正体を暴いてくれて。ありがとう、シルヴィア。薄汚い人間の本性を見せてくれて」

 

そして微笑むアンジュに、シルヴィアはヒッと短い悲鳴を上げて顔を引きつらせた。

 

「さようなら!腐った国の家畜ども!」

 

訣別の宣言をすると、アンジュは機体を空へと舞い上がらせる。

 

「追え!追えーっ!」

 

狂ったように叫ぶジュリオ。そんなジュリオにアンジュは手裏剣のようなものを投擲した。音を立てて闇夜を切り裂いたそれは、ジュリオの左頬を掠めて後ろの玉座に突き刺さる。

 

「うわあああっ!」

 

頬を押さえ、傷口から鮮血が噴き出した。と言っても、薄皮一枚切れたぐらいのものなのだが。しかしジュリオは大仰に叫び、その光景を見たシルヴィアも悲鳴を上げた。

ジュリオを慰めるリィザは飛び去るセイレーンとキオを見る。

 

「(あれが報告にあった天の聖杯とエーテリオン……)」

 

 

 

 

 

 

ミスルギ皇国近海の海上。先程広場を脱出したアンジュたちは自動操縦に切り替えて進路をアルゼナルに向けていた。途上、マシンの後部部分に装着させるコンテナを結合し、その中でアンジュたちは束の間の休息を取っていた。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい、アンジュリーゼ様…」

 

毛布を身に纏いながら、泣きながらモモカが謝罪する。騙されていたとはいえ、敬愛する主人を窮地に追い込んでしまったのだ。実際、あのまま何もなければアンジュは間違いなく死んでいただろう。今こうして生命があるのは奇跡といってもいいのだ。筆頭侍女の身としては、どれだけ謝っても自分を許せるようなものではなかった。

 

「何言ってるの? おかげでスッキリしたわ」

 

が、当のアンジュは一向に意に介した様子はない。それは言葉だけでなく、その口調からも感じ取ることが出来た。

 

「え?」

 

「私には、家族も仲間も故郷も、何にもないってわかったから…」

 

「アンジュリーゼ様…」

 

寂しげな口調に、モモカはそれ以上声を掛けることが出来なかった。

 

そう言って、キオは傍らのタスクを見下ろす。その顔はまだ先程までと同じように情けなく緩んだままで気絶していたが。

 

「…そうね。……それと」

 

そのニヤけた面に少々ムカっ腹が立ったのか、アンジュは思い切り平手でタスクの横っ面を叩いた。

 

「痛ったーい!」

 

「どう?目が覚めた?」

 

「良かったアンジュ、無事だったんだね!」

 

アンジュの無事な姿に手放しで喜ぶタスクだったが、どうやら当のアンジュはそれだけではないようで、タスクの両方のこめかみを握りこぶしでグリグリと締め付けた。

 

「貴方、またやったわね!」

 

「何ぃ!?あっ、何が!?」

 

痛みに顔を歪ませるタスクだが、アンジュはお構いなしに両腕に力を込める。

 

「どうして股間に顔を埋める必要があるわけ!?癖なの!?意地なの!?病気なのッ!?」

 

「ごめーん…痛ててててててっ…ごめん!」

 

謝罪の言葉を聞いてもタスクに容赦なくお仕置きを続けるアンジュ。その後ろではキオがやれやれとばかりに溜め息をついていた。と、

 

「あの…アンジュリーゼ様、こちらの方とはどういう関係で?」

 

タスクのことを知らないモモカが疑問に思ったことを尋ねた。

 

「えっ? えーと…」

 

どう説明したらいいものかとアンジュが言いよどむ。そんなアンジュが言葉を探している隙に、

 

「ただならぬ関係…」

 

と、ある意味正しいがある意味大いに間違っている答えをタスクが答えた。

 

「はぁっ!?」

 

予想もしなかった答えに心外だとばかりにアンジュがタスクを睨みつける。しかしモモカはそれを素直に受け止めてしまったようだった。

 

「やっぱり! そうでなければ、生命掛けで助けに来たりしませんよね! 男勝りのアンジュリーゼ様にも、ようやく春が…筆頭侍女としてこんなに嬉しいことはありません!」

 

「ちっがーう!」

 

手を叩いたり、口元を押さえたり、涙を浮かべたりと様々な手段で喜びの感情を表すモモカだったが、アンジュは犬歯を剥き出しにして否定の意を表し、モグラ叩き宜しくタスクの頭に拳を振り下ろした。キオ達は口元を抑え、笑いを堪える。

 

「痛っててててて…」

 

「どうしてあそこにいたの?」

 

拳を振り下ろされて痛む頭を押さえるタスクに向き直り、アンジュは疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「えっ?」

 

一瞬素っ頓狂な声を上げたタスクだったが、すぐに真面目な表情になった。

 

「連絡が来たんだ、ジルから」

 

そして事の真相を伝える。

 

「ジル…司令官?」

 

「君を死なせるな…ってね。それにこれ…」

 

ごそごそと己の身体を漁ると、タスクはジュリオから奪還したアンジュの指輪を手渡した。

 

「大事なものだろ?」

 

それを受け取ったアンジュは本当に嬉しそうな表情をすると、早速指にはめて指輪をあるべきところに収めた。

 

「ありがと」

 

素直に感謝の言葉を口にする。が、すぐに険しい表情になった。

 

「貴方…一体何者なの?」

 

流石にそこに引っかかったのだろう、アンジュが尋ねる。タスクも表情を引き締め、そして、

 

「俺は…ヴィルキスの騎士」

 

そう、簡潔に答えた。

 

「騎士?」

 

タスクの回答を聞いたアンジュが怪訝そうな表情でその言葉を繰り返す。

 

「君を護る騎士だよ。詳しいことは、ジルに聞くといい」

 

「…そうするわ」

 

二の句を告げようと思ったが何故か言葉が出てこなかったアンジュは、タスクの言った通りジルにどういうことかを聞くことにしたのだった。

 

「僕も一つ、聞いていいかな?」

 

そこで一呼吸置くと、

 

「アンジュの髪…綺麗な金色だよね?」

 

真面目な面持ちになってタスクがそう言った。その表情に胸が高鳴ったのか、それとも髪を褒められて嬉しいのかはわからないが、アンジュは頬を赤く染めた。

 

「そ、それが、何よ…」

 

手持ち無沙汰といった感じで毛先をいじるアンジュ。次にどんな言葉が来るのか恐らく楽しみにしていたのだろう。が、

 

「下も金色何だ「死ね、この変態騎士!!!」」

 

下衆にも程があることを言われてアンジュは激昂し、タスクは負わなくてもいい余計な怪我を負う羽目になったのだった。

 

「……」

 

呆然と目の前の展開を見ていたモモカだったが、キオは笑い出す。

 

「アハハハハハハハ!!!!」

 

 

 

 

 

 

近くの島で着陸したキオ達、セイレーンのコックピットからヒルダも出てくる。

 

「ヒルダ!?何でここに?」

 

アンジュがキオに問う。

 

「俺が助けた。俺の未来視(ビジョン)で♪」

 

「何それ?」

 

「俺の力であり、先の未来で起こる事が読むことができる……」

 

「そう」

 

俄かに信じていない表情をするアンジュ。するとキオの目の前の光景が光る。映ったのはアルゼナルで数日前にキオが助けた二人の少女の一人。藍色の少女の所に、終焉のテレシアが話かけてくる。

すると少女の周りにエーテルの粒子が溢れ、少女の服装が一変する。アルゼナルの制服から機会を模した黒きドレスを纏っ少女。次の未来視が映る。今度はアルゼナルにドラゴンとサラ達が襲来してくる映像であり、サラの焔龍號とアンジュのヴィルキスが黄金に輝き、展開した肩部から竜巻状の光学兵器をぶつける。そして最後に何処で出会うのか、処刑された筈のアンジュの父『ジュライ・飛鳥・ミスルギ』皇帝と兵士の放った銃弾からアンジュを庇って死亡した筈の『ソフィア・斑鳩・ミスルギ』皇妃がコールドスリープカプセルの中に眠らされていた。未来視はここで終わり、キオは元の風景へと戻る。

 

「キオ?」

 

タスクが声を掛けると、キオは気がつく。

 

「っ……」

 

「……また、未来視が?」

 

「うん……」

 

キオは頷き、アンジュを呼ぶ。

 

「アンジュ!話がある……」

 

「何よ?」

 

「落ち着いて聞いてくれ…………」

 

キオは深呼吸し、アンジュに言う。

 

「……君のお父さんと……お母さんは…………“生きている”…」

 

「……はぁっ!?」

 

アンジュとモモカは驚く中、アンジュが怒鳴る。

 

「冗談やめてよ!だってお母様は私を庇って死んだ!お父様はお兄様に絞首刑されたって!」

 

アンジュが興奮する中、エルマが呟く。

 

「未来視で、見たのね?」

 

「はい……」

 

「何よ、その未来視って?」

 

「アンジュ、あなたには言っていなかったね?キオは……この先の未来を見ることができる能力を持っているの。」

 

「そう、俺たちはそうしてキオにずっと助けられてきたんだ。だからキオの言った言葉は……紛れもなく、嘘でもない事実なんだ」

 

タスクも言うと、アンジュは自分の両親が生きている事に驚愕する。

 

「お父様とお母様が……まだ生きている」

 

するとアンジュがキオに呟く

 

「……こ?」

 

「?」

 

「何処にいるの!!?」

 

突然アンジュがキオの胸ぐら掴んで、吐かせようとする。

 

「お!落ち着け!まだ場所までは分かっていない!でも生きていのは本当の事だ!」

 

「ハァ!ハァ!ハァ!」

 

「キオ…詳しく教えて。」

 

「はい……二人とも、コールドスリープカプセルで眠されてました。バイタルは正常でした。」

 

「そう、もしそれが本当なら……救出したいわね」

 

「あ、それともう一つ。二人共……レーザーフェンスの中で囚われていて、窓から薄っすらと見えたのですが…………“赤く光る結晶体”が見えたのですが……」

 

《っ!!!》

 

エルマを含め、イリーナ、グイン、リン、タツ、タスクの背筋が凍りつく。アンジュ達は何がどうなっているのか分からなくなる。

 

「赤い結晶体………それも見えたの?」

 

「えぇ?それが……」

 

「……マズイわ」

 

「え?」

 

「赤い結晶体……そこが、デウス・コフィンの総本部であり、彼等の本拠地……総裁“X”がいる宮殿『巨大結晶赤城“エルダーゴア・キャッスル”』なのよ」

 

「総裁“X”の城!?」

 

「城というより……大要塞そのものなの、あらゆる防空兵器及び、強力な傾向シールド、そして最終兵器である強力な拡散型の生体ガンマ線レーザー砲『ブレイズヴェルグ』を搭載しているの私達エーテリオンは何十年もそれに苦戦してきたの……」

 

「嘘だろ……」

 

「アンジュのお父さんとお母さんが囚われているという事は、総裁Xに関わる事なのよ。でもおかしいわね?」

 

「何がですか?」

 

「どうしてキオのお父さんとお母さんは総裁Xに囚われていたのに、あっさりと解放したのかしら?」

 

「そう言えば……」

 

エルマとキオが深く考えるも、分からなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日が昇り、アルゼナルの甲板にはサリア達が待っていた。

 

「お、来た来たー!」

 

ヴィヴィアンがこっちに向かってくる三つの機影に指を指す。甲板へと降下するセイレーンとアレス、ペリカン降下艇が着陸する。ペリカン降下艇ハッチが開き、中からアンジュとモモカ、ヒルダが出てくる。

 

《アンジュ!ヒルダ!》

 

第一中隊の皆んなが二人の生還に喜ぶと、ジルが来る。

 

緊張が空気を包むなか、保安係が銃を構えてキオに威圧する。銃口を向けられ、アンジュやヒルダが息を呑み、モモカも二人を守るように前に立つ。

 

だが、いくらマナが使えてもこの多方向から向けられていては迂闊な真似もできない。やがて、ジルが静かに前に立つと、アンジュが憮然と口を開く。

 

「アルゼナルの司令官ジル……久しぶりだな」

 

キオはジルの前に立つ。するとジルがナイフを抜き、キオに突き付けてきたが、キオはピクリとも動いていなく、ナイフでの威嚇でさえも克服していた。

 

「それで?……拘束すれば?」

 

キオは両手を上げ、エルマ達に言う。

 

「エルマさん!逃げろ!」

 

「分かったわ!」

 

エルマ達やタスクははペリカン降下艇とアレスに乗り込み、空間転移でエリュシュオンへと戻っていった。

 

「待て!」

 

「おっと…」

 

キオはアルヴィースを呼び出し、ジルにモナドを突き付ける。

 

「それ以上彼等に危害を加えると……ここにいる連中全員が大怪我を負うぞ」

 

ヒカリとメツもジルにモナドを突き付け、コスモスが保安隊に向けてXブラスター発射形態へとなり、警告していた。

 

「人質は……俺一人で十分だろ?」

 

「チッ!」

 

ジルは舌打ちし、キオを睨みながら呟く。

 

「お前の機体と力……アルゼナルの為に貢献しろ」

 

「言われなくとも……」

 

キオも鋭い眼差しでジルを睨み付ける。保安隊は銃を下ろし、キオも四体のブレイドを体の中へと収め、アルゼナルに入る。

 

「(良し……ここからが俺の計画通りだ。)」

 

キオのある計画に誰も知る由はないが、一人だけキオの心を読んでいたものがおり、当の本人もその力に覚醒している事に気付いてもいなかった。

 


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