クロスアンジュ 因果律の戦士達   作:オービタル

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第15話:三兄妹

 

『こちらは、ノーマ管理委員会直属、国際救助艦隊です。ノーマの皆さん、ドラゴンとの戦闘ご苦労様でした』

 

先程ジルの目の前に開いたウィンドウは、今はアンジュたちの前にも現れていた。燃え盛るドラゴン…いや、火葬されている大量の人の死体の前で、まるで似つかわしくない暢気な放送が流れている。

 

『これより、皆さんの救助を開始します』

 

「アンジュリーゼ様、助けです! 助けが来ましたよ!」

 

モモカが嬉しそうにはしゃいだ。この放送を鵜呑みにしているのだとしたら、なんともおめでたい限りである。現にアンジュを初めとする第一中隊の面々は歓声を上げるでもなく、表情を綻ばせるでもなく、疑いの眼差しでウインドウを見ていた。

 

『全ての武器を捨て、脱出準備をしてください』

 

「耳を貸すなよ、戯言だ」

 

司令室で同じようにウインドウを見ていたパメラ、オリビエ、ヒカルの三人が振り返った。そこには、司令部に戻って来たジルの姿があった。

 

「対空防御体制」

 

『イエス、マム!』

 

三人がジルに敬礼を返すと、矢継ぎ早にその指示をアルゼナル全域に伝える。程なく、先程と同じように防衛の準備が整った。

 

 

 

「アルゼナル、対空兵器を起動!」

 

対して放送を流し、アルゼナルへと向かっている救助艦隊…らしきもの。兵員の一人がアルゼナルの変化を報告した。

 

「やれやれ…」

 

報告を受けたジュリオが疲れたような表情で首を左右に振った。

 

「平和的にことを進めたかったというのに」

 

ジュリオは立ち上がると、マイクを手に取った。

 

「旗艦、エンペラージュリオⅠ世より全艦艇へ。たった今ノーマはこちらの救援を拒絶した。これは我々…いや、全人類に対する明確な反逆である。断じて見過ごすわけにはいかん! 全艦攻撃開始!」

 

号令と共にジュリオの指示通り、全艦隊がアルゼナルへ向けて攻撃を開始した。もっとも、先程の各国首脳会談の悪巧みの結論から、遅かれ早かれこうなっていたのだろうが。

その頃アルゼナルでは、ジャスミンの飼い犬であるバルカンが攻撃の気配を察知したのか、空を睨むと立て続けに吼えたのだった。

 

「!…小娘ども、来るよ!」

 

そのバルカンの姿にいち早く危険を察知したジャスミンがその場を離れる。

 

「え…?」

 

何のことかわからないのだろうか、一人モモカが首を傾げた。が、すぐにその意味するところがわかることになる。ミサイルの雨がアルゼナルに降り注いだのだ。

ある程度は対空防御によって着弾する前に処理出来るものの、それでも全て落とせたわけではない。対空防御の網の目を掻い潜った幾つかのミサイルがアルゼナルに着弾し、爆発して施設を壊し隊員たちの生命を奪っていく。まさに地獄絵図の様相を呈し始めていた。

アンジュたちも悲鳴を上げながらジャスミンに続いて施設内へと避難する。そして、そんな彼女たちの許へと向かおうとする機影が一つ。

 

「くそっ、遅かったか!」

 

タスクであった。

 

「無事でいてくれ、アンジュ!」

 

祈るようにそう言うと、タスクはアレスのスピードを上げたのだった。

 

 

 

 

 

アルゼナル内部。

何とか施設内に逃げ込んだアンジュたちだったが、一息つく暇もなかった。艦隊からの攻撃が止むことなく続いているからである。何処も彼処も建物は揺れ、爆音が耳を支配している状態だった。エルシャだけは一人離れ、子供たちのところに様子を見に行って彼女たちを落ち着かせていた。

 

「攻撃してきやがった!」

 

「救助なんて嘘だったんだ…」

 

ロザリーが歯噛みし、クリスが顔を伏せる。と、

 

『諸君』

 

ジルからアルゼナル全域へと通信が入った。

 

『これが人間だ』

 

恐らくは地下へと向かっているのだろう、囲いのない形だけのエレベーターに乗って下りながら通信を続ける。

 

『奴らはノーマを助けるつもりなどない。物のように我々を回収し、別の場所で別の戦いに従事させるつもりなのだ』

 

ジルの表情は険しい。状況が状況なのだから当然かもしれないが、それでも今までの中で一・二を争うぐらいに表情も雰囲気も険しかった。

 

『それを望む者は投稿しろ。だが、抵抗する者は共に来い。これより、アルゼナル司令部は人間の管理下より離脱。反抗作戦を開始する。…作戦名は、リベルタス』

 

決して望んだタイミングではなく、状況に迫られての側面は多々あるが、それでもここにアルゼナルの最後の作戦である“リベルタス”が発動されたのだった。それを聞き、この作戦の中心人物たちの表情が鋭さを増した。

 

『志を同じくする者は、武器を持ち、アルゼナル最下層に集結せよ。』

 

 

 

 

 

 

 

「お前たちはどうする?」

 

ジルと共にエレベータにー乗っていたパメラたち三人のオペレーターに、ジルが尋ねた。一瞬、三人は互いの顔を見合わせたが、それは本当に一瞬だった。

 

「共に参ります、司令と」

 

パメラが答えたのに同意するように、オリビエとヒカルも強く頷いた。

 

「サリア」

 

三人の返答を聞いたジルが、サリアに個人的に通信を入れた。

 

「アンジュは必ず連れて来い」

 

「わかってるわ…」

 

通信を受けたサリアはターゲットに気付かれないようにゆっくりとアンジュに視線を向けるとそう答えた。

 

 

アルゼナル最下層。

目的の場所に着いたジルがコツコツと歩を進める。

 

「いつの間にこんな…」

 

対照的に、パメラたち三人は辺りをキョロキョロ見渡していた。が、それも当然である。何しろ、ここに来るまで知りもしなかった施設の中にいたのだから。そして程なく、一向はアルゼナルの司令部によく似た場所に辿り着いた。

 

「パメラ、操縦席に座れ」

 

ジルはそんな三人に答えることもなく矢継ぎ早に指示を出す。

 

「ヒカルはレーダー席、オリビエは通信席。全システム起動、発進準備だ」

『イエス、マム!』

 

三人の返答が揃った。彼女たちのいる施設…それは巨大な戦艦の内部だった。一方、上階の施設内部では、

 

 

 

「反抗ってどういうことだよ!」

 

声を上げたのはロザリーだった。

 

「司令に従って死ぬか、人間共に殺されるか選べってことでしょ」

 

ヒルダがインカムをつけながらそう答えた。そして、

 

「ヒルダ了解。指揮下に入ります」

 

インカムに向かってそう告げた。恐らく通信先はジルか、通信席にいるオリビエだろう。その回答に、ロザリーとクリスは驚いてヒルダを見た。

 

「人間たちには怨みも憎しみもある。反旗を翻すにはいい機会さ。それに、キオももうすぐ合流するんだ。反る理由なんかないだろ?」

 

『間もなく敵の第二波がくる。パラメイルで迎撃せよ』

 

「イエス、マム」

 

指揮下に入った理由を二人に説明した後で、ジルからの指令を了承するとヒルダは通信を切った。

 

「私も行くわ、ヒルダちゃん」

 

声をかけられ、ヒルダとロザリーとクリスの三人が振り返った。

 

「護らなくちゃね、大切なものを」

 

そこにいたのは、決意を固めた表情のエルシャだった。そしてその周りには、彼女の言うところの大切なもの…幼年部の子供たちが十重二十重に彼女を囲んでいた。

 

「人間に刃向かって、生きていけるわけないでしょ!」

 

そう叫んだのはクリスである。が、

 

「やってみないとわからないさ」

 

ヒルダが不敵な笑みを浮かべた。もう随分、いつもの調子が戻ってきたようである。

 

エルシャが同意すると、子供たちが喜んだ。

 

「そーゆーことさ。そうだろ、アンジュ?」

 

ヒルダが同意を求めるように振り返った。が、

 

「あ…?」

 

そこには先程まで確かにいたはずのアンジュの姿はなかった。

 

 

 

「ヴィルキスが最優先だ! 弾薬の装填は後回し! 非常用エレベーターに載せるんだ!」

 

整備デッキ、メイの指示が飛ぶ。その指示の下、整備班の隊員たちは一丸となってパラメイルの修理と補給を行っていた。

 

「メイ、発進準備は!?」

 

そこに、パイロットスーツに着替えたヒルダたちがやってきた。

 

「えっ? ああ、いつでもいけるよ!」

 

メイが答える。ここでもヒルダ復帰の好影響か、メイの表情は先程までと違って非常に明るかった。声にも張りがある。と、

 

「あたしらもね」

 

彼方から声が上がった。ヒルダたちが視線を向けると、生き残った第三中隊の面々が同じようにパイロットスーツに着替えて、ヒルダたちに向かって敬礼した。

 

「ヒルダ隊長。ターニャ以下五名、出撃準備完了です!」

 

「よし」

 

頼もしい援軍に、ヒルダが満足げに頷いた。一方その頃、姿の見えなくなったアンジュはと言うと、サリアに後ろからライフルを突きつけられ、地下へと下りているところだった。

 

『第一中隊、出撃!』

 

オリビエの号令の下、オールグリーンとなった整備デッキで第一中隊が出撃し始める。まずは、新たに編入された五名が空へと舞い上がった。

 

「マジで人間と戦うのか?」

 

ロザリーが不安を口にする。パイロットスーツに着替えてここまで来たものの、やはり不安は拭いきれないのだろう。と、

 

「何、あれ?」

 

半壊している整備デッキから空を見ていたクリスが何かを見つけて指差した。ロザリーも視線を向けると、青い空を埋め尽くすかのように小型の何かが無数に浮かんでいたのだ。

円盤状のそれは暫く浮遊していたが、遠隔によるスイッチでも入ったのか上下が展開し無数の刃が飛び出た。そしてそれが高速回転して嫌な機械音を上げる。まるで空中浮遊する丸のこのようだった。

と、それが次の瞬間には降下してきてアルゼナルの地表に次々に突き刺さって削っていく。その影響で、整備デッキの一部が爆発、炎上した。

 

「!…退避!」

 

ヒルダが慌てて指示を出してその場から離れる。そのため人的被害はなかったものの、噴煙が収まった後の整備デッキには瓦礫が散乱してすぐには仕えない状態となってしまっていた。

 

「チッ!」

 

思わず舌打ちするヒルダ。

 

『た、隊長!』

 

そんなヒルダに通信が入った。

 

「どうした、ターニャ」

 

ヒルダが応答する。と、

 

『空に、空一面に未確認機が!』

 

先に出て迎撃に当たっているターニャたちが件の小型円盤と戦闘しながら、応援を要請するかのように叫んだ。そのうちの一機、イルマの乗るパラメイルが小型円盤から発射されたワイヤーに絡め取られて自由を奪われる。

 

「た、助けてー!」

 

恐怖に顔を引きつらせながらイルマは助けを求めたが、それは実ることなくイルマは無理やり空域を離脱させられたのだった。

 

『隊長! イルマが、イルマが連れて行かれた!』

 

「連れて行かれた…? どういう」

 

詳しい状況をヒルダが聞こうとしたその時だった。周囲が一瞬で真っ暗になったのだ。何が起こったのか…それは一足先に艦に乗り込んでいたジルたちが把握していた。

 

「発電システム、反応消失。基地内の電源、全てダウンしました」

 

「補助電源機動。攻撃による損傷か?」

 

「侵入者による攻撃です!」

 

状況確認のために尋ねたジルにオリビエが答えた。遂に到着してしまったのだ、人間たちの先鋒隊が。そしてそれによって、惨劇がそこかしこで繰り広げ始められた。

 

 

 

ジャスミン・モール。

つい先日までは大勢の隊員たちの憩いの場として賑やかだったここも、今では瓦礫の山に埋もれかけた廃墟になっていた。その中で、逃げ遅れた隊員たちが一箇所に集められ、跪かされて両手を頭に置かされている。そんな彼女たちを抑え込むように、何人かの武装した兵士たちがその周囲を囲んでいた。隊員たちは強要されているのか皆一言も喋らないものの、その表情は恐怖で満ちている。

そんな中、武装した兵士の一人がウインドウを開きながらそこに記された情報を滑らせていた。そこにあったのは、メイルライダーたちの一覧表だった。

 

「該当者、ありません」

 

その兵士がウインドウを閉じる。メイルライダーたちにとっては幸いだったが、兵士たちにとっては不幸なことにお目当てのメイルライダーはその隊員たちの中にはいなかった。

 

「本当に、殺すんですか?」

 

ウインドウを閉じた兵士が傍らの兵士に尋ねる。言葉遣いから、恐らく上官なのだろう。

 

「第一目標、アンジュリーゼ。第二目標、ヴィルキス。第三目標、メイルライダー数名。それ以外は処分だ」

 

何の慈悲もなくその兵士はそう告げると銃を構える。そして何一つ躊躇なく発砲した。その直後、兵士に向かってホーミングレーザーが炸裂する。頭頂部からX・BUSTERを放ったコスモスがおり、キオが急いで彼女達を誘導する。

 

『敵がアルゼナル内部に侵入! 襲撃目的は、人員の抹殺! 総員退避! 逃げてーっ!』

 

パメラの悲痛な通信がアルゼナル全域に響き渡る。その間も、火炎放射や銃撃などで隊員たちが次々に若い生命を散らしていった。

 

 

 

「エルシャ!」

 

整備デッキでは通信を耳にしたエルシャが慌てて走り出した。その彼女をヒルダが呼び止める。

 

「ゴメン、すぐ戻るから!」

 

一瞬だけ足を止めて振り返ってヒルダにそう答えると、エルシャはすぐに再び走り出した。

 

「ったく!」

 

不満げな表情になって吐き捨てるヒルダ。と、

 

『デッキ上の各員に告ぐ!』

 

ジルからの管内放送が響き渡った。

 

『敵の狙いはヴィルキスだ。対象の地下への運搬を最優先事項とせよ!』

 

「整備班集合!」

 

ジルの通信を聞いたメイが整備班に集合をかけた。

 

「ヴィルキスは手動で降ろす!」

 

『イエス、マム!』

 

メイが判断を下すと整備班はすぐさま手動降下の準備に入り始めた。が、そうしようとした整備班の一人が不意に横から発砲されて絶命する。とうとう、整備デッキにまで攻めてきたのだ。そして時を同じくして医務室前。そこでも銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「重傷者の搬送が最優先だ! ちょっとぐらい内臓が出てても我慢しろ!」

 

瓦礫に身を隠してマシンガンで兵士たちを牽制しながらマギーがそう指示を出す。その指示に従い、ここに身を寄せていた隊員たちは重傷者から搬送していた。

 

『(ったく、きりがないね!)』

 

ドンパチをしながらマギーが内心で悪態をついた。こちらは一人で向こうは数人。状況が不利なのは誰の目にも明らかだった。

今更弱音を吐くわけにもいかず、マギーは辛抱強く応戦を続けていた。と、

 

「助けて私、ノーマじゃない!」

 

パニックになっているのだろうか、助けを求めてエマが銃弾飛び交う中、兵士たちに駆け寄ろうとする。

 

「バカ!」

 

マギーが飛び掛ってエマを押さえ込む。その直後、その拍子に宙を舞った、いつも彼女が被っている帽子の中心を弾丸が正確に撃ち抜いた。

 

「殺されたいのか!」

 

マギーが吐き捨てた直後、その穴の開いた帽子が目の前に転がり、エマは顔を引き攣らせた。

 

「チッ!ここはもうダメか」

 

状況の悪化でマギーはそう判断すると、マシンガンを構えたまま医務室内へと滑り込んだ。

 

「撤退する!ヴィヴィアン!」

 

医務室で未だ意識を失っている彼女を起こそうと、マギーがヴィヴィアンの名前を鋭く叫んだ。が、

 

「該当あり。メイルライダーです」

 

いつの間にやってきたのか、医務室内部にも数人の兵士たちの姿があった。

 

「その子、どうする気だ!」

 

マギーがマシンガンを兵士たちに向ける。だが、僅かに兵士たちの発砲のほうが早かった。

 

「ヴィヴィアン!」

 

慌てて医務室を出たマギーがヴィヴィアンに呼びかける。だが、ヴィヴィアンの意識は戻らなかった。

 

「ヴィヴィアン!」

 

室外からもう一度叫ぶものの、やはりヴィヴィアンの意識は戻らなかった。数名の兵士たちが銃を発砲してマギーを牽制し、残りの兵士がヴィヴィアンを拘束して窓面から室外へと連れ去っていったのだった。

 

 

 

他方、整備デッキ。

乗り込んできた兵士たちと第一中隊は他の場所と同じように銃撃戦を繰り広げていた。と、当たり所が悪かったのか、一機のパラメイルの一部分が爆発して装備が吹き飛ぶ。

 

「あーっ! おニューの連装砲が!」

 

悲鳴を上げたのはロザリーだった。全く運のないことである。

 

「この野郎!」

 

この恨み晴らさでおくべきかとばかりにロザリーがマシンガンを発砲した。ヒルダも同じようにマシンガンをぶっ放す。

 

「もうダメだよ。私たち、死ぬんだ…」

 

一人、悲観的なのがクリスであった。彼女の場合は、もともとの性格に起因しているというのもあるのだろうが。

 

「死の第一中隊が、こんなところでくたばってたまるかってんだ!」

 

「今更隊長ヅラしないで!」

 

「はいはい」

 

激高したクリスを軽く受け流すヒルダ。と、その視界が正面に、こちらに向けてライフルを構えている兵士の姿を捉えた。

 

「危ない!」

 

思わず身を挺してクリスの盾になるヒルダ。するとそこにキオが現れ、モナドを振り回し、銃弾を弾き返す。

 

「何だアイツは!?」

 

「男だと!?ん……よく見たらっ!!」

 

何かを言おうとした直後、キオがハンドガンで兵士の頭部を撃ち抜く。

 

「女の子や武器も持たぬ子供まで……それでも軍人かぁぁっ!!!」

 

キオの頭上にセイレーンが現れ、フレシキブルアームからビームソードを展開し、兵士達を薙ぎ払っていく。

 

 

 

「ヴィルキスがまだ整備デッキに…」

 

アルゼナル施設内のどこか。インカムで通信を受けながら、サリアが通信先の相手にそう返した。誰と通信しているのかはわからないが、その内容から恐らくジルかメイのどちらかであろう。

 

「アンジュを届けたら、私もデッキに戻るわ」

 

その言葉通り、サリアとココとミランダはアンジュの背後に回って後ろから銃を突きつけながら進路を誘導していた。先程から構図は全く変わっていない。そして彼女の前には先導するかのように、モモカを抱えたジャスミンとバルカンの姿があった。

 

「…ここ、危ないんでしょ? 逃げる準備なんてしてる場合?」

 

不満げな表情でアンジュがサリアに言葉をぶつける。

 

「言ったでしょう? あんたには、大事な使命があるの」

 

そう返すサリアも、アンジュに負けず劣らずの険しい表情だった。

 

「あんたとヴィルキスは必ず無傷で脱出させる。…それが私の、多分、最後の使命」

 

最後の方は自嘲気味になってサリアが呟いた。

 

「そのためには、仲間の生命も見捨てるってこと?」

 

「…仕方ないわ」

 

サリアの返答を聞くと、アンジュは歩みを止めた。そして、

 

「あの女そっくり」

 

サリアに向かって振り返ると、侮蔑したようにそう吐き捨てたのだった。そう言われ、サリアは思わず息を呑む。

 

「わけのわかんない使命感や、無意味な絵空事に酔いしれてるだけの偏執狂。巻き込まれて死んでいく方は、堪ったもんじゃないわね!」

 

そこまで言ったときサリアから平手が飛んできた。

 

「あんた何もわかってないのね! 自分がどれほど重要で、恵まれていて、特別な存在なのか!」

 

「わかりたくもないわ…」

 

「では、息を止めてください。アンジュリーゼ様!」

 

アンジュが吐き捨てた直後、今までされるようにジャスミンの肩に担がれていたモモカがそう言うとジャスミンから飛び退った。恐らく今までは機会を伺ってタイミングを待っていたのだろう。

 

「せい!」

 

着地の寸前、何か缶のようなものを地面に投げつける。すると、その缶から粉状の中身が一気に周囲に飛散した。

 

「何だいこりゃ!」

 

ジャスミンが悲鳴を上げ、バルカンも同様に苦しそうに吼えた。

 

「アンジュ! 何処に…くしゅん!」

 

口元を押さえながらアンジュを探すサリアだったが、思わずくしゃみが出てしまう。そう、モモカが叩きつけたのは塩コショウの缶だったのだ。

モモカの指示に従ったアンジュは寸でのところで息を止めていたので、被害は最小限に抑えられ、何とか脱出できたというわけである。

…それにしても、実にやり方がレトロな上に都合のいい展開であるが、まあそこは突っ込まないのがお約束であろう。

 

「いつでもお料理できるように…くしゅん! 塩コショウを用意しておいて良かったです…くひゅん!」

 

今来た道を戻りながらモモカが嬉しそうにそう言った。

 

「随分大胆なことするようになったわねえ…はっくしゅ!」

 

後ろを走るアンジュは随分嬉しそうだった。被害は最小限とはいえ、サリアたちと同じようにくしゃみをしているのはご愛嬌だろう。

 

「アンジュリーゼ様の影響で…くしゅ!」

 

モモカも微笑みながらくしゃみをした。

 

塩コショウの中、ココがアンジュを探そうとした時、

 

「待ちな、ココ」

 

ジャスミンがココを止め、首にかけていた琥珀色のコアクリスタルを渡す。

 

「お前に返すよ…」

 

「え?でもお金は……」

 

「元々お前のだったからな……キオ……お兄ちゃんを助けてやりな♪」

 

「……はい!」

 

ココはジャスミンからコアクリスタルを受け取ると、ある事を言う。

 

「それと……渡したいものがある」

 

「渡したい物?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「サリア、何があった?」

 

インカムの先にいるサリアの様子がおかしいことに気づいたジルが通信を通じてサリアに尋ねた。やはり先程の通信の相手はジルだったようだ。

 

「アンジュに、逃げられた」

 

「連れ戻せ!」

 

回線の先で何故かくしゃみをしているサリアにそう命令する。と、そのとき、何かのコールが鳴った。

 

「指令、外部から指令宛ての通信です」

 

オリビエがジルへと振り返る。

 

「外部?」

 

その報告にジルが怪訝そうな表情になった。

 

「周波数、1・5・3」

 

「私の回線に回せ」

 

周波数を報告したヒカルにそう命じ、自分の回線に通信を回させる。

 

『久しぶりだね、アレクトラ』

 

回線の先から聞こえてきた声は、その通り久しぶりで彼女も良く知る人物の声だった。

 

「タスクか」

 

『アンジュは無事か?』

 

アルゼナルにようやく辿り着いたのだろう、いの一番にアンジュの安否を確かめる。

 

「たった今逃げられたところだ。捕獲に協力してくれるか?」

 

とりあえずアンジュが無事なことにタスクがホッと一息つく。そして、

 

『わかった』

 

そう、返した。一方、整備デッキから立ち去ったエルシャは、こちらもまた銃撃戦を繰り広げていた。通路の曲がり角部分を遮蔽物としながら、マシンガンを連射して敵兵士を倒していく。

 

(皆、無事でいて!)

 

 

 

ジャスミンに連れられ、地下の格納庫まで来たココとミランダ。

 

「ここは?」

 

すると格納庫の電気が暗闇を照らす。目の前にあったのは琥珀色と黒をメインとしており、前進翼、鳥の足と思わしきランディングギア、正にその姿は黒鷲とも言っても良い大型戦闘機であった。

 

「これは?」

 

「……昔、あんたの養父母がこれを……預かって欲しいと頼まれたのだ。」

 

「?……私のお父さんとお母さんが…」

 

「理由は分からないが偉く急いでいたもんでな……時が来たらココにこれをっと…」

 

すると大型戦闘機のコックピットハッチが開き、ココは恐る恐る中を覗き、ゆっくりと座席式のコックピットに座る。するとコンソールが光り出し、認証キーのようなはめ込み口が出てくる。ココは琥珀色のコアクリスタルをはめ込むと、操縦桿が出てくると同時に、戦闘機の側頭部からツインアイが光り、目の前のモニター画面が映る。ティビイを側頭座席に乗せるとモニター画面に【Doll device:Hauresu】と表示される。ココは足元にあるアクセルペダルを踏み込むと、Hauresuが浮き上がり、ランディングギアが収納されていく。

 

「何でだろう!?私……この操縦法知っている!」

 

ココは驚きながらも、カタパルトデッキが開く。そしてアクセルペダルを一気に踏み込むと、Hauresuの四基のエンジンが点火し、物凄い音速共にカタパルトから射出され、空へ飛び立った。

 

 

 

 

 

そして食堂に付いたアンジュとモモカ、モモカはマナの光で灯りを照らしていた。

 

「こちらですアンジュリーゼ様、ここから行けそうです」

 

灯りを前に向けた途端二人は息を飲む、そこには焼け焦げた人が沢山いた。それにアンジュはまたしても嘔吐し、それにモモカは駆け寄る。

 

「アンジュリーゼ様! み!水!!」

 

すぐさま食堂のキッチンに向かったモモカ、アンジュはあたりを見渡していると。

 

「大切な物は失ってから気づく、何時の時代も変わらない心理だ。全く酷い事をする、こんな事を許した覚えはないんだが」

 

そこに謎の男が居て、それにアンジュは振り向いてみる。

 

その男こそエンブリヲだった。

 

「君のお兄さんだよ、この虐殺を命じたのは」

 

「えっ?!」

 

その事にアンジュは驚き、エンブリヲは言い続ける。

 

「北北東14キロの場所に彼は来ている、君を八つ裂きにする為にね。この子たちはその巻き添えを食ったようなものだ」

 

バン!!

 

「きゃあああああああ!!」

 

その瞬間キッチンから銃声がし、モモカの悲鳴が聞こえてアンジュはすぐに向かう。

 

向かうと二人の特殊部隊がモモカを狙っていて、モモカは左肩を撃たれていたが、動ける右手でマナの光を出して防御をしていた。

アンジュは銃を取り出し、一人を撃ち殺して、もう一人は両肩を撃ち抜く。

 

「あなた達がやったの? お兄様の命令で?」

 

「貴様…アンジュリーゼ!」

 

すぐに銃を構えるも、アンジュに手を撃たれてしまう。

 

「う、撃たないでくれ…我々は…隊長とジュリオ陛下の命令で『バン!!』

 

問いにアンジュは撃ちまくり、弾切れになっても引き続けていて、それを見たモモカは慌ててアンジュを止めた。

 

「大丈夫です!モモカはここに居ます!!」

 

アンジュはすぐに後ろを見る、あの場所に居たエンブリヲの姿は無く、それにアンジュは決心する。

 

「行かなきゃ…!」

 

「えっ?」

 

モモカはその事に意味が分からずだった、っとそこに…。

 

「アンジュ!!」

 

アンジュは横を見るとヴィヴィアンを背負ったタスクがやって来た。

 

「タスク!」

 

「銃声が聞こえてすぐに向かったんだ。でも良かったよ君が無事で…、キオが待っているから───」

 

タスクが一安心して話していると、アンジュが言う。

 

「タスク、行かなくちゃいけない所があるの」

 

「え? 何処に?」

 

「いいから!一緒に来て!」

 

アンジュはそう言ってモモカと共に格納庫へ行き、それに慌てるタスク。

 

「ああ!ちょっと待ってアンジュ!!」

 

タスクは慌ててアンジュを追いかけて行き、レオン達が待っている格納庫へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

その頃キオはセイレーンに乗って上空から飛来するピレスドロイドを駆逐していく。

 

「くそ!数が多すぎる!!……っ!!」

 

高出力のビームソードで薙ぎ払うも、ピレスドロイドの数に苦戦するキオは前方に見える艦隊を睨む。

 

「糞どもが!!」

 

キオはセイレーンの膝部からビームサーベルを持ち、マニュピュレーターを回転しながらビームシールドを作り、ピレスドロイドの大群へと突撃する。

 

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

フレシキブルアームのビームソードを全開にし、さらにビームクレイモアも回転斬りで応戦する。

 

一方、ジュリオ率いる艦隊……旗艦“エンペラージュリオ一世”の艦長にして皇帝のジュリオの元にオペレーターが報告してきた。

 

「ジュリオ皇帝陛下!こちらに近づいてくる機影を確認しました。」

 

モニター画面にこちらへ向かってくるセイレーンが映し出される。

 

「捕獲対象である天の聖杯です!」

 

「やっと現れたか、新時代のエネルギー♪……“バグズ”を出せ!」

 

ジュリオの命令に各艦隊のハッチが開き、赤い蜻蛉と思わせる戦闘機が次々に発進していく。

 

「戦闘機?にしては……っ!!?」

 

驚いたことに、その戦闘機はあまりにも素早く、とてつもない高機動力を見せつけ、折角しながらセイレーンへ向かってくる。

 

「嘘だろ!警告抜きかよ!!?」

 

バグズからリニアキャノンやビームガンポッドでの追撃が始まる。キオは必死にセイレーンで回避するも、バグズのスピードに圧倒される。

 

「やばい!!追いつかれる!!」

 

キオは振り切ろうと漂うピレスドロイドの群れの中に入り込む。しかし、バグズはピレスドロイドを攻撃や回避しながら接近しくる。

 

「嘘だろ!?敵味方問わずか!!」

 

バグズが照準を定め、リニアキャノンを発射しようとしたその時。

 

「お願い!フラップ!!」

 

ココの声と共にHauresuの主翼に搭載されている遠隔操作支援兵器『マシーナフラップ “ガン”・モード』が5基が分離し、バグズへと向かっていき、ビームを放つ。マシーナフラップが蝶の如く上空を舞い、蜂の如く閃光の光弾がバグズを撃ち抜く。キオはそれに驚くと、Hauresuがホバリングしてきた。

 

「これが!!ココのデバイス!?」

 

「お兄ちゃん!」

 

「ココ!どうやって動かしてるんだ!?」

 

キオが問いただした直後。

 

「メイナスのコアクリスタルを使っているからだ……」

 

「「っ!?」」

 

上空から現れたのはバンシー・デバイスに乗った漆黒のフェイトであった。

 

「フェイト!」

 

「我が宿敵 キオ・ロマノフよ……再び戦場で相見えるとは。」

 

「けっ!あれだけの攻撃を喰らって……ピンピンしてるとは、思ってもなかったよ」

 

「………まぁ、良い。俺も本気でお前を倒す……ザンザ!!」

 

バンシー・デバイスから光輝くモナドが出てくる。

 

「モナド!?」

 

「そうだ……お前やその子の持っているアルヴィースとメイナスと同じ……天の聖杯だ。」

 

「何だって!!??」

 

「そして!!」

 

フェイトはモナドを築き上げ、エーテル波のエネルギーブレードを展開する。

 

「俺の真の名は……フェメル。」

 

「「え!?」」

 

「フェメル・ハイエンター・エルダー!!お前達の『兄』だ!!」

 

フェイト改め、フェメルはザンザのモナドを付き構え、二人に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

「くっそーっ! 放せ、放せーっ!」

 

未だ戦闘中の空では、新たな犠牲者が生まれようとしていた。メイルライダーの一人、ターニャが先程のイルマ同様、小型円盤に拘束されて何処かに攫われようとしていたのだ。

 

「メイルライダー定数確保! 基地内でも、確保完了との報告あり!」

 

未だアルゼナルへ向けて推進中の艦隊の中で、ジュリオが報告を受け取っていた。だが、その報告を受けても満足した表情にはなっていない。

 

「…アンジュリーゼは」

 

一番の標的のことに言及されていないのだから当然だろう。今は家族としての縁を切った妹の名を呟く。

 

「第一目標がアンジュリーゼ! 第二目標がヴィルキスと言った筈だろう!」

 

思わず身を乗り出してジュリオが語気を強める。と、不意に警報が鳴った。

 

「本艦に急接近する物体あり!」

 

それを捕捉した兵士がそれをモニターに映す。そこには、ヴィルキスを駆るアンジュの姿があった。

 

「第一目標と、第二目標です!」

 

「アンジュリーゼぇ…」

 

目標が二つ、わざわざ自分たちのところに来てくれることに満足したのか、ジュリオは椅子に深く座り直すと、下卑た笑みを浮かべながらアンジュの名を呟いたのだった。

 

 

 

 

 

フライトモードのヴィルキスが空を舞い、華麗に小型円盤を撹乱する。そしてその隙を見つけてアサルトモードに変化すると、ライフルを乱射して次々に目標を墜としていった。と、全く予期せぬ方向から援護射撃があり、幾つかの小型円盤を落としていく。

 

「!」

 

思わずその方向に振り返る。そこには、

 

「戻りなさい、アンジュ!」

 

爆炎の中から姿を現したサリアのアーキバスがあった。

 

「戻って使命を果たして!」

 

サリアがそう訴えるものの、アンジュは一向に従う気配もなく、ライフルで小型円盤を掃討していく。

 

「何が不満なのよ!」

 

一向に変化の見られないアンジュに業を煮やしたサリアが、正対して再度訴えかける。

 

「あんたは選ばれたのよ、アレクトラに!」

「……」

 

アンジュは答えず、ただジッと鋭い視線でパラメイルの中にいるサリアを見据える。

 

「私の役目も、居場所も、全部奪ったんだからそのぐらい「好きだったの」えっ…」

 

アンジュの返答の意味がわからず、思わずサリアが呟いた。

 

「私、ここが好きだった。最低で、最悪で、劣悪で、ごく一部の例外を除いて、何食べてもクソ不味かったけど。好きだった、ここでの暮らし」

 

主人の感情に呼応するかのように、アンジュの左手中指に嵌められた指輪が光り輝き始め、その光を増してゆく。

 

「それを壊されたの、あいつに!」

 

そしてアンジュはいきなりサリアに突っ込むと、ブレードを展開した。

 

「はっ!」

 

突然のことに驚いたものの後の祭り、サリアのアーキバスは反応することも出来ず、振り上げられたブレードで片腕を切断されてしまった。

 

「だから、行くの!」

 

返す刀でブレードを振り下ろし、もう一方の腕を切断する。故障した…というわけではないのだろうが、バランスを失って機体の推進が崩れたのか、サリアのアーキバスは真っ逆さまに墜落してゆく。

 

「邪魔したら…殺すわよ! …それに、さっき選ばれたって言ったけど、私が頼んだわけじゃない!」

 

真紅の瞳が鋭さを増した。その言葉通り、邪魔者は全て殺すと言わんばかりに。

 

「アンジュ、アンジュ!」

 

他方、今しがた排除されたサリアは墜落しながらしきりにアンジュの名を叫ぶ。

 

「許さない…勝ち逃げなんて、絶対許さないんだから!」

 

目尻に涙を浮かべ、まるで呪うかのようにそう吐き出した。

 

「アンジュの下半身デブーっ!」

 

アンジュが飛び去っていくのを背景に、まるで子供の喧嘩のような幼稚な言葉を叫びながら、サリアはそのまま海に着水したのだった。

同じ頃、整備デッキでは第一中隊の四人が発進するための準備を終えているところだった。

 

「ヒルダ、発進準備完了!」

 

「了解」

 

メイのゴーサインにヒルダが頷いた。

 

「行くよ、お前たち」

 

「あぁ」

 

「分かったわ」

 

ヒルダ以下二人の返答にこれまた満足そうに頷くと、ヒルダは正面を向く。

 

「ヒルダ隊、出撃!」

 

『イエス、マム!』

 

三人の返答を受けるのを待っていたかのようにヒルダが発進し、その後を、ロザリー、クリスと続く。が、不吉なことにそんな彼女たちから少し離れたところに瓦礫に潜んだ一人の兵士の姿があった。

兵士は銃を装填し、その時を待つ。まずヒルダが通り過ぎ、そしてロザリーが続き、最後にクリス。

そして最初の二機をやり過ごし、最後のクリスが飛び立とうとしたところで兵士が銃を発砲した。その銃弾は無情にもクリスの頭部を捉え、コントロールの利かなくなったクリスのパラメイルはそのまま整備デッキ内の壁に勢いよく激突したのだった。

 

「クリス!」

 

「クリス、今行く!」

 

その異変はヒルダたち先に出ていた三人もすぐに気づいた。ロザリーが慌てて機首を反転させてクリスの元へと向かう。が、それを阻むかのようにアルゼナルを攻めていた小型円盤の大軍が、三人に向かって飛んできたのだった。

 

『待ってろクリス、今すぐ助けてやるからな!』

 

「うん…ありがとう…ロザ」

 

そこで通信は途絶えた。何故なら整備デッキが爆発してしまったからだ。幸いにもクリスは全壊に近いパラメイルに乗っていたものの、死ぬことはなかったのだが。

が、上空から見ていたヒルダ、ロザリーの二人にはそんなことがわかるわけもなかった。出来たのは黒煙を上げる整備デッキを、呆然と見下ろすだけであった。

 

「あ…」

 

「クリ…ス?」

 

ロザリーが呆然とクリスの名前を呟く。状況を確認しようにも向かってくる小型円盤の掃討に忙殺され、二人は現場に近寄ることも出来なかった。

 

「ちくしょう…」

 

ロザリーが呟く。

 

「テメエら全員ブッ殺す!」

 

流す涙を拭わず、ロザリーはライフルを発射した。だが、弔い合戦にはまだ早かった。

 

「……」

 

爆発によって投げ出され、ほぼ全壊に近いパラメイルに乗ったまま落下したクリスは、生死の狭間でロザリーたちの救援を待っていた。そんなクリスに、ゆっくりと近づく人影が一つ。

 

「……」

 

足音だけを立てながら無言で近づいてくるその人影は、先程アンジュの前から姿を消したエンブリヲだった。

 

 

 

 

 

その頃、一人第一中隊の全員と別行動を取っていたエルシャは、ようやく自分の邪魔になる最後の一人の兵士を倒したところだった。

 

「ぐわっ!」

 

マシンガンに撃たれて兵士が吹き飛ばされる。手向かってこないことを確認したエルシャは、すぐに目的地へと向かって走った。目的地の部屋は程近く、そこからは聞き覚えのあるオルゴールの音色が奏でられている。負の感情に責め立てられるように、エルシャは走った。そして、

 

「うっ!」

 

目的地に辿り着いたエルシャが口と鼻を押さえてしまう。オルゴールは床の上で無情に鳴り響いていた。そしてエルシャの目の前には、彼女が口と鼻を押さえてしまった原因…無残な死骸となった子供たちの姿があった。

 

「あ…あ…あ…」

 

目の前の光景にエルシャは立つことすら叶わずにその場にへたり込んでしまう。

 

「ごめんなさい…ごめんな…」

 

最後はもう言葉にもならず、エルシャはとめどなく涙を流すことしか出来なかった。そんな彼女たちを、部屋の外から見ている一つの人影がまたあった。

 

「……」

 

声をかけるでもなく静かに佇むその人影は、誰あろうエンブリヲその人だった。

 

 

 

 

その頃、アルヴィースのモナドを持つキオと実の兄であるフェメルはザンザのモナドをぶつけ合う。

 

「アンタが俺たちの兄なら!何で総裁“X”に付く!!?」

 

「黙れ!!愚弟が!!お前には分からない!俺がどんな奴なのか!そして己の宿命の為に!!」

 

「知るか!!」

 

キオは怒りながら、モナドを振り回す。しかし、フェメルも負けていなかった。セイレーンがモナドを持っている方の腕を掴み止め、今度はセイレーンがバンシーがモナドを持っている方の腕を掴み、互いは振りはなそうと抗う。するとバグズがキオとココに迫る中、フェメルはそれを見て、キオを蹴り上げ、バグズを薙ぎ払う。

 

「邪魔だ!!不浄な玩具が!!」

 

フェメルは指笛を吹くと、ワームホールが現れ、そこからテレシア達を呼び出し、バグズやピレスドロイドを攻撃していく。

 

「アイツもテレシアを操れるのか!?……ん?」

 

するとキオのセイレーンとココのハウレスのモニター画面に【Yatagarasu】と言う文字が表示される。

 

「何て書いてるんだ?や……【ヤタガラス】?」

 

キオはその文字に触れると、起動音と共に新たな文字がされる。

 

 

【process device01“Siren”Docking sequence start】

 

【process device02“Hauresu”Docking sequence start】

 

 

すると二機のツインアイが輝く。最初に動いたのがココのハウレスであった。ココが乗っているハウレスの機首頭部と本体が分離し、本体がセイレーンの背部とドッキングする。すると主翼のスタビライザーからテレシアの様な形状をした光の羽が展開され、セイレーンのツインアイのカラーが赤から青へと変わる。最後にココを乗せた機首頭部がセイレーンの胸部とドッキングし、背部にドッキングしたハウレスの本体と連結する。ハウレスのコックピットとセイレーンのコックピットが連結し、セイレーンのコックピットがトレース式から座席式へと変わり、ココが前部座席、キオが後部座席と言う形へと変わる。

 

「うぇっ!?合体した!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「!」

 

モニター画面にピレスドロイドとバグズが向かってくる。

 

「返り討ちにしてやる!!」

 

キオは因果律予測を発動し、敵機の軌道を読む。

 

「見えた!ココ!」

 

「うん!フラップ!」

 

ココがフラップを遠隔操作で操り、キオもフラップを使う。

 

「ディスクフラップ!」

 

ハウレスの本体に搭載されているコンテナからディスクブレード状のフラップ8基が展開され、セイレーン・ヤタガラスの周囲を浮遊する。

 

「八つ裂きにしろ!!」

 

ココのガンフラップとキオのディスクフラップを操り、バグズとピレスドロイドを撃墜していく。恐れを感じたのか艦隊が対空ミサイルを一斉に放つ。

 

「来るか!なら俺はこれに応えよう!!」

 

ハウレスの主翼が8枚に分かれ、セイレーンの両肩に装着され、フィンが前方に展開し、発光部が展開発光しながら衝撃波の様なエネルギーを放出する。

 

「ハウリングフラッド!!」

 

向かって来るミサイルがハウリングフラッドから放つエネルギー波に直撃し、空中で爆発していく。

 

「今度はこっちの番だ!!」

 

今度はセイレーンのフレシキブルアームキャノンとハウレスに搭載されている四基のキャノン砲が両肩、両脇に展開される。キオの座席上部からライフル型コントローラーが現れ、キオはそれを持つ。ココの方も操縦桿が二つに分かれ、右手の他に左手用のトリガーが追加され、握りしめる。キオとココは巡洋艦に照準を合わせる。そして照準が合わさり、砲塔から粒子が集束し、二人はトリガーを引く。

 

「超粒子五連砲【スーパー パーティクルキャノン】!!」

 

フレシキブルアームキャノン砲とハウレスの四基の砲塔から超粒子が一気に放たれ、巡洋艦やピレスドロイド、バグズを一斉掃射。

 

 

その、ジュリオに対しての絶望的な状況は次々とエンペラージュリオⅠ世のブリッジに届けられていた。

 

「デファイアント、マリポーサ、撃沈!」

 

「フォーチュネイト、オーベルト、大破!」

 

「何をしている! 相手は一…」

 

機。とジュリオは続けたいところだったのだろうが、それは出来なかった。何故なら次の瞬間、ブリッジが切断されて通信していた兵士たちのいる前方部が滑り落ちるように落下していったからである。

 

「はっ、ははっ…」

 

つい先程までには考えもよらなかった状況に、随分と風通しのよくなったブリッジでジュリオは腰を抜かしてへたり込む。そしてその目の前に、白と黒の堕天使……セイレーン・ヤタガラスが審判者宜しく舞い降りた。そしてその状況下、遂に見限ったのだろうかリィザがブリッジから脱出したのだが、キオはジュリオもお互いそれを気にかける余裕はなかったのか、そのことには気付いていなかった。

 

「……」

 

コックピットが開き、コヴナント製のビームライフルを持ったキオが姿を現す。

 

「お、お前は!!」

 

ジュリオがその先を言う前に、自身の左足が光線で撃ち抜かれた。

 

「ああーっ!あっ!ああーっ!」

 

悲鳴を上げ、傷口を押さえてのた打ち回るジュリオ。図に乗った上に勘違いし、パンドラの箱を開けた愚か者には相応しい巡り会わせだった。

 

「今すぐ虐殺を止めろ!!」

 

対するキオは銃を構えたまま鋭い視線をジュリオに向けている。その表情は怒りに満ち満ちていた。

 

「今すぐにだ!!」

 

キオへの恐怖心からか、痛みに顔を歪ませながらもジュリオはマナの力で通信を開いた。

 

「神聖皇帝ジュリオⅠ世だ。全軍、全ての戦闘を停止し、撤収せよ!」

 

『撤収!? ノーマたちは!?』

 

通信の内容を聞いた兵士の一人が尋ね返すものの、それには答えずジュリオは自分の言いたいことだけ言って即座に通信を切った。

 

「止めさせたぞ! 早く医者を!」

 

その瞬間、二度目の銃声が響いた。今度はその光弾はジュリオの右肩を貫通していった。だが尚も、キオの銃口はジュリオから離れない。

 

「ま、待て、話が違うぞ!!」

 

腰砕け、激痛に耐えながらもジュリオは両手を開いて前方に差し出し、キオを制止しようと努める。しかし、キオの怒りは収まらなく、フラップの砲塔をジュリオの方に向ける。

 

「早まるな!要求は何でも聞く!そうだ、お前を一生狙わない!ノーマの虐待もしない!どうだ、悪くない話だろう!だから、殺さないでくれーっ!お願いだーっ!!」

 

神聖皇帝の称号が大笑いするほどのみっともない命乞いをするジュリオ。対して、キオは何処までも冷徹だった。いや、目の前の愚物がそうすればするほど、どんどん冷めていく。

 

「言うことはそれだけか?なら……」

 

冷たく吐き捨てると、キオは銃口の照準を静かにジュリオの額に合わせた。

 

「生きる価値のないクズが!妹のアンジュに対しても本当の愛を踏みにじった糞が!……地獄に落ちろぉぉぉぉ!!!!」

 

引き鉄に手を掛けるとそれに力をかける。ジュリオはキオの殺意の前に何ら抵抗も出来ず、悲鳴を上げて最期の時を待つしか出来なかった。そして、もう少しで終わるというところで、二人にとって予想もしない不思議なことが起きた。

 

何処からともなく黄金の羽が舞い散り、超粒子五連砲のエネルギー砲弾を霧散していく。

 

「何!?」

 

すると後方に待機していたバンシー・デバイスのコックピットが開き、フェメルが出てくる。そしてフェメルはコックピットハッチの場で膝まづく。

 

「我が最高指導者……」

 

「っ!?」

 

するとモニター画面が急に強い光を放つ。天空の彼方、曙光と共にそれは現れた。黄金に煌めきながら舞い落ちる鋼の羽、曙光が放つ光で全身が光輝く黄金の鎧、黄金の翼、光の翼、黄金の尾羽、それはまるで……天空から舞い降りし人型をした黄金の不死鳥そのものであった。その他に、ヴィルキスと似ているが、形状が全く違っており、その肩にエンブリヲが立っていた。

 

「お前は……エンブリヲ!」

 

そしてそこにアンジュのヴィルキスもやって来る。

 

「あなた、さっきの!」

 

「え、エンブリヲ様!」

 

突如現れた救世主にジュリオが当然のように縋りつく。

 

「こいつも!アンジュリーゼもブッ殺してください!今すぐに!!」

 

その名を呟く。

 

「アンジュ、君は美しい」

 

アンジュの意識が自分に向けられていることを悟ると、エンブリヲが語りだした。

 

「君の怒りは純粋で、白く、何よりも熱い。理不尽や不条理に立ち向かい、焼き尽くす炎のように、気高く美しい。つまらないものを燃やして、その炎を汚してはいけない」

 

「……」

 

雰囲気に呑まれ、アンジュは何も言えない。そして彼女は与り知らぬことではあるが、エンブリヲはここに来る前にクリスとエルシャの元に立ち寄ってそれぞれ瀕死の重傷を負っていたクリスと、死んでいた幼年部の子供たちを助けていたのであった。

 

「だから…私がやろう」

 

エンブリヲが薄く笑い、その言葉にアンジュは息を呑んだ。

 

「君の罪は、私がせお「待て……」どう言うつもりだ?最高指導者“X”」

 

突然総裁“X”がエンブリヲを止める。

 

「…………この者の未来が見えた。確かにお前の命令の内容に批判したことは赦されない。だが、他に使い道がある……」

 

「使い道……未来視で見えたのですね?」

 

「あぁ……。」

 

Xはそう言い告げると、キオの方を見る。

 

「……運の良い、小僧が」

 

「え?」

 

すると別の方からワームホールが開き、現れたのはエーテリオン艦隊であった。フリゲート艦から次々にドール隊が発進し、Xとエンブリヲを取り囲む。そしてそこに赤いWelsに乗ったエルマがビームライフルを構える。

 

「これは、これは……“紅のエルマ”ではないか」

 

総裁“X”はエルマに言う。

 

「黙りなさい…“サマールの裏切り者”!」

 

「フフフ……懐かしいなぁ、その言葉。だが…お陰で手間が省けた♪」

 

総裁Xが指を鳴らすと、ジュリオの腹から点滅が輝く。

 

「何だこれは!?」

 

ジュリオが慌てると、Xが説明する。

 

「量子次元反応弾だ……貴様の使い道は、我が仇名す的であるエーテリオンの抹殺する為の餌だ。エンブリヲの命令に余計なことをしたお前は…皇帝の資格と称号は剥奪される。よって!貴様をミスルギ皇室より外す!!」

 

最早ミスルギ皇国の皇帝の資格を失ったジュリオは泣き叫び、助けを請う。

 

「た!頼む!!助けてくれ!リィザ!リィザは何処にいる!!誰でもいい!アンジュリーゼ!」

 

しかし、誰も聞く耳持たなく、エルマ達は急いで逃げる。

 

「だ……誰か……誰でもいい……パパ…ママ……」

 

泣き崩れるジュリオはエンペラージュリオ一世に取り残された。同じ頃、同海域上空で、背中に翼を生やして滞空しているリィザもその視線の先を固定する。

 

「エンブリヲ…」

 

そして旗艦から眩い閃光が発し、光がジュリオを呑み込む。

 

「あっ、あっ、ああああーっ!」

 

直撃を受けたジュリオが悲鳴を上げる。それを末期として、ジュリオはこの世界から完全に消滅した。そして直撃地点から広い範囲で、まるで巨大な隕石でも落ちたかのように海が円球状に割れたのであった。その光景に、キオとエルマ、アンジュとリィザは思わず息を呑まざるを得なかった。

 

 

 

 

その頃、アルゼナル最下層では、あの戦艦が今まさに発進しようとしていた。

 

「注水、始め!」

 

「注水、始め!」

 

ジルの号令にパメラが復唱する。それと同時に、アルゼナルの生き残りを収容したこの戦艦に注水が始まった。ジルの大嘘により、本来辿るべき歴史よりもかなり多くの人員が無事にこの艦に収容されているのは、喜ぶべきことなのだろう。

 

「アルゼナル内に生命反応なし。生存者の収容、完了しました」

 

「メインエンジン臨界まで、後10秒」

 

「水位上昇80%」

 

「防水隔壁、全閉鎖を確認」

 

「交戦中のパラメイル各機には、合流座標を暗号化して送信」

 

「了解」

 

ブリッジでは、次々と報告や指示が飛び交う。

 

「フルゲージ!」

 

「拘束アーム解除。ゲート開け。微速前進」

 

エンジンに火が入る。そして、

 

「アウローラ、発進!」

 

ジルの号令と共に戦艦…アウローラはアルゼナルを後にして発進したのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

先程の洋上、エンブリヲが怪訝な顔をして視線だけ脇に向けている。その先にあるのは、アルゼナル。

 

「何なの」

 

そんなエンブリヲとXに、アンジュがコックピットを開けてその身を現すと端的に尋ねた。

 

「あなた達、一体何者!?」

 

「……」

 

「エンブリヲ…左から高速徹甲弾が来る。」

 

Xが未来視でエンブリヲの危機を教える。エンブリヲはそれに従うと、左からアレスのアグニガトリングの銃弾が飛んできた。

 

 

「アンジュ! そいつは危険だ!」

 

機銃を発射したのはタスクだった。アレスで洋上を滑りながら通信を入れる。

 

「タスク!」

 

「離れるんだ、今すぐ!」

 

「無粋な」

 

被害は受けなかったものの実力行使で邪魔をされたのに気分を害したのかエンブリヲが吐き捨てると、永遠語りを謳いながらパラメイルをタスクに向けて正対させる。当然の如く永遠語りに反応し、パラメイルはディスコード・フェイザーのギミックを展開させた。

 

「その歌は!?」

 

「アンジュ!急げ!!」

 

キオが一瞬で事態を察知し、アンジュに知らせる。瞬時にヴィルキスをタスクに向かって滑らせる。

 

「タスクーっ!」

 

「アンジュ」

 

自分に向かって物凄いスピードで迫ってくるキオとアンジュに、タスクは思わず顔を上げた。

 

「ダメーーっ!」

 

先日の襲撃で使われた兵器の光景を思い出したのだろうか、タスクに向かいながらアンジュが叫ぶ。と、それに呼応したように指輪が再び光り、今度はその身を瞬時に純白から青に染め上げた。その直後、ディスコード・フェイザーが放たれる。だが不思議なことに、それがアンジュとタスクを捉える直前、キオ達やエーテリオン艦隊はその場から瞬時に消えてしまったのだ。結果として、ディスコード・フェイザーは海を穿つだけで終わってしまった。

 

「ほぉ…」

 

エンブリヲが少し驚いた表情になる。

 

「つまらん筋書きだが、悪くない」

 

だがすぐに、彼が良く見せる薄く笑った表情になると、そう呟いたのだった。そして、

 

「さて、取り敢えずはここまでか。では、彼女たちを可愛がりにいくかな」

 

薄笑いを浮かべたままそう呟くと、エンブリヲもまた瞬時に姿を消したのだった。そして当事者たちが全て姿を消した海は、いつもの穏やかな姿に戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

夢境の中…キオはまたあの夢を見ていた。腕と足と首を錠で固定されており、身動きが取れなかった。頭には何かを被せられていた。すると隣から悲鳴が響く。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

龍の女の子は彼を助けようと寝台の手錠と足錠を壊す。何人かの研究者が必死に抗う女の子を取り押さえる。キオは頭の痛さで目眩で視界がぼやける。すると彼の所にある影が手を差し伸ばす。

 

「貴様───ゾハル───手に入れ───その代わり───小娘───我が───にしてやる。我の計画の為に!!」

 

その影は何を言っていたのか、幼い頃のキオは気を失い、記憶が薄れて消えていくのであった。

 

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