「さっきの女の子が、エンブリヲさん!?」
モモカが、調達してきた車を走らせながら驚きの声を上げた。アンジュの言った内容が内容なのだから当然だろう。
「どういうことですか!?」
「わからない…」
アンジュも困ったような表情をモモカに向ける。言葉通りどういうことなのかわからないのだから、それ以上言いようがないのだ。
「でも、操られてるように見えた…」
モモカも眉を顰めた次の瞬間。
「うっ!」
雷に打たれたかのようにモモカは硬直してしまった。直後、
『忘れたのかね』
車内に聞き覚えのある男の声が響く。
「!」
驚いて再び顔を上げると、瞳のハイライトが失せたモモカがアンジュに向かって振り返った。と同時に、一枚のウインドウが開く。
「ひっ!」
そこに浮かんだ人物、エンブリヲの顔を見た瞬間、アンジュはこれ以上ない嫌悪の表情を浮かべたのだった。エンブリヲはそんなアンジュを気にすることなく話を続ける。
『この人間たちを創り出したのが、誰なのか』
「モモカ!」
瞬時にアンジュが正拳突きを繰り出してウインドウを割った。
「えっ…?」
と同時に、モモカも正気に戻ったように瞳にハイライトが戻る。
「今、私…」
呆気に取られていたモモカだったが、直後に悲鳴に近いアンジュの叫びが車内に木霊した。
「モモカ、前!」
「えっ?」
ぼんやりとした様子でモモカが前を向いた瞬間、車は街灯に衝突し、スピンして大破したのだった。
モモカ、大丈夫!?」
一方、アンジュは大破した車からモモカを引きずり出しているところだった。アンジュ自身もそれなりのダメージを負ったが、モモカは窓ガラスに突っ込んでしまったのだろうか、ショックで気を失ってしまったのだ。そんなアンジュの耳に、
『怪我はないかい? アンジュ』
事故の直前に聞いたあの声が聞こえてきた。
「はっ!?」
驚いて顔を上げたアンジュの周囲を囲むように、大勢の人間たちがフラフラと二人に近寄ってくる。そして、その一人一人の頭上にはエンブリヲの姿が映し出されたウインドウが開いていた。
『帰っておいで、アンジュ』
操り人形のように、瞳に生気のない多数の人間たちの上に開いたウインドウのエンブリヲがそう言う。アンジュは気を失ったモモカを連れ、建物の中へと入っていく。
その頃、ミスルギ皇国上空では激戦区になっていた。ゼニスのゴルドフェニキスとキオのグノーシスは互いのビーム兵器を乱射し、街を戦火の海にしていた。だが一方的に圧勝していたのはキオの方であった。グノーシスの60%の出力がゼニスを追い詰めていく。
「クッ!!キオ・ロマノフとあの機体がまるで一心同体。バケモノか!!!」
ゼニスはロンギヌスの槍を放つが、キオは輻射波動を展開し、膨大な熱量でロンギヌスの槍を溶解していく。そしてゼロ距離まで近づき、背後へと回り込んだ。
「おいおい…それっぽっちか、魔神様は?期待外れだったよ!!!」
キオはゴルドフェニキスの左右のスラスターウィングを引きちぎる。その瞬間、テイルブレードがゴルドフェニキスの胴体を貫く。
「ゴブフッ!!」
ゼニスは苦しむが、まだ終わっていなかった。グノーシスのテイルブレードが蛇のように動き、ゴルドフェニキスから引き離すと、今度は蹴りを食らわせ、建物に向けて頭部をぶつける。
「ぐあああっ!!」
さらにゴルドフェニキスの装甲やフレームを野獣の如く素手で引き剥がしていく。そして道路にボロボロのゴルドフェニキスが落ち、機能が停止する。
「無様だな……初代ミスルギ皇帝陛下が。」
キオが飛び去ろうとした時、ゼニスは呟く。
「あ…ああ……この機体では無理か。やはり勝てるとしたら……『あの機体』……『真の力』……『巨躯となる大地』が必要だな。巨躯となる大地は既にあるが……真の力とあの機体はまだウルの影に封印されている。やはりあの儀式の進めなければ……………………」
ゼニスは謎の言葉を呟くと同時に、大破したゴルドフェニキスから煙が溢れ、姿を消すのであった。キオはその言葉を不思議に思い、急いでフェイト達へ戻り、マデウスのシールドを引き裂く。そして合流したサラがナーガとカナメに通信を入れる。
「やはり、今の戦力では…」
サラの端正な顔立ちが歪む。相手を見くびった…と言うわけでもないだろうが、これ以上の継戦は自分たちに不利と判断した。
「退きますよ、カナメ、ナーガ」
故に、退却命令を出す。
『ええっ!?』
案の定、二人は不服とも驚きとも取れる声を上げたのだった。が、サラも構わず続ける。
「現有戦力でのアウラ奪還は不可能です。一度退いて、体勢を立て直します。リィザは先に逃がしました。今はもう、ここに用はありません」
そのままダイヤモンドローズ騎士団を牽制するようにライフルを乱射する。そして、カナメとナーガの用意が整ったのを確認すると、三機はそのまま戦闘空域を高速で離脱して行き、キオもオスカー達を連れて戦域から脱出した。
「くそっ、逃がすか!」
「深追いはダメよ」
追撃しようとするターニャをエルシャが制する。そして思わず眼下に目を向けたエルシャは見たくないものを見ることになってしまった。
皇城の中庭、とある一部分に砲撃の跡がある。だが、それ自体はそんなに珍しいものではない。先ほどまでドンパチしていたのだから、寧ろあってしかるべしである。では、何がエルシャの目を放さないのか。
それは、その着弾点に彼女が面倒を見ている子供たちの痕跡があったからだ。
「え…?」
業火の中、子供たちの遊び道具や日用品がその着弾点付近に四散している。子供たちの姿こそ見えないが、その状況を鑑みるに全員跡形もなく吹き飛んでしまったのだろう。
「あ…あ…」
起こってしまった取り返しのつかない事態に、エルシャは愕然とすることしかできなかった。
その頃アンジュの方ではエンブリヲに操られた民達から逃げ回り、非常階段で建物の屋上まで駆け上がる。しかし、非常口から操られた人間達が現れる。
『逃げられなよ、アンジュ♪』
「っ!!」
「薄々気づいているだろ?その侍女がいる限り、私からは逃げられない♪」
「知らないって言ってるでしょ!!」
アンジュはそう言い、人間の男を殴り飛ばし、モモカを連れて屋上へと駆け上がる。屋上へ着いたアンジュとモモカ、がしかし……。
「やれやれ、強情な花嫁だ」
聞き覚えのある声にアンジュはもの凄く驚いた表情をし振り向くと、近くのベンチに座っていたエンブリヲが居た。
エンブリヲは呼んでいる本を閉じて、立ち上がって人差し指をアンジュに向ける。
「またお仕置きが必要かな?」
「っ!!!!」
エンブリヲの指を見た途端、アンジュの心に途轍もない恐怖心が襲い掛かろうとしていた。っとその時だった。上空から機関銃の弾丸がエンブリヲの胴体を貫く。
「グベェッ!!」
「アンジュ!」
「タスク!」
「遅くなってごめん!君たちはこれに乗って逃げて!」
「あなたは?」
「……アイツに用がある」
タスクが見る方を見ると、エンブリヲはまたしても別の場所から現れて、何ともなかったかの様な風に歩き出す。
近寄って来るエンブリヲにタスクはアンジュに言う。
「急げ!」
「モモカ、行くわよ!」
「はい!」
モモカを後部座席に乗せ、アンジュは急いで飛行艇で逃げる。タスクはプラズマナイフを取り出し構える。
「私達を引きはがそうとは。覚悟はできているか、蛆虫が……」
「私たちを引き離すなどと…覚悟はできているな、蛆虫が!」
エンブリヲが浮かべていた笑みを消し、憤怒の表情でタスクを睨んだ。…しかし、アンジュはエンブリヲを受け入れたとは一言も言っていないのに、エンブリヲの脳内では既に愛し合う二人になっているらしい。こういう面においてはどうにもつける薬のない調律者様である。
が、タスクは気にした様子もなくナイフを構えた。
「ヴィルキスの騎士イシュトバーンとメイルライダーヴァネッサの子、タスク!」
タスクが走り出してエンブリヲに向かっていった。迎え撃つように、エンブリヲが何もない空間から剣を取り出してその手に握る。
「最後の古の民にして、アンジュの騎士だ!」
そう宣言すると、タスクは何かをエンブリヲの頭上に向かって投げた。思わずそれを目で追ったエンブリヲだったが、その瞬間、それが眩いばかりの光を放つ。タスクが放り投げたそれは、フラッシュグレネードの一種だった。
「っ!」
思わず手をかざしてエンブリヲはその閃光を防いだ。
「そうか、貴様が…っ!」
何かを語ろうとしたエンブリヲだったがその先は言えなかった。何故なら、背後に回り込んだタスクがナイフで背中を突き刺したからだ。
どうと音を立てて倒れ伏すエンブリヲだが、タスクはすぐに顔を別の方向に向けた。その視線の先には、何事もなかったかのように平然と立っているエンブリヲの姿があった。
「ふっ!」
タスクが瞬時に手裏剣を投げ、続けざまにワイヤーガンを発砲する。エンブリヲは持っていた剣で手裏剣を叩き落すが、ワイヤーガンはその手首を貫通して鮮血があふれた。
「ほぉ…」
タスクを見据えたエンブリヲが楽しそうに笑った。
「ふにゅうっ!」
皇城付近の上空では、クリスとヒルダたちとの戦いが未だ続いていた。吹き飛ばされたヴィヴィアンが何とか体勢を立て直す。
「クリス、つえー」
「くそっ!」
まさかここまでの壁になるとは思っていなかったのだろう、ヒルダが忌々しげな表情になった。と、タスクから通信が入る。
『ヒルダ、アンジュを見つけた!』
「!」
『保護を頼む!』
エンブリヲと渡り合いながら、何とかタスクが必要事項を伝える。
「ヴィルキスは!?」
『水没している!今すぐ回収するのは無理…っ!』
エンブリヲの攻撃を防いだ拍子にタスクが通信機を落としてしまい、そこで通信は途切れてしまった。
「タスク!」
ヒルダが叫ぶが、通信の向こうからはノイズしか聞こえてこない。
「くそっ!」
忌々しげに悪態をつくと、現状を分析したヒルダはロザリーとヴィヴィアンに向けて通信を開いた。
「総員撤退! アンジュと合流し、アウローラに帰投する!」
『了解!』
三人はフライトモードに変形すると、そのまま戦闘空域からの離脱を図った。
「逃がさない」
が、クリスも指を咥えて見ているわけもなく、三人を追撃し始める。そして、照準を三機のうちの一機に合わせようとした時だった。
「お姉さまーっ!」
一人、救援のために出張ってきたマリカが機銃を乱射してクリスに向かっていったのだった。
「マリカ! 何しに来たんだ!」
思わぬ援軍にロザリーが詰問口調になる。
「お姉さまの援護を!」
そう答え、マリカはそのままクリスに突っ込んでいく。が、今のクリスはその程度で怯みはしなかった。
「邪魔!」
クリスがブレードを投げて、マリカに向かって行く。それにマリカは思わず目を瞑った、しかし何もない事に目を開けると…。
「間に合って良かった!」
キオが、グノーシスのテイルブレードでブレードを受け止めていた。
ヒルダとロザリーが驚く中で、赤色のビームがその両機の間を通り、それに皆は振り向くとサラ達の焔龍號達がやって来たのが見えた。
「あの機体は…!」
「おぉ〜皆んなの機体なんかデカくてカッチョいい〜〜〜!!!」
「……チッ!」
クリスの投げ飛ばされ、地に突き刺さっていたブレードを回収し、退却する。
「待ちやがれ!クリス!!」
「ロザリー、堂々!」
ロザリーはクリスを追いかけようとするが、ヴィヴィアンに止められる。
「くっ!……ちきしょう!!!」
ロザリーは後輩であるマリカを殺そうとしたこと、クリスが今まで苦しんでいた事に悔しみ、コンソールを殴る。
その頃、タスクも苦戦していた。
「アンジュの騎士だと!?」
タスクに何度も斬りかかりながら激昂するエンブリヲ。余程、先ほどのタスクの発言が気に食わないようだった。
「旧世界の猿ども!テロリストの残党風情が!」
怒りに任せたエンブリヲは攻撃の手を休めない。タスクは防戦一方でここまでなんとか凌いでいた。
「無駄なことを…」
そんなタスクを、エンブリヲがバカにしたように蔑む。
「無駄じゃないさ。ハイゼルベルグの悪魔、不確定世界の住人、少しでも、お前の足止めができるならな」
タスクが反論する。その表情には、例え刺し違えても己の目的を達成するという強い意志が見て取れた。
「ほぉ…」
エンブリヲが剣を捨て、少しだけ感心したような口調になった。
「猿も少しは賢くなったということか。だが…」
エンブリヲはいつもの厭らしい笑みを浮かべると銃を手にし、自分のこめかみへと銃口を当てた。
「所詮は猿……」
そして、そう侮蔑するように言い残すと躊躇なく引き金を弾いた。当然のごとくエンブリヲは血を流しながらその場に倒れ、そして跡形もなく消え去る。
「っ!…しまった!」
その行為の意味に気付いたタスクの表情が青ざめた。
「モモカ、海よ!」
他方、アウローラを目指してタスクのマシンを駆っているアンジュ。いつの間にか時間は経ち、夕暮れが辺りを包んでいた。と、アンジュの後ろに跨っていたモモカが不意に手を伸ばし、アンジュに手を重ねて操縦桿を操作した。
「モモカ…?」
アンジュがその行為に怪訝な声を上げる。当のモモカは、再び瞳からハイライトが消えていた。その意味するものは…
「!」
アンジュが息を呑んで着地点になるであろう場所に目を向けた。そこには、椅子に腰かけて悠然とお茶を楽しんでいるエンブリヲの姿があった。
「っ!」
その姿に、思わずアンジュは拒否反応を起こし身震いしてしまったのだった。
「アンジュ」
結局、エンブリヲのすぐ側に着陸することになったアンジュたちをエンブリヲが迎えた。
「怒った顔もまた美しい」
椅子から立ち上がると、エンブリヲはゆっくりとアンジュに近づく。対照的にアンジュは怒りからか嫌悪感からかワナワナと震えていた。
「…何故、そこまで私を拒絶する」
刺すような視線でアンジュを射抜いたエンブリヲがアンジュに尋ねる。そして、瞬時にアンジュの背後に回った。
「あの男か」
「!」
エンブリヲはそのままアンジュの右手を掴むと、背中越しに捻り上げた。と、不意に近場の手摺にワイヤーが絡まり、今話題に出していた人物の片割れ…タスクがそのワイヤーを伝ってその場に現れた。
「アンジュを放せ!」
「ふっ」
エンブリヲが蔑むように嘲笑する。と、それを合図にしたかのようにモモカが剣を片手にタスクに襲い掛かった。
「モモカ!」
タスクが驚いて何とか剣を受け止めるが、予想外の展開だったからだろうか自分の得物を落としてしまう。そのままモモカは、恐るべきスピードで刺突を繰り返してタスクに襲い掛かった。
「くっ!」
歯噛みしながらも何とかやり過ごすが全てをかわし切れず、タスクは何箇所か身を斬られることとなった。
「肉体の限界まで身体能力を高めた。愚かな男の末路を見ていたまえ」
「止めて…っ!」
アンジュが痛みに顔を顰めながらもゆっくりと顔を起こす。その視線の先には、問答無用でタスクに襲いかかっているモモカの姿があった。
「止めなさい!モモカ!」
「無駄だよ。創造主の命には抗えない」
何とかその暴挙をやめさせようとするアンジュだが、エンブリヲは余裕綽々と言った様子でそう言い切る。だが、アンジュの諦めの悪さも中々のものであることをエンブリヲは忘れていた。
「違う…。モモカは、私の筆頭侍女よ。目を覚ましなさい!モモカ!」
叱りつけるかのように叫ぶアンジュ。と、エンブリヲの想定外のことが起こった。
「アンジュ…リーゼ…様…」
モモカの瞳にハイライトが戻ったのだ。それは、エンブリヲの洗脳、支配から脱却したことを表していた。
「タスクさん、姫様をお願いします……」
「!」
モモカが正気に戻ったことにタスクが驚き、思わず息を呑んだ。そのままモモカは持っていた剣を、エンブリヲに向けて構え直す。
「逃げてください、姫様!」
そして、そのままエンブリヲへと突っ込んだ。
「!」
アンジュはそれを合図にしたかのようにもがくと、何とかエンブリヲの拘束から逃れる。が、エンブリヲは一先ずアンジュのことを意識の外に追いやることにした。そのまま、拳銃を取り出すと構える。
「ほぉ…」
感心したかのように呟くと、エンブリヲは躊躇なくその引き金を弾いた。モモカの胸に銃弾の風穴が開く。
「モモカ!」
アンジュが思わず声を上げるも、モモカは怯むことなくエンブリヲに突進していく。
「光よ! マナの光よ!」
「何っ!?」
驚愕に彩られたエンブリヲの胸板をモモカの剣が貫いた。その直後、モモカがマナの力によって操縦したのであろう一台の車が突っ込んできて、エンブリヲを撥ね飛ばす。そして、モモカ自身も。
モモカはそのまま暴走した車と共に崖下へと落ちていく。その彼女を飲み込むかのように車が爆発炎上し、モモカはその姿を消したのだった。
「モモカ…」
フラフラとした足取りで、アンジュは車が破壊して落下した崖の手前までやってくる。そして、愕然とした表情でその場に崩れ落ちた。
「モモカ……モモカァァァァッ!」
嘆きながら崖下に向かって叫ぶ。そんな、絶望の淵にいるアンジュにタスクが近寄ると、彼女をお姫様抱っこの形で抱きかかえ、自分のマシンに向かって歩き出す。
「待って!モモカが!」
諦めきれないのだろう、タスクの腕の中でアンジュが暴れる。が、タスクはそれを黙殺するかのように足を止めることはなかった。
「タスクお願い! モモカを!」
アンジュがそう訴えた直後、その空間に銃声が鳴り響いた。そして、タスクの瞳が大きく見開かれる。
「いやいや、驚きだよ。ホムンクルスたちの中に、私を拒絶する者がいたとは」
「エンブリヲ…っ!」
タスクが振り返ると、そこには当然のようにエンブリヲが立っていた。
「よくも…よくもキオだけでなく、モモカまで!」
怒りと恨みからエンブリヲに向かっていこうとするアンジュだったが、それはできなかった。何故ならタスクが手錠でアンジュと自分のマシンを繋いでしまったのだ。
「えっ!?」
戸惑うアンジュをよそにタスクがマシンを自動操縦にセットした。
「君は…生きるんだ」
そして、優しく微笑む。
「必ず帰るから。君のところに」
「ダメ…ダメよ、タスク!」
アンジュが必死にタスクを翻意させようとするが、その先は言えなかった。タスクに口付けされてその口を塞がれてしまったからだ。
「……」
状況が状況なのに、思わず頬を赤らめてアンジュはウットリとした表情を浮かべた。少し後、タスクがアンジュから離れる。そして、アンジュの手の平にあるものを乗せた。
それはネックレスだった。この状況下で渡すということはタスクにとって余程大事なものなのだろう。ひょっとしたら父親か母親の形見なのかもしれない。
残念なことに鮮血に染まってしまったそれは、夕日を受けて鈍く輝いていた。そしてそれを合図としたかのように、タスクのマシンはアンジュを乗せて空へと舞い上がる。
「タスク!タスクーっ!」
叫んでも距離は遠ざかるだけだった。そしてタスクはエンブリヲに向き直る。
「下郎が!」
目の前でアンジュとのキスシーンを見せられたことが余程我慢ならなかったのだろう。怒りを隠そうともせずにエンブリヲはタスクを撃った。
「うっ!」
銃弾をその身に喰らい、よろけながらタスクは膝を着く。が、
「しつこい男は…嫌われるよ!」
その言葉と共に、防弾チョッキを勢いよく開けた。直後、タスクとエンブリヲのいた場所が爆発と轟音に包まれ、炎上した。
「は…っ…」
アンジュが振り返ると、そこには黒煙が立ち込め何も確認できなくなっていた。
「嘘でしょ…ねぇ…?」
今日で何度浮かべたのかわからない絶望の表情を再び浮かべ、縋るようにアンジュが呟く。
「嘘よね…モモカ…タスク…」
先ほど、タスクに託されたネックレスを握り締めながらアンジュが思わず涙を流した。
「私を…一人にしないで…」
そして、赤く染まった空にアンジュの慟哭が響き渡るのであった。