魏伝 ~曹洪の章~   作:碓氷

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第二十六話 袁紹軍の備え、張春華との邂逅

―平原―

先の潘鳳の敗死を受けた袁紹軍、その様子を見ていた沮授から出された提言は『先手、或は確実に迎撃するための準備を行っておく』。沮授は過大評価も過小評価もせずただありのままの事実だけを見る人物だ、と言う事は袁紹軍の、袁紹以外の全員が知っている。故に田豊や郭図、許攸と言った他の軍師や文醜、高覧、周昴と言った武官たちもその言に賛成し袁紹を説き伏せ先手、もしくは迎撃の体勢を整える事を承諾させたのだ。

 

現在、ここ平原に駐屯する軍は兵数10万、総大将に袁紹の一族袁遺、軍師に沮授、将として顔良、文醜、高覧、睦元進、韓莒子となっている。

 

「私には軍の事は分からんよ、だから沮授殿・・・・君の好きなようにやってくれ」

 

基本、袁家の血筋は無能が多いなどと世間から言われているが少なくとも袁遺に関してはそうでは無い。己に軍才が無い事を知っており己が無闇に口出しをすれば全体の混乱に繋がる事も知っている。暗愚ではなくむしろ聡明とすら思われるが当人に自信が無いためか彼を知らぬ者からは他の袁家と一括りにされている。

 

「とは言え・・・・どうなさるおつもりですか?」

 

傍らに控える顔良が、心配そうな表情で問いかけてくる。潘鳳が敗れた戦い以来、顔良が沮授の副官として就く事が多くなった。そして顔良が心配しているのは二万で五万を破る相手に勝算はあるのだろうか?と言ったところだろう。

 

「相手はまだ動きを見せていない、いかなる将、軍師が出てきたかで対応を変える・・・・」

「でもさぁー?ただ待ってんのも退屈だろー?」

 

袁紹軍の二枚看板のもう一枚である文醜が文句を言っている。

 

「敵を今までの雑魚らと同じと侮るな、少なくとも軍神関羽や燕人張飛、隻眼の夏侯惇や鬼神曹洪、驍将満寵、神速の張遼、小覇王孫策、鈴の甘寧らは並の将のそれではない。張郃や審配もいる事だしな」

「然り、軍師にも臥竜諸葛亮、鳳雛鳳統、美周郎、十常侍に真っ向より立ち向かった荀攸などもいる、戦力としては未知数過ぎる」

 

その二枚看板に続く武将である高覧が言葉を続ける。

 

「特に曹洪を侮るな、虎牢関での戦いも見ていたがあれは他の将とは一線を画している・・・・用兵、武の力量はことさらだ」

 

高覧の脳裏に浮かぶは虎牢関での曹洪と呂布の一騎打ち、あの場そのものが芸術だった、武人であるならばあの光景に見惚れずにはいられない。そう断言出来る程のものだった。

 

「負けるつもりは無い、来るならば・・・・来い」

 

一人、誰にも聞こえぬつぶやきを漏らす沮授のその眼には確かな、意思の炎が宿っていた。

 

―濮陽城―

現在、此処には先の曹洪軍二万に華琳率いる三万が合流し合計五万の兵が駐屯している。現状、雪蓮が一時許昌に下がったので華琳がここの総大将と言う事になっている。

 

「で?どうだったかしら袁紹軍は」

「少なくとも、今回干戈を交えた潘鳳は武はあるが知はなく、勇あれど謀なしと言ったところだった」

「他ならばどうかしら?」

「・・・・一人、誰かは分からんが先日俺の戦を覗いていた奴がいた」

 

忘れもしない、まるでこちらの一挙手一投足を覗き見られているような視線。まるでこちらの戦全てを見透かしているような・・・・

 

「恐らくは、軍師だ・・・・もしあれが袁紹軍の者だったならば厄介な戦となるだろうな」

「あら、望むところじゃない」

 

凛と光を放つその眼は、未だ見ぬ強者との戦を楽しむ眼だ。

 

「・・・・雪蓮の戦好きでも感染(うつ)ったか?」

「貴方は楽しみでは無いの?夏焔」

「・・・・無神経な事を言うなら正直、楽しみではあるよ」

 

将としては確かに不謹慎であろうが一人の武人としては正しい感覚だと思うのだ。

 

「失礼」

 

部屋の外から響いた声は隼のものだ。

 

「どうした」

「はっ」

 

部屋へと入ってきた隼はどこか動揺しているように見える、なぜだか分からないが。

 

「実は・・・・妻が訪ねて来ておりまして」

「ほぅ」

 

話には聞くが実際に顔を見た事は無い、煉次が我を忘れてキレるぐらいだからかなりの美人なのだろうが・・・・

 

「それで・・・・華琳様や夏焔様にご挨拶したい、と・・・・」

「ふむ、断る理由もなし」

「そうね、何より出来た奥方ではなくて?わざわざ夫の主君と上司に挨拶を、なんて」

「は・・・・ともかく、分かりました・・・・こちらに連れて・・・・」

「旦那様、それには及びませんわ」

 

室外より聞こえてくる良く透る声に、隼がビクッとする。

 

花凪(かな)、呼ぶまで待てと・・・・」

「世に名高き曹操様と曹洪様のお二方が部下の妻女との顔合わせをお断りなされるわけはございません」

 

隼の言葉をピシャリと遮った声、と同時に扉が静かに開け放たれる。

 

「お初にお目にかかります曹操様、曹洪様・・・・私が司馬仲達の妻、張春華にございます。以後お見知りおきを」

 

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合のよう、と言った風情がある黒い長髪の少女。成程、ただの女好きに見えて相当選り好みする煉次が騒ぐだけはある・・・・

 

「丁寧な挨拶は不要だ、俺は隼は優秀な片腕と思うと同時に弟のような者とも思っている。その弟の妻であるならば妹も同然だ・・・・」

「そうね、我が従兄の妹であるならば私にとっては従妹も同然・・・・遠慮は要らないわ」

「夏焔様、華琳様・・・・」

 

隼が感動している、まぁ上司はともあれ主君からそんな事を言われるのは並の軍師ならば調子に乗ってしまうほど破格の厚遇とも言えるわけだ。

 

「曹操様、曹洪様、ありがとうございます」

 

深々とお辞儀をする春華の姿に隼が慌て始める。

 

「なっ!?」

「旦那様?お静かに」

 

角度的にこちらから見えないのだが振り向いた春華と眼を合わせた隼が蛇に睨まれた蛙のように固まっている。

 

「私の真名は花凪・・・・と申します、どうかお受け取り下さい」

「しかと、受け取ろう・・・・夏焔と呼んでくれ」

「華琳よ、花凪」

「はい、華琳様、夏焔様・・・・以後、よしなに」

 

晋と袁紹軍が大きく戦端を開く少し前の、一幕である。




ゴメンナサイ、軽く嘘をつきました。今回煉次の出番はありません、次回に持ち越しになります。
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