―陳留城東門前―
さて、無事に賊の討伐に成功した曹操軍。味方の損害も怪我人はいるものの死者は無し、更に季衣が華琳の勧誘に応じ参加するという成果が上がった、すべてが上々である・・・・たった一つの問題を除けば。
「さて荀彧、私の言いたい事は分かるかしら?」
「・・・・はい、お咎めを受ける覚悟は出来ております」
結論から言えば兵糧が保たなかったのだ、いや普通ならば足りていただろうがあの小柄な体の季衣が並の兵士の十倍も食べるものだから必然量は加速的に減り陳留に戻るまでには底を尽きていたのだ。
「そう、なら・・・・」
「華琳」
とは言え、本当ならばその気になればあと二日分をちゃんと用意させる事が出来たのにこの少女に興味を持ち提案に乗ってしまったという自責が夏焔にはある。
「何かしら?」
「確かに、荀彧は指定された分量の兵糧を用意しなかったばかりかこちらに『この分量で十分』と提言した上で結果足りなくなるという失策は犯した・・・・だが先の賊との戦い・・・・襲撃に気づいたのは『荀彧』だ」
その言葉に眼を見開き口を開こうとした荀彧・・・・を夏焔の意図を察した一刀が制す。
「信賞必罰を明らかにするという陳留軍の軍規に照らすならば功績半分、失策半分で単純な成果無し・・・・違うか?」
とにもかくにも夏焔は荀彧という人材をここで潰す、死なせるというのは惜しいと考えている。季衣という不確定要素を除けば彼女の目測は間違っておらず、経験をこれから先に積ませたならば優秀な軍師として大成する、という確信があるからだ。
「成程、確かに貴方の言う通りね・・・・ならば荀彧」
「は、はいっ!」
「夏焔の言葉に従い貴女の功績と失策を帳消しとしましょう、以後は彼に従って仕事を覚えていきなさい・・・・夏焔」
「何だ」
夏焔に歩み寄る華琳、そっと耳元へと口を寄せ。
「庇い立てしたのならば責任を持って面倒を見なさいな」
「そのつもりだ、後な・・・・隼がちょっくら里帰りするそうだ」
「?何かあったのかしら」
「司馬郎が危篤だそうだ」
司馬郎と言うのは隼の兄であり今現在司馬家をまとめている一族の家長だ。
「そう、ならば彼女の参入は渡りに船という事かしら?」
「さぁな、だが一人育てるも二人育てるも同じだ」
「そうね、期待しているわ『鬼教官』」
「期待に出来る限りそえるように尽力するさ」
春蘭、秋蘭、季衣を従え城内に戻る。
「あ、あの・・・・曹しょ・・・・」
「夏焔」
「え?」
「俺の真名だ、お前に預けるよ荀彧」
「え?あ・・・・えぇ!?」
驚く荀彧、無理も無い。本来真名というものは神聖なものであり親族ですら不用意に呼ぶ事を許されないものなのだ。
「そ、そんなに簡単に預けて・・・・」
「良いんだよ、そこの一刀にも預けたしな。それにお前は今から俺の弟子だ」
「え、弟子!?」
「おう、まだ経験も少ないだろうしな・・・・しばらくのあいだは一刀と二人で俺に着いて副官業務をこなしつつ様々な事を学ばせる」
「でも・・・・それにしたって真名を・・・・」
納得がいかない、といった様子だ。まぁ荀彧は名門の出自、特に其の辺は厳しい世界にいたのだからだろう。
「華琳・・・・曹操に止められているからアレだがな、なんなら俺は自分の部隊の連中全員に真名を教えたって良いと思ってるぐらいだ」
『えぇ!?』
今度は一刀も一緒に驚いている。
「そんな
あくまで仲間との絆を優先する、それが夏焔の考え方であり生き様なのだ。
「『
ぼそりと荀彧が呟く。
「私の真名です、お受け取り下さい夏焔様」
「おう、それと『様』付け無しな・・・・兵士たちはまぁしゃあねぇとしても形式上は同僚なわけだし」
「えっ///えぇええええええええ!?」
「そんなに驚く事か?」
「えと、その、えっと///」
頬を赤らめつつもじもじとする桂花。
「か、か・・・・夏え」
「桂花ぁあああああああああああ!!!!」
空気をぶち壊すように現れた隗が半泣きで桂花へと抱きつく。
「ちょっ!?兄さん!!」
「桂花ぁああああ!!!あんまり無茶をしないでおくれぇええええ!!!兄さん心配で心配で心配で心配で心配でもぉおおおおおお!」
「兄さ・・・・ウザイッ!!」
「―――っ!!?」
肘打ちの構え、だが問題なのは打点。真っ直ぐに隗の股間へと向かっていった肘は無慈悲にも直撃していた。
「ちょっ!!?隗さん、しっかりしてぇえええ!!!」
「ふんっ」
「おまっなんてことをするんだ!!!男のここはそんな手荒に扱っていい場所じゃないんだぞぉおおお!!??」
「ウルサイ!!兄さんだからそれでもいいのよ!!」
「良いわけないだろって!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を静かに見守る夏焔。
「良いな、新しい世代というものは・・・・」
自分だってまだ若い、だが次の若い世代が増えてくれば自分とて老兵となる日も遠くは無い、それ故に自分よりも下の世代たちには期待をしつつ出来る限りの事をしてやりたいのだ。
「うっ・・・・あぁあああああ・・・・」
「取り敢えず・・・・」
悶絶したままの隗を運ぶ事にした。
―陳留城―曹洪宅
隗と桂花を無事送り届けたその夜、自室にて隼と対面していた。
「やっぱり戻らなけりゃならないか」
「はい、兄の容態は想像よりも重い様子。場合によっては私が後を継ぐという事も有り得ます」
隼の兄司馬朗が流行病に侵され危篤、その報が届いたのはつい五日程前らしくその容態は想像以上に重く明日をも知れぬ身となっているらしい。
「夏焔様、私は・・・・」
「隼、敢えて言うがな・・・・」
ゆっくりと歩いて、窓を開け放つ。
「『曹操軍の軍師』は他にいても『曹洪隊の軍師』はお前だけだと思っている」
「・・・・荀彧嬢は」
「軍師よりも内政官、と見ている・・・・今は軍師を兼任させ戦と内政を結びつかせて動けるように育てたい」
「成程・・・・一つ、宜しいでしょうか」
すぅ、と眼を細めた隼。その眼の輝きはまるで狼のようで・・・・
「何時、動くとお考えか」
隼には自分や、時には華琳にすら見えていないものが見えているのでは無いかと思う時がある。
「少なくとも半年、遅くとも一年以内」
「承知、ではこちらもそれに併せて動いておきましょう」
ペコリと一礼し部屋を出ようとする隼。
「隼」
「?はい」
「張換を連れていけ・・・・念のため、な」
「・・・・お心遣い、感謝します」
張換は曹洪隊古参の一人であり武の力量も十人並みなのだが気配を感じる技術が並外れているのだ。
「では何れまた・・・・」
「ああ」
足音一つ立てずに去っていく隼、が家から出たのを確認してからどこからともなく酒瓶を取り出し盃へと注ぐ。
「一人入りては一人去りて」
グッ、と盃の酒を呷る。
「・・・・存外、寂しく思えるものだ」
自らの近くから、人が増えれば減る事もある、乱世再来と言っても過言ではない近頃の状況を見るならば当然と割り切ったつもりではいたのだが・・・・
「ふっ・・・・まぁいいさ」
喜ぶも悲しむも怒るも、思うがままに感じるとしよう・・・・一度しか無い人生なのだから。