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『覚醒の儀』を、執り行いましょう。
埃が降り積もったかつての『ルフレおじさま』の執務室で。
揺るぎ無い決意を、その瞳に灯しながら。
そう、ロビンは言った。
ルキナは唐突なその言葉に少々面食らったが、直ぐ様に 「勿論です」と頷く。
元々、『覚醒の儀』を行う為に。
その為に必要な『炎の紋章』を手に入れる為に、仲間達はイーリスから旅立って行ったのだ。
彼等が今何処で何をしているのか。
それはもう、遠く離れた地への連絡手段が殆ど失われている為に分からないが。
それでもきっと、仲間達は今も宝玉と台座を捜索している筈なのだから。
だからこそ、『覚醒の儀』を行う事自体には当然ルキナも否とする訳が無い。
だが、しかし。
その儀式の要となる肝心の『炎の紋章』は、ルキナの手元には無いのだ。
だから、やろうと言われて直ぐ様やれる様なモノでも無い。
少なくとも仲間達が『炎の紋章』を持ち帰るその時までは。
そう説明してもロビンは、それは承知しています、と頷くばかりで。
自分のその意見を変えようとはしなかった。
「ですが、もう、時間が無いのです……。
今は、一刻も早く『覚醒の儀』を行わなくては……」
何処か焦る様にそう言葉を連ねるロビンに、ルキナは思わず、何故なのかと訊ねた。
何故、そう急かすのだろうか……?
普段は冷静そのものであるロビンがこうも焦るその理由が気に掛かってしまう。
少なくともルキナの目から見ては、急に世界の情勢が悪化したなんて事はない。
相も変わらずに絶望の中で急なれど緩やかに滅びの道を歩んでいるだけだ。
するとロビンは、一度僅かに目を伏せる。
そして──
「ここ最近の屍兵の活動の頻度などから、……今は。
『ギムレー』が何らかの理由によって、あまり積極的に活動していない、と思われます……。
ですが、それも何時まで続くのかは分かりません……。
きっと、『ギムレー』が活動を再開した時……。
この国は、世界は……。
完全に、滅びてしまいます……。
そして、貴女も……。
無事では、済まない」
だからこそ、と。
ロビンは必死にルキナに訴えた。
「『ギムレー』がまだ動いていない内に、『炎の紋章』を完成させて……『覚醒の儀』を行う必要が、あるのです……」
屍兵達の行動を誰よりも細かく分析して把握していたロビンの言う事だ。
『ギムレー』が積極的に活動していない、と言うのは恐らくは間違った推測ではないのだろう。
だけれども。
「ですが、『炎の紋章』が無い以上は……」
そんなルキナの言葉にロビンは頷き、そして。
「ええ、ですから。
『僕』たちで、『炎の紋章』を完成させに、行きましょう」
そう、言った。
その予想外の言葉に、ルキナは瞠目する。
「私達でって……。
いえ、あの……仲間達が今も宝玉の捜索を行っている筈ですし、私達はこの地を守らねばなりません……。
それに、宝玉が何処に在るのか分からないのですよ?」
ルキナも、仲間達と共に宝玉の捜索を行いたいとは幾度も思ってはいたけれども。
だが、こんなに急に言われても、それに頷く事は出来ない。
そんなルキナを横目に、ロビンは「借ります」と呟きながら、埃被った『ルフレおじさま』の机の上の本の山の中に埋まっていた地図を引っ張り出した。
そして──
「大丈夫です、ルキナさん。……『宝玉』と『炎の台座』の在処は、『僕』が知っていますから」
そう言いながら、ロビンは地図の各地に印を付けていく。
五つの宝玉と台座の在処が、そこには示されていた。
何れ程ルキナ達が求めても得られなかった情報が、あっさりと、そこには提示されていて。
驚きのあまり、ルキナはロビンと地図とを言葉もなく交互に見やるばかりである。
ロビンは目を伏せたまま、ポツポツと続けた。
「前々から、独自に調べていたのです……。
もし、何らかの事情でルキナさんの仲間達が宝玉の捜索を完遂出来なかった場合にも、支障が無い様に、と。
在処を確定させてからも黙っていたのは、謝ります」
そう言ってロビンは頭を下げたのだが。
ルキナは慌ててそれには首を横に振った。
ロビンの事だ、黙っていたのにはきっと色々な考えがあったのだろう。
それを一々謝る必要なんて無い。
それに、ロビンと出会った時点で既に、仲間達が旅立ってかなりの時間が経っていたのだ。
連絡手段が殆ど途絶えた今では、居場所がハッキリとしているルキナに向けて仲間達が知らせを送るのはともかく、何処に入るのかも定かでは無い仲間達に向けてルキナが知らせを送る事は実質不可能である。
もしロビンに宝玉の在処を知らされていても、ルキナにはそれを仲間達に伝える術なんて無かったのだ。
「今から出発しても、二人だけでなら取れる最速の手段ならば、早ければ二月程度で、何れ程遅くても三月もあれば、全ての宝玉と台座を集めて『炎の紋章』を完成させる事は、可能な筈です。
道中でルキナさんの仲間と合流出来たら、もっと早く事は済むかもしれない……」
それに、とロビンは続ける。
「今の屍兵達の活動頻度ならば、三月程度ならば、僕やルキナさんがその場に居なくても、事前に策や布陣を伝えておけば、十分以上に持ち堪えられます。
…………これが、最期のチャンスかもしれないんです。
だから──」
ロビンは真っ直ぐにルキナを見詰めた。
その紅い瞳に、ルキナは引き込まれる。
「『炎の紋章』を完成させて、『覚醒の儀』を行う為に。
『僕』と、共に。
『宝玉』を探しに行って、くれませんか?」
ロビンの真剣な眼差しには、強い決意と共に、懇願する様な色も含まれていた。
ルキナは暫し、熟考する。
こうして宝玉の正確な在処を知った以上、捜索隊の第二波を送る事にはルキナとて異存は無い。
そして、道中の困難さを思えば、余程の腕利きで無くてはならないから、現在のイーリスに残された戦力としてはツートップになるロビンとルキナにその白羽の矢を立てるのも、道理には叶っている。
そしてロビンの言う通り、三ヶ月程度ならば二人が不在でも何とか持ち堪えられるのだろう……。
だが、しかし……。
ルキナは国を任された身だ。
それなのに、ここを離れても良いのだろうか……。
「……本来ならば、『僕』一人で捜索しに行くべき、なのでしょう……。
ですが、『僕』だけでは……。
貴女から離れてしまっては、『僕』は、絶対にそれを成し遂げられない。
無茶なお願いだとは、分かっているんです。
それでも、お願いです、ルキナさん。
『僕』と一緒に、来て下さい……」
ロビンはそう言って深く頭を下げる。
ロビンがこうやって明確にルキナを頼るのは、これが初めてであった。
何よりもその力になりたい人が、漸くこうやってルキナの助けを求めてくれているのだ。
それに、ルキナが応えない訳など、何処にも無かった。
「分かりました。
それで、ロビンさんの力になれるのなら。
そして、それで世界を救えるのなら。
私に否はありません。
行きましょう、ロビンさん!」
そう答えてロビンの手を取ると。
ロビンは今にも泣き出しそうな程に、嬉しそうに微笑んだ。
「有り難う、ございます……。
『僕』が、絶対に、貴女を守って見せます。
必ず、何を、引き換えにしてでも……」
感極まった様にそう答えるロビンに、ルキナもまた胸の奥が熱くなる。
「私もです、ロビンさん。
私が、貴方を守ります。
絶対に、どんな困難があるのだとしても。
二人なら、きっと──」
ロビンが居れば。
ルキナだけの『軍師』が、何よりも大切な『半身』が。
ルキナと共に在るのであれば。
何事が待ち受けていようとも、どんな運命が訪れるのだとしても。
抗い、それに打ち克てる筈だ。
ルキナは、ロビンとの『絆』を信じているのだから……。
◇◇◇◇◇
イーリスを発ったルキナは、荒れ果てた大地をロビンが操る飛竜の背から見下ろしていた。
少しでも早く移動する為に、馬ではなくて飛竜をロビンは移動手段に選んだのだ。
乗り手を失ったまま王城の厩舎に保護されていた飛竜をロビンは手懐け、そして危う気も無く操っている。
基本的に主と認めた相手以外は背に乗せようとはしない飛竜は、馬や(根本的に男性を忌避する)天馬よりも扱いが難しい。
主を失った飛竜が、その後二度と主を持たない事は珍しくも無い程だ。
ルキナの仲間であるジェロームが、問題無く先代の主を喪った後のミネルヴァと心を通わせられるのは、彼が先代の主とは親子であり彼自身も幼い頃からミネルヴァに慣れ親しんできたからだ。
そう言った特殊な例でも無い限り、先代の主を喪った飛竜を扱うのは、まだ飛竜としての調教が済んでない若竜を相手取る時よりも困難であるとすら言われている。
それなのに、ロビンはあっさりと飛竜を手懐けたばかりか、ルキナもその背に乗せて飛ばせる程にまで完璧に操っていた。
この人は本当に色々と出来るのだなとルキナが沁々と思いながらも、確かにこれならば馬で各地を巡るよりも早くに事が済むであろうと、彼が算出した『最速で二月』の言葉の意味を理解したのであった。
荷物も必要なモノだけを最低限に纏めたので、飛竜に過剰な負荷が掛かるでもなく。
飛竜は軽々と、ルキナとロビンを背に乗せて大空へと舞い上がる。
その背に自分を抱き抱える様にして飛竜を操るロビンの温かさを感じながら。
ルキナは、最初の目的地であるフェリアの山中に在る『緋炎』を一路目指すのであった。
◇◇◇◇
かつてフェリアの西の王に代々伝わっていたとされていた『緋炎』は、西の王バジーリオがヴァルム帝国との戦の最中にヴァルハルト皇帝と対峙し命を落とした時から行方知れずになっていた。
予てより宝玉と台座を執拗に狙っていたペレジアの手に落ちたのかもしれないが、結局その真相は定かでは無い。
フェリアより喪われた宝玉が巡り巡ってフェリアに隠されていると言うのも、一つの運命の巡り合わせと言うものなのかもしれないな、とルキナは思う。
まあ、最早その地は人が住める様な場所ではなく、ギムレーの領域……正確には屍兵ばかりが蠢く地と化しているのだけれども。
こうやって空路を行く分には、屍兵との戦闘など殆ど無い。
時折休息を取る為に地に降りるが、ロビンがその都度屍兵達の目の届かぬ場所を探してくれるので、戦闘になった事など一度か二度程……。
しかも、ほんの数分で終わる程度の小規模なモノで止まっていた。
その為、今の所ルキナもロビンも、全くと言っても良い程に消耗していない。
しかし、『緋炎』が隠されている地には、恐らく生半な事では突破出来ないであろう程の屍兵が待ち構えているであろう。
そこを突破し、『緋炎』を手に入れられるのか……。
そして、残りの『宝玉』と『炎の台座』を無事に手に入れられるのか……。
不安は尽きないが、それでも。
ロビンが共に居るのであれば、ルキナには恐れる事など何も無かった。
「もうそろそろ、『緋炎』が隠された神殿跡が見えて来る筈です……。
ルキナさん。準備は、大丈夫ですか?」
身を裂く様なフェリアの冷たい風に吐息を白く棚引かせながらロビンがルキナに訊ねる。
身を包むロビンの温もりを感じながら、ルキナは頷いた。
「大丈夫です。
どんな相手が待ち構えていても、私は……私達は、負けません……!」
その言葉に、ロビンもまた、力強く頷く。
「ええ、『僕』とルキナさんが居れば、絶対に大丈夫です。
『僕』が、貴女を絶対に守りますから」
『緋炎』が隠されていると言う、廃墟と化したかつての神殿は、もう目の前に迫っていた。
◇◇◇◇◇
凍り付いた地に、人影は何処にも見当たらず。
屍兵の上げる呻き声すらも、吹き荒ぶ雪風に浚われてゆく。
そんな最果ての様な地にひっそりと取り残された様に佇むその神殿に、『緋炎』は隠されていた。
騎乗していた飛竜を、屍兵に見付からぬ様に注意しつつ、雪風を凌げる様に近場の洞窟へと隠す。
そして、足を呑み込んでしまいそうな程に積もった雪を掻き分けながら、ルキナとロビンは廃墟と化している神殿へと辿り着いた。
ギムレーが甦った時にはもう既に廃墟であったとされているその神殿跡は、かつて……それこそ英雄王達の時代では、竜の力を祀るモノであった…………らしい。
そうルキナに説明しながら、ロビンは神殿跡の周囲を隈無く調べる。
朽ち果てつつあるその神殿跡は、それでも尚何処か厳かな雰囲気を留めていて。
在りし日の威容を静かにルキナへと伝えていた。
「どうやら誰かが侵入した形跡も無さそうですし……。
恐らく、ルキナさんの仲間達と行き違いにはなっていないのでしょう。
…………中には屍兵が配置されている様ですが、問題はありません。
このまま『緋炎』を奪還してしまいましょう」
ロビンはそう言いながら、神殿の朽ちかけた扉を開く。
所々で崩落しながらも、冷えきった石畳の床はまだどうにか往時の姿を留めていて。
光も射し込まぬ深い闇に閉ざされたその中を、カンテラの灯りだけを頼りにルキナとロビンは進む。
ルキナよりも夜目が利くのか、ロビンはそんな薄明かりの中でも迷う事無く進んでいて。
そして、ルキナを導く様に、その右手をルキナの左手と繋いでいた。
ロビンは時折立ち止まっては、カンテラの灯りを落としたり、音を立てない様にとルキナにそっと合図を送る。
その度に、闇の向こうを何かが蠢いている音がし、それはゆっくりとこちらに近付いてこうとするのだが。
ロビンがその紅い瞳で油断無く闇の向こうを睨み付けていると、次第にその気配は遠ざかっていくのだ。
そうやって何れ程の時間を歩いていたのだろうか。
突き当たりにあった大扉を開くと、そこは広間の様な空間であった。
ロビンが掲げたカンテラの光が闇をゆっくりと払い除けて。
そして、部屋の最奥、まるで祭壇の様に整えられた場所に。
カンテラの光に緋く輝きを返すモノが安置されていた。
「あれが、『緋炎』……」
思わずルキナの口から、そう言葉が溢れてしまうのも致し方無いだろう。
長い間探し求めたモノが、遂に目の前に現れたのだから。
暗がりからの奇襲を警戒しながらも、ルキナとロビンは『緋炎』に近寄る。
そして、ルキナが思わず『緋炎』へと手を伸ばそうとしたのをロビンは片手で制した。
ルキナを制したまま、ロビンは近くにあった『緋炎』と同じ位の大きさの瓦礫を拾い上げ、祭壇に安置された『緋炎』とその瓦礫を素早く入れ換える。
暫しの沈黙の後に、何も起きなかった事を確認してロビンは、ゆっくりと一つ息を吐き、そして手にしていた『緋炎』を恭しくルキナへと手渡した。
「良かった……。
この祭壇には、重さを感知して発動する罠が仕掛けられている様でした。
あのまま『緋炎』を取り上げていれば、罠に掛かっていた事でしょう」
ロビンが罠がある事を見抜いてくれて事無きを得た様だ。
あのまま『緋炎』に手を伸ばしていたらどうなっていたのやら……。
ルキナはそれを想像して、思わず身震いした。
そんなルキナの手を取ってロビンは再び来た道を引き返す。
「恐らくそう時を置かずして、『緋炎』を奪われた事を察知されるでしょう。
この神殿に潜む屍兵達の追撃が予想されます。
その前に、早くここを出ましょう」
暗い道をそれでも迷う事無く足早に行くロビンに導かれ、ルキナもまた駆け足で神殿跡の中を駆け抜けた。
走り去るその背後から、夥しい程の悍ましい気配が蠢き迫り来ようとしているのを肌で感じてしまう。
こんな暗闇の中で戦いになってしまえば、夜目が利かないルキナ達に圧倒的に不利だ。
だからこそ、その追撃者達の手から逃れようと、ルキナはロビンの手を固く握り返して、その導きに従った。
何れ程走っていたのだろう。
暗闇の中、そして追われていると言う状況では、その時間は何時間にも及んでいた気がする。
そんな引き延ばされた時間の逃走の果てに、漸く、外の光が見えてきた。
そして、そこでロビンは掴んでいたルキナの手を離し、後ろへと振り返る。
「ルキナさんはこのまま外へと走って下さい。
『僕』は、ここで一度追っ手の数を減らします!」
ロビンは魔導書を取り出して、暗がりに蠢く夥しい数の屍兵達の影に手を向けて、魔法を発動させる準備を行った。
「そんな、ロビンさんを置いてなんて!」
そんなルキナに、ロビンは安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
一撃、特大のモノをぶちかますだけですから。
それに、『僕』が居ないとあの飛竜は言う事を聞きませんからね。
ルキナさんを置いてなんて、絶対に行きませんから。
巻き込むと危険なので、ルキナさんは先に行って下さい」
そう言われては、ルキナもロビンを信じるしか無い。
だからルキナは外へと全力で走った。
神殿跡の外は、相変わらず雪風が吹雪いていて、来た道すら見失ってしまいそうだ。
そして、ルキナが神殿跡から脱出したのとほぼ同時に。
その背後で、凄まじい雷鳴が鳴り響いた。
幾千もの雷が一度に落ちたかの様なその音は、廃墟と化していた神殿跡に響き渡り、そして何処かで崩落が進んだ様な音もルキナの耳に届く。
思わずルキナが神殿跡を振り返ると。
ロビンが急いでこちらに駆け寄って来ているのが見えた。
「ロビンさん!」
「追っ手の屍兵の数はかなり減らせました!
この分なら、何とかここを脱出するまでは持ちそうです。
急ぎましょう!」
そして、ルキナよりも大きな歩幅であっと言う間に距離を詰めたロビンは、そのままルキナの手を取って飛竜を休ませている洞窟へと急ぐ。
主が戻ってきたのを察知して既にその場を発てる様な体勢を取っていた飛竜に、ロビンは素早く飛び乗り、そしてそのままルキナを抱き上げてその背に乗せた。
「行きますよ、ルキナさん。
しっかりと掴まっていて下さい!」
そう声を掛けるや否や、ロビンは即座に飛竜を飛び立たせる。
吹き付ける雪風を切り裂きながら、どんどんと地面が遠くなってゆき。
遥か下に屍兵と思われる影が見えたが、最早天高く舞う飛竜に手を出せる筈も無く。
こうして、ルキナ達は『緋炎』の奪還に成功したのであった。
漸く、一つ。
だが確実な成果に、ルキナは漸く手の中にある『希望』を実感するのであった。
◇◇◇◇◇
『緋炎』を手に入れたルキナとロビンは直ぐ様神殿跡を離れ、次の目標である『蒼炎』を求めて、今度はフェリアとペレジアとのかつての国境付近へと向かう。
最早ヒトが住まう領域では無くなった其処では国境など何の意味も成さないモノではあるけれども。
それでも眼下に広がるかつての国境沿いに設けられた関所の残骸などを見ていると、ルキナは人の営みの虚しさの様なモノを感じてしまうのであった。
ロビンが掴んだ情報によると。
『緋炎』と『蒼炎』はフェリアに。
『炎の台座』と『白炎』と『黒炎』はペレジアに。
そして『碧炎』は、ヴァルム大陸との航路の途中にある島に隠されているらしい。
一番遠くに在るのは『碧炎』ではあるが、手に入れるのが最も困難であろうとロビンが言うのは『黒炎』であった。
『黒炎』が隠されているのは、『竜の祭壇』……。
父が帰らぬ戦いで命を落とした地であると共に、『ギムレー』が甦った地とされている場所だ。
最も『ギムレー』の力が強い地に隠されたそれを手に入れるのが如何に困難を極めるのか、ルキナにも想像に容易い。
それでも、行かぬ訳にはいかないのであるけれども……。
『緋炎』を手に入れた神殿跡を発ってから、数日が経ち。
その間、ルキナとロビンはかつて人が住んでいた廃屋などを見付けてはそこで暖を取って休息を取りつつ進んでいた。
ロビンが何かと気を遣ってくれているお陰で、強行軍であるにも関わらずルキナへの負担は少ない。
食料や飲み水の確保から薪の確保まで、全てロビンがやってくれるのだ。
全てをロビンに任せっきりにしている様で、ルキナとしては申し訳無いのだけれども。
ロビンは決まって「『僕』の我が儘に付き合わせてしまっている様なものなのですし、これ位は『僕』に任せて下さい」と言って譲ろうとはしてくれないのだ。
そう言われてしまっては、ルキナも強くは言えなかった。
外では吹雪が荒れ狂う音が響き、暖炉にくべられた薪の光に照らされる中で、ロビンと寄り添う様に過ごす時間は、何だかとても心地が良くて。
『宝玉』奪還を終えて、『炎の紋章』を完成させても……。
そして、『覚醒の儀』を行って、無事に『ギムレー』を討った後も。
こんな時間を、ロビンと過ごしていたいと。
そうルキナは思っていて。
そしてそう思う度に。
きっとそれはもう間もなく叶う筈なのだから、と。
その為にも、今は一刻も早く『炎の紋章』を完成させなければならないのだ、と。
そう、ルキナは固く決意し直す。
吹雪は未だ止まず、凍り付いた大地を白い死で覆い隠しているけれど。
きっとこの地を支配する長い長い『冬』も、終わる時が来るのだ。
その日を少しでも早く迎える為にも。
『覚醒の儀』は必ず成し遂げなくてはならない。
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