『王女の軍師』【完結】   作:OKAMEPON

16 / 18
END⑤【たった一つの、冴えたやり方】(下)

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「なに、を……」

 

 

 言葉が、続かない。

 ロビンが何を言っているのか、何故そう願うのか。

 理解出来ないし、それを頭が拒否する。

 

 そんなルキナに、ロビンは。

 哀しそうに、微笑んだ。

 

 

「『僕』は、ルキナさんに『ギムレー』の手の者であるのか、と言われた時に、否定はしませんでした。

 …………でも、それは正しくは、無かったんです。

『僕』、は……。

 ……僕こそが、『ギムレー』、なんですから……」

 

 

 そう言って、「黙っていて、ごめんなさい」と。

 頭を、下げる。

 

 

「そんな、何で……、だって……」

 

 

 何が言いたいのか、何を言うべきなのか。

 ルキナ自身にも、もう分からなかった。

 ただただ。

 ロビンの言葉を理解出来なくて、理解したくなくて。

 ロビンが「冗談ですよ」と言ってくれる事を、期待して。

 でも、ロビンの眼差しは、真剣そのもので。

 そして、心の何処かでは。

 ロビンの言葉を静かに聞いてしまっている自分が居る事に、ルキナは気付いてしまった。

 

 

 

「『僕』は『ギムレー』です。

『僕』が、貴女から沢山の『幸せ』を奪ってしまった……。

『僕』が、貴女の大切な父親を、クロムさんを殺しました。

『僕』が、貴女の大切な人であったルフレを殺しました。

『僕』が、貴女の大切な人達を、殺しました。

『僕』が、貴女の仲間達の大切な人を、殺しました。

『僕』が、貴女が守るべき世界を、絶望に陥れました。

『僕』が、貴女を戦いの運命へと引き摺り込みました。

『僕』の、所為で……。

 貴女は、傷付き苦しみ、重荷に潰されそうになって。

 それでも立ち止まる事も出来ずに、戦い続けなくては、ならなくなったんです」

 

 

 苦しそうに、哀しそうに。

 ロビンは、そう吐き出す。

 その顔は今にも泣き出しそうな程に哀しみに沈んでいた。

 

 

「『僕』の、所為です。

 全て、何もかも……『僕』の所為なんです。

『僕』が、『僕』の存在こそが……! 

 貴女を、何よりも傷付け、苦しめてしまっていた……」

 

 

 心から悔いる様に、ロビンは慟哭する。

 魂を傷付け吐き出している様なその叫びに。

 ルキナも胸を締め付けられた。

 

 

「ロビンさんが、『ギムレー』だと言うのなら……! 

 どうして、どうして……! 

 私に『宝玉』を集めさせたりなんかしたんですか……! 

『覚醒の儀』を行わなければ、『ギムレー』を傷付け得る手段なんて、何処にも存在しないのに……」

 

 

 そうだ、ロビンが『ギムレー』であると言うのなら、そんな事をする筈が無いのだ。

 有り得ない、有り得ないのだ。

 だから、ロビンは、『ギムレー』なんかではなくて。

『ギムレー』に操られて、ルキナの心を傷付ける為だけに、そう言わされてるだけなのだろう……。

 だって、これでは。

 ロビンが『ギムレー』であると言うのなら。

 これまでのロビンの行動は……それは……。

『ギムレー』が、自ら死のうとしているみたいでは──

 

 

「だからこそ、ですよ」

 

 

 ロビンは哀しそうに俯いた。

 そして、両手で顔を覆って、その心の全てを絞り出す様な声で自らの想いを吐露する。

 

 

「『僕』が『僕』である内に。

 貴女を愛しいと『想う心』が、『ギムレー』としての本性を抑え込めている内に。

『僕』は、『僕』を止める必要が、有りました。

 ……『僕』の意志だけで、『ギムレー』を殺せるのなら……。

 貴女を傷付けると分かっているこんな方法を取る必要も、無かった……」

 

 

 だけれど、と。

 苦しそうに、ロビンは続ける。

 

 

「『ギムレー』の中の人格の一欠片に過ぎない『僕』では。

『僕』がどんなに本来の『ギムレー』から乖離してしまっているのだとしても……。

『ギムレー』を殺しきれない、消滅させられない。

 そして、このまま『ギムレー』に侵食されて『僕』が消えてしまえば……、きっと、『ギムレー』は貴女を……」

 

 

 その先は言葉にはならず、微かにその唇を震わせただけであった。

 そして「ごめんなさい」と、ロビンは力なく呟く。

 

 

「『僕』が『僕』である内に、ナーガの力が完全に解放されたファルシオンで『僕』を殺せば。

『ギムレー』は完全に消滅します。

 もう、二度と、復活する事も有り得ない。

 ……全て、終わらせる事が、出来るんです。

 そして、その機会は、もうこれが最後なんです……」

 

 

 どう言う事なのだ? 

 ロビンは何を言っているのだ? 

 どうして、『ギムレー』が自ら死を望んでいる様な事を言っているのだ。

 だって、ロビンは、人間なのに……。

 

 そう言い掛けたルキナに、ロビンはそっと首を横に振る。

 

 

「『僕』は、人間じゃ、ないんです。

『ギムレー』が人間のフリをして、貴女と接している内に、何時の間にか『ギムレー』の中に生まれていた、ただの人格の仮面……、『偽り』の存在……。

 それが、『ロビン』と言う存在の。

 今、貴女と話している『僕』の、正体なんです……」

 

 

 違うのだと、自分は人間としては在れないのだ、と。

 ロビンは悲痛な声で話す。

 

 

「『僕』は、『ギムレー』だ。

 どんなに貴女を大切に想っていても、どんなに貴女を愛しく想っていても……! 

 それでも、『僕』は、『ギムレー』以外には、なれない……」

 

 

 その叫びは、心からのモノで。

 だからこそ、ルキナは問わずにはいられなかった。

 

 

「ロビンさんが『ギムレー』なんだとしても……! 

 そして、『ギムレー』の中の人格の一つなのだとして……! 

 ここに居るロビンさんが、それを望むのなら……! 

 共に生きていけるんじゃ、ないんですか……」

 

 

 分かっている。

 ルキナだって、本当は、分かっているのだ。

 

『ギムレー』としての本性がどうであれ。

 ロビンは。

 少なくとも、ルキナをずっと支え導き、共に居てくれた、ルキナの『半身』は。

 ルキナを傷付けた事なんて一度たりとも無かったし、全てを擲ってルキナを守っていた。

 そんなロビンが。

 ルキナをこの上なく傷付ける様な、こんな『お願い』を。

 何の意味も理由も無く、してくる筈がない事位は、分かっている。

 

 ロビンを苦しめ、苛んでいたモノは。

 それは間違いなく『ギムレー』だったのだろう。

 そう、ロビン自身がその身の内に抱える、『ギムレー』としての本性。

 それが、ロビンを蝕んでいたのだ。

 

 

「……そうであれば、どんなに良かったか……。

 だけれど、『僕』は……もう、持たないんです。

『ギムレー』から乖離し過ぎた『僕』は……。

 遠からず『ギムレー』の本性に全て呑み込まれ、完全に消えてしまう……。

 こうして話している間にも、『ギムレー』の本性は、貴女を傷付けようと、『僕』の中で荒れ狂っている……。

 貴女を想う気持ち一つで、何とか『僕』として踏み止まっているだけなんです」

 

 

 ルキナの言葉に静かに首を振って。

 泣き笑いの様に、ロビンは顔を歪めた。

 

 

「……少しずつ、少しずつ。

 今この瞬間にも。

 貴女と過ごした時間が、消えていっているんです。

 貴女と過ごした時に感じた想いが、欠けていってしまっているんです。

 貴女の事が何よりも大切なのに、何よりも愛しいのに……。

 段々、愛しいと感じるこの『心』ですら、……消えていってしまって……。

 何時か、貴女を想う『心』が完全に喪われれば、『僕』は……『ロビン』と言う人格は、消えます……。

 そして、きっと、その時は……。

『ギムレー』は、貴女を殺そうと、するでしょう。

 その時にはもう、『僕』は貴女を守る事も、出来ない……」

 

 

 だからこそ、と。

 ロビンはルキナに嘆願する。

 

 その表情は苦しみと哀しみに歪んでいるが、その眼差しには何者にも……『ギムレー』にすらも侵されない、強い強い意志の輝きが灯されていた。

『愛』しているからこそ。選ばねばならないのだと。

 その選択は、苦しくて、辛くて、哀しくて、それでも。

 そこに、ルキナを……最愛の人を守る術があるのなら、と。

 ロビンの眼差しは、そんな決意に満たされていた。

 

 

「『僕』は、貴女を傷付ける者全てから、貴女を守ります。

『僕』の全てを捧げても、何を引き換えにしても……! 

『僕』が、『僕』である内に。

 貴女を守れる内に……! 

『僕』は……! 

 それが、『僕』が、消えた後なのだとしても……。

『僕』は、ルキナさんを、絶対に殺したくない……っ。

 だからどうかその前に、『僕』を、殺して下さい……」

 

 

 殺してくれと、そう心から願うロビンを前にして。

 ルキナは──。

 

 手に固く握りしめていたファルシオンを、取り落とした。

 

 そんなの、選べる訳が無い。

 だって、そんな事は……。

 

 

「貴方を、この手で殺せと……。

 そう、言うんですか……? 

 私は、貴方を助けたくて、貴方と共に、生きたくて……。

 だから、ここまで……。

 それ、なのに……」

 

 

 そう願い進み続けた結末が、これなのか。

 世界で一番愛している相手を。

 たった一人の、何よりも大切な『半身』を。

 この手で、殺す事が。

 ルキナに与えられた、運命だとでも、言うのか。

 

 もう、涙で前が見えない。

 

 ロビンの言葉を、想いを。

 分からない訳じゃなかった。

 痛い程に理解してしまったから……。

 だからこそ、ルキナは選べないのだ。

 

 誰よりも愛しているのに。

 何よりも、大切な人なのに。

 何と引き換えにしても守りたいのに。

 

 愛しているからこそ。

 守りたいからこそ。

 

 ルキナがこの手で。

 殺さなければ、ならない。

『ギムレー』を討つ力を持つファルシオンを扱えるのは。

 もうこの世には、ルキナしか……居ないから。

 

 

「ルキナさん、お願いです。

 ……『僕』の、たった一つの『お願い』を。

 どうか、叶えて下さい……」

 

 

 地に取り落とされたファルシオンを拾い上げて。

 ロビンは、それをそっと優しくルキナに手渡す。

 その仕草の一つ一つに、ルキナへの思い遣りが溢れていて。

 だからこそ、ルキナは言葉すらも無くしてただただ涙を溢す事しか出来ない。

 

 分かっている。

 分かっているのだ。

 それしか、もう方法が無いのだと。

 それが、最善の道なのだと。

 それを、選ぶべきなのだと。

 

 ここでルキナが決断しなければ。

『ロビン』は完全に『ギムレー』に呑み込まれて消え、ルキナは『ロビン』を永遠に喪う。

 そして、『ギムレー』は、ルキナを殺そうとするだろう。

 ……ロビンの姿をした『ギムレー』を、ルキナは、きっと。

 それが最早『彼』ではないのだと理解していても、そこに『彼』の面影を見てしまえば、絶対に討てない……。

 そして、ルキナは殺され、世界は滅びてしまうだろう。

 ここでルキナが決断して『ロビン』を殺せば。

『ロビン』がルキナを殺す様な最悪の結末は訪れず、『ギムレー』も完全に消滅するのだ。

 世界だって、救われる。

 

 選んでも、選ばなくても。

 ルキナが『ロビン』を喪う事だけは、……一番受け入れたくないそれだけは、絶対に変えられない……。

 ならば、どうするべきかなんて、誰に諭されるまでもなく、ルキナだって分かっている。

 だけど…………。

 

 

「ルキナさん」

 

 

 泣き腫らすルキナの頬を、その涙にそっと指先で触れる様に、ロビンが優しく撫でる。

 頬を零れ落ちる涙を優しく拭い、ロビンは優しく微笑んだ。

 そして、そっとルキナを抱き締める。

 

 

「『僕』を殺す事が辛いのなら。

『僕』は貴女から、『僕』との記憶を奪いましょう。

 そうすれば、貴女を苦しめずに済むのなら、『僕』は……」

 

 

 それはロビンの優しさが故の提案だったのだろう。

 それは、分かる。

 だけれども、ルキナはそれだけは受け入れられなかった。

 

 

「いやです、それだけは、絶対に、嫌です……! 

 私から、貴方との思い出を、貴方への想いを、貴方の存在を、奪わないで……! 

 どれも、大切な、私の宝物なんです。

 貴方と過ごした全ての時間が……。

 その思い出がどんなに苦しくても、どんなに辛い物であっても、その全てが……大切なものなんです……! 

 だから……」

 

 

 そう懇願すると、ロビンは驚いた様に目を見開いて。

 哀しそうに微笑んで、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「すみません、ルキナさん……。

『僕』は貴女をより傷付けてしまう所だったのですね……」

 

 

 そして、柔らかく抱き締めたままルキナの背を優しく擦る。

 その手はあまりにも、優しくて。

 この手を喪ってしまう事が、耐えられない。

 なのに、ルキナは……。

 

 

「でも、有り難うございます。

『僕』との時間を、宝物だと言ってくれて……。

 これ以上なんて無い……『僕』にとって最高の、餞です。

『僕』も、貴女と過ごした全ての時間が、……もう思い出せない時間も含めて、何よりも愛しい。

 だから……」

 

 

 ロビンは、ルキナの唇に触れるだけの優しいキスを落とす。

 

 

「『ギムレー』に、これ以上貴女との思い出を、貴女への『想い』を、『僕』の宝物を。

 奪われてしまう前に、『僕』を救って下さい。

 ルキナさんは、『僕』を殺すんじゃない。

『僕』を救う為に、ファルシオンを使うんです……」

 

 

『ロビン』を、救う為に……。

 

 その言葉に、ルキナはファルシオンを握り直した。

 

 迷いが消えた訳ではない。

 躊躇いはまだ胸の内にある。

 他の方法は無いのかと、心は慟哭を上げている。

 だけれども。

 

 これが。

 こんな事が。

 こんな事でしか。

『ロビン』を救えないと言うのなら。

『ロビン』が、その救いを望むと言うのなら。

 

 ルキナが再びファルシオンを握り締めたのを見て、ロビンは抱き締めていた身体を離す。

 そして、それを受け入れる様に。

 優しく微笑みながら、両手を広げた。

 

 

 

「お願いします、ルキナさん……」

 

 

 

 ルキナは、ロビンの顔を見ていられなかった。

 ファルシオンを構えて、慟哭を上げながら、ロビンの胸に飛び込んだ。

 

 そして──

 

 ファルシオンの切っ先が、何かを貫いた感触と共に。

 ルキナは優しく抱き締められる。

 

 

 

「有り難う、ございます。

 そして、ごめんなさい……。

 貴女に、こんな辛い役目を、任せてしまって……」

 

 

 ファルシオンの切っ先は、過たずロビンの胸を貫いていた。

 ルキナが震えるその手を離しても、ファルシオンはロビンの胸に突き刺さったままで。

 

 それなのに、ロビンは。

 穏やかで優しい微笑みを、ルキナに向けていて。

 その眼差しは、ただただルキナを気遣っていた。

 優しい手が、震えるルキナの背を慈しむ様に撫でる。

 

 サラサラと。

 まるで血が零れ落ちる代わりの様に。

 ロビンの身体が端から、砂の様に崩れ落ち始めていて。

 崩れ落ちた端から世界に溶ける様に消えてしまう。

 その崩壊の速さは、徐々に加速する様に進んでいって。

 それなのに、ロビンは幸せそうに微笑んでいる。

 

 

「貴女を、守り抜く事が出来て、……良かった。

 だからどうか、泣かないで下さい。

『僕』は、貴女に救われたんですから……。

 だから、どうか……。

『幸せ』に、なって下さい……」

 

 

 ロビンの優しい【呪い】の様なその言葉に、ルキナは力無く首を横に振った。

 

 

「私に、幸せになってと、望むなら……! 

 どうか、逝かないで下さい……! 

 私の傍に、ずっと、ずっと居てください……! 

『ギムレー』を討ったって、世界が平和になったって……! 

 そこに、あなたがいなかったら、なにも……」

 

 

 意味が無いのだと、ルキナはそう続けたいのに。

 そう言ってやりたいのに。

 溢れる涙で、声がもう出ない。

 ただただ嗚咽が溢れるばかりだ。

 

 そんなルキナを、優しくあやす様にロビンは抱き締めた。

 崩れ落ちるその身体からは次第に温もりが消えていく。

 

 

「『僕』も、叶うなら……。

 貴女の傍に、ずっと居たかった。

 貴女の軍師として、貴女の『半身』として、共に。

 同じモノを見て同じ時を過ごして……。

 そして、一緒に歳を重ねて行きたかった……」

 

 

 絶対に叶わない夢を、永久に叶わない想いを。

 ロビンは夢を見る様に優しく語る。

 

 

「もしも『僕』が『ギムレー』でなければ。

 貴女と共に在れる存在であったなら。

 叶った願い、なんでしょうかね……」

 

 

 そうだったら良いのにな、と。

 ロビンは呟いた。

 

 

「もしも、また、遠い遠い時の果てで。

 ……そこで貴女とまた出逢う『奇跡』が叶うなら。

 その時は。

 今度こそ、貴女の傍に、ずっと居たいですね……」

 

 

 そう溜め息を溢すように、叶わないと知りながらも殺せなかった、願いの様な想いを語るロビンの身体は。

 もう今にも、夕焼け空の中にその全てが溶けて消えてしまいそうだった。

 

 

 

「さようなら、ルキナさん。

 ずっと、ずっと『愛』して、います。

 だからどうか、『幸せ』に──」

 

 

 

 優しいキスをルキナの額に残して。

 ロビンは、消えてしまった。

 

 ルキナの身体を包んでいた温もりは、もう何処にも無い。

 振り返っても、何れ程名前を呼んでも。

 もう、ロビンは何処にも居ない。

 

 ロビンが居た場所取り落とされたファルシオンだけが、彼が其処に居た証になっていた。

 

 

 夕日が沈み行く山頂には。

 ロビンの温もりが残された身体を抱き締めながら。

 天を仰ぎ慟哭するルキナ独りが、残されたのであった……。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 世界は、救われた。

『ギムレー』を討った事は瞬く間に知れ渡り。

 民達は皆、ルキナを、そして仲間達を讃え。

 救世の英雄であると、悪しき邪竜を討ち滅ぼした救世主であると。

 そう、奉り上げた……。

 

 

 ロビンは、『ギムレー』との戦いの中で命を落としたと。

 公には、そう言う事に、なっている。

 民は皆英雄の死を惜しんだが、それですらも流れ行く時間と共に次第に忘れ去られてゆき。

『ロビン』の名前は、今や幾つかの書物に残されるばかりとなっていた。

 

 あの後、山頂に辿り着いた仲間達は、泣き続けて憔悴しきったルキナから、事の次第を聞いた。

 その反応は各々であったが、何れにせよ仲間達は誰も『ロビン』の真実を公表する事は無かった事だけが事実だ。

 セレナなどは、憔悴したルキナを抱き締めて。

「馬鹿ね、アイツってば、本当に馬鹿なのね」と、繰り返し呟きながら、泣きそうな顔で怒っていた。

『ロビン』が何を想っていたのか、何を望んでいたのかは、仲間達も詳しくは知らない。

 無理に尋ねようとしてくる者は居なかったし、万が一居たとしてもルキナが口を割る事は無かっただろう……。

 

『ギムレー』を討ったあの日から、世界は急速に復興へと向かっていった。

 荒れ果てた不毛の地であった場所には、若芽が生い茂り。

 痩せ衰えていた地には実りが満ちて。

 溶けぬ氷に閉ざされたフェリアには、雪解けが訪れ。

 この世の命は喜びを唄い。

 屍兵は一体残らず消え去り、新たに現れる事も無い。

 

 世界は、平和になったのだ。

 

 人々は、それを『ギムレー』を討ったルキナのお陰だと、ナーガの御心がもたらした恵みなのだと。

 そう口々に讃えていたが。

 きっと、恐らくは違うのだろう、と。

 ルキナは……密かにそう思っていた。

 

 ……きっと、彼が。

 他の誰でもなく、『ロビン』が。

 ルキナ達に遺した、せめてもの贈り物であったのだろう。

 

 そうは思ってはいたが、ルキナはそれを絶対に口にする事は無かった。

 

 邪竜は滅び、世界は救われた。

 絶望に喘いでいた人々に必要なのはその事実のみであり、そこにあるルキナやロビンの想いは、そこにあった『真実』などは、関心の外であろうから。

 それらはきっと、何時かルキナ達の戦いや旅路が英雄譚として語られる様になる程に遠い未来で、誰かが勝手に想像して描くものなのだろう。

 ……それで、きっと、良いのだ……。

 

 

 

 あの日以来、ルキナは夕暮れ時の頃合いになると、何時もロビンの姿を探して彷徨い歩いてしまう。

 もう、『彼』が何処にも居ないのは分かっている。

 もう二度と逢えないのは、分かっているのだけれども。

 

 あの日、夕暮れの中に溶ける様に消えてしまった『彼』が、この夕暮れの何処かにまだ居る気がして。

 優しいあの手に、『彼』の温もりに。

 何時か夕暮れの中で巡り逢える様な、そんな気がして。

 それが叶わぬ祈りだと分かってはいても。

 ルキナは、『彼』を探さずにはいられない。

 また、逢いたい、と。

 ロビンはそう願っていた。

『彼』自身、それが叶わぬ事と思ってはいたけれど。

 それでも、信じていれば何時かきっと、と思ってしまう。

 

 それは遠い遠い時の最果ての事になるのかもしれない。

 それでも、何時か其処で、もう一度出逢えるのなら。

 今度こそ…………。

 

 それが永久に叶わぬ願いであると知りながら。

 それでも、決して消す事など出来ないその想いを胸に。

 

 

 彼の名前を呼びながら、ルキナは独り夕暮れの中を歩き続けるのであった……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。