プロローグ
自我を確立出来ない存在とは辛いものではないだろうか。
こうして人に合わせず独善に生きる身、つまりそれは自分には当てはまっていないのだが、それ故に自分はそれを想像でしか語れないのだが、まあつまりこの物語は自分の物ではないと言うことなのだが、この物語の主人公とすら呼べる彼女は自我を確立しつつもそれを尊重出来なかったのだから俺からすればその葛藤はなんて悲劇であるのか! と声を上げその悲哀に浸れる物なのだろう。
悲劇と言う物が世界に存在しているわけないが、自分以外の物が彼女を主題としたこの物語を見て読んで聞いて唄って悲劇であると取るならそれはきっと悲劇なのだろう。
俺は世界に存在する物は二つであると思っている。それは殺すものか殺さざるものか。
言葉は人を殺す。歌は人を殺す。目は人を殺す。人は人を殺す。ならばこの世界の過半は俺からすれば武器で刃で鈍器で殺技と言うことになるのだが、この理論は間違いではないのだろう。
けれど悲劇は人を殺すのだろうか。殺すか? 殺さざるか? その問いについて、明確な答えを述べられる者は少ないだろう。それが自分の中で明確としないので、俺は悲劇を非実在であるとしか思えないのだった。
人生はだって悲劇に満ちて、喜劇に満ちて、人の一生すべてが不幸で非業ではないのだから。悲劇は話の一側面でしかないのではないか?
まあ、なんて終わりなく際限なく永遠に続く言葉の交わし合いも無駄で無為で無意味に過ぎないのかもしれないのだが。ともあれそれでは開幕と行こうか。
人の夢。或いはそれは、龍の夢?
◇
「ーーー……ねえ、起きなさい」
声がする。それは自分に向けてのもののようだった。
未だ太陽は上がりきっていないようだ。なんだ、まだ朝か。眠れるではないか。戯言でもなく本気で俺はそう考え、体を起こすこともせずに意識を落とす準備をする。朝なんて人間の生きる時間ではない。人間がもっとも明確に冴えた形で生きられるのは昼だ。その昼に盛大に豪勢に何かをすればいいのだ。
「起きてってば」
起きない。起きる意味はない。昼ならば、まだ、時間として、生きている価値はあるーーー
「起きなさい」
誰が起きるか。世界はまだ俺を必要としていない。悲鳴のように、声を、音を鳴らす時が俺の起きて生きる時間だ。
「起きろ」
そんなのお断りだ。
と、なんて頑として起きようとしなかったせいだろうか。一瞬だけ体に電気のような、刺激的な物が這った。まあ睡眠に比べれば安いだろう、と落ち着いて意識を落とそうとする。
次の瞬間に見えたのは新世界だった。
神世、とでも言うのか。広々とした草原がまるでようこそと、俺を待っていたように天へと向かう扉を開いた。階段が一段ずつ顔を出していく。はて。ここはどこだろうか。不自然だ。眠気の一切が存在しない。今俺の見ている世界と、普段住む世界のチャンネルが違っているように、体の不調が存在しないぞ。なんだ、ここは。
天から現れた小人と呼べるサイズの者がラッパを吹きながら、別の個体がある文字が書かれた看板を此方に、文字が見えるように見せた。
『うぇるかむとぅーようこそ天国』
「ーーーそれは不味い」
意識を完全に覚醒させた。
冷や汗が軽く体を伝うなか、ベッドの枕付近に立っている少女が見える。白銀の髪は艶やかで、大きい瞳がこちらをじとりと睨めつけていた。どうやら少しご立腹らしい。
「……あー、えーと、うん。ごめんなさい……」
「……………………」
返答は無言の三点リーダ八つだった。完全に怒ってるよなぁ、と思いつつ、ベッドから体を跳ね上げ彼女ーーーミルの隣に並ぶ。横に立ったことで俺を見下ろせなくなった彼女が、かなり下から俺を上目で睨み、
「……ま、いいわ。何時ものことだし」
そう言って俺の家ーーーこの村の村長宅、二階に存在する俺の部屋から出て行った。
うん、朝飯下げられるかも。それはいやなので俺はさっさと彼女を追い部屋を出た。
村長の家、と言っても辺境の小さい村である。それも比例してあまり大きくはない家だ。部屋を出て、直ぐ右手に階段が見えた。そこをそのまま降りて行き、俺はそのまま現在リビングとして役割を果たしている客間との兼業を担うその部屋へと入り、そこに用意された椅子に二つの人影があることに気付く。一つはミルとして、もう一つは? そうやって怪訝にその顔を見て、そうして意外な人物であることに驚く。
「おはよう、村長」
「おはようラグーーー本当に、あなたはミルちゃんがいないと生きていけないわよね」
「ラグって本当に生活能力皆無ですからね」
今代村長ーーーライの言葉にミルが頷いた。
どうやら俺は他人から見れば生活に必須な能力が欠けているように見えるらしい。そんなことはないだろう? と自分なりに過去を振り返りつつ、そうして回想し全然自らの生活が『まとも』であることに口を開く。
「俺の生活はまともだろ」
「食事は?」
「三日に一度」
「馬鹿じゃないかしら」
あまりに早い否定だった。
悲しいなあ……と軽く言葉を発しつつ、自分もさっさと空席に座る。客間も兼任しているこの部屋の机は三人で座るにしてもまだ広く、しばらくの隙間があった。
ミルが作った食事が配膳される。それに目を向け、ミルの着席と同時に食事に手を付け始める。
「ラグは私がいないと本当に駄目な生活をするからね。……ふふ」
「ふふって何だ俺の生活の何処が駄目なんだそいつは一体どこ基準の駄目なんだ言ってみやがれ」
「世界規模の常識基準の駄目に決まってるじゃない」
「俺の生活が全否定された……!?」
なんか今日、朝早いはずなのに否定されてばっかりだよなぁ、と思いつつ食事を進める。食事と言うもの、そんなに重要じゃないと思うんだがなぁ……。
そう思うが、食事終了後の、
「ちゃんと食べた? ……ふふ、うん、偉い偉い」
彼女のこの花が咲き誇るような笑顔。これが見られるのならば食事もあまり悪くないのかもしれない。
◇
食事終わり。
俺が水を飲んでいると、村長が立ち上がって部屋の隅に立ててあった刀を取った。
俺は問う。
「今日も仕事?」
「正確に言えば今日も、よ。さっさと外出の男衆が帰ってきてくれたら私も仕事休めるんだけどなぁー……」
「そっか。まあ、せいぜい死なない程度にがんばれ」
「うん。殺して解して武器作ってくる。私、沢山武器作ったらラグに村長譲るんだ……」
「俺に出来るかよ」
「出来る出来る。そういう素質持ちだからね、ラグは」
それだけ言うと緑髪を揺らし、赤の瞳を濁らせて玄関から村長は飛び出して行った。俺は、彼女がいなくなり、ミルと二人きりになった空間で息を一度大きく吐く。
「やめてくれよ本当に……」
村長を引き継ぐと言うのはこの村最強の戦士の証。臆病者の観測者である俺がそれを背負えるはずもない。この村最強と言うのが、どれだけ重い称号であるかを知っているから。
だから俺は引き継がない。素質しかない俺は、ともなわない俺は彼女のそれを引き継げない。
「俺は……ーーーハンターが妥当だってのに」
「そんなことはないわよ」
ふと背後から抱き付かれる。体温が混ざり合う感覚が絶妙に気持ち悪く、けれど彼女のそれはどこか心地好くもあった。
「ええ。私も村長もサトリさんもみんなも、ラグが村長でもいい、と思ってるはずよ。だってラグはーーーこの無名の村で生まれた、この村の立派な戦士だもの」
「……戦士だけならこの村は沢山いるだろ」
「あなたは別格よ。その身に宿した魂の閃き……素質はみんな揃ってもあなたに敵わない」
つまりそれは。彼女は言葉を続ける。
「あなたが英雄の器を持つってことじゃないかしら?」
小さく息を吐く。
彼女の言い分は分かる。けれど、それは、いったい、どうだ? 現実はーーー
「……ああ。ちょっと、『像』でも、見て回ってくる」
その言葉に、彼女は黙って行ってらっしゃいと述べた。
◇
村は円の形を取っている。
中心に像を設置し、それを囲うようにして家が風車状に建ち、その外側に小さく道、そこを少し過ぎれば円状に展開されたバリケードへと辿り着く。そのバリケードを潜り抜ければそこは過酷な生存競争区域、野生の竜共が闊歩する危険区域に早変わりだ。そのバリケードを突破しようとする竜共がいるため村長はそのバリケードの外に出て、竜を駆除する許可を与えられている。ハンターズギルドも近付くことが難しいここは、その管理下に無い。故に自衛の権利があり、その役目を担うのが村長だ。故に村長は強くある必要があり、死亡なども多くここは村長が頻繁に変わる。
竜が多い理由として、ここは龍脈の影響が甚大な地だ。村が龍脈の丁度真上に存在しており、その龍脈の力を求め竜はこの村に押し掛けてくる。そして長くこの地で暮らした竜ほど強く、賢く、強靭になっていき、それをここの人々は駆除していくのだ。
本来人間はそこまで強いわけではない。だが、この村の龍脈に影響されたのか、この村は特殊な人々が多く生まれてくる。
スキルホルダー、と呼ばれる者だ。
防具によるスキルとは違い、人の魂に由来するスキル。その人の異常であると判断される素質を言語化した物がスキルであり、この村は特にスキルホルダーが多く生まれてくる。龍脈の影響か、あるいは『白銀の加護』か。それはわからないが、この村は特段多いらしく、実際ここ百年の間に高名なハンターを多く排出しているらしい。
そして俺はその素質を格別に多く持って生まれてきた存在だった。
異常にして異端。格別にして別格。そんな俺は、いったい、何を為せと言われているのだろうか?
無為にして無意味で無価値な道か。それとも華々しく血に塗れた殺戮の英雄としての道か。この考え自体が無意味なのか。
「……わかんねぇよ……」
そうして悩んでいると、気付けば俺は『像』の前に建っていた。
「……あんたは、俺の行くべき道をーーー」
いや。それにはすがれない。
像を見る。それは少女を模した像だった。
色は随時塗り足されているのか、塗料が剥げていないそれは白銀の髪を持つ。それに止まらず、白いはだ、それに溶けるように着られている白いドレス。人とは思えないほどに綺麗でぞっとするほどに美しくその姿は龍のように堂々でそれをまとめてーーーその像に神の姿を見た。
神には頼れない。神にはすがらない。純然に力がすべてのこの世界で、神に頼ることは人が許しても俺が許さない。神様なんて気紛れで人を救わず試練を与え人を滅ぼすーーーそんな悪魔よりも恐ろしい世界のすべてだ。だから頼らない。
その像の目を見る。まるで生きているかのように、それは力強かった。
「……伝承」
それを思い出す。白銀の少女の物語を。
昔少女が生きたその村に、強大な力を持つ英雄が生まれる。その英雄はあっと言うまに成長し、並みの大人より巨大になったらしい。
その姿に、少女は何かを見た。故に彼の英雄に近付き、共に長くを過ごした。
しかしある日。審判の日が訪れる。英雄の物語の序章。その敵役を少女は押し付けられた。少女は異形の神となり、その白い体を深い悲しみに揺らしながら、怪物のようなその姿をーーー英雄に斬られた。
その時に少女は、いったい、何を思ったのかーーー
ーーーそれは俺にはわからない。
「神様かぁ……」
この少女に神を見た、と言う俺の目は狂っていなかったらしい。異形の神として英雄に討たれた少女はけれど確かに不確かな神だった。
……もし。俺の行き着く先が英雄ならーーー
「終わりはハッピーエンドに、ならないのかもな」
そう言って、像を見る。
ーーー少女の瞳。
像の無機質は、何故か慈しんでいるようにも見えた。
「はぁ……」
どうにもため息が多い。これ今日不幸って形で利子付きで返ってくるんじゃないか、と思いつつ、体を反転させ、
その先にはとても近くに女性の顔があった。
「…………」
「…………」
鼻が触れそうな位置。そこにいたのは、
「…………サトリさん?」
「…………あれぇ? 驚かないんです、か」
この像ーーー白銀の少女に、とても強い縁のある女性だった。
「……あの、サトリさん。いったい何を」
「いえ、ね。ちょっと【覗いて】みればどうにもこうにも我らが主様を称える像を、若人が懸命に眺めているではありませんか。ラグくんは何に悩んでいるのかは知りませんが、このおねぇさんに話してみる気はありませんか? きっとすっきりしますよ?」
「あーうん。大丈夫です。答えは得ました。俺はこれから頑張って行きますから」
「ふっふっふラグくん。おねぇさんのサトリの所以を忘れたのですか? おねぇさんに嘘は通用しませんよ」
「厄介な愉快犯に酔っ払いみたく絡まれてる……!」
「だーれが酔っ払いですかぶっ殺しますよ村長の子でも」
なんで?
テンションが高いのか低いのかよくわからない人だ。つーかナチュラルに人の心を読んでくるのはやめろっつーかあんた本当になんでそんな読心出来るんだだから独身なのかとかいろいろあるけどまぁとりあえず一言を言うとすればなんで? である。
「誰が独身ですか……! これは全部巫女のせいです! 失望しました主様のファンやめます」
「なんで」
いやもうほんとに、なんでこうなってんだろうね? 些か彼女がフリーダムに過ぎるのではないだろうか?
「ええ。主様を称える巫女ですが私別に失望しちゃだめとかだれにも言われてませんし? ですからフリーダムでもいいですよね?」
このサトリさんは白銀の少女に遣えた一族の血筋で、その家系に代々発現する今代の【千里眼】スキルの継承者である。その千里眼で相手を観察し読心を非常に高い水準で修めているのだとか。
「ええ。実際そうですよ。あとは並列思考、ほんのわずかな武術も修めてみましたが私はあまり戦うのが得意じゃないらしくてですね。だからこうして巫女に収まっているのですけれども」
本当にこの人はいろいろ包み隠さねぇよなぁ……とある種感心にも似たようなことを思う。
まあ見習う気は一切もないが。
と、そこでサトリさんは息を吐いて手を広げる。近くにいた俺はその手が折り畳まれるのに巻かれ、抱擁される形になった。
「ええ。ええ。私は巫女ですから。あなたのその心のおくまで、しっかりがっちり踏み込んでいけるのですよ」
「…………」
「迷い子のあなたに行くべき道、を。あなたのその力は小さき人が持つには過ぎる力です。それを手にいれることが出来たこと自体、が……あなたをあなたと言う英雄として決定付けられたことなんです。あなたが手にした段階から、あなたはとっくに、英雄なのですーーー」
「でも」
「ええ。私にはその不安がとーってもよく分かります。ならば私が予言しましょう。恐らくーーー本日にでもあなたを囲む運命があなたの英雄への道を造り上げます。あなたはそこで、悩み、そして戦うでしょう」
「…………ーーー」
「でも安心して。あなたには、おねぇさんが付いてるから」
そうして道を説く姿は立派なーーー神道を行く者だ。普段が酷いのに、どうしようもなく信頼感が生まれてくる。
普段酷いのに。
「…………それ、しっかり気付いてますからね」
ひぇっ。
けれどかなり楽になった。救われたような気分だ。ああ、これならば俺も、道を確定出来るのかもしれない。
なんて、楽観してしまった。
英雄の一生が後悔しない物であるはずがないのに。
◇
俺からすればこの家の主は親と言うことになる。
親だからこそ俺は無理をして欲しくなかったし、無茶をして欲しくなかった。けれどそんな言葉は言えないし言ってはいけないので俺はそれを飲み込み、毎日死なぬようにと祈ることしか出来ない。
いや、本当はそれ以外だって簡単なのだ。それ以上戦うな、と言うのは簡単だった。そのはずだったのだ。
「ーーーラグさん!」
駆け込んできた彼女を見て、俺は、ああ、と悟る。
本当に本当だった。
俺は、俺として、俺であることを、俺がしない。
これからはきっと、ーーー俺でない俺が俺だろう。
「……ーーー村長が、倒れました」
嘆きはない。悲しみはない。実の親が倒れたと言うのに俺は親を心配しておらず、それこそが、ああ。俺が社会として不適合者である証明のようにも思える。
彼女ーーーサトリさんが手に引っ掛けるようにして運んできた女の姿を見た。未だ息がある。凄惨な打撃痕は、殴打を受けた証明だろうか? 汗も多く、その姿はけれど痛みにうめくと言うよりも、
「……病気」
「ええ、ええ。そうです。痛みよりかは、そちらが辛いかと」
「ああ。そうか。ほんとにーーー最悪で最悪な最悪を呼んだ最悪だ」
「……本当、ですね。展開が怒濤です。噂をすれば、と言うところでしょうか」
ごめんなさい、と彼女は乾いた唇から懺悔するように呟いた。同時にその体は患者の生命維持のために今も動いている。
「……しばらく起きないかな」
「起きても動けないでしょう。この重傷なら。……何かする気ですか?」
仇討ちだよ、と簡潔に答える。
「巫女からの依頼って形で俺が動いて俺が犯人を殺してくる。俺ならいけるっつったのはあんただろ」
「……いえ。待ってください。あなたにはミルちゃんがいます。ここはおねぇさんに任せて」
「断るよ、やだよ嫌だよ何でだよ。俺の素質は戦い向きだっただろ? 俺ならだからいけるはずだよ」
返ってきたのは無言だった。まあ、そう簡単に許可はもらえないよなぁ、と思いつつ、村長を見て、
「ーーー俺は、正直怒ってる」
本心を語る。
急過ぎる展開に、急過ぎる危機に、俺は怒っている。だから俺は挑む。挑戦するのだ。
村長が消える。それはそれで凄まじく大変な窮地ではないか? だから俺は全力を発揮する。まるでここが火事場のように、潜在している能力を引き出していく。
剣を持てよ、村人英雄。非実在英雄は闘志を燃やせ。溺れず俺は俺の為すべき俺をする。
「だから、止めてくれるなーーー村の巫女」
やみのなか、産声上げた白の龍。物語は遠く近くの未来へと散って行った。