「ここが武器を納めている倉庫になります」
案内された先には暗い倉庫だ。扉の鍵を開き、内部へとサトリさんにつき従い入っていく。
「ライ様が今までお造りになった無名の剣ーーーそれも、あなたに向いた重量のある物が多く納められております」
どうやら区域で分けられてあるようで、その内の手前の方ーーー大剣が納められているゾーンへと着く。そこにはざっと数百だろうか……それだけの武器が存在していた。手入れはされてあるようで、鈍った剣は存在しない。
「ラグ様目線で考えますと、手入れも要らず、壊れづらい剣ーーーとなると、これですね」
巨大な大剣の下へと向かっていくサトリさんを追って俺もその大剣を間近で確認する。金色の剣だ。鋭く、それでいて厚いーーー矛盾しているそれを内包した剣。これはいい。おそらく自分好みである。
「サトリさん、これ……」
「恐らくライ様が半年ほど前に狩られたセルレギオスの武器だと。ハンターズギルドではーーー銘はローグレギオン、だったと思います」
きっと使われることを望んでいるでしょう、とサトリさんは言葉を繋げる。俺は剣を片手で持ち上げ、背中へと釣り下げた。あれ、これ相当危なくね? 少なくとも納刀している状態であってもあつかいが難しいだろうことは明白だ。
これ大丈夫か? と思いつつその状態に慣れるため数歩歩き、なんとなくで感覚を調整する。
そうして調整を終えサトリさんを見れば何かに驚いているようだった。
「どうしたんです?」
「いえ……あの、先程、その大剣を片手で持ち上げたように見えまして」
「持ち上げましたよ?」
「え?」
「え?」
一瞬の沈黙、そして、
「いやいや……流石に化物ですよ、これを片手で持ち上げるなんて」
「ほら、いま俺めっちゃ持ち上げるどころが素振りしてますよー」
「ラグくんは化物だったのか……」
失礼である。
「いえ、でもこれ結構重要な問題になりますよ……これだけ大きい剣を片手で持ち上げるほどの膂力は。私なら両手でも辛そうですから」
そう言って近くにある別の大剣を両手で持って、少しふらりとしたかと思えばすぐに地面にそれを下ろした。そんなに重いのか? 疑問になって手で掴んでみるとーーー全然重くない。むしろ背負う剣よりかは軽い部類だ。
「やっぱりラグくんは、筋力が異常です」
そう言って腕を軽く触れられ、数刹那でその手は体を離れた。
「でもまあ安心してあげます。あなたはきっと、ーーー帰ってくるから」
毒も裏もない、穏やかな笑み。
それを見せられた俺は死ねないじゃないかと呟きつつ、けれど穏やかな心のままそこにいた。
◇
「それではいってらっしゃい。危険ならすぐ戻ることですよ」
声を返さず、張られた巨大な門のようなバリケードーーーその先に存在する戦闘領域に足を進める。
ほんの少し出ただけで空気は明確な違いを見せる。長閑な村と死に沈む区域。その違いは明確で明白で圧倒的な殺意を肌と瞼で感じて取った。
「うーわ、これは……」
生きて帰れるだろうか? と言う疑問が沸く。
足を進めながら奥へ、村から離れていくにつれ濃密な殺意と戦意ーーーそうとでも言うべき症気が心を蝕んでいく。
闇。暗闇ーーーそう、これは未知を行く感覚に近い。本質的に恐れる場所へと自分から足を進めているに等しく、並みの人間なら発狂してしまいそうなほどの深淵がそこにはある。
「けど、死ぬほどじゃねぇな」
闇ではあるが。
そこで非業に死ねるほどーーー俺は人間として『まとも』じゃない。
上等だ。
俺が定義した俺の持つ俺なりの俺でーーーすべて喰らってやるよ。
「ふぅぅぅう……」
ここからはすべてが敵であると思え。声を発する余裕も無く、空間にやけに通る自身の吐息が生きていることを示していた。
数分、或いは数時間足を進めただろうか。
視界に映る光景が移り変わりを告げるーーーそこは先ほどよりも幾倍凄惨だ。龍脈から遠退いた辺りでは竜が竜と互いを傷つけあっている。
否。違う。これはほんとに奴等の自我が介在しているか?
その竜達が持つ目に理性の色は無い。ただ血のように爛々と赤い眼がーーー不気味に、何かを必死に殺せと叫んでいた。
何が起きている?
竜は竜としてーーー奴等はここまで畜生であったか? 解らない。俺は語れるほどに竜を知ってはいない。
だが、あれは明確に違う。それは絶対に違う。奴等はそこまで堕ちてはいない。
嗚呼。何だ? 何かが狂っている。何かが欠けて千切れて溶けて解けて壊れて消えているーーーけれどそれの正体は解らない。
まるで幽霊や亡霊がそこにいるかのように。狂い切った竜は一心不乱に滅茶苦茶に暴れていた。
「……………………」
黙ってその場を立ち去る。
もっと奥には何があるだろうか? きっと知れば仰天するような奇怪なものが待ち受けているのだろう。
俺は黙って先に歩を進めていく。
救いも無い、竜共のなれのはてにはもう目を向けずに。
戦闘音が聞こえなくなった辺りで一度停止し、辺りを見回す。ここらへんは森が切り開けているようで、ところどころに切り株、つまり木々のなれのはてが存在している。孤独で進んだ空間の多少の息苦しさから解放され、俺は大きくそこの息を吸い込んだ。
龍脈が木々にも影響しているのかここらへんの空気は浄と呼んで差し支えのないものだ。木の一本をひっこ抜いて村に持ち帰ってやろうかだなんて思いつつ帰りが面倒なんでやめておく。ここらへんにモンスターは存在しない。なんとなくでそれが分かっているからこそ俺はこうして休んでいるわけだが、ここいらほんとに出てこない? と若干不安になってたりもする。自分の感覚を信じきれないーーーそれは懐疑的に世界を見ている気分だ。自分すら信じることが出来なければ一体何を信じるべきなのだろうか。
一人で居るからか、気分が随分参っているようだ。一度気分を切り替えるためにはぁ、と息を吐き出しつつ天を仰ぎ、
黒に澱んだ丸が宙を吹き飛んでいったように見えた。
「……………………」
あれはモンスターだろうか。翼も無く体格としては小柄に見えたが、それはならば飛ぶことはなくつまりあれは跳躍と言うことになるのだろう。
黒で、丸で、跳ぶ。記憶に引っ掛かりもしないそれの正体は一体なんだ? 一切として何もわかりはしないだろう。それの存在を俺は認知していないだろうから。
「ふぅー……」
休むな、と言われた気分だった。故に立ち上がり、その黒点が向かった先、森の奥へと足を進めていく。
◇
「何もないな……ほんと」
何もない。
一切の区別無く何かに喰われたようにーーーそこは一面が平坦だった。あるのは今立つ地面のみで、それは何か大質量に慣らされたような滑らかな地面だ。
喰い遺しがなく、つまりそれは証拠につながらない。何かがいたと言うことはわかれども、何がいたかまでは判別できない。いや、そうでもないだろうか? 少なくとも大喰らいがいたことは明白である。ならば大喰らいのモンスターから見当をつければいいのだが、それは確証に直結しない。何がいたのか、それを明確に判別することが出来ないーーーそれを酷く歯痒く感じる。
何歩遅れた? 何時に喰われた? ここまで何もなければそれすらもわからない。極最近か、はたまた酷く昔か。この平面からは何もわからない。
ここには手掛かりは無さそうだ、そう結論付けてまだ先に足を運ぶ。数キロは進んだであろうか。疲労はないが、ここまで何か手掛かりがないと少し気が滅入る。そんなことを考えていたからだろうか。
再度開けた場所に出れば、そこは赤が一面を満たしていた。
竜の死体が大量に、欠損した部位が散乱している。鉄のような臭いと腐ったような臭い、そして竜が体内に止めていた物が溢れ落ち、その臭い。
リオレウスの翼背中顔面がリオレイアの尻尾翼両脚がジンオウガの顔面尻尾後ろ足がティガレックスの頭部翼脚体の後ろ半分がディノバルドの足尻尾両断された体がタマミツネの首背ビレ腕がガムートの頭殻足腹部がライゼクスの角翼尻尾足がナルガクルガの頭部背部刃翼がセルレギオスの角頭部翼脚後脚胴体の三分割尻尾が見知らぬ霊獣の体がむしりとられ散乱する毛が鬣が尻尾が首がそこに溢れ落ちていた。
散乱していた。
どれも切断のような綺麗な痕ではなく強引に引きちぎったかのようなパーツの分割だった。まるで生き物が機械のような玩具のような生物を生物と見ない残酷な殺戮の痕が虐殺の痕が拷問の痕がそこにはある。
いったいどのようなモンスターがこのような所業を為せるのだろうか。この殺戮痕はそれほどに圧倒的にあってはならないほどーーー異常だった。
「…………」
無言で自分が知らない霊獣の死体を見る。首にある目は怨恨に歪んでおり、どれだけの苦痛があったのかは定かではない。憐れみも交えその首を見ていると、ふと疑問が湧いた。
「…………あれ?」
頭に角の痕跡がある。無理矢理へし折ったような形のようで、根元にはまだそれは残っていた。
辺りを見回すが、蒼の角ーーーそれらしき物は存在しない。これはいったいどういうことだろうか? 食したのか、はたまたそれとも持ち去ったのか。どちらにせよそれを必要としていることは確実だった。
「手掛かり……」
破壊のあとはまだ奥に続いている。一息にそこまで駆け出すと、木々が倒壊していた。殆どが殴り殺されたように半ばからへし折れているが、ほんの少しだけ焼け焦げたような木の痕も存在している。
これはつまり、
「メインが物理、サブに火か電気の属性を持つモンスター」
となれば数は限られる。ブラキディオスは違うだろう。すべての木は爆ぜているか、粘菌に塗れているはずだから。
「武器は拳。特定の域まであと少しだ」
けれどここから先は俺一人ではわからない。一度村に戻ってサトリさんとでも情報を交わした方がいいだろう。
「はぁ……」
赤の海。空虚に染まる俺の声。深淵は心地好く俺を喰らって溶かしていくような味がした。
◇
「お疲れ様でした。それで、手掛かりは?」
「……うん。今俺サトリさんに覗いてもらったら良かったなって正直思ってるよ」
「あ、いえ。今、私は森の奥を覗けません」
「え?」
はい、と前置きしてサトリさんは言葉を続ける。
「村の奥ですがーーー今は、症気と言いますか。深淵と言いますか……そこを覗いていると私の目が壊れそうになるのですよ」
「……それはいったい」
「ですから、今の森の奥は言うなら地獄、冥土の類いと繋がっているような感覚なんです。そこに足を踏み入れることは私では出来ませんし、見るだけでも私には出来ませんでした。一度ラグくんを見ようと覗いてみたのですが……その影響でしょうか。未だに頭痛が止みません」
耳の上らへんの血管が破裂しそうなほど痛いです、と付け加え、サトリさんはこちらの言葉を待つように目を合わせてくる。内面を覗かれている気分はどこか非現実的な感覚がするもので、俺は次の言葉をあやふやな感覚で告げる。
「今も使えるんですか? 休める時に休んでおくべきでしょ」
「いえ、休む必要はありません。今は村長の様子を見るのと、ラグくんを見るので二箇所しか使ってませんから」
「……えと、普段並行して何個使ってるんですか?」
「……森の様子を見るのと……バリケードを見張るのと……村全体を見るのと……像を見張るのと……村長を見張るのと……多い時は十個並行してたりします」
「普通にすげぇ……」
と、ここで一旦会話を打ちきった。森の様子を思い返しながら重要と思う部分だけをピックアップし、要点をまとめサトリさんに伝えることにする。
「竜が殺しあったり、竜が大量に殺されてたり、周辺一帯が消滅してたり、ですか……いろいろほんとに普段と違いますね。私が不用意にラグくんに助言したからでしょうか?」
「あの、蒼い角の生えた馬みたいなモンスターって、サトリさんは知ってます?」
「ん? んー……たぶんですが、キリンと呼ばれるモンスターかと。目撃例は非常に少ないはずですので、容姿を知らないのも無理はないのでしょうか」
「じゃあ、その角を喰らうモンスターってサトリさんは知ってますか?」
「……いえ。キリンは古龍種です。そんなモンスターがいるとすればつまり並みの古龍に匹敵するーーーつまり天災級とすら呼べるモンスターのはずですよ」
「じゃあ仮定としてキリンを殺せるモンスターの中で質問です。主に拳を武器に戦うモンスターっていたりしますか?」
「……………………」
いやな無言だ。その表情はふと何かに気付いたかのように目を見開き、そして、その顔が段々と青くなっていく。
「……うそ、ですよね? いえ、『あれ』は非常に狂暴ですが、流石に一帯を消すことなんて不可能なはずです。あり得ない。あり得ない……でも、もしそうなら、ラグくんは、……」
「心あたりがあるんですか?」
そう問えば、大きく深呼吸をしたサトリさんが、泣き出しそうな目でこちらを捉え、
「……はい。当たってほしくはないですが、ほぼ確実でしょう。村長の傷から見てもその線は非常に高いと思います」
そうして、言葉を紡ごうと口を開いたタイミングと同時に、
「…………あ、今、村長が目覚めました」
彼女のその声は、喜ぶべきであるはずなのに、何故か酷く沈んでいた。
◇
家に向かえばミルが村長に水を渡したところだった。
「ん? ……ああ、ラグと……ルドか。悪いね、視界がぼやけるもんで」
いえ、大丈夫です、とサトリさんが言うのを聞きながら、村長は水を飲む。こちらを見る赤い目は虚ろで、何を映しているのかはよくわからない。
「いやぁ、あれは私にもちょっと荷が重い敵っつーか、……うん。勝てる気がしないっつーか戦いにならないっつーか、まともな個体なら勝てるんだろうけど、突飛な行動をするなに考えてるかわからんやつは嫌いだ」
腹部を撫でつつそう呟くのを聞き、俺は問いを投げ掛けようとした。しかしその前に再び話し始めたその姿を見て、俺は声を掛けることを躊躇する。
それを相手にすることは危険である、と俺に言い聞かせるような話だ。視線を虚空に向け、回想してるのだと思わしき姿で村長は言葉を繋いでいく。
「うん。あれは古龍に迫る強さだった。拳はまるでハンマーのように重いくせして、それが軽快な動作で振られるんだ。獰猛と言うなら獰猛……鬼気迫る、と言うのはああいうことだろうか? って思ったね。それだけあの目は狂気的で、空虚で、一切を呑み込んで殺すような目だった。正直言えば何で私が今生きてるのかわからないくらいに、そいつは別格な格別の化物だったよ」
「……え、うそですよね? ほんとに、『あれ』なんですか?」
「……ルド。『あれ』なんだよ。しかもとびっきりイカれてる個体だ。……私を助けたのはルドだと思ったんだけど、あんたはあれと遭遇してないってことかな?」
「……いえ、私は遭遇してません。覗いて観測していると、突然視界を弾き出されて、復帰した時にはあなたは倒れていました」
「……おやおやそれは。神様が気まぐれで助けてくれたって感じかな?」
俺はその会話を聞いて、何かがおかしい、と感じる。そして違和感の正体を探りつつ、琴線に触れている決定的な何かを村長へと問いかけた。
「……なあ、体、病気っぽくないか?」
「ん……? あれ、でも、いや……うん。ちょっと怠い感じはする」
「そのモンスター、俺には何か見当もつかないんだが、それの目はどうだ? 赤かったか?」
「赤かったよ」
即答で返ってきて、これだ、と俺は違和感にたどり着く。これに違いないだろう。
俺が始めに見た竜同士で殺し合っている光景。そいつらの目は赤だった。竜同士で互いに殺し合っている、それはあの虐殺死体も竜同士の殺し合いに該当する。それを為したのが村長と戦った個体であるなら、だ。
「赤ってことは、多分感染状態……病気の媒介は多分そいつだ」
「病気……あっ! もしかして、ラグくん……!」
「ならーーーそいつを殺せば全部解決するってことじゃねぇか?」
森の異常も。全ての発端はそいつから起こっているのが今回の異常だ。故にそいつを始末すれば、村を囲う問題は万事解決である、と言うことである。
「まさか、戦いに行くなんて言わないよね?」
「ごめんサトリさん、そのまさかだわ。点と点がつながった。多分あいつを殺す、って言うことで解決する問題だから……俺はそいつを殺しに行く。さあ教えてくれお二人さん。そいつの正体は、あんたら二人が『あれ』っつーモンスターは一体全体なんであるんだ?」
その問いに、二人は黙る。やっぱこれは反対か、と思いつつ俺は後ろを見る。
ーーーミルの瞳。その色は『お前の好きにしろ』、と語っているようだった。
いける。俺はだからいける。彼女が俺に俺ならと判断した結果だ。だから俺は必ず生きて帰る。これはもう決定事項にも似た俺が決めた俺の俺らしい結論だ。
「ーーーはぁ。ほんと、ラグは、卑怯だなぁ」
その声の方向に目を向けるまでもなく、その言葉は呆れているふうだ、と思うと同時に喜んでいるような、複雑な感情を感じとる。
「でもまぁ応援するしかないかな? 男の子が男を見せようとしてるんだし」
「……!? え!? きょ、許可するんですか!? さ、流石にこれは、」
「サトリさん」
俺は彼女の言葉を遮るようにして告げた。
「安心してやる、っつったのはあんただ。だから安心しろ。俺は俺らしくここに帰ってくるから」
一瞬だけ、呆けたような表情を見せた彼女は、すぐに意識を切り替え、
「ーーーええ! じゃあもう、絶対生きて帰ってきてくださいね!!」
その声に勿論と返しつつ、次の句を待つ。負けられない相手の名前、それを心に刻み付けるために。
「ラージャン。古龍にすら匹敵する、非常に無情で激情的なーーー獰猛なモンスターです!」
やけくそに、名前を叫んだサトリさんはーーー言葉を終えると俺を見てぐっと口角を上げる。
それに親指を立てて返すと、村長からは拳が突き出される。
「……ま、俺もあんたの子供ってことさ」
挑戦的に挑発的に、俺は笑って拳をぶつけた。
◇
「ふふ……意外と言えば意外で、けれどそれほど意外ではないわね。ええ」
その言葉にそういうもんだよ人間は、と返しておく。俺は俺しか語れない……否、俺が観測した物しか語れないが、人間と言う物はこういう物であり、そして人間と言うものはそれでも脆弱な物である。
だから俺がこれから生きるためには自分を主人公だと思わないことが一番重要となってくる。
主人公とは試練が無くてはいけないーーー主人公は活躍が無ければいけない。故に俺は自身を主人公と思わない。自身を素晴らしい物と見るのは愚かしいことであり、しかし自身に自信を持てないと言うことも愚かしいことだ。俺はだから、俺だけにしか出来ない役割を精一杯こなすーーーそれが俺を世界の部品として組み込む場合の最適解になる。
「俺が人間を語るには些か俺は破綻してるんだが、俺が俺を語るには俺以上の適任者はいないだろ」
「……ええ。あなたはそういう物で、何でもの道理を蹴っ飛ばして結果を盗むように奪う者。だから私はラージャンについては心配してないけれど……いえ、これは言うべきことじゃないわね。ええ。あなたはあなたらしくあなたの思うあなたで必ず生きて帰ってきてね」
「……ああ。俺ーーーこの戦いが終わったら、ゆっくり寝るんだ……!」
「やめなさい。私が泣くわよ。わんわん泣くわよ」
それはちょっと辛いかなぁ。
彼女とは何時も一緒にいて、彼女とは俺と行く方向が同一で、彼女と俺は存在のような物が重なりあっていて、つまり彼女とは俺にとって存在が必要不可欠なものだ。
それはまるで酸素のように、水分のように、体が生きる上で必要な物のように、それは精神的に俺にとって必要な者。それが彼女なので、俺はそんな彼女が悲しむのを見たくはないし、俺は俺の定義が彼女を基準になっているのでならつまり俺は死ぬ気になれない。
それがラグと言う男の結論となるのだ。
一切が彼女に依存した由来。一切も彼女以外を基準としない破綻人形。一切を彼女に求める破滅的な波状。それは人として生きるにすれば欠点で欠点にして欠点過ぎるし、言うならば俺は彼女に使われる剣のようなモノでしかなく、故に自己の破滅を容易に容認する。
怪物的で化物的で人形的で傀儡的。俺はそれを自覚しているので俺自身はそれを異常だと自覚出来ない。今こうして語っていることを異常であると理解できない。生まれる前からそれであると付けられた首輪のような制約は、俺を彼女に遣えるための無差別な拘束。
これを破る時は恐らく俺が死ぬ時なのだろう。だから今はそれに巻かれる
ように、
「俺は生きて帰ってくるから、問題ないよ」
告げると同時、俺は奇妙な感覚に襲われる。
まるで、ここで、俺が勝てば、何か、致命的なモノが、顕現するような、感覚。
絶対的な、何かが、俺の制約を、殺していくような、そんな、感覚。
彼女を基準として、組み上げられた、ラグと言う、そんな男の、定義が、消えて行く、そんな、感覚。
俺はほんとにここから進んでいいのか? 闇が浸食していくように、彼女のーーーミルの顔が暗く染まっていって見える。それは俺だけの錯覚か?
いや錯覚ではないだろならこの不安は本物として彼女はどこへ消えるんだ不安が拭いきれない世界が彼女を遠くに連れ去ってしまうような俺から彼女が遠くに離れていってしまうような冥土まで堕ちきってしまうような彼女の彼女を彼女が彼女で彼女に彼女を彼女は彼女へ彼女から彼女が彼女として彼女
「大丈夫かしら?」
その言葉で意識が引き戻される。先程まで確かに存在した闇のような物が彼女から離れており、彼女は確かにそこにいた。
本当に、夢のように。
「……っ! っーーー!!」
気持ち悪い。喉の奥に指を突っ込まれている、と言った生易しいものじゃなく、言うならそれは頭を割り直接脳みそをかき混ぜられているような感覚だ。
「……ね、ねぇ、ほんとに、大丈夫かしら? すごく顔色悪いわよ? 少しだけ休んだら……? ……ねぇ、ねぇ! 大丈夫!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫だ」
ほんとは大丈夫ではない。大丈夫なわけないが、その痛みを、気持ち悪さを振り払って立ち上がる。一瞬視界が霞んでふらりとしたが問題にはならない。意識を切り替えていく。不安を無理矢理拭い去って、戦闘のモードに意識を切り替えることで無理矢理体調を整え、軽く体を動かし十分だと呟き、ミルから目を逸らすようにして俺は足を進めていくことにした。
後ろから視線を感じる。感覚が鋭敏化しているのか、気配で泣き出しそうな状態であることを理解し、それは止めてほしいなぁ、と口の中で言葉を転がし、後ろ髪を引かれるが振り返ることなく進んでいくことにした。
「……ねぇ」
問いかけるような声に、俺は足を進めながら答える。
「なんだ」
自分でもそっけないと感じつつ、今後ろを向けば決心が崩れるだろうという確信があったのでそのまま返した。これでいいのか、いいや、これでいいのだ。自問に自答を返し、次の言葉はなんだろう、と半分期待のような気持ちで待つ。歩みが緩やかになっていると言うのは自分でもわかった。
ーーーまるで決別。
そんな考えに、そうかもしれないな、と返し、それは浅くだが確かに息を吸い込んだ。
その直後に、彼女が叫ぶように。悲鳴のような声で、泣いているように、俺に問い掛けた。
「あなたはーーー本当に帰ってくるの!?」
その問いに答えるのは難しいだろう、と思う。俺が帰ってきても彼女がいる確証はないし、彼女がいても俺が彼女という確信はない。不慮の事態があれば人間は容易に死ぬ。それは如何に素質に優れていようと、俺も例外ではない。
だんだんと心が冷えていく。火の炉の熱が消えていくような。拠り所にしていたものが消え去ったかのような、休息を赦す篝火が無くなったような。
俺に止まることなく、進むべき場所へと突き進め、そんな風に促すような。
なんて。戯言に過ぎないのかもしれないけど。
問いには答えない。一直線でストーリーを終えるまで、それは人生のゴールに辿り着くまで俺が止まれるのかが定かでないから。
バリケードを抜ける。その先には濃密な死界が広がっていて、この先に行けば後戻りできないと忠告しているような、そんな闇だった。そこを一切の躊躇なく抜けていく。
先ほど進んだはずの道なのに、先ほどと空気が違って見えるのは、俺が先ほどと違い疑うように森について見ているからか。それとも普通に森の全域が死んでいるからだろうか? それはどっちだっていい。
「はぁ……」
上空から砲弾が落ちるように地面に激突する黒いそれ。丸まったからだを上空で開き、その姿が暴かれーーー
「おはよう、それかこんにちわ、もしくはこんばんわーーーお休みの時間だぜクソ野郎」
相対する。その体に鱗はない。毛皮ーーー肉質は柔らかであると見た。刃は通る。ならば殺せる。
剣を右手に持った。左手は柄に添えるようにする。剣技など当然知らず、そして俺は今回が初戦ーーー命を懸けた勝負はこれが初めてになり、つまり殺しについて自分は長けていない。
行儀のいい喧嘩の経験、そして素質しか頼る物のない戦いだ。
「それでもいいさ」
此よりは凄惨な殺し合い。実力と素質が殴り合う運と言う概念が存在しない戦い。
実際ここから先に奇跡の介在はあり得ないだろう。あるのは不確定な自分勝手のイレギュラー。それは自分の敵にはなりえど味方にはなり得ない。
圧倒的不利。端から見れば俺の負けが確定しているだろう。殺しに慣れた人間に自力で勝る化物と、殺し合い初の人間。だがその道理を蹴り飛ばして蹴り殺して殴り潰して勝ち取るのが俺だ。
「そんじゃー、遣りますか」
気の抜けた俺の言葉に、死を幻視する叫びを轟かせラージャンは戦闘状態へ移行した。
サブタイにいちいち意味はありません。と言うか初めて一話一万文字書いたよ……