神様頼りはまだ先とおく   作:moti-

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ジーニアス

 ラージャンと言うモンスターの恐ろしいところは何か?

 

 それは勿論獰猛な気性、それに付随する常識外の威力の苛烈な拳だろう。なら何故拳が強いのか? 小柄な体格だが、並みの竜を凪ぎ払う程の能力を持つ敵。小柄で、何故攻撃が強い?

 

 それは単純に内包する筋肉の量、そしてそれを利用した尋常ではない行動速度が原因だ。

 

 当然だが速度は威力に関係する。拳を振る速度、それが上がれば必然的に拳の威力は激増する。単純な比例関係ではないのだ。故にラージャンと言うモンスターは強い。

 

 そしてもっと言うなら攻撃の厄介さが問題になってもくる。

 

 筋肉を完全に本能で統率する化物、そいつは皮、毛の下にある筋肉が一挙駆動ごとに酷く盛り上がっている。そこから推測するに、このラージャンと言う生き物は体が殆ど筋肉で出来ていると言う可能性が高い。

 

 力を解放することで砲弾のように跳躍出来るラージャンは、反応が難しい速度でその体を前へと跳ね飛ばし体当たりを仕掛けてくる。動きのリズムが特異ーーー独特のそいつは、こちらに攻撃させる隙を与えてくれない。決めたと言える一撃を叩き込むことすら難しいのだ。

 

 統括して、ラージャンと言う生き物は対処が難しい。突然現れて、いろいろな物を荒らしていくような、言うならば嵐のような、つまり天災と呼べる怪物。

 

 さて、そんな生物と相対している俺の現状と言うと、

 

 

 ◇

 

 

 跳躍を見る。それは俺を精密に狙っているーーーそれ故に走れば回避出来る。走り、二度の着弾で推力を失ったのを確認して、距離を詰めて一撃を叩きつけた。

 

 肉を切る感触と、奥の固い筋肉を無理矢理引きちぎるような感覚。与えた傷はけれど筋肉に阻まれていたようでダメージが見えない。最悪痒いとさえ感じていないかもしれない。

 

「くっそ面倒だなぁ……!」

 

 既に少し再生を始めている傷を見る。出血は多少、掠り傷程度には見えたのでこのまま切り続けて出血での死を狙うか、疲労のタイミングを見て回復が追い付かないほどのダメージを与えるか。前者も後者もどちらも回避を続ける必要がある、と言うのが前提に組み込まれる。そして同時にそれは自らのスタミナも念頭に入れておく必要があるのだ。

 

 厳しい、と言うより面倒な部類に近い。

 

 気が狂っている相手の攻撃を捌くだけなら余裕なのだ。しかしそこに攻撃のアクションを入れると、その難易度は跳ね上がる。そもそも抜刀、攻撃、納刀のスリーアクションは意外に隙を作るもので、戦闘の難易度を上げているのはそれが原因に等しい。

 

 基本的に俺は行儀良く戦える部類じゃないが、手持ちにアイテムも何もないのでは小細工のしようもない。と言えば現状ほんとになんにもないと言える装備の貧弱さなのははっきり言って笑うしかない。

 

 防具すらないのは流石に不味い。ポーチには給水用のビンしかないので現状一撃をもらえば死ぬかな、と言った計算だ。だがそれは逆説的に、

 

「当たらなければどうと言うことはない……!」

 

 左、右、左、右、と言った形のステップを挽かれないように回避する。当たれば跳ね飛ばされるだろう。しかし避ければ少し距離が発生した。この攻撃は距離を離されるのが面倒である、と頭に叩き込みつつ距離を詰めるため走り、反転してこちらを振り向くラージャンの動作に注目する。

 

 両腕を地面に押し付け、顔を突き出したラージャンが大きく口を開く。おいおいマジかよ、となりながらとっさに右斜め前に大きく体を投げ捨てるようにして放り出すと、ラージャンはその口から極太のビームを撃ち出した。

 

 一直線なので自身に影響は無い、だが一直線と言うことはどこまで伸びたのか、と言う疑問に一瞬だけブレスが向かった方向に目を向ける。

 

 ーーー大きくその地形が抉れていた。

 

「うそだろお前……」

 

 これは本格的に当たったら消し飛ぶな、と感じラージャンへ目を戻すと、少し硬直している様子だった。

 

 まだ確証は持てないが、あのビームの後は隙が出来るのではないか? 停止と言うには時間的に少な過ぎるが、数刹那は稼げる可能性は高いだろう。ならばこのブレスは攻撃チャンスになる。

 

 そもそもたぶんだがブレスの間は長い硬直時間になると思われる。故にブレスを放つ場合可能なら肉薄するべきだ。

 

 ともあれ次の動作を待つ。まずモンスターの動きを観察することが戦闘においては大事になってくる。本来ならば事前に情報を仕入れ、数時間の観察の後勝負を挑む物なのだが、それは今回のような突発的な事態には当てはまってはくれない、それ故に戦闘中の観察を強いられていた。

 

 跳躍。叩き付けられるのは二度。直後に隙が生まれるので走り、一撃を叩き込む。この流れで進めよう。

 大まかな範囲を確認したので、確実に当たらない位置取りを取る。走り、攻撃を回避、バウンドして勢いを殺したラージャンの右側から大剣を肩に担ぎ力を練り上げ、中途半端な程度でそれを止め大剣を叩き付ける。ローグレギオンの切れ味は抜群と呼んで差し支えなく、容易くその刃は足へと通った。

 

 けれどそれが効いている様子はない。この戦い、正直に厳しいかと思う。しっかりと攻撃をさしこめるタイミングーーーそれを悟ることすら難しい相手、それは非常に厄介だ。

 

 ラージャンが両手を広げ万歳のポーズを取り、そのままそれを地面に叩き落とす。衝撃が地面を揺らし、俺の体勢は崩され、それは致命的な隙となった。

 

 そのままラージャンは地面を砕くほど足に力を籠め、こちらへと勢いよく突進してくる。酷い勢いだ。回避する間もありはしない。そんなことを考えていられる理由は単純で、運良く頭上をラージャンが通り過ぎて行ったからだ。無理矢理体を倒すことで間一髪ーーーほんとにそれほどギリギリで攻撃を回避する。

 

 さて、次の攻撃は? ラージャンは一度後ろ足を上げ、直後のバックステップでこちらを挽きに掛かってきた。しかしこれは間合いを推察できている。着地予想地点でローグレギオンを既に構えておき、そのまま力を籠めて降り下ろした。

 

「ジャスト……!」

 

 その地点にラージャンが軌跡に割り込むようにして入り、ローグレギオンの空気を裂く一閃がその胴体を切りつける。重い手応えを感じつつ大剣に体重を掛け引っ掛かりをぶった切り、しかし出血は酷く微量な物だった。

 

 酷く時間が緩やかに感じられる。それはきっと極限の集中状態にたどり着いた、と言うことなのだろう。俺はその世界の中でラージャンの叩き付けを緩慢に思える動きで回避する。自らの動きすら遅い。その域の中で完全に間合いを計り、最短の距離で攻撃に移る。

 

 大剣を肩に担ぐようにしてほんの少し力を溜め、強い踏み込みと共に大剣を叩き落とす。あまり力が入っていない。効いていないだろう、そう考えるが大剣を背に移し万全の体制を取り戻す。

 

 欲張ることは死に直結する。特に俺の場合は一撃を貰うだけでも相当危ないので、冒険してはいけないのだ。

 

 ーーーそう、遅延の中、唯一等速で動く頭で考える。

 

 確実に殺しきる。それをするには頭を潰したい。俺の筋力ならば可能だろう。しかしそれは力を溜める時間を作ることが出来たら、と言う前提があるのだ。しかもそれはあくまで殺せるであろう、と言うたられば、机上論の領域である。ならばどうするべきが最適か?

 

 確実に数発叩き込めるほどの隙を作ることだ。

 

 見ればラージャンの足は非常に細い。あの巨体を支えるにはあの細さでは難しいだろう。筋力で無理矢理立っているような物だ。ならば作るまでもなくそこに綻びがある。殴って切っていけば確実に大きく体制を崩すことができる、と言うことだ。

 

 このまま行けば順調に殺せる。ルートは編めた。それに忠実に沿って行けば、

 

「ラージャンは、殺せるーーー!」

 

 攻略出来る。故に後を考えず全力……そう、全力で対峙した。

 

 距離を取られ、ブレス。それを単純な横ステップで避け、近付いて抜刀から体を時計回りに回転させ凪ぎ払い。体の右側に反動でやってきたローグレギオンの刃を下に向け、右脇付近で固定しその状態で力を溜めつつ移動する。この方法自体は大剣を手に取った時から思い付いていたーーーけれど、こうしてぶっつけ本番でやってみればこれは存外に神経をすり減らす物だ。

 

 大剣に力を溜めつつ移動、と言う器用な動きをするだけでも意識を二つの部分に分散させる必要があるのに、流石にこれで相手に注意を払うのは難しい。

 

 故に速攻で力を解放する。下から切り上げるようにして振られた大剣は力が籠っておらず、傷を付けることすら不可能だった。

 

 まあそれも打撲のような物である、と信じたいなぁ。そんなことを思考しつつ剣を背に仕舞う。ラージャンの動きは戦っている内に高揚しているのか、段々とキレが増していく。戦闘中に強くなるとかどこの英雄だよ! 半分キレつつそう叫びかけるが俺も英雄の素質あるんだったと思い返し言葉を飲み込んだ。

 

 いや、こいつは英雄だなんてそんな易しい存在ではない。こいつは言うならば戦闘機械だ。戦闘しているだけで学習し、戦闘力を跳ね上げていくのだから。

 

 現にこいつは学習している素振りを見せる。跳躍後の隙が大きいと思えばフェイントで殴りに掛かってきたのだから。そしてバックステップを俺から距離を取る以外で使ってきていない。先ほどクリーンヒットしたことから学んだのだろう。

 

 厄介だが、パターンが変わったとして俺は新しく出来たパターンに対応するだけなので時間が掛かるだけであまり絶望感はない。強いて言うとしたらスタミナの不安がある、と言ったところか。

「ふぅ……」

 

 どちらから、と言うわけでもなく距離を取る。そこから現れるのは硬直。

 

 先に動いた方が死ぬ、だなんて世迷事は言わない。単純に俺のスタイルが避けて暴いて予測して殺すと言う方向に向かっているのが俺が動かない原因で、相手がそれを警戒して動かないと言うのが真実だ。気狂いの癖によく頭が働く。しかしそこまで考える必要は実はなく、単純にこの森から出ていけば済む話でしかない。それに考えが向かないと言うのはやはり獣。

 

 そして獣故に豪胆で大胆だ。距離ができている現在でこちらに向かってブレスを放つ。多少の攻撃をもらうことについては諦めたのか。しかしその間に距離は詰められる。全身の筋肉を使って人間と言う生物が可能としている最高に近い速度で刹那の単位で距離を詰め、そして抜刀しつつ体を捻り瞬間的に最高力まで力を繰り上げる。足が地面を滑るようにして竜車程の速度で進み続け、それ故に速度が増した一撃がラージャンの後ろ足めがけて落ちる。

 

 これ以上ないほどの会心の一撃。肉を抉る剣は完全で完璧にーーー弱い飛竜なら首を落とすことさえ可能なほどの威力を伴ってその足に振り下ろされる。

 

 

 その瞬間、硬直で動けぬ筈のラージャンが金色を伴い瞬間で後退した。

 

 

 地面に落ちる剣。それは大きく数十メートル先の地面まで亀裂を残し、しかしラージャンには届かない。

 

 地面にめり込んだ大剣はそれほど強い威力だったのか刃が欠け、切れ味は鈍にすら劣るだろう。引き抜いて腕に当て、勢いよく皮膚の上を滑らせる。しかしそれは肉に食い込むこともせず、皮膚に小さい裂けを残しただけだった。

 

 こんな剣、草食竜にすら通りはしない。つまり戦況は絶望的で、俺は最高の勝機を逃してしまったと言うことだ。あの一撃がラージャンに通れば足を潰し、殺すことが可能だっただろう。

 

 今のブレスは誘いか。これはそれを読めなかった俺が悪い。

 

 そしてあちらを見るにどうやら万全の状態のようだ。金色は症気を帯び、先ほどが一割に満たない力だったことを悟る。

 

 向こうは万全。こちらは武器が無く、そして無理な駆動で足を崩した。弱体していることは明白。

 

「おーっと? これはラグ君だぁいピンチのよかーん?」

 

 まあ、巻き返す手はある。ローグレギオンを抜刀したまま片手で持ち、俺はその刃先を地面に滑らせた。

 

 

 ◇

 

 

 ああ、あなたはどうして戦うの?

 

 それは俺が戦いに適した人間だから、と言う理由ではいけないのだろうか?

 

 ああ、そんなにボロボロになってまであなたはどうして戦うの?

 

 何を言っているのか? 俺の体は動く。傷なんて何処にもないだろう?

 

 ああ、あなたは、あなたは、あなたはーーー……

 

 

 消え入るような声だった。意識が消えるように霞んでいくその声は酷く聞き覚えのある物だった。

 

 けれど、あれ。どこで聞いたんだったか?

 

 聞き覚えのある/ない。どっちだっただろうか?

 

 ん? あれ? 今、俺の意識は朦朧か?

 

 暗闇が晴れるようにして世界が開ける。そこにあったのは見覚えのある場所だった。

 

 階段が開けて行く。俺をどこかへと連れていく階段だった。それは確かに、今朝辺りに見覚えがあるような気がする。

 

「……ああ」

 

 そこから降りてきたそれが看板を持っていた。確かに一度見た光景。だから俺は今朝と同じようにその看板の文字を読む。

 

 そして、今朝と違い明確に俺はその階段を上がるべきなのだろう。だって、俺がここにいると言うことは、

 

 それはつまり、俺が死んだと言うことなのだからーーー

 

「ーーーああ、そうか」

 

 体を見下ろす。

 

 その腹は、まるで殴り潰されたかのように周囲に赤を散らしてへこんでいた。

 

 寸前まで何があったのかを記憶を開いて思い出す。

 

 怒り状態に入ったラージャンは先ほどまで戦えていたことが嘘のように強かった。

 

 攻撃の苛烈さが増した。全体的に戦力が低下している俺ではそれを捌き切れなかった。だから腹に一撃をもらって、そうして死んだ、ただそれだけ。

 

 真の化物と言うのはあいつのことなのだろう。理不尽すぎる。あんな存在にだれが敵うと言うんだろうか?

 

 先ほどの問いを思い出す。俺は確かに、言葉通りに既にボロボロだったようだ。

 

 声の主が誰かは知らない。俺が生んだただの幻聴かもしれない。声がミルに似ていたと言うことは無意識に彼女を考えていたと言うことかもしれないが、どうだろう。

 どうでもいいことだ。なら、そろそろ階段を上がろう。

 

 一歩足を踏み出す。俺は案外死んだことを受け入れられているようだ。自分のことなんて、自分が一番わからない。だから他人を見るように、自分を俯瞰して見る。

 

 一歩目の次からは軽快だった。たん、たん、たん。そんな擬音が似合うほど軽やかに俺は上へ進んでいく。

 

 上へ、上へ、上へ、上へ、上へ。

 

 しばらく進んでやっと着いたそこには、何か、黒が在った。

 

「ーーーふふ、はじめまして」

 

「……ああ、はじめまして」

 

 黒には一つ、そこに良く映える【白】の姿がある。

 

 俺は彼女を知っていた。故にこちらから声を掛ける。

 

「やぁ、乙女。少女の方がいいかい?」

 

「いいえ、英雄。わたしにはどちらも似合わないわ……ええ。私のことは、そうね。怪物とでも呼んでちょうだい」

 

「ま、ここだけの縁にも思えるがな」

 

「ええ、その通りここだけの縁よ。時間軸が合わないもの。過去の人間とは一緒に居てはいけないの」

 

 そうか、と返し俺は少女を見る。

 

 全体としてーーー白い。彼女は白の概念と呼んでもいいほど白だった。

 

 銀だなんてあり得ない。彼女は白。白以外で表すことが出来ない白。

 

「ろ抜きで死、か。面白いな、白ってのは」

 

「死は白じゃないわ。白は死でも、それはイコールになり得ないわね」

 

「そうだな。白からろを抜けば無情の黒しか残らない」

 

「死はイコールで黒だから」

 

 その言葉で会話を終え、俺は彼女からの言葉を待つ。俺はここに呼ばれた、そんなような気がするのだ。

 

 彼女が呼んだ。俺が応じた。

 

 一行で済む俺たちの関係。ただそれだけの深くなく、けれど浅くない関係だ。

 

「それじゃ、問答を始めましょう」

 

 彼女がそう言った。

 

 俺はそれに応じた。

 

 

 ◇

 

 

「あなたはどうして戦うの?」

 

「俺が俺だから戦うんだよ」

 

「あなたの定義するあなたとはいったいどんなあなた?」

 

「俺が定義する俺は俺が作った俺を形作るキャラクターだ」

 

「あなたにとってあなたとは?」

 

「俺を動かす機械だ」

 

「あなたにとって英雄とは?」

 

「どれをどれだけ取り繕っても英雄ってのは決まって人殺しに過ぎない」

 

「あなたは自分をなんだと考えている?」

 

「幾億と存在する世界の部品」

 

「あなたは自分を狂っていると思ったことは?」

 

「狂ってる人間は自分のことを狂っていると思えないらしいな」

 

「自分に欠けている物は?」

 

「良く人間性だって言われるよ」

 

「あなたが親に抱いている思いは?」

 

「そんなの決まってる」

 

 

「生まれてきて、ごめんなさい、だ」

 

 

「あなたは自分の名前の意味に気付いていますか?」

 

「当然。親がどう考えていようと俺に課された世界からのそれは俺に世界の諸々を押し付ける物だ」

 

「あなたが今ここに存在している理由を知っていますか?」

 

「元々存在しないキャラクターが白紙になった世界で意思を持った結果生まれた突然変異体、或いは続編的主人公」

 

 

「では、あなたからして主人公とは?」

 

「最悪で最低な呪いだよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 自分を主人公と思っている人間に未来は厳しい。だがそれは本物の主人公体質でない人間に対しての前提だ。

 

 主人公体質は否応なく持ち主を事件へと巻き込んでいく。それは周囲も例外ではない。存在的な端迷惑。

 

 だからこれは呪いだ。持ち主を人格的に破綻させていく最悪な呪いで呪いだ。

 

「なんだ、そこまでわかってるんじゃない」

 

 怪物は言う。恨むならどっかにいる犯人を恨め、と。

 

「恨まねえし恨めねぇ。憎む気はねぇし、せっかく自覚して受け止めたんだから俺はこれと向き合っていくよ」

 

「あらあら。じゃあ、気付いていたの?」

 

「気づかねぇはずがねぇだろ。たまたま周りにまともな人間が多かったってだけだ。まともじゃねぇ人間はわかる」

 

 そのまともじゃない相手にどうしようもなく惹かれている辺り、俺はほんとにどうしようもない。

 

 まあ、俺はそういう人間さ。だから帰ろう。行くべき場所に。

 

「……あは。ふふ。くふふ。じゃあ、わたしもせっかくだし、あなたを応援してあげようかしら」

 怪物はそう言ってこちらへと寄ってくる。俺はそれを受け止めるようにしてそのまま停止した。背後に手を回され、怪物が足先を伸ばす。俺が少し屈み、そうして唇同士が触れた。

 

 一瞬だけの交錯。本来あり得ない接触。そして、怪物はすべて報われたとでも言いたげな表情でこちらの手をとる。

 

「わたしとあなたは今はこれでさよなら。英雄さん、救うべき子を救ってあげてね。物語が休みになったらまた会いましょう?」

 

 あの子をよろしくね、と言い残し。

 

 その怪物は霞み、消えていった。

 

「……それじゃ、俺も頑張らねぇとな」

 

 階段を降りる。いや、こんなことをしなくてもいい。そのまま階段の端まで行き、そうしてそこへと体を投げる。

 

 次に意識が覚める時はここじゃない。

 

「さよならーーー石碑に眠れ、怪物少女」

 

 そう告げ、俺は落ちて行く。

 

 夢の中。俺の定義が変わってく。

 

 

 ◇

 

 

 目覚めればそこは決戦地だ。こちらから少し離れた場所にラージャンが居る。金色のままだ。いや、僅かに変わっている。あれほど症気が強かったか?

 

 そしてラージャンの瞳には知性が見える。どうやらまたパワーアップしたらしい。いや、病気を克服した、と言うべきか?

 

 まあどちらにせよ、もう奴については敵ではない。

 

 腕を回す。背のローグレギオンは使い物にならない。しかしそれはしばらくの間、と言う注釈が付く。

 

 ローグレギオンは切れ味回復の特性がある。抜刀した状態でしばらく行動していれば研磨が終わるだろう。

 

 しかしそれはしばらく掛かるうえ、抜刀している必要があり、更に切れ味が回復するまで素手でやり過ごす必要がある。

 

 だから、時間が掛かる。

 

「精々急げローグレギオン。その前に俺が素手で殺すかもしれんぞ?」

 

 ラージャンが地面から岩盤を掘り上げる。それを踏み込みつつ左手を振り抜くことで力任せに殴り壊した。

 

 元々俺は怪力だ。ローグレギオンを脱力した状態で片手で持てる人間の全力は、絶望的な状況故にリミッターと言うべき物が解除された全力は岩盤程度容易に砕く。

 

 踏み込んだ地面を見れば蜘蛛の巣状に大地が割れていた。足場の問題もあるのか。全力を出せば割れる足場、面倒な物だ。

 

 まあいい、踏み込んだ勢いのまま前進する。先ほどまでを超越する速度は人間を越えた領域の物だ。龍のような速度と言ってもいい。

 

 そもそもこの世界、意外にファンタジーが紛れているものだ。物理法則を無視しない純粋な生物が多いが一部の古龍は平然とそれを無視してくるものもいる。故に、見た目あり得ない動きでも俺はやってのけるのだ。

 

「全力全壊ぃ……っ!」

 

 鈍と化したローグレギオンの腹でラージャンを殴り飛ばす。数十メートルを吹き飛んで行くラージャンが飛んだ先に高速で前転して切れ味を研磨させ強引に回復させ、そのまま回転し凪ぎ払うようにしてラージャンを切り裂く。

 

 重い肉に速度が乗り、全力で無ければ腕が折れるのでは、と思うほどに重質なラージャンを野球のように、肉に食い込んだ剣ごと投げ彼方へ吹き飛ばした。

 

「ホームラン、からのぉぉぉおおおおおおおっ!!」

 

 そのまま地面を蹴りラージャンの行く先に回り込みつつ全力で飛んでくるラージャンを下方へ殴りつけ、そのままラージャンが凄まじい速度で墜落する。それはまるで隕石が落下したかのようで、大きくクレーターが地面に出来上がった。

 

 そしてそのまま空中を蹴り、ラージャンがやったように砲弾のような形で地面のラージャンへ突貫。空中で前方に半回転し、足を伸ばしそのままの勢いでラージャンに踵落としが入った。それはそのままラージャンの体を刀を通したように分断し、その裂け目から血が一拍遅れて噴き出す。

 

 

「ああーーーあれだ、俺自身が刀となることだ、的な?」

 

 

 地面の崩壊に合わせるようにして呟いた言葉に応えるように、地形一帯が爆散することで決着を伝えていた。

 

 

 ◇

 

 

 はあ、と大きく溜め息を吐く。腹の傷は既に修復されていた。人知を越えたその回復速度に、一瞬遂に人間をやめたのかと考え、これが怪物の加護の効果だ、と思い至る。

 

 なら正面から殴り合うのもありかもしれないな、だなんて思いつつ、尋常ではない自分の能力もそいつが影響を及ぼしているのかもしれない可能性を考察する。そして出た答えはベースのステータスにn乗してるだけなんじゃないか、と言うものだった。

 

 まあ、その真偽は舞台に一時中断、前編終了の幕を下ろしてからでいいのだ。俺はそうして吐息をする。ちょっとこれ、加護無かったら厳しくね? と言うクラスの事態に気付いてしまったからだ。

 

 ラージャンは確かに強かった。だがあいつは範囲攻撃を持っていなかったのだ。それが何を意味するのだろうか? それは、森の中の消失現象。それの犯人は別にいるのではないか、と言う結論。

 

 だとしたら犯人は誰になるのだ? 非常に獰猛で、魔境のこの地を削れるやつがいるとしたら、そいつの正体は?

 

 可能性的には幾つか存在する。古龍か、それかもう一つ。

 

 子供でも知っている超獰猛生物。自らの尻尾すら喰らう最狂生物。そいつの名は。

 

「イビルジョー……」

 

 これが俺の考え過ぎならいい。ただ、もしほんとにそうであったら、そいつはどこへ行く? 生物のあるところだ。なら最終的にはどこへ辿り着く?

 

 それは人が居る村だろう。

 

 ならば。考え過ぎでも捜索するべきだ。そう考え、俺は跳躍し、

 

 

 その数瞬後にそこを龍属性の赤黒いブレスが通り抜けた。

 

 

「ーーーっ!」

 

 空中で無理矢理体勢を立て直し、空中を蹴るようにして空を移動する。ブレスを完全に回避し終え、地面へと戻ると、奥から尋常でない症気を漂わせたそれが現れた。

 

 ラージャンの比でない甚大な症気。それを宿した主は、飢餓故か体が赤黒に染まっている。顔面から龍属性のエネルギーを放出し、両脚と顔面から更に紫の症気とは別のもやを放っていた。

 

 ラージャンよりもおぞましい。

 

 龍すら喰らう最狂の竜は、獲物に歓喜の叫びを上げる。




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