その一撃は地を砕く。
その一撃は命を砕く。
その一撃はすべてを砕く。
一切の区別無く全ての生命をまとめ喰らって殺していく。そんな部類の最悪クラスの化物。それが名をイビルジョー。
その皮膚は通常種とは違い赤く血のように染まっている。その口から溢れるのは今日一日で嫌と言うほど見た症気と赤の龍属性エネルギー。
両脚と顔面を覆うのは黒い靄だ。そこが閃いたと思えば瞬間で地面が砕かれる。筋肉が異常稼働しているのか。
顔面はそれと同時に激しく龍属性エネルギーを放出している。あれは完全に属性を遮断しているだろう。まあ、もとより属性武器ではない。それに関しての問題はない、と言ったところか。
そしてその姿を見て総評するなら悪鬼。修羅の領域も越えた、それすらも容易に喰らうだろう鬼。
「最悪だよほんとに……」
こちらの武器はラージャンに埋まったまま。あんな敵にまともにそれが通用するかも疑問だ。勝てる可能性が迷子になっている。こんな敵に挑む馬鹿がどこにいるのだろうか? そう呟き、
刹那で加速し殴りつける。
大馬鹿者はここだ。来いよ、そして乞えよ。
「ーーー新世紀的で新時代的な殺戮の天使で俺がここに居てやるよ」
焼け焦げた地面に立ち、不利を悟りつつ不敵に笑う。
それは最高に格好いいだろ?
括弧なんて付けない。確固足る自我を持って最低で最悪な英雄が正面切って殴り込む。
◇
「ーーーあれ、ほんとに人間とか言う領域で済ませていい話なのかしら? いえ、まぁ、あのキチガイの前例もありますし、別に問題は無いでしょうけど……」
あのキチガイよりは前置きの段階で時間を使っているので問題はない。あのキチガイはほんとに何がキチガイかって言うとオオナズチを瞬殺したりイビルジョー(まぁ現在彼と戦っている個体よりは明確に弱いが)を瞬殺したりする変態だ。しかもナズチに至っては素手である。化物とかそう言う問題じゃない。
今の彼にもそれは当てはまるが。
「というか、この村ほんとにどうなってるのかしらね。ああ、分かった。白紙化した世界のせいね。あのキチガイはほんとに余計なことしかしない……!」
ガツンッ!! と頭部に殴られたような衝撃がやってきた。これはあのキチガイの仕業ね、と彼女は静かに呟くと頭を押さえる。
「ん……これ地味に痛い……? 次元干渉とかあのキチガイほんとにさらっと何してるの? 馬鹿なのかしら? 死ぬの? 死ね」
二発目は無し。まあ死ね程度なら日常的に呟いてるから問題はない。別世界に存在するかみったーの彼女のアカウントの発言の八割は死ねである。ツイート数は新参なので一万も無い程度だがアカウントを見れば死ねの二文字が延々と続いている光景は彼女の密やかな狂気が覗けた。
「まあ、あのキチガイが無差別にプロットを破棄したおかげで彼が生まれたんだからそこだけは許してあげるわ」
全くわたしを惚れさせるなんて、と呟きつつ彼女は彼に視点を向ける。
惚れた、と言う言葉を彼に伝えることはない。自分の分身とでも言うべき女が彼には既に心に居る。そこに入り込む余地はお母さん枠でしかないのだ。
だから彼女は何も言わない。彼に伝える言葉はシナリオの内に無いと知っているから。
天上から見下ろす世界。英雄はそこで拳を今も振るっている。加護も無く、先天的な素質を活かして。
彼女は彼に干渉していない。軽い唇のみでの接触。それがもし彼の能力を呼び起こすきっかけになったとしてもそれは彼女に向けた感情が基ではない。
彼は単純に彼女に少女を幻視しただけ。それって凄く辛いことだよなぁと彼女は呟きつつ、
「まあそれはそれとしてあのキチガイ何やってんだ死ね」
そう言って英雄から目を離した。
結末はどうせ決まっている。
英雄に竜が、龍が敵うわけがないのだから。
◇
跳躍落下。
『グラァアアァアアアアアッ!!』
その音の振動ですら地面が砕けていく。肉体も同様にして音の圧が肉を潰すがそれを瞬間で再生しつつ股下へ入り込み腹部を蹴りあげる。
数十メートル上空へ吹き飛ばされながらもイビルジョーはそのまま空気を蹴り空中で体の軸をずらす。
飛び上がりそれに追い付き、そのまま力任せに殴りつければ地面へ墜落したイビルジョーの体を起点にしエリアが丸ごと一つ消し飛ぶ。
戦争のような有り様だ。地図が書き変わるだろうほどの規模を引き起こしているのは人型と異常個体のイビルジョー。端から見れば信じられないだろう光景は確定して俺の有利で進んでいた。
そもそも機動力からして違うこちらは相手より速く動け、多少なら空中も移動できるのだ。最早人間の皮を被った何かに成り果てているような感覚もあるのだが、それはまあいいとして。
つまりこの勝負は一方的に攻撃出来てしまうこちらの勝利が揺るがない。制約も無く自由に殴り込めるラグと言う一個人の全力がこれだ。
イビルジョーが地面を踏み慣らす。その衝撃で地面がめくり上がり、内側から剥がれるように崩壊していく。
空中から踵を叩き込みその崩壊していく地面にその体を縫いとめ、背中に着地し足元の肉を殴り付ける。金属より固い、ローグレギオンの刃が通らないだろうほどの硬度を力任せに殴り砕いた。その衝撃でまた粉塵が巻き上がる。
地面がまた爆散した。
粉塵拡散。
『ァァアァアアアアアアアアアッ!!』
うるせぇ。
半分キレつつ音の圧を正面から殴り空気を殺して進んでいく。音と言うのは空気の振動故に空気が消えれば音は伝わらない。容易。そう、容易な対処方だ。
人間の聴域以下を延々と浴びせられている、などなら俺もそれに気付けないかもしれないがこの程度、大きいだけでありつまり単純。正面から回避が出来る。
懐に入り込めばその場を回転し巨大な尻尾で凪ぎ払いに掛かってくる。下から殴ることで尻尾を上に跳ね上げ、そうして尻尾から大きく吹っ飛んだイビルジョーの顔面付近へ近付き、
掴み、
回り、廻り、回り、
ハンマー投げの要領で大きく空中へ投げ飛ばす。
掴んでいた牙が折れ、取れ、唾液の酸が手の皮を少しずつ溶かしている、うん、汚い。適当に地面を掴み上げ、その土で唾液を拭った。
どこか別のエリアまで吹き飛んでいったイビルジョーは姿を表さない。これはこちらから向かった方がいいようだ。
そう考え、俺は一息で上空へと体を跳ね上げた。
◇
『デカいにゃー!』
『大きいにゃー!』
『こわいにゃー!』
『野獣にゃー!』
『先輩にゃー!』
『アイスティーしかないにゃー!!』
やめろ。
イビルジョーが吹き飛んで行った先はアイルーたちの溜まり場だったようだ。イビルジョーのまわりにアイルーたちが並んでいる。
『ん? 其処の我等が主人殿、こやつめに何か用でございますかにゃー?』
「……、いや、そいつ、死んでるか?」
『ばっちり心臓止まってますにゃー。ま、念を入れて頭を切り落とすべきのようにゃ気もしなくもないのですがにゃ』
「じゃあ切る」
頭に指を当て肉に食い込ませていく。そういえばローグレギオン置いてきたな、と思うと同時にイビルジョーの肉がパキンと音をたてて千切れた。パキンってなんだパキンって。肉の音じゃねぇ。
「ところでお前らは何者なんだ?」
ふとした疑問。この領域に住むアイルーなど姿を保っている方が難しいだろう。それほどまでに龍脈の影響は強い。
ならこのアイルーたちは何者だ? それは長であると思われる、先ほど俺に話しかけてきたアイルーが答えてくれた。
『森の外の人間からは【絶望より絶望らしい絶望】ーーー二つ名で【銃裏憂羅】、まー津々浦々の種族の種族と言われてるにゃ。種族と言ってはおりますがにゃ、ここのアイルーは群体であり全国に細胞が広がっているのにゃ。故に津々浦々。故に【銃裏憂羅】の種族なのにゃ』
「津々浦々を観測している……なんか【千里眼】スキルのような話だな」
『おや、千里眼をご存じですかにゃ? ならば話は早い。【銃裏憂羅】の脳は【銃裏憂羅】の特性のことを千里眼であると語っているはずなのにゃ。まー当然のような話にゃが、ずっと過去から我らが王に遣えていた一族がマトモな人間であるはずがないのにゃよ。【銃裏憂羅】は一族と言うより一属、【一賊】の類いなのですがにゃ。ネタばらしをしてしまえばサトリさんーーー彼女が我らの脳にゃ』
その言葉になるほど、と思う。千里眼でラージャンなどの動向が読めなかったのは端末である【細胞】が森の中、観測できる内になかったため。ーーーつまりは死んでると言うことなのだが、死因はおそらくイビルジョーに喰われた故だろう。
と言うか、やはりあの村はマトモと言える人間が少ない。居ないとすら言えるのではないか。過去に戻って見れば【少女】は龍であり、それに遣えた一族は【一属】だった。【銃裏憂羅】の脳は代々を入れ替わるにしても端末は死なないのだから銃裏憂羅は故に津々浦々。
銃の裏まで憂いてしかし羅く。故に称して【銃裏憂羅】。
全く良くできた言葉遊びであると思う。この調子であれば全員がまともで居られないのではないか。その中には……まあ。俺も入っているわけだが。
「サトリさん人間じゃなかったかー」
『んにゃ? サトリさんは銃裏憂羅と人間の混血にゃよ? 先先先代の頃「俺は獣のお前を愛してる」と叫んだやべーやつがいてにゃ……サトリさんはだから人間の血も入っているのにゃ』
「ちょっと人間って業深すぎない?」
ともあれ、まあ、あれだ。聞きたくないことを聞いたような気がするのを放り、イビルジョーの死体を見る。
完全に死んでいる。俺の依頼はそれじゃあ終了。まあ、ゾンビのような形で蘇られたら困るが……それはないだろう。
「じゃあ俺は戻るわ、銃裏憂羅。死体の処理はそっちに一任してもいいか?」
『にゃ。了解、無為の英雄。にゃんにゃら我らが村まで送り届けるが?』
「いいよ。歩いて症気を払う必要もあるしな」
【細胞】が群がりイビルジョーをあっという間に剥いでいくのを軽く見届け、そうして俺はそこを後にする。
異形の【スキル】。ならば俺の本質はなんだろうか? きっとたぶんそれは骨の髄までの英雄だ。
◇
戯けた話をしよう。
例えば仮に世界のありとあらゆる物が見える眼を持っている人間がいるとして、そいつに課された役割は何なのだろうか。
物語には配役がある。それほど尋常でない能力を持っていたとしてもただの語り部にしかなれない場合、そいつはそれを黙って受け入れるのだろうか。
主人公の役割を押し付けられた人間は果たして本当に創作者に刃を向けないと決まっているのだろうか。黙ってただ中指を向けるだけの可能性もあるだろう。
そもそも俺は俺自身に課された役目を英雄だとり感じているがそれは果たして俺の本質になりえるのだろうか。虚飾を何層も上塗りした分厚い分厚い例えばそれは化学電池ほどにろ紙と金属の層を重ねた仮面であると言う可能性だってある。それ故に俺は俺の定義する俺を俺が俺であるように俺に被せることで英雄の皮を被ってるだけの、実際の顔は人類の天敵であるのではないか。
昔の話。……ほんとに、とある小さい村の作り話のような伝承を思い出す。その主人公曰く「人間も龍も神も結局意思があって故に下劣で愚鈍でけれど可憐」。これはけれど視点が人間と言う枠を超越している故にしがらみもなく言えることであるわけで我々人間はこれを言えるほどに熟して生まれているわけではない。
最近森の外で有名な少年の容姿をした【善人】曰く「人間には幾重もの顔が存在しそのひとつ一つは知っている人間が居れどすべてを把握している人間は己のみであり、故に善悪の観点は個々人によって容易に変貌する」とか。【善人】が語る善人像は絶望的なまでに悪人観。善人ですら自身を善人であると考え切れないと言う意味もあるだろう発言。つまり俺は英雄である必要もないのではないか?
ああ、ほんとに戯言だ。こういうのは柄じゃない。陰気で口の回る戯言遣いにでも任せておけばいい。
【銃裏憂羅】ならどういうだろうか。天上の【怪物】は何を言うだろうか。或いはミルなら何を言うだろう?
ああいけない。思考の回路が存在意義に異議を申し立てているような気分でああ冴えない。頭を振って脳を揺らし考えを振り払う。
「さっさと家に帰って寝よう。何回か死にかけたから疲れてんだよきっと……」
次回から文字数ひかえめでさせてもらいます