魏延は少し厳顔と会話をし、食事の用意の為、一度外に出た。
聞くところによると、華佗は達磨が連れて行き、別室で寝ているらしい。
達磨は、そのまま起きて月英と城の外に向かったという。
食事を用意させ、厳顔の元に向かっていると、達磨と鉢合わせた。
「全く、じっとしていられないのか?せっかく桔梗様が起きたというのに。」
「ははは。そう言うな。文長君も大して変わらんだろうに。」
「うるさい。月英もおはよう、よく起きられたな。数刻前だというのに。」
「....(こく)」
魏延の皮肉は笑い話になり、達磨も厳顔のところに同行した。
「そういえば、どうするのだ。桔梗様にはまだ言っていないが。」
「どうって、ああ。あれね....。女性に対して悪かったと思うが、あれしかなかったんだよ。勘弁してくれ。」
達磨は接吻を無かった事にするように、魏延に伝えた。
重要なのは、特別な薬を用いて華佗が治療した事だけ。その他の些細な事は伝えなくても問題ない、と。
「本来なら、引き摺ってでも桔梗様に詫びさせるつもりだが。今、桔梗様のお心を乱す事は控えたい。」
「おぉ?意外にも理解が良いねぇ。..別に侮辱してるんじゃないよ?」
「本当に、うるさいな。」
魏延の達磨に対する態度がまた変化していた。
始めは警戒、そして敬意、今はそれらが打ち消しあい一番自然なものになっている。
仏教を修める人物としてどうかと思われるが、達磨にとってそれが良かった。
「桔梗様、食事の用意が出来ました。」
「目が覚めたと聞いたが、結構結構。」
室内には、首が届く範囲で窓の外を眺める厳顔の姿があった。
未だ病人である為、髪は下ろし、普段の雰囲気とは違って、可憐な美女のようだった。
「菩提か...。」
「酒が飲めず発狂でもしているかと思ったが、そうでもなさそうだね。」
「いや、そうでもないぞ。今も血が疼いておるわ。」
達磨の冗談を冗談で返せるくらいに回復していた。姿とは違い、何時ものような豪快な厳顔だった。
黙っていれば寄る男も多いだろうに。それを考えて達磨の一人笑いは止まらなかった。
「なんだ、急に笑いおって。」
「いやいや、健勝そうでなにより。月英が心配しておったが、やはりそうそう死ぬ女ではなかったな。」
「未だ病人じゃよ。もっと労れ。」
厳顔が食事を終えると、達磨の表情が変わり、真剣な話に向かった。
「まだ華佗が起きないが、相談しておきたい事がある。」
「なんだ?言ってみろ。」
「今回、南の密林の部族に世話になった。病を打ち払ったのは華佗だが、部族の協力なくして厳顔さんは助からなかった。」
「南?南蛮か!?そんなものを桔梗様に飲ませっ!!?」
「..いいから黙ってろ。」
魏延が問い詰めようとしたが、強引に達磨の手によって口を塞がれ、モガモガ言っている。
厳顔も多少目の色が変わり、話の進行を促した。
「こちらでは、『南蛮』なんて事本気で言っているの?」
「ぷはぁっ!当たり前だ!あんな野蛮な奴等をどうして!!」
「あ?もう一回言ってみろ....。」
達磨の手を振り払い意見をすると、達磨の剣幕に気圧されて強制的に黙らせられた。
「元々、願いを請うたのはこちらだ。それを承諾して譲ってくれた。それを野蛮というのか?」
「それ以前に、以前から被害を受けている。それも事実だ。」
厳顔は冷静に事情を話し、孟獲達との溝を説明した。そんな簡単に解決するなら、既に和解なりなんなりしている。
益州の民達もそうだが、頭の固い官達の根も深いのだ。
「分かっている。しかし、この樹脂はこの病に効く。それで、彼女達と売買をかわす事を提案したい。」
「なるほど。それで、あの部族達にこちらの通過を手に入れる手段を与え、諍いを緩和するのじゃな?」
「それが出来れば、この土地はもっと良くなる。病死は減り、無益な戦死者も減る。民族の違いはそう簡単に解決しないが、それでも可能性は残る。」
「ふーむ。後は、どうやって官共を納得させるかだな。」
「桔梗様!?」
厳顔があっさり検討し始めた事で魏延は立ち上がり迫った。こちら側から歩み寄る事はそれ程ありえない事なのだ。
「やかましい、騒ぐでないわ。民の生活の脅威が減るのであれば、こちらとしても考えねばならん。一端の役人であれば当然。感情に全てを任せるなどあってはならんのだ。」
「----それは本当か?」
部屋の外から声が聞こえ、その声の主が足を踏み入れた。
服装は、何度か会った官達よりも質の良い服を着て、生まれの良さがにじみ出ている。
「これはこれは、劉璋様。このような場所にお出でになるとは。」
厳顔と魏延が畏まり、劉璋を迎え入れた。
「えっと、こちらは?」
「この御方は益州の牧、劉璋様だ。」
面識も何も無い達磨は取り残され、この広大な益州を治めている劉璋を紹介された。
位の高い人物の割りに、独りで訪れ、護衛の影も見当たらなかった。
「そなたが、菩提殿か。私が劉璋、字が李玉。厳顔が世話になった、礼を言う。」
「礼なら、まだ寝てるあの男に言ってくれ。」
「おい!控えろ!少しは控えろよ!!」
魏延から強烈な突っ込みで、頭を掴まれ下げられる。勢い余って、地面に打ち付けられ、低い声が少し響いた。
達磨の頭は徐々にめり込み始めている。
「良い。こちらも今まで訪れる事が出来ずに済まなかった。耳にした時、直ぐにでもと思ったのだが、政務もあったり周りに止められてしまってな」
重度の病状であれば、州牧の劉璋を病に伏す様な場所に立ち入れるはずもなく、一切の面会を周りの官に硬く禁じられていた。
劉璋としては、直ぐにでも面会したかったとのこと。
「いえ。劉璋様にうつすなどあってはならない事は存じております。」
「....済まん。」
劉璋にとっても己の想いとは違うようであり、この事を恥じていた。その一言でも、劉璋の器量が窺える。
「して。先程の話だが。」
「あの~。文長君?このままじゃあ話も何もないんだけど....。」
達磨の頭は地面にめり込み、鼻が潰れている為、変な声が出ている。
劉璋の許しも出たので、地面から解放された達磨は改めて話の本題を続ける。
「今後は俺と華佗で益州を巡って、病を根絶していこうと考えている。そしてその前に、南の地の部族との会談を設けたい。劉璋殿の参加は絶対だ。」
「ふむ....。説得に時間が掛かりそうな話だな。」
「続けるぞ?そこで、特効薬が作れる樹脂を売って貰う事を提案し、とりあえずの和解に持ち込む。」
劉璋と孟獲を引き合わせ、互いの利益を以って争いを減らすという案。
孟獲達は、達磨が誠心誠意で説得すれば応じてくれるだろう。問題は、劉璋の部下達である。
反対意見が多いのは明らかで、説き伏せる事が実に難儀かが行う前に分かるのだ。
「そうだな....。部下達の説得する場を設ける。菩提殿に一任しても良いか?」
劉璋が賛成派なら成就は時間の問題なのだが、無駄に時間を浪費したくもない。今状況を最も把握しているのは達磨なので、これほど適任な人物はいないだろう。
「まぁそうなるよね。....にしても、えらく簡単に信じるのね。」
州牧が簡単に賛成派になってくれるとは思っておらず、劉璋の考えに興味を持った達磨は、雑談ついでに問う。
「私など、飾りに過ぎぬ。内政等も私に意見を求める事などあまりなく、事後承諾が基本よ。...飾りにもなっておらぬな。」
部下も御せず、他部族からの被害も大した対策も打たず、領民に齎す事は何も無い。影で愚物と言われているのも知っている。
己の居場所など在って無いようなもの。
「だが、出来る事はしておきたいのだ。特別何も出来ていない私とて、民を預かった者としての意地がある。」
普段なら絶対に聞けないであろう劉璋の本音を三人して聞き入っていた。愚鈍な人物がする顔ではない。
ただ、人一人が統治するには、益州はあまりにも広すぎた。状況が違えば、結果も変わっていたはずである。
「ほっほぅ、良い男じゃねぇか、胸張っていいよ。ただ、そういう事は周りに分かりやすくした方が良い。....早速やりますか。」
「寝台から離れられんのが、口惜しいのぉ。すまん、菩提。気概だけでも受け取っておくれ。」
「..そういうのは自分から言うもんか?」
劉璋が口を止めると、達磨と厳顔が動き始めた。厳顔は病み上がりで禄に活動出来ないが。
魏延もやる気になっており、指示を仰いでいる。
「私は何をすればいい?」
「お前は、帰れよ。仕事溜まってんだろ?」
「そうじゃの。焔耶はわしの代行を頼む。」
「そんなぁ!私もこっちで何かしたいですよ!!」
益州の転機ともなる件に関われず、この気持ちを何処へ持っていけばよいかと、肩を落としていた。
実際何か具体的な事が出来る訳ではないが、疎外感を拭いきれない。この先、地味に根に持ちそうだった。
「冗談冗談。厳顔さん、文長君を借りてくよ。一度会わせておきたいからね。」
「うむ。焔耶よ、そういう事じゃ。益州の代表の一人としてしっかりやれい。巴郡には伝令をしておく。」
魏延の表情はあっという間に明るくなり、すぐさま達磨に八つ当たりをしていた。
「不愉快な冗談は止めろ!」
その後、劉璋の命によって有力者達と達磨達が玉座の間に集った。
達磨の浮きっぷりは半端無い。皆が皆怪訝な表情を浮かべて、劉璋の言を待つ。
そこで、達磨の提案を議題にして、意見を集めた。
「ありえませぬ!!何故、南蛮相手に同等の扱いをせねばならぬのですか!?」
「そのとおりです!必要なら奪ってしまえば良いのです!!」
「大体、その者が言う事は信に値するのですか?華佗は、華佗はなんと申しておるのですか?」
予想通りに、反対意見が大多数。口を挟む暇も無い。
達磨の功績を認めていれば話は違ったかもしれないが。今、言っても意味が無い。
「少なくとも、菩提の持ってきた樹脂で厳顔が助かったのだ。そこに嘘はない。今後、あの病で死ぬ人間は減る。」
劉璋が賛成派なので、反対派も強く言えない。強行されればそれまでだからだ。
そこで初めて達磨が発言をした。
「戦で死ぬのも、病で死ぬのも嫌だろう?だったら考えてよ。どっちがより賢いか。あんたら優秀な人物なんだろ?」
淡々と話し宦官達の意見を伺うが、中々納得できる事ではない。何も言わなくなって、賛成の意思も示さず話が進まない。
「....先に言っとくけど。今後、お前等の都合であの者達を襲ったり、約を違える事なんかしたら、ここにいる全員を殴りに来るからな。俺の信用を傷つける事は許さない....二度と南蛮と呼ぶな!」
達磨の形相は一転して全ての者を威圧し、本気であると言う事を充分に伝えた。
成り行きで同席していた魏延も、達磨は本気で実行すると理解し、唾を飲み込んでいた。
終わってしまえば、達磨が反対派を黙らせる形で実行する事になってしまう。玉座の間を後にした達磨は少々反省している様で、頭を抱えてため息を突いていた。
翌日に華佗が元気そうな顔を見せたので、今後の予定を伝えて同行を了承させた。
華佗としても、病に効く特効薬の入手場所の人間達に挨拶をしておきたい。世話になる事も多いだろうから。
一団には、劉璋・達磨・月英・華佗・魏延・その他の護衛部隊で構成される事となり、明朝出立する。
準備期間に達磨は約束どおりに手土産を可能な限りに買い集め、荷物とした。月英も非常に楽しみにしており、中々寝付けなかったので達磨が一緒に疲れ果てていた。
更に翌日の昼下がりに、孟獲の待つ密林に到着した。
密林前に陣を取り、その間に達磨が足を踏み入れていく。
正式な会談と言う事を伝える役と同時に、約束の品を届けに来たのだ。
「孟獲!また来たぞ!!土産もある。顔を見せておくれ!!」
声が周囲に響く中、ガサガサとざわめき立つ。
しばらく待ってみると、幼女の集団と共に孟獲が達磨に突撃してきた。
普通の人間なら軽くふっ飛ばしそうな勢いで達磨の懐に飛び込み、体当たり。
「食い物かぁ~!?早くよこすじょ!!」
わらわらと現れた孟獲達に囲まれて、月英も担ぎ上げられている。
手渡すと即刻帰ってしまいそうだったので、何とか引きとめて要件を伝えようと達磨は頑張っていた。
一向に聞かず、食事に夢中になっていた。どれだけ達磨が注意を引こうとも見もしない。
達磨はとにかく頑張った。月英は食事の姿をじっくりと見ているだけだった。
「上手かったのにゃ!というか達磨!さっきからうるさいじょ!!」
食事後には他の幼女達は眠ってしまい。孟獲も危うく意識を手放すところだった。
とりあえず、話が出来る状態になったので、本題を精一杯伝えた。
「分かんないにゃ!」
めげずに達磨は頑張る。
「難しくて分かんないじょ!」
もう少しだけ粘ってみる。
「もう寝てもいい?」
孟獲が理解するのにどれ程、時間を掛けたのかはその場にいた人にしか分からない。
『樹脂と交換したらお金が手に入って。そのお金で食べ物が買えるようになる』最低限の要点だけで達磨は燃え尽きた。
「っくく...あーはははは!何をやってるのだお前は!!」
その様子を見守っていた魏延は、我慢しきれず噴出してしまった。
幼女相手にてんてこ舞いになっている達磨は滑稽で、嫌っていた南蛮の姿は無垢な幼女で、魏延は何故こんなに強張っていたのかが馬鹿らしく思えて仕様が無い。
「文長君も手伝ってよ。大変なんだから。」
頭が良さそうには見えないが、南蛮と蔑称するほどでもない。
その後の劉璋との会談に何とか持ち込めたが、突飛の行動に劉璋も苦笑いをしていた。
しかし、敵意もなくほのぼのとした雰囲気は伝わった様で、今後の危険性も薄いと判断された。
天然記念物のような彼女らは、この制度と仲介人がいれば侵略等の危害を加える事はしないだろうと断言できるほどのアホッ娘ばかりなので、寧ろ利用されないかが心配だ。
だが、達磨もこのまま留まる事が出来ないので、代行人についての議題になった。
華佗は、達磨より密林に訪れる事が多そうだが、出来れば益州の人間が望ましい。
「....え?私...か?」
そこで、なんと魏延が指名された。
指名したのは達磨で、本来の巴郡とはやや遠いが、常駐の任ではないので問題ないと言う。
「ふざけるな!どうして私が....。」
当然、魏延は全力で拒否しようと声を張った。本来行っている仕事に全く関係なく、責任も重大な提案をさらりとする達磨を突き刺すほどに睨みつけている。
しかし、実際に孟獲を見て、万が一の場合に取り押さえられる程の武を持ち、達磨の指名ともあれば、劉璋も納得し、徐々に逃げ道が無くなっていく。
「あれ?『私も何かしたい』とかって言ってなかった??」
しかも言質を取られているという不覚。もはや、厳顔に相談しても意味を成さないだろう。
益州の牧・劉璋が了承しているのだから、今後の業務は今まで以上に大変なものになるのは決定事項。
「文長よ。大変だろうが頼む。益州の民の為だ。何かあれば私も力になろう。」
劉璋の言葉で完全に詰み。
魏延はやむなく首を縦に振って、気が付けばグースカと寝ている孟獲を見ていた。
「菩提殿。この密林は凄いな....。見た事のない木々で一杯だ。」
会談も終了し、劉璋はいち早く成都へ戻った。達磨と月英と華佗、そして魏延は残って孟獲達と密林を案内してもらっていた。
孟獲に改めて魏延を紹介し今後度々訪れる事を伝えると魏延に群がり、まともに行動が取れなくなっていたので放置。後々、恨み言を言われそうだが、大事にはならないだろう。
今は月英を含めて三人で行動中である。
「劉璋達には言ってなかったけど、ここに生えている木々は他の病にも効く可能性があるんだ。まさに医学の聖地になるかもしれん。絶対に絶やさせるなよ。」
「それは本当か!?」
華佗は、目を見開いて達磨を問う。今回では何とかなったが、他にも治療が困難な病はいくらでもある。持ち前の治療法だけでは限界があると知った華佗にとって、特効薬の精製は重要なものなのである。
「今回は偶々俺が知ってた病だったから上手くいったけど、基本的に俺は医学など持ってないからね。掛からないようにする方法くらいだ。」
達磨の知識は、経験談と浅い知識のみ。医学においては華佗の足元にも及ばない。
気や呼吸などで健康な身体を作り、病が入り込む一切の隙を与えない事なら自信があるが。
月英も達磨の教えについて行けるようになってから病気になった事は無い。
「それでも、充分凄いんだが....。薬の研究もちゃんとしなくちゃいけないな。」
腕を組んでうんうんと唸っている華佗を余所に、達磨は木々を触りながらおでこを当てる。愛おしく慈しむように。
「この密林を絶対に失くすな。この価値を下衆な輩にでも知られたら、奪いに来るかもしれない。樹木だけじゃない、この密林を育んだ土。これを用いれば、農業だって発展するだろうな。そして争いの種になる。この地を守るものが必要だ。」
医術を志す人間にとって密林の価値は計り知れない。薬の研究が進めば救える命が増え、確かな進歩に繋がる。
しかし、言い方を変えれば、この密林は金になるのだ。この先、華佗が何かしらの薬を作り上げればその素材に莫大な価値が生まれ、最悪の場合どこからかの侵略行為に発展するかもしれない。
それは益州も同様であり、劉璋が約を違えるとは思えないが、それ以外の人間を信用できない。
「何かあったら守ってやってほしいんだよ、華佗。孟獲達を含めてね。」
「分かっている。医術の発展と彼女らの犠牲は関係ない。そんな事俺だって認められない。この森は彼女等の縄張りだ。それを犯す気はない。」
清廉潔白を身上とする華佗は、胸を張って宣言した。
森の番人である孟獲と敵対せず、あくまでも協力者の意思を尊重すると。
「はは、ちったぁ良い男になったじゃねぇか。それを貫けよ。」
華佗との密談を終えて魏延達のところへ戻ると、何故か魏延が喘いでいた。
「ぼっ菩提!助けてくれ!!」
「何やってん?」
「早くこいつらをどかせてくれ!頼む!!」
近寄ってよく見てみると、魏延に対して孟獲達が密集しており、寝ながら噛み付いていた。
遠くから見ると、分厚い着物を着ているようにも見える。
「なんでよりによって甘噛みなんだ!うひゃっ...やめろ!....ばかっ!!....駄目だって!」
こんなんでも重要人物なので、魏延も乱暴に扱えない。身を捩じらせるが、数が数。身動きすら取れない。
最後に大きく叫びながら果てていった。
「これは...新手の病か!?いかん!!直ぐに処置を...。」
「お前も医学以外に色々勉強しとけ。」
「菩提殿には分かるのか!?」
「うるさいな。つか、月英も馴染み過ぎだろ。」
経験値に存在しないのか、一瞬呆然とし我に返った後に慌てて魏延に寄り添う華佗を、達磨がため息つきながら諭す。
ちなみに月英はその中に混じって昼寝をしていたという。
互いの陣営との顔合わせも終了し、あまり雑談も出来なかったが、益州を巡っていかなければならない達磨一同は、気絶している魏延を余所に孟獲達との再会を誓って密林を後にした。
今のところ、問題の病が発祥しているとの報告も受けていないが、対処に速いに越した事はない。
暴走気味になっていた華佗を力ずくで抑え、近くの村を目指していた。
その途中にあった小川で小休憩とし、未だ意識を戻さない魏延を介抱することに。
「う~ん...。ここは....。おお、月英。ここはどこだ?」
月英には簡単に回答出来ない為、先ずはと水を差し出した。
「済まんな。他の皆はどうした?」
魏延が聞くと月英がちょいちょいと指で方向を示し、その先に達磨と華佗が原っぱで寝転がっていた。
どう見ても日向ぼっこをしているようにしか見えない。何か特別な意味でもあるのだろうか。
「菩提殿。一体これは何の修練なのですか?」
「余計な事考えずに、ゆっくりしとけ。お前も少し方から力を抜いた方が良い。」
上半身を起こして問う華佗に寝転んだまま、休めと言い続ける達磨。
「しかし!こうしている間にも、誰かが病魔に侵されているかもしれない...!」
「今のお前に何が出来るの?」
何気に厳しい一言で黙らせる。ぐうの音も出ず、歯軋りで未熟さを耐えかねている華佗。
「はぁ...大体、言われるまで分かろうともしないで成長できるかっつの。ちぃたぁ頭使え。」
ため息を一つついた後、達磨は立ち上がり川に向かって進む。
「勝手に師匠扱いされても、面倒みきれないかんな。」
小言をいいつつ川の中心に立ち、深く呼吸をついた。
それは、初めて出会った時と状況が似ており、同様に存在感が大きく強くなっていく。
「気が足りないなら、お天道様にでも借りさせてもらえ。力ずくで押さえつけるなど考えるなよ。受け入れ束ねて、事を為せ。」
華佗は何一つ見逃さぬように目を見開き、達磨を見届けた。
「はっっ!」
瞬間、流水が弾け、水滴となって宙を舞う。
「森羅万象の息吹....ってね。日向ぼっこなら流石に察すると思ったんだけどなぁ。過大評価だった?」
ジャブジャブと陸地に戻って、遠目で魏延が起きている事に目を向けた。
「おはよ。気分はどう?必要だったら川で綺麗にしてきたら?」
「あ、ああ。そうさせてもらう。」
「月英、お前も一緒にするか?日向ぼっこ。」
「(こく)」
今達磨が行った訳の分からない凄さに呆然とした魏延は、達磨の提案に従って、汗や汚れを洗い流す事にした。
華佗は自分なりに、懸命に日向ぼっこをするが、懸命では意味が無い。
「気持ちいな月英。偶にはゆっくりしようぜ。」
日の光をあるがままに感じる事がひつようなのだが、達磨は特にそれに対して物申す事もなく、月英を見守りながら寛いでいた。
しばらくすると、魏延が戻ってきたので、起き上がって移動を再開した。
その間、気が付くと華佗が昼寝を始めていたので、達磨が背負う事に。
「それじゃあな文長君。厳顔さんによろしく。」
「ああ。恐らく、お前達が戻ってくる頃には、桔梗様も巴郡にお戻りになっているだろう。何かあれば、いつでも来い。」
魏延は本来の太守代行の任を兼任する事になっているので、道中で達磨と分かれて帰還する。
予定では、華佗と共に益州を巡り、今回の病を一掃するのに少なくとも二十日間は見積もられていた。
実際、治療をするのは華佗なので、達磨の役割はお目付け役といったところ。
「まぁ、終わったら一度成都に行くけど、特別用がないからなぁ。」
「そう言うな。少なくとも桔梗様は喜ばれる。それにあの人の酒の相手は、私には出来ん。」
「ははは、確かに。色気の無い話だねぇ。」
厳顔と過ごせば、酒と喧嘩以外に何も起きそうに無い。妙齢の女性がそれでいいのかなどと、今しか言えない冗談で笑い合う。
「では。ご健勝を祈っている。」
「ああ、ありがとう。」
今回の件により、魏延は武将として、一人の人間として、大きく成長していく事となる。
孟獲達との仲介役としての苦労や、様々な人間が生きている大陸の広さを知った。
それでも今は、まだ咲かない。人の世に根を張り、経験と言う水を与え、咲き誇るのは何時か。
達磨達は、順調に村を巡り、人一人、猫一匹、全てに対して治療を行い。潜む恐怖をつみ続けた。
どこにいっても華佗を英雄扱いされて、担がれていくので、当然の様に放置して眺めていただけ。
休憩がてらの日向ぼっこを毎日の様に行って、練功に励む華佗には、やっぱり若さと危うさを見てしまう。
真っ直ぐな馬鹿でも、見てくれる者がいる分、魏延は恵まれている。
「やっぱ月英は筋が良いな。」
「なぁにぃぃぃ!負けてられない!!」
「....!(びくっ)」
そんなやり取りを行いながら、あっという間に二十日間という時の流れは過ぎ去っていった。
「ご苦労だったな。よくやってくれた。」
成都に戻ると、仰々しく出迎えられ、玉座の間にて華佗が褒めちぎられていた。
やはり達磨の姿は成都に無く、約束どおり巴郡に訪れ、厳顔に酒を見舞っていた。
「血色も良好みたいだね。」
「うむ。しばらく酒禁しておったからか、実に美味い。」
前回と違い、じっくりと酒を含みながら堪能している。
空けた瓶の数は決して少なくないが、前回よりは多くない。
強引に誘われた魏延の意識は既に無く、月英は就寝している。
「華佗は放っておいて良いのか?」
「そこまで責任取れないね。教えられただけじゃ駄目だろ。」
愛から変わらず厳しい一言だが、厳顔には何と無く理解できる。
本当に駄目だったら始めから世話を焼かない。無理にでも止めさせる。
逆に言えば、そうではないから見ていられるのだ。
「それもまた愛か...。」
「酔ったのなら無理しないでよ。俺もあんまり無茶出来ないんだから。」
むしろ、酔っているから言える台詞か。こっ恥ずかしい一言に、達磨が冷たくあしらう。
「それでは、今日はお開きにするか。良い酒だった、次も期待している。」
「おいおい、毎回俺の奢りか?」
「良い女が酌をするだけでは不満か?」
「質問を質問で返すなっつの。あと、ふーむ...。」
口を止めて、じっと厳顔を見回し始める達磨。
「なんだ?わしを抱きたいのか?」
端からそんな気は無いので、冗談を交えながら一言。
「いやいや、俺を魅了したけりゃ、もう少し精進しないと。おしい!」
華佗の幼い頃を想像すると、TOGのアスベルみたいになりそうになる不思議。