外史と大師   作:k-son

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未熟故

黄忠は婉貞を見舞った後、自宅に璃々と帰宅していた。

達磨が看病すると強く希望し、黄忠も翌日に武官の仕事がある為言われるままだった。

そして、翌日。

仕事をこなしつつ、頭にはやはり婉貞と達磨の事を考えていた。

不審とまではいかないが、どうしても気になってしょうがない。

これからの生活や婉貞の娘の事、そして達磨の正体。

 

「....放置する訳にはいかないわね。」

 

 

昼下がり。

黄忠は仕事を片付け、町の南にある婉貞の家に向かっていた。

 

「ごめん下さい。紫苑です。」

 

「どうぞ。」

 

黄忠が扉を開けると、布団に伏せたままの婉貞が笑顔で迎えた。

昨夜と比べ、顔色も良い。

 

「お加減はいかがですか?」

 

「大分良くなっています。ありがとうございました。」

 

「いいえ。急に訪れてしまってごめんさい。」

 

「それで、何か御用ですか?ボー、いえ...菩提様ならつい先程出て行かれましたよ?」

 

「これからどうなされるのかが気になりまして。余計な詮索だとは思ったのですが。」

 

「これから、ですか...特にありません。もう頼れるところもありませんし、この体では仕事もできません。」

 

「そういえば、病に掛かっているのでしたね...。」

 

挨拶も程ほどに、黄忠は問い始めた。

 

「ええ、医者に見てもらおうとしてもお金が必要です。そして半年前、旅をしているお医者様に診て頂いた時にいわれました。『もう長くない』と。」

 

「そんな!....だから、いっそ身を売ろうと考えたんですね。我が子を想う一身で。」

 

「はい。どうせ死ぬなら最後まで娘になにか残してやりたくて...。結局、病を知られてしまって何も残せなかった。あの子の為に私は何もできなかった...。」

 

「そんなことはありません!きっとその子は誇りに思っていると思います!だから...。」

 

「ありがとうございます。紫苑、貴方はとても優しい方ですね。貴方と出会えてよかった...。でも、あの子は私を恨んでいると思います。今話した事をあの子は知りませんから。なにより、こんな母親よりも今の生活の方がきっと幸せなはずです。」

 

婉貞は娘に心配を掛けたくなかった為、病気を黙ったまま身を売っていた。

そして、母としてそんな事しかできない己を婉貞は恥じていた。

 

「私もよ、エンティ。だから、もう一度その子と会ってみるべきです。もし何も知らされないまま、生き別れてしまったらその子はきっと悲しみます。」

 

「でも...。」

 

「このまま明日にでも死んでしまったとしても、後悔しないと言えますか?」

 

「....私には自信がありません。あの子に会って何を言えば良いか...。」

 

婉貞は顔を伏せながら、布団を握る。

 

「家族に、母と子に言葉など必要ありません。一緒にいるのが当然なのですから...。」

 

黄忠はこの親子に幸せと取り戻してあげたいと強く願う。

 

「そう...かもしれませんね。..本当は....もう一度会いたい。話がしたい、笑いかけて欲しい...。」

 

「ええ。」

 

婉貞の瞳から次第に涙が溢れだす。

 

「あの子が笑っている姿が見たい...。」

 

「ええ。」

 

「私は恐れていたのかも知れませんね。あの子に拒絶されることが。」

 

「きっと大丈夫ですよ。貴方は間違いなくその子の母なのですから。」

 

「..はい。貴方から勇気を頂きました。もう少し体調が良くなったら会いにいってみようと思います。...本当に私は幸運者です。貴方という素晴らしい方と出会え、菩提様と会えた。」

 

「あの、菩提さんについて聞いてもよいかしら?」

 

黄忠の問いに少しの間沈黙しながらも婉貞は語りだした。

 

「..あの方は、私達の誇りであり希望でした。しかし、その話をする事は禁じられているのです。」

 

「禁じられている?...昨夜に仰っていた王子というのは?」

 

「...王子というのは、この国でいう殿下に当ります。」

 

「殿下...!?」

 

漢に見立ててみると、霊帝の子である劉弁と劉協、この二人が出家するということ。

皇族というだけでも国に与える影響力は大きい。更に皇帝の子となると比較すら出来ないほどの影響力を持つ。

それがわざわざ出家し、求道者になるという事態は普通では考えられない。

つまり、その裏にとてつもない真実が隠れていることになる。

黄忠はつい絶句してしまった。

 

「菩提様に迷惑が掛かるので、できればこの話をしたくないのですが...。」

 

大陸に他国の皇族がいるという事を、漢王朝が知ってしまえば事態は更に大きな規模になる。

何かしらの罪に掛けられて、死刑なんて事も考えられる。

下手をすれば、大規模な戦争まで発展する。

婉貞はそこまで考えが至ってない。達磨の心配のみをしていた。

 

「え、ええ。広めたりしないわ...。話せる所まででいいから、お願いできないかしら。」

 

「...幼少の頃から人望厚く、武や学問に励み、才気に溢れていました。あの国では思想や民族の違いにより争いが耐えず、十一歳から常に前線に立っていました。」

 

南アジアでは数多くの民族が入り乱れており、所謂宗教間の戦争が行われていた。

南天竺も戦乱に巻き込まれていた。そんな時、幼いボーディ・ダーマは国を守ろうと戦っていた。

手を血に染め、体に傷を作りながら。

 

「あの方は第三王子にも拘らず、誰よりも王位の継承を周りから望まれていました。元々が移民だった人々は蔑まれており、なんとかしようと懸命になってくれたのはあの方だけ。だからみんなはついていこうと思ったのです。....しかし、権力を巡った争いの後、国を後にしたのです。それを切っ掛けに移民だった人々は私を含め、国を後にしました。」

 

「....素晴らしい方ですね。」

 

「はい。こうして再び会えて、ありがとうと感謝を伝えられた私は、きっと幸運なのです。」

 

「..お話を聞かせてくれて、ありがとうございます。」

 

「できれば、娘にも合わせてあげたい。」

 

「....そういえば、借金の為に身売りをしたのでしたよね?」

 

「はい、...途中で拒否されてしまいましたが。」

 

「!?つまり、その代価を払いきれていない!?」

 

「はっ!?まさか...。娘のところに..?いけない!!」

 

婉貞は娘のところへ行こうと立ち上がるが、直ぐにふらつき倒れる。

 

「無理をしてはいけません。私がいきます。」

 

「しかし!借金を返せていない状況で、どうすれば...。もう一度私がお願いして...。」

 

「駄目ですよ!とにかく止めなくては!!」

 

婉貞を布団に戻し、黄忠は立ち上がる。

 

「その必要はないよ。」

 

外から声が聞こえ、同時に扉が開いた。

 

「ただいま。エンティさん。無理しちゃ駄目でしょ?」

 

「菩提様...。しかし!!」

 

「とりあえず、落ち着いて。月英ちゃん、出てきな。」

 

婉貞が慌てる中、達磨の後ろから少女が現れた。

その少女は今だ幼さが抜けないながらも、婉貞と違う白い肌と婉貞と同じ赤い髪をしていた。

 

「お、母さん...。」

 

「朔(さく)!」

 

「お母さん!!」

 

「朔!!」

 

二人は抱き合い涙を流していた。

達磨はそれを確認した後、外へ出て扉を閉める。

黄忠はそれに倣い、後を追う。

 

「菩提さん。これは一体...。」

 

「少し、その商人と話をつけてきた。」

 

「では、菩提さんも気付いたのですね?しかし、どうやって?」

 

「金で解決したのは内緒にしててよ?エンティが気に病むから。」

 

「そんな大金をどこから...。」

 

「香辛料さ。この国では手に入らない貴重な物だから、それを売って金にした。」

 

 

 

黄忠が婉貞の家に向かっている時に戻る。

 

 

 

「兄さん!!珍しいモン持ってんだって!?俺にも売ってくれよ!」

 

「まいどあり!」

 

香辛料を商人に渡し、代価を受け取る。

商人は満足気に戻っていった。

 

「こんなもんか..。さて。」

 

達磨は金策が終わり、黄という姓を持つ商人の大きな屋敷に向かった。

 

「御免下さい。婉貞の娘を迎えに来ました~。」

 

「...なんだ貴様は?婉貞の?ああ、あの醜い娘か...。」

 

「あんたが婉貞の義父か?」

 

「そうだ。私が黄承彦(こうしょうげん)だ。だが、あの女の義父などと言うのは辞めろ。私の風評が下がってしまう。」

 

「....まあ、そんなことはどうでもいいんだ。その娘いるだろ?出せ。」

 

「言葉に気をつけろ。今すぐにでも獄にぶち込む事など、私には簡単だぞ?」

 

「はぁ...。申し訳ございません。迎えに参りましたので、婉貞の娘を連れてきて頂けませんか?」

 

「残念だがそれは出来ん。あの女の借金は帳消しになっていないのだからな。代わりにあの娘を差し出す。もう間もなく韓崇殿が来られる。さっさと帰るがいい。」

 

「はい、言い損。」

 

菩提が面倒臭そうにしていると、昨日婉貞を蹴り飛ばしていた男がやって来た。

 

「黄承彦よ。準備は出来ているか?」

 

「はい、直ぐにでも。月英!」

 

「.....。」

 

そこに薄い布を顔に巻いた少女が現れた。

 

「おい。なんだこれは?話が違うではないか。最近噂の醜い娘ではないのか?」

 

「いえいえ、だからこそです。最近、韓崇様は同じような女ばかりで飽き始めていると聞きまして。気分転換になればと思った次第でございます。」

 

「ほう、確かにな。耳が早いではないか。...いいだろう。繋ぎにはなるか。」

 

「左様です。っと!?」

 

本当は関数の注文に添えなかっただけなのだが、口八丁で誤魔化していた。

しかし達磨に突き飛ばされ、躓き倒れた。

 

「君が娘さんか!いやぁ、確かに面影がある。よかったよかった。」

 

「....えっと。あなたは?」

 

「俺?俺は。」

 

「貴様!まだいたのか!こっちは大事な話をしているのだぞ!とっとと出て行け!」

 

達磨が婉貞の娘らしき少女に近寄るが、黄承彦に突き飛ばされる。

 

「ととっ!.....うっとうしいな。おっさん、金払えばいんだろ?おら、拾え。」

 

放り投げた包みから、大量の金があふれ出していた。

 

「これは...。」

 

「これで借金は帳消しだろ。この子は母親に返す。」

 

「!!母を知っているのですか!?」

 

「ああ、だから安心して欲しい。婉貞の娘で間違いないよな?」

 

「はい!はい!」

 

月英は達磨に駆け寄る。その為、隠していた顔が表に出てしまった。

その素顔は決して醜いという表現に当てはまらず、むしろ美しいと思ってしまう程だった。

 

「ありがとうございます!!私は..私は!!」

 

達磨の衣服にひっしと捕まり、涙に濡らしていく。

そして、同時に肌の色が涙に流されていき、本来の姿を晒していった。

 

「....何が醜いだ。表面だけで判断しやがって...。こんなに可愛らしいじゃないか。」

 

「そ、そんな馬鹿な...。あの女!嘘を教えやがったな!!」

 

「おい!あの娘は買えるんだろうな!?」

 

「い、いえ!あの!」

 

韓崇もその少女に目を奪われ、その娘欲しさに詰め寄った。

しかし黄承彦は慌てて繕うことしかできない。

 

「さあ、帰ろうか。婉貞には今の事は内緒だよ?」

 

「ま、待て!」

 

達磨は呼びかけに応じることなくその場を後にした。

 

 

 

 

「とまあ、こんな感じだったよ。....しばらく禁酒かなぁ。」

 

「...ふふ。よければ一杯ご馳走しますよ。」

 

「お、悪いね。今日の分はついでに買ったから、今度頼むよ。」

 

「ええ。任せてください。」

 

経緯を語っていると扉が開き、少女が呼びかけた。

 

「あの...。お入り下さい。母が礼を言いたいと。」

 

「ああ、お邪魔するよ。」

 

婉貞の前に座ると、婉貞が深々と頭を下げた。

 

「本当にありがとうございます!感謝の言葉もありません!」

 

「言ったでしょ?自己満足なんだから、気にする事ない。.....ただ、貴方方に対してけじめを付けたかった...。俺が無力なばっかりに...。」

 

「いえ、少なくとも私達は救われました。それに、あの過去があったからこそ、あの人に出会えてこの子を生む事ができました。過去は変わりませんが、変わらないからこそ明日を生きてみようと思えるのです。」

 

「ありがとう。その言葉をこれから先、忘れる事は無い。心に刻むよ。」

 

「お母さん。」

 

婉貞がまた泣きそうになっているところで月英が話を挟む。

 

「ごめんなさい、月英。菩提様、紫苑、娘を紹介します。」

 

「黄月英です。母に良くしていただいて、私を助けていただいてありがとうございます。」

 

「私は何もしていないのよ?」

 

「いえ、出会えた事を母は喜んでいます。父を亡くした母に信頼できる人が出来て良かった。」

 

「いいえ、こちらこそ。」

 

室内に笑顔で溢れていく。

 

「さあ、飯でも作るか。月英ちゃん、手伝ってくれるか?漢升さんはどうする?」

 

「よければ璃々を連れてきたいのですが、よろしいですか?」

 

「良いに決まってる。エンティもいいかな?」

 

「構いませんが、食料はどうするのですか?」

 

「え?とっくに買ってきたけど?月英ちゃんと一緒にね。」

 

「そんな...。度々申し訳」

 

「あー!いいよそれは!漢升さんもいったいった!」

 

「はい。それでは。」

 

黄忠は璃々を迎えにいった。

 

「これからどうする?生活費とか。」

 

「私が働きます。母を楽にしてあげたいのです。文字の読み書きはできませんが、それでも何とか...。」

 

「そうか....。」

 

「それにこれ以上、菩提様のお世話になる訳には...。」

 

「ごめんなさい、朔。」

 

「いいの!」

 

「とりあえずはこれを使うといいよ。あんまり入ってないけど。」

 

達磨は月英の手に無理やり、袋を手渡す。

 

「これは?....こんなの貰えません!?」

 

「どうしたの?」

 

中身をみた月英が慌てているのを見て、婉貞も遠くから見つめる

その袋には、香辛料を売って作った金の残りが入っていた。

 

「菩提様!」

 

「俺は普段、酒以外で使わないの!結構山とかで野宿してるし。それより、必要な人に使われるべきだろ。」

 

さも当たり前のように言い、取り付く島もない。

 

「これ以上されたら、どうやって返せば...。」

 

「婉貞、俺を見くびるな。誰がそんな小さな見返り欲しさにやるか。俺の求めてるものはもっと大きい。それが返せるようになってから言いなよ。待っててあげるからな?」

 

「...はい.。」

 

「そういえば、月英は変装してたな。あれは、エンティの言いつけか?」

 

「はい。あそこに預けられる時に、母が醜い為、顔を隠していると言っておりました。今思えば、私の身を案じてくれてのことでした。」

 

月英主導で簡単な料理を作り、遅れてきた黄忠親子と一緒に食事をした。

達磨のみ、肉を抜いたものだったが。

賑やかに騒ぐこともなく、淡々としたものだった。

しかし、これこそが健やかなる日常なのだ。

当たり前の様な時間を五人は過ごした。

 

「....あの。本当に泊まっていかれないのですか?」

 

「折角の団欒なんだから、野暮な事は言いっこなし。じゃ、また。」

 

「はい、おやすみなさいませ。」

 

「菩提様、おやすみなさい。紫苑も。」

 

「ええ、おやすみなさい。」

 

晩。

達磨と璃々を背負った黄忠は婉貞の家を後にする。

 

「今日は宿に泊まられるのですか?」

 

「いや特に予定にないなぁ。今日はあの山中かな?」

 

「やっぱりそうでしたのね。良ければ私の家にでも来ますか?」

 

「それは無い。元々こんな生活だから、わざわざお世話にならないよ。」

 

「ですが...。」

 

掌を向けて拒否する達磨だが、黄忠も放っておけないのである。

 

「エンティもそうだけど、男をそんな簡単に家に上がらせるもんじゃない。襲われてからじゃ遅いよ?」

 

「ふふふ、構いませんよ。菩提さんはそんな方ではないでしょうから。これでも人を見る目は持っていますから。」

 

「何言ってんだい。...こっからはお酒の時間だ。」

 

懐から酒瓶を取り出し、黄忠と違う方向へ歩き出した。

 

「そうですか。それではまた」

 

そう言うと黄忠も自宅へと進み始めた。

 

「.....?」

 

黄忠はふと、婉貞の家の方角を見る。

既に夜を向かえ周囲は暗いはずなのだが、その方向が明るく光を放っていた。

 

「火!?菩提さん!!」

 

「解ってる!先に行ってるから、璃々を落とさない様に!」

 

振り向くと達磨が婉貞の家に走り出していた。

 

 

 

達磨が婉貞の家にたどり着いた。

そこには、火事という最悪の状況が広がっていた。

 

「っく!行くしかない!」

 

扉を開けると火の手が行く手を遮るが、達磨は躊躇せず中に入っていく。

 

「エンティ!月英!いないのか!?...中が荒らされている?」

 

布団の場所に婉貞がいない。

更に、屋内の荒れているのだが、火事だけの物とは思えない程になっていた。

そして、壁を背負いながら婉貞が座り込んでいた。

 

「エンティ!大丈夫か!?」

 

「.....。」

 

声を掛けても返答がなく、俯いたまま。

 

「とにかく外に!」

 

婉貞を抱え、外に飛び出した。

外に出た達磨は、安全なところに降ろし、水を汲みに行った。

 

「これは?...血だ。」

 

水を汲む手に血が付いている事に気付いた。

達磨が擦りむいた訳ではないので、婉貞の物の可能性が高い。

しかし、火事で流血するものなのだろうか?

達磨は途中で考えを止め、婉貞のところへ水を持っていく。

 

「...あぁ...ボーディ様...。」

 

「気付いたか?何があった?」

 

「娘...が。連れていかれ.....。」

 

「解った、何とかする。だから、まずは水を飲め。」

 

意識が朦朧としながら婉貞は言葉を発した。

それで達磨は直ぐに考えに至った。

月英を欲する人間は限られる。もともと、醜い娘ということで、体が狙われることなどなかったのだ。

つまり、犯人はあの商人。韓崇に脅されての行いだろう。

達磨は婉貞を落ち着かせようとするが、婉貞は必死に外套を掴み離さない。

 

「もう...保ちません...それより....あの子を...月英を...。」

 

「何を言ってる!簡単に言うな!死ねば月英が泣くぞ。」

 

「お願い..します......あの子を..........。」

 

体から力が抜けた。

鼓動も消え、呼吸も止まった。

 

「......。」

 

「菩提さん?....エンティ!」

 

たった今到着した黄忠が、駆け寄り婉貞を抱く。

 

「つい先程、亡くなった。死因は火事ではなく....別のもの。剣で刺された様な傷が残っている。」

 

「一体誰が...。こんな....。」

 

「俺が甘かった。人の欲の根深さを軽く見てしまった。また、俺は何もできなかった.....。くっそーーーーー!!」

 

達磨は叫び、拳を大地に振り下ろす。

 

「はっ!?月英は!!」

 

「攫われたらしい。恐らく、エンティの義父に。.....ちょっと行ってくる....。」

 

達磨は酒を頭に浴び、髪を掻き揚げた。

 

「こっから先、漢升さんは将軍として俺を捕縛しなければならないだろう。....だから、ここでお別れだ。」

 

「え?...菩提さん?」

 

達磨は最後に言い残し、黄忠が振り向いた時には立ち去っていた。

 

 

 

 

「おい娘。...こちらに来やれ。」

 

「...!!(ふるふる)」

 

裸になった韓崇が、頭を振り嫌がる月英に迫る。

 

「お前を見定めてやったのだ。ありがたく思え。....さっさと来い!!」

 

「!?!?」

 

痺れを切らした韓崇が強引に引きずり込んだ。

 

「(嫌...私はどうなってしまうの?....お母さん。)」

 

月英は連れ去られる時、母が刺されるのを目の前で見てしまった。

更に、黄承彦が家に火をつけ、さも火事で死んだかのように証拠隠滅を図った。

つい先程まで、日常が戻ってきて、明日を穏やかに待てると思った直後の事。

月英は婉貞を殺され、そしてこれから犯される現状に絶望していた。

 

「こんな気持ちは初めてなのだ...。お前が欲しくて堪らない。」

 

「だったら....正々堂々と口説いてみやがれ!!」

 

「ぐはっ!!?な..に...者....うぐっ!!」

 

振り向き様に拳が腹部にめり込み、そしてとどめの顔面膝蹴りで韓崇は気絶した。

 

「......。」

 

月英が見つめる先には、ボサボサだった髪を束ねた達磨が立っていた。

 

「帰るよ、月英。」

 

「!?.....?」

 

月英は泣きながら達磨に抱きついた。

そして、自らに起きた異変に気付いた。

 

「....!.....!?」

 

「どうした落ち着け。.....そうか言葉を...無くしちゃったんだな?」

 

月英は婉貞を殺され、家を焼かれ、果てには犯され掛けたショックのあまり、声が一切出なくなっていた。

声が出ないという事態に混乱し取り乱した月英は、塞ぎこみ震えだす。

そこで、達磨は自分の胸に月英の耳を押し付ける

 

「慌てるな。俺の心臓の音を聞け。」

 

トクン、トクンと心音だけが月英の耳に聞こえ、月英の思考を落ち着かせていった。

数分後、月英は涙を目尻に溜めながら静かに意識を失った。

 

 

 

「くそ!あの変態武官め。ここまでやったのに労いも無しか。」

 

黄承彦は寝室に座り、愚痴を言っていた。

 

「あの女もさっさと渡せば良いのに、抗いやがって。そもそもあの女さえいなければ、こんな苦労はなかったのだ。」

 

酒を飲み酔っているのか、次々と独りでしゃべり続ける。

 

「この地位を保つのがどれだけ大変か。息子も面倒な物を残したものだ。」

 

「....だから、お前が殺したのか?」

 

「最初はそんなつもりも無かったが、あまりにも強情で、聞き分けなかったからな....。だ、誰だ!!」

 

「よう...。」

 

「お前!?昼間の...。」

 

背後に達磨が立っていた。

 

「誰か!?誰かいないのか!!?」

 

「騒ぐなよ。夜なんだからみんなおねんねに決まってんだろ?」

 

この屋敷の憲兵は既に達磨により、気絶させられていた。

 

「な、何が目的だ?あの娘か?だ、だったらもう手遅れだ。もうあの武官のところに...。」

 

「うるせぇ!」

 

「ひぃぃ!」

 

達磨の形相に尻餅をついて後ずさる。

 

「お前の声を聞くだけで、虫唾が走る。だから、お前の声を奪ってやろうと思ってきた。」

 

「よ、寄るな!か、金か!?いくらでもはらう...だから!」

 

「...南無阿弥陀仏。」

 

ッドン

 

達磨の手が黄承彦の顎を目がけて振りぬかれ、吹き飛ばされる事なくその場に倒れた。

 

「この分の報いは、出来れば俺に....。」

 

星空に向かって拝んだ。より良い明日を願って。

 

 

 

翌日、町は騒然としていた。

武官の韓崇と大きな権力をもっていた商人の黄承彦が襲われた事件が広まった為である。

その二人ともが自宅の前に全裸で貼り付けられており、『誅』という張り紙が大きく張られていた。

憲兵が話をきこうとするが、一人は顔を見ていない、一人は顎を砕かれしゃべれない為、詳細がわからない。

その私兵達も暗闇で襲われていた為、男という事以外は不明のままだった。

後日、調べていく最中に黄承彦の余罪が次々と判明し、罪に問われ達磨の件がうやむやになってしまった。

 

 

 

達磨は月英と共に近くの山頂に赴いていた。

婉貞の亡骸を抱えながら。

 

「....?」

 

「ここに埋めてやろうと思ってね。こっからなら、故郷が見えるかもしれないから。」

 

「.....。」

 

「疲れたか?少し休んでて。よし、掘るか...。」

 

月英の声は、夜が空けても戻らなかった。

悲しみに埋め尽くされていた時、達磨が墓を作ろうと朝早くから月英を強引に連れ出したのだった。

 

「よし、この位立派な岩を墓石に出来れば良いだろ。ふぅーーーーー。」

 

達磨は身に付いた砂を払い、両手を合わせて唱え始めた。

 

「----- -------- -------。」

 

「.....。」

 

達磨の念仏は心に染みる。

月英は意味も解らず、感情のまま涙を流した。

空もそれに応える様に、雲が割れ、太陽が輝かしい日差しを降り注ぐ。

 

 

「これから漢升さんのところに行きなよ。あの人はきっと優しくしてくれるから。」

 

達磨はお経を唱え終わり、これからのことを話す。

今、信頼できる人間は黄忠のみ。

騒ぎを起こした者として達磨は会いに行けないが、月英のみなら問題ない。

 

「..。(ふるふる)」

 

しかし、月英は首を振り達磨の外套を握る。

 

「....なんだよ?俺に付いてきたいのか?」

 

「....(こく)」

 

「俺の旅は辛く厳しい。だから半端な覚悟では駄目だ。」

 

「(ふるふる)」

 

「....恩とか。考えてるんじゃ、きっと無理だぞ。」

 

「(ふるふる!!)」

 

月英は何を言っても頑なに意見を変えない。

次第に首を振る勢いも増していく。

 

「はぁ。エンティにもお願いって言われたな....。一つだけ約束しろ。」

 

「..??」

 

「エンティにも負けないくらい、強くて良い女になれ。それができるなら連れていってやる。」

 

「!!!」

 

月英は激しく喜んだ後、地面に『朔』という字を書いた。

 

「朔?これ...お前の真名じゃないの?」

 

「(こく)」

 

「俺は教えられないからな。預かりはするが、呼ぶ事はないよ?」

 

「(...こく)」

 

「その代わり、声が取り戻せるように手伝ってやるから安心しろ。」

 

菩提達磨の旅に一人の少女が加わった。

名は黄月英。真名は朔。

漢人と異国の血を持ち、肌は白く赤髪の可憐な少女。

母を失い、言葉を失った少女は、同じ異国の血を持つ男の背中に明るい未来を見ていた。




●月英について
史実では、諸葛亮を妻として支えた才女で有名。醜い嫁と周りの人間は笑っていたらしい。
月英という名前は物語で作られており、実際の名前はわかっていません。
実は、外国人だったという説やわざと醜く変装していたのではないかという説を浸かっています。
以降、オリキャラは控えます。基本は達磨と月英の二人旅を予定してます。
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