外史と大師   作:k-son

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馬華佗

「はぐっ!はぐっ!」

 

一人の少年が一心不乱に食事している。

それを達磨と月英が見守っていた。

 

「ぷはっー!生き返った!」

 

達磨と月英は水鏡女学院を出て益州を目指していたが、その途中で行き倒れになった少年を発見した。

弱っていたが息は弱かったので、自分達の食事のついでにその少年に分け与えた。

一口食べると一気に元気を取り戻し、今に至る。

 

「すまない、俺は華佗という。貴方達は命の恩人だ。感謝する。」

 

華佗は深く頭を下げて礼を示す。

見たところ軽装で、ただの少年には見えない。

 

「別にそれはいい。何故あんなところに?」

 

「前にいた町で思い病魔に侵された人がいると聞いて、居ても立ってもいられなくなってしまってな。」

 

「後先考えず出た割りに、食事ができず行き倒れってか。馬鹿か?」

 

「我ながら恥ずかしい。しかし、この熱い想いはそれでも負けない!!」

 

俯いた華佗は、急に立ち上がり空に向かって叫びだした。

 

「うるせえ!月英が怖がってるだろ!!」

 

「す、すまない!」

 

突然大声を張り出したので、月英は達磨の背中に隠れてしまった。

隠れながら、華佗を覗き見る月英だった。

 

「お前は医者か?見たところそんなに歳はいってないだろ。師匠は?」

 

「医者というか、ゴッドヴェイドー!の者だ。基本は修めたから、今は修行を兼ねて旅をしている。」

 

「何?何処の者だ?」

 

「だから、ゴッドヴェイドー!だ。」

 

「一々叫ぶな。で、ゴッドヴェイドー?五斗米道じゃあないのか?」

 

異国の達磨はイントネーションを間違えず、そのままを聞き返した。すると、華佗がまた興奮しだしたので、一発小突いた。

 

「うるせえ!」

 

「痛たた..すまない。しっかりと間違えずに呼んでくれた方は久しぶりで、つい。何故かは知らないが五斗米道で広まっていて、正直遺憾だ。」

 

達磨は五斗米道の総本山にも向かうつもりだった。しかし、その場所を細かく知っていたものは少なく、ちょうど道しるべが欲しかった。

 

「その本拠地に連れて行ってくれないか?」

 

「え?ああ、それは構わないが。用事があるのか?」

 

「俺は求道者でな。今は儒教を学んでいるんだが、そこにも行ってみたいんだ。」

 

「行ったとしても、そんな詳しく話が出来るとは思えないんだが。一応、一子相伝で通してるんだからね。」

 

「その師匠に会えればいい。」

 

華佗は少し考えた末、案内をすることを受けた。

 

「貴方達には世話になった。そのくらいは問題ない。」

 

「ああ、頼む。こっちは月英。少々言葉が話せないがよろしくやってくれ。」

 

「こちらこそ。よろしくな!月英!...って話せない!?新手の病魔か!?ちょっと診せてくれ!!」

 

「....!?」

 

華佗がまたテンションを上げて月英に詰め寄った。月英は既に涙目になっている。

 

「やめろ、阿呆!!」

 

「がはっ..!!」

 

達磨によって、殴り倒された華佗は意識を失った。

 

「手加減しきれなかったな...。大丈夫か?」

 

当然、心配するのは月英だけ。華佗はすぐに目を覚まさないと思い、仕方なく背負って運んだ。

華佗は未だ、少年と青年の狭間のようで、体も発達しきっていない。

手や足にも擦り傷の様な物が目立ち、これまでの苦労を物語っていた。

 

「月英...この馬鹿を良く見とけ。強い信念は時として、条理さえも覆す。」

 

「...(こく)」

 

「安心しろ、決して害意がある訳じゃない。信念が強すぎて抑止が効かないんだ、どこまでも真っ直ぐな馬鹿野郎。....俺は嫌いじゃねえがな。」

 

達磨は華佗から学べと言った。具体的に何かとは言わないが、きっと月英の心に何かを与えると思ったからだ。

華佗は気絶からただの睡眠になっており、達磨の背中でいびきを掻いていた。

 

「野郎、よだれ垂らしてやがるな...。」

 

嫌いではないと言ったが、流石に腹が立ってきた。

夜が近づき、野宿の準備をする為、華佗を蹴り起こした。

 

「っは!ここは!」

 

「起きたか?食事の準備をするから、火をおこしておけよ」

 

「え、ああ。火だな。俺の心の炎は燃え盛っている!!足りないなら更に灯す!!これでも駄目ならぁあ!」

 

「うるさい!何時まで寝惚けてんだ。」

 

達磨の小突き方が容赦なくなってきた。華佗の首が勢い良くなぎ倒される。

 

「す、すまない。」

 

その後、月英の調理を待っていると辺りが暗くなっていく。

達磨が1人だった時と違い月英と旅をする為に、米と鍋を所持するようになった。成長期の月英に山菜だけでという訳にもいかない。

食費などを考えながらと多少面倒だったが、薬草集めで収入を得る事が出来るので、さほど苦労も無い。

小さな灯火を三人で囲み、食事を始めた。

 

「肉は無い、欲しかったら自分で用意しろ」

 

「いや、充分だ。これは精進料理か...。うん、美味い。」

 

「だとよ、よかったな月英」

 

「(こくこく)」

 

食事は割りと静かに行われた。月明かりと焚き火のみが当たりを照らし、空気の流れや焚き火の音が鳴り響いている。

食事の最中は華佗も静かなようである。普段の風体と違って、意外なほどに丁寧だった。

 

「ご馳走様。この恩は何時か返えさせてくれ。」

 

「俺にじゃくて、月英に頼むわ。何時かだなんて、何処で何してるのか自分でも分からんからな。」

 

「ははっ!そうさせてもらう。」

 

「酒、いるか?」

 

「いや、結構だ。どうにも酒が苦手なんだ。」

 

「そうかい。」

 

月英が食べるまでは適当な会話を続け、その人となりを軽く話した。

華佗は、求道の為に旅をしている達磨にどことなく共感を覚え、友になってくれと頼み、見事断られた。

 

「なんで!?」

 

「お前からは厄介事の匂いがする。..気が付いたら牢屋に入れられてた事ってない?」

 

「何故分かる!?見てたのか!!?」

 

「馬鹿野郎..。」

 

華佗には何故分かったのかを理解できておらず、頭に『?』を浮かべていた。対して達磨は華佗を見てゲラゲラと笑い、その時の話を詳しく聞いた。

なんでも、位の高い官職の人物が病気に掛かった事を聞きつけ、猪突猛進をした結果、牢にぶち込まれたらしい。華佗の師匠が迎えに来て難を逃れたが、それが無ければとっくに死んでいるだろう。

 

「いやぁ、あの時は刑執行日まで決まってて流石に焦った。」

 

「早死にせんよう気をつけよーぜ。知らないって事は罪にもなるからよ。」

 

「ああ、そうだな。まだ知らない事が多い....。いつか全ての病魔を倒すには、道のりが遠すぎる。」

 

夜が明け、明朝。

達磨達はいつも通りに起きて、華佗も一緒に起こしておく。

 

「ふぁ~、貴方達の朝はこんなに早いんだな..。」

 

「必要以上の睡眠は体に毒だからな。今から体を洗い流すから、お前も付き合え。」

 

「うむ!そうだな!偶にはそれも健康的だ。」

 

清流を見て華佗は直ぐに目覚めた。

 

「見よ!これが俺の!」

「静かに入れ。」

 

「お、おお。済まない。」

 

月英が一人岩場の影に隠れ、男共は川で汚れを落とす。

達磨は中心まで歩いていき深く呼吸を重ねると、巨大な気が体を包み込んでいく。

 

「なんという錬功!?貴方は気功を扱えたのだな。」

 

「気功?これはプラーナというだが、こっちではそう言うのか。なるほどね、ありがと。」

 

達磨が話すと同時に気は霧散し、ジャブジャブと岸辺に戻った。

 

「それほどの..どうやって身に付けたんだ?良ければ教授願いたい。」

 

「地道に鍛錬を重ねていけばいいさ。月英、こっちは終わったよ。」

 

「しかし、貴方とは年の差はあまりないはず!それなのに師匠並とは。師匠亡き今、正に僥倖だ。」

 

華佗はポツリととんでもない言葉を零した。一瞬聞き流しそうになった達磨は、2度見して華佗に迫る。

 

「今なんつった?お前の師匠死んでるのか?」

 

「ええ..あれっ?言ってなかった?」

 

「会わせてくれるんじゃ..。」

 

「だから、師匠の墓に案内するって。会っても話が出来ないって。」

 

「そういう事!?だったら..会うって表現おかしいだろ!」

 

「言葉が無くても魂での会話なら出来る!それがゴォッドォヴェーイドゥォォ!!」

 

華佗の拳は天に突き出され、無駄に熱い熱意を掲げ続けていた。

その声に反応してビクっと体を震わせ、月英は驚いていた。

そして以下略。

 

 

「....?」

 

後頭部を摩っていた華佗を不思議そうに見つめる月英。

 

「あぁ月英、気にしなくていいから。」

 

「痛~っ。しかし、この痛みはどこか懐かしいな。」

 

華佗はこの二日弱で数度小突かれ、頭の形が変形していないか心配している。

 

「そいや、病気に侵された村ってのは良いのかい?」

 

「しーまったぁ!そうだ..俺は行かねばならない!!すまんがここで!!」

 

「(ビクッ)!?」

 

達磨の一言で再燃焼を始め、髪を雑にかき上げ、背は反り返り、激しい後悔を天に叫ぶ。

すくりと立ち上がり走る体勢を作り大きな声で挨拶をするが、生憎そこまでの距離は開いていない。

劈くような声が響き、月英が両手で耳を閉じている。

 

「達者にな。」

 

「そちらこそ。また縁があって出会う事があれば、真剣な指導をお願いしたい。」

 

「先の事なら、考えとく。だから、早々に死ぬなよ?突っ走るのもいいけど、死期までも早める事はないからね。」

 

「ご忠告感謝。では!」

 

走り去る姿に向かって月英が丁寧にお辞儀をしていた。しかし、既に前しか見ていないのか、一度も振り向かず全力疾走で背中が小さくなっていく。

 

「....。」

 

「そうだな。静かになったな..。さぁ!今日も日課といくか!!」

 

月英が見た達磨の顔はどこか嬉しそうで、どこか寂しそうだった。何時もよりも朗らかで、今まであまり乗り気でなかった月英の鍛錬も熱心に指導を行う。

ただ座っているだけだった座禅から一段進み、また分かりにくいものを教わった。

 

「つまり、呼吸だ。」

 

「....?」

 

首を傾ける仕草がなんとも微笑ましい。

今もこうして息をしている。それを改めて教わるとは思っていなかった。

 

「プラーナ..じゃなくて気か。気ってのは人以外の木とか花とかにもあってな。..えーと、日向ぼっこしてると気持ちよくなってくるだろ?あれと一緒。日の光や澄んだ空気を体に取り入れて、体内を浄化していくように、意図的に呼吸を操っていくようなもん。かな?」

 

「....(こくこく)」

 

達磨の曖昧な説明になんとなく理解が追いついたのか、大きく首を振って肯定する。

 

「つか、呼吸なんて誰でも出来てるなんて思ってる奴いるけど、案外そうでもないんだぜ?多少でも出来るようになれば、普段の移動中でも息切れも少なくなると思うよ。」

 

これには月英は食いついた。普段、徒歩での移動では、その体格故に疲労も早く、達磨に負ぶってもらう事を恥じていた。

少しでも、達磨の為になるのであれば、やらない訳がない。それでもヨガ同様に、一朝一夕で出来るものでもないが。

急に呼吸法が変わり、当然の様に酸欠を起こし達磨に背負われていた月英の涙腺は崩壊寸前だった。

 

「だからよ。いきなり出来たら俺が困るっつーの。泣くな泣くな。」

 

この失態を挽回しようと必死になり、水鏡から餞別にもらった書物を読み続ける姿を多くなったのは、この日からである。

そして、その成果が現れるのは、まだ大分先になる。

 

 

 

益州に入ってどれくらい経ったか。

放浪する赤い外套を纏った大男と赤髪の少女は目立つようで、何百人から物珍しそうに見られていた。

色々と現地に住む人々から話を聞く内に、『南蛮』という言葉を良く耳にした。

どうやら、ここより南の未開の地に住む民族のようで、益州の南部では村を襲われる事があるらしい。

達磨は当初、興味を持ち聞きまわっていたが、徐々に機嫌が悪くなっていくのが月英には容易に見て取れた。

 

「くそっ!聞くんじゃなかった。」

 

憤る達磨の姿は珍しい。しかし、隣にいる月英としてはオロオロするしかなく、どうにかして欲しいとしかない。

涙目になりながら、ソロソロと手を繋ぐと、達磨が申し訳なさそうに月英を撫でていた。

 

「心配掛けたみていで悪いなぁ。俺もまだまだ未熟ってこった。呼吸の練習でもして落ち着こうか。」

 

「....(こくこく)」

 

とても深い深呼吸を二人で行い、昂ぶった感情を抑制する。

途中、月英が砂地に指で文字を書き、想いを伝えた。

 

『笑ってのが好き』

 

 

 

 

達磨は儒教の施設がある場所を目指している。

成都という名の町が栄えているらしく、それほど大きなものであるなら太学はあると推測して。

しかし、益州のなんと広い事か。長江のなんと雄大な事か。

山々が立ち並び木々が生い茂る道のりの近くには必ず、長江を見ることが出来る。

時折目に入る崖は、水害によるものだろう。その凄まじさたるや、自然の力を確認させられる。

 

「絶景かな、絶景かな。なぁ月英、人というのはいかに小さなものかを思い知らされる。」

 

「..(プルプル)」

 

達磨が長江を沿うように歩くので、月英は高さに及び腰で達磨に張り付いていた。高所恐怖症でなくても崖から下を見てしまえば、無理も無い。落ちればただでは済まないのだから。

そんな厳しい道のりでも、日が落ち始めると同じ景色でも見え方が一変する。

長江沿岸の低地の岸辺で、水面に沈み行く夕日の美しさに目を見開いた。母が生きていた時も何度か見た事があるが、大自然のど真ん中で映え、辺りを赤く染めていくその瞬間は、心を暖かくしてくれた。

そして風景画を描いた。思いのままに描き、感じた事を表現する。

 

 

横で見ていた達磨は思う。やはり、この子は大器に違い無いと。

水鏡の私塾では『学ぶ』という事を覚え、同じ書物を何度も読んでいる姿をよく目にする。

加えて、言葉という表現方法を失った月英は、補う様に他の部分、特に『かく』能力が非常に伸び始めていた。

将来的には絵師をやるのも良いだろう。しかし、重要なのはそこではない。

己の頭の中にあるものを上手く纏め、形にする。この単純に思える動作を高い精度で出来る人間がどれ程いるだろうか。

この旅によって経験・知識学び、それを纏めて形にする事が出来れば、この大陸に大きな繁栄を齎す人物になるかもしれない。

 

---エンティよ。見ているか?お前の娘は男どころか、時代が放っておかないぞ。

 

折角、見渡せるような高い山の頂上に墓を作ったのだ。見てもらわなければ困る。と、達磨は山の方角に目を移しながら、今は亡き婉貞に笑いかけるのであった。

 

「....?」

 

「なんでもないさ。..良く描けてるよ。大事に取っておこうな。」

 

荒っぽくワシャワシャと頭を撫でながら、夕日を最後まで見続けていた。

 

 

 

幾つかの農村を渡り歩き、巴郡という町にたどり着いた。

益州に着てから苦労したのが、貨幣についてである。

荊州で得た貨幣が使えないという事態に直面し、改めて薬草集めをしなくてはいけなくなった。それはいいのだが、徐々に増えていく荷物をなんとかしたいのが本音。

月英に新たな書物を買い与え、久方ぶりの人里を満喫していると、強面の集団に囲まれていた。

その中心には、集団のまとめ役に見える少女が大きな金棒を構えて睨んでいた。

 

「貴様等、どこから来た。正直に答えろ。」

 

「....(くいくい)」

 

「そうだな。どこかで食事にしような。何が良い?」

 

月英が外套を引っ張って達磨に窺っているが、とりあえず無視してみる達磨。一旦、無かった事にして勘違いだったら儲け物。

その少女は割りと綺麗な顔立ちで、髪は黒と白が混じっており、その金棒が似合うような体型でもない。というか、町中でその武装は無いだろうと思う。

そして、この大陸に来てからいきなり睨んでくるような女性に関わって面倒事にしかなってないので、出来れば人違いであって欲しかった。

しかし、得てして嫌な予感ほど的中するものだ。

 

「おい!聞いているのか!?お前達に言っているんだ!特にそこの赤い外套の男!!」

 

「気のせいだ!俺達は出会わなかった!!よし!それでいこう!!」

 

「は?何を..?」

 

「行くぞ!」

 

滅茶苦茶な論法で迫りつつ自己完結し、隙を突いて月英を抱えて逃走を図った。

 

「あ..ちょ!待て!」

 

町中全体で逃走劇が行われ、大騒動を引き起こした。

 

「逃がすな追い詰めろ!」

 

地の利はあちらにある為、退路を塞がれ誘導されているように見えなくも無い。

兵士達の様子を見る限り、こちらを害そうとしている訳でもなさそうだ。しかし、問題はあの少女。

あの少女だけは本気で金棒を振り下ろしてくる。

 

「でぇぇぇい!!」

 

「っと!」

 

たった一撃で地面が陥没している。これを見て人ごみに紛れたらどうなるかを考えて欲しい。

間違いなく誰か死ぬ。瀕死になる、じゃなくて死ぬだろう。

そんな結末誰が望むのか。というか、あんな武器であれば加減するのも難しい。

 

「一応聞いとくけど、何の御用?」

 

「うるさい!黙ってついて来い!!」

 

「ついてって、あの世に?」

 

いきなり逃げ出したのは失敗だったようだ。途中で対話を試みるも、聞いちゃいない。

少女の一振りで周りの兵士も近寄ってこれず、囲むように人数が集まっていく。

 

「私の一撃を避けるなど生意気な!くそっ当れ!!」

 

「あんさぁ、目的変わってない?」

 

「うるさいと言っている!」

 

ふと周りを見てみると、この少女の行動に困っている表情が多く見えた。本来の意図とは違ってきているらしい。

避けるだけならしばらく保つがそれもまた面倒なので、抱えていた月英を地面に下ろし、少女と相対する。

 

「っふ。どうやらとうとう諦めたようだな。くらえっ!!」

 

少女が渾身の一撃を繰り出し、振り切り音が轟音となって耳まで届く。

 

「月英!良く見とけ!」

 

緩やかな動きで金棒をかわし、親指と人差し指の付け根で少女の喉を突く。

 

「っぐ...猪口才な!」

 

少女は強引に前進し、振り上げる。

 

「呼吸を乱せば通常より無理をしなければならない!そして!」

 

少女の腕を掴み、足を引っ掛け、勢いを殺さず投げた。

 

「無理ってのは非常に脆い。呼吸を重んじて平常心を心掛けろ。....困った時は特にな。」

 

腕を掴まれたまま、もう片方の手の甲が首元に添えてあり、動きを封じられた少女は呆然としていた。

 

「立てる?」

 

「......はっ!おのれ!!」

 

我に返った少女は達磨の顔目がけて蹴りを放って、拘束が緩んだ隙を見計らい達磨と距離を取る。

金棒は先程の攻防で手元から離れており、素手で構えた。

 

「ふん!むしろこれで良い!」

 

「元気一杯だねぇ。」

 

「顔面にめり込ませてやる!!」

 

「何をしておる!!!」

 

そこに人並みを掻き分け、妙齢の女性が現れた。

着物ははだけて肩から胸元まで出ており、長く伸びた髪を後ろで一纏めにしている美人。

事態の変化を察し月英を傍に呼びながら、達磨はその女性を眺めていた。

 

「(美人なのは良いけど、事によったら本気で逃げるか....。)」

 

眼球をグルリと回しながら逃走経路を確認しつつ、あちらの動向を待った。

 

「桔梗様、お待ち下さい。今、ひっ捕らえてみせます!」

 

「焔耶よ、わしが申した事をもう一度復唱してみろ。」

 

「はっ!該当の男と連れの少女を見かけたらひっ捕らえ、桔梗様のところへ....」

「この阿呆が!!」

 

拳骨が叩き込まれ、少女はうずくまってしまった。

 

「何をするんですかぁ!」

 

「わしは客人として丁重に招けと言ったんだ!どうしてそうなる!」

 

「そんなぁ!こんな得体の知れない怪しい奴をですか!?生意気にも私の一撃をかわしたんですよ!!?」

 

「馬鹿たれ、後半は完全に私情ではないか。」

 

この騒々しいやり取りは、この町で日常茶飯事のようで住民の人々も笑っており、兵士が数人達磨に近寄って本来の意図を伝えた。

 

「ご迷惑をおかけしました。でも、こちらには害意は無いのです。」

 

「みたいね。賑やかでなにより。」

 

なんとなく苦労そうな兵士達に、お疲れさんと告げて未だに揉めている二人に話しかけた。

 

「初めまして、だよね?美人さん。」

 

「貴様!なんという舐めた口の利き方を!!」

 

「焔耶!」

 

「す、すいません。」

 

全く消す気の無さそうな敵意を存分に与えてくる焔耶と呼ばれた少女は、桔梗と呼ばれた女性が背を向けると再び敵意を突きつけてくる。

もはや清々しい。

 

「済まぬな。そなたが菩提達磨で相違ないか?」

 

「よくご存知で。あぁ、そっちの子については気にしなくて良いよ。なんつっても被害が無いからね。」

 

「何だと!?」

 

「君の用は後で聞いてあげるから、まずは本題をお願いできる?」

 

「きっきき...貴様ぁ...あ。わ、忘れるなよ!!」

 

再び奮起してしまうが桔梗と呼ばれた女性に睨まれ、怖いのか流石に逃げた。

 

「全く...。菩提殿、ここで話をするのは忍びない。よければ城まで案内させて欲しいのだが。」

 

「茶菓子出る?まだ飯食ってないんだよ。この子が腹を空かせてるようでね。」

 

「....!?(ふるふる)」

 

月英が恥ずかしそうに首を振って否定しているのを達磨は楽しそうに見ていた。

 

「ほほう。この子が月英か。確かに、なんとも羨ましいほどの白い肌をしているものよ。」

 

「なんだ、漢升さんの知り合いか。」

 

「そういう事だ。少し前に知らせが来てな、言伝を預かっておる、『埋葬した場所を教えて欲しい。そしてありがとう』とな。」

 

「そりゃぁ悪い事したなぁ。良ければ謝っておいてくれたら助かるよ。」

 

対応も桔梗という人物の人柄も悪くないので、案内に従う事となった。

 

「わしの名は厳顔、この町の太守をしている。あぁ、別に丁寧な言葉とかは面倒だから省いてくれ。」

 

「そんじゃま、改めて菩提達磨。仏教の修行僧で各地を回ってる。で、こっちが黄月英。言葉が話せないけど気を悪くしないでくれたら助かる。」

 

「そうか。その辺りの事は紫苑...黄忠からも聞いておらんかった。話せないとなると大変だろうな。」

 

厳顔は月英の顔を覗き込むが、月英は首を振って見つめ返す。

 

「....強い娘だ。」

 

厳顔により城の個室に案内された。初めての体験という事で月英は挙動不審気味に鼻息が荒かった。

待つ事しばらく、茶菓子と共にお茶を用意され、厳顔と対面で話し始めた。

 

「そういえば、先程の魏延というのだが、それを容易にいなすとはなかなかの武をもっているのだな。」

 

「つっても武人じゃないから褒められてもなぁ。」

 

「それに黄忠に聞いたが、男二人を裸で宙吊りにしたらしいじゃないか。しかも一人は顎を砕いてまで。」

 

「さーてね。俺は知らないな。」

 

厳顔の問いに答える様子などなく、茶を啜る達磨は堂々と白を切った。

聞いた本人はしっかりと問いの答えを得ており、そうかそうか、と笑い飛ばしていた。

 

「人違いであれば捕らえる訳にもいかぬな。そうそう、璃々も急にいなくなって寂しがっておるそうだぞ。」

 

「手土産でも持って行けば許してくれるかな?」

 

「そこは男の甲斐性でなんとかしてみろ。して、荊州から遥々益州までやって来て何をする?」

 

「うーん。本来は成都の太学を訪れる為だったんだが..。」

 

ここで達磨が始めて何かを悩んだ風な素振りを見せた。

しかし、まだ決めていないのか、発言を取りやめた。もう少し調べてからにする、と含みを持たせたままそれ以上は語らなかった。

 

「何を悩んでいるのかは分からんが、成都で儒学を学びたいのなら私が取り計らってやろう。幸い、私も用事があってな。丁度良い。」

 

「ありがとう。悪いね、本当。」

 

「よい。紫苑にお願いされているってのもあるが、久しく骨の在る男を見て気分が乗っただけだ。....そういえば。」

 

話が纏まり、達磨が感謝を述べていると何かを思い出したのか、厳顔が手をポンと打つ。

 

「聞くところによると、中々に酒がいける口らしいじゃないか。どうだ、今晩。最近、一人飲みが多くてな。久々に誰かと飲めれれば嬉しいのだが。」

 

「俺も独り晩酌がもっぱらで、それも悪くない。というか、歓迎。是非大歓迎。」

 

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