外史と大師   作:k-son

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一息付くにも赴きを

「今夜はどうするつもりだ?どこか宿でもとっておるのか?」

 

「まぁ適当に。その辺の山とかで寝るつもり。」

 

「なんと!この子もか!?一体今までどんな生活をしてきたのだ。平和に見えても賊等は出るぞ?」

 

達磨の根無し草生活を聞き、厳顔は驚いていた。

町にたどり着くまでなら分かるが、着いた後でも野宿を選ぶとは思っていない。その事に微塵も嫌悪感や違和感を感じていない月英も含めて。

漢王朝の辺境の地という事もあって、外からの他民族等の問題もあって安全を保障できないのだ。

 

「そんなもの、蹴散らして泣くまで説教くれてやる!生まれや育ち、今までしてきた罪、全部口から引きずり出した上でな。その後、その辺の憲兵に引き渡す。」

 

実際、達磨は今までそうやって襲ってきた賊を返り討ちにしてきた。寝込みを襲われた時は、より執拗に。

益州に入ってからは、襲われる事はなかった。

月英が勉強していた機会に荊州周辺を根こそぎ叩いていたからなのだが、月英は知らない。

 

「では、食事くらいここでしていけ。酒と一緒にな。」

 

「俺、事情で魚肉食えないから。穀物だけでいい。面倒だったら調理もいらないよ。」

 

「....ふむ、分かった。用意する。少々待っておれ。」

 

「それじゃ、さっきの少女のところでも行こうかね。」

 

「それはそれは、面白そうだな。わしも行こう。」

 

厳顔は達磨と月英を魏延の元へと案内した。

魏延は一人黙々と金棒を振っており、鍛錬による汗が綺麗に流れていた。

 

「焔...。」

 

「いいよ...お嬢ちゃん!」

 

厳顔の口を遮り、自ら魏延に声を掛けた。

 

「ふん!どうやら逃げずに来るくらいの気概はあるようだな。それに私はお嬢ちゃんではない!私の名は、魏延。字は文長!」

 

町で起きた諍いに未だ納得出来ないのか、達磨に皮肉をぶつけて目を鋭くし睨み付けていた。

 

「それで用事って何?騒動の件だったら面倒なんだけど、それなんだろうなぁ。」

 

適当にうやむやにしてしまっても良いが、世話になっている厳顔の部下で自分から用事に付き合うと言ってしまった以上、とりあえず話を聞くべきだろうと考えた。

その余裕な表情に魏延が舌打ちをして、本題に入った。

 

「まぐれだろうが何だろうが、私の武を虚仮にされたまま許すわけにはいかない!武人として勝負を申し込む!!」

 

「月英。長くなるだろうから、明るい場所で書物でも読んできな。」

 

「(こく)」

 

魏延の激昂にビクビクしていた月英を別の場所に移動させ、あくまでもその態度を変えなかった。

 

「おい!聞いているのか!?」

 

金棒を達磨に向けて突き出し、怒りを露にする。

達磨も了承していると取り、厳顔は特に口出ししなかった。それよりも、達磨の実力の程が知りたいと見聞役に回っていた。

 

「さっさとしなよ。気が済むまで付き合うって言ったからには、付き合ってあげるから。俺流で。」

 

「何をふざけた事を..。長くなどなるものか!手加減抜き、一撃で終わらせてやる!」

 

渾身の構えから振り切るが、手ごたえはない。

金棒は空を切り、達磨の余裕そうな顔が残った。

 

「急くな、きっちり気が済むまで、だ。」

 

「くそぉ..!でぇ!このぉ!....だぁ!!」

 

一度でも当れば、その腕力で強引に持っていける自身はある。しかし、当らない。

どれだけ振るっても、どれだけ突き出しても、達磨には届かない。

 

「何故、お前から仕掛けてこない!馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」

 

金棒は地を削り、抉り返しても達磨は一切近寄らず、回避に専念している。

昼間のように手を出してこず、魏延と目を合わせたまま。それが魏延の誇りを傷つける。

 

「俺は武人じゃねぇし、誇ってもない。先程はちょっと止まってもらっただけで、怪我させるつもりもなかった。」

 

「そんなもの!関係あるか!!」

 

度重なる空振りにより、魏延の息も切れてきた。

それでも、こんな終わり方を認める事は出来ない。

 

「それはお互い様だろ?気が済むまで、って最初に言ったしね。」

 

「く..くく...このー!」

 

魏延の声は虚しく響き、やや涙目になってきた。

そんな時、厳顔から達磨に声が掛かった。

 

「菩提よ。このままでは収まりがつかんのだよ。良ければ、焔耶が納得できるようにしてくれれば幸いなのだが。」

 

このまま魏延が力尽きて終わるという結末は、厳顔も気持ちは良くない。

それが敗北でもはっきりと伝われば明日に繋がる。厳顔は魏延の上司として、達磨に願う。

 

「....これっきりな。」

 

ため息をつきながら、達磨は服の中から鎖で連結された筒を取り出した。

九節棍。揚州で手に入れた護身用の武器。

普段は、武器を持って住民に勘違いされたくも無いので体に巻きつけているが、いざという時に取り出す達磨の愛棒。

 

「相棒だけにっつって。」

 

筒を連結させて一本の棒にして構えた。

 

「それがおぬしの本気か..。焔耶!呑まれるなよ!」

 

「分かっています!(一変して硬い芯が入ったような....この男は本当に同じ人物なのか!?)」

 

一度目を瞑り、見開いた達磨の表情、雰囲気、存在感、全てが変わっており、棍は魏延に向かって構えられている。

その急変に魏延は戸惑い、先手を達磨に取られた。

達磨が始めて前に出た。魏延も合わせて前進し、今出来る渾身の一撃を振るう。

 

「っらあああぁ!!」

 

「ふっ!」

 

振るわれた金棒に棍が突き出され----金棒を弾いた。

 

「んっな!」

 

「蹴るぞ。防げよ!」

 

咄嗟に手甲を翳し、達磨の蹴りを受けた。

その重さは、普段受けている厳顔の一撃に匹敵する。

 

「受けっっきる!!」

 

後先など頭から消え、蹴りを受けることに全力を捧げた。

すると、達磨の体が回転し、逆の足が大外を回って魏延の側頭部を直撃。

 

「っがっは!!」

 

踵を浴びせられ、膝から崩れて地に伏した。

 

「納得した?お前は硬い、色々と。」

 

「....最初から..やれ。」

 

魏延の意地の一言が擦れた声で発せられ、達磨は頭を掻きながらその姿を厳顔は笑って見ていた。

 

「見事..。焔耶も、あの蹴りを防いだ。立てるか?」

 

「何とか....。」

 

迫力にしては、思いの外魏延の怪我は軽症だった。さりげなく達磨が加減したのだろう。

厳顔の手を借りながらヨロヨロと立ち上がりながら姿勢を正す。

 

「1つ聞きたい。焔耶の一撃をどうやって弾いた?見たところ、その獲物は決して重量があると思えないのだが。」

 

「どうって、そういう技があんのよ。それ以上は言えないから、納得しといて。」

 

棍を肩に担ぎ、愛想笑いで誤魔化す達磨。

一応、厳顔の願いを聞き入れてはいるので、それ以上問い詰める事もしないが。

ただ、厳顔の武人の血も疼いたのも事実。

 

「これっきり!って言ったっしょ?」

 

「いっそ、成り行きに任せて.....。」

 

「いーや!がめつい女はこれだから..。」

 

「むぅ。残念じゃの。女性の誘いを断るとは..。」

 

察した達磨が棍を仕舞いながら、未練たらしく口説いてくる厳顔をふり続ける。

本来なら逆であろうに。

 

「ならば、こっちで勝負をいこうかの?」

 

「乗った!」

 

厳顔が取り出した酒瓶に達磨が飛びつき、勝負の種目が決まった。

 

「あ、文長君。月英の相手よろしく。」

 

「そうだな。こちらの用件は叶ったのだ。それくらいはせんとな。」

 

「は?っえ?ちょ....。」

 

立っている事事体で辛い魏延に後の事を押し付けて、スタスタと去っていった。

 

「ちなみに、用意してる酒ってそれだけ?」

 

「そんな訳ないだろう。他にもまだまだあるぞ。最期まで付き合えたら秘蔵の酒を披露してやろう。」

 

既に二人は盛り上がっており、魏延を見てもいない。

そんな時に勉強を終えた月英が戻ってきた。

 

「お~!月英!ちょーっと用事が出来たから行ってくる!そこのお姉さんと仲良くな。」

 

「....(こく)」

 

「待て待て!私にどうしろと!?」

 

月英は達磨の言葉を首一つで受け、手を振っていた。

魏延に子守の経験はない。と言ってもそこまで年齢は離れていない。

それでも、今まで武人として育ち、一般の人間と過ごした事も無いのだ。不安で堪らない。

 

「任せるって世話をか?(一体何をすれば....。)」

 

魏延は座り込み、どのような行動を取ればよいかを考えていると、月英から近寄られてお辞儀をされた。

 

「あぁ、とりあえず。私は魏延、字は文長。成り行きだが、よろしく頼む。」

 

名前も知らなければ、何をするにもやりにくいと思い、自己紹介をした。

月英は地面に名前を書いて返す。

 

「お前しゃべれないのか?」

 

「....(こく)」

 

「月英というのだな。..まずは飯でも食べるか?」

 

「....(こく)」

 

物心ついた頃から武人として生きてきた魏延は、何故かオドオドしながら月英の意見を伺った。

黙々と鍛錬を積み、武に全てを費やしてきたのだから、一般的な会話を苦手としているので無理もないが。

体格のしっかりした強面を相手にしても怯む事のない魏延も、普通の少女を相手にするといつもの調子がでない。

達磨はともかく、厳顔からの命に背く訳にもいかず、とりあえず食事に誘った。

 

「ん?なんだ急に。おぉい!何処へ行く!?」

 

すると月英が、魏延の手を握り先導し始めた。しかし、初めてくる場所で何処に何があるのか知らず、城内を彷徨ってしまう。

 

「....?」

 

「なんなんだ....。用足しか?」

 

「....(ふるふる)」

 

厠へ案内して欲しかったのかと尋ねても首を振り、荷物が置いてあった客室にたどり着いた。

月英は荷物の中に手を入れて、それが終わるとまた魏延の手を取り、先導。

 

「いい加減にしろ!お前も私をおちょくってるのか!!」

 

訳も分からず月英に付き合っていたが、我慢できず手を振り払い月英を問い詰めた。

月英の表情は曇り、すっと魏延の腕を指差した。

そこには擦り傷が残っており、達磨と戦った時のものと考えられる。

そして月英の手には、薄手の布が握られており、魏延にも月英の意図が伝わった。

 

「そうか....手当てをしようとして。だが、要らぬ気遣いだ。私には必要ない。」

 

鍛錬などで傷を作るのは何時もの事。魏延としては、普通に断りを入れたつもりだったのだが、月英が俯き泣きそうになっている。

 

「うわわわわっ!泣くな!分かった!分かったから....。して貰ってもいいか?手当て。」

 

まさか泣かれるとも思わなかった魏延は軽くため息の後、月英の好きにさせる事にした。

水場まで連れて行かれて、傷を洗い流し、布を巻かれた。

 

「....(私は何をしているんだろう。)」

 

魏延は、傷など舐めておけ、というような人間で、擦り傷くらいで手当てしたのはどれくらい前のことだろうかと想い更ける。

されるがままにしていると、月英の手は止まり、丁寧に巻かれた布がそこにあった。。

だが弱い力で巻かれている為、直ぐに剥がれ落ちてしまうだろう。

 

「まぁ、なんだ。礼を言う。」

 

「....(こく)」

 

形はどうであれ、月英の優しさを足蹴にするつもりもない。魏延は素直に軽く頭を下げて、月英は嬉しそうに頷いた。

このような接し方は新鮮で、悪い気分でもない。まじまじと巻かれている腕を見ていた。

 

----達磨様を嫌わないで

 

目線を下げると月英が指で文字を書いていて、今日のやり取りで魏延が悪い人間でない事を理解し、達磨への印象を改善しようとしていた。

と言っても、魏延は別に嫌いな訳ではない。成り行きで、あのような感じになってしまったが。

改めて言われると否定もし辛い。

 

「その純粋な目を向けるな!こっちが悪者みたいじゃないか。それに、嫌いではなく認めていないだけだ。」

 

言葉の違いが分からず、月英は頭をかしげた。

 

「確かに強かった。が、あれだけの武を持ちながら、堂々としていないところが気に食わん。」

 

恐らく出会い方が違えば印象も変わっていただろう。少なくとも、厳顔や黄忠の印象は良い。

達磨を嫌う人間は、何かしら心に持っており、それを見透かされる事を恐れる。

しかし、魏延にはそれが無い。つい先日達磨が言っていた、華佗のように真っ直ぐで、好意を持つべき『馬鹿』なのだろうと月英は捉えた。

 

「....(にこにこ)」

 

そう思うととても微笑ましく見えてしまった月英は、魏延に笑顔を向ける。

 

「....?何故笑っている??とにかく、この話は終わりだ。飯にしよう。」

 

月英の相手に悪戦苦闘しながら食事に向かった。言葉が無いという事がどれだけ大変かを知り、それを苦も無く毎日行っている達磨を少し感心したのは、魏延の中でなかった事に。

城内の食堂で二人で食べていたが、案外楽だった。

魏延は雑談と言えど、一般的な会話を苦手としている。加えて、武人でもない普通の少女に向けて話す内容など持っていない。

黙々と丁寧に食べる月英の相手は、逆に楽で落ち着いていられた。

 

「そういえば、何故あの男と一緒に旅をしているのだ?」

 

「....。」

 

「あ、すまん。話せないんだったな。」

 

「....(ふるふる)」

 

失言を撤回し謝罪するが、月英は全く気にせずに書物を取り出し、文字をひとつひとつ指差しながら伝えた。

簡単に伝えようとも時間が掛かり、無くした言葉を拾う為とだけ魏延に伝わった。

 

「それで、それが終わったらどうするんだ。どこか行く当ては?」

 

「........(ふるふる)」

 

魏延の質問を考えた事がない月英は、長い間の後に首を振った。

いつか言葉を取り戻せたら、達磨と別れるのか。そう思うと、涙が頬を伝うのを止められない。

魏延は、またもや失言をしたと思い、ぎょっと席を立つ。

 

「す、すすまん!また何か言ってしまったか!?」

 

何かしようと立ち上がったのは良いが、何も思い浮かばずおろおろするだけ。

完全に日が落ちた頃、なんとか泣き止んだ月英を連れて達磨と厳顔の元へ向かった。

何とか頑張ってきた魏延もなれない事で精神的に限界に近づいている。

 

「まさか、私が少女をあやすとは..。妹を持った気分だな。」

 

泣きつかれて寝ている月英を背負って。

普段の生活では、もう寝ている時間であり、旅の疲労と泣いた事による疲れがでたのだろう。

再度確認するが、二人の年齢はそこまで離れていない。

 

 

厳顔達が飲み始めてどれほどの時間が経ったか。月明かりが照らす場所に、小さな机についていた人影があった。

一人は突っ伏しており、一人は月を見上げながら未だに飲み続けている。

 

「(桔梗様....また一人潰して..。この子、どうするんだよ。)」

 

いつかの自分の様に、徹底的に酒を飲ませて酔い潰された事を思い出して苦笑いが出る。

達磨と月英をどうやって寝かせるのかを考えて、厳顔の荒行をため息交じりで見つめる。

 

「文長君か....。随分、月英が懐いてるみたいじゃないか。」

 

「は?」

 

魏延は眼を疑った。声を掛けられ、近くで見れば状況は明白。

周りに空になった酒瓶があり、その中央に酔いつぶれているのは厳顔だったからだ。

 

「あはは。本気出しちゃった。」

 

厳顔と飲みあった達磨もかなり酔っており、表情が緩みきっている。それでも、あの底抜けの厳顔を先に酔いつぶすという事はこの町の住人であれば、信じられないだろう。

あの厳顔が酒で負け、呻き声を上げている。

 

「お前は....何なのだ。」

 

「酷い言い草。俺だってかなり酔ってるんだから。」

 

達磨はよろよろと歩きながら机を離れ、地面に胡坐を掻いて座り込む。

 

「もう少し背負っててくれる?今、酒気を抜くから。」

 

魏延が疑問をぶつける前に、手を合わせて深く呼吸を始めた。

澄んだ空気が、達磨の周囲だけ何かに変化していくように、存在感が大きくなっていく。

 

「明日に残す訳にもいかないから....。」

 

四半刻の間、達磨は座禅を続け、立ち上がった時には、見るに耐えない程に酔っていた足取りも無く、凛とした姿で魏延に近づいた。

つい今しがた感じた存在感も小さく薄くなっていく。

 

「凄まじいものよ....。よもや、こうも負けてしまうとは」

 

「桔梗様!大丈夫ですか!!?」

 

達磨の変化で気が付いた厳顔が顔を上げ、ゆっくりと歩を進める達磨を見る。

月英を背負いながら魏延は駆け寄り、優れない顔色を覗き込む。

 

「お加減は如何?」

 

「少々羽目を外し過ぎたようだ。だが、酔い潰れるというのも久方ぶりで、悪くは無い。」

 

「そかそか、明日に持ち越しそうか?」

 

「ふははは!....だろうな。自己責任だ、何とかするさ。」

 

明日は成都に向かう予定だったのだが、二日酔いはほぼ確実。

後の祭りと厳顔は笑い飛ばし、やや反省しているようだ。

 

「それにしても、全く酔っていない様に見えるが、底抜けだったのか?」

 

「んな訳ないない。酒気を抜いただけ。」

 

「ほぅ、その様な術があるのか。興味がある、というか出来れば今教授願いたいのだが。」

 

「そうだなぁ。教えるのは難しいんだよなぁ。...気って使える?」

 

「武人としての嗜みくらいだが。」

 

二日酔いで長距離移動など、突発的な事象に巻き込まれても対応できないかもしれない。

普段でも厳顔は酒での失敗も多そうなので、興味は沸くのだろう。

しかし、達磨は直接的に教えるのを拒む。

 

「....うん。直ぐに出来ないと思うから、俺が補助する。体に触れる事もあるけど、気にしないで。」

 

「生娘ではないのだから、別に構わん。」

 

「そ。姿勢を正して、首筋から力込めるから。ゆっくり深く呼吸しながら腹に留めて。」

 

突っ伏していた姿勢を正させ、首筋に手を添えて気を緩やかに注ぎ込む。

 

「呼吸止めて。お腹触るからその辺りに気を集中して。」

 

「....!」

 

息を止めていた厳顔は、自身の身体の変化に驚いていた。

達磨が触れている場所から徐々に体温が上がっており、発汗していく。

 

「はい、ゆっくり息吐いて。」

 

体内の熱いものが外に吹き出ていき、新しい空気を取り入れると霞んでいた意識が晴れた。

 

「....なるほど。」

 

「お疲れさん。もう立っても良いよ。」

 

やや酒が残ってる感があるが、明日に影響しないだろう。

額にかいた汗を拭いながら、急変した身体を確認していく。

 

「文長君ありがとね、引き取るよ。」

 

簡単気に行い、魏延の背中から月英を抱く達磨はこの場を後にしようとしている。

酒気が抜けた厳顔の体には、武人としての血が再び疼いていた。

 

「気というのも、まだまだ奥が深いものよ。どうやって修めた?」

 

もう聞かずにはいられない。すっきりとした脳内では達磨との喧嘩を望んでいる。

このまま今日を終えるのを惜しくなってきたのだ。

魏延とだけ戦って、己を蔑ろにされるのは面白くない。

 

「秘密♪....冗談だから、そんな怖い目で見んな。」

 

それでも達磨にその意志はない。魏延でこれっきりと断言しているし、戦うなら問答無用で迫るしかない。

しかし、それは厳顔の矜持に反する。

 

「いつか。いつか手合わせしたい。血が滾り、やはり抑えられん。その気にさせて放置するのか?甲斐性を疑うぞ。」

 

「この人、なーに言ってんの?文長君助けて。」

 

「残念だが、私も見てみたい。」

 

魏延に厳顔の静止を求めるが、非協力的だった。

 

「でもやんないよ。あんたには加減とか出来そうに無いからね。」

 

「加減?わしにか??」

 

「当たり前じゃん。意味も無く、女性を殴れるかっつの。」

 

その辺の凡夫の台詞であれば激怒するところだが、達磨は違った。未だ見えない達磨の実力が本物であれば、ただでは済まないだろう。

しかし、厳顔にとってそんな扱いを受けるのは久しく、最後に聞いたのは幼き頃に師匠に言われたくらいか。

 

「ふざけるな!我等をその辺の女扱いするな!」

 

魏延は素直に激怒し、達磨を問う。

 

「知るか。時代がどうであろうが、武人であろうが関係ない。あんた等が女性という事も変えようの無い事実だろ。いずれ、誰かを愛して新たな生命をその身に宿す。男にゃ出来ない芸当だ。それのどこが気に入らない。」

 

「わ、わたたたしが、子を宿すだと!?」

 

何を想像したのかは分からないが、顔を真っ赤にして、唾を飛び散らせていた。

 

「あんただって、いつかは嫁に行って子を儲けたいだろ?子育ては大変なんだから、その時まで健やかに努める事をお勧めするよ。」

 

小さな寝息を立てている月英を抱いた達磨から、経験から来る深そうな言葉で問いかけられる。

 

「武人である事もまた、私なのだ。これは変えられん。」

 

「あー....。今日のところは酒で負けた訳だし?諦めてよ。」

 

「むむむ、それを言われると弱いな。」

 

建前でも、飲み始めた口実で負けた厳顔はそれ以上強く言えない。

達磨も『今日のところは』と言ったので、機会があればまた検討するということなのだろう。

機会が今後無くなるよりは幾らかましなので、見逃す事にした。

 

「....ふぅ。折角の友愛をここで途切れさせるのも良くないな。」

 

「感謝です。それじゃ、ここで。朝にまた訪ねるよ。」

 

「ちょっと待て。この時間にどこへ行く。」

 

「寝床を探しに。城じゃ寝ないっていったでしょ。」

 

「あれは冗談じゃなかったのか?今夜は冷えるぞ?その子には厳しかろうて。」

 

颯爽と去ろうとした達磨を引き止める。寝る為に態々町から出るという行動を本当に取るとは思わない。

それが何かという顔をしている達磨に対して違和感を覚えた。

 

「部屋なら用意しておるし、こちらの顔を立ててくれんか?」

 

しかし、その町の太守が招いた客人が、その晩にその辺りで寝ていたなどと広まれば、厳顔の風評に関わる。

あまり厳顔自身、風評を気にしない性質だが、こればかりは待ったを掛けた。

 

「うーん。月英はともかく、俺はなぁ。ま、いいか。」

 

決して嫌だとは言わない。事情でそういう選択をしている達磨は、とにかく渋っていた。

漢の国に来て初めて、布団を使う事になった。

 

「....いつかのハンモックもそうだけど、こうなんか落ち着かないな。」

 

野宿ばかりをし過ぎて、逆に困ってしまう。布団を使ったのは数秒で、寝所から降りて床で寝てしまうほどに。

そして、夜明けと共に達磨と月英が動き出す。

城の見張りの交代時間よりも前、城の庭を借りて座禅を行う。本来は外で行うつもりだったが、兵士にこの時間での出入りはやめて欲しいと頼まれ、渋々妥協案を取った。

いつもの様に川で身を洗い流さないので、目覚めが今一。月英なんかは、目を擦り続けている。

 

「菩提殿か、早いのだな。」

 

「おはよう。」

 

「....(ぺこ)」

 

日が昇ってしばらくすると魏延が表れ挨拶をするのだが、何か引っかかる。

 

「『殿』?」

 

昨日まであれだけキツメの態度をしていたはず。今日になって様子がおかしい。

 

「..月英から嫌わないでと頼まれたからな....一応、認めてやる。..悪いか!?」

 

「...悪くないです。あんがとな月英、ともかくよろしく文長君。」

 

ぱちくりとしている達磨の横で、月英は嬉しそうだ。

魏延の達磨への第一印象が悪かったが、その後に手合わせで実力を知り、酒で厳顔に勝り、普通じゃない事は直ぐに理解した。

怪我を手当てしてくれた月英が慕っているくらいの人物。そして、荊州の黄忠という桔梗の知人からの書を見てしまった。

そこに書かれた事が事実なら、態度を改めても良いと考えたのだ。

 

「桔梗様が成都に向かわれる以上、私は留守を任されるだろう。その前に聞いておきたいことがある。」

 

「ん。言って、みな。」

 

達磨は股割り等、柔軟運動しながらで聞く態度としてあまりよろしくないが、魏延は気にせず言葉を続ける。

 

「昨日の手合わせ、どうして私は負けたのか分からない。貴方が強いのは分かった。しかし、その差はなんだ?原因があるなら教えて欲しい。」

 

「あぁ、それね。....月英いくぞ?」

 

適度なところで止め、月英の柔軟運動を手伝いながら、返答した。

月英は達磨に押されながら前屈し、上半身を折り下げる。継続は力なり。

 

「君はあれだね。物事を力任せにし過ぎるところがあるだろう?立つ事ですら、地面を踏み潰す勢いだ。....そうだな、殴ってみな。」

 

「は?」

 

「思いっきりな?殴り飛ばしても良いから。」

 

何かを実演するつもりか、立ち上がり魏延に殴りかかるよう要望する。構えは無く、ただ立っているだけ。

魏延には達磨の言葉の意味が分からない。とりあえず従い、強く振りかぶって顔面目がけて拳を突き出す。

 

「舐めるなぁぁぁぁ!!」

 

「よっと。」

 

腕が伸びきる前に肩を押さえられ、重心が後方に持っていかれる。足元を見ると、達磨の足が引っ掛けられていた。

踏ん張ろうとするが膝を曲げる事も後退する事も出来ず、重力に晒される。

倒れそうになると、達磨が腕を掴み、元の位置に戻された。

 

「そゆこと。」

 

魏延が呆然としている最中、月英の補助に戻って、更に言葉を綴る。

 

「何事も全力で取り組む姿勢は嫌いじゃない。でも勿体無いね。おおっと、自己研鑽に励めよ。」

 

「無責任な....。」

 

「そんな事はねぇよ。自分で考える事は大切でしょ?それが間違っていても君の成長に繋がるよ。何か思いついたら厳顔さんにでも聞いてもらいな。あの人は笑ったりしないだろうし、よりよく手ほどきしてくれるから。」

 

月英の補助を終えて、再び達磨自身の鍛錬に戻った。

立てかけていた棒を手に取り、鋭い風きり音を響かせながら空に向かって振るう。

 

「月英が世話になったみたいだし、君が頑張っている良い奴ってのも分かった。周りには上手く伝わりにくいらしいけどね。」

 

突き出し、切り払い、背中越しで持ち替え打ち上げる。

武人じゃないと言いながらそれはなんだと、問いたいところだが一旦置いて魏延は聞いていた。

 

「悩んで、考えて、失敗して、反省して。さ、朝飯にするか!」

 

話もきりが良く終えて、月英と移動を始める。

魏延はそこに留まり、何か思い耽っていた。

 

「菩提よ。おぬしは若い娘が好みか?」

 

「....分かってるくせに聞くのはどうかと思うよ。若い芽の手助けは大人の嗜みってね。」

 

道端で出くわしたのか、近くで見ていたのかは知らないが、厳顔がニヤニヤと声を掛けてきた。

 

「つまらんのぅ。しかし、感謝する。わしはおぬしのように上手く口がまわらんからの。」

 

「確かに。思わず手が出てそうだよね。」

 

寝床の用意に加えて食事の世話までされるのは、達磨にとって不本意だが、ここまできて断る事もしない。

あえて確認もせず、厳顔と共に食堂へ向かう。

他の兵達が達磨の皿の中身が余りに質素なので、注目しているが、特に気にしない。

 

「見るのは二回目だが、それで良いのか?」

 

招いた側の厳顔も素通り出来ずに再度尋ねる。

 

「いや、問題ない。料理人さーんありがと。」

 

食事を瞬殺で終えて、厨房に手を振っていた。

 

「まぁ、良いなら良いんだが....。この後、直ぐに出立する。準備をしておいてくれ。」

 

「あいよ。月英、気にせずゆっくり食べな。」

 

達磨の食事が早すぎて、焦る月英を宥めながら、食堂で佇んでいた。

朝食が終わると兵士や文官達が仕事を始める為、魏延などに挨拶する暇もなかった。月英は残念そうにしていたが。

 

「菩提殿。馬には乗れるのか?」

 

今まで当たり前だと思っていたが、達磨にこちらの常識が通用するのか不安になり、ふと厳顔が問う。

 

「『乗らない』。俺には自慢の足があるから。さ、行こうか。」

 

「....。あまり時間を掛けられないのだ。乗れるなら乗って欲しい。」

 

悪い意味で期待に応えた達磨に言葉を失いそうになりながら、要望を伝えた。

 

「それじゃ、月英をお願い。俺は走る。さ、行こう。」

 

全く聞く気のない達磨は、既に走り出してしまった。しかも常人と比べてかなり速く。

懐に預けられた月英を抱えながら、苦笑いで達磨を追う。

 

「(人と馬で駆ける事になろうとは....。)なかなか計れぬ御人よ。」

 

最高速度は馬の方が上なのは当たり前。達磨もそこまで人を辞めていない。

それでも、速度が落ちない。半刻程走っているのだが、厳しい表情をみせない。

 

「(何だ?呼吸が....。)」

 

厳顔は達磨の行っている特別な呼吸法に目を付けた。

移動の間に休息を入れ、そこで問うてみることにした。

 

「菩提、あの呼吸は何だ?どこかで見たような気がするのだが、今一思い出せん。あれが長く走ろうとも息を切らさない秘訣か?」

 

「あっさり分かるもんだね。何気に秘技なんだけど。」

 

達磨が言うには、呼吸法の応用であるとのこと。

厳顔にやった様に、呼吸と気の応用。操れば肺を馬並みの強度までに昇華できるらしい。どこまで研鑽を積めば出来るのかは疑問だが。

 

「何をどうしたらそこまでになるのやら。」

 

「伊達に長旅をしてないって事だよ。あ、月英。ここまでやれとは言わないから、そんな顔するなよ。」

 

厳顔は笑い飛ばしている。その隅で青ざめている月英。目標の背中が遠すぎて、目が眩む程に。

 

「そういえば、この辺りで流行病ってあんの?」

 

「なんだ、知っておるのか。わしの用が正にそれなのだが。」

 

達磨はふと先日出会った青年の事を思い出した。厳顔曰く、最近賊よりも民を脅かしているらしい。

しかも、その範囲は拡大しつつあり、益州全土にまで広がる危険性がある。厳顔が成都に向かう理由はその対処法についてだった。

 

「このまま放っておけば、各地の村は全滅だ。早急に何とかせねばならん。漢中の五斗米道という、医術に優れた集団に協力を求めても、反応が無くてな。」

 

「へぇ、そうなんだぁ。」

 

その頭首が死んでいるなんて嘘でも言えず、適当な相槌を打つしかない達磨。月英も首を傾げて違和感を感じているようだ。

 

「その一派がこの辺にいると思うよ。つか会ったしな。」

 

「それは本当か!?」

 

ともかく教えられる範疇で答えるが、だからと言って何処にいるのか分からない。

ぬか喜びかもしれないが、もうそこに言っている可能性も高い。

華佗の人柄を知っていれば、真っ直ぐ現地へ向かっている事に間違いはない。ただ、無事に辿り着いているかは保障できない。

 

「恐らくだけどね。それより、広域に流行ってるならそいつに助力せんといかんのでは?」

 

「....そうだな。その中心地の村は把握しておる。後は、頭の固いじじい共の首を振らせねば。」

 

「本当に大変そう、官職ってのは。」

 

「ふふっ。だったらこの地で手を貸してはくれまいか?退屈はせんと思うが。」

 

達磨が了承しない事を理解している上で勧誘してみた厳顔。

冗談半分だが、本当にそうなればそれはそれで面白いだろうと思った。

 

「窮屈・面倒・胡散臭い、が揃ってるのにか?」

 

「そう言うでない。私はそれを行っておるのだ。大体、胡散臭いはお互い様だろうに。」

 

「確かに。」

 

休みを入れながらも成都を目指して走り続けると、遠くにそれらしき栄えた町が見えてきた。

問題の村はここから南にあると言う。

 

「....俺、先に行ってるわ。」

 

「太学はいいのか?」

 

その方向を目を薄く見つめていた達磨は、一転して予定を変更し、村に向かうと言う。

病の救助に助力してくれるのは、歓迎したい。しかし、達磨の表情の変化を見た厳顔は、認識を改めるべき程の問題なのだろうと思った。

ここから見えるはずのない距離にある村なのにも関わらず。

 

「良い。たかが学問だ。急がなくても逃げたりしないよ。」

 

「そうか....わしも行こう。一度この目で見ておいた方が良いだろう。」

 

目的地を南に変更し、やや疲れが見えてる馬を走らせた。

 

 

 

まもなく辿り着くというところまで来た時、達磨が待ったを掛けた。

 

「どうした?時間が惜しい、何かあるなら早く頼む。」

 

「このまま行くのは、不味い気がする。病が本物なら....馬はここに置いて行こう。後、酒で消毒しておいた方がいい。急げ!」

 

剣幕を張る達磨の言うままに、酒を頭から被り比較的綺麗な布で体を拭いた。

 

「着いたら直ぐにこの布で口を覆え。月英は絶対に外すな。いいな?」

 

「正直、何を言っておるのか理解が追いついておらぬが....信じよう。」

 

そこからは足を使って、村へと急行した。

村の様子は明らかに異変が起きており、誰一人として人がいない。

三人は酒に浸して絞った布を口にあて、布越しで呼吸しながら村の奥に入っていく。

 

「これは....酷いな。」

 

厳顔は想像を絶する村の現状を目にして、顔が強張っている。

村の奥には、人はいた。歩く事が出来ないほどに病弱な姿だったが。

中には既に息をしていない者もいる。

 

「月英、気をしっかり持て。俺から離れるな。」

 

「....(こく)」

 

達磨としては月英を連れてきたくなかった。しかし、目立つ風体の月英を町に一人で残して厄介な事に巻き込まれる可能性が否定出来ず、かといって町の外には賊は獣など危険度が変わらない。

安心できる場所は達磨の手が届く場所なのだ。分かっていれば魏延に預けておきたかったが、こればかりはどうしようもない。

月英の顔色は青くなる一方。ここまで生々しい死体を見たのは初めてなのだろう。

 

「ん?あいつ....いた!!」

 

月英を抱えながら真っ直ぐにそこに向かった。

 

「菩提っ!どうした!?」

 

そこには若い男が倒れており、村の住人とは思えないような服をきていた。

 

「華佗!生きてるか!?」

 

「....貴方は..。」

 

この最悪の状況を何とかできるはずの医術を持った探し人。

華佗が横たわっていた。

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