外史と大師   作:k-son

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傷寒病

成都から南にある村に大きな災厄が降りかかっていた。

住んでいた人々は衰弱しており、事切れた死体もそこらに横たわっている状況。

そして唯一の希望だった華佗は、達磨よりも先に辿り着いていたが、民同様弱々しく横たわっている。

 

「なんだと!?そやつが五斗米道の....なんてことだ。」

 

「..がう....ヴぇ....どぉ...だ。」

 

なにやら華佗が呟いて要る様だが、内容は後回し、華佗の容態と状況を確認すべく、一旦村を離れた。

厳顔もこちらに付き合う姿勢を見せており、成都へ向かうのは華佗の話を聞いた後にすると言う。

 

村から一里離れた場所に火を焚き、横に華佗を寝かす。

早急に食事を月英に準備させ、達磨が華佗に気を送り込む。

 

「熱は....無い様だな。疲労か?」

 

華佗の体から発熱は確認できず、他の理由があったと思われる。

その場を厳顔に任せて、達磨は水を汲みに行った。

 

丁寧な看病の成果が出て、華佗の呼吸が落ち着いた。

とりあえず、一息つきながら火を囲み食事を始めた。

 

「今日も美味いぞ、月英。」

 

「....(こく)」

 

厳顔も合わせて口に運ぶが、一つ気になる事があった。

異常なまでの達磨の行動の早さ。村に入る前の事前策や、その後の華佗への処置。知識のない人間にここまで出来るものなのだろうかと。

 

「....一つ問いたい。もしかして、医術を修めているのか?」

 

「医術って程のもんじゃない。ただ...。」

 

「..それは俺も聞きたい。」

 

もし達磨が医術に詳しいのであれば、華佗が駄目でも望みはある。

達磨が口を開いた時、華佗が起きて会話を割った。

 

「起きたか。話は後だ、とにかく食べろ。体力を戻す事を優先しろ。」

 

「いやっ!ちょ..!まだ飲みこっ!!」

 

有無を言わせず、華佗の口に放り込み始める。

華佗が飲み込むのを待たないので、窒息しそうになっているが。

 

「まずは、お前の話からだ。推測で良い、何が起きているのか詳しく教えろ。」

 

華佗が食べ終わっても達磨は説明をせず、華佗の行動の過程を問い詰めた。

華佗も渋々従い、報告を始める。

 

「これは傷寒だ。高温の発熱が起こり、1度熱が下がっても再び発熱を引き起こす。症状を纏めると、発熱の他に頭痛と吐き気が確認している。」

 

「しょうかん?」

 

「師匠、張機が認定した病名だ。」

 

張機。字は仲景。

荊州南陽郡で生まれ、官僚となり長沙太守にまでなった傑物。

疫病で親族の3分の2を亡くした事を切っ掛けに、官を退いて医学の道を選んだ。後に医聖と称えられることとなる。

その疫病こそが傷寒病(しょうかんびょう)と言われ、中国の歴史でたびたび人の世を脅かすものである。

 

「治療法は?」

 

「大丈夫だ。それは伝授されている。だが、予想以上に病魔が強いんだ。一人ひとりやっていてはこちらが先にまいってしまう。」

 

華佗は村人の病に対する術を持っていたが、あまりの数に先に倒れてしまった。

 

「一体どうゆう治療法なのだ。わし達でも出来るなら....。」

 

「すまない。教えることは出来ないし、仮に教えても直ぐには出来ないだろう。」

 

誰にでも出来るような技でないのであれば、華佗以外は看病以外に何も出来ない。

 

「ちょっと待て。何人かは治療を終えてるんだろ?その人達は何処にいる?」

 

「あの人達には、どこかに非難してもらうようにしてある。確か....成都に向かうと言っていた。」

 

「そこまで離れていないとは言え....官の対応も気になる。よし、わしが行ってこよう。」

 

万が一、官の対応が遅く、病み上がりの民達が死ぬ事になったら目も当てられない。

厳顔は立ち上がり、成都に向かう事にした。

 

「念の為、人を寄越すように手配しておく。治療に専念してくれ。」

 

「月英を任せてもいいかい?」

 

「分かっておる。来い月英、ここにいては危険だ。」

 

「....(ふるふる)」

 

「月英!!」

 

「....(こく)」

 

達磨と離れる事を拒否しようとしたが、真剣に怒鳴られ諦める。

後ろ髪を引かれながら、置いておいた馬の元に厳顔と向かった。

 

「菩提殿。今、貴方の協力が必要だ。全ての病魔を打ち滅ぼすには圧倒的に気が足りない。」

 

「....もっと具体的に。」

 

「俺の治療には気を使用する。そこで、菩提殿の気を貸して貰いたい。」

 

「分かった、行こう。」

 

ここからは時間との勝負。一人でも多くの救う為、一人でも多くの死を防ぐ為。

治療した人達は厳顔に一任出来る。後顧の憂いも無い。

華佗と達磨は走り出した。

 

患者を二人で囲み、華佗の治療が行われる。

達磨が流し込んだ気を、華佗が治療に使用する。

 

「元気になぁれぇぇぇぇ!!」

 

鍼で気を患者に打ち込み、病魔を滅する。

他人の気をそのまま使用するのは、華佗に負担が掛かるやり方だが、これしか選択肢が無い。

 

「よし!村の外れで待っていて下さい。成都の兵士がやってきます。次!!」

 

そこに住む民全員を治療するのは、日を跨ぎ徹夜で行われた。

華佗、達磨共に疲労が蓄積していき、表情から厳しさが読み取れる。

その途中に厳顔が合流し、現地の指揮を取って救助の円滑を図っていた。

 

「月英は兵に預けて来た。それでどのくらいだ?」

 

「あと数人ってところだ。俺はともかく華佗の限界が近い。」

 

「ふぅ..ふぅ。いや、問題ない。」

 

僅かな間で息を整え、華佗は新たな患者へと取り掛かる。華佗もそうだが、達磨の汗の量も尋常ではない。

一体どれほどの体力が残っているのか。厳顔は固唾を呑んで、見守っていた。

体力の衰えと共に、一人に対して経過する時間も多くなっていき、開始してからまた夜を越した。

重度な患者は既に治療が終わっているが、時間の経過で病が重くなっていく。それに多少の差などこの病に関しては意味をなさない。

患者の体力次第では軽度のものでも死に至る。

 

「わしの気を使うことはできんか?」

 

達磨の顔色を見た厳顔が、提案を申し出た。

しかし、華佗は首を振って断りを入れる。

 

「申し出はありがたい。しかし、他では駄目なのだ。やってみて良く分かった。」

 

「どういう事だ?」

 

治療の間に僅かでも休息を入れ泣ければならない程、華佗は疲弊している。

それは達磨も同様。何十人もの治療を賄う気の量を提供し続けているのだ。言葉を発する回数も減り、肩で息をしている。

 

「菩提殿の気は、木や花から生まれる物の様に澄み切っている。だから、他人の俺に注がれても負担が無い。貴方のでも普段なら問題無いが、今の俺では治療が続けられなくなる。」

 

轍を断ち、肉を絶ち、自然と共に歩んできた達磨の体内は穢れが無く、呼吸をするように華佗は取り込める。

他人の気ではそうはいかない。無意識に異物として反応してしまうのだ。

 

「次の方を!早く!!」

 

三日目の朝。

その村の全ての民への治療を終えた。

華佗はその場で力尽き、村人合わせて成都へと連れて行かれた。

目が覚めたのは、それから丸一日後の事。

 

 

「おぬしは、元気そうじゃの。」

 

「鍛え方が違うよ。」

 

厳顔は巴郡へ戻らず、事の結末を確認すると言う。

目の前にはいつも通りに起きて、月英と鍛錬を積む達磨が、すまし顔でいた。

 

「官側ではどうなってんの?」

 

「ああ。成都どころか、益州全土で感謝しておるよ。破滅から救った英雄としてな。」

 

華佗の功績は計り知れない。もし、病が広がっていれば、益州どころの騒ぎではなくなるのだから。

しかし、隣接した他の州はこの事を詳しく知らない。事後報告として、頭の隅に入るくらいだろう。

 

「良いのか?おぬしの事はなかった事になっておるが。」

 

「やったのはあいつ。俺は見てただけ。お分かり?後、しばらくここに縛りつけられそうだから、それが嫌なの。」

 

そして、達磨の名はそこに記されて無い。あくまでも華佗が救ったというのが事実。

胡坐になった達磨が、厳顔へ向きなおし、やはりすまし顔で笑っていた。

 

「ならば良い。であれば、華佗が起き次第、この地を去るのか。」

 

「その通り。それまでは太学へ行くから、紹介状を。」

 

「うむ。華佗に改めて礼を言うまで、わしはもう少し滞在するつもりだから。何かあれば声を掛けろ。」

 

その間は負担が魏延へ向かうのだが、それは別のお話。

達磨が太学へ向かい、厳顔が城へと向かった。

 

「....う、ん?」

 

 

 

 

その日の晩に華佗は目を覚ました。

顔色も戻りつつあるが、無理を控えて用件は全て明日に持ち越された。

 

 

翌日。

達磨達も同席する事になり、華佗が褒め称えられるのを後ろから見ていた。

 

「医者として、当然の事をしたまでです。」

 

華佗は堂々と言い切り、好感を上げていた。今後益州で行動するのに楽になるだろう。

 

「しかし、原因はなんだったのですかな?」

 

「それは分かりません。お恥ずかしいところですが、未だ未熟上、申し訳ない。」

 

「そうですか....。やはり、南蛮の策略だったのかもしれませんな。」

 

華佗にも病の原因は分からない。

その言葉で官達が、憶測で話を続け、原因を齎したのは益州の南の地に住む民族でないかと言った。

その地は、気候や文化が全く違っておりこちらの知らぬ毒で世を乱そうとした。などと、徐々に憶測・推測から断言し始めていく。

 

「菩提殿?」

 

「....いや、何でもない。」

 

明らかに何かあった顔をしていた。目を瞑って、眉間に皺を寄せ、青筋を立てているのが良く分かる。

 

「華佗殿。良ければこれから先、この地に留まって頂きたい。」

 

「それは出来ない。病に苦しむ人全てが俺の患者だ。医者として患者に手を差し伸べるのに区別しない。」

 

途中から華佗の引きとめが会話の主な内容になり、達磨も特に発言するような場面でもなく、時間の流れに身を任せていた。

 

 

 

「改めて礼を言う。」

 

城の外に出た厳顔は、華佗に頭を下げた。

 

「その気持ちだけ受け取らさせてもらうよ。」

 

「それで、これからどうする?」

 

「菩提殿が師匠の墓参りをしてくれると言うので、案内をしようと思う。その後はまた、各地を巡るつもりだ。」

 

達磨はこの場にはおらず、旅の支度の為、町をうろついている。

今回の件で、食料は村人に提供してしまい、完全に尽きた為である。

 

「そうか。....ぐ...っけほ。」

 

「待ってくれ!貴方....まさか!?」

 

傷寒症の恐ろしいところは、感染力にある。

人から人へと巡り、村や町を滅ぼす。

災厄の種は、完全に滅していなかったのだ。感染したのが村を訪れた時だとすれば、それが発病する次期と重なる。

 

「まさか、わしも病に掛かってしまうとは。舐めておった。」

 

「そんな事を言ってる場合じゃない。急いで横にならねば!安心しろ、俺がいる。病魔など、直ぐに打ち滅ぼしてやる!!」

 

しかし、意気込んだ華佗の膝が折れ、体力の回復しきっていない体であるという事を思い知らされた。

今までに無いくらいの無茶をやった報いは甚大。だた生活するのにも支障がある程に。

 

「っく!ここまで衰えているのか!!」

 

手に足に力が入らない。厳顔を抱えて運ぶ事も叶わない。

厳顔の足元もふら付く。その場で倒れそうになるのを踏ん張るが、やはり力が入らない。

 

「おいおい、ただ事じゃねーな。」

 

厳顔の腰に手を当て、厳顔の足を救い上げる。

 

「んな!?」

 

厳顔といえど、流石に照れがでて慌てている。所謂、お姫様だっこである。

軽々と抱えて、身動きが取れない。

 

「病人だろうが、騒ぐんじゃねえ。」

 

買出しから戻った達磨が、抱えて部屋に運ぶ事となった。

成都に病を流行らす訳にもいかず、城内の隅にある部屋を用意させた。

病状は、日が落ちると共に悪化し、厳顔は高熱に見舞われてしまう。

 

「で。どうだ?」

 

「体力が戻りきっていない。それに、彼女の病魔は今回の中で最悪だ。」

 

「というと?」

 

「体調が通常に戻っても、治療が成功するとは限らない。」

 

厳顔の寝ている部屋とは別の部屋で、官達と華佗、そして達磨と月英が話し合っていた。

どちらにしろ今すぐの治療は難しく、華佗の回復後に厳顔の容態が何処まで悪化するか、そうなった時に治療出来る範疇で収まっているのかどうかが重要である。

 

「っくそ!今しかないというのに!...やはり今やるしかない!菩提殿!気を..」

 

「その体でやったらポックリ逝くぞ。」

 

部屋を出ようとした華佗の肩を達磨が掴んだ。手には強く力が握られており、振りほどけそうに無い。

 

「しかしっ!今なら間に合うかもしれない!ここで見捨てるわけには!!」

 

「いいから!お前も黙って寝ていろ。出来るだけ力を戻せ。明日に賭けるしかない。」

 

達磨の協力なくしては、治療は出来ない。達磨の了承は得られず、渋々その日の決行は諦め、華佗は休む事になった。

 

「おのれ、南蛮め。こうも我等の命を弄ぶとは....根絶やしにしてくれる。」

 

残った官達も明日は我が身という事を認識させられ恐怖し、顔さえ知らない遠くの民族に恨みを募らせる。

 

「....その民族が住む地域について窺いたい。」

 

 

 

 

朝日が顔を出し、厳顔の眠る部屋に華佗は現れた。

一晩でそれなりに回復したのか、力強く立っている。

 

「では、始めます。」

 

「..頼む。」

 

厳顔の容態は、日を越して悪くなっていた。

息は荒く、発熱と沈静を繰り返し、意識は薄れ、表情は儚い。

 

「元気になぁれぇぇぇぇ!!」

 

慎重に診察を行い、華佗は満を持して鍼を打った。室内は沈黙し、一人の官が尋ねた。

 

「駄目...だ。消滅しきれない。」

 

「いや、大分....楽になった。」

 

厳顔が作り笑いをするが、結果は失敗。

病魔は厳顔の体内に残り続け、今でも蝕んでいる。

 

「すまない。俺が未熟なばかりに....また、俺は....。」

 

華佗は崩れ落ち、顔を伏せて歯を食いしばっていた。

 

「華佗、お前はここに残って三日、いや二日保たせろ。」

 

「菩提殿?」

 

「直ぐに戻る。」

 

達磨は失敗を確認すると部屋を出て行った。突然の行動に誰も止める事は出来ず、ただ見守っていた。

町を出て、月英を連れて南へ向かう。

 

達磨はこの病を知っていた。知っていたというより、掛かった事がある。

故郷、天竺。

そこにも蔓延る病は存在し、人々を遅い、恐怖を煽っていた。それを呪い、祟りと崇め、様々な形で取り払おうとしていた。

しかし、それで助かったものはおらず、行いを正すだけでは人を救えない。そんな英雄達、先人達がいたのだ。

それを異端などと攻め立てた者もいたが、それでも達磨は救われた。その英雄達の残した書物を読んだ事もある。

医術を修めていると言う程高い知識を持ってない。

そんな浅い知識で人が救えるのなら、学んだ事は報われる。

 

 

月英を担いだまま休まず走り続けた結果、夜になった時には、密林の前に立っていた。

異様な空気を垂れ流し続け、その樹木、その土、全てが異質であると言える。

 

「なるほど、雄大だ。行くぞ、時間が惜しい。」

 

月英の手を握り、密林に足を入れた。

 

「寛大なるこの地の住人よ!我等が足を踏み入れる事を許したまえ!!」

 

道などはなく、ただただ獣道を歩き、奥深くへと進む。

どこからか獣の鳴き声が聞こえ、密林そのものから警戒されているかの様に思えた。

そして、いつからか誰かに見られていた。

 

「勝手に縄張りに入ってくるのは誰なのにゃ~。」

 

「やっと顔を見ることを許されたか....。私の名は菩提達磨。願いを聞き入れて頂きたく、参上した。」

 

「菩提~?聞いた事ないのにゃ。」

 

現れたのは、予想を遥か突き抜けた少女であった。

少女というよりも幼女といった方が正解か。幼さが前面に出ており、頭の上に動物の耳が生えており、お尻には尻尾が存在している。

動物の毛皮に身を包むこの幼女が、この部族の代表なのだろうか。

 

「名を窺っても?」

 

「みぃは大王の孟獲なのにゃ。ところで、お前は他の奴等と違って偉そうじゃないのにゃ?あいつ等、みぃ達を南蛮なんて馬鹿にするから嫌いなのにゃ!」

 

「当然、請うているのはこちらだ。誠意を見せねばならぬ。私が頭を下げたところで、その怒りは消えぬだろうが。まずは謝罪を受けて頂きたい。」

 

達磨は孟獲の前で膝を着いて深々と謝った。

部族に対して、敵意ではなく誠意を伝える為に。

 

「うんうん。分かってるなら良いのにゃ。そのお願いってのを言ってみるのにゃ。みぃは気分が良いから聞いてやってもいいのにゃ。」

 

余所者にこうまで崇められて気分を良くした孟獲は、達磨の言葉に耳を傾けた。

達磨が事情を説明していると、孟獲の仲間達が集まってきて、まじまじと達磨を見つめていた。孟獲の仲間達は孟獲以上に幼く、本当にこれが益州に被害を与えている部族なのかと疑問を抱かせた。

月英は囲まれ詰め寄られており、おろおろと忙しない。

 

「その病気を治すためって言われても分かんないのにゃ。みぃ達はそんな病気になった事ないのにゃ。」

 

「そうなのか?凄く頭がもやもやして、気持ち悪くて吐いたり、頭が痛くなったりする事ないか?」

 

「それならあるじょ。」

 

孟獲に伝えるには、どうやら相当話を噛み砕いて説明しなければならないらしい。

 

「そんな時どうしてる?何か決まった物を食べたりしてないか?」

 

「木をかじると直るのにゃ。」

 

達磨が、それだと叫び。孟獲達を驚かせた。

 

「その木を分けて頂きたい!」

 

「木?そんなもん欲しかったら幾らでも持っていくのにゃ。その代わり、何かくれるのか?」

 

「今は差し上げる物は何もありません。しかし、妙案がございます。きっと孟獲殿達の益になりまする。私を信じて頂きたい。」

 

姿勢を正し、孟獲達に懇願する。

争っていた相手の為に、何の理由も無く、願いを聞く事はない。

根拠は達磨の信用のみ、今日会ったばかりの人間に何処まで信じられるのか。

 

「うーん....いいじょ。達磨を信じるにゃ。」

 

だが、孟獲は達磨と目を合わせて少し考える姿勢をとりながら、二言目には許可を出した。

無垢なのか、天然なのか、誠意を見透かしたのかは分からない。それでも、その信は掛け替えの無いものだ。

 

「感謝する!!」

 

密林を案内され、問題の樹木から樹脂を手に入れ、素早く成都へと戻る事にした。

月英と他の部族はいつの間にか打ち解けていた。会話以外の医師の伝え方を知っているかのように。

南蛮と呼ばれる部族は、実に純粋で人の心からにじみ出る匂いを嗅ぎ取る能力でも持っているのだろう。

達磨は非常時でここに訪れたのだが、その事を、孟獲達に出会えた事を嬉しく思っていた。

 

「これも持っていくといいのにゃ。」

 

「これは...この地にも実るのか。ありがとう。」

 

手渡されたのは、達磨の好物の珈琲豆だった。改めて感謝を伝えて、孟獲も喜んでいる。

ふと孟獲が思い出し、達磨に問うた。

 

「達磨は、他と何か違うのにゃ。....匂い?」

 

「匂い....ですか。」

 

「あいつ等ともみぃ達とも違う?....うー!上手く言えないじょ!!」

 

うがー!と両手を挙げて雄叫びを上げている。微笑まし過ぎて笑ってしまいそうだ。

始めは体臭の事かと思い、服を臭ってしまった。よく考えれば、達磨は人里を離れ肉を絶っているのだから一般とは違っていてもおかしくない。

 

「その話はまたにして頂きたい。今から町へ戻らねばなりませぬ。」

 

「残念にゃ。あ、それから、そんな話し方しなくても良いじょ。みぃは度量が広いのにゃ♪」

 

「それじゃあ。次回は土産を持って来る。ゆっくりと話でもしようか。話したい事が山ほどあるんだ。」

 

「本当かにゃ!?食い物か!?たーのしみにゃ~♪」

 

成り行きでの来訪だったが、良き出会いに恵まれた。この地の住人は良くも悪くも純粋で、あるがままに生きている。

知らないことも多く、漢人に勘違いされているが、意味も無く人を襲うような性質ではない。

何時か見た事のある孟獲達との別れを惜しみながら、密林に背を向けて達磨は駆ける。

この出会いも天の時というのならば、今間違いなく追い風が来ているはずだから。

 

 

 

成都では懸命な華佗の看病により、最悪の事態だけは回避していた。

厳顔の容態を聞いた魏延も駆けつけており、共に厳顔の傍から離れようとしない。

魏延のお陰で、華佗は合間に休息を取れており、疲労で倒れる事はない。しかし、それでも限界はある。

達磨の言葉を信じ、厳顔の現状維持に努めていた。

 

「おい!あの男はまだなのか!?」

 

魏延の精神状態も正常でなくなっており、憤りを華佗にぶつける。

それが理不尽と分かっていても、そうする事でしか心を落ち着ける術がない己を嘆きながら。

 

「落ち着いてくれ!患者に影響する。」

 

「す、すまん。忘れてくれ。」

 

「いや、俺は気にしていない。それに菩提殿を信じるしかないんだ。何か考えがあっての事だろう。悔しいが俺は俺の出来る事を成すのみだ。」

 

達磨が出立して、かれこれ二日弱。もう直ぐで三日目になる。厳顔の病状は悪化の一途を辿り、不安は募る。

華佗も己の限界を未熟さを痛いほど知らしめられ、無念を背負っていた。

それでも、希望があるのなら捨てる訳にはいかない。ひたすらに全力を尽くすのが信条だからだ。

 

「うぅ...はぁ...はぁ..」

 

厳顔の呼吸も全く正常に戻らなくなると、華佗が鍼を打つ。その繰り返し。そして間隔は短くなっている。

食事するのも苦しく、体力は衰えていくのも手に取るように分かる。

そんな姿を魏延は初めて見た。どれだけの武人であっても、死というものは、あっさりとやって来る。そんな風に思えて仕方が無い。

 

「桔梗様。起きてください。病気なんかに負けるのは、桔梗様らしくありません!」

 

魏延の出来る事は、こうして呼びかけ生にしがみ付けさせる事くらい。

魏延が来た当初はそれなりに返事が来たものの、今では荒くなった息だけが木霊する。

 

「菩提殿が戻られました!!」

 

朝日が日を差した時、兵士の声と共に達磨が戻ってきた。

 

「貴様!!どこに行っていた!?」

 

「悪い、遅くなった。」

 

胸倉を掴み迫る魏延の目尻には涙が溜められており、その胸中を物語る。

荒いながらも息をしている厳顔を見て、達磨はふぅ、と息をついた。

 

「華佗。流石、よくやった。」

 

「俺にはこれしか出来なかった。褒められる道理はない。」

 

「文長君も、お前が厳顔さんを引きとめてくれたから間に合った。ありがとう。」

 

「そんな事はどうでも良い!どうなんだ!!桔梗様は!?」

 

魏延が言葉を最後まで言い終える前に達磨が頭にポンポンと手を置き、任せろと一言。

その一言で魏延は手を離し、達磨に道を空けた。

 

「今から薬を調合する。華佗の道具を貸せ。」

 

華佗の調合用の道具を使用し、手際よく作業を始めた。

孟獲に貰った樹脂を基板とし、薬草を混ぜ、酒に入れる。粉末状では、厳顔が飲み込みづらいからであろう。

最後に、達磨は酒そのものに気を流し込んだ。

 

「これを飲ました後、もう一度鍼を打て。内からと外から同時に作用させて、病魔とやらを吹き飛ばす。」

 

恐らく、達磨の指示以外で改善に向かわない事を理解した華佗は、頷き準備に取り掛かる。

今の体調で出来る最高の治療をする為に。

魏延は薬酒を飲ませる役割を担当する事になった。

 

「桔梗様、これを。」

 

「....!..ごほっごほっ!」

 

魏延が厳顔に飲ませようとするが、呼吸が荒く飲み込めていない。何度も繰り返すが、口から零れ落ちる水分が増えるだけ。

 

「そんな...どうすれば。」

 

「貸せ!」

 

達磨が見かねて酒を奪い、自ら口に運ぶ。魏延の前に立ち、厳顔の首に手を回し、顔を近づけていく。

 

「なぁ!!?」

 

そして、口移しで強引に厳顔の喉に送り込んだ。

やり方は強引だが、間違いなく飲んでおり、魏延は追求する事を保留とした。

数分程掛け、口移しで厳顔の体内に薬が行き渡った。

 

「華佗!加減無くぶっ込むぞ!!覚悟はいいな!?」

 

先日の様に華佗の首筋に手を押し当て、気を送り込むが、その量は比べ物にならない程のものだった。

 

「なんて量だ...。内側から気が暴発しそうだ....だが、こんなところで....負ける訳にいかない!!ゴッドヴェイドーの名の下に!!!」

 

莫大な量の気をその身に取り込み、一点に集中させる。

ここに来て華佗の目の輝きは増し、何時も以上に病魔を特定できた。

 

「これならいける!これでぇ、終わりだぁ!元・気に、なぁぁれぇぇぇぇ!!」

 

その鍼が切っ掛けとなり、厳顔の心身から活力が蘇っていく。

手足、髪の先までに行き渡り、徐々に呼吸が落ち着いていった。

 

「病魔、退散!」

 

治療を終えた華佗はまたしても地べたに蹲り、そのまま眠ってしまった。

 

「お疲れさん。文長君、こいつと月英の事頼めるかな。後、治療の過程は内緒な。弁解が面倒。」

 

これまでの強行に同行した月英も疲れが見えており、目を擦り続けていた。

 

「あ、ああ。」

 

「俺も、寝る。」

 

達磨もその場でバタリと倒れ眠りこけてしまった。

成都から南の密林まで走り、孟獲と樹脂を探し、そして成都まで走って戻る。これを休み無しで行ったのだ。

限界などとうに過ぎ去っていた。

 

「私にどうしろと....。」

 

残された魏延は、困り果てていた。

治療が完遂したとはいえ、厳顔を放っておけず、かといってこの二人と月英をどうしてよいものかと。

結局その場から離れる事は出来ず、華佗と達磨を部屋の隅に立て掛け、気が付くと月英も達磨の横で寝ていた。

 

 

 

「おい、焔耶よ。何時まで寝ておる。」

 

「あ、眠ってしまったか...って桔梗様!」

 

日が高く昇り、時刻は正午を過ぎていた。

魏延は連日の疲れから、眠ってしまっていた。目を開けると厳顔がいつものように笑っており、魏延を呼びかけている。

 

「代行の任を放っておいてまで駆けつけてくれた事は嬉しいが、そのお前が寝ていては意味がないだろう?」

 

「すいません!.....おはようございます。」

 

「うむ、おはよう。....済まなかったな、苦労を掛けた。焔耶の声は確かに届いておったぞ。」

 

「いえ。私は何もしていません。主に華佗と....菩提、殿は?」

 

魏延が振り向いた先には誰もおらず、この部屋には厳顔と魏延だけだった。

 

「さぁな。私が起きた頃には、お前しかおらなんだ。伏しておった時の事はあまり覚えておらん。」

 

「そうでしたか..。それよりも、まずはご自身のお体を。」

 

「そうだな。これで死ぬなど、皆の侮辱になるであろうからな....良い天気だ。」

 

窓から差し込む暖かな日差しが差し込み、影を作る。

風も吹き抜けており、厳顔の髪を緩やかに揺らす。

厳顔は窓の外に目を向けており、それはなんとも優しい笑顔であったという。




※捕捉
傷寒病は現代医学で言うところのマラリアという一説に基づいてみました。
恋姫の南蛮はジャングルという熱帯地域だったので、マラリアの感染源がいる可能性も充分あると解釈し、同時に恋姫の南蛮ならマラリアの特効薬になるキニーネを含む大樹があっても良いだろうと設定付けました。
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