ここは、ヘルサレムズ・ロット。
かつては世界有数の大都市、ニューヨークと呼ばれた場所。
数年前の大崩落により、
これは、世界の均衡を守る秘密結社に所属する一人の
「……あァん?誰だ、こんな時間に」
異界の住人がヘルサレムズ・ロットに押し寄せ、異形の姿を日常的に見ることも少なくない。
普通の
年のほうはおそらく十代後半から二十代前半だろうか、しかし、一般人と思わせないような野生的な色が彼から滲み出ている。
その服装はラフなものだが、彼の性格を象徴するものに上半身全裸に上着を引っ掛けており、首には先端がプレートになっているネックレスをしている。
下にはデニムパンツ、あと目に付くものがあるとするならば、上着の胸にAと書かれているのが見えるか。
胸ポケットのスマートフォンが振動しているのに気がつき、頭を掻きながら、それを取り出す。
現在の時刻は十二時半、ちょうど真昼間と言ったところだが、彼の上司である人物は実直で純粋な男であるし、その右腕と言える男はプライベートの時は滅多なことでは電話をかけない。
最近、顔合わせをした二人の後輩の事を考えても、外食に出かけるときや外出の誘いでない限り、向こうから電話をかけて来ることはない。
とすると、やはり、あの馬鹿猿と見ていいだろう、と彼は溜息をついた。
「おう、こんな時間からなんのようだ?まだ飯も食ってねえんだが?」
『そうか。じゃ、単刀直入に言おう、明。非常事態だ』
電話の主は職場の同僚、ザップ・レンフロであった。
血法なる、異界の者と切った張ったが出来る技術の使い手で
「金は貸さないぞ。おい、レオから借りた分はちゃんと返したんだろうな?」
『はァ!?話を聞く前にそう言いますか、そうですか、そうですか。お前よぉ、友達いねえって言われねえか?アイツは当然の事をしたまでなんだよ、先輩の役に立つのが後輩の務めってモンだろ?あの魚類は兄弟子に金貸さねえし、もっと目上のものをウチの後輩どもはしてくれねえもんかねえ?……で、金貸せ』
ザップ・レンフロは言うならば、クズであった。
恋人の股掛けは当たり前、精神面は
会話に出た二人の後輩も彼の日常の態度には、ほとほと呆れており、職場のほかの同僚たちも彼の性格を把握しているので、ザップ・レンフロ=クズ野郎という方程式が出来上がっていた。
電話越しにザップは明の声色がなんとなく機嫌が悪そうなのが伝わったが、腐れ縁である為か、どこまで攻めていいのかをザップ本人が把握しているのが余計に性質が悪かった。
把握していることもあって、どこまでならば、明が怒らないのかギリギリのラインを見定めているからである。
「断る。お前に貸す金はない。お前に貸すくらいであれば、俺はアンジェリカとのデートに使うね」
『はァ!?おい、それが親友に向ける態度かよ!?あと、どうやってアンジェリカちゃんと仲が良くなったんだ!?』
「じゃあな、これからランチでな」
『そんな殺生な!おい、あ~きら、く~ん!』
電話越しに気味の悪い猫撫で声が聞こえる。
明は「殺生ななんて言葉を知っていることが驚きだな。クソ詰めの肉塊が」と罵倒して電話を切って上着のポケットに直した。
「……お仕事の電話?」
「いや、ただの馬鹿からだ。知ってんじゃねえのか?ザップだ。銀猿だ」
「ああ、チェインと犬猿の仲の……」
隣で電話の一部始終を聞いていた背は高いものの、明より少し低い金髪の女性はバッグを肩にかけ、ひょっこりと明の顔を覗きこんだ。
スタイルが良く、容姿端麗であるので、彼女目当てに彼女のバイト先に通い、一時期は昼食はフライドチキンだらけで太っていた時期もあるのがさっきの電話の相手である。
「途中で電話に出て悪かったな。構ってやれなくてよ」
「気にしてない。アキに友達いるってのが分かってよかった。だって、アキって猛犬って感じがして近寄りにくいもんね。見た目はちょっと幼く見える東洋人っぽいけど」
「おい、アンジー。それはどういうことだ」
「そのままの意味よ?けど、アキが私のことをアンジー、とアンジェリカからニックネームで呼んでくれるようになって嬉しいわ」
ふふ、と笑うアンジェリカは明と腕を組む。
ご満悦な様子の彼女の柔らかな二つの双丘が腕を挟むが、それを気にしてしまうほど明は女性経験がないわけではない。
長い付き合いで慣れているし、そもそも、そういった感情は彼の本性からして理解できないからだ。
「それは、お前のせいだろうが」
「うん?なんて言ったのかしら?」
「……アンジーのせいだ」
そして、不思議と彼女にはヘンなところで敵わなかった。
これについて相談すれば、とある上司は「惚れた弱みって奴だな」と意外そうな表情を浮かべ、組織のボスは頷きながら、明の肩にポンとその大きな手を置いた。
互いに街中で腕を絡ませながら歩き出し、顔と顔を近づけながら、いい雰囲気になって近くに見つけたベンチに座ろうとしていると、またポケットでスマートフォンが震えた。
「俺だ」
『もしもし!明か!』
「スティーブンの旦那じゃねえか。どうかしたのか?」
『ああ、その口調だと間違いなく明だな!これからSNSで送るエリアに急行してくれ!デビルマンの力が必要だ!』
「すぐに向かおう。俺の速さなら問題ない」
『助かった!プライベート、だったな!?すまん、また手当ては出しておく!』
電話の相手は職場の上司の一人、スティーブンだった。
電話越しに不動明の能力の一つ、
それが不動明の本当の正体であり、彼が世界の均衡を守る秘密結社ライブラで働くときに使っている姿。
スティーブンと言う男は、プライベートは尊重するという割にアンジェリカとのデートを楽しみ、いい雰囲気になっている今をちょうど邪魔しているのを自覚しているのかというのがよぎったが、これから自分を待ち受けている戦いのことを思えば、口端がつりあがるのを止められなかった!
「悪い、アンジェリカ」
通話を切り、ポケットにスマートフォンをなおす。
「えーっ、また仕事?今日はアキと過ごしたかったんだけど。……あっ」
アンジーと呼ばれた時しか返事しない、という姿勢を崩していたのに気がついたのか、アンジェリカは口元を押さえた。
「アンジー。この分の埋め合わせは必ずする。お前が欲しがっていた……、アレを今度買おう」
「じゃあ、バッグと上着も追加。たっぷり、わがまま聞いてもらうんだからね?」
道の端に寄り、明は彼女を抱きしめる。
そうした明の姿勢はアンジェリカは嫌いではなかった。東洋人にしては積極的なアプローチ、しかし、彼の正体を知った後では、納得できた。
「もちろんだ。……先に家に帰って待っていてくれ」
「ちゃんと帰って来てね?貴方がいない間に浮気するかも」
「ならば、取り返すまで」
そうしたやり取りの後、抱擁をやめ、明は腕をクロスさせてから高らかに叫ぶ!
「
背中の翼、頭部の角、ベルトにパンツのような箇所、さらに鬼のような形相に緑色の肌。
等身大の変身した明――デビルマンは、現場を目指す!
異界の住人による破壊活動、周囲には炎が登っている。
ところどころ、クレーターが出来ており、日常が非日常と言われるヘルサレムズ・ロットでも、このエリアはかなりの被害を受けている。
未だに動いている、巨体を誇る異形は高速で破壊活動を続け、目的地を目指す!
「あ、あれは!?」
煤塗れになった糸目のくせっ毛の青年が叫ぶと、
「誰だ!?」
誰かがまた尋ねる。
「あれは、デビルマン!」
「
その問いに答えたのは、その正体が飛来したデビルマン――不動明と分かったスティーブンだった。
等身大から自らの超能力で目の前に立つ巨体の異形と同等のサイズとなり、翼を畳み、急降下の蹴りをかます!
「
着地したデビルマン・不動明は構えを取る。
「待たせたな、俺が相手だ!」
不動明。
自称・亜門我流泥門武技の使い手。
特記事項:異界の種族の一つ、デーモン族の勇者アモンが人間・不動明の身体を乗っ取っている悪魔人間、デビルマンであること。
このアンジェリカというのは、原作にはチェインの親友、アニメの方では能力者として出てきたヒトのことです。
いちおう、アモンの影響で背も高くなってるってことで