Kanmusu has Gone to the Rapture -幸福な消失- 作:焼き鳥タレ派
ホールから出て公園から改めて軍港を見下ろす。やはり広い。
さて、どこから見て回ろうか。なだらかな坂を下りながら考える。
途中、先程見たような人型の粒子が立っていた。
今度は光の糸が凝縮することなく初めから人の形をしている。様子を見てみよう。
『ねえ日向。例の伝染病って私達艦娘にも感染するのかしら』
『さあな。医者でもない私に聞かれてもわからん』
『ほんとに、よくそんなに落ち着いていられるわね。
もうすぐ中国大陸まで拡大するって話なのに』
『慌ててどうにかなるならそうするさ。流石に私の主砲も病原菌を狙い撃てはしない』
『はぁ、どうして同じ姉妹でこうも違うのかしらねぇ』
そして、短い会話を終えた粒子は徐々に薄くなり、消滅した。
細かな断片は収束することなく、また、すぐに消えてしまうのだろうか。
どうやらこの基地、いや、この国は伝染病のパンデミックの危機に晒されていたらしい。
ふと気になる。
さっきのホールで話していた二人の欠片によると、
伝染病とやらは既に日本にまで達していたらしいが、
彼女達の話では、まだそこまでは及んでいない。
それぞれの心の断片には時間的なズレがあるようだ。
混乱しないよう、見聞きした出来事を整理して置かなければ。
さらに坂を進んでいく。途中、巨大な白亜の邸宅のそばに、また光の粒子を見つける。
誰かが壁のそばで愚痴を漏らしている。
『まったく、誰がこんないたずらを!掃除する私の身にもなってもらいたいものだ!
大体こんなものは提督の仕事ではないぞ!綱紀粛正を図らねば』
壁を見てみる。真っ白な壁に、鼻の長い誰かが壁から覗き込むような落書きがある。
落書きながら愉快な顔だったので、少し立ち止まって見ていると、
やはり粒子が空気に溶け込んで消えていく。もう行こう。
少し進むと、連れ合いのようにそばを舞い続ける光の珠が、
誘うように前方で旋回を始めた。確かに、そこには2つ目の心の断片が存在した。
今見たような儚いものでなく。断片に近づくと、光の糸と内部の粒子が集まり、
まばゆい光を放った。すると、3つの人の形が現れ、会話を始めた。
『何しに来やがった、この死体野郎!!』
『いたい!』
『天龍ちゃんやめて!もう決まったことなの!
お互い矛を収めて協力して病原菌に対処するって!』
『こいつらに何ができんだよ!散々やりたい放題しといて、
自分がヤバくなったら協力してだと?馬鹿にするのもいい加減にしろ!』
『おねがい ていとくに あわせて……』
『どの顔で言ってやがる!お前らに何人仲間が殺されたと思ってんだ!
オレの目が黒いうちは提督にも建物にも指一本触らせねえ!』
『天龍、龍田!一体何の騒ぎだ』
『チッ、知らねえよ!』
『提督……天龍ちゃんが、まだ和平条約に納得してないみたいなの。
さあ、港湾夏姫さん、彼がこの鎮守府の提督。渡すものがあるんじゃないかしら?』
『ていとくさん 親書を もってきました わたしたちの きもち』
『そんなもん受け取るんじゃねえ!』
『やめるんだ天龍。お前の気持ちは、痛いほどわかる。私も多くの大切な部下を失った。
しかし今は、闇雲に戦争を続け、病原菌を放置して共倒れになるべきではない。
……散っていった仲間もそんなことは望んでいない。お前もわかってるだろう』
『……ふん、どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ!』
ひとつの人影が去っていく。同時に他の姿も消えていった。かなり強い心の断片だ。
彼女の思念を追うことに決めた。導いてくれ、光の球よ。
今度は東に進んでいく。光の帯を追っていくと、白い建物の前。
広場のベンチにまた心の断片を見つけた。
彼女は何を思うのだろう。はっきりした姿はわからないが、
声を聞く限り、きっと女性だ。断片のそばに寄る。
例によって光の糸と粒子が収束し、視界が白に。そこにはやはり3つの姿が。
『……天龍ちゃん、気持ちはわかるけど、やっぱりさっきのは良くないわ。
彼女に謝って』
『お前までこいつをかばうのかよ!いつからそんなに急に物分りが良くなったんだ?
お前だって、こいつらをぶっ殺すときは胸が高鳴るって言ってたじゃねえか。
獲物なら隣に居るだろうが、撃てよほら、早く!』
『いい加減にして。確かに死と隣り合わせの戦いは、私にとって悦びでもあった。
でも、それは何があっても人々を守り抜くという艦娘の誇りが前提だったのよ。
あなたはそうじゃないの?』
『オレが暴れたいだけの単細胞だって言いたいのか?
オレだってみんなを守りたいから戦って来たさ。
だがな、それとこの死体女と仲良くするのは全然別なんだよ!』
『おねがい わたしのせいで けんか しないで』
『黙ってろ、バケモンが!誰のせいだと思ってんだよ!
どうせ何もできやしないくせに、今更ノコノコ陸に上がってきやがって!』
『ごめんなさい あなた まちがってない わたしたち なにもできない
おねがい たすけて おねがいします たすけてください』
『口先だけで謝ろうが床に頭擦り付けようがな!……ずっ、オレはお前らなんかと』
『落ち着いて、天龍ちゃん。ほら、鼻血。これで拭いて』
『放っとけ……とにかくオレはこんな奴らと関わるつもりなんかないからな!』
また一つの人の形が離れていく。残された二人。
『てんりゅうさん ごめんなさい たつたさん ごめんなさい……』
『いいの。天龍ちゃんを許してあげて。まだ心の整理ができていないの』
そこで二人を形作っていた粒子もまた散らばって消えていった。
彼女はどこに行ったのだろう。立ち去った彼女が座っていたベンチには、
また表紙に鳥のマークがある本が残されているだけだ。
広場の真ん中に案内板がある。どうやらここは軍港のやや南寄り。
白い邸宅を中心としているらしい。おっと、こんなものは必要なかったな。
光の球が待ってくれている。また歩き出すと、光の球が飛び始めて私を導く。
今度は少し長い道のりになった。邸宅の東側の道を、逆戻りするように北へ進む。
途中、高いアンテナが設置されたコンクリート製の建物や、煙突のある家屋が見えた。
しかし、光の球はそれには目もくれず、北へ飛び続ける。
それに追随していると、木製の集合住宅がいくつも並ぶエリアに到着した。
光の球はその一棟に入り込む。風通しの良い屋内を光の球が明るく照らす。
一定間隔で10ほどのドアが並ぶ。
取っ手を引いてみるが、ガタガタと音を立てるだけで開かない。
ひとつひとつドアを開けようと試みるが、拒まれているかのように鍵が掛かっている。
やはり光の球に付いていくしかなさそうだ。とある一室の前でふわふわと浮かんでいる。
その時、手の中に小さなバッジが収まっている事に気がついた。
ホール前で手に入れたものと同じく、簡単なイラストが施された物。
相変わらず使い道はわからない。
気にしても仕方がない。とにかくその部屋のドアに手をかけると、今度は開いた。
少し焼けた畳に本棚、背の低い机、布団、洋服タンス。一人暮らしの部屋。
探すまでもなく、机の前に心の断片があった。もう慣れた。
臆することなく近づくと、また光の粒子がはっきりした形になった。
今度は一人きり。机に置かれたラジオの前で膝を抱えて座り込んでいる。
『……わかってるさ。
オレたちはみんなを守るのが使命だって。
オレにだって病原菌をどうこうできるわけじゃないって。
でも、だからって……今更あいつらとどうしろっていうんだ。
どうすりゃいいんだよ、誰か教えてくれよ……』
そして、彼女の姿は消えていった。ただそれだけの短い言葉だったが、
はっきりとした断片になるということは、よほど強い葛藤があったのだろう。
机に置かれたラジオ。スイッチを入れてみる。
勇ましい音楽とともに、男がニュースを読み上げる。
──臨時ニュースを申し上げます!
──舞鶴鎮守府の第一木村艦隊は、去る十一月一日よりソロモン諸島攻略の命を受け、
──鉄底海峡へ進撃を開始!作戦行動中の木村艦隊は同月十四日午後、
──ついに戦艦棲姫を撃滅。ブーゲンビル島奪取に成功。凱旋式を挙行せり!
──深海棲艦の残存兵力は南部へ敗走、
──もはや一はぐれ艦隊の様相を呈するのみであります!
しばらくラジオを聞き続けていたが、同じ内容を繰り返すばかりだった。
恐らく、放送機器が録音した内容を流し続けているだけなのだろう。スイッチを切る。
さて、彼女は自分なりの答えを出せたのだろうか。彼女を探さなくては。
さあ、道を示しておくれ。
光の球が部屋の外へ飛び去る。慌てることなく付いていく。
光の球は、時々遠くに行ったり脇道にそれたりするが、
決して目の届かないところに行くことがない。
たまに視界から外れてもすぐに戻ってきてくれる。
集合住宅から出ると、光の球はまた逆戻りを始めた。
つまり、南へ戻っていくということ。別に構わない。
さっきも言ったが、時間はいくらでもあるのだし、急ぐことに意味などないのだから。
やはり緩い坂をのんびりと進んでいく。先程の広場を横目に、更に南へ。
海にたどり着くと、光の球は港に沿うように西へ誘う。
どこまでも広がる大海原を眺めながら、前進を続けると、
いつの間にかコンクリートの堤防の上に居た。
見下ろすと、2,3mほど下には砂浜が広がっている。おや、あれは。
海にきらめく日光で見落とすところだった。心の断片だ。
階段から砂浜に降り、彼女の元へ。煌めく光の糸が渦を巻き、中で光の粒子が舞う。
人は、心だけになるとここまで美しい存在になるのだろうか。
その輝きに目を奪われていると、心の断片は強い光で視界を白く染め、
寄り添う二人を形作った。
『なあ……オレたちって、なんで戦ってたんだろうな』
『わからない でも わたしたちは この海が だいすきだった それは ほんとう』
『ああ、そうだな。でも、オレたちは戦っちまった。同じ海を愛していたのに』
『とても かなしい どうして こうなったのか わたしも おもいだせない』
『でも、もう違う。最後くらいは、一緒に海を眺められてよかったと、オレは思う』
『わたしも あなたにあえて よかった』
『もっと違う形で会えてたら……いや、もういいんだ。もうすぐ終わるんだからな。
それまでは、ここにいてくれ』
『うん みて みて やってくるわ』
『本当だ。なんだ、病原菌なんていうから、
気持ち悪いヘドロみたいなやつかと思ってたが……綺麗なもんだな』
『ええ おそらが かがやいてる』
『あの中で消えるなら、悪くもねえかもな』
『てんりゅう なかないで』
『お前だって泣いてるじゃねえか』
『うん とっても むねが しめつけられる』
一人がもう一人の手に、自分の手を重ねる。
『……いつか生まれ変わったらその時は、ダチ公になれるといいな』
『だいすき』
二人の姿が、細かい光の粒になり、空高く舞っていく。
その儚くも美しい輝きは蒼い空に吸い込まれ、あっという間に見えなくなった。
こうして、彼女の物語は結末を迎えた。なぜそんなことがわかるのかはわからない。
ただ、もうどこにも彼女の気配を感じない。それだけだ。
潮風に吹かれながら振り返る。堤防の壁にはまた奇妙な長鼻の落書き。
こんなところにまでわざわざ出向いてご苦労なことだ。
それを見ながら階段を上ると、また光の球が心の断片を見つけたのか、
赤レンガの建物へ向かって飛んでいき、待ちくたびれたようにふらふらと揺れる。
さあ、次の物語を紐解くとしよう。