Kanmusu has Gone to the Rapture -幸福な消失- 作:焼き鳥タレ派
光の球は自由に宙を舞いながら次の断片へと導こうとする。
海岸から邸宅前広場に戻ると、今度は邸宅の玄関の前に浮かんでいた。ここか。
立派な作りの木製のドアをゆっくり開くと、
3階まで吹き抜けになった広々としたホールに入った。
その中央には2階へと続く左右に分かれた大きな階段があった。
手すりは細やかな意匠が施されて、滑らかなカーブを描いている。
2階へ上がると、光の球が一直線に、とある部屋に飛んでいった。
そんなに急がなくても、どこにも行きはしないよ。
光の球は、特に高級感を感じさせるドアの前で、
中に入りたそうにぐるぐると回っている。
辺りを見回すと、他にもたくさん部屋はあるが、きっと入れはしないだろう。
時が来るまで。
心を決めると、その真鍮製のドアノブを回して中に入った。
その部屋には、品の良いアンティーク調のデスク、向かい合う2つのソファ、
小さな給湯室があり、何らかの責任者が事務仕事を行っていたのだろうと思われる。
そして、探すまでもなく部屋の中央に心の断片。
光の球が部屋に飛び込み、断片の周りをゆっくり回る。
ひょっとしたらこいつには、好奇心というものがあるのかもしれない。
ならば満たしてやろう。
一歩前に進むと、光の糸、そして粒子が収束し、誰かの心を再現した。
『ヘーイ提督!今日の出撃で私、練度が九十九に到達したヨー!』
『ああ報告を聞いたよ。よく頑張ったな金剛君!君は我が艦隊の誇りだ。
……これからも、貴官の活躍に期待している!』
『エヘヘ、そんなに褒められると照れちゃいマース。ところで提督?
目標達成記念にぃ、何かプレゼントが欲しいナー、なんて……』
『ふふっ、しょうがないやつだな。何か欲しいものを買ってやる。
私の小遣いの範囲内だがな。みんなには内緒だぞ?』
『ノープロブレム!それは~もうこの鎮守府にあるものなのデース!』
『既にあるもの……?応急修理女神か?それとも間宮で食事?』
『提督。私に、“指輪”をください』
『……金剛、私はあんなものは誰にも渡すつもりはない』
『どうして!?ずっと一緒に居た私の事が嫌いなの?
指輪があれば、私、もっともっと提督のために強くなれるのに!』
『あれは君達、艦娘全員を愚弄している!
確かに際限のない練度の上昇は軍縮条約に抵触する。
制限解除に慎重にならざるを得ない事情も理解している。
だからと言って、あんな玩具のような指輪で結婚した風な気になって、
ひとまず喜んでまた強くなって戦えなどという、軍部の思惑を許すわけには行かない!』
『それでも構いません!あなたが、その手で薬指にはめてくれるなら……』
『あの指輪で結婚の約束をしたからと言って戸籍上の夫婦にはなれないんだぞ!
……私はあんなものには反対だ。制限解除が必要なら書類による申請で済むはずだ。
それを粗末な輪っかで満足させて、艦娘の人権問題は見て見ぬふり。
そんな君達を人として尊重しない連中が作ったお仕着せの制度になど従う気はない!』
『……嘘つき』
『何だって?』
『どうせ、他に女が居るんでしょう!そうだ……!最近フランスから来た戦艦の娘。
彼女のこと、やけに気にかけてるじゃないですか。
いつも彼女とお喋りしてて、私にあまり構ってくれなくなりましたよね!』
『馬鹿なことを言うものじゃない。リシュリュー君は、まだ日本の文化に慣れていない。
それにまだ練度も低い。如何に強力な戦艦でも、
演習を重ねてある程度練度を上げなければ、大破の危険性が極めて高くなる。
今はまだ注意深く気を配らなければならない時期なんだ。
君にもそんな時があっただろう?』
『もっともらしいこと言わないでよ……!
結局あなたも色白で青い目の女が好きなんでしょう!?』
『落ち着くんだ金剛』
『散々その気にさせて利用しておいて、最後に選ぶのは白人の女!男なんて……最低!』
『金剛君、待ちたまえ!』
一人がこちらに向かって走ってきた。
恐らく、その時ドアから飛び出していったのだろう。
同時に室内に残されたもう一人が消えていった。
ひとりで使うには広めの部屋を調べてみる。デスクの上に一冊の本。
やはり表紙には鳥のマーク。開け放たれた窓から心地よい風がそよぐ。
さあ、彼女を追いかけよう。
ドアを開け部屋を出る。光の球は廊下を奥に進んでいく。
そして、奇妙な部屋の前で止まった。追いついた先は、何かの部屋の前。
不思議な部屋だ。ドアに6文字の英数字が書かれたプレートが貼られている。
何かのパスワードだろうか。何も書かれていないより余計わからなくなった気がする。
入って確かめるしかないだろう。ドアを開ける。
中に入ると、そこは物品の保管室らしき場所だった。奥の棚の前に心の断片。
そっと近づくと断片が人に変わる。
『……くそっ、こんなものがあるから!』
人の形は何かを床に叩きつける動作をした。
『すまない、金剛……』
この断片は提督と呼ばれていた人物のものらしい。他人の存在まで心に取り込むとは、
金剛という女性にとって、提督はよほど大きな存在だったようだ。
棚に近寄り、足元を見る。
踏み潰された指輪のケースと、宝石すら付いていない小さな鉄の輪。
彼は、これを渡すのをためらっていたのか。用は済んだので立ち去ろうとすると……
おやおや、よく見ると床にも例の長鼻だ。相当ないたずら好きが住んでいたと見える。
不思議な番号の部屋を出ると、
待ちかねたように光の球が元気よく螺旋を描きながら空を飛ぶ。
ついていくと、1階のホールへ。外に出ろということなのだろうか。
でもその時、なんだか、ただゴールを目指して歩くことに飽きが来た。
ちょっと光の球には待ってもらって、この階をうろついてみることにした。
例え入れないところだらけだとしても。
玄関ホールから広い廊下を西に進みながら、開けられる部屋がないか調べて回る。
やはりどれも鍵がかかっていて、返事はガチャガチャの一点張り。
わかりきってはいたことだが。そのうち、とても広い空間に出た。
大きなテーブルと椅子がたくさんある。少し奥には、ステンレス製のカウンターがあり、
奥には厨房が見える。どうやらここは食堂らしい。
開け放たれた空間には行く手を遮るドアがなく、気が済むまで見て回ることができた。
かつてはここで大勢の住人が、
友人達と会話を楽しみながら食事を取っていたのだろうか。
厨房に入ってみる。カウンターの脇に入り口があったので入ることができた、
というより初めからドアがなかった。
清潔さの保たれた調理台や食器棚、コンロなどが並んでいる。
そして厨房の片隅には電子レンジが。
なんとなく試したくなったので、1分ほどに設定してみる。
すると、不思議な事に電気が通っているのか、何も乗せていない皿が周りだした。
設定時刻に達すると、小さな鐘の音と共に電子レンジが止まった。
面白い現象に出会えた。やはり散策はのんびりと行うとしよう。
また、新たな発見があるかもしれない。光の球が待っている。そろそろ戻ろう。
重いドアを開け、邸宅から出ると、待ちかねた光の球が一気に外に飛び出した。
思わず釣られて走り出すところだった。そんなことは無意味なのに。
とにかく次が待ちきれない光の球を追いかけて、
邸宅隣のコンクリートで舗装された道、といってもさっき通った道の続きだが、
それを南に進むと、倉庫の並ぶ区画にたどり着いた。
大型シャッターが開いているものもあれば、閉じているものもある。
光の球は、開いている倉庫に入り込んだ。ここに次の断片があるに違いない。
内部に入ると、高く積み上げられた資材の山がいくつも並んでいた。
その山の隙間に隠れるように、心の断片が。待たせてすまない。
さあ、次の記憶に触れようか。
断片が収束すると、密談でもするように倉庫の隅に二人分の姿が現れた。
『ねえ……フランスに帰って』
『こんなところに呼び出したと思ったらいきなりなに?』
『あなたが提督を誑かしてるのはわかってるの!さっさと国に帰って!』
『ちょっと~あなた何を言ってるのかさっぱりだわ。少し頭を冷やしたら?』
『うるさい!あんたみたいな女を日本語で泥棒猫って言うのよ!
返してよ……私の提督を返してよぉ!!』
『誰か~?ちょっと助けてくださいな。おかしな人に絡まれて困っているの』
『金剛君、何をしているんだ!』
『……提督』
『Amiral.ここのエースはどうなってますの?
いきなり呼び出されて、さっきから謂れのない罵倒を受けているのですけど』
『リシュリュー君すまない。金剛君は今、少し精神的に不安定なんだ。
今日のことは後日謝罪させる。とにかく今は連れて帰ってもいいだろうか』
『ふぅ、そうなさって』
『嫌です!!』
『金剛君、聞き分けないか!』
『ここで、選んでください!私か、リシュリューさん。どっちに指輪を渡すかを!』
『自分が何を言っているのかわかっているのか!
……リシュリュー君、申し訳ないが金剛君から距離を置いてくれ。
勝手なことを言っているのは承知している』
『つまり、もう帰ってもよろしいのね?では、さようなら』
『待ちなさいよ!!』
『金剛!』
『あ、あ……叩いた。私を叩いたわね!
指輪もくれない、白人女にうつつを抜かす、挙句の果てに、私に手を上げるなんて!
やっぱり私に飽きたのね、この裏切り者!もう嫌、こんな鎮守府!』
『待つんだ金剛!』
二人の姿が倉庫の外へ出ていった。倉庫から出ると、もうどちらも居なかった。
この断片はここでお終いらしい。光の球よ、次はどこへ行けば良いのかな。
それは意外と近くだった。倉庫区画の隣。工場のような施設に飛び込んでいった。
倉庫と同じく大きなシャッターが開け放たれ、内部の様子が見える。
中に入ると、天井から吊られた船体の一部や、砲塔らしきものに、
たくさんの小さな光の粒子の塊がくっついている。一体これはなんだろう。
小さな存在が工場内の至る所で動いている。
かつてはそんな姿をしていたのだろうか、想像もつかない。
それより今は追跡だ。わからないことにはいつまでも固執しない。
答えが出ることなど、もうないのだから。
光の球はどこだ。軽く見回すとすぐ見つかった。溶鉱炉のそばに心の断片。
その近くを舞っていた。わかってる。今、解き放ってやる。
溶鉱炉に近づくと、光の線が渦を巻き、中に人の型をした粒子が現れた。
『ですから!明石の権限じゃ解体処分なんてできないんですよ!
ヤケを起こさないでください!』
『いいから!もう生きててもしかたないの!
どんなに頑張ったって、報われやしない、あの人は振り向いてくれない……』
『金剛!』
『提督……』
『ああ、提督!お願いしますよ!金剛さんが自分を解体処分しろって聞かなくて』
『そうか。手間を掛けた。この問題は私が片付ける』
『……なら、早くして。面倒くさい戦艦をただの鋼材に戻して』
『金剛』
『はっ……?』
『キャー……こんなところで提督ったら大胆』
『金剛。結婚指輪というものは、上層部から貰う景品なんかじゃあない。
宝石店で愛する人の顔を思い浮かべながら、精一杯の気持ちを込めて選ぶものなんだ。
私のわがままで君を待たせ、傷つけてしまったことは詫びようもない。
この戦争と感染症騒ぎが終息したら、一緒に指輪を買いに行こう。
二人で、一生の思い出になる結婚指輪を』
『ごめんなさい、提督……私、不安だった。
提督が私を選んでくれないんじゃないかって。
他の素敵な人と結婚するんじゃないかって。
ごめんなさい……でも、もっと抱きしめて。お願い』
『ああ、ずっと離さないさ』
『こういう時、外野はどこに行くべきなんでしょうねえ?困ったなぁ、アハハ。
……あれ?向こうの空から光が降ってきますよ。なんだろう』
『本当だ、あれは一体……』
『でも、綺麗。まるで天使の羽根みたいデス……』
『ああ、そうだな。いつか、こんな光の中で、結婚式を挙げたいものだな』
そして、3人を取り巻く光の線は徐々に薄く消えていき、放たれた粒子が宙を舞い、
少しずつ小さくなって、風に運ばれ消えていった。
工場を見渡す。さっきの小さな存在もいなくなっていた。
ただ、わずかに揺れる鎖が、悲しいほどに小さく音を立てるだけだ。
彼女の物語は終わり。外を眺めるが、真夏の太陽が照りつける青空が見えるだけだ。
もう行こう。次は誰の物語を見せてくれるのかな。