Kanmusu has Gone to the Rapture -幸福な消失- 作:焼き鳥タレ派
大淀はかつての仲間のところに還っていったのだろう。
その結末を見届けると、言い表し難い感情のようなものが湧き上がってきた。
これは悲劇なのか、それとも幸せな結末なのか。答えは彼女しか知りようがない。
ただ潮風に吹かれながら、そんなことを考える。
できることといえば、ただ光の球についていくことだけだ。
今度は、再び海岸に向かって螺旋を描くように飛んでいく。
正門から初めて眺めたときは、とても広く感じたが、実際中に入って彷徨ってみると、
それほど移動に苦労はしないものだ。入れない場所が多いということもあるが。
光の球を追って、邸宅前広場を抜け、しばらく歩くと堤防に沿った砂浜にたどり着いた。
待っていたよ、と言ってくれるかのように、光の球はそこにいた。そばには心の断片。
新たな物語を紐解こう。
断片に近づくと、光の線と粒子がぎゅっと固まり、静かに閃光を放った。
そこには、大勢の人の型と対面するひとりの存在。
はじめまして、いや、さようならだろうか。あなたの物語を見せてください。
『この疫病神!イギリスのせいで世界中の人が死んだ!遺体すら残せないまま!』
『あたしは最初から反対だったんだよ!敵国の艦娘なんざ入れちまうなんて!』
『……』
『黙ってないでなんとか言ったら!?ネタは上がってんのよ!
感染症……いや、細菌兵器をイギリスが開発してたってね!』
『違うわ。国王陛下に誓って大英帝国はそのような非人道的な行いは──』
『とっくに死んだオッサンに誓ったって意味ねえんだよ!
イギリスが最後の通信で言ってたぜ。
VALISって研究所が怪しいウイルスの実験に失敗して、村ごと毒ガスで一掃したってな!
実際病原菌の拡散もイギリスから始まったって話じゃねえか!
どうしてくれるんだよ、人類の半分を殺した鬼畜野郎!』
そう言った人の型が、砂を拾って、ひとりの存在に投げつける動きを取った。
『……っ!みなさん、どうか気が済むまで私を責めて、打って。
でも、国王陛下への暴言だけはやめてください。私は、まだ信じています。
陛下はまだ、ご健在だと』
『ならお望み取りぶちのめしてやるよ!余裕こいて、椅子座ってんじゃ……ねえ!』
人の型が、今度はその手のようなもので、ひとりの存在を殴るように動いた。
粒子の固まりは、輪郭がはっきりしないので、
前後の会話の内容と合わせて判断しないと、何をしたのかわかりにくい。
『あぐっ!』
『俺達はまんまと嵌められたんだ!何が“講和に向けた日英艦交換条約”だ!
コイツだって、どんなバイ菌持ってるかわかりゃしねえ!
みんなも好きなだけやっちまえよ、どうせ俺達は……とにかく、こいつは敵なんだ!
許しちゃいけねえんだよ!』
すると、他の人の粒子たちが、少し戸惑ったあと、
足元の何かを、孤独な存在に投げつけはじめた。
恐らく、砂だけでなく、ぽつぽつと見られる小石も飛んでいったことだろう。
しかし、逃げもせず、助けを呼ぶでもなく、ひとりの粒子はその場で耐えていた。
『やめなさい!』
その時、後ろからもう一人の人物が階段を下りて両者の間に入ってきた。
そして、ひとりきりの存在を守るように、その前に立った。
『鳳翔さん……なんでそんな奴かばうんだよ!
そいつのせいで世界に病原菌が……あっ!』
今度は新しく現れた人物が、皆を扇動していた者の頬のあたりを叩く仕草をした。
『恥を知りなさい。立場上言い返せない相手を寄ってたかって責め立てる。
あまつさえ暴力を振るうなど、五省にもとる所業です!』
『だって、だってよ!イギリスのせいで世界がめちゃくちゃになったんだぞ!?
どうせ日本だってじきに病原菌の餌食になる!
悔しくないのかよ!わけのわかんねえもんに殺されて……』
『彼女が病原菌の発生に関わったという根拠でもあるのですか。
確かに、イギリスの何某という組織が作り出した生物兵器が、
事の発端であるのは間違いないのかもしれません。
しかし、彼女にそれを予見し、阻止できたと本当に思いますか?』
『思わない……けど!』
『わかっています。私とて理不尽な死は本来なら御免被ります。
ですが、ここまで事が大きくなった以上、最期の時は避けられないのでしょう。
だから、その時までは、同じ艦娘同士で笑って生ききってみませんか?』
『……ちくしょう、俺は、あんたみたいに優しくなれねえんだよ』
『なれます。いえ、もともとそうじゃありませんか』
すると、砂浜に集っていた大勢の心の断片は消えていった。
この軍事基地を包んでいる不可思議な現象はイギリスから始まったらしい。
静かなさざなみが打ち寄せる音が心地いい。
だが、こうして海を眺めているわけにもいかない。次の断片を探そう。
光の球が一旦空高く舞い上がってから堤防を戻っていく。
時々意思があるかのような動きを見せる光の球は、どこか可愛げがある。
この基地を訪れて初めて出逢ったが、なぜだろう、
ずっと昔から知っていたような、そんな気がする。今度はどこに行くのだろう。
一旦邸宅前広場に戻ると、光の球は水路に掛けられた小さな橋の上を飛んで、
雑木林の中を走る遊歩道を進んでいく。ここには初めて足を踏み入れる。
木漏れ日がきらめき、遊歩道に影と光の複雑な表情を描いている。
そんな美しい緑の中を歩いていると、小さな飲食店のような建物が見えた。
雑木林を抜けると、開けた敷地に出る。
その飲食店のドア、というよりガラス張りの引き戸を開ける。
店先には短いカーテンのような、何等分かに切った長い布が垂らされている。
何か、この国の言葉で店名らしき文字が書かれているが、なぜか読むことができない。
確かに読めたはずなのに、“必要ないだろう?”と誰かに言われているように、
頭に入ってこない。残念ながら、世界に拒まれては、できることは何もない。
早々に諦めて店内に入った。カウンター席が10席ほど。座敷が3つの小さな店だった。
そして、店を心の断片が照らしている。さっそく近づいてみる。
光の線と粒子が2人の人物を形作る。
『さあ、手当が終わったわ。美人さんなのに痕が残ったら大変』
『Thank you. 鳳翔。もうどこも痛くない』
『ウォースパイトさん、でよかったかしら。……どうして、あんな無茶をしたの?
あなたもやり返したり、助けを呼ぼうとは思わなかった?』
『It’s my duty.(私の義務なの) わかってるの。
みんな、本当はただ恐ろしいだけなんだって。
本当は優しい、けど、今は見えない何かに心を曇らされているだけだって』
『そうね。でも、だからって、あなたがそのはけ口になる必要はないんじゃないかしら』
一方の人物が首を横に振る。
『それで、少しの間でも、みんなが恐怖から逃れることができるなら、
それは私がやるべきことなの』
『あなたは、優しいのね』
『いいえ。Noblesse Oblige.(高貴なる者の義務)
大英帝国を代表する、気品を備えた戦艦として生まれた私には、
みんなを率先して守る義務があるの。心の内に巣食う、恐怖という敵からね』
『そう。優しくて、強いのね』
音もなく二人の姿がほどけ、粒子が散って消えていく。店内にはもう誰の気配もない。
少し視線を走らせると、カウンターの奥に酒らしき瓶が並んでいた。
待っていたら誰かビールでも持ってきてくれるんじゃないか、
そんな馬鹿なことを考えてしまい、
無駄だと知りつつカウンターの前で立ち止まってしまった。
なにをやっているんだ。
数分を浪費してしまったが、全く無駄だったというわけでもない。手の中にまたバッジ。
酒を飲む男の姿が描かれている。せっかくだから店内を見せてもらおう。
小さな厨房に入ると、木製のまな板や、鍋がある。
そして業務用冷蔵庫のそばに、また電子レンジ。
食堂のレンジが動いたのなら今度も動くはず。1分に設定。
すると、唸りを上げてやはり動き出した。
しばらくオレンジの光を眺めていると、鐘の音と共に停止した。
この電気は、誰がどこからどうやって送っているのだろうか。
考え込んでいると、また手の中に妙な感触。
今度は電子レンジの絵が書かれたバッジだ。
このバッジも結構貯まってきたが、何か使い道はあるのだろうか。
それとも、ただ世界がからかっているのだろうか。答えは教えてあげないよ。
そんなふうに笑いながら。それならそれで構いはしない。
ただ、全ての事柄を受け入れるだけだ。もう行こう。
物語の主人公はウォースパイトというらしい。彼女の元へ連れて行ってくれ。
光の球は店から飛び出すと、雑木林を戻っていく。
行き先などわからない。ただ付いていくだけ。
遊歩道を歩いて雑木林を抜けると、再び邸宅前広場に。すると、あった。
ここからでも見えるほど近くに、心の断片。別に宝探しをしているわけではない。
ペースを崩すことなく近づいて、断片に触れる。
それが放つ光に包まれ、二人の人物の姿を見る。
『済まなかった……鳳翔さんが言ってた通りだよ。あんたには何の責任もないのに。
俺、最低だよな』
『No problem. 気にしないで。こんな非常事態だもの、あなたは少し迷っていただけ。
これからも一緒に戦ってくれる?』
『俺を、許してくれるのか?……ああ、もちろんだ!
つっても、もう戦う相手なんていなくなっちまったけどな』
『That’s wrong.(違うわ)まだ、いるわ』
『えっ、まだ誰と戦うってんだ?深海棲艦はもう……』
『恐怖という悪魔と戦うの。鳳翔が言っていたように、
みんなが笑ってその時を迎えられるように、せめて私達は最後まで友達でいましょう』
『俺なんかで、いいのか?』
『あなただけじゃない。艦娘みんな、よ』
『ああ、そうだな……今度艦娘みんなでパーティーやろうぜ!
提督にバレたらゲンコツ食らうから、こっそりお菓子持ち寄ってさ!
あんたも来てくれる……かな?』
『Of course, with pleasure.(もちろん、喜んで)』
『やったぜ!俺、みんなに声掛けとくよ。じゃあ、また後でな。提督には内緒な!』
『……Good bye』
走り去る人影に、もうひとりが小さく手を振る。
そして、記憶を再現した心の断片が、徐々に細かくなり、空に消えていく。
それを待っていたかのように、光の球が飛んできた。今行くよ。案内を頼む。
彼女の断片を求めてまた歩きだす。
最後の断片はそう離れてはいなかった。なぜ最後だとわかるのかは、やはりわからない。
初めて彼女の断片を見つけた砂浜に、再び心の断片を見つけた。
光の球が海岸を気ままに飛び回っている。断片に向かって歩を進める。
視界を一際強い光が包み、そして、二人の人物を映し出した。
『どうしても……行くというの?』
『ええ。祖国が何をしてしまったのか、確かめないと。
これは、私にしかできない義務だから』
『一人で世界の半分に広まった病原菌と戦うつもり?』
『That’s wrong. 私の背中には仲間がいる、友達がいる。だから、ひとりじゃない』
『必ず、帰ってきてね……』
『大丈夫。必ずイギリスにたどり着いて、病原菌を除去する方法を探してくるわ。
……それじゃあ、しばらくお別れね。見送ってくれてありがとう、鳳翔』
『ずっと、待ってますから』
すると、ひとつの人の形が海面へ踏み出す。
不思議とそれは沈むことなく、数歩進むと、告げた。
『……
その掛け声と共に、彼女は水平線の向こうを目指して走り去っていった。
やがてその姿を形作る光の線や粒子が、
海を疾走する彼女から置いていかれるかのように、どんどんほどけ、こぼれ、
やがて人の姿から完全に崩れ去った。
そして、空に浮かぶ線と粒子は、海を駆ける一陣の風に運ばれ、消えていく。
見えない何かに戦いを挑んで消えていった。初めて見る結末に、
最後の断片が消え去っても、しばらくそこから動くことができなかった。
ウォースパイト。あなたの気高い心は決して忘れない。
“見る”ことしかできない存在に残してくれた、高潔な精神を確かに受け取りました。
ありがとう。
海に背を向け、再び進み出す。次の断片を見届けなければ。
遊ぶように波打ち際を飛び回っていた光の球が、急いでこちらに飛んでくる。
さあ、次の物語へ案内を。長鼻の落書きを横目に堤防の階段を昇る。