Kanmusu has Gone to the Rapture -幸福な消失- 作:焼き鳥タレ派
シャッターの開いた大きな出入り口をくぐり、倉庫から出る。
すると、潮気を含んだ突風が叩きつけてきた。驚いて思わず目を背ける。
改めて前を向くと、光の球は平然とした様子で待っている。
実体のない存在は時として便利だな。実体か。
ひょっとしたら、ただ観察するだけの存在にも、そんなものはないのかもしれないが。
旅に戻ろう。さあ、次はどこに行けばいいのかな。
光の球は倉庫区画をさらに南に下ったところにある、
小さな行き止まりのスペースにふわふわ漂っていく。
今度は暖かく緩やかになでてくる潮風に吹かれながら歩を進める。
よく見ると、大分日が傾いてきた。今日はどこかで寝ることになるのかな。
いや、明日も存在していられる保証などどこにもない。世界は気まぐれだからな。
まあいい。ただ最後まで観察を続けるだけだ。
小さなスペースにたどり着くと、そこに心の断片。次は誰の心を見せてくれるのだろう。
そばに寄ると、断片が収束。まばゆい光を放つと、二つの姿を生み出した。
小柄な人物と、子供らしき小さな姿。今度はどちらの物語だろう。
眺めていると、会話が始まった。
『なんで……あんたなんかがここに居るのよ!』
『こうわ した 港湾棲姫 いってた……』
『私は認めてないから!あんた達みたいな化け物と寝食共にするなんて真っ平よ!』
『おこらないで ゼロ レップウ ない だから これ あげる』
子供の姿が小柄な人物に何かを差し出す。
『何かと思えば飴玉?一体どこからくすねてきたのかしら。馬鹿にしないで!』
そして、差し出された手をはたいた。
『いたい!……ごめんなさい だから おこらないで』
すると、背後からもう一つ人の形が走ってきた。
『何をしているの鹿島!』
『香取姉ぇ!
……私はただ、深海棲艦に、もう少し慎んだ振る舞いをするよう、指導してただけよ』
『今の暴力が指導?いい加減になさい。
講和条約が結ばれた以上、彼女達とは友人とまでは行かなくても、
せめて民間人として接しなければならない。あなたもわかっているでしょう?』
『嫌よ!つい一週間前まで私達を殺そうとしてた連中と仲良くするなんて、
私は絶対嫌だから!』
『鹿島、待ちなさい!』
そして、鹿島と呼ばれた女性の姿が走り去っていった。
すると、残った二人の姿も消えていった。
どうやら次は鹿島という人物の心を見ることになりそうだ。
この軍事基地と深海棲艦という存在が敵対していた事実は既にわかっている。
鹿島、あなたが心に抱く葛藤を見届けさせてください。
小さなスペースから立ち去ると、さっそく光の珠が先導し、
倉庫の立ち並ぶエリアから連れ出そうとする。
ここじゃないよ。そう言いたげに、一歩歩くたび、大げさなほど前に進む。
待っておくれ。急いでるわけじゃないけれど。
光の球を追いかけながら進むと、妙な落書きを見つけた。長鼻ではない。
倉庫の壁に、白い蝶のような絵がたくさん。何を意味しているのだろうか。
歩きながらそれを見ていると、いつの間にか邸宅に足が向いていた。
おや、遠くに断片のきらめきが見える。
邸宅の影にそれはあった。一歩踏み出して近づくと、
心の断片を構成する光の線と粒子が凝縮され、ひとつの点になると、
一瞬視界を光で白く染め、物語の続きを映し出した。そこには人の形が2つ。
一人は先程の女性と思しき小柄な人物。もう一人は彼女より背の高い誰か。
『……どうして、さっきはあんなことを?あなたらしくない』
『香取姉ぇはおかしいと思わないの!?
なんであんな奴らが、鎮守府を当たり前のようにうろついてるの?みんなもみんなよ!
命惜しさに擦り寄ってきた連中を平気で受け入れて!私は絶対嫌だから!』
『そこまで、彼女達を嫌う理由は何?』
『敵だったからに決まってるじゃない!他に理由がいる!?』
『本当に、それだけ?』
香取という女性が問うと少しの間が。そして、鹿島の姿が叫んだ。
『ええ、そうよ!奴らがちやほやされてるのが気に入らないのよ!
香取姉ぇは腹が立たないの?どうして書類一枚にサインされただけで、
あいつらが鎮守府を自分の家みたいに堂々と歩いて、私達は相変わらずなの!?
……香取姉ぇだって知ってるんでしょ。私達が影で“箸置き”って言われてること!』
『あなたも堂々とするべきなの。練習巡洋艦としての誇りを持って』
『そんなものどうすれば持てるのよ!“居ても居なくても一緒”なんて言われて!
おまけに感染症騒ぎで、提督は忙しくなって、ますます私に構ってくれなくなった……
確かに、金剛さんっていう想い人がいるってことはわかってる。
でも!それでも、こんな事になる前は私にも優しくしてくれた。
それが今じゃ、“別命有る迄待機”の一点張りだものね!』
『……お姉さんじゃ、だめ?』
香取という女性が鹿島の姿を抱き寄せる。すると、鹿島が涙混じりの声で語り始めた。
『香取姉ぇ……私、悔しいよ。
どうして明石さんみたいな、みんなに頼られる技術を持ったり、
長門さんみたいに強い艦に生まれてこなかったのかな……』
『あなたが生まれてきてくれて、お姉さんは嬉しい。
軍艦として命尽き果てた後、こうして艦娘という姿に生まれ変わって、
あなたとまた巡り会えたときは、本当に嬉しかった。
あなたはお姉さんにとって、代わりのいない、かけがえのない存在。
そんなあなたが、自分を否定ばかりしているのは、お姉さんも悲しいの。
だからお願い、自分を大事にしてあげて。
あなたを必要としている人が必ずいることを、忘れないで』
『ぐすっ……お姉ちゃん、お姉ちゃん……!』
そこで心の断片は一旦の終わりを迎える。香取という女性が気になることを言っていた。
まるで自分には前世の記憶があって、
しかも艦の姿をしていたとでも言うような表現だった。
だったら、今まで見てきた心は人であって人でないということなのだろうか。
わからない。
とはいえ、こうして旅を続けているあやふやな存在も、
誰かを定義できるほどはっきりした代物ではないのだが。
行こう。考えてわからないことにはいつまでも固執しない。いつも通りじゃないか。
光の球、次の断片へ案内を頼むよ。
光の球は嬉しそうにぐるぐる螺旋を描きながら次の目的地へ誘おうとする。
が、壁をよく見ると、久しぶりに長鼻の落書きだ。
日陰になっているから見落とすところだった。確か西側の壁にもあったな。
提督という人物が見たら、またまた怒り心頭だろう。
ずいぶんな物好きがいるものだ。その時、手の中に慣れた感触。
この長鼻が描かれたバッジだ。このバッジの存在も謎だ。世界をよく見たご褒美なのか。
わからないことだらけだ。これで旅と言えるのかわからない。
しかし、旅を続ける以外にできることなどない。
ただ皆が残していった心を見つめるだけだ。光の球を追う。今度は南の方角だ。
海へ向かって歩く。木でできた桟橋の上を光の珠が飛んでいく。
長い長い桟橋の先端にきらきらと光る心の断片。少し歩いてようやくたどり着く。
さあ、次の物語を。断片に近づき、収束を促す。閃光が止むと、2つの人影。
ひとつは幼子、もうひとつは小柄な人物。
『あっ かしま……』
『さっきは、ごめんなさいね。あなたに八つ当たりなんかして……』
『ごめん わたし うみに かえる かしま かなしくない』
『駄目よ!』
『えっ』
鹿島が幼子の姿を抱きしめた。
『ここに、居てちょうだい。私、やっと認められるようになったの。
あなた達を嫌ってたんじゃない。自分で自分を嫌ってたんだって』
『かしま あったかい』
鹿島の姿は、懐から何かを取り出し、子供に差し出した。
『ごめんね。烈風はあげられないけど、
日向さんにお願いして1機だけ分けてもらったの。これで、許してくれる?』
『やった! ズイウン! すいてい!』
『喜んでくれて、嬉しい』
『かしま これ あげる』
『飴玉?……ありがと。ふふ、おいしい。……ねえ、ほっぽちゃん』
『なあに』
『私の力じゃ、病原菌騒ぎを解決なんてできないし、戦にも勝てない。
それでも、私と最後まで一緒にいてくれる?』
『うん! かしま ともだち』
『そう……ありがとう。ありがとう』
二人は夕陽できらめく海を背に抱きしめ合う。海はどこまでも凪いでいた。
そして、子供が空を指差す。
『かしま みて』
『あっ……そっか。あれが、そうなのね』
『きれい』
『本当。素敵な光。きっと病原菌なんてただの噂で、私達を迎えに来てくれたのね』
『かしま……』
『うん。ずっと、一緒だからね……』
そして、二人の姿はゆっくりと解けていき、光の粒となり、
紅く光る大海原の景色に同化していった。もう、鹿島の心は感じられない。
彼女の言うとおり、幼子とともに旅立っていったのだろう。
光の珠は、ただそばでふわふわと浮かぶだけだ。
素敵な物語をありがとう。誇りなどという概念を持てない存在にとって、
最後に自らの在り方を認識し、受け入れることができたあなたは、
とても羨ましく感じられました。
……さあ、もう行こう。じきに日が沈む。きっと次の断片で最後になると思う。
光の球が直線的に伸びる桟橋の上を飛び始めた。