Kanmusu has Gone to the Rapture -幸福な消失-   作:焼き鳥タレ派

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このパターンは私のもの

軍事基地に夜の帳が下りる。連れ合いだった光の球はもういない。

どこに行ってしまったのだろう。

もう、この観察者は用済みだとみなされてしまったのか。

あるいは……真実は自分の目で見届けろという、世界の意志なのか。

いずれにせよ、旅が終わりを迎えようとしていることに変わりはないようだ。

勇気を奮い立たせて一歩を踏み出す。

 

幸い真っ暗闇の中での探索を強いられることはなかった。

光の粒が宙を舞い、あちらこちらに散らばり、行き先を照らしてくれる。

それらはただ浮かんだり、地に落ちるのではなく、

まるで遊んでいるかのようにアーチを描いたり、幾何学的模様を形作る。

気がつくと、前方からひらひらと何かがこちらに飛んでくる。光の蝶。美しい。

 

どこへ行くべきなのか。その場でぐるりと一回りして景色を見回す。

すると、なぜ気づかなかったのだろう。広場に隣接する雑木林のそばに高い崖があり、

頂上に向かって長い階段が伸びている。

その階段をゆっくり、ゆっくりと上っていき、途中の踊り場で一度立ち止まる。

見上げると息を呑むような満天の星空。こんなに星が美しいと思ったのは初めてだ。

 

吸い込まれるような美しさにしばし立ち止まっていたことに気づくと、

また足を持ち上げて階段を上りだした。長い長い階段。

ようやく頂上にたどり着くと、基地とはまるで雰囲気の異なる光景が広がっていた。

 

天文台のようなドーム状の屋根の建物がいくつも並び、

広いアスファルトの道路で繋がっている。

道路にはチョークで難解な数式らしきものが延々と記されていた。

1号塔の門をくぐる。建物前の階段に無造作に置かれたテープレコーダーがある。

再生すると、オープンリールが回り、磁気テープを送りだす。そして音声が流れ始めた。

 

 

『飛行機でスティーブンは窓の外を指さした。「あそこだよ」といって。

「我が家だ」でも、ただの模様にしか見えなかった。

私はこの瞬間まで、何かが他者を完全に包み込めるなんて思いもしなかった』

 

 

それだけでテープは終わった。

この声は、世界の終わりを告げたケイトという女性のものだ。

彼女は何を思い、去っていったのだろうか。彼女は6号塔にいると言っていた。

足取りを追いつつ、5号塔までを周ってみよう。

光の球の導きではなく、“私”の意志で。

 

やはり謎の数式が敷き詰められる舗装された道路を歩くと、3号塔に行き着く。

簡易テーブルにまたテープレコーダー。再生すると、またケイトの独白が聞こえてきた。

 

 

『誰も傷つけるつもりはなかった。なぜ身ごもったリジーが逃げようとし、

それを止めるのが間違いだったのか。説明しようとした。間違いを犯していたのだと。

スティーブンとリジーは一緒になったけれど。それでよかったと思う。

フランクはメアリーと農場を歩いている。

ウェンディーとエドワードは仲睦まじく寄り添っている。

ジェレミーはようやく神とともに安らかに横たわる。みんな一つになれて……幸せそう。

今ならよく理解できるわ。それは時と蝶を、寄せ集める存在』

 

 

ケイトと彼女と関わっていた住人の間に、

かつては軋轢が走っていたことを予想させるような内容だ。

しかし、わからないことも増えてしまった。時と蝶を、寄せ集める存在。

それは一体何なのだろうか。今更私が頭をひねった所で答えは出ないのだろうが。

 

“私”?いつの間に私は一人称を使うほど確固たる存在になったのか。いや、いい。

結末が近づいている。私の存在など些細なことだ。

小さな階段を上って道路に戻り、また緩い坂道を戻る。

少し進むと2号塔。小屋の中にテープレコーダー。再生する。

 

 

『蝶が陽の光の中で踊っているのをみつめた。たった1日に凝縮されたその命を。

黒ずんでいく引き潮の間でまばたきをする。

横たわる私をパターンが取り巻き、必然性を感じた。

欠如から生まれる存在の必然性。普遍的な変化』

 

 

蝶とは、夜になってから見かけるようになった光る蝶のことだろうか。

凝縮された命とは、「それ」に飲み込まれていった命を指しているのだろうか。

難しい言葉が多く、私の理解が追いつかない。

ケイトを取り巻く“パターン”とはなんだろう。

次々新しい言葉が出てきて私を悩ませる。

彼女の言葉を頭のなかで反芻しながら歩いていると、次は4号塔。

また、屋外の簡易テーブルにテープレコーダー。

 

 

『パターンが傾き、時がゆっくりと止まりゆくのを見つめた。

スティーブンの手から炎が飛び出したその瞬間が永遠に宙に漂う。

確かに最後の瞬間、彼が私を……見ていた気がした。怖がっても、怒ってもいない。

あの時の表情を……まるで初めて見た時のように覚えている。

はじめての時のあの表情と同じ表情。朝早く目を覚ました彼は寝ぼけ眼でこういった。

「愛しているよ」愛しているから、彼を炎の中へと私は行かせた。

でも私はまだ行けないの。私達はこの場所で時間を独り占めした。

迫り来る暗闇を恐れて地面に明かりを照らした。

でも今なら、生とは光に固執することじゃないと理解できる。

私は、百万もの死の星から届く光の意味を理解せずに、ただ観察する人生を送ってきた。

私たちが照らす光は……死さえも超越する。

その命から生まれたパターンは、暗闇に架け橋をかける』

 

 

あまりに難解でほとんどが理解できない。ただ、私との共通点。それは、“観察”。

何百光年も離れた、今は滅びている星が放った光を、私達は見ている。

そう、この軍事基地でいくつも見てきたような、かつてそこで生きていた人たち。

ケイトたちが照らす光は、死さえも超越する。

 

すると、光に飲み込まれていった人たちは、死んでしまったのではなく、

新たな存在に昇華したということなのだろうか。

ろくに使ったこともない言葉を引っ張り出して、

考察という名の無駄な抵抗を試みていると、5号塔の敷地にいた。

箱の上にテープレコーダーがある。スイッチを押す。

 

 

『それは塔の陰から現れて、観測所から谷へと進み世界を破滅させる。

すべてのものが光となり、すべてのものが動きを……止めた。

世界は私たちが刻んだ痕で成り立っている。

いたるところに存在し、この物語の架け橋となる。

この世界は私たちが生まれる前から存在し、いなくなっても続く。

空っぽの牧草地や家々に、私たちは光を放ち、みんながその光のなかで舞い踊る。

恐れず静かに消えゆこう。何も変わることはないのだから』

 

 

ようやく具体的な話になり始めた。

やはり、世界を包んだ“光”は、この天文台から生まれた。

そして全ての命を光に変え、あとに残されたのは空っぽの痕跡。皆が生きた証だけ。

やはり皆は光の中に存在する。ケイト自身もきっとそこに。

 

ようやくたどり着いた6号塔。

一際立派な観測所。巨大なパラボラアンテナや望遠鏡が設置されている。

私を招き入れるように光の線が奥に伸び、

キャンドルを灯すように粒が地面の散らばり足元を照らす。

ドアが開いている。私は心を決めて中に入った。

 

そこは一面板張りの床が広がる、広大な空間。

ただ中央に小さなテーブルと椅子があり、テーブルにはテープレコーダー。

そして、最後の心の断片。私の旅の終着点。

 

テープレコーダーの前に成人の姿。

きっと、ここで必死に「それ」を食い止めようとしていたケイトという女性だろう。

彼女がテープレコーダーのスイッチを入れた。

 

 

『終わりが近づいてくる。怖くはない。一緒にいるから。

みんなと離れて暮らし、ようやく理解した。触れて属することができなかったと。

でももうどうでもいいこと。みんないなくなって、私達もそこへ行く。

離れ離れで生まれ、果てしない暗い海の岸辺に流れ着き、直に波に連れ去られるだろう。

でもそれまでの間、命を噛みしめるその一日。

陽の光の中で踊りながら、逃したものを見つけよう。

私達をひとつにする愛。神の内在。一人の人なんていない。このパターンは私のもの』

 

 

カチリと音を立て、オープンリールが止まった。ケイトの最後の言葉。

最後ではなく始まりなのかもしれないが。そして、世界が光に包まれる。

終わることのない光。そうか、そうなのか。

私も、ひとりぼっちなんかじゃなかったんだね。

皆も大いなる神をその身に宿し、その名の元に一つになった。

愛が、とても、温かい。

 

 

 

 

 

──私はキャサリン・コリンズ博士。これを聞く人はいるのだろうか。何もかも終わり。

  残されたのは私だけ。

 

 




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