チェロとお味噌汁と剣のための三重奏曲   作:おかぴ1129

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10. あなたと二人で、いられる幸せ

「……普賢院智久、昨日の詫びだ」

 

 今日もチェロの練習を行おうと練習室へと足を運んだのだが……入り口のドアの前で、雰囲気がロドニーさんによく似たエジプトのミイラが、薄水色の清掃服を着て待ち構えているという、今後の人生の中でも二度と経験することがないであろう珍事に出くわした。

 

「えっと……ど、どなたですか?」

「ろ、ロドニー……だ……」

「……なんでそんなミイラみたいになってるんですか? イギリスとエジプトって縁が深いからですか?」

「い、いや……」

 

 自称ロドニーさんのこのミイラいわく……発表会に僕と鳳翔さんを覗き見ていたことの罰として、オーナーからの指示で、昨晩の晩御飯と今朝の朝ごはん、そしてお昼ごはんが抜きになってしまったんだとか。おかげでロドニーさんは昨日のお昼から何も食べることが出来ず、ミイラのように干からびてしまった……とのことだ。

 

 実はバレない程度にこっそりと、鳳翔さんからご飯をもらっていたらしいのだが……やはりそこは、元艦娘。普段と比べて極端に食べられる量が少なく……

 

「だからといって、ミイラになるほど干からびないでくださいよ……」

「自業自得だからな……し、仕方がないんだ……」

「……そ、そうですか……」

「しかし……おなかすいたなぁ……モップも持てんなぁ……」

 

 聞けば、赤城さんとソラールさんも同様に干からびているらしい。最も、赤城さんはともかく、ソラールさんは別の理由で干からびているみたいだと、ロドニーさん似のミイラは力なく笑う。いや、笑わないで下さいロドニーさん。怖いです。キモいではなく、怖いです。

 

「じゃあなんでソラールさんは干からびてるんですか?」

「本人曰く『殺られすぎて人間性が限界に……』と言っていた。何かがあったのかもしれないな」

 

 そういい、震えながら一枚の封筒を僕に渡すロドニーさん似のミイラ。正直、覗き見の罰なので本人が言うとおり、自業自得なわけだけど……

 

「しかし……普賢院智久よ……」

「……」

「ご飯が食べられないって……辛いな……おなかがすくって……悲しいなぁ……」

 

 そうつぶやき、ふるふると震えながら悲しそうに力なく笑うロドニーさん似のミイラ。その姿が、痛々しくて見ていられない。僕は、お昼に食べようと思ってすっかり忘れていた焼きそばパンをバッグから出して、それをミイラに手渡した。

 

「……よかったら、どうぞ」

「こ、これは……いいのか……?」

「見てられませんよ……」

 

 パキパキと音を立てながらニコリと笑ったミイラは、次の瞬間僕の手から焼きそばパンを奪い去り、袋を必死に開けた後、ガツガツと音を立て、涙を流しながら焼きそばパンを頬張っていた。

 

 そんな非現実的な様子を尻目に、僕は先程ミイラから受け取った封筒を眺める。紙は古紙っぽい処理が施されたベージュのもので、封はノリではなく、真っ赤な封蝋とシーリングスタンプで行われている。今時珍しい、粋な封筒だ。

 

 シーリングスタンプは戦艦の意匠が見て取れる。その封蝋の封を破り、僕は封筒の中の一枚の紙を取り出した。内容は……どうやら、コンサートのちらしのようだ。

 

「……クラシックコンサートですか」

「ああ……はぐっはぐっ……昨日のお礼と……はぐっ……私たちの非礼に対する詫びの意味もある……うまうま……」

 

 心持ち、ロドニーさんの声に元気とハリが戻ってきた気がした。ちらっと姿を見たが、ミイラはいつの間にかいなくなっており、代わりに、僕がよく知るロドニーさんがそこにいた。なんとか元に戻って万々歳だ。

 

 ロドニーさんの人間への回復に安堵しつつ、僕は再び封筒から取り出した紙に目を通す。紙はいわゆるパンフレットで、なんでも今晩と明日、市のシアターホールでオーケストラのコンサートが開催されるらしい。

 

「また随分と急な話ですね」

「大淀パソコンスクールの生徒の中に、そのオーケストラのメンバーがいるそうだ。その縁で、数日前にチケットをたくさん譲ってもらったと、ソラールが言っていたな」

「へぇ~」

「そのパンフレットも、ソラールの教え子が作ったと言っていたぞ」

 

 ……ぁあ、なるほど。だからお日様マークが入ってて、パンフレットのラストが『我々太陽の戦士たちの演奏を、太陽になった気分で暖かくお楽しみ下さい』って締められてるのね……師匠が師匠なら弟子も弟子……ってわけか。

 

 封筒の中を再び覗く。中には、今日の日付のチケットが一枚、入っていた。

 

「これ、僕にくれるんですか?」

「ああ。今晩、みんなで一緒にどうかと思ってな」

「みんなって?」

「私と赤城……ソラールとその太陽の神通……天龍二世は留守番だが……あとは鳳翔も顔を出す」

「鳳翔さんも!?」

「ああ。なんでも昨日のお前の演奏を聴き、クラシックに興味が出てきたみたいでな。わざわざ食堂のシフトを他の者に変わってもらっていた」

「そっか……」

 

 胸に柔らかい暖かさが、じんわりと広がる……鳳翔さんが、僕の演奏をきっかけにして、クラシックに興味を持ってくれた……それは、楽器を弾く者として、とてもうれしいことだ。鳳翔さんの興味に、僕も少しだけ関われたという事実が、とてもうれしい。

 

「……それに、お前に一緒についてきてもらわないと、我々も困る」

「どうしてですか?」

 

 なんでも、鳳翔さんをはじめとしたみんなは、クラシックコンサートといった格調高い場に出たことが一度もないんだとか。おかげで、どんな服装でどんな風に会場に向かえばいいのかさっぱりわからないらしい。まぁ、普段聴かない人からすれば、オーケストラのコンサートなんて、敷居が高いものなのかもしれないなぁ。

 

「いや、観劇とか、他のジャンルの音楽のライブやコンサートと変わらないですよ?」

「とは言っても、どうにも勝手がな……」

「ロドニーさんなんかはイギリスの方だし、クラシックコンサートに行くなんてことは、本国では日常茶飯事ではなかったんですか?」

「私は戦う艦娘だったからな……こういう文化的なことには疎い」

「そんなものなんですか?」

「そんなもんだ」

 

 開場時間を見ると、午後7時半。会場になるホールの場所も知ってるし、これなら、チェロの練習をして、晩御飯を食べる余裕もある。僕はロドニーさんに『行きます』と返事した後、もしものときのためにロドニーさんとLINEのアカウントを交換し、練習室に入ってチェロの練習を行った。

 

 練習中、ロドニーさんからLINEが飛んできたことに気付いた。

 

――晩御飯は、鳳翔がお弁当を作ってくれるそうだ

  開場一時間前に、休憩コーナーで落ち合おう

 

 おっ。これは朗報だ。コンサートが行われるホールって、確か休憩コーナーみたいな一角があったはずだ。イスとテーブルが準備されていて、飲食も出来るよう、冷たい水や温かいお茶の準備もされていたはず。……つまり、今日も僕は、鳳翔さんの美味しいお弁当にありつけるということだ。これはとてもうれしい。

 

 一通り今日の練習を済ませた後チェロを片付け、僕は会場へと向かうことにする。一度自宅へと戻り、荷物を置いてから会場へと移動し、ホール入口前、休憩コーナーのテーブルの一つの席へと腰掛けた。

 

 腕時計を見ると、午後6時20分。ロドニーさんからの連絡だと、そろそろみんなが集まり始める頃だと思うが……。

 

「遅く……なりました……」

 

 ……もうね。周囲がワイワイガヤガヤしていてもわかる。どれだけ周りが騒がしくても、その人の言葉に……声に、僕の耳はフォーカスがくっきりと合う。休憩コーナー入口に振り向くと、そこにいる彼女の姿を見た僕の顔は……自分でもわかる。自然と、満面の笑顔になっていた。

 

「……鳳翔さん!」

「ぁあ! 智久さん!!」

 

 僕の視線の先にいたのは、鳳翔さん。ピンク色のシンプルな和服に、よもぎ色の羽織を羽織った鳳翔さんが、剣術大会の時と比べてふたまわりほど小さなお重と水筒を持って、息を切らせて立っていた。

 

 鳳翔さんも、僕を見るなり、満面の笑顔になる。僕は立ち上がり、パタパタとこちらにかけてくる鳳翔さんを迎えた。

 

「ハァ……ハァ……お待たせしました……」

「いやいや、僕も今来たところです」

 

 息を切らせた鳳翔さんの手を取って、僕は彼女を椅子へと座らせてあげる。初めて握ったときのように、鳳翔さんの両手はサラサラと心地よく、そしてポカポカとあたたかい。

 

 そばにある自販機でミネラルウォーターを買い、それを鳳翔さんに渡した。手に持ってる水筒はひょっとしたらお茶かもしれないけれど、だったらこのミネラルウォーターは、僕が飲めばいい。そう思ったけれど、どうやらその心配はいらないみたいだ。鳳翔さんは、僕がミネラルウォーターを渡すやいなや、蓋をパキッと開けて、静かにくぴくぴと煽り始めた。よっぽど走ってきたんだなぁ……

 

「ふぅ……落ち着きました。智久さん、ありがとうございます」

「いえいえ」

「それはそうと、みんなはまだですか?」

「まだですが……一緒ではなかったんですか?」

「はい。私は一番最後に出ました。このお弁当の準備があって……」

「……へ?」

 

 どういうこと? 鳳翔さんより先に出発したのに、その鳳翔さんの方が先に到着した? 当然の疑問が沸き起こる……。

 

「あれ……みんな迷ってるのかな……?」

「そんなことは無いと思いますけれど……」

 

 僕と鳳翔さん。互いに顔を見合わせ、同じ方向で同じ角度に首をかしげる。うーん……他のみんなは、一体どこに行ってしまったというのか……そんなことで頭を悩ませていたら、僕の携帯にメッセージが入った。懐から取り出し、鳳翔さんとともにスマホの画面を覗きこんできた。

 

「あれ……ロドニーさんからだ」

「ホントですね……連絡先を交換されたんですか?」

「はい。このために」

 

 二人で不思議に思いながら、僕は画面をタップし、ロドニーさんからのメッセージを開いた。

 

――昨日のお詫びだと言ったはずだ。

  今日は二人で楽しんでくれ<スポンッ

 

 こ、これは……鳳翔さんと、再び顔を見合わせた。

 

「え、えーと……」

「で、デート……ということ、でしょうか……」

 

 デート……その事実が、僕と鳳翔さんの頭を沸騰させた。

 

「「ボンッ!!」」

 

 非常事態だ……ッ! ここに来て突然の、二人だけのデート……ッ!? 頭の回転にブレーキがかかり、僕の頭の中は、『鳳翔さん』『二人きり』『デート』の3つの言葉だけで埋め尽くされてしまった。

 

 それは鳳翔さんも同じようで、まっかっかな顔でうつむき、お弁当をテーブルにおいて、人差し指をつんつんと突き合わせ、もじもじと恥ずかしそうに悶ている。こんなカワイイ鳳翔さんを見られて幸せ……あ、あー……いやいや。

 

「……あ」

「?」

 

 フと鳳翔さんが声を上げた。

 

「えっと……ど、どうかしたんですか?」

「お弁当……みんなの分も作ったんですが……」

 

 そういえば、最初はここでみんなで鳳翔さんのお弁当を食べる予定だったんだもんなぁ……これはちょっと、ロドニーさんに文句を言った方がいいだろう。いらないならいらないで、作る人にはキチンと伝えるべきだ。特に、鳳翔さんならッ!

 

 僕はスマホを操作し、ロドニーさんに対して『鳳翔さん、みんなの分のお弁当も作って持ってきてくれたのに……』とメッセージを送った。

 

 すぐに『すぽんっ』と音が鳴り、ロドニーさんからの返事が届いた。鳳翔さんと共に、彼女の返事を確認する。

 

――あ

 

 ……そこまで考えが及んでなかったみたいだ……まぁ、ミイラになってたからなぁ……頭の回転が鈍るほど、おなかをすかせていたのかもしれないなぁ……。

 

「……じゃあお弁当は、コンサートが終わってから、みんなでゆっくり食べましょうか」

 

 と鳳翔さんが提案し、僕も確かにそれしかないなぁと思った。本当は、終わった後は鳳翔さんとゆっくり二人でコンサートの話をしたい……とも思ったけれど、きっとこれからも、その機会はあるはずだ。

 

「そうしましょう。ロドニーさん、すごくおなかをすかせてたから、きっと喜ぶと思います!」

「ですね!」

 

 鳳翔さんのうれしそうな笑顔に心をほくほくとさせてもらい、僕はロドニーさんに再度メッセージを送る。

 

――コンサートが終わったらみんなで食べましょって、

  鳳翔さんが言ってます

 

 するとすぐに、『すぽん』という音とともに、ロドニーさんからの返事が届いた。

 

――やったー!!

 

 ……五歳児か? この、何の工夫も意地もないメッセージを臆面もなく送ってくる辺り、やっぱりあの人は、五歳児なのか? ロドニーさんの精神年齢にいささかの疑問をいだき、しかめっ面でスマホの画面を覗いていたら、再度『すぽんっ』という音が鳴り、ロドニーさんからのメッセージがまた届いた。

 

――やっぱり、私はお前たちが好きだ!!

 

 スマホの画面を見た僕と鳳翔さんが、目を合わせる、数秒の間見つめ合った後……

 

「「ぷぷっ……」」

 

 と吹き出した。鳳翔さんは僕よりも上品に、右手で自分の口を隠しながら。

 

「笑っちゃダメですって鳳翔さん……ぷぷっ……」

「いや……なんだかロドニーさんがおかしくて……ぷぷっ……」

 

 ……まぁいい。ロドニーさんがこうやって僕らにぷぷぷと笑われるのは、要は連絡を怠ったロドニーさん自身が悪いんだ。そう思おう。

 

「あ、でも!」

「はい?」

 

 鳳翔さんが思い出したように、ポンと手を鳴らす。そんな彼女の傍らには、みんなの分の晩ご飯がつまったお弁当と、水筒がひとつ、置いてある。

 

「どうかしたんですか?」

「えっと……ひとつだけ」

 

 鳳翔さんが、水筒を手に取った。その蓋を開き、カップになっている蓋に、中身をコポコポと注ぎ出す。蓋を開いた途端に、鰹だしと味噌のいい香りが漂い始めた。

 

「……智久さん、どうぞ」

 

 満面の笑みの鳳翔さんが、僕に差し出したカップ。僕の鼻先に持ってこられた、鳳翔さん自慢の、僕が大好きな、鳳翔さんのお味噌汁。……でも。

 

「ありがとうございます! ……でも」

「?」

「あとでみんなと一緒じゃなくて、いいんですか? 僕だけ、先に頂いても、いいんですか?」

 

 そうだ。このお味噌汁は、晩ご飯の一品。確かに今飲まないと冷めてしまうのかもしれないけれど……そんな大切なもの、今飲んでもいいのかな……しかも僕だけ……。

 

 僕の葛藤をよそに、鳳翔さんによって目の前に持ってこられたわかめのお味噌汁は、周囲にいい匂いを漂わせながら、僕の鼻と胃袋を挑発し続ける。『ほーら智久さーん。私はおいしいですよー?』というお味噌汁の声が、CV鳳翔さんで聞こえてくるようだ……。

 

「……智久さん」

「はい」

「このお味噌汁は、あなたに飲んでいただきたくて、作ったものです」

「はぁ……」

「昨日言ったでしょ? 何度でも何度でも、お味噌汁であなたに気持ちを伝えるって」

「う……」

「昨日の智久さんのチェロに対する、私の答えがこれです」

 

 湯気の向こうの鳳翔さんが、ふんわりと笑う。

 

 その笑顔に胸がドキンとし、胸の辺りがほんの少し、むずむずとくすぐったくなる。

 

 でもそれが、とても心地よくて……ずっと、このまま時が止まって欲しくて。

 

「だから、飲んで下さい。あったかいうちに。……私の気持ちを」

 

 周囲の人たちが、少しざわざわとし始めた。『あれ? すごくいい匂い……』『あ……なんだかすごく、味噌汁飲みたい……』『なぜだろう……涙が……』という声が所々から聞こえてる。鳳翔さんのお味噌汁の香りが周囲に漂って、その人たちのお味噌汁中枢を刺激しているんだろう。

 

「……じゃあ、いただきます」

「はい。どうぞ」

 

 周囲の声に惑わされず、僕は、鳳翔さんの気持ちが篭った味噌汁を受け取り、熱い内に、静かに……

 

「ふーっ……ふーっ……」

「……」

「ずずっ……」

 

 ゆっくり、じっくりと、お味噌汁を味わう。

 

「……」

「……」

「……」

「……ほっ」

 

 途端に、心地いいため息がこぼれ、僕の全身が、リラックスしはじめた。小さな炎がぽっと点いたように体の芯が暖かくなり、その心地よさに、意識が途端に緩み始める。

 

 そっか。これが“安心する”ってやつか。

 

 僕はいつの間にか、鳳翔さんに……鳳翔さんの心に、安心を感じるようになっていたんだ。

 

――私は、あなたをお慕いしています

 

 なんだかそんなことを鳳翔さんから言われた気がして、慌てて鳳翔さんの目を見るが……

 

「……」

 

 鳳翔さんはただ微笑み、僕の顔を眺めているだけだった。

 

「鳳翔さん」

「はい?」

「美味しいです。……とっても、美味しいです」

「ありがとうございます。私も、とてもうれしいです」

「僕も、とてもうれしいです。……ありがとうございます。鳳翔さん」

 

 安心して緩みきった意識の中で、休憩コーナーにかけられた時計を眺めた。時計の針が指す時刻は、午後7時。

 

 開場まではまた時間がある。もうちょっとゆっくりと、鳳翔さんの美味しい気持ちを味わおう。

 

「ところで鳳翔さんは飲まないんですか?」

「私もいただいていいんですか?」

「飲んで下さい。一緒に、飲みたいんです」

「ありがとうごさいます。じゃあ、いただきますね」

 

 笑顔の鳳翔さんと、二人で、いっしょに。

 

 終わり。 

 

 




もうちょっと続きます。
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