チェロとお味噌汁と剣のための三重奏曲   作:おかぴ1129

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7. あなたの声が聞きたくて(後)

……

…………

………………

 

 数週間前のある日、ロドニーさんが大学の清掃の仕事を終え、晩ご飯を食べようと食堂で順番を待っていた時の事だった。ロドニーさんのはるか先で、鳳翔さんと、鳳翔さんから夕食を受け取る僕の二人の姿を見つけたそうだ。

 

「む……普賢院智久め……こんなところでのうのうとご飯を……ッ!!」

 

 夕食を受け取った僕は、ロドニーさんにまったく気付かず、空いた席を見つけて、静かにその席についた。

 

 ロドニーさんは、僕に向けて静かに殺気を放っていたそうだが(全然知らなかった……)、ここでロドニーさんは、鳳翔さんが厨房内でえらくこそこそと動き回っていることに気付いたらしい。

 

「……鳳翔?」

 

 しばらく鳳翔さんを観察していると、鳳翔さんは、ある一角で立ち止まり、僕の方をジッと見つめはじめたんだとか。

 

 気になったロドニーさんは、夕食を受け取る順番が後回しになるのもいとわず、並んでいる列を抜け、裏口から厨房に入り、こっそりと僕を眺めている鳳翔さんに声をかけたそうな。

 

「……鳳翔?」

「ひ、ひゃいっ? ぁあ、ロドニーさんでしたか……ほっ……」

「えらくこそこそとしてるが、どうかしたか?」

「あ、いや、あの……今はちょっと……」

「?」

 

 鳳翔さんが僕を指さし、ロドニーさんもつられて僕を見る。その時、僕はちょうどお味噌汁を手にとっていたそうで……

 

「奴がどうかしたのか?」

「シッ……見ていてください……」

 

 鳳翔さんに言われるまま、黙って僕を見つめる二人。僕は手に取ったお味噌汁に口をつけ、実に美味しそうに微笑んだ後、とんでもない間抜け顔(ロドニーさん談)で『ほっ……』とため息をついたそうな。

 

「……」

「ほわぁ……」

 

 ロドニーさんは、自分が『良き敵』だと思っている僕が、自分が放つ殺気に気付くどころか、お味噌汁を飲んだあと、気が抜けきった顔でため息をつく僕に、壮絶な怒りを抱いたらしいんだけど……

 

「クッ……奴め……ッ」

「……」

「……?」

 

 一方、鳳翔さんは、そんな僕を、ほっぺたを赤くして、熱心に見つめ続けていたそうな。

 

「鳳翔?」

「……」

「? ほーしょー?」

「ひ、ひゃいっ!?」

「えらく熱心にヤツを見つめていたが……」

「え……あ、はい……」

「ヤツがどうかしたのか? 私と同じく、お前もヤツと剣を交えたいのか?」

「ち、違いますっ」

 

 ロドニーさんの言葉を受け、鳳翔さんはわちゃわちゃと両手をふりふりしだしたそうで、普段そんな姿を見せない鳳翔さんは、ロドニーさんにはとても新鮮に見えたそうだが……なんだこれ。聞いてる僕もすんごいはずかしいんだけど……

 

 やがて鳳翔さんは、なお自分を追求してくるロドニーさんに対し、ほっぺたを真っ赤にして伏し目がちに、両手の人差し指をつんつんと突き合わせながら、口をとんがらせて答えたそうだ。

 

「えと……あの方、最近は毎日、ここに食べに来てくれるんですが……」

「ほう」

「私の……その……お味噌汁を、いつもー……そのー……」

「……?」

「とっても、その……美味しそうに、飲んでくれる……ので……」

「……」

「とても、気になって、眺めていたら……その、すごく美味しそうに、私のお料理、食べてくれる人だなーと……思いまして……」

 

 そういって、真っ赤っかな顔でもじもじと話す鳳翔さんは、付き合いの長い自分ですら新鮮に感じたと、ロドニーさんは語る。

 

 そらそうだ。あんなに落ち着いている鳳翔さんが、そんなに照れてもじもじしてるだなんて想像出来ん……恥ずかしいことこの上ないけど、見たかった……そんな鳳翔さん、見たかった……ッ!!

 

「……で、普賢院智久の味噌汁を飲むその顔が見たくて、ずっと見てたということか?」

「……!? ロドニーさんご存知なのですか? あの方のお名前をご存知なんですか!?」

「あ、ああ。ヤツは普賢院智久という」

「? ほげ……? とむ……?」

「ふげんいん、ともひさ。かつては剣で名を馳せた強者だそうだが、今は剣をやめ、音楽を嗜んでいるそうだ」

「へぇ〜……ふげんいん、ともひささん……」

「このロドニーの殺気を受け流し、決闘の約束を反故にし続ける、ずいぶんと腹立たしい男だよ……忌々しい……ッ」

「ともひささん……そっか……ともひささん……」

「鳳翔?」

「ふふ……」

「聞いてるか?」

 

 その後、ロドニーさんは『お礼』と称してその日の晩ご飯を、厨房で食べさせてもらったそうだ。その日の献立はぶり大根。山のように準備されたぶり大根はとても美味しかったと、ロドニーさんはだらしなく開いた口からよだれを垂らしつつ答えてくれた。

 

………………

…………

……

 

「……というわけで、鳳翔はお前のことを憎からず思っている」

「……」

「だから、お前の演奏が聞けると分かった鳳翔は、必ず来る。それは私が保証する」

「……」

「だからお前は、気にせず準備を……ってどうした?」

 

 ……正直、今の話聞いて、恥ずかしくならないヤツなんて、いないと思う。僕は今、きっと顔が真っ赤っかだ。思考も停止してる。停止は言い過ぎにしても、きっと普段の2%ぐらいしか回ってないはずだ。

 

 見られていた……鳳翔さんに、お味噌汁を飲む姿を、ずっと見られていただなんて……恥ずかしい……顔から火が出る勢いだ。

 

 でも、決して悪い気はしない。かなり恥ずかしいシチュエーションではあるけれど、あの鳳翔さんが、僕のことをずっと気にし続けていた……その事実は、僕の心に、じんわりとした喜びを届けてくれた。

 

 不意に、練習室の扉が勢い良く開く。

 

「おまたせしましたロドニーさんッ!!」

「赤城さん!?」

 

 開いたドアの向こう側……逆光の中佇んでいたのは、ロドニーさんと同じく、薄水色の清掃服を着ているが、気合の入り方が半端ではない。剣術大会で主審を務めた時以上の気迫だ。目がキラキラと輝き、試合中のロドニーさんと同じ眼差しをしていた。

 

「オペレーション“フライング・フェニックス”ついに発動ですね!!」

「ヤツはまだか?」

「いえ! すでに到着しています!!」

 

 そんな二人のやり取りが終わるやいなや、次にドアから入ってきたのは、歩くたびにチャリチャリとチェインメイルの音を響かせる、全身に散りばめたシュールなお日様が眩しい、ちょっと変な太陽の騎士。

 

「話は聞いた! このソラール、鳳翔と普賢院智久のためなら、助力は惜しまんッ!!」

「ソラールさんまで!?」

 

 その、この場にあまりにふさわしくない風貌のソラールさんは、大会の時のように、Y字でキレイに上に伸びる。なんだっけ……太陽……まぁいいか。

 

「俺だけではない! さらに頼もしい味方がいる!!」

 

 今度はソラールさんの足元から、とても可愛らしい……いや、一人はちょっとキモい……僕の新しい友達が、顔を見せていた。

 

「天龍二世さんと妖精さんも来てくれたんですか!?」

「コワイカー!」

 

 ソラールさんの足元からひょこっと顔を出した天龍二世さんは、ソラールさんに負けず劣らずのバンザイをし、妖精さんは、そのカワイイ顔をキリリと引き締めて、とても凛々しい敬礼をしてくれる。

 

 僕の足元にまとわりつき始めたその二人をよそに、ロドニーさんがソラールさんに歩みよる。なんというか、こう……金髪碧眼のロドニーさんと、お日様マークを散りばめた西洋騎士のコスプレをしたソラールさん……なんかハリウッド映画みたいだ……。

 

「ソラール。お前には、鳳翔へと渡す案内状を作成してほしい」

「すでに教室でカシワギと大淀をはじめとした面々が準備にとりかかっている。時間が限られている関係上Wordで作るため本格的なものは無理だが、それでも太陽の戦士カシワギならやってくれると信じている」

「素晴らしい。さすがは太陽の戦士だっ」

 

 力強く頷くロドニーさんだが、それまでYの字に伸びていたソラールさんがスッと両手を下げ、首を左右に振る。顔の大きさとバケツ兜の大きさが合ってないのか、首の動きと兜の揺れが、若干合ってないのが少々キモい。

 

「……ロドニー。これが我々だ。助けを求める者の召喚に応じ、そしてそれを成功に導く……それが! 我々“太陽の戦士”の使命ッ!!」

 

 そこまで言うと、ソラールさんは再びYの字ポーズで、気持ちよさそうに上に伸びた。やばい。ソラールさんが眩しい。今だけは断言する。あのシュールなお日様は、本当の意味で、太陽のように眩しく輝いていた……ッ!!

 

「……さて、普賢院智久」

「……」

 

 赤城さんはすでに黙々と室内にモップをかけはじめた。ソラールさんはお日様マークが入った赤と白のカラフルなスマホでどこかに連絡を取り始めている。妖精さんは雑巾がけをしはじめ、二世さんは、布巾でパイプ椅子を磨き始めた。室内が慌ただしくなってきた……

 

 そんな中ロドニーさんが、僕の目の前に立ち、ジッと僕を見つめた。

 

「舞台は我々が整える……鳳翔は必ず来る……」

「……」

「彼女は、お前が味噌汁をウマそうに飲む、その姿が好きだ……」

「……」

「そして、お前のチェロを待っている」

「……ッ!」

「ここで退くか……それとも、幸運の女神の前髪をふん掴むかは、お前次第だ」

 

―― そんな素敵な智久さんのチェロ、私も聞いてみたいです

 

 僕の記憶の中の鳳翔さんが、ふんわりと微笑んだ。あの時、僕と鳳翔さんの間にだけ吹いた、涼しく心地いい風が再び吹き、心の中の鳳翔さんの前髪とポニーテールを、優しく揺らした。

 

「……やります」

「……」

「今日、鳳翔さんに……僕のチェロを、聞いてもらいますッ!!!」

 

 緊張で震える右手を左手で押さえつけ……僕は、彼女への気持ちを、チェロに乗せる決意をした。

 

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