幼い頃から、ずっと何かが引っかかっていた。屋敷でも外に出ても、無意識に誰もいない左隣を空けている。何かあるといつも夢に誰かの笑顔が浮かぶ。ただ笑って俺の隣にいるだけの夢なのに、他のどんなことよりもそれだけで俺に活力をくれた。隣にいるのに分からない顔を、何度探したかもわからない。
それでも、いつかあの笑顔に会えると信じていた。
ーーーさん・・・し、さん・・・あたし・・・・・・・・
幸せです。
「シオン坊ちゃん」
「・・・っ!」
呼びかけられて初めて、自分が眠っていたのがわかった。目の前に座る従者のディクレスが差し出した水を飲み干して改めて彼の顔を見る。どうも酷い顔をしてるな・・・余程心配させたらしい。
「大丈夫ですか?少し魘されてましたよ」
「ん、あぁ・・・大丈夫だよディーク」
全然信用してない疑わしげな従者から顔を逸らし、俺は自然に導力車の外に視線を移した。
・・・まぁ、大問題なんだけど。自分の前世を思い出しましたなんてとてもじゃないが言えない、どんな痛い奴だって話だよな。
俺、シオン・フェルモードの前世は、橘翔というどこにでもいる日本人だった。
科学が発展してはいるがこの地にある導力なんてものも、おかしな魔獣もいない。犯罪は少なくないがとても平和な国・・・いや、世界だった。
俺は生前ごく一般的な営業マンとして働き、努力のかいもあって同年代と比べるとかなり順調に成功を納めていた。数年かけて上司や同期からの信頼も勝ち取り、趣味にも没頭出来るほど余裕ができた。
丁度その頃、心底惚れた女・・・前園玲亜と出会った。
同じ時間を過ごすほど愛しさはどんどん募り、彼女の強さも弱さも、全て受け止めたいと他人にまるで興味のなかった俺が心から思えた。
そして、彼女が苦労して手がけたプロジェクトの成功祝い・・・俺は生涯を共に過ごすためにプロポーズした。柄にもなく緊張して、大枚はたいて買った婚約指輪を渡して、玲亜は・・・泣きながら首を縦に振ってくれた。
幸せだった。これからもっと幸せな生活が待っている筈だった。
その直後、俺と玲亜は事故で命を落とした。
と、まぁここまでなら普通のどこにでもある不幸話だよな?でも俺達の受難はここで終わらなかった。なんか胡散臭い自称神に手違いの詫びだかで強制転生させられたらしい。詫びなら行き先くらい選ばせろって思うんだけどなー。
あいつの言ってたのは確か、“物語が始まる時に記憶が戻る”だった。つまり今日この日に奴の言う物語が始まったんだろうが・・・俺の入学日と完全に一致してる事は、偶然じゃないんだろうなぁ・・・。それに、この“真紅の制服”・・・兄上も同じ学院だったけどこんな制服があるなんて聞いたことがない。正直言って不安しかない。それでも、彼女のあの笑顔に会えるかもしれないと考えただけで心が躍るのだから俺というやつはしょうがない。
「坊ちゃん、トリスタに着きました」
「あぁ、もうそんな時間か・・・わざわざ見送りありがとな。父上達にもよろしく言っといてよ」
「とんでもない・・・坊ちゃんこそお元気で」
暫く会えなくなる従者と笑いあって扉を開ける。
恐らく、玲亜もきっと近くにいるんだろう。どうしようもなく会いたい、絶対に見つけるから・・・待っててくれよ。愛しくて堪らない彼女の笑みを思いながら俺は獅子を掲げる新たな学舎・・・トールズ士官学院へと足を進めた。
ライノの花が風で緩やかに踊る光景は、俺の始まりの日として忘れることはないだろう。