ただ、燕を斬るために   作:白黒パーカー

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初めまして、ツキナです。
初投稿ですが頑張ります。


第1話 物語の始まり

 夢を見た。

 

 ある男の生涯を見た。

 

 その男は山に暮らしている、ごく普通の農民だった。

 

 だがある時から彼は剣の道を歩むことになる。その理由は山奥に隠居した剣聖の太刀筋、それに魅了されたから。

 

 それから男は毎日刀を振ることにした。剣聖は一切教えをしてくれない。それゆえに彼の剣技は我流。流れる川のように自由で定まった形がない無流の剣技。

 

 それから時は流れ、成長した彼は空に浮かぶ燕を見上げこう思った。

 

 

 ――そうだ、あの燕を斬ろう。

 

 

 それからの男はただ燕を斬るためだけに鍛錬を積んでいく。

 

 狂っているだろう。意味もなく、ただ他にすることもないという理由だけで鍛錬をしているのだから。晴れていても、雨が降ろうとも、たとえ雪で身体が凍えそうになろうとも彼は刀を振るう。

 

 振るうしかない。振るう以外にすることは何も無いのだから。

 

 俺はそんな男の生涯を、映画を眺めるように見続ける。

 

 よくそこまで出来るな、呆れると同時に彼の剣技に惹かれていく自分がいた。

 

 それはまるであの男が剣聖の太刀筋に魅せられるように。

 

 俺もできるのなら彼のように刀を振りたい。いつしかそんなことを考えるようになっていた。頭の中がそれで満たされていくのを静かに感じる。

 

そして、いつしか俺も夢として思い描くようになったのだ。

 

 

 ——あぁ、俺も燕を斬ろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「起きなさいよ、ジロウ!」

 

 俺の名前を呼ぶ声で目が覚める。瞼が石みたいに重い。十分な睡眠が取れていないせいで気分は最悪だ。まだぼーっとする頭で、安眠を妨害した奴を探し出す。

 

 たぶんあいつだろうなぁ、と思いながらも視野を広げるとすぐに見つかった。机を挟んで真正面。そこには予想通りの人物がいて、いつものようにこちらを睨んでいた。それはまるで親の仇を見るような、怒りにまみれた顔は見るものを心の底から震え上げさせるだろう。

 

 俺はそんな恐ろしい顔を毎日嫌になるほど見ているから、今更怖いとは思わないけど。

 

「……なんだよ、フィーベル。せっかく気持ちよく寝ていたのにさ」

「だからよ、ばかっ! 今は授業中なのよ!」

 

 俺のダルそうな声に対して、目の前の少女は声を荒げながら言い返してくる。そう、彼女が言う通り今は授業中。そして、授業ということはこの場は学校である。ここはアルザーノ帝国魔術学院。そこらにあるような平凡なものではない、魔道大国としてその名を轟かせる基盤を作った学校だ。常に時代の最先端の魔術を学べる最高峰でもあり、アルザーノ帝国に住んでいる者なら知らぬものはいないだろう。それぐらい有名な学校ということだ。

 

 そんな魔術師に憧れるものが日々魔術の研鑽に励んでいるような学校で、しかも授業中に睡眠をするというのは俺ぐらいなものだろう。全くもって褒められたものではない。

 

 だけど寝ちゃうのも仕方がないんだよ。色々とやることがあるし。そもそも俺は魔術に対して興味がない。いや、かっこいいとは思うんだよ、魔術とか。昔からそういった類が出てくる物語とか見てたわけだし。でも今はそれよりも目指したいものがあるんだよ。どうしても辿りたいあの道が。

 

「ちょっとあんた、聞いているの?」

 

 そんなことを考えていると、無視されたと思ったのか彼女は額に青筋を立てていた。この様子だと相当お怒り。マウンテンもバーニングな感じで怒りがふつふつしてるはずだろう。

 

そんな彼女の名前システィーナ=フィーベル。銀色のロングヘアにやや吊り気味な翠玉色の瞳が特徴の美少女である。だがまぁ残念なことに、教師泣かせと言わしめるほどの生真面目な性格のせいで男子からはそこまでいい評価はもらえていないようなのだ。おまけに胸も小さい。

 

「まぁまぁ、落ち着けよフィーベル。俺が今までにお前の話を聞いてなかったことがあったか?」

「そうね、もう数えられないくらいにはあるんじゃないかしら」

「そんなバカなぁ。そんなの紳士がすることじゃないさ」

 

心にもないことを言うと、フィーベルはジト目になった。

 

「ふーん。それじゃあ私がさっき言ったことを当ててみなさい」

「ふむ……。食べ過ぎで太ったんだっけか?」

「全然聞いてないじゃない! あと、太ってないわよ!!」

「あはは、聞き間違えたわ」

「聞き間違えたレベルじゃないわよ!」

 

 ギャンギャン吠えるフィーベル。

 やっぱりフィーベルをからかうのは楽しい。

 

 少し言っただけでこんなにも憤慨するのを見ると、中々やめられない中毒性がある。

 

 とは言っても、最初出会ったときとはこんなことはできなかった。その頃は互いに互いのことを嫌っていたし。今も仲がいいかと聞かれれば首を傾げるぐらいの間柄ではあるが。

 

「まぁまぁ、システィ。落ち着きなよ」

 

 そんなとき鶴の一声ならぬ、天使の一声。

 俺たちの会話をシスティの横で聞いていた少女は、友人であるシスティを落ち着かせるため、天使のような笑顔で微笑んだ。

 

 綿毛のように柔らかな金色の髪。青色の大きな瞳が特徴的なこれまた美少女。笑顔が素敵な彼女の名前はルミア=ティンジェル。フィーベルのキツイ性格とは反対に、柔和で優しい雰囲気を醸し出す清楚な女性である。そのおかげかクラスメイトからは天使と呼ばれ崇められている。補足をすれば彼女は胸もそれなりにあるのでシスティの完全敗北でもある。

 

「……ジロウ。今私のことバカにしなかった?」

「……気のせいじゃないか?」

 

 フィーベルは先程の怒りを納め、こちらにジト目を向けてくる。なぜバレた?

 

 表面上はなにもないだとばかりに返答するけど、内心は冷や汗ものだ。

 

 お互いが目を合わせること数秒。彼女は、まぁいいわ、と呟きながらため息をつく。

 

「ほんとルミアは甘いのよ。こんなテキトーな奴にそんな優しさはいらないわよ」

「テキトーとは失礼だな」

「授業中に寝ているんだから、当然じゃない」

「あ、あはは……。確かにジロウ君は授業中に良く寝ているよね」

「うぐ……」

 

 フィーベルは腕を組みながら普段の俺の授業態度について糾弾してくる。確かにその通りだから否定はできない。ティンジェルも同じことを思い出しているのか苦笑まじりにフォローになっていない言葉を掛けてくる。

 

 うん、ティンジェルの言葉の方が傷つくな。

 

 だけど、そこは俺にも譲れない大切な理由があるんだよ。

 

 普段俺は学校にいない間、あることにずっと費やしている。それは飯も食わず、眠ることさえ勿体ないと思うほど励んでいることである。それは俺にとって重要なこと。できることならずっとそれにだけ取り組みたいまである。

さすがに学校ではそれをすることはできないから、あくまで睡眠時間にあてている。

 

 そんなことを繰り返しているうちに学校では“魔術学園の恥”という不名誉な称号を付けられていた。他のクラスの生徒や先生たちからは軽蔑の目と嗤いの対象になっていた。

 困ったものだが、ラッキーなことにうちのクラスの生徒はそれなりに繋がりを持っていたから、そんなことはない。アイツいつも寝てるなー、ぐらい寛容に受け止めてくれているはすだ。

 

「まぁ、俺にも譲れないことがあるんだよ」

「……そう。あんたは昔から変わらないわね」

 

 そう言った彼女の顔は珍しく怒りも呆れもない表情だった。俺に悲しみの混じった視線を向けてきたのを俺は見逃さなかった。

 普段は怒ってばかりであれなフィーベルだが、決して悪い奴じゃない。とても真っ直ぐで、純粋で、そして脆い少女なのだ。

 

 ティンジェルも隣の少女の雰囲気に気づいたのか、心配そうにフィーベルの顔を覗く。

 

 まぁ、今はそれについて追及するときじゃあないな。俺にとってもそれは全く興味のないことだ。

 

「にしても、授業中だってのになんで先生がいないんだ?」

 

 少し暗くなりかけた雰囲気を壊すために話を変える。

 

 起きてからずっと気になっていたことだが、本来ならいるはずの先生は教室のどこを見回してもまったく姿が見えない。確か今日からこのクラスには前任に代わって非常勤の教師が来るという話を、寝ぼけながらも聞いていたのだが。

 

「そうよ! もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!?」

 

フィーベルが吠える。

 どうやら俺との会話でそのことを忘れていたらしい彼女は、さきほど鎮火したばかりの炎がまた激しく燃え上がったように怒りを爆発させた。

 

 どうにも彼女は感情の起伏が激しい。同じことを考えているであろうティンジェルもフィーベルのことを、子どもを見守る親のように暖かい視線を向けていた。

 

 それに気づいていないフィーベルは未だ来ない先生に対してさらに怒りを燃やす。

 

「まったく、この学校の講師として就任初日からこんな大遅刻だなんて言い度胸だわ。これは生徒を代表して一言言ってあげないといけないわね」

 

 はい先生、自業自得だけどご愁傷様です。

 

 心の中でこれから起こるであろう未来を想像していると不意にガラリとドアの開く音がした。

 

「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

 それと同時に聞いたことのない男のダルそうな声が耳に入る。

 

 修羅場に突入するようなこのタイミング。恐らく新任の先生が来たんだろうけど。そんな予測を立てて、先生の顔を見ようとそちらを向く。そして視界に入れた瞬間、口をぽかんと空けてしまう。

 

 教室に入ってきた男はどこでそうなったのか、全身をずぶ濡れにしたまま突っ立っていた。

 あんた、なんで濡れてるの?

 

「あ、あ、あああーー貴方はーーッ!」

 

 そんなことを考えていると同時に、フィーベルはありえないものをみたとばかりに震える声でずぶ濡れの男を指さした。そいつも彼女を見た瞬間、うげっと言いたそうに顔を歪ませた。どうやらこの二人は俺の知らないどこかで知り合ったらしい。

 

 なんかめんどくさそうだから寝たいなー、まだ寝不足だし。うん、寝よう。

 

そんな二人の荒れた会話を子守歌代わりに聞きながら、俺は目を閉じる。

 

 願わくば俺を問題ごとに巻き込むな、と。

 

 

 

 

 

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