それと見てくれている方、お気に入りしてくれた方、ありがとうございます。
これからも頑張って書いていきます。
グレン先生の授業はとにかくやる気がなかった。
二年次生二組の必修授業すべてを前任から受けもった先生はそれらすべてをいい加減に行っていた。常に授業を寝ている俺だが、偶には起きているときもあるのでその内容は知っていた。その時の授業はちぎった教科書を黒板に張り付けていた。
これはもう授業と呼べるのか?
そんな疑問を抱きながらも五限目の授業も珍しく俺は起きていた。そんな俺を見たクラスメイト達はそれはもうありえない、という表情で俺を見ていた。なんと失礼なやつらなんだろうか。
特に目を擦って現実を認めようとしていないお前だよ、フィーベル。
だがそんなやり取りもすぐに終わりを告げた。
「いい加減にしてくださいっ!」
俺に向けていた視線をすぐに黒板に教科書を釘打ちするグレン先生に向けられる。その声は今までの怒りをさらに込めたかのようなトゲトゲとしたものだった。
「む? だから、お望み通りいい加減にやっているだろ?」
そんな彼女の言葉をいつものごとくめんどくさそうにあしらう。この様子だとシスティではグレン先生には口では勝てないだろうな。もちろん彼女が劣っているというわけでなく、先生が一枚上手なんだろうな。
フィーベルがめったに使わない家の権力を使い先生を脅すも、むしろこれ幸いと喜んでお願いしていた。
二人の言い争いを自分には全くの関係がない、他人のように上から静かに眺め続ける。
しばらくすると彼女はもう我慢ならない、と愚痴をこぼし左手の手袋を外しグレン先生に向かって投げつける。それを見ていたクラスメイト達はそんな無謀な行為を見て慌てだす。
さすがに俺もするかもしれないとは思っていたが、まさかほんとにするとは。
「お前……まじか?」
グレン先生もその行為の意味を知っているためか、呆れを感じさせるように彼女に視線を向ける。
魔術師の決闘。それは古来より、連続と続く魔術儀礼の一つ。
そもそも魔術師とは世界の法則を極めた強大な力を持つ者たちだ。呪文と共に放つ火球は山を吹き飛ばし、落とす稲妻は大地を割る。彼らが野放図に争いあえば国が一つ滅ぶだろう。
そんな魔術師たちが互いの軋轢を解決するために作り出した規則のようなものが決闘である。そして勝者が敗者に一つなんでも言うことを聞かせることができるのだ。
ただ今のご時世、これはほぼ形骸化していてどこかの名門の家ぐらいでしかこれは使用されていないのだ。フィーベル家とか、な。
やり方としては心臓により近い左手につけた手袋を相手に投げつけそれを相手がそれを拾いあげることでだれでも決闘を成立させることができる。だがーー
「よく見たら、お前、かなりの上玉だな。よーし、俺が勝ったらお前、俺の女になれ」
「――っ!」
ルールとして申し込まれた側が決闘内容を決めることができるので基本的に先生が有利だ。おまけに生徒と教師。どちらが勝つかなんて誰もが想像できるだろう。そしてどんな命令だろうと文句は言えないだろう。例え自分の体を目当てされようと決闘を申し込んだのはフィーベルなんだから。
まぁ普段はロクでもない態度をとっている先生だが、おそらく大丈夫なんだろう。
「なーんてな、冗談だよ冗談! 要求は俺に対する説教禁止だ」
ガキにゃ興味ねーよ、と笑いながら彼女は告げる。そんな返しにからかわれていた、と気づけたのか、顔を真っ赤に染め、目元には涙を浮かばせて先生を睨みつける。
それを苦笑しながら、見ていると突然横から肩をたたかれた。
何事かとそちらに顔を向けるとそこにはクラスの男子の中で一番に仲のいいカッシュが声を掛けてきた。
「ジロウ、良かったな。あんな先生に奥さんがとれなくて」
「はぁ? 奥さん?」
何のことだ? と聞き返すとカッシュは呆れたような顔をする。周りをよく見ると他の奴らも俺に視線を向けて同じような表情を向けていた。
なんだよこいつら。え、俺何かおかしなこと言ったか?
「何言ってんだよジロウ。お前とシスティーナは仲良し夫婦って呼ばれてるの知らないのか?」
カッシュは平然としかし重大な爆弾発言を落としてきた。
ってちょっと待てよ。俺そんな話聞いたことないぞ。
「は、おま、なんだよそれっ!?」
俺にしては珍しく慌てたような声を出してしまったがそれどとろではない。システィーナと仲良し夫婦だって? そんなこと冗談にもならねえぞ。ただ他の奴らよりもよく話しているだけなのにそう言われるのは心外だ。それにクラスではないが、俺はほかの生徒や先生からは『魔術学院の恥』として蔑まれているんだ。そんな噂が他の奴らにも流されたらアイツにも迷惑をかけてしまう。それは知り合いとしては全く良くないことだ。
「カッシュ、いいか? そのことは絶対に他のクラスの前では言うんじゃねぇぞ?」
「お、おうっ。わかったから、落ち着けよ」
俺の清々しいほどの綺麗な笑顔とは裏腹に、少しだけ乱暴になった言葉使いでカッシュに言い放つと、顔を青ざめ音がなるんじゃないかというほど首を縦に振っていた。
そのときグレン先生も含め、他のクラスメイトたちもカッシュも同じように顔を青ざめていたのとフィーベルが複雑そうな顔でこちらを見ていたことに俺は気づけなかった。
◇◆◇◆◇◆
結論から言うと決闘はフィーベルの完全勝利で終わりを告げた。
勝負内容は【ショックボルト】のみの呪文で、それ以外は使用禁止というものだった。
お前みたいなガキに怪我をさせるのは気が引けるんでね、とグレン先生はニヤケながらそれをフィーベルに告げる。
当然、バカにされたとあってイラつきながらも、内心は冷や汗をかいて決闘に挑んだ。
しかし、予想の斜め上に行くように瞬殺された。
その時のみんなの顔は誰もがぽかんと口を開けていて面白かった。さすがに俺も驚きはしたが顔にまではださなかった。
どうやらグレン先生は呪文を一説詠唱することができないようなのだ。
【ショックボルト】は《雷精よ・紫電の衝撃以て・打ち倒せ》という三小節で放つことができるものである。そしてそれをより短く、速く発動させることができるのが一小節というものである。正直グレン先生ができないとは思っていなかったので驚いてしまった。
まぁ、俺はそもそも【ショックボルト】すら発動することができるかどうかのレベルなんだけどな。まったく人のことが言えないものだな。
だがなぜあそこまで自信ありげに彼女に先行を譲ることができたのだろうか? あっさりと【ショックボルト】を喰らって負けたときは笑いそうにもなったほどだ。 まことに謎である。
そのあとも「五回勝負だ!」「あ、あそこに女王陛下がっ!」などと屁理屈をこねては何度も挑んで惨敗。
そして最終的には、自分は魔術師ではないからと言って約束を反故にしたのだった。
当然、そんな一連を見ていた生徒たちは落胆。フィーベルも見損なったといわんばかりに冷めた表情をしていた。唯一そんな顔をしていなかったのは俺とティンジェルだけだった。彼女はもともと誰にでも等しく優しい性格だからだろうが、俺は違う。おそらしく先生は本気をだしていないのだろう。普段の雑な授業と態度を見ていれば、そんなバカなこと、と思いそんな考えを切り伏せるだろう。
だが俺にはそれなりの観察眼と、特典の力にいつも触れているからわかる。
あれはただの有象無象ではない、と。
服越しで分かりにくいが彼の体はかなり鍛えられている。それにダルそうに歩いてはいるが重心のブレはなく足運びも無駄がなかった。何よりも隠してはいるんだろうが雰囲気が似ていた。まるで夢に出てきた、ただひたすらに刀を振り続けたあの男にどこか重ねてしまったのだ。
◇◆◇◆◇◆
「なんだかなぁ……」
自然と口からため息がこぼれてしまったのは仕方ないだろう。
あの決闘から三日も経ったが特にグレン先生の調子は変わらなかった。これはある意味グレン先生はすごいんじゃないか、と感じてしまうものである。
なぜならクラスメイト達は騒動以来、時間は無駄だったなと言わんばかりに自習を受け容れていた。確かに実りはまったくなかったので当然と言えば当然なのだが、なんだか納得できない自分がいる。そう思うといつもと違う自分に内心笑ってしまう。今まではただの睡眠時間だったのに、おかげで最近は寝不足が進行中だ。
「あ、あの……先生。今の説明に対して質問があるんですけど……」
そんなことを考えていると視界の端にいた健気な少女、リンがグレン先生に質問をしていた。
あの娘もよくやるなぁ、と眺めているとやはり、先生はルーン語辞書の説明をしていた。
そんな先生の態度が気になったのか、最近は何も言わなくなっていたフィーベルがリンに声を掛けた。
「その男は魔術の崇高さを何一つ理解してないわ。むしろバカにしてる。そんな男に教えてもらえることなんてない」
リンの肩に手を置き、一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう? と諭す。
すると今までダルそうにしていたグレン先生の雰囲気が変わったのを見逃さなかった。
そしてそんなことを言ったフィーベルに口を出す。
「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」
その言葉の中には普段とは違う先生の想いが込められていた。
「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう?」
彼女は先生の様子が変わっていることに気づいていないのか、貴方には理解できないでしょうけど、と言外にバカにしていた。いつもならここで先生はテキトーな相づちをして終わっていたのだが、今日は違うみたいだ。
「何が偉大でどこが崇高なんだ?」
想定外だったのか、すぐにはそれに答えることができず彼女は悔しそうにしていた。
それからフィーベルは魔術の素晴らしさを今まで手に入れてきた情報とともに披露していたが、そのことごとくをグレン先生は打ち負かしていく。
次第にグレン先生の独壇場になっていき、魔術は全く人の役になっていないと宣言した。そんな様子をクラスのみんなも気になり、手に持ったペンや教科書を置いて聞いていた。
そして俺はその話を聞いて確かにと納得した。
『術』と名付けられるものは基本、人の役に立つものだ。病から人を救う医術に、貧困にならないようにするための農耕技術、そして人が快適に暮らす為の建築術。どれも人の役に立つものばかりであったが、魔術は特にできるからと言って便利になるわけではない。それに使える人が限られているわけだし役に立っているわけではないだろう。
いや、一つだけ役に立っているものが見つかった。そしてそれと同時にグレン先生の口から出てきたのだった。
――人殺しの役にたっている、と。
その瞬間クラスは静かになった。いや声を出すことができなかったのだろう。
当然だ。死とまったく関りのない日常を送っていたのに、そんなことを言われたんだから。しかも自分たちが現在学んでいる魔術について。
「ふざけないでっ!」
少ししてなんとか立ち直ったフィーベルは、自分の大切にしていたものを侮辱され怒りに燃えて声を張り上げる。
しかし、そんな必死になっていた彼女に極論ではあれど現実を突きつけていく先生。
そして最後にとうとう言ってはいけないことを彼女に告げた。
「まったく俺はお前らの気がしれねーよ。こんな下らんことに人生費やすなら他にもっとマシなーー」
その言葉の続きは聞こえなかった。変わりにぱぁん、と乾いた音が鳴り響く音が響いた。彼女が先生の頬を掌で叩いたのだ。
「いっ……てめぇっ!?」
突然のことにグレン先生は驚くものの何が起こったのかすぐに理解しフィーベルを睨みつけ、文句を言おうとするが、彼女を見て言葉を失う。
他のみんなも言葉には出さないが、なにが起こったのか理解する。俺もただ静かに感情を表さないような表情で目の前の二人を見続ける。
「なんで……そんなに……ひどいことばっかり言うの……?」
システィーナはいつの間にか目元に涙を浮かべ、泣いていた。普段あれだけ強気なな、先生であろうと間違いをただそうとする彼女が。今目の前にいる存在はそのなりを潜めていた。そして静かに、大嫌い、と一言零し教室から出行くのをクラスメイトのみんなはただ見ることしかできていなかった。
「あー、なんかやる気でねーから、本日の授業は自習にするわ」
頭を掻きながら、グレン先生はそれだけ告げて教室をでていった。
そんな中俺は興味がなくなったとばかりにあくびをする。
「ねぇ、ジロウ君。システィのところに一緒に行こう?」
そんな俺を見ていたのか、ティンジェルは少し眉をよせ、ためらいながらも声を掛けてくる。大方、普段から良く話している男子は俺だけだからだろか。だから俺を呼んだのだろう。ゆえに俺はーー
「断る」
ただ一言。それだけでクラスはまた静寂に戻る。
「なんで! システィのことが心配じゃないの!?」
「別に心配なんかしてねぇよ。それどころかする必要もないだろ?」
「……っ!?」
そう言うと彼女はこちらを睨んできた。彼女が起こるなんて珍しいな。彼女は基本呆れたり引いたりすることはあっても怒りを誰かに向けることはなかった。だがまぁ、当然だな。自分にとって大切な家族であり親友のことなのに、特に何も思っていないように扱われれば怒ることは仕方がないだろう。
「なんでそんな酷いこと言うの?」
酷いことか。だがな、俺はフィーベルのことをーー
「当然だ。アイツは、俺が知るシスティーナ=フィーベルという女はあんなことを言われたぐらいで魔術を夢を諦めたりするようなやつじゃねーよ」
「えっ……?」
ティンジェルはそれはもう間抜けたような表情になり怒りの感情は何処かに飛んでいた。
周りの奴も大体同じような反応なり、顔をしていてかなり滑稽だった。
「なんだ? そんな間抜けそうな顔して」
「え、え? いや、だってシスティのことなんか心配じゃないって……」
バカにされたのに気づかないほどに、俺をことを不思議そうに見てくる。他の奴らも彼女と同じ意見なのか、こちらの様子を伺っている。
「当然だ。俺はフィーベルのことを誰よりも信用して信頼してるんだからな。心配する必要なんて皆無だ」
そうだ。アイツは俺がこの世界に来て初めて信用して信頼することができる人物だ。自分と似たような、夢を持っていた。形も道もまったく違う別物ではあるが。
それを純粋に見続けることができる心を。
叶うかどうかもわからないものをただひたすらに求め続けるあの想いを。
俺はそれを知っているからこそ彼女を信じ続けることができるのだ。
「ふふふ……」
そんな想いを思い出しているとティンジェルが笑い出した。怒ったり、笑ったりと表情が豊かだなぁ、と場違いなことを考えていると彼女が俺に一言口に出す。
「システィのこと大好きなんだね」
そうただの爆弾発言だった。って、
「はぁっ! ちげーよ!」
顔が熱くなるのがわかる。いつぞやのようにまた言葉が荒くなってしまうが仕方ない。それだけは絶対ない。ただ俺は彼女のひたむきな想いに共感しただけだ。決して好きとか嫌いとか、そういう類いでははいのだ。
だがしかし、機嫌がよくなったティンジェルは俺の訂正にも取り合ってくれず、駄々をこねる子どもに仕方なく対応している母親のようにあしらっていた。周りの奴らも生暖かい視線を向けて居心地が悪く俺は逃げるように顔を伏せた。
それからフィーベルもグレン先生も授業には帰っては来なかったが、教室の空気は最初ほど軽く暖かいようであった。