俺、グレン先生、フィーベルはティンジェルを助けに行くために教室をでた。
途中、セリカ=アルフォネアからの通話がかかってきて、先生が生徒のことを心配して激怒したり。それをフィーベルが見て意外そうな顔をしたときはおもしろかったし、調子も戻ってきたみたいで安心した。
そしていま現在、目の前にはたくさんの骨がいる。うん、骨だね。
「おいジロウ! なんか納得したような顔してるけど、少しは
手伝え!」
「いやぁ、そいつら斬ったら刀折れそうだし」
先生曰く、これは竜の牙を素材に錬金術で作られた、ボーン・ゴーレムとよばれるものらしい。驚異的な膂力、運動能力、頑丈さと三属耐性をもっているので中々にやっかいな代物だ。
なにより俺の武器は宝具なんて神秘の塊でもない、ただの刀だ。まぁ、ドラゴンでも斬れてるんだからたぶん折れはしないだろうが、今持っている刀がこれしかないからやりたくない。
「ジロウ、何やってるのよ……」
フィーベルが呆れた表情で俺を見てくる。
グレン先生が数体のゴーレムと対峙している間、俺たちはその後ろで様子を見ていた。彼女は俺と違い、魔術を使ってときたま先生を支援していた。先程までの怯えが嘘のように、いつも通りのフィーベルだった。
「仕方ねぇよ。俺はどっちかって言うと対人向けだからな」
「……そうね。ジロウ、魔術はそこまでだしキツそうね」
「そうなんだよなぁ……」
「……難しいわね」
「ちょ、お二人さん!? お話のところ悪いんですけど、敵さんがどんどん増えているんですけど! 」
「……仕方ないな。刀が折れない程度にやるしかないか」
さすがに先生だけでは対処できなくなってきたので俺も逝く。
手に持っていた物干し竿を再び握りしめ、力を開放しながら足を踏み込む。
刹那、一瞬で敵の目の前にまで瞬間移動したかのように移動し、その時の力を利用して首を狙い刀を振う。
「……ふむ、この斬り方なら刀は折れないっぽいな」
ゴーレムの首は胴体と泣き別れし宙を舞う。俺がやったことは簡単だ。
骨を直接斬れば刀は折れるかもしれない。なら、骨と骨とのわずかな隙間を狙ったのならば話は違う。そこは確実に脆いのだから。
そして予想通り、刃に無理をさせず切り落とすことができた。
「にしてもグレン先生はすげぇな……」
次の敵の首を切り落としながら、先生の方にちらりと視線を向ける。
先生はフィーベルの魔術支援を受けてはいるが、武器も使わず拳だけで敵を粉砕していった。多少戦えるとは思っていたがここまでとは予想外だ。
だがーー
「くそ、ジリ貧だな……」
先生はどんどん増えていく敵を見ながら愚痴をこぼす。
俺と先生がいればこの程度の敵は倒せるだろう。しかし、今は時間がないのだ。
一刻も早くここを通り過ぎなければいけないのだ。
「……よし。おい、白猫!」
先生は何かを思い付いたのか、後ろで魔術的支援を送っていたフィーベルに声を掛ける。その内容は、俺たちが時間を稼ぐから、即興で魔術を改変して欲しいというものだった。
いきなりの難題に彼女は慌てふためいた。
当然だろう。こんな土壇場でやったこともないことを今完成してくれと言われたのだから。
俺も何故彼女にそんなことを頼んだのかはわからない。
だがそれでも俺はーー
「フィーベルならできる」
後ろにいるフィーベルに振り向かずにそうつぶやく。
数秒、彼女は決意を露わにしたのか、やります! といつものように大胆不敵に返事をした。
俺はそんな彼女の声を聴いた瞬間、場違いにも笑ってしまった。いまこの瞬間、生死のやりとりをしているというのにだ。
「さてと、頑張りますか」
そうして俺は新たに敵を狙い定め、刀を流れるように振ったのだった。
◇◆◇◆◇◆
――すごい。
これがあの二人の戦いを見た、私の素直な感想だった。
グレン先生拳だけを使った近接格闘でボーン・ゴーレムを圧倒していた。私の支援魔術を受けているからといってあそこまでの戦いができるわけではないだろう。ただ魔術を習っただけの私では絶対に敵わないだろう。
そしてもう一人の男。いつも授業で寝てばかりいたアイツ。他のクラスや先生からは悪意ある視線を向けられバカにされてきた友達。そして私との約束をずっと守ってくれる大切な人。
彼は私が今までに見たことのない細長い“刀”と呼ばれるものを振るって対峙していた。
その動きには無駄がなく、綺麗だった。たまに見惚れてしまうのを我慢しながら支援を続ける。
だがこのままではまずいだろう。
数が多すぎるのだ。一対一での戦力ではこちらが上回っているのだが、こちらが三人に比べてあちらは軽く二桁は超えている。しかも私は支援をしているだけなので実質二人。
二人に任せっぱなしなのだ。
「……っ!」
自分が無力すぎて悔しい。ただの子どもである私がそんなことを言ったところで仕方のないことなのかもしれない。
それでも、目の前にいるアイツだって私と同じ子どもなのだ。
一歩間違えれば死んでしまうかもしれないそんな危険な淵にいるのに。
――追いつきたい。
その気持ちが漠然と心の中に染み渡る。
私の夢を知り、応援してくれた彼の力になりたい。
「……よし。おい、白猫!」
そんなときだ。私に先生が声を掛けたのは。
先生は言った。時間稼ぎをするから、即興で魔術を改変しろと。
改変する魔術は私の得意な魔術【ゲイル・ブロウ】。威力を落として、広範囲に、そして持続時間を長くなるように。しかも節構成はなるべく三節以内にと。
――無理だ。……私にはできない!
先ほどまでの燃え上がるように熱くなっていた想いが弱くなっていく。
そんな高度なこと私はやったことがないし、一回で成功させるのなんてできるかどうかなんてわからない。
「フィーベルならできる」
唐突に声が聞こえた。決して大きくない、でも私の心の奥に深く響くように。
アイツの声だ。こちらを振り向かずに言ったようだ。
私はそれを聞いた瞬間、心の中が再度、熱く熱く、激しく燃えだしたことを理解する。
アイツが一言、言ってくれただけでやる気がでるなんて私はたいそう単純なんだろうな。
「わかりました、私……やります!」
私は声を張り上げ堂々と宣言する。
アイツが信じてくれている。ならば私はそれに答えるまでだ。
そこから私は先生のオーダー通りの魔術を発動するために全神経を注いで作り上げる。ルーンが引き起こす深層意識の変革結果を、グレン先生に教わった魔術文法と魔術公式を使って頭の中で演算しながら、望む呪文へ最速で近づける。
私は強くない。心が簡単に壊れてしまうことだって知っている。
ルミアが連れていかれるとき私は手を伸ばすことができなかった。
怖かったんだ、自分が殺されてしまうかもしれないと、恐怖を感じてしまった。
だから、私は、今度こそ大切なもののために手を伸ばす。
――大切な私の
――私たち生徒たちを守ろうとする
そして。
――私の側にいつもいてくれる、私を信じてくれる
「先生、できた!」
私の声に二人は反応する。グレン先生はこちらを少し驚いたような表情で見ていたが、すぐに表情を戻し声を掛けてくる。
「何節詠唱だ!?」
「三節です!」
「よし!俺の合図に合わせて唱え始めろ! ジロウ、後退するぞ!」
「了解!」
時間稼ぎをしていた二人がこちらに向かって走ってくる。それによりまだ
残っているたくさんのボーン・ゴーレムたちが追いかけてくる。
「今だ、やれ!」
「《拒み阻めよ・――」
死に対する恐れはない。
「《――嵐の壁よ・――」
なぜなら、
「《――その下肢に安らぎを》――っ!」
私のこの熱い想いが宿ったこの呪文が、
その瞬間、呪文が完成した。私の両手からは爆発的な風が生まれた。
そしてその荒れ狂う風の壁は迫りくるゴーレムたちの進行を
――できた!
「さすがフィーベル、出来ると思ってたぜ」
ジロウはあたりまえのことだと言うように、私にそう声を掛けてくれた。
その言葉だけで私はもう幸せだ。それの返答に思わず笑顔を向けた。
ジロウは私の顔を見たい瞬間、顔を赤らめそそくさと私の後ろに行ってしまった。
そんなジロウを可愛いなと思っていると、次はグレン先生が来た。
「よくやった! 完璧だぜ、白猫!」
グレン先生はそう言って、私の横まできた。
その手には小さな結晶のようなものを持っていた。
それを握りこんで両手をばん、と合わせた。
「俺が今からやる魔術は何かの片手間に唱えるのは無理なんでね……しばらくそのまま耐えてろ」
そして先生はその口からできるだけ速く、だがはっきりと呪文を唱えていく。
「《我は神を斬獲せし者・――……」
ゴーレムたちはいまだ一歩とも動けていない。
「《我は始原の祖と終を知る者・――……」
それは先生の左掌を中心に、リング状の円法陣が三つ、縦、横、水平に噛み合うように形成され、徐々に速度を上げながら回転を始めた。
「そ、その呪文は……」
私は気づいてしまった。先生が唱えようとしている呪文の正体を。
「《其は節理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・――」
そして最後の節を口にする。
「《――遥かな虚無の果てに》――っ!」
七節にも渡って紡がれた、魔術の名はーー
「ええい! ぶっ飛べ、有象無象! 黒魔改【イクスティンクション・レイ】――っ!」
次の瞬間、三つに並んだリング状の円法陣が前方に拡大拡散しながら展開していくのが見える。そしてそこから放たれる光の波動は狙った先を抉り取るように全てを飲み込み消滅した。
私は声がでないほど驚いてしまった。視界にいるジロウも驚いているのか、口がポカンと開いていて間抜けだが少し可愛いらしいなと場違いにも思ってしまった。
そんな考えを隅に置き先ほど見たものを改めて思い出す。
「す、凄い……こんな、高等呪文を……」
「ほんとすげぇな……って先生? 顔、青白くなってない?」
「い、いささかオーバーキルだが、俺にゃこれしかねーんだよな……ご、ほ……っ!」
そのとき、グレン先生は血を吐いた。
それに気づいた私たちは急いで先生に近づき様子を見る。
「先生! これは……マナ欠乏症!?」
マナ欠乏症とは極端に魔力を消耗したときに起こるショック症状。これを放置しておけば命の危険がある。
「《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》」
私は怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文で癒そうとする。ただ私はこの系統の魔術は得意ではない。使えても回復するまでに時間がかかってしまう。でもこれは私がするしかない。
もう一人いるジロウは魔術がほとんど使えないから仕方がない。
それに早く回復させてルミアを助けにいかないと。
「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」
そんな時だった。廊下の向こう側から声が聞こえ、そちらに顔を向けるとダークコートを着た男――レイクと呼ばれていた男が立っていた。レイクの背後には五つの剣が浮いている。
これは最悪のタイミングだ。先生はすでに満身創痍。生徒である私たちでは絶体に敵わない。
「あー、もう、浮いてる剣ってだけで嫌な予感がするよなぁ……あれって絶対、術者の意思で自由に動かせるとか、手練れの剣士の技を記憶していて自動で動くとか、そんなんだぜ? ちくしょう」
先生も軽口でそんなことを言ってるが、顔は真剣な顔つきで警戒をしていた。
絶対絶命の大ピンチ、私たちは負けてしまうのかと顔を下げようとした瞬間。
「へぇ、手練れの剣士の技を記憶ねぇ?」
ジロウの声が聞こえたのは。そしてアイツはそのまま話すのを続けた。
「いやー、さっきまで俺の出番がなかったからなぁ。仕方ないから俺がでないといけないなぁ……」
内容のわりに声は笑うように弾んでいて、そのときの表情はどこか嬉しそうにしていた。
そんなアイツの顔を見て、中々見られない表情を見れたことによる喜びと、私以外でそんな表情をされたことによるドロドロとした嫉妬と不満で、内心複雑な気持ちだ。
そして私は呆れてため息を吐き、戦おうとしているあのバカに声を掛けた。
「ジロウ!」
「……どうしたフィーベル、まさか止めるのか?」
ジロウは私の声に反応すると顔だけこちらに向け疑問の念を口にした。
そんなアイツの言葉に私は首を横に振る。
「違うわ。さっさとそんな敵、倒しちゃいなさいよ」
私の言葉に一瞬驚いた彼は、先程よりも楽しそうに、より嬉しそうに笑いながら私の言葉に頷いたのだ。
私はこの瞬間、彼を笑顔にすることができたことに喜びを感じながら、その戦いを見届けようと心に誓ったのだった。
今回はあんまりジロウ君を活躍させることはできませんでした。
それとシスティが少し強化されました。原作だと完璧には止められていなかったですし。
次回をまたお楽しみにしてください。