【とある魔術の禁書目録】The_RED’s_“Right” 作:白滝
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その情報を、フィアンマは微塵も疑わなかった。
上条当麻がそういう人間だと知ったから……身を以て、肌に触れて――――拳を以て実感している。
きっと奴は、なんてことのないどうでもいいような理由でその身を戦場へ駆り立てるのだろう。ちっぽけな右手を握り締め、思わず反論の言葉を噤んでしまうほど真っ直ぐな気持ちを胸に抱き、その身に余る責任を背負い、周囲の期待を真っ向から受け止める。
それは壊れかけの吊り橋を好奇心の赴くまま渡る少年のように、危うげで、儚く、今にも散ってしまいそうなほど弱々しい。
「傷つく人間を見てられない」「ただ自分が、助けたいだけなんだ」
そんな純粋な思いを、今までのフィアンマは愚かな幼児性極まりない感情論としかみれなかった。ただ喚き叫ぶだけの負け犬の遠吠えとしか評価できなかった。
だが、あの少年は違う。
現実の非情さを知っていて、運命がどれだけ自分に対して
『それでも、俺は傷つく人間を放っておけないんだ』
そんな台詞を言うのだろう。
だからこそ、上条当麻が暴走した大天使ミーシャを阻みに向かうであろう事を、右方のフィアンマは直感で推測していた。
きっと。
きっと自分を救ってくれたあの
「くそッ!」
確信があった。
「くそ……ッッ!!」
もちろん根拠なんてない。ただの推測だ。
「そうやってまた自己犠牲に走るのか、お前は!!」
だが、絶対にそうだと断定できる。彼が浮かべる笑顔を、今なら容易に想像できる。
「そんな身勝手な幻想など、俺様は認めん……」
今なら言葉にできる、この思い………
「この俺様を無理矢理救っておいて、その責任を取らずに死なせてたまるか!!これほど愚かで小っ恥ずかしい劣情に感銘させておいて、当の自分が勝手に野垂れ死んだら、承知せんぞ!」
右方のフィアンマが、動き出す。
もはや死力さえ尽き果てたその身に鞭を打ち、失われたその眼光に、新たな、そして全く別種の希望の光が灯る。
彼の、彼らの、世界の運命が、明確に捻じ曲がり始める―――――――――
その時。
大天使ミーシャは地表を高速で低空飛行していた。
その軌跡に合わせて、進路上の雪がごっそりと抉り取られていく。『彼女』を中心に数百……いや、数キロメートルの単位の範囲の水や氷が吸収されているのだ。
白い大地に、太く長いラインを描きながら後方の大天使が猛進する。進行を止められる者などいない。
中には魔術師らしい光を飛ばす人影もあったようだが、大天使は見向きもしなかった。ただ通過しただけで、プロの魔術師達は薙ぎ払われていく。
地平線に海岸が見えた。もはや北極海は近い。更なるスピードで雪原を飛ぶ。
そんな絶倒必死な突進を、
ふっ、と。
まるで空気に溶けるかのように、右方のフィアンマがその進路に割り込んだ。
瞬間移動術式。
平行移動に限り数キロメートル単位で行う事ができる、フィアンマが行使できる数少ない一般人用に調整された魔術の一つだ。
そのまま空中に身を投げ出し、受け身も着地も何も考えず、ただ我武者羅に、
「ぐ、ァああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫。思いが叫びとなって胸の内から発散される。
力任せに右手を振るう。いや、『第三の腕』を振るう。
乾坤一擲。
全身全霊。
眩い閃光が奔った。『第三の腕』が、反動で苦しむように空中でのたうち回った。
その身を顧みない、渾身の、魂心の一撃。
しかし、フィアンマの全力の抵抗も。
その閃光は、まるで蚊を払うようなミーシャの翼撃によって消し飛び塵と化す。
フィアンマは驚愕に目を見開いたが、当然だ。本来は不必要な『力任せに』腕を振るうという動作からして、『第三の腕』の衰弱ぶりを窺う事ができる。
そして、
「sdfgijnlwne遮dnfilw」
直後、大天使の体当たりが炸裂した。いや、直後という表現が遅すぎる程の俊身。数百メートル先にいたミーシャが、気付けば目の前に迫っていた。
『彼女』は、もはやフィアンマを障害として見なしてすらいなかった。巨大な両翼による攻撃すらしない。ただ、その他大勢の魔術師達と同類。進んでいれば勝手に死んでいる蟻と同類にしか見られなかった。
しかし、それはあくまで大天使である『彼女』から見た視点。
その時、フィアンマは車のタイヤに轢き殺されて無残に道路にこびりつくカラスの死体を連想していた。
音を超えた猛進が、フィアンマを轢き殺しにかかる。
慌てて『第三の腕』を盾にして、衝撃を受け止めにかかる。
が、焼石に水。
ドバァッッッ!!と。
弾け飛んだ『第三の腕』が輪郭を失い、ギリギリのレベルでその形を維持させていたフィアンマの血液が撒き散らされる。『第三の腕』が衝撃で破裂し、撒き散らされた多量の血液にフィアンマの身体が押し飛ばされた。奇しくも、それによってミーシャの突進の進路からその身を逸らす事に成功する。
「ォ、ガ―――――――――――――――――――ッッ!?」
絶叫が風に飲まれる。その身が、己が血で染まる。激痛に身が捩れるが、もはや感覚が麻痺して慣れた。今のフィアンマに、たかが自分の命程度で躊躇している余裕はない。
絶望的。一矢の報いもできない力量差。
しかし、フィアンマの目的はミーシャの足止めではなかった。そもそも、衰弱した『聖なる右』で致命傷を与えられるなど端から思ってなどいない。
一瞬の減速。そう、一瞬でいい。
『第三の腕』を弾き飛ばした衝撃で、ミーシャの姿勢が傾いだ、その一瞬。
次の瞬間、ファアンマが左手を右腕の傷口に突っ込んだ。
悲鳴と共に大量の血液が噴き出す。自殺行為とも思える致死量に近い出血が、再び彼の力の象徴『第三の腕』の輪郭を作り出す。
激痛で失神しかけたフィアンマが、血走った眼でミーシャの両翼を捉える。
『第三の腕』が、その手にシュウシュウと蒸気のような音を立てる三メートル程の大剣を生み出す。いや、大剣である事に変わりはないが、本来ならそれは二、三キロメートル近い長さを誇るはずだ。制御どころか出力までも落ちてきた。時間がない。
しかし、大剣さえ生み出せれば問題なかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
喉が潰れる程の絶叫。鉄臭い液体で咽返った。
ビクビクと痙攣する『第三の腕』を強引に振り回し、ミーシャの両翼へ大剣を串刺した。
「―――――snddjdfnk傷anschdjdkltttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttt」
次に聞こえたのは、声なき絶叫だった。それは言葉ではなく音だった。
『彼女』の口でない何かから、言葉だと思われる何かが噴出される。
思わず翼を振り回したミーシャだったが、フィアンマの『第三の腕』は頑なに大剣を握り締め放そうとしない。逆に、深々と突き刺さった大剣が余計深くへと突き刺さる結果となった。
ミーシャは方針を転換する。
既に北極海は目の前だ。フィアンマを振り払う事に拘泥するよりも、氷を吸収して『
だからこそ、ミーシャは両翼の傷を無視して、北極海への猛進に更なる加速を加えた。
(…させ、る……か…………)
これ以上、ミーシャを北極海に近づかせる訳にはいかない。
しかし、フィアンマの視界に霞がかかる。一瞬、今自分が何をしているのか忘れてしまう。
意識障害。
度重なる出血が、致死量に至り始めていた。ガクガクと全身が痙攣した。極寒の大気によって傷口が急速に凍って塞がれるとはいえ、自ら傷を抉るような真似をしたのだ。助からない。そして、自分の命を助けるよう加減する気も毛頭なかった。
(上条……当麻………)
力が全く入らなかった。もはや大剣を握り締める『第三の腕』も、ギシギシと歪に歪み、形を失いつつあった。
ミーシャはフィアンマを振り払う事を諦めたようだが、フィアンマからしてみればあと二、三回翼を振り回されたら、しがみつく事もできぬまま雪原の赤い染みと化していただろう。ミーシャのその方針転換は、だからこそ彼にとって幸運だった。
しかし、その
意識が混濁し、激しい頭痛によって思考がまどろみに落ちる。
満身創痍に満身創痍を重ね、それでも尚、望んだ希望に手が、『腕』が届かなかった。
(よく、頑張ったじゃないか……)
そうだ。生きている事が不思議なレベルである。
(もう、終わりにして……………)
フィアンマの瞼が閉じられる。ガンガンと頭に響く耳鳴りで、もはや音が聞こえない。全身に被った血のせいで、鼻が突くような痛みを発して、磯の臭いすら感じ取れない。痙攣して力の入らない身体は、もはや何を握りしめ何にしがみついているのかも分からなかった。
五感が、機能していなかった。
フィアンマと世界を繋ぐ感覚器官が、役目を終えようとしていた。
(らしくない事、するんじゃあなかったな………)
ミーシャの飛翔に身を任せた。気持ちが楽になった。肩の荷が降りたような気分だった。
終わったのだ。
疲れた。
本当に色々あった。
もう、眠ってしまいたい。
休んだって、いいじゃないか。
誰かが贖罪を求めようものなら、十分過ぎるほど頑張ったじゃないか。
もう、疲れたよ。
そう。
だからこそ右方のフィアンマは気付かなかった。
彼の頭上に迫る、己が希望の城『ベツレヘムの星』が、再び彼と偉業を為すために高空一万メートルから舞い戻って来た事に気付かなかった。
ミーシャがフィアンマを翼にひっかけたまま、北極海に到達する。
同時。
真上から、『ベツレヘムの星』が落下した。
ズズン!!という轟音と共に、フィアンマはミーシャと共に巨大な要塞の下敷きとなる。
沈みゆく海中にて、要塞の亀裂の入った隙間へ海水が流れ込み、フィアンマも要塞内へと押し流れた。
とそこで。
「フィアンマッッ!?」
聞いた。
聞いてしまった。
フィアンマが、閉じられた世界から帰還する。
目を見開て彼を視界に収めた。耳が要塞の崩壊を鮮明に捉えた。磯の香りが鼻腔をくすぐる。
「な、なぜお前がここにいるッッ!?」
驚愕。
てっきり、何らかの方法で『ベツレヘムの星』から脱出したのかと思っていた。
いや、例え脱出できなかったとしても、まさか『ベツレヘムの星』に乗ったまま大天使ミーシャ=クロイツェフの進路を妨害しに来るとは思わなかった。
「フィアンマ、お前、脱出したはずじゃ……!?」
「それはこちら台詞だ!!馬鹿野郎!!こんな無茶苦茶しやがって、お前は死にたいのかッッ!?」
叫んだ拍子に、口からゴボゴボと血の混じった唾が吐き散らされる。
上条はそれを見て、怯んだようだった。
要塞の底のこちらへ向けて走っていた足をさらに速める。
「―――――――――kasxdflofjd動bvsdfogijfkdl;df」
ミーシャは、フィアンマの大剣が串刺しなった翼が要塞に突き刺さり、身動きができないようだった。今なら暴走を止められる。
「フィアンマ!!大丈夫か!?」
上条当麻が彼に駆け寄る。
もはや照明すらない暗闇の中で、ミーシャの青く深い月光のような光が上条の顔を照らす。
泣きそうな顔していた。
驚かされたのはフィアンマの方だった。
「なんだ、その顔は。お前は俺様の分からん表情ばかりするな」
「お前こそ、一体何してたんだ!?そんなボロボロになって……これじゃあ、お前を助けた俺の立つ瀬がねえじゃねーか」
言って。
上条はフィアンマの左腕を彼の肩に回した。
「な、何をする気だ!?」
「助ける。ここでお前に死なれちゃ困る」
「馬鹿かお前!?俺様など放っておけ!!どのみち、この出血量じゃ助からん。それより、今すぐこの大天使をお前の右手で消滅させろ」
「そんな事してる時間はねえ。早く要塞の上まで行かないと、俺もお前も北極海の藻屑となるぞ」
そんな場合ではない。
確かに、要塞は今も莫大な重圧に耐えられず、内部の壁や柱が次々と潰れていっている。亀裂の入った隙間から極寒の海水が流れ込んで浸水しており、ミーシャの元まで駆け寄って要塞の上まで避難するには、その往復分の距離は致命的だ。助かりたいのなら、着水で斜めに傾いだ要塞上層まで一目散に駆け上がるべきだ。
だが、そんな場合ではないのだ。
今しかチャンスはない。
大天使ミーシャ=クロイツェフを消滅させる機会は、今しかないのだ。
事の優先順位が違う。
「やめろ!俺様など放っておけ。こいつは俺様が仕留める。お前は早く『ベツレヘムの星』
の上層へと避難しろ!!」
「やめるのはお前だ!そんな傷でミーシャと戦える訳がないだろ!早く病院に行かないと、手遅れになっちまうぞ!!」
ギシり、と歯ぎしりした。
どうして分からないんだ!!
優先順位が違うのだ。
地球上の七○億人の人間達と、自分を殺そうした人間独りを救う事を天秤にかけて、この男は
信じられない。
自分が逆の立場なら、絶対にそんな選択肢を取らなかっただろう。迷いすらしないと思う。
だが。
やはり、この少年は違うのだ。
自分とは、明確に違う。似たような右手を持ち、似たような力を持っているはずなのに、目の前の少年は自分と違う世界を見て、違う世界を生きている。
きっと彼の中では、それが正しいのだろう。
その感情を、思いを、フィアンマは知ってしまっていた。共感してしまっていた。
だから、否定こそすれ、その実、寄る辺なき自分にこんな状況でも手を差し伸べてくれた彼の行為が、純粋に嬉しかった。嬉しいと思っている自分がいた。嬉しいと自覚できるほど変わってしまった、変わる事のできた自分がいた。
だからこそ、この少年を死なせたくなかった。
息を切らしてフィアンマを引きずる彼は、懸命に上を目指す。
しかし、このままのペースでは要塞の上層部まで辿り着けずに完全に浸水してしまう。あわよくば辿り着けたとしても、その頃には要塞が完全に沈没しており、上層部から海面まで泳いで浮上するのは絶望的だ。
精神論や根性論でどうにかなるものとならないものがある。
「待ってろ、絶対に助けてやるからな!」
「やめろ、絶対に間に合わん。それより、俺様に提案がある」
上条の顔が曇る。
嫌な予感を感じ取ったのだろう。
「逆に考えてみろ。要塞底部のミーシャを消滅させるんだ。要塞の一番大きな亀裂の栓となっている奴が消滅すれば、大量の海水が勢いよく流れ込んで込んでくるはずだ。運がよければ、一気に要塞上層部まで浮上できる」
「『運』がよければ、ね……」
上条は押し黙った。
彼自身も、このままでは助かる見込みもない事を感じていのだろう。一度目を瞑り、深呼吸をする。
「……確かに、方法は他になさそうだ。分かった、やろう。お前はここで待っててくれ」
一瞬、意味が分からなかった。
あまりのお人よし過ぎて、思わず呆れ果てた。
確かに、フィアンマの提示した作戦を鑑みると、フィアンマは上条に必ずしも同行する必要はない。どころか、この場で待機していれば海水に押し上げられる距離が減るので、擦過傷などが減るくらいだ。純粋に、フィアンマへの配慮なのだろう。
だが。
「俺様の大剣が引っかかって身動きが取れないとはいえ、もしかしたら最後に抵抗されるかもしれん。万が一に備え、俺様もお前と一緒に行く」
「いや、俺一人で十分だ。お前はそれより―――――――」
「――――――――だってお前、足が震えているじゃあないか」
「………武者震いだよ」
見れば、上条の身体がカタカタと震えていた。
当たり前だ。彼はただの高校生なのだ。彼に世界の命運などを背負わせるのは酷である。
いや、そんな話の前に。
純粋に、自ら死にいくのが怖くない人間なんていない。
分の悪い賭けだ。助かる見込みがこれしかないとはいえ、踏み出す一歩を躊躇うのが人間だ。
だからこそ、
「……悪りぃ、お前の言う通り、実はビビってる。けど―――――」
「だったら俺様を頼れ。どちらにしても、俺様が助かるという結果は変わらんだろう。それとも、お前の言う『仲間』には、俺様は入っていないのか?」
フィアンマにしては珍しく、高慢でふてぶてしい彼らしくない柔らかな笑みだった。
思わず上条も笑う。
「分かったよ。じゃあ………頼んでもいいか、フィアンマ?」
「ああ……上条」
二人は引き返すように要塞の底部へ向かった。
「――――――――――ksdkfgjldpq違mskidfgnmfkld」
叫ぶ大天使の元まで歩み寄る。
莫大な殺気を振り撒く『彼女』に身体が強張るが、それでも二人は足を止めなかった。
上条は右手を構える。
「じゃあ、やるぞ」
「ああ、頼む」
そっと、彼の指が伸びる。
「不幸なこの上条さんが、助かりますかねぇ?」
最後の最後に、愚痴るように上条が皮肉を漏らした。
フィアンマは、
「安心しろ。例え失敗しても、俺様が一緒に死んでやる」
直後、ガラスの破砕音のような、空間を軋ませる音が要塞に響き渡った。
※ここで原作『「とある魔術の
という訳で、何というか大した盛り上がりもないまま終わってしまったなー、と反省。
一応もう1章投稿しますが、そちらは読まなくても問題ありません。