シュバルツバースでシヴィライゼーション 作:ヘルシェイク三郎
タダノ君の戦いぶりは、まさに百戦錬磨と呼ぶ他に適した言葉が見つからないほど洗練されたものであった。
「ヴォォノ! ヴォノ! ヴォノ! ヴォナペティッ!!」
まず、彼は他の"レッドスプライト"クルーをはねとばした"オーカス"の突撃を、裏回りするようにして回避する。
「ヌゥゥ、小癪ナッ!!」
さらに横薙ぎに払われた尻尾の一撃を、尻尾それ自体を踏み台にして、高々と跳躍することで回避して見せた。端から見ても超人然とした身のこなしに、小生は呆気にとられつつもその身を案じて叫ぶ。
「タダノ君!」
「心配――、するなッ」
そして空中で不安定な体勢を取りながらも、彼はピストルの銃口を"オーカス"の前足へと向けた。
乾いた音が響きわたり、"オーカス"の関節部に弾痕が複数刻まれる。
どうやら、肉厚の表皮も関節まではカバーし切れていないようだ。
動きの鈍った"オーカス"の巨体をタダノ君は蹴り飛ばし、その反動で素早く着地する。
まるでおとぎ話にあるような一寸法師の冒険活劇が、目の前で現実に展開されているかのようであった。
「援護する!」
反撃のダメージから立ち直ったアンソニーとブレアが"オーカス"の側面から同時攻撃を仕掛ける。彼らに対し、タダノ君は「助かる」と生真面目な顔のまま礼を返し、続く言葉で仲魔に指示を下していく。
「今の内だ。"ハイピクシー"、タルカジャを頼む」
「任せておきなさいっ!」
羽根の生えた小さな妖精が、タダノ君たちに何らかの加護を与える。
「爺さん、チャージをお願いします」
「分かっておる……、わい!」
気安く呼ばれた"ドワーフ"が、自分の背丈ほどもある金槌を肩掛けに構え、二の腕を一回り太くさせた。
「"シーサー"、溶解ブレス」
「オオン! ニクハヤワラカメニスルトイイッ!!」
さらに"シーサー"が口から豪快に強酸性らしき霧を吐き出す。
「ヴォォォノッッ!?」
これをアンソニーたちに執拗な足止めを受けていた"オーカス"は回避することができない。酸性の霧をまともに浴びてしまった頑丈な表皮が、瞬く間に溶けて柔らかくなっていった。
「くぉらっ、タダノ! 俺らを巻き込むなッ」
「悪い、この埋め合わせは働きで返す」
運悪く霧の範囲に巻き込まれてしまったアンソニーの罵声が響く中、タダノ君はバックパックに収納されていた両刃の剣を取り出す。
そして、仲魔に一斉攻撃を命じた。
「速攻陣形……。総攻撃だ!」
「悪くない判断ね、ヒトナリ。まずは、私のマハジオよ!」
妖精が指先を起点にした広範囲の電撃を周囲にまき散らした。
「ヴォ、ヴォ、ヴォォォォォォノッ!?」
全身に走る電撃に硬直した"オーカス"の懐に妖精以外の2人と1体が潜り込む。
「チャンスを活かせ、COOP!」
"シーサー"が"オーカス"の後ろ足一本に深い噛み傷を付け、残る一本をタダノ君が両刃の剣で2割ほどの深さまで断ち切った。
さらに、"ドワーフ"がショルダータックルで巨体を無理矢理にかち上げる。そして、
「これが、わしの渾身脳天割りじゃい!」
続く動作で飛び上がった"ドワーフ"が、かち上がった"オーカス"の頭部に金槌を強かに叩きつける。
まるで交通事故が起きたかのような音がして、"オーカス"の頭が地べたに沈んだ。
"オーカス"の首筋が無防備に露出する。そこに、"シーサー"の牙が深々と突き立てられた。
「オレサマノ、ジオンガ!!」
突き立てられた牙から高出力の電撃を体内に流し込まれ、"オーカス"の巨体が声もなく痙攣した。
「COOP!!」
「任せておいて!」
更に、"シーサー"以外の3人が追撃を仕掛ける。
息を吐く暇もない連携だ。電撃の火花が空気中で弾け、金槌が旋風を巻き起こし、鋭利な爪と牙が弱体化した巨体を切り刻む。
小生は目の前で行われている戦闘の異質さに、渇いた喉をゴクリと鳴らした。
「何だ、これ……」
はっきり言って、タダノ君たちの戦いぶりは異常だ。
共闘しているアンソニーの槍捌きも、ブレアの指揮能力も、小生からしてみれば尋常ならざるものではあった。
だが、タダノ君はそれらからも頭一つ抜けてしまっている。
本人の強さは勿論のことだが仲魔たちもさるもので、あれは単純に実力があるというだけでは説明がつかない。
一体一体が操る異能を見るに、多分彼らはトラちゃんさんよりも大分格が落ちる存在のはずだ。
もしかすると強いのではなく、"上手い"というのが正しい表現なのかもしれない。
彼らの活躍は存在としての格よりもむしろ、明らかに人と"悪魔"の連携に裏付けられていた。
「アイツら、すごいのね……」
とトラちゃんさんが小生の傍に来て言う。どうやらカンバリ様たちは無事に蘇生ができたようで、息絶え絶えではあったが、彼女の後ろに付き従っていた。満身創痍ではあるものの、健在な姿に心底ほっとさせられる。
「はい。学生時代の友人なんですが……。びっくりしました。自衛官として戦闘経験があるはずなので、もしかしたらそれが強さの秘訣かもしれません」
小生がそう指摘するも、トラちゃんさんは眉根を寄せたまま解せないといった表情でこぼした。
「そういう経験もあるんでしょうけど……、それよりアタシの知ってる古い"女神"の匂いがする。頭を垂れる実りの、麦穂の匂いが。アイツら多分1度か2度は死んだ経験があるし、見た目通りの時間も過ごしてないわよ」
「えっ? タダノ君が死んで……?」
「アンタも何度か死んでるんだし、ありえなくはないでしょ」
思わず目を丸くしたが、彼女の指摘にそれもそうだと思い直す。このシュバルツバースでは外界の常識は通じない。つまるところはそういうことなのだろう。
小生が仰天しているところで、終始押されていた"オーカス"の動きが変化した。
「ヴォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!!」
と天を割りかねない雄叫びをあげ、錫杖を放り捨て、前足を獣のように扱って縦横無尽に駆け回り始めたのである。
そしてこれが凄まじく疾く、強い。
「ヤッ、ベェ……!!?」
"オーカス"の突進をいなしそこねたアンソニーが衝撃を直に受けて、少なくとも50メートルは吹き飛ばされた。上手く受け身はとっているようだが、すぐに動けるダメージではないようだ。
「ぐ、ぅぅぅっ……」
ブレアもまた、"オーカス"の牙にかち上げられて、天高くへと放り投げられた。これも直撃は免れたものの、致命傷にも至りかねない大ダメージには違いない。
蒸気のような吐息を吐き出し、"オーカス"は狙いを地上の仲魔たちへと切り替える。
「ヒ、ヒホッ――!?」
"オーカス"が大口を開け、そのままブレアの仲魔に食らいついた。まず、雪だるまが為す術もなく一呑みにされ、次にカボチャ頭がマントだけを残して齧りとられた。
"オーカス"がこちらの仲魔を咀嚼しながら、次なる獲物を捜し求める。彼の体に刻みつけられていた傷が見る間に修復されていった。もしや、不死身の肉体を持っているのか。
「まずい、アイツ食らったアクマをエネルギーに変えてる……!」
「それって、トラちゃんさんと同じ?」
「甚だ遺憾だけど、その通りよ!」
"オーカス"がまた吠える。しかし次は先程とは様子が異なり、吠えた上空に渦巻く空間が形成された。
その中心部から現れる黒豚。まさか"悪魔"が"悪魔"を召喚したのか。
「嘘、そんなの有りっ!?」
トラちゃんさんが驚愕の声をあげる中、召喚された黒豚が空より落ちてくる。
その真下では"オーカス"が大口を開けていた。
「プ、プギッ!?」
「ワレノ糧ニナレッッ!!」
事情も分からず混乱する黒豚を、"オーカス"は容赦なく一呑みにする。
まるで水鳥が小魚を食らうが如き、動作であった。喉を鳴らし、胃へ無理矢理に獲物を押し込む。
そして、"オーカス"の身体に刻まれた傷がさらに癒されていった。最早目に見える外傷はない。
「待って。ちょっと待って。あんなのズルでしょ、ズルすぎるわっ!!」
「ど、どどどうしましょう。トラちゃんさん!?」
いくらタダノ君たちが強いと言っても、こんなふざけた能力を持った相手が敵となれば話は別だ。
相手の回復を上回る勢いで、攻撃を続けるか? いや、たとえ小生たちが手伝ったとしても、押し切るほどのダメージを叩き出すというのは現実的ではないだろう。ここはトラちゃんさんに強力な異能を連発してもらいたいところだが、小生が溜め込んでいた精神力回復用のチャクラドロップも、残り少なかった。
カンバリ様もディオニュソスさんも蘇生したばかりで直接戦闘に耐えうる状態ではない。アンソニーもブレアも同様だ。
どうする? 一体どう打開すればいい――?
垣間見えていた希望に、再びピンチという名の絶望の帳が下ろされていく。
その中にあって、タダノ君は唯一打開の一手を諦めてはいなかった。
「――ヤマダ!!」
自分たちの勝利を欠片も疑っていないという風に、彼は声をかけてくる。
「な、何でしょう!!?」
「指揮は任せた。何か上手く作戦を組んでくれ!」
「え、ええっ!?」
いきなり何を言い出すのか。仰天する小生を説き伏せるように、タダノ君は続けた。
「お前、得意だろ! ピッチャーやキャッチャーの癖を読みとるの! 声掛けだけで良い、奴が何をするのかだけでも読みとってくれ!!」
「そ、そんなことを言われても……!」
野球と戦闘では勝手が違うというのに。小生は頭を抱えるが、確かに現状敵の攻撃を先読みするくらいにしか活路はなさそうであった。
小生は考える。戦術の基本は相手の得意パターンを封じてしまうことだ。少なくとも野球ではそうだった。
小生は更に考え、トラちゃんさんに呼びかける。
「ト、トラちゃんさん!」
「な、何っ?」
「また殺生をすることになって、さっきみたいなことにはなりませんか!?」
この"オーカス"戦の鍵は、恐らくトラちゃんさんの特性にあった。これを生かせなければ活路はない。
トラちゃんさんは少し不安そうに俯き、すぐに首肯した。
「多分、大丈夫。もう憎しみには囚われていないから……」
「分かりました! 待機してくださいっ。カンバリ様も、ディオニュソスさんもっ!」
3人が了解の返答とともに、戦闘態勢をとる。
小生はなけなしのチャクラドロップを取り出し、タダノ君へと声をかけた。
「まず様子見ます! じっくり腰を据えてやりましょうっ。"しまっていこう"!!」
こちらの呼びかけに、タダノ君は目を細めて笑う。
「久しぶりの、"しまっていこう"だな。はっきり言って、
"オーカス"は既に完全回復を果たしていた。相手は万全の状態で、こちらは戦闘不能を2名と2体出している。状況としてはかなり悪い。かなり悪いが、覆すしかない。臓腑がずんと重たくなった心地がした。
小生は叫ぶ。
「まず、遠距離から電撃を!」
こちらの指示に従い、妖精と"シーサー"が電撃の異能を浴びせかけた。小生はその趨勢をただ観察する。
タダノ君もまた、異能の籠もった石による電撃支援を行うようだ。
「
左投げの流れるようなアンダースロー。コントロールに難こそあるものの、高校時代には143キロのアベレージを誇っていた直球だ。デモニカの強化を受けたタダノ君の直球は、すくいあげるように400キロにまでたちまち増速し、球速のもたらす破壊力によって"オーカス"の鼻頭をぐしゃりと潰した。そして、電撃をまき散らす。
「ヴォァッッ!? オ、オノォォレェェエエ!!」
"オーカス"が手足に力を籠めた。ただ、その素振りは既に見ている。
「多分、アイツ宙に飛びます! できるだけまとまらず、散開でッッ」
小生に言われるがままに、タダノ君と仲魔たちが散らばっていった。そして、予想通り"オーカス"が先だっての押し潰し攻撃をせんがために宙を舞う。
「おい、ヤマダの方へ行ったぞ!」
「大丈夫。落下位置の予測で小生がしくじるはずがありません!
大体にして、"オーカス"の知恵が回ることは既に承知していたのだ。戦力の建て直しを防ごうとする程度には。ならば、明らかに声掛けをする司令塔を狙わんとするのは、当たり前すぎる帰結であった。
「ふんぬう!」
小生は手に持ったチャクラドロップを放り投げ、全力で落下位置から距離を取るべく駆け出した。巨体がすぐ頭上にまで迫っている。予測できているのと、それを避けられるかどうかは全くの別問題だ。ここからが勝負。腹が痛くてたまらない。それに、急な酷使にさらされたふくらはぎも。
巨体がすぐそこにまで落ちてきていた。
目測をした限りでは、避けられる。いや、避けられない。ぎりぎりの瀬戸際といったところだろう。ならば、
「おおおッ」
小生は寸前のところでヘッドスライディングの体勢を取った。地面に対して低い姿勢になることにはタッチアウトまでの猶予を稼ぐことができるという効果がある。
これは、フライングボディプレスを避ける時だって同じことだろう。
野球の試合と同じ要領で、しかし失敗イコール即死の重大なプレッシャーにさらされる中、小生の選択は辛うじて自身の命を拾い取ることに繋がった。
すぐ横に大質量が着地し、ずんと大地が重く揺れる。
かくして圧死を免れたわけだが、ここでほっとしてはいられない。
「チョコザイナッ!!」
そう、先ほどと同様に鉤爪がやってくるはずなのだ。はっきり言って、これを回避できるかは五分五分だった。最悪、死にかけても後で回復すれば良いと腹をくくってすらいたのだが――。
「やらせませんよ!」
ディオニュソスさんが、小生と"オーカス"の間に割って入った。
原色の身体が鉤爪に引き裂かれ、せっかく回復した足が再び千切れ飛ぶ。
「ディオニュソスさん!?」
「ぬ、う……! しかし、強敵に太刀打ちできるスキルを持っていないのです、私は!」
だから、身代わりになると言わんばかりの口調であった。申し訳なくてたまらない。
予定外の行動ではあったが、助かった。いや、助けられた。
「皆さん、距離を取って再び電撃を!」
"オーカス"の巨体が再び電撃の雨に晒される。
「ね、ねえ、ヤマダ! ちょっとヤマダ!? アタシの、アタシの出番はまだなの!?」
「もうちょいです! 秘密兵器ですよ、秘密兵器!」
焦れったそうに叫ぶトラちゃんさんにそう返して、"オーカス"の挙動を観察する。今の彼は慢心せずに、形振り構っていない状態であった。当然、生存本能を刺激されれば、その欲求に素直に従う。
「ヌゥゥゥ、糧ヨ。来イッ!!」
再び、"オーカス"の頭上で空間が歪み、黒豚が事情も分からず降ってきた。
予想と行動が噛み合ったのである。小生は思わず握り拳を固めた。
「トラちゃんさん、今です!」
「え、何が!?」
「あの黒豚、先にトラちゃんさんが食べてください!!」
「ハア!?」
素っ頓狂な声をあげるトラちゃんさんであったが、すぐに不満そうな顔をしながらも、「大冷界!」と黒豚を氷のオブジェへと変える。
当然ながら、黒豚の持っていたエネルギーはトラちゃんさんへと吸収され、"オーカス"は回復できず仕舞いに終わった。
「バカナッ、ワレノ糧ダゾ!!?」
「アタシだって、こんなみっともないことしたくないわよ!!」
「食イ物ノ恨ミ、晴ラサデオルベキカァッ!!」
半狂乱になった"オーカス"がトラちゃんさんめがけて突進を開始する。
予想の的中に次ぐ的中。
ようやっと、勝ち筋を掴み取った瞬間であった。
「カンバリ様、頼みます!!」
「残り少ないアイテムを投げつけ、わしの精神力をこっそりと回復したのは、こういうことじゃったか……、相分かった。テトラカーンじゃ!」
恨み骨髄の突進は、恐らく全力が籠められていたはずだ。そして、その威力は確実に単純なボディプレスよりも上だろう。
猪突猛進という言葉があるが、体当たりという攻撃はすぐに威力を弱められるような攻撃手段ではない。
物理反射を狙うなら、この機を狙うより他になかった。
「ひゃ、ひゃん!?」
両手で体をかばうようにのけぞっていたトラちゃんさんと、巨大な質量がぶつかり合う。
表皮が揺れて、脂肪と筋肉が波打ち、衝突の瞬間に反転した運動エネルギーが、"オーカス"の体をゴム鞠のように変形させる。直後、
「プ、プギィィィィッ!!?」
悲鳴を伴い巨体が跳ね飛んだ。バウンドのたびに瓦礫が土煙を伴って吹き上がり、大地には深い轍が刻まれる。
10メートル、20メートル、100メートル……。やはり、とんでもないインパクトであったようだ。
バウンドした巨体はやがてゴロの挙動で転がるようになり、
「コ、コレハ……」
ようやく運動エネルギーが弱まって、受け身を取ることのできた"オーカス"が息も絶え絶えにそう驚愕した。
こんなはずではなかった、と言いたげな困惑の相を見せている。
ならば、こんなはずとは一体どんなはずなのか?
それは恐らく、確約された蹂躙を反故にされたことによる困惑であった。
小生は考える。時は有限ではない。一瞬の内に、ありったけの思考を巡らせる。
先ほど彼は「美味ナルエネルギー」を求めてこの地にやってきたと豪語していた。
つまりそれは食欲に基づく行動だ。そして、彼は今までの戦闘を鑑みるに強い生存本能をも持ち合わせている。
今はちょうど食欲と生存本能がせめぎあっている状態だろう。いや、憎悪もそこに入るか。
「オノレ、オノレ、オノレ!! ニンゲンドモは何処マデモ我ノ食欲ヲ邪魔スル! コノ地球ヲ食イ潰シテモ尚……!!! カクナル上ハ――、ア?」
だが、ここで駄目押しの止めを刺す。
小生らの中でたった一人が、跳ねる巨体を追い、轍を蹴り、凍りつく"オーカス"の胸元にまで飛び込んでいた。
タダノ君だ。
「貴様――」
『いい加減にけりをつけさせてもらう』
タダノ君が両刃の剣で"オーカス"の胸元を十文字に切り裂いた。
けれども、止めとしてはまだ浅い。が、問題もない。
小生の人生訓において、ピンチとはチャンスに相転移できるものとして認識されていた。
そして、どんなに僅かなチャンスであっても必ず拾い取る、無理矢理にでも掴み取る存在をヒーローと呼ぶ。
小生にとって、ヒーローとはタダノ君であることと同義だった。
彼という人間は、ここぞという時の勝ち方を誰よりも深く理解しているのである。
『お前、"シーサー"の攻撃が一番効いていたろ。ちゃんと、見ていたぞ』
彼は生真面目な表情のままに、バックパックから電撃の石を取り出して、そのまま"オーカス"の傷口へと石を握った拳ごと深く差し込んだ。
『発動しろ、ジオンガ!』
直後、"オーカス"の身体が痙攣する。
鼻と口から黒煙が吐き出され、声も出せずにただ悶え苦しむ。
『それ、もう一つだ!』
引き抜いた手に再び石を握って"オーカス"の肉体深くへと拳を突き入れ、電撃を発動する。
"オーカス"が――恐らく意識のない状態で――迫り来る死から逃れるために、タダノ君を振り落とそうとした。だが、タダノ君は突き刺した腕を支えにしがみつき、"オーカス"の首目掛けてピストルを乱射する。肉薄した射撃だ。当たらぬはずがない。
"オーカス"がもがき、タダノ君が追い討ちをかける。"オーカス"がもがき、タダノ君が追い討ちをかける。
右にもがけば右を撃ち、左にもがけば左を撃つ。
目の前で繰り広げられている光景は、さながら"悪魔"と人間の生存競争そのものであった。
このまま行けば、ここで"オーカス"は討ち取れたであろう。強者である"悪魔"に対し、下克上を為せたに違いあるまい。
だが――、この期に及んで運命が小生らを呪った。
タダノ君がしがみついていた胸元の肉が、本体から引き千切れてしまったのである。
「タダノ君っ!?」
振り飛ばされたタダノ君の腕は黒く焦げてしまっていた。掴んでいた"オーカス"の肉もまた同様だ。
炭化した箇所が脆くなっていたことが、"オーカス"の命を救ってしまったのである。
"オーカス"は口から涎を垂らし、白濁した眼からどす黒い血を流しながら、無我夢中で逃走を始めた。
『待て!』
『いや、これで良いです!!』
追撃しようとするタダノ君を小生は慌てて引き留める。
討ち取れなかったことは口惜しかったが、それでも敵の撃退という当初の目的は達成できていた。
ならば、今は他にもっと優先すべきことがある。
小生は言った。
『追撃は要らないですッ。むしろ、できません! 余裕がありませんッッ! それより戦闘不能者の回復をしないと……』
未だアンソニーもブレアも先ほどの攻撃を食らってから、立ち上がれていなかった。意識があるのかも分からない。意識がないのならば、呼吸が止まっている可能性すらある。そう、時間はないのだ。
『だが、逃亡する振りの可能性も……』
それでもタダノ君は迷っていたが、流石に優先順位を間違うほど興奮してはいないようで、すぐに「分かった」と頷き、アンソニーのもとへと"ハイピクシー"と一緒に向かった。
その隙に、"オーカス"は歓楽街の彼方へと消えていく。
もう逃走が"振り"である危険もないだろう。終始だまし討ちを警戒していたタダノ君も、エネミーアピアランスの表示が安全を指し示すようになったことで、ようやく安堵の息を吐いた。
小生もまたもう一人の応急処置へと向かうべく、トラちゃんさんへと声をかける。
「トラちゃんさん。あそこの隊員、ブレアさんに回復の異能を……」
「分かったわ!」
トラちゃんさんが駆け出していく後ろを、小生は足を引きずりながらついていった。ちょっと、"オーカス"との戦いで飛んだり跳ねたりを繰り返しすぎたかもしれない。
『アンソニー隊員、無事か?』
タダノ君はアンソニーのもとへたどり着き、その会話が通信機越しにもたらされた。
『……無事なわけがあるもんか。くっそ。痛ぇ……。やっぱ銃で戦うべきだったな。そっちのがかっこいいし。タダノ、あのデカブツは?』
『敗走した。俺たちの勝利だ』
『……待て、本当に逃げたのか? 騙し討ちの可能性は?』
『少なくとも、もうデモニカに反応はない』
通信機越しに聞こえるアンソニーの呼吸は荒かった。ダメージが呼吸器にまで及んでいるのかもしれない。
『待ってろ。魔石とメディアで応急処置する』
『いや、待ってくれ。俺の傷はそれじゃ癒されないだろう。それよりも、ヤマダ隊員のとこにいるカワイコちゃんの回復を受けたい……。何あれ、悪魔にもあんな可愛い娘いるの? 俺、悪魔にホレちまったかも』
タダノ君とアンソニーの間で空気が凍った。彼らは一体何をやっているのか。
そのやりとりにアンソニーの傍にふよふよと浮いていた"悪魔"が呆れたように口を挟んでいた。
『え、俺死ぬの!?』
……一体何を言われたらそんな反応に?
アンソニーたちの掛け合い漫才が少し気になったが、ここは聞き流しておくことにする。
とにかく、こうした漫才ができるのはお互いに生きているからだ。本当に、良かった。これ以上被害が拡大しなくて。
小生もブレアのもとへとたどり着く。
傍らに座り込んだトラちゃんさんの回復が効いているようだからまだ死んではいないのだろう。ただ、完全回復には時間がかかりそうだ。
小生もトラちゃんさんと同じく座り込み、ブレアの負傷箇所を注意深く見ていく。
怪我に関しては異能で何とかなりそうだが、デモニカスーツが大きく破損してしまっているのが気にかかった。
肌が外気に触れてしまっており、このまま放置するとどんな悪影響があるか分かったものではない。
小生はバックパックからダクトテープを取り出し、ブレアに一言断りを入れた。
「痛かったら、すいません」
「……いや、大丈夫だ。そこの彼女のお陰でもうほとんど痛みはない」
「意識あったんですね」
破損箇所をぐるぐる巻きに修復しながら小生が言うと、ブレアは物理的ではない苦痛に顔を歪めた。
「仲魔が殺されて、おめおめと気絶できるほど薄情じゃないからな」
「ああ……」
ちらりと彼の仲魔であったはずの残骸へと目をやる。
「トラちゃんさん。彼らの蘇生は、できますか?」
「ごめん、ちょっと無理。あれはもう死んじゃってて、魂がここにいないから」
やはり、万能と思われた蘇生にも限度があるのだ。俯いて何も言えなくなった小生の肩を、ブレアがぽんと叩いてきた。
「俺を、ちょっと立たせてもらえるか」
「え、あっ。はい」
仲魔を弔いに行きたいのだろうか。ブレアに肩を貸し、残骸のある場所へと向かう。
ブレアは険しい表情のままに残骸のあった箇所を丹念にかきわけて、やがて奇妙な物体を二つ摘み取った。
ブレアの表情がふっと緩む。
「……残っていてくれたか。お前たち」
「それは……?」
「"デビルソース"だ。悪魔の遺伝子とでも言うべきかな。こいつらが言うには、絆の繋がった相手のもとに残される、ないしは渡されるものらしい。悪魔は皆同じように見えて、一体一体が個性を持っていることもある。とにかく確かなことは、これさえあれば再び俺の知る"あいつら"と出会えるってことだ。本当に……、良かった……」
ブレアは涙ぐんでいた。相棒とでも言うべき存在と二度と出会えぬ憂き目に遭いかけていたのだから、彼の反応は当たり前だ。
小生は"デビルソース"という物体の存在を深く脳裏に刻み付けた。先程、小生はカンバリ様たちを死なせかけてしまっている。彼らをそんな形で失うだなんて、冗談じゃない。
一通りの手当てが済んだところで、"レッドスプライト"の"アーサー"から通信がやってきた。
『クルーの皆さん。無事に第1ミッションを達成できたようですね。随時、補給と回復を行い、ヤマダ隊員を当艦へ護送。引き続き第2ミッションに取り掛かってください』
「あのポンコツAI。こちらの苦労を何も分かっていないんだ」
とブレアが呆れたように肩を竦める。こちらとしては他艦のAIの悪口を言える立場でもないため、苦笑いを浮かべて「そうなんですか」と聞き役に徹することにした。
「苦労はさておき、ヤマダの保護は最優先に違いない」
そこにやってきたタダノ君が言う。
後ろには彼の仲魔とアンソニーが控えていた。
アンソニーはトラちゃんさんの方をちらちらと見ながら、見るからにそわそわした態度をとっている。どうやら、先程の「ホレちまった」発言はあながち冗談というわけでもないらしい。
それはさておき、
「あの、"レッドスプライト"へ行く前に、"箱庭"の……、拠点へ向かわせてはもらえないでしょうか? 恐らく襲撃を受けているはずなんです」
「えっ!? そ、そんな、アタシの"箱庭"が……、皆が――。大変だわっ!!」
小生の言葉に一番ショックを受けたのはトラちゃんさんであった。
顔色を真っ青にして、すぐさま扉のある方向へと駆け出してしまう。
小生もそれに続こうとするが、タダノ君に肩を掴まれ引き留められた。
「待て、そこは戦闘区域なんだろ? このまま向かって平気なのか? 危険ならば、体力に余裕のある俺だけで向かう。それで良いな?」
恐らく彼は、小生の身を案じてそう提案してくれたのだろう。
だが、彼だけで"箱庭"へ向かわせることはできない。状況が不透明なのである。
小生は頭を振って答えた。
「いえ……、後方人員多数の人命がかかっていまして。蘇生と回復の得意なトラちゃんさんの援軍は欠かせないんです。それに、彼女と契約している小生の同行も。お願いします」
頭を下げてそう頼み込むと、タダノ君は困ったように首を掻いた。
「お前、頑固だからな。なら、せめて俺の後ろにいてくれよ。折角助けたのに死なれるなんて、冗談じゃない」
「すいません。それと……、ありがとうございます」
「お前にありがとうと言われてもなあ」
タダノ君が微笑んだ。もしかしたら、昔を懐かしんでいるのかもしれない。
と、彼が何かを思い出したように目を見開く。
「ああ、そうだ」
「……どうしました?」
「お前、何で俺が渡した"封魔管"を使っていないんだ? 多分、デモニカで解析すれば何とか使えただろ」
彼の言葉に、小生は調査隊としてこの地に出向く前に彼から郵送された試験管状のお守りのことを思い出した。
確かトラちゃんさんが言うには、一昔前の退魔師が"悪魔"を使役するために使っていた道具であったはずだ。
小生は言う。
「それなら、あれのお陰でトラちゃんさんと出会えることができたと思いますが……」
"エルブス"号の墜落時、小生があの"封魔管"を握り締めていたところに、トラちゃんさんが現れたのだ。それなら、彼女があの中に封じられていたと考えるのが自然だと思うのだが……。
「いや、そのトラなんとかというのは、あの"死神"だろう? ご先祖様の書いた古文書を確認した限りでは、そんな悪魔は封じられていなかったはずだ」
「えっ? じゃ、じゃあ"女神"としてのトラちゃんさんならどうです?」
「ん、アナライズした感じ、あれは"死神"だろ? まあ、仮に"女神"だろうが違うよ。確か日本神話の……、地霊の親玉みたいな奴が封じられているはずだ」
彼の言っていることが良く分からなかった。
もし"封魔管"に封じられている"悪魔"が別にいるとして、ならばトラちゃんさんはどうしてあの時、小生の前に現れたのか?
当のトラちゃんさんは、大慌てで扉を開こうとしていた。
しかし、まだ解錠が済んでおらず、うまく扉が開かないようだ。
「う、うう……! 何で開かないの! アタシが鍵をかけたのにっ!」
「これは、多分"オーカス"の魔力が混ざったせいじゃろうな。言うなれば鍵を無理矢理こじ開けようとして、形が変わってしまったのじゃろう」
「あの豚王、今度会ったら絶対許さないんだから!」
「な、なあ、アンタ。俺に何か手伝えることは……」
「ごめん、ちょっと黙ってて!」
何時の間にやらアンソニーが彼女のもとへと近寄り敢えなく轟沈していたようだが、それは気にしないでおく。
彼女は口惜しげに地団太を踏み、やがて堪忍袋の緒が切れたのか、拳を思いっきり握り固めた。って、拳……?
「こうなったら、スキル変化よ! "マハムドオン"はもう要らない! ダグザ先輩お得意の……、マッスルパンチでぶち壊してやるわっ!」
オイオイオイと小生が呆れるよりも早く、トラちゃんさんは光り輝く彼女の拳を思い切り扉へと叩きつけた。
パリンと何かが砕ける音がして、扉が一気に開け放たれる。
「開くのかよ」
と小生はまず呆気に取られ、
「これが女神の力って奴よ!」
とトラちゃんが鼻息荒く言う。少し誇らしげな様子ではあったが扉の向こう側へと目を向けた直後、何故かあんぐりと口を開けた。
「ん、どうしたんです?」
中に何か変なものでも見えたのだろうか?
小生は問いながら、足を引きずりつつも扉に駆け寄った。
「え、いや。その、ね?」
「その……?」
小生もまた向こう側を覗き、彼女と同じように思考を停止させる。
「何だ、ありゃあ……」
"箱庭"の中では"オーカス"と同程度の質量を持った2体の巨大な"怪物"が組んず解れつ、物凄い迫力で取っ組み合っていた。
一応、中尉が黄泉路で「何とか持ちこたえてみせる」と言っていたそうだから、もしかしたら善戦しているのかも知れないとは少し思っていた。思っていたが、怪獣大決戦を行うとは聞いていない。
一体何をどうしたらこうなるのか……。
謎が謎を呼ぶ中、"怪物"の片割れたる金色の羽根を持つ美しい巨鳥が、高らかに良く通る鳴き声をあげた。