シュバルツバースでシヴィライゼーション   作:ヘルシェイク三郎

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短めですが、きりがいいので。


シュバルツバースで生命の誕生

「――というわけで、無事に女性を追い返すことはできたのですが、正直自分でも何が何だか分からないのです……」

 仲魔たちの手を借りて、機動班の面々を"箱庭"へ運び終えた小生は、観測気球からの映像で事情を把握している同僚たちから、ひっきりなしの質問責めにあっていた。

 

 曰く、あの女は何なんだと。まるで顔を知っているような口振りで声をかけていたことが彼らの疑惑を招いてしまったらしい。

 また曰く、あの珍妙な召喚は一体どうやったんだ、と。それは小生に聞かれても返答に困る。

 今や"箱庭"の中央部、大広場近辺に新設されたこの公民館の中には、小生からの事情説明を求めて住人のみならず、"レッドスプライト"号から急遽出向してきた隊員までもが大挙して押し掛けてきている有様だ。

 その混雑具合たるや据え置きの椅子が足りずに立ちんぼでの参加者がひしめいているほどで、ドクターと助手さんたちが大忙しで"箱庭"内の椅子をかき集めている最中であった。

 "エルブス"号からはぎ取った資材を用いて作られた大きめのテーブルを挟んで小生と向かい合ったおおよそ数十の瞳が一対の例外も無く小生を見ているのが良く分かる。何故か無性にサツマイモが食べたくなった。ほんと何でだ。

 

 それはさておき、たとえ糾弾されているわけではないとしてもこうして矢のような視線を浴びせかけられている側に立つというのは正直たまったものではない。

 しかも、それが自分には良く分からない案件で追及されているわけだから、尚更だ。

 正直逃げ出したい気分だったが、ここは真摯に質問への回答を考えていくことにした。

 無暗な説明不足は後でもっと面倒くさいことになるものだと、選択肢間違えんなと小生の人生訓が囁いたためである。

 小生は公民館にお集まりの面々をぐるりと窺い、改めてすっかり重くなってしまった口を開いた。

 

「まず 今ありました『何故女性の顔を見知っていたのか?』というご質問なんですが、実は幻覚で一度見たことがありまして」

 参加者の表情が一斉に胡散臭そうなものへと変わっていった。いや、まあ……。すごく理解できる。

 何せ幻覚とは主観的なものであるからそれを証明する術がない。デモニカスーツの内部領域に録画映像でも残っていれば話は別なのだろうが、生憎とルイ・サイファーと名乗る少女との邂逅時、小生はスーツを着用していなかった。共感のできない説明は一気にペテン味が増してしまう。

 それでも最終的にこの返答は、参加者に「まあ、そういうこともあるんだろうな」と無事に納得してもらえることと相成った。

 あるいはペテンの権化たるこのシュバルツバースという地において、現実味の無さを指摘することに皆が徒労感を抱いたからかもしれぬ。

 続く特殊な召喚劇に関しては、前者と違って目に見えた鍵があるため、語り出しは楽だった。"悪魔召喚プログラム"を通した召喚と違い、封魔管を見せればいいだけだ。

 

「後で観測班と資材班で調べてもらいたいんですが、恐らく鍵はタダノ君からお守り代わりにもらったこの"悪魔"入りの容器だったのだと思います。これを握って『"悪魔"よ出てこい』と念じたら、ああなりました」

 言って小生は実際に封魔管を取り出し、テーブル越しに先頭の者へとそれを手渡す。

 一人がためつすがめつ、また一人がためつすがめつ……。

 回覧する皆の表情は、立場に応じた様々な思考が透けて見えていた。

 例えば"レッドスプライト"号から出向してきたマッキーは見るからに胡散臭そうな目をして、明かり取りの小窓から差し込む偽りの陽光に封魔管をかざして眺めている。

 

「これに"悪魔"が入っているのか……? デジタルではなく、アナログ。ここ最近は信じがたいことばかりが起きてきたが、これもまたにわかに驚くより他にないな」

 小生もそれにはまったく同感であったため、疑問に応じてぶんぶんと頷く。微妙な顔をされて、胃が辛い。

 

 続いて資材班のアーヴィンが興味深そうに解析をかけ、封魔管の素材に高純度のマグネタイトが使われていることや、作られてから数百年は経過されているであろうことを指摘する。

 さらにうちの理系脳は、小生が召喚したあの案山子を思わせる巨大な"悪魔"――、"クエビコ"の戦闘力と人間との融合について着目しているようで、アーヴィンから引っ手繰るように封魔管を取り上げると実際に当時の現象を再現しようと試み始めた。

 

「んー、ヤマダさんがいう感じだと……。"悪魔"よ出てこい! って、こうですかねえ?」

 場を弁えずフランケン班長が実験をはじめたことで、周囲の参加者が蜘蛛の子を散らすように飛びのいていく。

 そりゃあ、誰だって巨大な案山子に押しつぶされる危険性に思い当たればこういった行動をとる。ちなみに一番遠い距離まで逃げたのは小生だった。

 しかし、その甲斐も無く――、これは幸運だったと言い換えることもできるのだろうが、生憎班長の実験は失敗に終わる。

 封魔管がウンともスンとも言わなかったのだ。

 

「うん……? 何か前提条件が足りていないんですかね?」

 首を傾げる彼に対して、ゼレーニン中尉が非難の声を上げた。

「ちょっと、班長! 公民館の中で不用意にあんな巨大な"悪魔"を呼び出そうとしないでください!」

「ん? ああ、すいません。以後善処します。で、アナログな器具に個人認証のロックがかかっているとも思えませんし、何で召喚できないんでしょうねえ」

 到底反省しているとは思えない謝罪ぶりに、中尉が額を指で押さえる。

 ただ、彼の疑問はもっともなものであったため、実験と窮屈な室内を抜け出す意味合いを兼ねて、皆で大広場へと繰り出すことになった。

 西日に目を細めつつ、手でひさしを作りながら皆の実験をぼうと眺める。

 途中、トラちゃんさんとタンガタ・マヌさんたちが手製の箒を持って畑の周囲を駆けずり回っていたが、あれは一体何なのだろうか?

 と小生がよそに気を取られている内に、参加者の実験がすべて失敗に終わる。え、全部失敗? 何でや。

 

「これはタダノ隊員に聞かなければならないことかもしれませんが、ヤマダさん自体が特殊である可能性が濃厚ですねえ」

「えぇー……」

 小生は思い切り眉の根を寄せた。

 先だっての召喚の特殊性が浮き彫りになり、居た堪れなさに苛まれる。

「……ヤマダ隊員。君は自分だけが召喚できる点について、何か心当たりは無いのか?」

「い、いや。正直さっぱりで……」

 マッキーの言葉に小生は首をぶんぶんと振る。

 気づけば傾いた偽りの陽光が、参加者の影をのっぽに見せていた。それはまるで槍でも突きつけられているかのように見えていて、端的に言えば腹が痛い。

 かくして縮み上がった小生に対し、困ったように頬を掻きながらフォローの言葉をかけてきたのは、同胞たるヒスパニックの青年であった。

「まあ、ヤマダが嘘を言ってないのは間違いないだろうなあ。本当に知らないんだろう」

 髪をかき上げながら茶化すように言った言葉に、場の面々が振り返る。

 ちなみに来客の対応やドクターたち、現場で手隙の人員に指示を出すといった取りまとめ役を、彼は意識のないリーダーの代わりにこなしていた。

 意外なことに彼は後方人員の中では図抜けた集団掌握能力を持っていたのだ。曰く、牧場の管理には必須のスキルであるらしい。

 

「フム、ヤマダ隊員が虚偽を申しだてていないという論拠は?」

「こいつの性格上、疑われた時点でさっさとゲロっちまって追及を逃れようとすると思うからだな」

 ぐうの音もでねえ。マッキーをはじめとする"レッドスプライト"クルーもそういう返しがくるとは思ってなかったのか、「お、おう」という顔になってしまった。

 ヒスパニックが肩を竦める。

 

「とりま、傍から見て分かることだけをまとめていった方が良いんじゃないかと俺は思うね。例えば、さっきの女についてなんて黒いデモニカスーツっていうこれ以上無い手がかりがあるじゃないか。重力子通信機で外界と連絡さえ付くようになれば、探す当ても見つかるだろうよ」

 皆が成る程と頷き、ヒスパニックがさらに続ける。

 

「で、召喚についてはこれはもう試行回数を増やすしかないと思うわ。現状、分かっていることは人の身体が"悪魔"のそれに変化したこと。ヤマダ以外に召喚の成功例が無いこと。それだけだからなあ」

「一度、ヤマダさんとタンガタ・マヌあたりを合体させて、違いを比較してみたらどうでしょうか?」

「待って」

「それは冗談としても、元の持ち主であるタダノ隊員に試してもらう必要はあるかもしれないわね」

 一部、物騒な発言も見え隠れしたが概ね穏便に話は進んでいく。

 ただ、"レッドスプライト"クルーの一部はやはり情報を秘匿しているという線をも捨てきれずにいるようであった。無理も無い話だ。

 先だってに小生は彼らと事実上の決別宣言をしてしまっている。結局のところ、この説明会は今まで彼らから信用を勝ち取る行動を取ってこなかったという自業自得によるものなのだろう。

 だからこそ、この不信による胃痛は甘んじて受け入れねばなるまい。そう、腹に決めたところで今まで沈黙を保っていたレミエルさんが外野より口を挟んできた。

 

「……旧来の悪魔召喚術は、誰にでもできるものではないのですよ」

 彼女は公平な立場で人間たちの話し合いを観察したいという考えから、基本的にほとんど住人たちの会議に口を挟むことなどない。

 故に参加者のほとんどが彼女の横槍に目を丸くし、どういうことかと先を急かした。

 

「本来、悪魔召喚術とは膨大な量の手続きと、依り代に用いる触媒、そして"悪魔"を現世に繋ぎ止めるための霊力があって初めて成り立つものなのです。ですから、"悪魔召喚プログラム"を用いて"悪魔"を使役している者であっても、旧来の召喚が可能とは限りません。更に言えば、ヤマダの例は非常に珍しいものですから、この場にあれを再現できるものはいないでしょう」

「ええと。ミズ・レミエル、それは一体どういうことかしら……? ヤマダさんは昔ながらの召喚ができるだけでなく、他にも何か余人とは異なる才覚を持っているということ?」

 中尉の言葉に彼女は頷く。そして、涼しげな顔で、聴衆に向けて語りかけた。

 

「はい。その通りです、ゼレーニン。私の見る限り、これはヤマダの魂とその身に流れる血が関係しているようです。ですから、余人が彼の真似をしたとしても、同じ現象は起こりますまい」

「魂と血、ですか?」

 今度は目を爛々と輝かせた理系脳が身を乗り出して問う。レミエルさんはこれにもこくりと頷き、諸手を広げた。

 

「ヤマダには"選ばれし者"の血が脈々と流れているのです」

 この場に集った面々が驚きにざわめく。当然だ。

 というか、小生が一番驚いている。

 "選ばれし者"とは一体どういうことなのだろうか? 字面だけ見てみても、某国民的RPGに出てくるような勇者とか英雄とか、そういうものしか思い浮かばない。小生の家系が勇者や英雄? んな馬鹿な。

 

「そう、ヤマダの血族は代々神魔に"選ばれる"役割をこなしてきたのでしょう。例えば、神の怒りを鎮めるためにその身を捧げ、神魔の声を現世に届けるためにその身を捧げ、何らかの願望を成就するためにその身を捧げるという――」

「ちょっと待ってください」

 滔々と語るレミエルさんに対して、小生は思わず真顔で突っ込んだ。

「はい、何でしょう。ヤマダ」

「その身を捧げた後はどうなるのですか?」

 レミエルさんは小首を傾げ、小生の言わんとすること理解したのか「ああ」と小さく声を漏らした。

「少し回りくどい修辞句でしたがこの場合、身は魂を意味します。要するに、命を捧げるということで。大抵の場合は、はい」

「小生の業界では、それ生贄って言うんですよ!!」

 あんまりな言葉に小生はただ慟哭した。普通、自分の家系が由緒正しい生贄だなどとは思いもよらない。ご先祖様の悲哀が目に浮かぶようであった。

 

「でも、ヤマダさんはこうして今も生きているわ。これでは生贄とは言えないのではないかしら」

 南無阿弥陀仏、レストインピースと思考停止状態に陥った小生の代わりに中尉が困惑気味に問う。

 確かにそうだ。小生はまだ生きている。もしくは、今にも取り殺される間際なのだろうか?

 皆の目が向けられる中、レミエルさんは続ける。

「理屈では確かに。ただ、これは召喚した"クエビコ"とヤマダの間にはある種の親和性があった。そう考えれば納得もいきます。他者を害することは容易いですが、自分を害することは容易きことではないのです」

 彼女の言をまとめてみると、どうやら小生の行った召喚は俗に"憑依"という特殊な召喚法に当たるものらしい。

 アジア圏、とりわけ日本では比較的メジャーな召喚方法であるようで、恐山のイタコや沖縄のユタ、巫女などが例に挙げられるとのことだが、大事なことは小生が呼び出せる"悪魔"が"クエビコ"に限られるとの文言だろう。

 

「よし」

 小生は決意した。"クエビコ"さんには常日頃から感謝を捧げ、今後憑依という形では彼以外を呼び出さぬと。彼を大事にしていこうと。

 

「それならヤマダさん。改めてきっちり観測したいのでもう一度、憑依召喚してみてくれませんか?」

「めっちゃ疲れるから勘弁してください……」

 勿論、大事にすることと普段使いにすることは必ずしも一致しない。

 小生は"クエビコ"さんの存在を、心の箪笥の奥底に仕舞い込むことにした。

 

 

 

 

「……で、結局何があったんです? これ」

 とりあえず説明会にも目処がつき、トラちゃんさんたちの様子でも見てくるべいと畑に繰り出してみると、

「もう動きたくなーい」

 と疲労困憊で地べたに倒れこんだ彼女の姿があった。

 タンガタ・マヌさんたちも良い汗をかいたとばかりに手ぬぐいを首に巻いて座り込んでおり、何かしらの大騒ぎがあったことは容易に見て取れる。

 スダマたちは……、「びよんびよーん」といつもどおりのようだ。

 

「単なる"害虫"駆除ですよ」

 と我関せずという風に小生の問いに返してきたのは、鼻歌交じりにぶどう畑の手入れをしているディオニュソスさんだった。

 等間隔に突き立てられた木の棒には、既にたわわなぶどうの房が絡みついている。

「食べてみます? 女性陣には好評でしたが」

「あ、いただきます」

 ディオニュソスさんに手渡されたぶどうは予想外に小粒だった。

 食べてみると強い酸味の中にぶどう特有の甘さが感じられるが、それよりもぎっしりと詰まった種が気になってしまう。これはそのまま飲み込んでも良いのかしらん……?

 小生が変な顔になったことに気がついたのか、ディオニュソスさんはくすりとからかうように笑った。

 

「フフ。種は吐き出しても良いんじゃないでしょうか。あくまでも醸造用のぶどうですからね、食べるために作られたぶどうとは違いますから、戸惑われたことでしょう」

「ああ……」

 要するに女性陣からの好評は、このシュバルツバースで甘味が食べられたという希少価値によるものだったのだろう。

 多分、彼女らの感想は「美味しい。けれどももっと美味しくできるのでは」と続くはずだ。

 品種改良を重ねた現代の作物に慣れている小生らは、とにかく舌や胃腸がわがままで困る。

 小生はディオニュソスさんに手刀を切って断りを入れると種をぺっと手のひらに吐き出した。さて、この種の処分どうしようかしらんと悩んだところに、彼の人差し指が地面を指し示す。マジでか。

 

「それで、"害虫"……、ですか?」

 種を地面に埋めながら、本題の部分について問いかける。

 もしやまたぞろ"悪魔"が侵入したか、自然発生したのだろうか? いや、侵入したのならばもっと大事になっているはずだ。ならば自然発生の方だろう。

 そうあたりをつけたものの、彼から返ってきた答えは全く予想外のものであった。

 

「ええ、どうやらこの世界にも"生命"が芽吹きつつあるようです」

 ん? と彼の言葉に引っ掛かりを覚えたところで、「ヒャッホォウ!」という理系脳の雄たけびが近くより聞こえてきた。

 見てみると、何か小さなものを手のひらに乗せては感涙している。

「って、昆虫……?」

 んな馬鹿な。このシュバルツバースは地球上の全ての生き物を拒む滅びの大地であるはずだ。

 だというのに昆虫が生きていけるものなのだろうか?

 だが、現実に理系脳の手のひらの上で"昆虫"と思しきモノはカサカサと動いている。

 

「ヤマダさん、これ絶滅した南極大陸特有の生息種ですよ! 今やユスリカくらいしかいなくなった南極大陸の古代昆虫をこの目で見られるとは、シュバルツバースは最高です!」

 理系脳の言葉でますます良く分からなくなってきた。困惑する小生に対し、ディオニュソスさんがしたり顔で種明かしをする。

 

「厳密に言えば、これらはまだ生き物ではないのですよ。その証拠にほら」

「あっ」

 彼は手近にいた"昆虫"を摘み上げ、それを無慈悲に指で押し潰す。

「手を出してください」

「え、あ、はい」

 言って差し出した手のひらに、"昆虫"の残骸が乗せられた。

 ……動いている時は昆虫そのものにしか見えなかったのに、これはどう見ても土か何かで作った細工にしか見えない。生命感というものが感じられないのだ。

 

「貴方が道頓堀と呼ぶ"アクアンズ"の水底に溜まった"アーシーズ"の一部です。地球には今までに存在した様々な生命の記録が残されています。この昆虫もどきはそうした生命の記録から、精霊の残り滓を素材に再現された"まがい物"に過ぎないのです」

「"まがい物"……」

 その言葉に小生は何故かほっとするものを感じた。が、ディオニュソスさんは更に続ける。

「ですが、いずれこの"まがい物"も本物に成る日が来るでしょうね」

「えっ?」

「"まがい物"として生まれたこれらは、本物と同じ生活を行います。例えば植物を食らい、動物を食らい……。そうして、これらの身体を構成する組織が精霊の残り滓から単なる獲物の血肉へと変わったとき、再びれっきとした生命として生まれ変わるのですよ。もしかすると貴方が今埋めたぶどうの種から他の生き物が生じる可能性もあるやもしれませんね」

 小生は彼に上手い言葉を返すことができなかった。

 神代に起きたという"洪水"のもたらした結果、そしてシュバルツバース現象の行く果てがより具体的に目に見えてしまったからだ。

 恐らく、このシュバルツバース現象は単に地球に遍く生命のすべてをプラズマの大津波で絶滅させるだけでは終わらない。

 その後、地球に内包された記録から生命の情報を引っ張り出し、再びこの星を命に溢れたものにするまでが一つの流れになっているのだ。

 これはパソコンでいうなら、クリーンインストールのようなものなのかもしれない。そう、余分なアプリケーションやごみファイルを消去して、本体を正常な状態へと戻そうとするような。

 不具合を直す手っ取り早い方策だとは確かに思うが、これ多分地球の新生が行われた後……、人類は再現されないんだろうなあ。

 何か考えるだけで憂鬱な気分になってくるため、ここは話を切り替えることにする。

 

「ちなみに"害虫"駆除って、ディオニュソスさんもやったんですよね? 何で、トラちゃんさんたちだけあんなに疲れてるんです?」

「私は片っ端から潰して回りましたので。さほどの手間ではなかったのですよ」

「ん、トラちゃんさんたちは違うんですか」

「殺してないですからね、あの女神らは」

 聞くところによると、最初トラちゃんさんは"箱庭"に命が芽生えたと大喜びしたらしい。

 だが、"昆虫"たちの作物を食い荒らす速度が尋常ではなかったため、すぐさま顔色を変えて駆除に乗り出した。

 ああ、成る程。それで殺さずに虫を払おうとして、あの疲労困憊に繋がる訳か。

 確かにスリッパで害虫をパンてするのと、家の外へ追い出そうとするのとではかける労力が違いすぎる。

 

「貴方が先だって呼び出した"クエビコ"とやらの力で雑草を生やせばいいのではないですか? 確か、そういう権能を持っていたように見えましたが」

「あー、そうですね。これは……、そっちの方が良いなあ」

 それはそれで雑草取りの手間が増えそうだが、いつまでもトラちゃんさんたちを駆けずり回らせておくわけにも行かないだろう。

 

「あ、ああっ! 僕の"マンドラゴラ"に虫が集っている!? だが、これはこれで貴重なサンプルが取れそうで――。ああっ、愛着と知的探究心のどちらをとればいいのかッッ」

 ……うん、さくっと憑依召喚してしまおう。

 あの"マンドラゴラ"さん、めっちゃ涙目じゃないか……。

 

 

 その後、なんやかやで"昆虫"問題が解決し、"マンドラゴラ"さんの無事も確認され、小生は死にそうなほどに生命力を"クエビコ"さんに吸い取られ、"箱庭"の赤茶けた大地にはオオバコやナズナ、ヤエムグラといった雑草の緑色が瞬く間に広がっていった。

 一騒動を終えた"箱庭"は再び生活の音を奏で始める。

 小生は憑依召喚を再現したことで精も根も尽きたという名目で、休憩がてらに掘っ立て小屋の一棟へ赴き、負傷した機動班を見舞うことにした。

 どうやら未だ意識が戻らないようで、小屋の中に入るとドクターと助手さんが皆を看病している姿が見える。

 小生は彼らにぺこりとやった後、邪魔にならぬよう窓辺へそそくさと寄って外を眺めることにした。

 炊事の煙はいつもどおり。

 住人たちや"レッドスプライト"クルーが大広場を基点に往来する姿もいつも通りといえるだろう。

 トンカンと金槌が鳴り響いているのはディオニュソスさんの酒造庫予定地であった。

 トラちゃんさんを称える寺院が後に回されたのはもしかすると実利的な問題だろうか。特に男衆は酒の供給を何よりも望んでいるだろうから、まあ仕方ないともいえる。

 けれども、当の女神様本人はその待遇にえらく不満を抱いたらしく、今も狂信者と共にプラカードを掲げて酒造庫へと殴りこもうとしているところだった。ちょっと、やめて。

 

 予定地の入り口にてすったもんだの話し合いがしばらく続き、何故かトラちゃんさんが意気揚々と引き下がっていく。何があったのか滅茶苦茶気になるが、気にしたら負けという気がしなくもない。

 続いて、完成していたはずのハルパス宮殿の方からも何やら騒ぎの音が聞こえてきたためそちらへと目を向けてみると、

「はっ?」

 宮殿の破風にあたる部分にタンガタ・マヌさんたちが堕天使"ペテルギウス"の頭部を吊るそうとしている姿が目に映った。

 まだ死体処理してなかったのか。いや、いやいやそれ以前におぞましいにも程がある。あれは鹿の頭部剥製みたいな気軽さで飾っちゃいけないやつや!

 今度はトラちゃんさんに加えてレミエルさんも憤懣やるかたないといった表情でプラカードを掲げて宮殿へと突撃していった。

 正直結果が気になって仕方がないが、気にしたら負けという気がしなくもない。

 小生の脳裏に"魔女狩り"などという物騒な用語がちらつく。……明日、宮殿が炎上してたりしないといいなあ。

 

 この小生の危惧は幸いなことに外れ、特に血を見ることもなく、翌日にはあのおぞましい堕天使の頭部は宮殿の正面から外されることになった。

 代わりに宮殿の正面には鳥の羽を模したレリーフが飾られるようだ。"天使"と"堕天使"、妥協できる一点がそれだけだったのかもしれない。

 ほっと息をついたのもつかの間、我らが"箱庭"に新たなニュースの数々が、いや一つは炎上案件と呼んでも差し支えないものが舞い込んでくる。

 

 魔王"ミトラス"の討伐成功。

 重力子通信機による外部との通信成功。

 そして、"レッドスプライト"号からの定時連絡の中には『シュバルツバース合同計画が女神との対話を望んでいる』との文言があった。

 

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