シュバルツバースでシヴィライゼーション   作:ヘルシェイク三郎

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遅れました。


シュバルツバースで救世主と復活

 ――そうだ……、今のは聞かなかったことにしてしまおう。

 "レッドスプライト"号を経由してシュバルツバース合同計画からもたらされた対話の申し出。

 それを耳にした小生は、すぐさま色を失って問題の棚上げを呼びかけた。

 何だか猛烈に嫌な予感がしたためだ。

 小生の108ある座右の銘の一つに『君子危うきに近寄らず楽をせよ』というセオリーがあるのだが、今回のケースはまさにこれに該当する。

 一体そばに地雷が潜んでいると分かって踏みに行く馬鹿が何処にいるというのだろうか。

 少なくとも小生にそんな自爆の趣味はない。

 

「フッ。ニンゲンどもが何を言い出すのか。我も参加して憎しみの野火が燃え広がるのを間近で見物したいものよな――」

「マツリ案件? ハルノートごっこハジマル?」

「待って」

 ハルパスさんの物騒すぎる言は怒らせると怖いがためにさておくとして、いずこからか涌いて出てきた不謹慎な"スダマ"のことは指で遠くに弾いておく。弾かれた"スダマ"たちは楽しそうに「ビヨンビヨン、一億火の玉総玉砕ー」と謳って畑の方へと飛んでいった。戦中ガチ勢か。

 思わずため息をついてしまったが、彼らのお陰で地雷を喜んで踏みに行く人種(悪魔種?)がいることは良く分かった。

 かくなる上は、トップの意志を地雷から逸らしておかねばなるまい。

 小生は人類社会との対話の機会到来という降ってわいた話に目を丸くするトラちゃんさんを言いくるめるべく、神妙な顔をして声をかけた。

 

「あ、あ、あーっ! そうでした。トラちゃんさん、そろそろ労働力のあてもできたと思うので、住人や仲魔たちと神殿の建設に専念しても良い頃合いではないでしょうか……?」

「はへ? どういうことヤマダ?」

「いや、何か外から提案が来ているみたいですが、物事には優先順位というものがあると思うのです。トラちゃんさんが今見届けなければならないこと、それは当初の目的を考えれば明白じゃあないかと小生は思うわけです。ハイ」

 こうして目先のイベントをほのめかす様たるや、さながら和製RPGにありがちな通せんぼキャラだ。

 正直、子どもだましの言いくるめであったが、トラちゃんさんはまるで天啓でも得たかのように晴れやかな表情で目を見開くと、

「……言われてみれば確かに、そっちの方が絶対大事よね! ついにこの"箱庭"でアタシの信仰が花開くのよねっ! よーし、みなぎってきたわ。皆っ、このトラちゃんについてきなさい!! また信仰パワーが強まってどんどん生き物が増えるわよー」

 早速寸前に聞いた話をすっかり忘れ、欲まみれな笑顔を花咲かせたままタンガタ・マヌさんたちや"スダマ"たち、『女神と和解せよ』という謎のプラカードを持ったヒスパニックらを引き連れて寺院予定地へと走り去っていった。

 ……予想以上の反応である。

 正直彼女の将来が心配すぎるため、情報リテラシーの何たるかについて彼女と本格的に語り合う必要性を感じたが、これはこれで好都合なことも確かであった。

 内よりわきあがるツッコミの言葉をぐっと飲み込み、女神の居ぬ間に主立った有識者を公民館に呼び集めることにする。

 

「皆さん、こちらへ……」

 ピシィッと窓や戸を閉め切った屋内。かくして円卓の席には、この"箱庭"の中でも図抜けて優秀な判断能力を持っていると思われる三人が集められた。

 一人目はようやく意識の回復した黒人リーダー。未だ本調子ではないようで、顔色を悪くしながら浅い呼吸を繰り返している。

 二人目は"箱庭"のブレーンにて重要な戦力であるゼレーニン中尉だ。彼女はトラちゃんさんの熱心な信者であったが、他の何よりも女神を優先するヒスパニックと違って公と私を分ける分別を持ち合わせている。今も早急に"箱庭"全体の方針を定めるべきだということが良く理解できているようで口元に手を当てて、何やら深く考え込んでいた。

 そして三人目は理系脳のフランケン班長だ。

 え、班長? ドクターとかじゃなく? 彼を呼ぶくらいなら他にヒスパニックとかでも……、いや流石に狂信者はねーな。と一瞬、その判断能力に疑問符が浮かんでしまうかもしれないが、よくよく考えてみると彼がここぞという判断で間違えたところを見たことがない。本当に意外なことに彼の分析能力は本物なのである。

 故に判断に迷う本件において、彼を外すという選択肢はあり得ない。

 かくして"箱庭"を代表する有識者として呼び集められた彼らは、小生の目配せにこくりと静かに頷いた。

 臨時の住人会議の始まりである。

 

「というわけで、皆さん……。手早く打ち合わせをしてしまいましょう。議題は合同計画の要求について、です」

「分かったわ」

「対話ではなく提案でもなく要求、か」

「確かに、この降ってわいた状況を考えると和やかなお話がくるとは考えづらいですねえ。トラブルの臭いしかしません」

 小生の呼びかけに皆から疑問の差し挟まれる気配は欠片も見られない。幸いにして危機意識は既に共有されているようであった。

 ならば、と小生は大真面目な顔をしてさらに続ける。

 

「まずはこの打ち合わせの司会を決めましょう」

「エ、エッ?」

「そこは、ヤマダさんがやりましょうよ。司会を決めるための司会とか、まるで意味が分からないんですが」

「手早く、といったのは君だろう。ヤマダ隊員」

 一斉に疑問が差し挟まれる。どうやら各々が抱く危機意識に、深刻なギャップが存在しているようだ。

 小生は困り果てて皆に問う。

「会議が上手く回らず、後で小生が糾弾されたりとかしません……?」

「どうやら、君と我々の想定するリスクには浅くないギャップが存在するようだな」

 しない、しない、と住人たちの声がハモった。

 言葉だけでは信じられず「本当?」という表情を返すと、お次はしつこいゾというプレッシャーを返される。

 すぐにやれ。すぐにやれ。すぐにやれ。と無言の司会やれプレッシャーは加速度的に強まっていき、やがて小生の胃がぴよっと悲鳴を上げた。 

 責任という言葉を辞書から削除する方法について、電子のイルカでも誰でもいいから知っている方がいれば教えてほしい。

 

 小生はしきりに目を泳がせた後、観念して司会役を甘んじて受け入れることにした。あまり悠長にしていられないのは確かだからだ。

 気落ちしつつもハンドヘルドコンピュータを操作する。そうして呼び出された電子時計のアラームを設定しながら、小生は皆に言った。

 

「えっと。まずは時計合わせしましょうか。このままイレギュラーが起こり得ないとして"レッドスプライト"号との次の接触は、いつになりそうですか?」

 小生のこの問いにはリーダーが口を開いた。

「"レッドスプライト"号の現ミッションは、次なるセクターの観測になっている。最低でも時空間跳躍移動――、"スキップドライブ"を行い、再びこの"ボーティーズ"へと戻ってくるまでがタイムリミットになるだろう」

「私の試算だと遅くとも二日後までには対応を定める必要があるでしょうね。"レッドスプライト"クルーは優秀よ。機材トラブルや計画のトラブルは考慮に入れない方がいいと思う」

「あー、それなんですが、見積もりを一日半は前倒しにした方が良いと思いますよ。アーヴィンさんから伺ったところ、彼らは"ミトラス"討伐作戦と並行して、"スキップドライブ"の準備をあらかた終えてしまっているそうなんです」

「およそ半日がタイムリミットか……、改めて悠長にしていられる状況でないことが理解できるな」

 参加者間でかわされる、あまりに早いレスポンスに目が回りそうだ。もっと緩い雰囲気の方が、小生の胃腸に優しい。

 とりあえず「え、何ですって?」と問いたい衝動を抑え、「鍵付きのタスクボードを新設しましたので、ハンドヘルドコンピュータを起動してご参照を」と指示を飛ばす。細かい聞き逃しは何とか誤魔化す方向で進めていこうと思う。

 

「……そ、それでは猶予を6時間と設定し、計画の策定に移ります。まずは情報分析について。意見交換を30分、意志決定を5分で行きましょう」

「いやあ、個人的には意見交換の時間すら惜しいように思いますよ。遅巧より拙速。ここはヤマダさんの見解に僕らが付き従う形のほうがずっとスマートに済むんじゃないですかね」

 いきなり班長が余計なこと(小生の業界ではこちらの責任と負担がえらく増えることを指す)を言い始めた。

 しかも、他の参加者が同調するものだからたまらない。

 

「成る程。それもそうね」

「俺も班長の意見に同意する。実際、ヤマダ隊員は合同計画の申し出にいち早く"きな臭さ"を感じたからこそ、こうして会議の場を設けたわけだろう。ならば、君の危機感が正しいものかをまず吟味して、その流れのままに動いてもさほど問題はないように思う。単刀直入に聞くが、合同計画の何処に"きな臭さ"を感じたんだ?」

 リーダーにそう問われて、ぐっと言葉に詰まってしまう。

 確かに彼の言うように小生の感じた嫌な予感とは、合同計画の背後に見え隠れする"きな臭さ"に端を発したものであった。

 ただ……、正直それを言葉にするのははばかられるのだ。臭いものに蓋をしたくなる精神とでも言うべきか――。人類の至らなさを改めて口にするという行いは、人類である自分にとってあまり気持ちのいいものではない。

 それでも聞かせてくれという参加者の熱意に屈して、小生は恐る恐る口を開いた。

 

「……恐らく今回の提案は正規のプロセスを経て出されたものではないと思われます。組織自体が機能不全に陥っているかまでは分かりませんが、意思統一がなされていないことは確かです」

 反応は静かなものであった。

 もしかすると予想できた答えであったのかもしれない。

 リーダーが眉間を指で揉みほぐしながら、疲れたように問うてくる。

 

「……その根拠は?」

「合同計画から直々に対話の誘いがあったからです。本来ならそんなことをしなくても、我々や"レッドスプライト"号という窓口を持っているのですから、窓口を通じてミッションという形でトラちゃんさんとのコミュニケーションをとっていけばいいんです」

「ああ、そうなんですよね。それは僕も思いました。何だか動きが一足飛びで性急なんですよね」

 フランケン班長が合点が行ったとばかりに指を弾いた。

 

「ということは、今回の申し出は合同計画の総意ではないということかしら?」

「その可能性は高いと思います。多分、各国の意見調整がまだできない話を一部のお歴々が内々に持ちかけてくるんじゃないかと」

 小生の脳裏に、前世紀に描かれた風刺絵が浮かび上がってきた。

 西欧列強がアジアという土地を模したパイにナイフを入れる風刺絵である。

 リーダーがため息を円卓に吹き下ろした。小生の言わんとすることに思い至ったのだ。

 

「もしやそれは"箱庭"に関する要求なのか?」

「断言はできませんが、恐らくは"箱庭"そのものに関する利権か、シュバルツバースに眠る各種"遺産"の分配に関して、"よそ"を出し抜こうとする要求ではないかと予想できます」

「ああ、"ヒールスポット"や"フォルマ"の類も要求には含まれるのか……。この大変な時期に厄介な――」

 リーダーの言う"ヒールスポット"とは、このシュバルツバース内に点在する超古代文明の遺産のことであった。まず"レッドスプライト"クルーよりその存在を伝えられ、遅ればせながら我々も調査を開始したのだが、現代技術では説明のできない怪我や病気の治療機能を"ヒールスポット"は備えており、ドクターが顔をひきつらせていたことはまだ記憶に新しい。

 ドクターの試算によれば、この"ヒールスポット"が人間社会に流通した場合、世界人口の平均寿命が今の2倍程度にまで膨れ上がることは確実だという。

 何せ、四肢の損失のような重傷程度ならばコストとして支払う"マッカ"次第では完全に再生が可能であり、また軽い2型糖尿病やバセドウ病、各種難病への特効も既に根治という結果をもって実証ができている。人柱として今回の調査に随行してきた後方隊員たちの喜びの声が、合同計画を牛耳る老人たちの目に留まった可能性は決して低くないだろう。

「となると考え得る対話内容としては、シュバルツバース内の資源・土地分配に関する先行交渉か……。発想がまるでアポロ計画時代のそれだ」

「"ヒールスポット"解析の優先度も高めに指示されるでしょうねえ。下手をすれば、持ち帰ってこいという命令程度は下されるかもしれません。僕としては別に構わないんですが、現場の調査計画が混乱してしまうことは避けられないでしょう」

 二人の予想は全体の調査計画を見通す、"箱庭"の首脳にふさわしい精緻なものであった。

 ただ、小生のような下っ端根性の染みついた蚤の心臓持ちからしてみると、いささか当事者意識が足りていないように思える。小生は今一番懸念している部分について、恐る恐る口に出すことにした。

 

「というより、小生らの首にきちんと枷をはめておきたいんだと思います。これは半ば我々の蒔いた種といえるのかもしれません……」

「ん? どういうことだ? ヤマダ隊員」

「いえ、我々は現在"レッドスプライト"号と行動を共にしていませんから。いまいち調査結果が合同計画の利益として見える形で現れてはいないんだと思います」

 今の我々がやっていることといえば、農地の開拓と収穫、村づくりの他に別途"レッドスプライト"号から依頼がくれば、随時ミッションをこなしていくという形になってしまっている。

 先刻トラちゃんさんに言った台詞ではないが、物事には優先順位というものが存在するのだ。そしてそれは立場によって変わってくる。

 現場の小生らにとって、安全に活動のできる拠点の構築が最優先事項であり、また"レッドスプライト"クルーにとって有用だと認められていたとしても、外界の彼らがそれを最優先事項であると考えるとは限らない。

 恩神たるトラちゃんさんの望みを尊重することが、外界の彼らにとって優先事項足り得るとは限らない。

 それに我々が半ば"レッドスプライト"号を経由した下請け業者――、悪く言えば離反組のような存在に収まっていることも納得がいかないのだろう。だからこそ、直接の命令権を回復すべく接触を図ることにした……。

 そうした様々な思惑が交錯したが故の提案なのだ。この『我々にも一枚噛ませろ』とでもいうべき女神との対話要求は。

 

 小生がそんな推測を口にすると、参加者たちから深いため息が漏れ出た。よもや、自分たちが外部から『十分に働いていない』と認識されているなどと思いも寄らなかったようだ。

「……まさか、私たちが人類社会からの離反者として見られている可能性があるだなんて、考えてもみなかったわ……」

 頭を抱えるゼレーニン中尉。その横で渋面を作ったリーダーが悩ましげに呻いている。

 

「ヤマダ隊員、離反者としての汚名を雪ぐために女神と合同計画の対話を受け入れた場合、どのような推移を辿ると思う?」

「どう転んでも破綻する未来しか見えません……」

 先ほどから小生は自身の責任回避のため、なけなしの脳味噌をフル回転させているのだが、合同計画のお歴々とトラちゃんさんの話が弾むとは到底思えないのである。

 目に浮かぶ予想図の中では、トラちゃんさんが平たい胸を張って、老人たちに向かって啖呵をきっていた。

 

『アタシが! 最近専用の寺院までできつつある偉大なる女神、トラソルテオトルよ! トラちゃんって呼んでもいいわよ!』

 と始まり、

『え? アタシの"箱庭"に移住したいの? 良いわよ、生き物はいっぱいいた方が良いから受け入れてあげる。何人くらい? 10人? 100人? もしかして1000人とか?』

 と寛大なところを見せようとし、

『へ、へ? 最低でも数万、できれば数億か数十億人……? そ、それはちょっと無理かなーなんて』

 と勢いを削がれ、

『りょ、りょうどのぶんぱい? こんごのせいじたいせい? せいじかのたいぐう? 一体何を言っているの? ちょっとヤマダ、ヤマダ! はやくきてー、こっちきてー!』

 と小生の名を呼ぶところまでは容易に予想できる。

 これは常々断言していることなのだが、トラちゃんさんの"箱庭"構想と合同計画"全体"の考える問題の解決は現状絶対に相入れないのだ。

 ルイ・サイファーはこう言っていた。

 人類社会が地球を食いつぶしてしまったからこそ、この星の自浄作用であるシュバルツバース現象が発現してしまったのだと。

 つまり人類社会が"今のまま"の形で救済されるなどという都合の良いハッピーエンドは絶対に訪れないのである。

 

「……と、ここまでならば今後の展望も見えるんですけどね。一緒に解決策を模索していく余地がまだ残されていますし……」

「ん? 重ね重ね聞くが、一体何を問題視しているんだ、ヤマダ」

「いえ、人類"全体"の救済が無理筋ならば、次に考えるのは"一部"の救済でしょう」

 小生の言葉を聞いて、リーダーが絶句した。

 

「まさか……、合同計画の"一部"が自分たちだけ助かろうと持ちかけてくる可能性を、君は考えているのか……?」

 小生は何も言わずに頷いた。

 正直、この方向性に話が進んでしまったら最悪だ。

 トラちゃんさんは幼い精神ながらに、善性を何よりも尊ぶところがある。理解困難な話し合いでも、それが利他的なものであるならばへそを曲げることはないであろう。

 

 だが、他者を蹴落とすような提案は駄目だ。

 蜘蛛の糸にしがみつく亡者を蹴落としたカンダタは仏に失望されて地獄へと突き落とされた。

 洪水を乗り切ったノアの一族は善人だからこそ、"箱舟"に乗ることができた。

 彼女の善き倫理に従えば、政治的なレトリックや競争などという考えはお呼びじゃないのである。

 

 折角、良好な関係を築けてきているトラちゃんさんが「ああ、やっぱりニンゲンって駄目なのね」という結論に至ってしまうことが、小生は何よりも恐ろしい。だからこそ、小生は現段階で彼女と合同計画が対話することに猛反対しているのである。

 決して、『ヤマダー、ヤマダー!』と矢面に立たされた結果、小生が人類社会から危険視されかねないというプレッシャーに腰が引けたわけではない。いや、それもあるけど……。

 

 小生の推測を聞き、断固として対話すべきではないといった立場をとったのは、親トラちゃんさん派のゼレーニン中尉であった。

「……ここで申し出を一旦蹴るのは当たり前だわ。もしくは、先に対話内容が現実味のあるものか提出させましょう。そもそもこんな危急存亡の瀬戸際に、少数の欲求を通そうとするだなんておかしいもの! せめて全体の歩調を揃えて、人類のために対話ができる機会を待つべきよ……!」

 少しヒステリック気味な彼女の声は、先ほどの話が持ち前の正義感に障ったためだろう。確かに全体の秩序に重きを置く性質の人間にとって、この社会正義に唾をかけられるような仮定は平静に聞き流せるものではない。

 けれども態度を頑なにした彼女に対して、フランケン班長が少し斜に構えた口調で彼女の怒気に冷や水をかける。

 

「でも拒否できるんです? 相手は我々の上役で、ここで強引なプロセスを通してくるような手合いならば、当然ながら交渉材料に強引な手段を持ち込んでくる可能性は否定できませんよ。例えば、隊員の社会的地位、家族を人質に取るとか……、切り捨てられるんですか? それらを盾にされた時に」

「そんなの――!」

 上手い返しが思いつかなかったのか悔しそうにしている彼女には悪いが、今回の話について小生は班長と全く同じ危惧を抱いていた。

 要するに提案を聞いてしまった時点で限りなくゲームオーバーに近い状況なのだ。この合同計画からの提案は。かといって、上手い回避の仕方があるわけでもなく……、正直お手上げの感がある。

 やっぱ聞いてなかった振りをするしかないと思うのだが……。

 

「じゃあ、相手の要求をハイハイと受け入れろって言うの!?」

「いやあ、それも今後の調査計画の展望を考慮するとまずいと思うんですよね。お偉いさんのシュバルツバース受け入れやら待遇改善やら何やらをいちいち受け入れていたら、間違いなく調査どころではなくなってしまいます。その結果、難癖を付けられて"箱庭"自体を取り上げようとしてくる可能性も……。ぶっちゃけて言えば余計な茶々入れが入るたびに、人類滅亡の時は近づいてしまうでしょうね」

「他人事みたいな物言いをして。班長、貴方だって人類を救うための当事者でしょう!」

「でも僕はただの技術屋ですから」

 ああ、始まった。割と居心地の良かったこの"箱庭"ですら、困難を前にしていさかいが始まってしまった。

 胃がきりきりと痛む。

 結局、ニンゲンという生き物が自由意志を尊重する社会集団を築き上げた場合、意見の衝突は不可避なのである。

 衝突の大嫌いな小人物としてはこういう場をとりまとめる都合の良い指導者の存在を欲してやまない。

 誰か名案をぽっと出してくれないかなあ。小生の胃が痛まない案ならどんなものだって受け入れるつもりなのに……。

 

 などと考えていると、

「……話は聞かせていただきました。手がないわけではありません」

 がたりと窓を開けて、レミエルさんが顔を出してそう言った。ずっと外で聞いていたのか。別に中で聞いていても良かったのに。いや、もしかすると、ただ「話は聞かせてもらった」がやりたかっただけなのかもしれぬ。昨今の彼女と花子さんのやりとりをみている限り、彼女はドラマ性を大事にしているよう見受けられる。

 

「ミズ・レミエル! 解決策があるというのは本当なの!?」

 レミエルさんは小走りで駆け寄って窓の外から室内へと引っ張りあげてくれた中尉に「あ、ご親切にどうも」と礼を述べながら、いつもの涼しげな表情で続けられた。

 

「古の逸話ではありませんが、言葉を聞く耳があるからこそ、悪しき魂につけいれられてしまうのです」

「うん?」

 精神論だろうか? ちょっと言っている意味が分からない。だが、リーダーは思い当たる節があったようで、目を見開いて彼女に言った。

 

「……確かにテロリスト相手の作戦では言葉の通じる、通じないは大きなファクターの一つに成り得るが……。下手に相手の挑発や甘言を聞けてしまう状態だと、徒に心惑わせられてしまう恐れがある」

「あー。それは恫喝をする相手にも言える話ですね。何せ話が通じない相手では交渉をしようにもできませんから」

「うん? うん?」

 おまけに班長も理解の色を見せ始めた。もうちょっと知能指数を低めに押さえて、小生にも分かるように会話してもらいたい。

 さらに先ほどまで頭に血が上っていた中尉までもが小生をさしおいて口をぽかりと開けた。

「もしかして……。私たちが交渉相手としては不適格であると相手に思わせるということ……? でもどうやって……。こちらが主導権を握る? そんなこと……。ああ、いえ。聞く耳を持たないって、そういうことなのね」

 どういうことだってばよ。

 今までの彼女らの会話を総合してみると、『合同計画にとって我々が交渉相手として不適格な、言葉の通じない相手だと錯覚させる』と言っているようにしか思えないのだが、もしかして狂人でも演じろとでも言うのだろうか。それも敵対せずに? それは無茶振りというものじゃあないだろうか……。

 

「あの……。ぶっちゃけそんな演技力や演説能力、小生らにありますか? もしやいつぞやのように小生に取り付くとか……」

 小生の当然すぎる疑問に対して、レミエルさんが例のサブカルチャーに毒された決めポーズを取りつつ答えた。

「いえ、その必要はありません。足りない分は、愛で補えばいいのですよ」

「何故、そこで愛……?」

 かいつまんで話を聞くと、どうやら彼女の言う愛とは誰かに頼るという意味で言っているらしいことが理解できた。

 

「その対話の場に出る代表者の声を、私のような人外のものが声帯を模写して引き受ければ良いだけの話です。我々人外の倫理や思考は到底人の子らに理解のできるものではありません。狂人を演ずるまでもなく、悪しき魂は交渉を諦めることでしょう。ハルパスやディオニュソスらにも手伝わせることで、複数人数にも対応可能です。ああ、勿論おおまかな台本はあなた方にお任せしますよ。ずっと興味があったのです」

 もしかしてアニメのアテレコに? という質問は怖くてできなかった。

 

 

 

 

『……君たち、一体その姿は――』

 "レッドスプライト"号経由で"箱庭"の映像を見ているであろう合同計画のお歴々は、"箱庭"の景色を、小生らの姿を見てあからさまに困惑の表情を浮かべていた。

 それもむべなるかな。カメラの向けられた現場にはヒスパニックらが夜を徹して建築に励んでいる四角錐状の巨石建造物――、いわゆるピラミッドが未完成の状態でそびえたっているのだが、そのふもとにはデモニカスーツを脱ぎ捨てて"異形"に扮装した小生らの姿があったのだ。

 

「……」

 例えばリーダーやエースたちといった機動班の面々は白を基調としたいかにも宗教チックな法衣に機関銃を構えた姿で微動だにせず、カメラの前に並んでいる。

「……」

 ゼレーニン中尉も、これは最後まで「恥ずかしい。皆と同じ衣装が良い」と抵抗していたのだが、まるで餃子のようにひらひらした襟の特徴的な白い衣装を身に纏っていた。

「……」

 他の皆も同様に白い衣服を着ており、さらに皆に取り囲まれた中心には小生が仰々しい法衣姿で佇んでいる。他と違って、何故かマヨネーズみたいな帽子まで被せられた状態でだ。

 何だこの不思議デザイン……。レミエルさんが何処からか調達してきたそうなのだが、正直メーカーに小一時間文句を言いたいクオリティだった。

 

「……」

 また異形の扮装に加え、小生らの表情は皆がマネキンのように凍り付いていた。これはフランケン班長が手塩にかけて育てている"マンドラゴラ"の持つ呪縛の異能によるものだ。

 表情を変えず、微動だにしない異形の集団――。

 恐らく傍から小生らを見てみれば、「何だこの不気味な集団……。戸締りしとこ……」と警戒すること請け合いであろう。

 事実、合同計画のお歴々はほのかに警戒心を匂わせていた。

 

「――我々にお話があったのではありませんか? 皆さん」

 硬直した場に、小生のものではない小生の声が厳かに響き渡っていく。

 レミエルさんの声帯模写である。

 彼女曰く『幸と髪の薄そうなアラサーの声を心がければ、さほど難しい声色ではありません』とドヤ顔な雰囲気で語っておられたが、本当にそっくりで納得がいかない。

 小生の髪の毛は別に薄くないというのに。

 

『この声は……。確かヤマダ。女神との契約を果たした隊員のものだったか。もしや君が、この場を取りまとめるとでも言うのかね? 我々は女神との直接対話を望んでいたのだが……』

「――女神は、今深い眠りについております。何人たりとも、それを妨げることは許されません」

 正確には夜を徹したピラミッド建築に付き合っていたため、睡眠不足で爆睡しているだけである。だが、こうなった時のトラちゃんさんは何があっても起きないし、いたずらに無理矢理起こすと狂信者どもから大変な口撃を受けるため、別段嘘を言っているわけでもない。

 合同計画の面々は承服しがたいといった風に口元を歪め、語気を強めて口々に小生に非難の声を向けた。

 

『――それは話が違う。君は人類社会の"未来"のためにただ女神と我々の橋渡しをすればいいのだ』

 お歴々からの圧が強まる。正直、海千山千のプレッシャーを受けて失禁してしまいそうだったが、呪縛の異能によって全身が硬直してしまっている小生の外面に変化が現れることはない。

 ただ、アルカイックスマイルのままに厳かな言葉をつむいでいく。レミエルさんが。

 

「――変革の時は来たれり。人の子はただ己が霊を磨き、救済の時を待つのです。私欲を捨て、隣人を慈しみなさい。グローリア」

 正直何を言っているが分からないが、何だかありがたそうなこの説教こそが、あの後小生らで小一時間考え抜いた合同計画を化かすための小芝居であった。

 恐らく、小生の個人プロフィールは雇い主である彼らならばすでに小生より詳しく聞き知っていることだろう。

 学歴や職歴、好きな食べ物や信じている宗教、支持政党にお気に入りの球団まで洗いざらいにされている中で、明らかに柄に合わない言葉を吐けば、まずは何かしらのアクシデント――、例えば洗脳を疑うはずだ。

 そこで交渉をはじめるためにはまずは小生らを正気に戻さなければならない。

 その一手間をかける時間を稼ぎつつ、のらりくらりと決定的な破綻を後回しにしようというのである。

 唯一の懸念事項としては、トラちゃんさんが小生らを操っていると思われることだが、これは後で「別の悪魔がやったこと。知らないそんなの」と白を切れば良いだろう。

 完璧とはいえないが、悪くない。そんな案を短期間に用意してのける"箱庭"の住人たちは、やはり特別なんだなと小生思いました。

 後は小生が矢面に立っていなければ文句はなかった。というのに……。

 

「グローリア、グローリア……」

「グローリア、ヤマダ救世主(メシア)……」

「恩寵を、ヤマダ救世主(メシア)……!」

 この崖っぷちで背中を押されているような救世主連呼は一体何なのだろうか……?

 そんなん台本になかっただろ!

 ハルパスさんもディオニュソスさんも。声色を変えてレミエルさんも参加しての大合唱だ。胃がきりきりと締め付けられる。

 内面でもんどりうつ小生とは対照的に、微笑を絶やさない小生がお歴々に呼びかけた。

 

「……合同計画の皆さん。我々は味方です。これからも調査隊員に食料を提供し、貴方がたのミッションにも可能な限り協力しましょう。このシュバルツバースを取り巻く問題を解決するために」

『……そうであることを祈っているよ。それでは用事ができたので、これにて』

 そういって、お歴々を映したテレビジョンが早々に打ち切られ、後には何とも反応に困った表情のタダノ君たち"レッドスプライト"号の出向クルーだけが中央広場に残された。

 

 

「これ、色々と駄目なやつなんじゃないか?」

「……小生もそう思うんですけど!!」

 "レッドスプライト"クルーがこちらの事情を知って協力的であることだけが唯一の救いであった。

 どうやら指令コマンドの"アーサー"はここで調査計画を外部にかき乱されることを良しとしていないらしく、こちらの小細工に全力で乗っかってくれる心積もりのようである。

 

『今はシュバルツバースの調査が最優先であり、いたずらに敵を増やすべきではありません。これから外部からの工作が増えると思いますが、ワタシも"NOAH"の皆さんとの適切な距離を保てるよう、いくつかのプランを考えてみましょう』

 タダノ君の通信機経由で届けられた"アーサー"の言葉が何よりも心強く感じられる。

 それに比べて背中を押した面々の悪乗りよ。

 

「フフ、何だか偉そうな台詞だったのでとりあえず崇めようと思いました」

 とはディオニュソスさんの言だった。どうやらひどく酔っ払っているらしい。

「我が他者の言うとおりに動くと思ったか。狂信者の振りは存外愉快なものよな」

 とはハルパスさんの言である。どう考えても人選ミスだったが、怖いから何もいえない。

「ヤマダ……」

 レミエルさんからは、ぐっと握りこぶしを向けられた。まるで意味が分からない。

 小生は頭のマヨネーズを投げ捨てて、気持ちを切り替えタダノ君たちと情報交換に努めることにした。こういう時は全て忘れて別のことをするに限る。

 

「第3セクターの"カリーナ"は現実のショッピングモールを模した不気味な異空間だったよ」

「え、物が売り買いできたりするのですか?」

「いや、パッケージの中身は商品とは到底いえないグロテスクな"スライム"ばかりだった。商品表示に偽りアリ。何かの皮肉かよと皆で呆れたもんだ」

「ほへー」

 さらに彼らはセクター間の移動に必要な"ロゼッタ多様体"の在り処も既に見当をつけているらしい。

 その在り処が件の魔王――、"オーカス"の腹の中だというのだから驚きであった。

 

「ただ、ちょっと厄介なのが……。奴を追い掛け回している過程で何処からか核弾頭を調達してきて"融合"したらしく、その攻撃力が飛躍的に上がってしまっているんだ」

「か、核弾頭ですか!?」

 タダノ君のぼやきに小生は思わず仰天した。

 人類社会の最終兵器が、何故こんな異界の地に眠っていたのだろうか。というか、核エネルギーと真正面からぶち当たって果たして勝てるものなのだろうか……?

 少なくとも小生なら絶対にそんなものと戦いたくはない。

 だが、タダノ君はひょいと肩を竦めて何でもない風に続けた。この辺りの肝の据わり方が、彼と凡人の大きな差だろう。

 

「今は物理反射と魔法反射を試しているところだが、今ひとつというところで手応えが薄い。現地に住み着いた"ドワーフ"職人の手を借りて、万能属性反射アイテムを製作できないか試しているところだ。あっちに行ったりこっちに行ったり、お使いの繰り返しだよ」

「た、大変ですね……」

 相槌を打つ小生に向けて、タダノ君は微笑んだままに手のひらを差し出してきた。

 

「だろう? というわけで、ヤマダもアイテムの提供よろしくな」

「へ、小生がですか!?」

「"箱庭"産の"フォルマ"の中に、いくつか必要なものがあるんだよ。後は"ボーティーズ"にも幾つか"レアフォルマ"が眠っている。俺らは"アントリア"と"カリーナ"を回るから、"ボーティーズ"はお前たちに全面的に任せた。"ドワーフ"の職人が言うには特別な"ストラディバリ"が必要なんだそうだ。ヴァイオリンなんて何に使うんだろうなあ」

 と有無を言わさない口調で、彼は学生時代と同様のボディタッチを行ってくる。

 その後はこちらの返答も聞かずに「うちの世話になった女神がお前らの話を聞くと恨めしそうにする」だのと良く分からない愚痴を聞かされて、嵐のように去っていってしまった。時間が惜しいのは確かなようだ。ていうか、タダノ君の言う女神って一体誰なんだろう……。

 

 そうして慌しいままに"ボーティーズ"での探索をエースたちと共に開始する。

 リーダーはしばらくお休みということで、強面とスリーマンセルの仲魔付き構成での探索になった。

 ただ、最早主の居なくなった歓楽街の活気は薄れ、中々お目当ての"レアフォルマ"が見つからない。

 一日経ち、二日経ち、いい加減成果のない探索に焦れてきたところで、別口から予期せぬニュースが舞い込んできた。

 "道頓堀"の湖畔に見慣れぬ巨体の男性がぼうっと佇んでいるというのだ。

 一日の探索を終えた小生らは、住人の急報に駆け足で湖畔へと向かう。

 そこには確かに身長2メートルを優に超える、筋骨隆々の人間とも"悪魔"とも判別の付かない生き物が"ハーピー"を傍に置きながら案山子のように立っていた。

 彼を見て、小生らは警戒よりも先に驚きで言葉を失ってしまう。

 彼の面立ちが、あまりにも死んだ野球好きに良く似ていたからだ。

 

 彼は、野球好きは――。この"箱庭"にて人外として復活してしまったのである。

 

 

 

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