100話目!!
◇Side Mio
年越し前に、ALOの存続を掛けた大冒険を乗り越えて。その副産物としてサーバーに一振りしか無い伝説級の武器《聖剣エクスキャリバー》《雷槌ミョルニル》そして、《幻想剣アリス・クオリア》を手に入れたギルド《ウィンクルム》。
当然の如く騒ぎになった。
なにせ、存在は知られていたものの、入手方法はおろか姿かたちを見たことすらないその名の通りの伝説の武器だ。更に言えば《雷槌ミョルニル》については情報すら出ていない。
幻想剣については情報を秘匿したものの、聖剣は直前までその入手クエスト(実際には報酬として与えられるのは偽物だったわけだが)に全員が着目していたため隠す事が出来ず、どうせならと入手までの経緯を話すことで幻想剣の隠れ蓑とすることにした。
それはブレインたるディアベル、アスナ両名からの進言だった。
ただでさえ色々と噂の耐えないギルドだ。そこに伝説級武器を三振り、さらにプレイヤー名が銘となった武器など、騒動の種にしかならない。
大手ギルドとは友好関係を結んでいるものの、リソースの奪い合いが基本であるMMORPGにおいて唯一の武器というのは羨望だけでなく嫉妬も集めやすい。無用なトラブルを避けるための処置だった。
それでも、長らく未発見だった聖剣を手に入れた事はセンセーショナルなニュースとなり、MMOトゥデイからも是非取材をと申込みがあったほど。
三が日を各々で過ごし、各方面への説明や取材に追われている内にあれよあれよと冬休みが過ぎていった。
その間は流石に冒険をしているどころではなく、やっと落ち着いて来た頃には気づけば冬休みもあと僅か。
深藍――アイは今日くらいのんびり過ごそうとギルドハウスへとやってきていた。
ギルドハウス内にある自室にログインした後、たまり場となっている談話室へとアイは顔を出した。
「お、アイじゃないか。こんばんは」
「こんばんは。キリトさん、来てたんですね」
ソファに腰掛け、湯気の立つコーヒーを飲みながらゆったりとしていたキリトがアイに気づき手を上げた。
入室したアイも挨拶を返し、あたりを見回すが他に影は無い。
「あれ? キリトさん一人ですか?」
「ああ。アスナは実家の用事で年末からずっと京都にいるよ。スグ――っと、リーファは道場が稽古始めだからって顔を出してる。そっちは?」
「お姉ちゃんはバイトで、コハルさんはそこに遊びに行ってるみたいです」
「へぇ……。シノンとシュピーゲルは一回GGOに再コンバートするとか言ってたし、ディアベルは帰省中……だとすると、今日は俺達二人だけか」
「ですね」
「パパ! 私も居ます!」
人数にカウントされなかった事に怒ったユイが、キリトの肩から飛び立ち全身で抗議をする。キリトはそれに「忘れてなんかないって」と苦笑を返しながら、ユイをそっと自身の頭にのせた。
「なんか珍しいな。俺達だけっていうのも」
「そうですね、昔はお姉ちゃんかリーファさんが必ずいましたし、今も誰かしらは一緒でしたから」
アイとキリトはリアルでも知り合い同士だ。お互い姉の友人の兄(または、妹の友人の妹)という関係性だが、共に遊んだこともある。ただ、キリトの言うように二人だけというのは今まで一度も無かったように思えた。
「アイはアリスのとこ行かなくていいのか?」
「うーん、行こうかなとも思ったんですけど、今日は外出をやめてのんびりしようかなって。それに――」
「それに?」
「二人の邪魔をしちゃ悪いかな、と」
アイは姉であるアリスに恋心を抱いている。
その事は姉本人、そしてその恋人であるコハルに打ち明けていた。
その結果、想いが報われる事は無かったが、それでも側に居る事は許された。
アイも二人の仲を引き裂くつもりは微塵もなく、姉だけでなく、コハルとも仲良くしたいと思っている。
今日もコハルから一緒に行くか誘われたものの、気を利かせて遠慮している。正妻からの好印象ポイントを稼ぐ魂胆も、無くはないが。
それを聞いたキリトは優しく微笑んだ。
「……そっか。どうする? 狩りに行くなら付き合うけど」
「そうですねぇ……」
ふむ、とアイは顎に手を当てて考える。
キリトと二人きりというのは初めてではあるが、別に気まずいわけではない。既知の仲であるし、《ウィンクルム》は身内ギルドなため全員が全員と仲が良い。
狩りに行くという提案は魅力的だ。キリトとなら安心して前衛を任せられるし、《浮遊城アインクラッド》の攻略ではSAO生還者かつトッププレイヤーだった知識をいかんなく発揮し様々な事を教えてくれるから。
しかし、アイはこの機会に、ぜひやっておきたい事があった。
「せっかくなので、この機会に聞いておきたい事があるんですが」
「お、いいぞ。ALOの事はまだあまり知らないけど、MMORPGやアインクラッドの事ならなんでも聞いてくれ」
キリトという男は語りたがりの面がある。とりわけ、ゲームシステムの事やMMORPGの事等、経験や仕入れた知識を人に説明する場面となるとイキイキとした表情になるのだ。
ひけらかすのが好き、というわけではなく、他人と知識を共有するのが好きなのだろう。それは、彼がMMORPG――特に、VRMMOの事を愛しているからこそ、少しでも興味を持ってほしい、自分が愛した世界を好きになって欲しいという思いがあるからこそ。
そういった面を可愛いなと感じつつ、ギルメンであるアスナはそういうところにも惹かれたのだろうかと邪推する。
アイは、どこか嬉しそうな表情をしながらコーヒーを口に含んだキリトへ、にっこりと微笑んだ。
「SAOでお姉ちゃんにセクハラしたって聞いたんですけど」
「ぶふぅーーーーッ!!!」
キリトが盛大に噴出した。きたない。
「わ、はしたないですよキリトさん」
「げほっ、えほっ……ご、ごめん……じゃなくて!! 誰から聞いたんだ!?」
「えっと、クラインさんから……」
「あのやろ……!」
キリトは激怒した。今度あったら一回殴ると小さく呟き、おほんと一言。
「アイ」
「はい」
「……それはな? ご――」
「そのあとお姉ちゃんに確認したら、『思いっきりおっぱい掴まれた』って言ってましたけど」
「誤解だあああああああ!!」
黒の英雄キリト、セクハラを疑われて咆哮する。
シュピーゲルにこのことを話したら幻滅するだろうか? いや、何かと理由をつけて尊敬しそうな気もする。
「誤解……なんですか?」
「そ、そう……いや、誤解というか、事故というか……」
キリトは語った。
周囲に望まれる形で姉と決闘をすることになった事。
相手の実力を認めているものの、負けたくないと思った事。
決闘が接戦になり、姉の行動を止める為に腕を掴もうとしたら――様々な要因で胸を掴んでしまった事。
あくまでも事故であり、他意はなかった事。
そんな事を、訥々と、誠意をもって、誤解を解くべく、必死に。
「そうでしたか」
「分かってくれたか……?」
「……ユイちゃん。判定は?」
「チェンジです」
「ユイ!?」
スリーアウト。
うら若き乙女の胸を鷲掴んだという罪はそれほどまでに重い。
「違う……違うんだ……! 俺は《セクハラ剣士》なんかじゃ……!」
「あはは、冗談ですよ。ね、ユイちゃん」
「はい。当時モニタリングをしていた為ログは把握していますが、確かにあれは不幸な事故だったと言えます」
涙目になってしまったキリトは流石に可哀想なので、許してあげる事にする。
姉本人もあれは事故だったと付け加えていたわけだし。
キリトは心底安堵したかのように大きなため息をついていた。
「心臓に悪い……」
「気にするな、とは言いませんけど、そこまで引きずりますか?」
「アイは分からないさ……女の子の集団からゴミを見るような目で見られる事の辛さを……」
キリトが遠い目をしてしまった。よほど辛かったのだろう。自業自得ではあるが。
「んんっ! それで、聞きたい事なんですけど」
「あ、ああ……。大丈夫だよな? 過去のやらかしエピソードを語れとかじゃないよな?」
過去のやらかしエピソードってなんだ。
アイは興味を引かれたが、聞きたいことは別にあるためぐっと我慢した。
「さっきの話も少し関係ありますけど、姉がSAOでどんな事をしてきたのか、それを聞きたいんです。姉と、一番近い所にいたコハルさんには聞いたんですけど、それ以外の方にも聞いておきたいなって」
姉がSAO、ALOから帰還してから一ヶ月くらいが経ったころ、姉と、そしてコハルからかの世界での出来事について話を聞いたことがあった。
出来事、というよりも、二人の馴れ初めがメインで聞いたのだが。
二人がどのようにしてお互いを意識したのかということは理解できたものの、あの世界で姉は、そしてコハルはどのような人物だったのか。それを知りたいとアイは前々から思ってはいた。
しかし、機会が中々なかったこともあり、後回しにしてきたのだ。
だから、降ってわいたこのチャンスにぜひ聞いておきたいとアイは思った。
「どんなことをしてきたのか……って言われてもな」
「えーっと、なんていうんでしょう。キリトさんから見た姉……SAOのアリスというプレイヤーについて、思うところを話して貰いたくて」
「なるほど。うーん……」
キリトはしばし考えた後、かつてを思い返す様にゆっくりと語り始めた。
◇
俺がアリスと初めて会ったのは、ベータテストの最終日だったんだ。
コハルも一緒だったかな。
アインクラッドの一層あるだろ? あそこにさ、わかりづらい場所に洞窟があって、最終日にふらふらとしてたらそこを見つけたんだ。
で、中に入ったらモンスターに囲まれてるプレイヤー二人が居た。二人とも初期装備だったから、迷い込んだのかと思って助けに入った。
そう。それがアリスとコハル。
その時はこんなに長い付き合いになるとは思わなかったし、アリスが深紅だなんて思いもしなかったけどな。
で、正式サービスが開始してから一度偶然合流して――茅場から、デスゲームの開始を告げられた。
そっから俺は、いち早くレベルを上げて、クエストをクリアしなくちゃいけない、強くならなくちゃいけないって思って……二人を一度、見捨てたんだ。
ああ。そうだよ。見捨てて、しまったんだ。
全員レベル一からのスタート。アリスもコハルもベータ経験者で、アリスの方は戦闘も慣れてるとはいえ……二人を守り切れるかどうか俺には判断が出来なかった。
もし、俺の勝手な判断で二人を危険な目に合わせてしまったら……そう思うと、一緒に連れていく事は恐ろしくて出来なかったんだ。
後に、あるクエストでアリスとばったり会ってさ。その時にも謝ったんだ。何も言わずに飛び出してごめんって。
そしたらあいつは『動けなかった自分と違って、自分に出来ることをすぐに見つけて行動できたんだから凄い』って逆に褒めはじめてさ。あの時は面食らったよ。
ん。そうだな。あいつは凄いよ。普通、自分を見捨てたヤツを『凄い』だなんて褒める事は、俺には出来ない。
それから、あいつとはちょくちょく顔を合わせる事はあったな。クエストの途中とか、ボス攻略の時とか。
あいつ、というか、アリスとコハルの二人だけど。大体一緒に行動してたからな。
……これは話してもいいのかな。
アリスとコハルが、一度長い期間離れてた事は知ってるか?
……そっか。なら俺から言う事は何もないかな。
強いて言うなら、あいつが攻略から一時抜けたことで、攻略組全体の士気が沈んでたって事くらいか。
あいつは……いや、あいつらだな。アリスとコハルっていう二人のプレイヤーは、攻略組の柱だったんだ。
凄腕のアタッカーだとか、鉄壁のタンクだとか、そういう意味じゃなくて……なんていうかな、あいつらが居ると「何とかなる」って気になるんだ。
前を向いて進む二人の姿に俺たち攻略組は勇気づけられていた。
あいつが居なければゲームクリアは出来なかった――とは言わない。
あいつもそんな風に思われることを望まないだろうし、最後にヒースクリフを倒したのは俺とアリスだったけど、そこにたどり着くまでに多くの人の協力があった。攻略組だけじゃない。もっと、多くのプレイヤーの力が。
だけどな。
あいつが居たからこそ、守れた命もあると俺は思ってる。
アイ、間違いなく、君のお姉さんは『英雄』だったよ。
俺にとっては? あー、まあ。
俺にとってのアリスは、そうだな……。
最初は、ただの妹の友達だった。
そこから、同じベータテスターとして友達になって、後に同じ攻略組の――命を預け合う仲間に。そして、今はギルドの団長様……。
いや、違うな。
大切な友人であり、負けたくないライバル。これが俺の思うアリスってゲームプレイヤーの印象だ。
◇
「へぇ……」
「なんか意外そうな顔だな」
「いや、結構お姉ちゃんの事意識してるんだなって思いまして」
「意識って……」
アイとしては、意外とキリトが姉に対抗意識を持っていた事に驚いた。
普段の小競り合いは、大抵がキリトが姉をからかって、それに姉が噛み付く事で起きるものが殆どだ。
キリトという青年は飄々とした性格であり、『負けたくない』と一個人に固執することは無いのだろうなと思っていたからだ。
言うまでもなく、キリトはSAOを解放へと導いた英雄であり、ALOでも有数のプレイヤー。ギルド最高戦力の一人である。そんな彼をして『ライバル』と言わしめる姉に、アイは少し誇らしい気持ちだった。
「ちなみに、どっちの方が強いんですか? 戦績的な意味で」
「俺――と言いたいところだけど、大体イーブンかな。勝つこともあるし負けることもある。勝負方法が直接的なものから間接的なものまで多岐にわたるから、一概にどっちが強いとかは答えられない」
「でも負けたくないんですよね?」
「もちろん。絶対に負け越してやらん。むしろ勝ち続けてやるさ。――っと、そうだ。それでアイに手伝ってほしい事があったんだ」
「手伝う……ですか?」
「ああ。実は魔法を――」
キリトが言い終わらない内に、リンゴーン、というチャイムの音が響いた。
ギルドホームへの来客の通知だ。誰かが扉横にあるドアベルを叩いたのだろう。
「来客……?」
「特に予定は無かったはずだけど……ちょっと出てくる」
キリトが席を立ったので、アイもその後を追うことにした。
アイ達のギルド《ウィンクルム》のホームを訪れる人物は、大抵が事前にアポを取ってから来る知人が殆どであり、今の様にいきなりやってくる事はそうそう無い。
いや、以前はギルドへ加入したいプレイヤーたちが結構な頻度で来ていた。今回もその類だろうか。
「はいはい。どちらさん……って……」
両開きの玄関扉をキリトが軽い調子で開けて誰何を問う。
アイもキリトの背から来客を覗き見た。
そこに居たのは、五人の集団だった。
インプ、スプリガン、シルフ、ノーム、サラマンダーの五人。
性別も種族もバラバラな彼ら彼女らは、はて、一体何の用か。
見覚えの無いその集団に困惑していると、先頭に立っている小柄なインプの少女が一歩前に進み出た。
「ボクたちはギルド《スリーピング・ナイツ》! 《ウィンクルム》の人達にお願いがあって来たんだ」
《スリーピング・ナイツ》? アイは記憶の中を探って見たが、聞いたことの無いギルド名だ。
大規模なギルドであれば大体把握しているため、おそらく小規模なものか、新興ギルドだろうか。
キリトにも目配せをしてみるが、彼も思い当たるものは無いようで、小さく首を横に振った。
そんなアイやキリトに気づいてか気づかずか。リーダー格らしきインプの少女は自身の願いを口にした。
「お願いします。ボクに……ボクたちに手を貸して下さい!!」
高らかな声でそう言った少女に、アイとキリトは揃って首を傾げたのだった。
アリスとコハルがSAOにおけるインテグラル・ファクターとなった事で、原作では死亡した人物が生き残っています。
黒猫団の皆や、ディアベルが筆頭ですね。
そのため、ヒースクリフとの戦闘時に彼が告げた生存者の数を原作より少し多くカウントしています。(原作六一四七人→六五○二人)
尚、原作SAOifだと主人公がキリトくんのトラウマブレイカーとなっているため、おそらくこの作品よりも多くの生存者が居ると思います。もっともあちらは主人公とコハルだけでなく、リーファやシノン、ユウキや他のオリジナルキャラ等原作に無かった戦力が多数あった結果でもありますが。
・原作との相違点。二十二層のコテージ
キリトとアスナが結ばれたのが原作よりも早かった為、二十二層森の湖畔にあるコテージへの入れ込みが薄くなっています。なので、キリトやアスナはコテージよりもギルドハウスの談話室に居ることが多いです。
次回からマザーズ・ロザリオ編に突入します。