◇Side アリス
七十五層の主街区は名前を《コリニア》という。
橙色のレンガ屋根で出来た白亜の家々や、神殿風の建物が立ち並び、その間を水路が縦横無尽に張り巡らされている。一言で表すのなら、古代ローマ風といった外観。
この主街区の大きな特徴は美しく整った街並みではなく、その中心……転移門前にそびえる大きなコロシアムにある。
2024年10月24日。
この日は件のコロシアムにて大きなイベントがあると朝から転移門前は多くのプレイヤー達で賑わっていた。
そのイベントとは――
《黒の剣士》キリトと《血盟騎士団団長》ヒースクリフのデュエル
片や、攻略組の中でもトッププレイヤーであるソロの剣士。片や、攻略組の中でも最大戦力を誇るトップギルドのリーダー。
そして二人とも、《ユニークスキル》を有しているこの世界に二人といないプレイヤーだ。
下層から、攻略に参加していないプレイヤー達もこのSAO内でも最高のカードによる対決に胸を躍らせ見物に続々とやってきている。
「火噴きコーン十コル! 十コル!」
「黒エール冷えてるよー!」
コロシアム入り口には商人プレイヤー達がこぞって怪しい露店を開き、見物人達は興味の引かれるまま長蛇の列をなしている。
私とコハルも、来たときはこのお祭り騒ぎに驚きしばらく呆然と立ち尽くしていたのだけれど……
「あ、このクレイジーカウ串美味しい」
「ほんと? 一口ちょうだい――うん、本当! お醤油みたいな味のソースがすごくいい味だしてるね!」
こうして露店を食べ歩きするまで立ち直っていた。
……いやまあ、そこらじゅうからソース(のようなナニカ)の焦げる匂いとか、甘いわたあめ(のようなナニカ)の匂いとかが立ち上っていたらフラフラと立ち寄ってしまうのは致し方ない事だと私は思うんだ。日本人に生まれたからには、こうしたお祭りは楽しみたくなってしまうのは遺伝子レベルで刻み込まれた性なんだ。そうなんだ。
「あ、ほらアリス。口元にソースついてるよ?」
「え? どこ……」
「ここ。はい取れた」
口元についたソースをコハルが指でぬぐい、そのまま自身の口元に運び舐め取る。もう、そんな事しなくても数秒で自然消滅するのに。
「お、お前らめちゃくちゃ楽しんでるな……」
そんな私達に、背後から呆れた様な声色で噂の人物――キリトが声を掛けてきた。
「あ、キリトさん。今日は頑張ってね」
「頑張れキリトー。応援してるよ」
「お前ら他人事みたいに……はぁ、まあいいか」
実際他人事だもの。招かれたからやってきたけど、こういうイベントは楽しまなきゃ損だよ損。
「そういえば、私達もキリトの《二刀流》がバレた経緯はアスナから聞いてるけど、それがなんだってこんなデュエルだーなんて事になってるの? こういう大勢の目の前で目立つのってキリト一番嫌いそうじゃん」
「いや、それがだな……」
キリトは《二刀流》というユニークスキルを持っている。その事を知っていたのは私と、リズの二人だけ。それが大衆に広まってしまったのはある事件がきっかけだった。
キリトとアスナが七十四層の迷宮区で狩りを行っていたところ、偶然ボス部屋を発見してしまった。姿だけ確認して直ぐにその場を後にしたものの、最前線に復帰してきた《アインクラッド解放軍》に遭遇。マップデータの提供を強要され、渋々渡すと彼らはそのままボス部屋に突入してしまい、慌ててキリト達が救援に駆けつけるも既に遅く、《軍》のメンバーの二人と――リーダーのコーバッツがHPを全損し死亡。残りのメンバーを助けるためボス部屋に入るが、結晶無効化フィールドがボス部屋に設定されており脱出は不可能。そしてキリトが出した答えが《二刀流》での状況打破だった。
キリトは辛くも第七十四層のボス《ザ・グリームアイズ》を撃破したものの……ただ一人でフロアボスを倒してしまった件が噂にならないはずも無く、瞬く間に全プレイヤーへと伝わってしまった。
曰く『軍の大部隊を全滅させた悪魔』、曰く『それを単独撃破した二刀流使いの五十連撃』。
コハルから「なんかすごいことになってるよ!」と知らされたその噂を聞いて、《二刀流》を実際に見た事がある私はその尾ひれのつきっぷりに少し噴出してしまった。ご、五十連撃……。そんなのモーション中にやられちゃうでしょ……。
そういった経緯でキリトの《二刀流》がバレてしまったわけだけど……それとこの騒ぎは一体何の関係があるんだろう?
「俺もアスナも、あの時の戦いで大分疲弊しちゃってな……。それに、こ、恋人になってからあっちはKoBで忙しいし俺も狩りで忙しいしで碌に一緒に居れなかったからさ、しばらくパーティを組み続けたいって話になって、ヒースクリフに直談判に行ったんだ。しばらくアスナのギルドでの活動を休ませてくれって」
「そしたら?」
続きを促す私に、キリトは少し言いづらそうに口を開いた。
「そしたらあいつが……ヒースクリフが『アスナ君が欲しければ、二刀流で奪ってみせたまえ』って……」
「それで受けちゃったんだ?」
「つい……売り言葉に買い言葉で……」
ははーん、なるほど。状況は理解できたぞ。つまり――
「キリト、馬鹿じゃないの?」
「はは……アスナにも言われたよ……」
別に、ギルドを辞めるんじゃないんだからどうにでも説得できただろうに……。
まあ、キリトと――デュエルを申し込んできたヒースクリフの気持ちも分からないでもない。剣での戦闘に取り付かれ、そして自身の技に絶対の自信を持つ、ゲーマーとしての捨てきれないエゴを抱える……私と同じ人種。
欲しければ二刀流で奪ってみせろ―だなんて、ヒースクリフもずいぶんとこの世界に染まりきっている。
「あれ? 勝ったらアスナがしばらくキリトさんと一緒に居られるんだよね? じゃあ、キリトさんが負けたら?」
コハルが、そういえばと疑問を口にした。確かに、ギルドとしては何もなしに大きな戦力を手放す訳にはいかないだろう。何か対等な条件が提示されたはずで、だとしたら……。
敗北は、副団長であるアスナの一時離脱。その対等な勝利報酬は――まさか!
「ねえキリト。負けたら……キリトが血盟騎士団に入るとかじゃないよね……?」
「ははは……ご名答です」
「ばっっっっっっっかじゃないの!?」
思わず大きな声を出してしまった。隣ではコハルも「嘘でしょ……?」と固まっている。
「いやまあ、負けると決まったわけじゃないしさ」
「それはそうだけど! もし負けたらあんなに嫌がってたギルドに入ることになるんだよ! もう! 馬鹿!」
キリトの《二刀流》は強い。同じユニークスキルであるはずの私の《英雄之剣》と比べても、その強さはゲームバランスを崩壊しかねない程だ。
しかし、ヒースクリフの有する《神聖剣》。その強さもまた別次元だった。ボス攻略で何度も戦う所は見てきたけれど、彼のHPバーがイエローゲージ――五割を下回るところを私は見た事がない。最前線の、タンク職であるにも関わらずだ。
キリトの《二刀流》が攻撃特化ならば、ヒースクリフの《神聖剣》は防御特化。その堅牢な防御を突破することは並大抵の技量じゃできっこないだろう。
「まあ、そうなんだけどさ……簡単に負けるつもりは無いけど、考えようによってはどちらも目的は達するとも言えるし」
「目的……?」
訝しがる私に、キリトは照れくさそうに頬を掻きながら
「俺は、あ、アスナと一緒にいられれば……それでいいからさ」
……まあ、お熱いこと。
ちょっとコハル。その指の隙間が大きく開いた目隠しは誰の真似? キャーだなんて言っちゃってさ。
「全く……負けないでよ?」
「ああ、さっきも言ったが、簡単に負ける気なんてサラサラないさ」
ひらひらと片手を振りながら控え室へと去っていくキリトに、心の中でもう一度馬鹿とつぶやいてから私はコハルをつれてコロシアム観客席へと向かった。
◇
コロシアム内は、異常なほどの熱気に包まれていた。
それもそうだ、こんな好カードでのデュエル、下手をしたら二度と見られないだろう。
割れんばかりの歓声を浴びながらも、渦中の人物である二人は至って冷静に見えた。
カウントダウンが始まる。隣に座るコハルが手を組み目を閉じて祈るような姿勢を取った。
そして――
「らああああああああああっ!!」
「ぬん!」
【DUEL!】の文字が閃くと同時、二人は地を蹴り肉薄していた。
ガァン!という金属音と共に二人は飛びのき距離を取る。一瞬の静止。しかし、直ぐに激しい剣舞が始まった。
迸る多彩なライトエフェクトと剣と盾、または剣と剣が直接打ち合う甲高い金属音を撒き散らしながら二人はどんどん戦闘のスピードを上げていく。
それは、デュエル開始から数十秒が経ってもなお止まらず、天井知らずのように速度が上がり続けていた。
時折、お互いに小攻撃が入るものの決着には至らず、そのままじりじりと攻防が続きHPバーが両者共に五割が見えるところに来た。
そこでキリトが勝負にでた。
青白い光芒が、プロミネンスの奔流の如く上下左右から閃く十六連撃。《スターバーストストリーム》。
大技なだけに隙も大きく、ここぞというときにしか使わないと言っていたこの技を使用したということは、ここが勝負の決め所だと踏んだのだろう。
一撃ごとに、ヒースクリフの反応が遅れていく。
(勝った!)
私は勝利を確信した。そしてその確信は最後の一撃が、がら空きのヒースクリフの右脇腹に吸い込まれて――
――え?
カィン!という甲高い効果音と共にキリトの剣が弾かれ、次の瞬間、ヒースクリフの憎らしい程冷静な単発突きによってデュエル終了のシステム音が鳴り響いた。
「あ、ああ……どうしようアリス! キリトさん負けちゃった……!」
コハルが私を揺さぶるが、今の私はそれに構う余裕が無いほど狼狽していた。
なんだ今のは。
――ヒースクリフが、
キリトの最後の一撃が入る直前、確かに右に向けていたはずの盾が一瞬の内に……いや、同時に左に向けられていた。
私の動体視力はおかしい、とキリトにいつだったか言われたことがある。彼の言うとおり、今まで身体が付いていけ無かったことはあるけれど、見切れなかった物は無いと言い切れるほどに私は自分の目に自信があった。
その私が、見切れなかった……?
反応速度とか、もうそういう次元じゃない、まるで時間そのものを操っているかのような――
ふと、ヒースクリフと目が合った。
勝利者のはずのその顔は何故か険しかったが、私と目が合うと立ち止まり、顎に手を当て少し考え込むような動作をした後
「さて、会場の諸君。これにて本日のメインイベントは終了となるのだが――折角こうしてご来場いただけたのだ。もう一つ、エキシビジョンマッチと行こうじゃないか」
拡声アイテムを使用したのか、会場全体に響き渡るような声でそう言い放った。
え、エキシビジョンマッチ……? 急に何を……?
困惑する私と、また目が合う。今度は口の端をにやりと歪め、そして――
「対戦相手はこの場で指名させてもらう。アリス君。《紅の戦姫》アリス君。降りてきたまえ」
――ざわっ
ヒースクリフの口から次の対戦相手として私の名前が口に出された瞬間、会場はどよめき騒然となった。
突然の事についていけず、固まる私にヒースクリフはにやりとした笑みを崩さないまま
「これだけの観衆の前での申し出だ。よもや断りはすまいね?」
そう、挑発してきた。
こんにゃろう。
「アリス……」
不安げな表情で見上げるコハルに、大丈夫と声を掛け立ち上がる。
「コハル、心配しないで。キリトの仇を討ってくるよ」
「うん……気をつけてね、アリス」
もう一度大丈夫、と笑いかけてから一息に観客席を飛び降り、コロシアムの舞台……その端に着地する。
その瞬間ざわめきは更に大きくなり、会場を揺るがさんほどの大歓声が沸き起こった。
(こういうの、慣れてないんだけど……)
ばくばくと早鐘を打つ心臓を深呼吸することで無理矢理落ち着かせながら、中央へと歩を進める。その途中で退場するキリトとすれ違った。
「悪い、負けた」
「うん、惜しかったね。仇は私が討ってくるよ」
頼む――と、キリトとハイタッチを交わし、中央……ヒースクリフの目前まで歩み寄った。
「突然のお呼びたて、すまないね」
「……うそつき。そんな事思ってないくせに」
「ははは。さて、こうして申し出を受けてくれたのだ。私とのデュエルに勝ったあかつきには――先程のキリト君とのデュエルでの勝利報酬だった彼の入団の件、それを取り消そう。そしてアスナ君の一時的な離脱も認めようじゃないか」
それはなんとまあ、ずいぶん太っ腹な事で。
でもそれだけでこの男が終わるはずが無いということを私は知っている。
「で、私が負けたら血盟騎士団に入れって?」
「話が早くて助かるよ。いや今日は実に運がいい。トッププレイヤーを二人もギルドに迎える事が出来るのだから」
かちん。
その自分が勝つことは確定してるというような言い振りが、頭にきた。
目に物見せてやる……。
私はショートカットから、
しかし――
「ふむ? それでいいのかね?」
ヒースクリフは、挑発的な笑みを浮かべながらそう言ってきた。
「私の戦闘スタイルくらい、もう知ってるでしょ。隠してないんだし」
「ああ、君が戦闘中クイックチェンジを活用して変幻自在の戦法を取るということは十分知っているとも。そして――」
「君が、隠しているスキルを持っているということもね。三人目のユニークスキル使い」
道中ばっさりカットしてごめんなさい!!