地の文を書くにあたり、原作ゲームの台詞を一部改変、展開を変えています。本筋はしばらくは変わらない予定です
Side ???
11月6日。ソードアート・オンライン発売から6日が経った。
秋も中頃になり、学校へ行く道のりが木枯らしステージへと変貌し、寒さに身を縮こまらせながら今か今かと待ち望んでいた今日。
正式版サービス開始当日。
運よく(というか多くのプレイヤーがログインできるよう図られたのだろうが)休日だったため、今日は朝からご飯もそこそこに遅々として進まない時計と睨めっこしながらその時を待っていた。
下の階から妹の「おねーちゃん、折角の休みに何ひきこもってんのー?」と言う声が聞こえるが、無視。そんなことより正式サービス開始のほうが重要だ。
SAOを起動するデバイスである《ナーヴギア》を大事そうに磨きながら(朝からずっと磨いているのだけど)あの世界の事を考える。
ベータテストが終わってから、あの世界のことを考えなかった時なんて一秒も無かった。寝ても覚めてもSAOのことばかり考えていて、学校では妄想にふけり先生に怒られ、家ではずっと部屋に閉じこもって掲示板を眺めて親に怒られ……あれ、怒られてばっかりだ。
とにかく、それほどまでに私はあの世界に魅了されていた。現実と全く変わらない風、匂い、音。まるで別世界へやってきたかのような精巧な仮想現実に、私の心はがっちりと掴まれてしまった。
それに……
「きっとあの人も来るよね」
ベータテスト最終日に会ったあの人。友達になった――はずだ。ほんの一日だけど、あの人と遊んだあの時間はとても楽しかった。だからまた会いたい、一緒に遊びたい。
(あと少し、あと少し……!)
まるで時間の流れが遅くなったかのように進まない時計に「ススメー!ススメー!」と念じながら待ち続けた午後1時。
待ちに待った瞬間が来た。
「リンク・スタート!!」
ナーヴギアを被り、起動ワードを口にする。
すると、すぐに私の視界は闇に包まれた――
◇
Welcome To
Sword Art Online !
◇ Side アリス
第一層《はじまりの街》
アバターの設定を始めとした初期設定もろもろが終わり、見慣れた、だけど少し懐かしい風景が目に飛び込んできた。
石畳で舗装された、円形の場所。街の中心部にあるここは、《転移門広場》といって、プレイヤーが最初にログインしたときに訪れる場所だ。
コハルはログインしているだろうか……
それらしき姿は見えない。
最初にログインしたら絶対にここに居るはずなんだけどな……
もしかして、会いたいと思っていたのは自分だけだったのだろうか?それとも……
「おっと! 悪ぃ、大丈夫か」
悶々とし、キョロキョロ辺りを見回って歩いていたら、人とぶつかってしまったようだ。顔を上げると、赤い髪に赤いバンダナを巻いた、無精ひげの青年がこちらを見下ろしていた。
「こちらこそ、すみません……」
キョロキョロしすぎて、周りが見えてなかったらしい。反省。
「いいっていいって、どうせ痛くねえしよ。それよりおめぇ、そんなにきょろきょろして、どうした?」
傍目から見てもそんな挙動不審だったか……。
「えっと、人を探してて」
「友達とはぐれたのか……そういうことなら、ひと肌脱いでやるぜ!」
そういうと、青年はぐっとサムズアップしてみせた。見ず知らずの、しかもぶつかってきた相手にずいぶん親身になってくれる人だな。きっとリアルじゃモテるんだろうな……
「オレ、クライン! よろしくな!」
「わた……僕はアリス。よろしく」
クラインと握手をしてから、自分は状況を説明した。友達(だよね?)と正式版で会う約束をした(はずだよね!?)が姿が見えないということを。
「へえ、そんでそのダチ公とフレンド登録は?」
そういわれて思い出した。結局あの後フレンド登録してない……! あの時していれば……! といまは亡き(?)モンスターに恨みの念を送っていると
「じゃあ転移碑のとこで待っててみろよ。もしかしたらまだログインしてねえのかもしれねえし、大概のプレイヤーはあそこから出てくるんだからよ。案外、そのダチ公もおめぇのこと待ってるかも知れねぇぜ?」
盲点だった。自分はなんて馬鹿なんだろう。まだログインしてない可能性があった。朝からずっとナーヴギアの前で待機していた自分と違って、彼女は開始してすぐにログインしてないのかもしれない。
「その手があった! ありがとう!」
「オレもダチが来るのを待ってるからよ、一刻も早く合流してこの興奮を語り合いたい!って気持ちはよっくわかるぜ……みんな、リアルの都合があってオレだけ先に来ちまったんだけどな」
確かに、彼女は見たところ自分と同い年くらいに見えたけど、もしかしたら学生じゃないのかもしれない。そしたらログインも遅れるってものだ。
「あいつらが転移門広場に集合するまでレベルの二つ三つもあげて、リーダーの威厳を見せるとするかね」
リーダーということは、クラインは何か他のゲームでギルド等のリーダーをやっていたのだろうか。この面倒見の良さはそこから来ているのかもしれない。
「じゃあな! おめぇもダチに会えるといいな!」
クラインと別れた自分は、急ぎ足になりながら転移碑へと向かう。もしかしたらもう来てるかも。そもそも待ち合わせもしてないし、先に行っちゃったのかも……期待と不安がない交ぜになりながら、転移碑に近づくと……居た。
「あの、すみません、もしかして……」
翡翠色の瞳、肩口まで下ろされた艶のある黒髪。ベータテストの時のアバターと変わらない。
「コハル?」
「やっぱり! アリスだった!」
彼女――コハルは自分だと分かると安堵したように、そして嬉しそうに駆け寄って来てくれた。
「ベータの時とおんなじアバターなんだもん。すぐわかったよ」
「そういうコハルだって」
「私も、アリスが分かるようにベータと一緒にしてたんだ」
「僕も。コハルが分かるようにって」
良かった。彼女も自分と同じだったみたいだ。
「こんなに早く会えると思ってなかったから、嬉しいなあ……ふふ。あらためてよろしくね」
「うん、よろしく」
お互い笑顔になりながら、今度は失敗しないように、フレンド交換を済ませておく。フレンド一覧にコハルの名前が表示されると、彼女は少し申し訳なさそうに
「それで、えっと。さっそくなんだけど……」
と切り出してきた。
「また、バトルのやり方を教えてもらっていい? ひさしぶりで、自信がないの」
あれから6日経った。自分も鈍っているだろうし、丁度いいと了承すると、
「ありがとう! 街の近くならモンスターも弱いだろうし、そこでおさらいしたいな」
そうはにかんだ彼女を連れて、正式版初の冒険が始まった。
◇
「あ、あれっ? 全然当たらない……教わったことは覚えてるのに、おかしいな……」
果たして彼女は駄目だった。
というより、また腰が引けている。自分は自分で早々に錆び落としを終わらせ、彼女のおさらいに付きっ切りになっていた。
「おいおい、オレよりひでぇんじゃねえか?」
さて、またボアをけしかけてやろうかなんて思っていると、聞いたことのある声が近づいてきた。
「あなたは……」
「よお! ダチには無事に会えたみてぇだな」
クラインだ。彼は人辺りの良さそうな顔でこちらへ歩み寄ると
「ぶつかったよしみだ、おめぇらもキリト先生のバトル講習会に参加しとけ。な!」
「勝手なこと言うなよ……」
振り返ると、クラインの後ろからこれまた聞き覚えのある声がした。
「いいじゃねえか、みんなで盛り上がったほうが楽しいだろ?」
――この人は、確か、キリトさんだ。まさかクラインがキリトさんと知り合いだったとは。世の中意外と狭い……ってそういえばこの人もベータテスターか。そりゃあ正式版には参加してるよね。
「だいたい、俺が教える必要があるか?あんたら、ベータ経験者だろ」
「へっ?」
「武器の使い方でわかる。……そっちの女の子のほうはあまり身についてなかったみたいだけどな」
「す、すみません……ベータではちゃんと出来てたんですけど、うまく攻撃が当たらなくて困ってるんです」
コハルのほうはキリトにまだ気づいてないみたいだ。……ちゃんと出来てた?かなぁ?
「攻撃モーションが合ってないんじゃないか? 力を入れすぎないように調整してシステムアシストにあわせてみなよ」
「そっか、装備が変わると技もかわるんですね。えっと、じゃあやってみます!」
キリトはさらりとコハルの不調の原因を見抜いて、的確なアドバイスを送ってきた。しまった、そうえばソードスキルについて教えるのを忘れていた。いい機会だし、ソードスキルの使い方も教えておこう。
◇ Side コハル
「せやぁっ!」
片手用直剣基本技《バーチカル》
青いエフェクトと共に手にした片手剣が閃き、その斬光は獲物であるフレンジーボアへと吸い込まれ、ポリゴンと共に消失させる。
「と、まあこんな感じで、武器ごとに技――ソードスキルって言うんだけど、それが設定されていて、自分で武器を振らなくても構えとタメさえ作ればシステムが勝手に技を繰り出してくれるんだ」
「べ、勉強になります……」
「コハルの場合は細剣だから……最初は《リニアー》って技を使えるはず。まずはそれ
を当てるところから始めよう」
あの後、アリスから私へのソードスキル講座が始まった。うぅ……強くなってアリスと一緒に戦うって決めたのに、また教わってる……
ちなみに、クラインさん(アリスが私と会えるように助けてくれた人みたいだ)は向こうでもう1人の男の人から同じように講座を受けている。あ、またイノシシの攻撃を食らって悶絶してる。
「えっと……こうして……」
《リニアー》の構えである、細剣を腰に引きつけるような構えを取るものの、一向にソードスキルが立ち上がる気配がない。
「違う違う、もっと腰を落として……こう」
「ひゃっ!?」
ああでもない、こうでもない、と苦戦していると、急に耳元すぐ近くにアリスの声がした。と思ったら私の手にアリスの手が添えられていて――ち、ち、近い!
「後はシステムが勝手に……」
「……あ! いけそう……やぁぁっ!」
身体の奥から何かが立ち上がる気配を感じ、それに抗わず身を任せると引っ張られるようにして身体が動き出す。細剣用基本技《リニアー》
緑のエフェクトを武器に纏わせ、システムにアシストされた身体が、草を食むフレンジーボアへと一直線に突き進む。そして――
「や、やった……!」
確かな手ごたえ。そして破砕音と共にポリゴンが消失し、リザルト画面が表示された。
た、倒せた……!
「おめでとう、コハル」
「ありがとうアリス! あなたのおかげ……で……」
嬉しさがこみ上げ、アリスへと駆け寄ろうとした私の脳裏に先ほどの映像がフラッシュバックした。暖かい手、耳元で聞こえる息遣い。聞こえそうな程高鳴った心臓の音……
「はうぅ……」
「ど、どうしたの?急に」
どうしよう、心臓がバクバクしてる。私、男の人にあんなに近づかれたのはじめ――いや、そういえばベータテストで一回抱きついちゃった!うぅぅ……!きゅ、急に恥ずかしくなってきた……!
「ち、近い……かなって……」
「え!? ……あ、あー……その、ごめん」
どうしよう、顔が熱い。心臓が早鐘を打っていて、アリスにまで聞こえそう。顔、上げられないよ……!
思えば、ずいぶん大胆な事をしてきた。初めて会った男の人に、色々教えてもらうよう頼んで、抱きついて、手も(教えるためとはいえ)握られて……
(でも……嫌じゃ、なかったな)
「その……ごめんって、だから機嫌直して……」
「うぅぅぅ……」
この感覚はなんなのだろう。恥ずかしいのに、なんだか暖かい。その答えを私は知らない。
◇ Side キリト
「……なんだかあっちは青春してんなぁ」
クラインが、やれやれといった表情で肩を竦める。同感だ。
それにしても、あのアリスとかいう男……どこかで見た気が……。男性用初期アバターそのままだし、気のせいかも知れないが……
「で、キリト先生よう。他になんかコツとかねぇのかよ?」
「コツなんてあるものか。実践と反芻あるのみだ」
「ちぇっ。けど正論だわな。うし! いっちょやるか!」
向こうもどうやら立ち直ったようで、少しギクシャクとしながらも狩りを続ける見たいだ。クラインもだいぶ上達してきたし、しばらくは自習にするか。
「ああ、じゃあ狩場が被らないように……けどあまり離れないように移動するか」
「おう!」
クラインと共に移動を開始する。横目で見たコハルは、アリスの指が少し触れただけで大げさに飛びのいている。見てない内に何があったか知らないが、あれ、コハルは相当意識してるな……。
昔、スグが押し付けてきた少女漫画にあんな感じのやりとりがあったな……なんて思いながら次の狩場を探すため、俺達は歩き始めた。
◇ Side アリス
何度か狩場を移動しながら練習を続けていると、いつの間にか日も暮れ、あたりは茜色に染まり始めていた。
「うっし! オレも負けてらんねえな。鍛えに鍛えまくってやるぜ! ……と、言いてぇとこだけど……そろそろメシ食わねぇとなんだよな。ピザの宅配指定してっからよ」
自分とコハルが連携してボアを倒すのを見ていたクラインが、腹の虫を鳴かせながらこちらに近づいてきた。
「ほんじゃ、おりゃここで落ちるわ。マジ、サンキューなキリト。おめぇらもこれからも宜しく頼むぜ」
「こっちこそ、宜しくな」
「はい! 宜しくお願いします!」
キリトとクラインの二人とフレンド登録をした後、クラインは一度落ちるらしくメニューを操作し始めた。そういえばもうこんな時間か……夢中になりすぎてたな。
「………………あれっ?」
コハルやキリトと談笑をしていると、メニューを操作していたクラインが声を上げた。
「なんだこりゃ、ログアウトボタンがねぇよ」
――ログアウトボタンがない?そんな馬鹿な。慌ててメニューを開き、操作する。隣ではコハルもメニューを開いていた。
「うーんと……私のメニューにも出ないみたいです。アリスは?」
「……僕のもない」
「今日はゲームサービス初日だかんな。こんなバグも出るだろ。今頃、運営半泣きかもなぁ」
バグ……ログアウトできないような?
「そんな余裕かましてていいのか? ピザの配達たのんであるとか言ってなかったか」
「……冷めちゃいますね?」
「うおっ! そうだった! 冷めたピッツァなんて、粘らない納豆以下だぜ……」
クラインは頭を抱えてうずくまり始めた。だけど自分はそんな事にかまう余裕がないほどの焦燥感に駆られていた。
待て……このゲームはプレイヤーの自発的なログアウトはログアウトボタンからしか出来なかったはず。それが出来ないなんて致命的な不具合を見逃すか?一体何が……
「ボタン以外にログアウトする方法ってないんでしょうか」
「マニュアルにも、その手の緊急切断方法は一切載ってなかった」
「っつーことは、このバグが直るのを待つか、誰かがギアをはずしてくれるのを待つかどっちかしかねぇのか」
「いや……」
「ただのバグじゃない。《ログアウト不能》なんて今後の運営にも関わる大問題だそれなのに運営からのアナウンスも緊急対応の動きもない……妙だな」
キリトも不審がっているようだ。正式版がリリースされてから、結構な時間が経った。なのに一切その手の不具合を告知する動きがなかった。通常なら、プレイヤー全員を強制ログアウトするなりの措置が取られていてもおかしくないはず。なのに……
ふと、視線を上げる。
時刻は五時半を廻り、細く覗く空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。差し込む夕陽が、広大な草原を黄金色に輝かせ、自分は異常な状況にも関わらず、仮想世界の美しさに言葉を失った。
――直後。
世界はその有りようを、永久に変えた。
12/18 視点切り替え時の表記を変えました