SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

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今回オリジナル設定が多数出てきます。

詳細は後書にて


星に願いを3

◇Side コハル

 

 

 

 11月の後半ともなれば、秋もその役目を終えて、色づいていた紅葉は落ち葉となり紅と黄のまだら模様が床を上質な絨毯の如く敷き詰めている。

 

 《はじまりの街》はその広大さに似合わず、軍を警戒してか人影一つ街には無くて、吹き付ける冷たい風も相まって閑散さに磨きが掛かっていた。

 

 そんな街を足早に街路を進むのは私を含めて六人。アリス、アスナ、キリトさんにユリエールさん。そしてユイちゃん。アスナは当然の事としてユイちゃんを預けていこうとしていたのだけれど、アリスから頑として離れず、着いていくといって聞かなかったため仕方なく連れて来ている。

 

「それでな、あそこの木になってる実があるだろ? 一日に何回か実が落ちるらしいんだが……それがうまいらしいんだ」

「へぇぇー……」

 

 《はじまりの街》はそこそこ居たつもりだったけれど、知らなかったなぁ。料理をする立場としては食材アイテムの噂には興味がある。

 

「食べたんですか?」

「いや、取ろうとしたんだけどアスナがさ……」

「みっともない真似はよしなさいって。ユイちゃんも見てるんだから」

 

 どうやら実際に食べたことはないらしい。遠目から見てもみずみずしさが分かる黄色い木の実は確かに美味しそうで、そのまま食べても、ジャムにしたりしてもいいかもしれない。

 

「どんな味なんだろう……」

 

 そうつぶやいた私の独り言は、空へと消えず、隣を歩くアリスによって拾われることとなった。

 

「じゃあ、食べてみる?」

「え?」

 

 そう言い終わらない内に、ゴウッ! という音と共に彼女の姿が掻き消えた。

 

 まるで突風のように駆けたアリスは一瞬にして木の下へとたどり着き、腰を落として思いっきり回し蹴りを叩き込んだ! 紫色のシステムメッセージと障壁に阻まれたものの、その衝撃は木へと伝わり大きくその長身を揺らした。やがてその揺れも少しずつ収まったかと思うと、黄色い木の実が三つほど落ちてきた。

 

「もう……びっくりした! 急に行っちゃうんだもの」

「ごめんって……うん、結構美味しいねこれ」

 

 しゃくしゃくと手に入れた木の実を齧りながら戻ってきたアリスに苦笑いをしながら迎えると、彼女は「はい、あーん」といって齧っていた木の実を私の口元に差し出してきた。

 

「ありがとう。……ほんとだ、なんだか林檎みたいだね」

 

 差し出されたそれを一口齧ると、しゃりっという小気味良い音と共に甘酸っぱい果汁が下の上に広がった。食感としては林檎なのだけれど、味はすももっぽい? 採れたてだからか少し酸味が強いけれど、クセもないしさっぱりとしていてとても美味しい。

 

 そんな事を考えていると、突き刺さるような視線に気がついた。視線の主は……キリトさんだ。口をだらしなく開け、羨ましそうな顔でこちらを凝視している。

 

「いぃなぁ……」

「ちょっとやめなよキリト君、はしたないよ」

 

 アスナが肩を揺さぶってたしなめても石像のように固まってしまったキリトさんは微動だにせずこちらを凝視したままだ。その様子がなんだかおかしくて、アリスと顔を見合わせてくすりと笑う。

 

「はいこれ」

「えっ……いいのか?」

「いいもなにも、食べたかったんでしょ? その為にいくつか取ってきたんだし……アスナと一緒にどーぞ?」

 

 呆気に取られた顔のキリトさんに、アリスは手に持っていた木の実のうちの一つを差し出した。そしてユリエールさんにも一つ手渡すと再び木の実にかじりつく。

 

「さんきゅーな! ……んぐ、少し酸っぱいけど確かに美味いなこれ。ほらアスナも」

「ホント……食感は林檎なのに味はすももみたいなのね。不思議な感じ」

 

 キリトさんが齧った木の実をそのまま口にしたアスナにあれ? と思う。アスナってああいうの苦手っていうか、恥ずかしがるイメージだったんだけど……あ、やっぱり駄目だったようだ。自分が何をしたのか気がついて顔を赤らめた。一方のキリトさんはアスナの変化に気づかずきょとんとしたままユイちゃんに木の実を食べさせている。

 

「ふふふ……なんだか初々しいですね」

「ですよね。見てて微笑ましいです」

 

 結婚したての新婚さん然としたその姿に、思わず頬が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、シンカーさんが閉じ込められたダンジョンってどこなんですか?」

 

 迷い無く前を歩くユリエールさんに話しかけると、返ってきた答えはとても簡素なものだった。

 

「ここ、です」

「……ここ?」

 

 意味が分からず、思わず首を傾げる。

 

「《はじまりの街》の……中心部の地下に大きなダンジョンがあるんです。恐らくシンカーはそこに……」

「マジかよ……」

 

 キリトさんがうめくように、額に手を当ててつぶやいた。

 

「ベータテストの時にはそんなの無かったぞ。不覚だ……」

「そのダンジョンの入り口は黒鉄宮――つまり《軍》の本拠地の地下にあるんです。恐らく、上層攻略の進み具合によって開放されるタイプのダンジョンなんでしょうね」

 

 へぇえ、そんな仕掛けがあったなんて……。ということは他の層でも何か変化があるのかな。上層攻略に行き詰ったら一度振り返るのも良いかもしれない。

 

「基部フロアにあるにしては、そのダンジョンは恐ろしく難易度が高くて……基本配置のモンスターですら六十層相当のレベルがありました。そのせいで、シンカーの救出が難しくなっていて……。キバオウが使った回廊結晶はモンスターから逃げ回りながらダンジョンの相当奥でマークしたものらしくて、シンカーがいるのはそのマーク地点の先なのです。レベル的には、一対一でなら私でもなんとか倒せなくはないのですが……連戦はとても無理です。失礼ですが、皆さんは……」

「えっと、まあ……」

「六十層くらいなら、平気だろ」

 

 現在の私のレベルは86。アリスにいたっては90に達しているので六十層なら全くもって問題は無い。それに今回はキリトさんやアスナもいるのだ、むしろ戦力過多ともいえる。

 

「よかった……ですがもう一つ気がかりな点が。先遣隊に参加していたメンバーから聞き出したのですが、ダンジョンの奥で……巨大なモンスター、ボス級の奴を見たと」

 

 四人で顔を見合わせる。

 

「ボス……六十層のボスってどんなだっけ?」

「えっと、石で出来た鎧武者で……名前が出てこないや」

「あぁ……なんだったっけ。でもあんまり苦労はしてないよね」

 

 大丈夫だろうということで結論をだし、ユリエールさんに「大丈夫だと思います」と答えると今度こそほっとしたようで胸を撫で下ろしていた。ちなみに、第六十層のボスは《カブル・ザ・サムライロード》という名前で、アリスの言うとおり石で出来た鎧武者のようなボスだった。第十層の《カガチ・ザ・サムライロード》の上位版のような存在で、固い上に素早いと厄介な特徴を持ち合わせていた。しかし、それ以外に特筆するような仕掛けはなく、十分に対策をして挑んだ結果時間は掛かったもののそれほど苦労せずに攻略することが出来たボスだった。

 

 そんな話をしている間に、黒鉄宮へとたどり着いた。正面へと向かわず、裏手に回り歩くこと数分。たどり着いたのは……堀?

 

 いや違う。堀の脇から水面近くまで伸びる階段がある。除きこむとそれは地下へと続いているらしく、暗い穴がぽっかりと開いていた。

 

「ここから宮殿の下水道に入り、ダンジョンの入り口を目指します。少し暗くて狭いのですが……」

 

 そこでユリエールさんは一回言葉を区切ると、ちらとアリスと手を繋いでいるユイちゃんへと視線を移した。

 

「私、怖くないよ!」

 

 すると、心外そうな顔でユイちゃんは主張した。その様子を見てくすりとアスナが笑い、言った。

 

「大丈夫ですよ、この子、見た目よりずっとしっかりしていますから」

「うむ、きっと将来はいい剣士になる」

 

 キリトさんのその発言に、ユリエールさんと目を見交わして笑うと一つ大きく頷いた。

 

「では、行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

「うおおおおっ! りゃああああっ!」

「……なんか、すごいね」

「溜まってたんでしょ、休暇中で」

 

 下水道に入ってから数分後、私達の目の前では蹂躙劇が繰り広げられていた。

 

 二刀を装備したキリトさんが敵集団が現れるたびに突撃し、暴風のようにちぎっては投げ、ちぎっては投げ。私もアスナも出る幕が無く、ただ苦笑いをしながらその光景を眺める事しか出来なかった。

 

「ねえ、ねえコハル」

「なぁに?」

 

 くい、くいと袖を引かれたので見てみれば、アリスがそわそわとした様子でこちらを見上げていた。

 

「私も行ってきて良い?」

 

 ああ、そういうことか。キリトさんのバーサーカーっぷりに当てられたのだろう。いいよと承諾してユイちゃんを預かると、嬉しそうな顔で両片手剣を装備して駆け出していった。

 

「キリト! 私もやる!」

「おっ、来たかアリス! どっちが多く狩れるか勝負だ!」

「よしきた!」

 

 さらに数分後。

 

「やりぃ!」

「くそっ……ずるいぞそのビカッて光るの! 反則だ反則!」

「残念でしたー! れっきとしたソードスキルですー。奥義技なんですー!」

 

 暴風は二つに増え、重なり合い、颶風へと進化した。ヌメヌメとしたカエルのようなモンスターも、黒光りするハサミをもったザリガニ型モンスターも、全て等しく嵐の前に数秒と持たず塵と化す。

 

 ユニークスキル持ちが二人も、それも適正レベルよりもかなり下のモンスターを相手取っているのだ。オーバーキルにも程がある。

 

 両片手剣のスキルは範囲スキルが多く、また移動速度二倍のボーナスが付いているため集団戦闘にめっぽう強い。単騎にて千を屠る無双の一振り。それが《英雄之剣》、アリスの剣。

 

 しかしキリトさんの《二刀流》も、攻撃範囲の広さでは負けておらず、更に手数という点では《英雄之剣》より遥かに優れているので二人の競争は一進一退を繰り返していた。

 

「す、すごいですね……」

 

 暗く湿った地下水道から、黒い石造りのダンジョンに進入してからすでに数十分が経過した。ダンジョンは予想以上に広く、モンスターの数も多かった。しかしバーサーカー二人のお陰で手持ち無沙汰のままこうしてダンジョンの七割程度を踏破してしまった。

 

「二人とも子供なだけですよ」

 

 大はしゃぎでモンスターを狩り続けている二人をアスナがそう評すると「ひどいなぁ」と言いながらキリトさんが戻ってきた。

 

「結構いいアイテムも落ちてるんだぜ」

「いいアイテム?」

 

 キリトさんが手早くウインドウを操作すると、その表面にドチャっという湿った音と共にグロテスクな肉塊が出現する。

 

「……ナ、ナニソレ?」

 

 顔を引きつらせるアスナに対して、キリトさんは少し得意げになって説明を始めた。

 

「カエルの肉! ゲテモノなほど旨いっていうからな。後で料理してくれよ!」

「絶、対、嫌!!」

 

 アスナが叫び、ウィンドウを操作した。直後、キリトさんが「あっ! あああぁぁぁ……」と世にも情けない顔で悲痛な声を上げ崩れ落ちた。きっと共通のウィンドウから先程の肉塊を削除したんだろう。

 

 そういえば、アリスも同じモンスターを狩っていた筈。まさかと思いウィンドウを開いて確認すると……あれ? それらしいアイテムがない。

 

「アリス、カエルのお肉は?」

「あぁ、あれ? 食材アイテムって書いてあったけど、流石にカエルは食べたいと思わなかったから捨てちゃった。……食べたかった?」

「うーん……どんな味か気になるけど流石にあれを料理するのはちょっとね」

 

 ゲテモノ料理って、良く美味しいと言われていて気にはなるのだけれど、やはり見た目が見た目だから気後れしてしまう。

 

「ふふっ……」

 

 くすり、と小さく噴出す声がして、振り返る。

 

「あ、すみません。笑うつもりはなかったんです」

「ごめんなさい、騒がしくて……」

 

 あれ、なんかデジャブ。随分前にもこんなやりとりをしたような……?

 

「なんだか不思議ですね、貴女方は。最前線で戦い続ける、私達にとっては雲の上のような存在なのに、こうして見てみると普通の年頃の女の子達で……それだけ、ここが歪んだ世界って事なんですよね。本当なら、私達大人が貴方達を守る側に居なくてはいけないのに……」

 

 言うと、ユリエールさんはその表情に陰を落とした。

 

「多分ですけど、それは違うと思います」

 

 現実での私は只の学生で、ユリエールさん達のような大人から色々と学んで、守られ、成長していく。それがこの世界では、私は誰よりも前に立ち、剣を振るい戦っている。そのあべこべな状況になった事にはきっと理由がある。

 

「このゲームが始まった時、皆レベル1で……スタートは一緒でした。だから、大人も子供も関係なくて。……今でこそ、攻略組だなんて言われてますけど、私最初はモンスターの一匹も倒せなかったんですよ?」

 

 そんな私を育ててくれたのは、アリスだ。

 

 再びキリトさんと競争を始めた彼女を見て、微笑む。彼女を見ているだけで心がぽかぽかと暖かくなり、勇気が湧いてくる。

 

「この世界は、元はゲームでした。だから比較的若い人が多いですし、1万本しか発売されなかったので手に入れた人もバラバラです。だからこそ、皆自分の力で強くなる必要があった」

 

 前にキリトさんに教えてもらったことがある。SAOプレイヤーの年齢層を見ると一番多いのが二十代だそうだ。攻略組と呼ばれるプレイヤー達もまた、その年代のプレイヤーが多い。

 

 誰かに守られるでもなく、自分の力で立ち上がり、戦って強くならなければならない。ここはそういう世界だ。

 

 この世界ではHPが0になると――死ぬ。そんな世界で戦い続けるなんて、狂気じみたそんな行為を続けられるのはきっと理由がある。

 

「攻略組と呼ばれる人達が、どうして最前線に居られるか。その理由って……只単純に負けず嫌いだからだと思うんです」

「負けず……嫌い?」

「はい。強い装備が欲しい、強いステータスが欲しい、そして一番強くなりたい。その想いが強いから、このデスゲームの中でも戦い続けられるんじゃないでしょうか」

 

 攻略組の中でもトップクラスのレベルの高さを誇るアリスとキリトさんなんて究極の負けず嫌いだしね。ほら、今も向こうでぎゃあぎゃあと騒ぎながらどっちが多く倒しただのと言い争っている。

 

「……はは、ということは、攻略組は負けず嫌いの集団ということですか」

「あくまでも、私の勝手な思い込みですけどね」

 

 皆が皆そうだとは思わないけれど、きっと根本はそこにある。

 

「それでは、……コハルさんも負けたくないから戦っているんですか?」

 

 キリトさんと言い合いながら今もモンスターを狩り続けている最愛の彼女を見つめ、答える。

 

「そうですね……私も、きっと負けたくないんだと思います」

 

 誰にとは、言わないけれど。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンも深部へと進むに連れて、水中生物型が主だったモンスター達は階段を降りるほどにゾンビだのゴーストだのといったオバケ系統に変化していった。

 

「アリスお前……オバケが苦手だったんじゃあ!?」

「以前までの私だと思うなよーっ?」

 

 キリトさんが、オバケ系統のモンスターとも普通に戦えているアリスに驚きの表情を浮かべている。

 

 アリスはオバケが苦手だ。以前六十六層で肝試しを行った際に腰を抜かしてしまう程に。しかしそのせいで戦えなかったことが余程悔しかったらしく、苦手を克服する! と息巻いてホラーエリア行脚の旅に出た。その甲斐あって「倒せるのであれば怖がる必要もない」と、こうして普通に戦えるまでになった。今でも怪談話とかは苦手みたいだけれど。

 

 ソードスキルには《聖属性》なるものが存在する。ゴーストやゾンビといったモンスターに特攻がある属性であり《英雄之剣》にはその聖属性が付与されたソードスキルが多く存在し、実はオバケ系統のモンスターにめっぽう強かったりする。

 

 何匹目とも知れない黒い骸骨剣士を閃光を帯びたアリスの剣が両断すると、その奥から暖かな光の漏れる通路が見えた。

 

「あっ、安全地帯よ!」

 

 アスナが言うと同時に、索敵スキルで確認したのかキリトさんとアリスが頷いた。

 

「奥にプレイヤーが居るね。グリーンで……二人?」

「シンカー!」

 

 もう我慢出来ないという風に一声叫び、金属鎧をがちゃがちゃと鳴らしながら走り始めるユリエールさんの後を慌てて追いかける。

 

 右に湾曲した通路を駆けること数秒間。やがて前方に大きな十字路とその先にある小部屋が目に入った。暗闇に慣れた目には眩い程の光が満ちたその小部屋の入り口には二つの人影があり、そのうち片方が激しく両手を振っている。

 

「シンカー!」

「ユリエーーーール!」

「なんやと!? ……アカン! 来るな!」

 

 静止する声に僅かに速度を落とす。アリス達もぎょっとして速度を緩めるが、ユリエールさんは聞こえていないのか一直線に部屋に駆け寄っていく。

 

 ふと、視界の端――直角に交わる右側死角部分に黄色いカーソルが出現した。《The Fatal-scythe》 運命の鎌……? そして《The》という定冠詞はボスモンスターの証。

 

「ボスモンスター!?」

「だめ――っ!! ユリエールさん、戻って!!」

 

 黄色いカーソルがすうっと左に移動した。このままでは後数秒もしない内にユリエールさんと衝突してしまう!

 

「キリト!」

「ああ!」

 

 私達の前方を走っていた二人の姿が掻き消えた。加速時の衝撃に周囲の壁がビリビリと震える。

 

 瞬間移動にも等しい速度で数メートルの距離を縮めた二人はユリエールさんに飛びつくと剣を床に突き刺し急制動をかける。ぎゃりぎゃりという金属の悲鳴と夥しい量の火花が散った。十字路の直前で止まった三人の眼前を巨大な黒い影がうなりを上げて通り過ぎる。

 

「コハル! ユリエールさんをお願い!」

 

 アリスはそう叫ぶとキリトさんと共にボスモンスターを追い左の通路に飛び込んでいった。アスナと共にユリエールさんを抱え起こし、通路の向こう側――安全エリアへと押しやり、信じられないものを見た。

 

「え……キバオウ、さん?」

「お前……《聖女》か? なんでここにおるんや……」

 

 頭をドリアンのような奇抜な髪型に纏めている男性は、かつて私達と何度も関わりを持ち、《アインクラッド解放軍》を結成したリーダー。そして――この事件の発端であり、シンカーさんを罠に嵌めた張本人の、キバオウさんだった。

 

「何でここにっていうのはこっちの台詞です! シンカーさんを罠に嵌めた貴方が何でここに一緒にいるんですか!」

「罠に嵌めたってなんの事や! 嵌められたのはこっちの方や!」

 

 嵌められたのはこっちの方? 話が噛み合わない。詳しく聞きだしたいところだけど……今はアリスの方が心配だ。

 

「ユリエールさん! ユイちゃんを頼みます!」

 

 アスナがユイちゃんをユリエールさんに預け、細剣を抜き通路の左――ボスとアリス達の居る方へ駆け出した。それを追う様にして私も部屋を飛び出す。

 

「キバオウさん! 後で話は聞かせてもらいます!」

 

 辿りつくと、剣を下げた二人とボスモンスターが対峙している所だった。奥でゆらゆらと不気味に浮いているのは、死神のようなモンスター。ボロボロの黒いローブを纏った、2メートル程の人型のシルエット。手に持つ大鎌は凶悪に歪んでおり、その刃からはぽたぽたと血の雫が滴り落ちている。

 

 ぎょろり、とフードの奥から覗く血走った目がこちらを射抜いた。

 

 背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒が全身を襲った。なに……このモンスター。()()()感じが脳内に大音量で警鐘を鳴らす。かつてクォーターポイントで目にしたフロアボスモンスターのような威圧感。何故? レベル的には対したこと無いはずなのに……

 

「コハル。こいつやばい。私とキリトの識別スキルでも殆ど見えない。多分、九十層クラス……」

「そんな……っ!」

 

 九十層クラス……!? なんで第一層にそんなモンスターが……。

 

「話してる暇は無さそうだ。来るぞ!」

 

 ゴウッ! という轟音と共に巨体が唸りを上げながらこちらに迫ってきた。私は武器を構え防御の姿勢を取っているアスナとキリトさんに向かって叫ぶ。

 

「受けちゃダメ! 避けて!」

 

 二人は弾かれたように回避行動を取り、ギリギリではあったが避けきることが出来た。

 

「九十層クラスのボスモンスターだとパラメータがどれだけ高いか分かりません! 攻撃は受けずに、回避に専念してください!」

 

 ボスモンスターがアクティブになったことでこの通路一帯にフィールドが張られたのを先程目視した。ダンジョンにおけるフラグ級モンスターはアクティブ状態になると逃走不可のフィールドを張るようになっている。この状態から脱出するには、転移結晶を使うかボスを倒すかの二択しかない。そして……

 

「やっぱり……結晶無効化フィールドにもなってる……」

 

 七十四層のボス部屋が結晶無効化フィールドになっていたという話を聞いたときから嫌な予感はしていたが、これでほぼ確信が持てた。七十四層より先のボスモンスターは結晶無効化エリアが設定されているとみて間違いないだろう。これで転移結晶を用いての脱出も不可能になった。ということは、だ。

 

「倒すしか、ない……」

 

 果たしてそれは可能なのだろうか。こちらはユニークスキル持ちが二人居るとはいえ、四人。相手は遥か格上のボス。回復結晶も使えず、スイッチローテもほぼ不可。こんな状況で、一体どうやって戦えば……。

 

「コハル、さっきキリトが言ってたんだ。今夜、アインクラッドの気象設定では流星が見れるかもしれないって」

「……え?」

 

 アリスは穏やかな、絶体絶命の状況だというのに場違いな程落ち着いた声色で言った。

 

「だからさ、こいつを倒したら一緒に見に行こうね。絶対」

 

 ふにゃりと歪められたその双眸に、戦闘中だというのにくすりと笑いが漏れた。

 

 ああそうだ。可能か不可能かなんて関係ない。やるんだ、私達で。この死神を倒して、アリスと流星を見るために。

 

 思考をフル回転させ、ボスを倒す方法を模索する。

 

 こちらは四人、敵の強さは未知数。取り巻きが居ないことだけは不幸中の幸いか。フィールドは幅が広いものの一直線の通路。この状況で出来る、最善の作戦は――

 

「アリス! キリトさん、アスナ! ……絶対に、生き残ろう!」

「「「応!!!」」」

 

 こんなところで、死んでたまるもんですか。

 

 私は愛剣を強く握り締め、この状況を打破する為の作戦を声高々に叫んだ。

 

 

 




オリジナル設定

・《はじまりの街》の木の実がなっている木は、破壊不能オブジェクトなのでもぎ取ることは不可。しかし、一定以上の攻撃力のある打撃を加えることで衝撃で木がゆれ、攻撃力に応じた木の実が落ちてくる。

・《聖属性》 アンデット系モンスターに特攻の着く属性。各武器種によって多少の差はあるもののどの武器にも聖属性のソードスキルは存在する。アンデットには特攻だが、プレイヤーに対しては効果が半減する。SAOIFから流用

・《地下ダンジョンのボス及び結晶無効化フィールド》 アニメにてボスがアクティブになった瞬間、壁がなんらかのエフェクトに覆われたのと、安全エリアあるにも関わらずキリトが逃げ込まなかった為、逃げ込めなかったという事で上層のボスモンスターがアクティブになると安全エリアなどに逃げ込めないよう不可視の障壁を張るという設定。それに加え七十四層のボス以降結晶無効化エリアになっているなら九十層のボスでも同じだろということで。

軍のプレイヤーが安全エリアに回廊を登録出来たのはボスに気づかれる前に一目散に安全エリアに駆け込んだ為。
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