◇Side アリス
「今回の事件の犯人――それは、殺人ギルド
そう告げたディアベルの言葉に、この場に居る全員が押し黙った。
殺人ギルド《笑う棺桶》
このゲームでは、プレイヤーキル……PKと呼ばれる行為は絶対の禁忌とされている。なぜならば、HPが0になる事がすなわち現実の死を意味するこのデスゲームでは、プレイヤーがプレイヤーのHPを全損させることは殺人と同義だからだ。
しかし、それを公然と行うプレイヤー達がいた。それがレッドプレイヤーであり、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》だ。
彼らは数々の手口を開発し、今までに100人を超えるプレイヤーをも殺害した。
PKは、何も彼らだけが行っていたわけじゃない。他にも、過去PKをした者達もいた。
オレンジプレイヤーと呼ばれるその者達は、口をそろえてこう言った。曰く「ここでHPが全損したところで本当に死ぬのかは分からない」と。皆、怖かったのだ。自身が殺人者となることが。だから皆一様にその現実を否定した。これはゲームだからと。
だが彼らは違う。彼ら……《ラフィン・コフィン》は、ゲームオーバーが現実での死であることを理解したうえでPKを行う、最悪の快楽殺人集団だった。
今回、ディアベルが語った「二つの勢力を意図的に争わせ、同士討ちをさせる」というのも彼らの手口の内の一つであり、彼ら自身が手を下したのは100名超だが、彼らが裏で暗躍して殺めたプレイヤーの数を含めればその数はさらに増大するだろうと言われていた。
だからこそ、ディアベルはこのような手口を取った《ラフィン・コフィン》こそが犯人だと口にしたのだろう。
だけど、それはにわかには信じがたい話だった。何故なら――
「《ラフィン・コフィン》だと? そんなはずがあるか! 奴らは俺達が――!」
キリトは途中で口を噤み、その先は口にしたくないとばかりに俯いた。
キリトが口にした通り、彼らが犯人というのはありえないのだ。
何故なら、彼らは二ヶ月前程に壊滅したはずだから。
2024年8月。かねてより暗躍を続けていた《ラフィン・コフィン》に対し、《血盟騎士団》や《聖竜連合》を初めとした攻略組有志50名による捕縛作戦が決行され、その結果殺人ギルド《ラフィン・コフィン》は壊滅した。
それには、私とコハルも参加していた。当時の事を思い出し、ぶるりと背筋が震える。
アジトを急襲しようとした私達は、情報の漏洩により逆にそのアジトにて奇襲を受けた。捕縛を目的とした私達は思うように戦うことが出来ず、数の上では有利だったはずがPKをすることになんらためらいを見せず、笑いながら凶刃を振るう彼ら相手に苦戦をした。
その時だ、《ラフィン・コフィン》の内の一人が、攻略組有志による「討伐隊」の一人を殺したのは。
そこから先は、地獄が待っていた。完全にタガが外れた《ラフィン・コフィン》の猛攻に、それに抵抗する「討伐隊」の戦いは、もはや捕縛作戦という形は微塵も残っておらず、ただの殺し合いと成り果てた。
結果、討伐隊からは11人、《ラフィン・コフィン》からは22人が死亡という最悪の結末を迎えた。
両陣営から多くの犠牲を出したものの、12名のメンバーを捕縛することに成功はした。そうして《ラフィン・コフィン》は壊滅したはずだった。私やコハル、そしてキリト達に大きな傷跡を残して。
身体が震えるのを抑えながら、視線を横に向ける。隣に立っていたコハルは、顔から血の気を失っておりカタカタと自身の身体を抱くようにして震えていた。
たまらず、その手を取る。大丈夫だよという意味を込めて。何があっても、私がコハルを守るから。
「ありがとう、アリス」
私に手を取られハッとしたコハルは、小声でそう告げると一つ、二つ深呼吸を始めた。やがて身体の震えは治まったのか、未だ顔は険しいもののどうにか立ち直れたようだった。
「その件については聞いているよ。正確には《ラフィン・コフィン》の犯行ではなく、その残党の仕業だと俺は睨んでる」
ディアベルはそんな私達の様子を見て少し慌てたようにして訂正した。そして一つ間を作ると、そのまま自身の考えを語り始めた。
「噂が出始めた時期と、キバオウ達が罠に掛けられた時期が合致しているからね。これは二つの件が同一の人物及びグループによって行われたと見て間違いないだろう。《軍》と《DKB》を争わせ壊滅させて得る利益なんてものも皆無だ。考えられる動機として私怨があるけれど、個人の恨みだけで起こせる騒動だとは思えない。複数犯の可能性はキバオウとシンカーが否定しているよ」
「自分で言うんもなんやが、うちらのもんに積極的に戦争を起こしたろうっちゅうキモの座ったもんはおらん。それが攻略組最大派閥の《聖竜連合》なら特にな」
「一部のギルメンが暴走してるのは僕達も理解してるよ。耳の痛い話だけれど、彼らは自分達が守ってやっているという事に酔っていてね……。彼らがちょっかいを出すのは自分達より下のプレイヤー達だけなんだ」
キバオウとシンカーの言葉を聞いて、私は今朝の出来事を思い出した。私とコハルが女性プレイヤーだと侮っていた《軍》の彼らは、私達に敵わないと見るやすぐさま踵を返し逃走したことを。なるほど彼らに攻略組である《聖竜連合》と戦争をしようだなんて企む度胸は無いと思った。
そして《聖竜連合》の方は、《軍》を壊滅させたところで悪戯に消耗するだけで得られる利益は皆無だということ、そしてなによりラフコフ捕縛作戦以降から《聖竜連合》はプレイヤー同士の戦闘に対して殊更嫌悪感を示しているとディアベルから報告があった。
「でも、第三者の犯行であるなら、どうやって二つのギルドに噂を広めたんだろう……」
それらの話を聞いて、コハルがそう呟いた。
キバオウとシンカーが罠に掛けられてから、私達が救助に向かうまで約3日。その間には既に両ギルドには噂が流れ戦争ムードが蔓延していたという。
噂というのは、その信憑性が重要だ。その噂がまったくの荒唐無稽なものであれば、それは広まる前に霧散してしまうだろう。なのにたった3日で両ギルドのほぼ全員にまで広まっていたのはどういう手段を使ったのか、それがコハルの抱いた疑問のようだ。
「……もしかして、幹部メンバー?」
その疑問に答えたのは、アスナだった。
「アスナ、どういうこと?」
「えっとね、ギルドの……特に大きなギルドになるほどその幹部って発言力が増すのよ。それは自ギルド内だけじゃなくて他ギルドにも及ぶわ。それこそ、噂の信憑性が高まる程に」
アスナ曰く、大きなギルドのメンバーになるだけでかなりの箔が付くという。そして幹部ともなればその影響力は推して図るべしだと。
「つまり……事件の犯人は、どちらかのギルドの幹部メンバーで、かつラフィンコフィンの残党……ってこと?」
「ああ、恐らくは。そして、今アルゴさんに頼んでこの噂の出所を探ってもらっている所でね。それが分かれば――っと、そうこう言っているうちに結果が出たみたいだ」
ディアベルはウィンドウを数回操作すると、送られてきたであろうメッセージを見てにやりと口角を上げた。
「どうやら、犯人は余程情報管理が杜撰だったみたいだね。あまりにも呆気が無さすぎて呆れたと書かれてるよ」
犯人は、キバオウたちを罠に欠けた後自分で両ギルドに噂を流布した。つまり、その噂の大元を辿ればそれはイコール犯人そのものということ。
キバオウは、その人物の名を口にする。
「噂を流した人物、そしてこの事件の犯人。それは――」
◇Side ???
《はじまりの街》から程なく離れた森の中、男は自身が展開したウィンドウの一部を見てほくそ笑んだ。
そこには、自らが所属しているギルド――《アインクラッド解放軍》のメンバー一覧がずらりと並んでおり、それを上へとスクロールすると最上部に己の名が刻まれていたからだ。それは自分が《軍》の団長となった事を意味する。
ギルドの団長がその権利を消失するにはいくつかの方法がある。
一つは最も単純で、団長が死亡した場合だ。その場合、自動的に副団長が団長へと移る。そしてもう一つはメンバーの過半数以上の解任投票があった場合だ。その場合は、団長を除いた全メンバーによる投票の末新たな団長が決定する。
最後の一つ、それは団長がギルドの業務を一定期間以上行わなかった場合。
ギルドの団長の業務は多岐に渡る。入団希望者の処理や、クエストによるギルドへの貢献、ギルド本部の管理費用の支払い等だ。それら全てを長期間に渡り行わなかった時、団長はシステムによって解任され、団長に告ぐ立場にある副団長がその座を受け継ぐ形になる。
そして今回は、その最後の一つの方法によって男が団長となったのだった。
もう少し時間が掛かると思っていたが、あのキバオウの事だ、痺れを切らして無謀にも安全エリアから飛び出しあそこをうろつくボス級モンスターにでもやられたのだろうと男はそう結論を出した。
(これで、やっと戦争が起きる……)
これから起こるであろう凄惨な未来に男は笑いを堪えきれず、くつくつと忍び笑いを漏らす。
男は、現実では何の特技も持たないいたって普通の人間だった。仕事も趣味も熱中するものは何一つ見出せず、ただ惰性のように毎日を過ごしていた。唯一の趣味らしい趣味といえば、過去の戦争を描いた映画やドラマを視聴する事だけ。
自分以外の、才能のある人間達が多数殺しあう。それを傍観するのが男はたまらなく好きだった。
そんな折、SAOが発売された。男は当初それほど興味は湧かなかったが、友人に熱心に勧められ苦心しながらもなんとかナーヴギアとSAOを購入する事に成功した。
そしてデスゲームが始まる。
男は、宙に浮かぶ大男のデスゲーム宣言に、心から恐怖し――そして歓喜した。
SAOには、PKがある。つまり……目の前で、命の奪い合いが見れる、と。
それからというものの、小さな争いの火種を巻こうと対立を煽ったり扇動しようとしたり色々と手段を講じたが、周りのプレイヤーはPKという行為を中々取ろうとはしなかった。それも当然の事で、ほとんどのプレイヤーが日本という法治国家で育っており、意識的に殺人をしようなどとは考えなかったからだ。また、モンスターという命を脅かす存在が居ることで、プレイヤー同士で争う暇が無かったという事もある。
男はどうしたものかと頭を悩ませた。どうすれば、プレイヤー同士で争う光景が見れるのかと。
「本物の戦争が、見たくはないか?」
そして男は、転機を迎えた。後に殺人ギルド《ラフィンコフィン》のリーダーとなる男、PoHから勧誘を受けたのである。
PoHは自身のギルドに勧誘しながらも、男に今所属している《ALS》から脱退しないように告げた。周囲と諍いを起こしながら攻略を進める《ALS》は、今後大きな衝突をするだろうと。そしてそれは男が《ALS》内部で情報を操作することにより大きな争い……戦争になると。
その後、男はPoHの指示に従い、表は《ALS》の幹部として。裏は《ラフィンコフィン》のスパイとして密かに活動していった。それは《ALS》が攻略組を脱落した後、《MTD》を吸収合併し《アインクラッド解放軍》となった後も続いた。
しかし、《軍》は男の思った通りに動かなかった。男の扇動によって小さな争いはそこかしこで起こるものの、PK自体は全くと言って良いほど行われなかったのである。
それは、団長であるキバオウのせいでもあった。
キバオウは、犯罪者狩りを信条としておきながら、最後の一線……PKだけは決して行わせなかったのである。
程なくして、《ラフィン・コフィン》自体も壊滅してしまった。噂では、リーダーのPoHだけは捕縛できなかったそうだが、それ以外のメンバーはほぼ全て監獄に行くかその場で死亡したという。
男は嘆いた。《ラフィン・コフィン》が壊滅したからではない。男にとって、PoHは最高の戦争ショーを見させてくれるであろう男だったが、自ら手を汚すことはしたくなかった男にとって、殺人ギルド自体はどうでも良かったからだ。
何に嘆いたかといえば、それはその現場を見ることが出来なかった事だ。プレイヤー同士による、壮絶な殺し合い。その光景はきっと心弾み胸が躍る様だったろうと男は思いを馳せる。
男は丁度その時、キバオウ達と共にギルドクエストに出かけていた。そして戻ってきた時には全てが終わっていた。更に悪いことに、なにやら《軍》と《聖竜連合》が合併するという話を偶然耳にした。もしもそれが成立してしまえば、戦争が起きる可能性は皆無になってしまう。
それから二ヶ月。悩みに悩んだ男は一つの作戦を思いついた。
戦争が起きないのであれば、自分がその理由を作り、起こせばいいのだと。
標的は、件の《軍》と《聖竜連合》。和平が結ばれようとしている最中、どちらかの陣営が裏切ればそれは十分な理由となるだろう。障害は団長であるキバオウとシンカーだったが、それは逆に戦争の切欠になると男は閃いた。
そして作戦は功を制した。キバオウとシンカーを罠に嵌め、両ギルドとも戦争ムードが高まった。男に団長の権限が移ったのは望外の僥倖だったが、別にそれが無くとも近いうちに戦争は起こっただろう。男が団長となったことで《軍》側から仕掛ける事が容易になっただけだ。
なんにせよ、これで舞台は整った。後は、いつ開戦させるかという事だが……それはこれからゆっくりと考えれば言い事だ。
そこまで思考したところで、ぴたりと男の足が止まった。前方から、複数のプレイヤーの反応があったからだ。
警邏から戻ってきた《軍》のメンバー達かと思い、その顔を上げると――男の表情が驚愕に固まった。
「よう、何やら楽しそうやな。なんかいいことでもあったんか」
前方からやってきたプレイヤー集団。その先頭には、見知ったドリアンのような髪型の男――《軍》の団長であったキバオウが居たからだ。
「キバオウ……何でここに……」
「どうしたんや、ワイは無事に戻ってきたんやで。もっと喜んでも、ええんちゃうか。……のう、ジョーよ」
キバオウは、気さくな声でそう言いながらも、表情は固く険しかった。
そしてキバオウの周りには、同じく罠にかけたはずのシンカー。そして《聖竜連合》のリーダーであるリンドの姿があった。
男――ジョーは、そのメンバーから作戦がバレのかと動揺した。しかし、次いだキバオウの台詞に安堵する。
「ところでな、ジョー。ワイは今、ワイらを罠に嵌めたアホを探し取るんや。何か、知らんか?」
その台詞に、ジョーはまだバレていないと緊張を解いた。
「な、なんの話っスか。俺には全く見当も着かないっスよ」
「ほうか……話ではな、どうやらラフコフの仕業やっちゅうことや。ジョー……お前さんの身体、調べさせてもらうで」
そう聞いた瞬間、ジョーは全てを察した。
爛々と光るキバオウ、リンド、シンカーの目が語っている。疑いではなく確信を持って自分に近づいてきたという事を。
「悪いけど、言い逃れはできないよ。噂を流した張本人は君であるということは調べ上げてあるんだ」
「《軍》のギルドリーダー二人への殺人未遂と、戦争幇助の罪でお前を拘束する。大人しく着いてきてもらおうか」
何故、キバオウ達が無事に出てこられたのか。ジョーには理解が出来なかった。あのダンジョンを攻略出来るプレイヤー等《軍》にはいないはずだ。そして《聖竜連合》には二人を救出する理由がない。
「不思議そうな顔しとるな。……ワイらが助かったのは、黒と紅、蒼に閃光のおかげや。……残念やったな」
キバオウから告げられた名は略称ではあったものの、ジョーはそれが誰なのかを理解した。そして遅まきながらも、自分の背後に控えている四人のプレイヤーの気配を察知する。
完全に包囲されていると知り、ジョーは膝を着き崩れおちた。
「……抵抗は無意味や。命は取らん。牢屋で反省してこいや」
キバオウは、項垂れるジョーを確保しようと近づく。
その時だった。
「くっ……くっふふ……くくく……」
ジョーが、突如として笑いだしたのだ。
「なんや、何がおかしい」
言いながらも、キバオウはずんずんとジョーに近づいていく。
「「キバオウッ!!!」」
手が届く範囲までキバオウが近づいたその瞬間、ジョーはギラリと目を光らせ、いつのまにか手にしていた短剣を閃かせた。
暗殺スキル《フェイタル・ブロウ》
相手が非戦闘状態かつ、自身の半径二メートル以内に居る場合のみ使えるそのソードスキルは、命中すれば必ず
いち早く殺気を感じ取ったアリスとキリトがジョーの後方から疾駆する。しかしキバオウを貫かんとする闇色の軌跡を防ぐには距離が離れすぎていた。
「ひゃははははははッ! 死ねやぁあああああッ!」
ジョーはどうせ捕まるのなら、最後に目の前のこいつだけでも道連れにしてやると高笑いをあげた。ここで自分がキバオウを殺しても、どうせこいつらは俺を殺すことは出来ないと高をくくって。
しかし、その目論見は失敗に終わった。
「こんの……ドアホウがあッ!!」
キバオウは、自身に迫る凶刃……それを握る手を掴むと脚を払い、そのまま勢いを利用して宙へと投げ飛ばしたのである。
体術スキルカウンター技《霞投げ》
ジョーは、キバオウが無手であるため容易く殺せると侮っていた。しかし、キバオウは長らく攻略組を退いていたとはいえ元攻略組筆頭ギルドのリーダー。更に最近はディアベルのレベル上げに付き合っていたため、キバオウ自身のレベルも上がっていた。当然のように《体術》スキルも習得しカンストしていたのである。
「がっ……」
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気を全て吐き出させられたジョーだけが、何が起きたか理解できずに困惑していた。
キバオウはジョーの手から零れた短剣を蹴飛ばして遠ざけると、その脚をそのままジョーの胸元に置き、威圧するように腰をかがめた。
「自分の手ェ汚すことが怖くて逃げとる臆病モンに、ワイが殺られる訳ないやろ。この、アホンダラ」
その剣幕に気圧され、ジョーは意識を手放した。
こうして《軍》そして《聖竜連合》の両ギルドを巻き込み戦争になりかけた事件は、犯人の捕縛により幕を閉じたのだった。