SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

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星に願いを7

Side アリス

 

 

 事件解決から数時間後。私はコハルを連れて《はじまりの街》から少し離れた場所にある、小さな丘の上へとやってきていた。

 

 時刻はまもなく午後22時を迎えようとしている。既に陽は完全に落ち、空は満点の星達が競い合うようにして輝き光を放ち続けている。

 

 私たちがやってきたこの丘は周りに遮蔽となるものは何も無く、灯りも月と星のみ。上を見上げれば広大な夜空がどこまでも続く一大パノラマとなって広がっていた。

 

「うわぁ……すごい……。もうそれしか言葉が思い浮かばないよ」

 

 コハルは満点の星空を眺め、大きなため息を一つこぼすと、吸い込まれそうな夜空に向かって手を伸ばした。

 

「これがゲームの世界で、全部が0と1のデータだなんて信じられないよね」

 

 見渡した星空では、大小様々な星々が煌いている。

 

 ふと、その星の中で一際大きな輝きを放つ……見知ったものをいくつかみつけた。

 

「あれ? あれって……夏の大三角形?」

 

 デネブ、アルタイル、ベガの1等星の三つで構成される、誰しもが知る星の形。それを秋である今見つけられたことに疑問を抱いた。

 

「ほんとだ……。あ、でも聞いたことあるな。夏の星座とかは秋でもまだ見えることがあるって。……流石にヘラクレス座とかは見えないね」

 

 二人してあれでもないこれでもないと、見知った星座を探し出す。程なくして見つかったのは、秋の大四角形、みずがめ座、やぎ座、はくちょう座の四つだけだった。

 

「きっと他にも沢山星座はあるんだろうねぇ。……けど知らないと全然分からないや」

「そうだね。……現実に帰ったら、プラネタリウムに行ってみない? そしたら、解説もしてくれるし分かり易いんじゃないかな」

 

 コハルの提案に、それは名案だとばかりに笑顔で頷いた。今はプラネタリウムもVR技術を取り込んでいて、まるで自分が宇宙空間に居るような体験が出来るプラネタリウムがあるらしいので、楽しみだ。

 

 見上げた星空の壮大さに、ため息をまた溢す。そしてふと右手が寂しくなり、そっとコハルに近づくと腕を取った。左腕を抱くように身体を寄せると、コハルは優しく微笑むと同時、身体を預けてきた。

 

「今日は、大変だったね」

 

 コハルの言葉に思い出されるのは、今日一日にあった出来事の数々。沢山の事がめまぐるしく動き回り、大変だなんてものじゃなかったけれど、けれどもそれを上手く言葉にする事が出来ずに「うん、大変だった」とまとめた。

 

「ディアベルを見てて、思ったんだ。……英雄之剣は、私なんかよりあの人にこそ、相応しいんじゃないかって」

「……どういうこと?」

「私は、あの人みたいに頭も良くなければ、あんな絶望的な状況でも皆を助けようと諦めない強さも持ってないんだよ」

 

 事実、コハルと離れていたたった半年間で、私の心は荒みきり、自殺まがいの単独ボス攻略にまで乗り出すまで壊れていた。

 

 私は、弱い。今回も、キリトが居なければユイちゃんはオブジェクト化すら出来なかっただろうし、そもそもコハルやアスナ達がいなければあのボスにあっという間に負けていただろう。私には、何も出来ないと今回の事件で痛感してしまった。

 

「それは違うよ、アリス」

 

 私の弱音を、黙って聞いていたコハルは、そんな事は無いとそれを切り捨てた。

 

「私は、アリスが居なければここまでこれなかった。きっと《はじまりの街》でいつまでも閉じこもっていたままだった。隣に貴女がいたから、私は頑張れたんだよ」

 

 それにね、とコハルはふわりと微笑み続ける。

 

「キリトさんでも、ディアベルさんでもダメなんだよ。私にとって、アリスが……私の大好きな貴女が、たった一人の私のヒーローなの。それは他の誰にも代われない、アリスじゃなきゃだめなんだ」

 

 だから、誰がなんと言おうとその《英雄之剣》はアリスにこそ相応しいと。コハルは誇らしげにそう言った。

 

「そっか……そっかぁ……」

 

 誰よりも大切な人に、自分が必要だと求めてもらえる。それは私が抱えていた不安をあっという間に吹き飛ばし、余りある歓喜は心だけでなく身体を震わせた。

 

 そして一つ、私の中にとある決意が生まれた。

 

「うん……決めた。決めたよコハル」

「何を決めたの?」

 

 生まれたばかりのそれを確かめるように口にすると、コハルはどこか楽しそうに聞き返してくる。

 

「えっとね……まだ内緒!」

 

 これはまだ、彼女に伝えるには恥ずかしさが勝ってしまう。小さな子供のようなこの思いは、それを成し遂げられた時に伝えよう。

 

 コハルも「なにそれ」と楽しげに笑いながらもそれ以上聞いてくることはしなかった。

 

「……ぁ…………」

 

 視界のまっすぐ先の夜空に唐突に、一筋の線がすっと流れた。

 

 その直後、細い線が幾筋も輝き始める。それは雨粒のように、あちらこちらでスルスルとなだれては零れていく。

 しし座流星群。その幕開けだった。

 

「「うわぁ……っ!!」」

 

 星が降ってくるようだった。いや、それは実際に星が降る夜だった。無数のきらめく光が長い尾を引いて次々と流れては消えていく。それは夢の景色のように、ただひたすらに、美しい眺めだった。

 

 私とコハルは、言葉を忘れたかのようにその景色に釘付けになる。目をこれでもかと一杯に開き、焼き付けるようにその流星群を眺め続けた。

 

 ああ、そうだ願い事をしなくちゃ。

 

 視界を覆いつくさんばかりの星々に、祈る。

 

 どうか、コハルとずっと一緒に居られますように。

 

 ぎゅっ、と寄り添う彼女に、それでも足りないとさらに密着した。

 

 この、愛しい彼女といつまでも一緒に居られますようにと、星に願いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 事件から数日後、両ギルドに蔓延していた戦争ムードはキバオウ、シンカー両名が戻ってきたことにより霧散し、束の間の平穏が訪れていた。

 

 これから、両ギルドは大きく変わることとなる。ディアベルを頭とした、巨大なギルドが新たに生まれるのだ。そして今日は、その事をギルドメンバー全てに通達する日だった。

 

「旧《アインクラッド解放隊》全メンバーの集合を確認」

「《MTD》も、全メンバーが集まっているよ」

「同じく、《聖竜連合》も全て揃っている」

 

 第一層《はじまりの街》転移門広場。そこには2つのギルドを構成する全てのメンバーが集結していた。今後のギルド運営に関する重大な発表があると聞き、集まったのである。その数、実に2000に届こうとしていた。これは現在生き残っているプレイヤーの約3分の1を占める。

 

 それぞれのギルドのメンバーは、何故ここに集まったのか、そして自分達の他に集まっているメンバーに驚きを隠せない様子で、広場はどよめき騒然となっている。

 

「ディアベル、これはあんたに返すよ。……キバオウ達とそう約束したからな」

 

 その光景を眼下に納められる位置に、今私達は居る。両ギルドのリーダー、そしてその行く末を見届けようとする私とコハル、それにキリトとアスナだ。

 

 キリトは、ウィンドウを操作すると一つの装備を取り出した。

 

 全長は3メートルほど、美しい銀白色のそれは、槍のようでありながら刃は無く、先端から中ほどにかけて布を留められるような金具がついている。

 

 《フラッグ・オブ・ヴァラー》 ギルドフラッグと呼ばれたそれは、第五層でボス攻略時一度だけ手に入る、それを装備したものが近くに居るだけで、ギルドメンバーを強化する装備だ。

 

 私達は、それを当時対立していた《ALS》と《DKB》が決定的に決裂してしまう要因と考え、阻止するために少人数でボスを倒し、入手していた。

 

 その後、やってきたキバオウにキリトは言った。これを譲渡する条件として、これ以降の層でもう一本同じ装備が手に入るか、または両ギルドが手を取り合って一つのギルドになるかだった。

 

 そして今、二つのギルドは一つになろうとしている。であるならば、そのギルドフラッグはリーダーであるディアベルの手に渡されるのは当然だった。

 

「ギルドフラッグ、確かに受け取った」

「その装備を持ったからには、それに相応しいリーダーになってくれよ?」

「ああ、約束しよう。この装備に恥じないリーダーになってみせるさ」

 

 ディアベルはフラッグを受け取ると「重いな」と呟く。重いというのは装備重量の事ではなく、その身に掛かった期待の重圧の事だろうというのは、なんとなくだけれど想像がついた。

 

「ディアベルはん、時間や」

 

 キバオウが、約束の時間を告げた。その時、ディアベルの手に握られた旗竿を見て少し複雑そうな表情を浮かべる。

 

「それがギルドフラッグか。……こんな形でそいつがお目にかかれるとは、分からんもんやな」

 

 当時、その旗を手に入れるために奔走していたキバオウには、何か思うところがあるのだろう。苦々しいような、それでもこれからの未来に期待をするような、そんな表情。

 

 しかしすぐに顔を引き締めると「ワイは先にリンドと広場を治めとく」と言って外に出て行った。

 

「キバオウはあれでジョーの事を信頼してたみたいだからね。あんなことになって少し気落ちしていたんだ。……彼はそれを認めようとしないけど」

 

 ディアベルは誇らしげに、キバオウについて語った。ああ見えて、意外と繊細なところがあると。

 

「さて、それじゃあ俺も……行ってくるよ。キリトさん、アリスさん、コハルさん、アスナさん……見ていてくれ。これが、アインクラッド攻略の希望の光になるはずだ。いや、させてみせるよ。この旗に誓って」

 

 ディアベルは、開いたメニューを数回タップした。

 

 すると、白銀の旗竿にばさりと一枚の布が現れる。その布は、中央に一つのシンボルマークが添えられていた。

 

 半分は、《アインクラッド解放軍》のギルドマーク。もう半分は《聖竜連合》のギルドマークが、少しアレンジを加えられ、しかし一目でそれと分かるように調和されその上から大きな十字架が描かれている。

 

「それが……新しいギルドのシンボル?」

「ああ、これが《聖十字軍》の旗印だ」

 

 ディアベルはそう言って、白い歯を見せ笑う。

 

「それじゃあ、行って来る」

 

 旗を担ぎ、広場へと向かう彼を私達はただ黙って見送った。

 

 

 

 

 

 

「皆! まずはこの場に集まってくれてありがとう! 俺の名前はディアベル、職業は……気持ち的に《ナイト》をやっている! ……ああ、なんかこの挨拶をするのも随分と久しぶりだ。俺の事を知ってる人も、知らない人も、まずは一つ聞いて欲しい。今回皆に集まってもらったのは他でもない……今日、《アインクラッド解放軍》及び《聖竜連合》は統合し、一つになるって事を伝えるためだ」

 

 ディアベルのその一言に、集まったプレイヤー達が一斉にどよめいた。信じられないといった表情の者、どういう事だと憤慨する者、中には、この場に集められたメンバーからなんとなく想像がついていたのか納得したように頷く者も居る。

 

「既にこの事は、両ギルドのリーダーから承認を得ている。そして新しく生まれた《聖十字軍》のリーダーは俺が務める。まずは、そうなった経緯を話させて貰うよ」

 

 ディアベルは語った。二つのギルドの中核となっている《ALS》と《DKB》は元は志を共にした同士だったこと。それが、自分が前線を退いた事で二つに分かれてしまったこと。そのときのリーダーは自分だったが、事情があって長い間表舞台に来れなかったこと。

 

「何を今更と思うかもしれない。《聖竜連合》の皆からしてみれば、《軍》と手を組むことの意義が分からないかもしれない。でもこれは絶対に必要な事だと俺は思う。その根拠として――まず、皆が今居るこの圏内は必ずしも安全とは言えないという事だ」

 

 その一言で、広場にはまた喧騒が広がった。

 

 後ろで控えていた私達も、ディアベルの言葉に驚き、一斉に視線を集める。

 

「圏内はシステムが定めた、絶対的な安全が保障されているルールだ。この場に居る限りモンスターは進入できないし、プレイヤー同士の戦闘もダメージが発生しない。だけど考えてみてくれ。このルールは、不変なのか? 俺はそうは思わない。現実世界でも、スポーツのルールが変わるように、法律が改変されるように、いつかこの圏内というシステムが変わってしまうんじゃないかと、俺は確信している」

 

 圏内が、安全ではなくなる。それがどういう事か理解出来なかった者はこの場には一人としていないだろう。今まで、モンスターにいくらダメージを受けようと、追い回されていようと、圏内にさえ入れば回復することが出来た。それが出来なくなるという事は、今までよりも格段に危険が増すという事だ。

 

 そして何よりも、闘う手段を持たない《はじまりの街》に留まっているプレイヤー全てに命の危険が迫るということ。

 

「このゲームは、攻略が進むたびに先の層が開放されるだけじゃなく、以前の層でもなんらかの変化が起きている。その変化は攻略を有利にするだけじゃなく、不利なものにする事があるというのを、皆は知っているはずだ」

 

 思い出されるのは、七十四層での事。今まではありえなかった、ボスの部屋での結晶無効化空間。そして一度入ったら出ることが出来なくなるというギミック。その変化は、以降の攻略に多大な影響を及ぼすだろうという話を。

 

「この《はじまりの街》が安全で無くなった時、闘う力を持たない子供達や女性はどうなる? その時彼らを守れるのは、他でもない、俺達なんだ!」

 

 ディアベルは、一つ一つ語って聞かせるように話を続ける。

 

「彼らを守るだけじゃなく、この世界から解放するためにゲームを攻略する必要がある。これはどちらか一つだけじゃダメだ。両方、やらなくちゃならない。俺達が希望の象徴として最前線に立ち続ける事も、各安全圏の治安を守ることも、両方だ。そしてそれは、《アインクラッド解放軍》そして《聖竜連合》の二つが手を組めば達成できるものだと俺は確信してる!」

 

 広場に広がっていた喧騒は、ディアベルの言葉で次第に治まり、静寂が場を支配する。

 

 ディアベルは一度言葉を区切ると、大きく深呼吸をしてから再び話し始めた。

 

「《聖竜連合》が最前線を攻略し、《解放軍》が皆の安全を守る。お互いにリソースを分配し合えば、今よりももっと多くの事が出来るはずだ」

 

 ただ、と前置きしてからディアベルは続ける。

 

「急な話で、皆には信じてもらえないかもしれない。もし、俺の考えに賛同できなければこの場を離れてくれて構わない。新しく設立したギルドに加入するのは、皆の自由だ」

 

 そこで一度間を作ると、ディアベルは子供のような無邪気な笑みを浮かべながら言った。

 

「でもさ、このゲームがクリアされたら、きっとこの事件の事はニュースになる。その時、俺達の事はなんて説明されるかな。ゲームを勇敢に攻略しながらも、闘えないプレイヤーを守り続けた。そんな風に俺達の事が取り上げられたらさ……それは、最高にかっこ良くないか?」

 

 そこで話を終えたディアベルは、広場に集まったメンバーの反応を待つ。やがて、誰かが呟いた「それは確かに……かっこいいな」と。それに他の誰かが賛同した「ああ……まさに、英雄みたいじゃないか」と。

 

 その声は全体へと広まり、瞬く間に広場を覆っていった。

 

「英雄か……ああ、そうだな、もし俺達がこのゲームをクリアできたなら、英雄だなんて言って貰えるかもな。……なろうぜ、俺達で――英雄に!」

 

 瞬間、大きな鬨の声が《はじまりの街》を揺るがした。

 

 この日、この時、いままで対立していた《アインクラッド解放軍》と《聖竜連合》が手を組み《聖十字軍》として生まれ変わった。

 

 両ギルドからは全メンバーが新ギルドに加入し、総数二千を超える超巨大ギルドが立ち上がる事となる。そしてその事実は情報屋によって広められ、全てのプレイヤーの希望の象徴として最前線へとその名を連ねるのだった。

 




随分と長くなってしまいましたが、『星に願いを』編はこれで終了となります。

この後閑話を少し挟んだ後、最終章へと移ります。

尚、この話では一部他作品の表現を流用した事をこの場で記載いたします。
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