SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

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気がつけば、この作品を投稿し始めてから1年が経過していました。

なんとも感慨深い気分になりましたが、同時に投稿期間空きすぎて申し訳なさをひしひしと感じます……。


剣の世界2

Side アリス

 

 

 フロアボスの鎮座するフィールドは、全てがかなりの広さを持つ。

 しかしその広さもまちまちであり、広がる空間の大きさによってボスの体躯も比例するように大きくなる。それでいくと、今回の部屋を見る限りボスはかなりの巨躯を誇りそうだった。

 形状はドーム状。いつぞや私とキリトがヒースクリフと決闘したあの闘技場よりも広く、周囲をぐるりと取り囲んだ黒く高い壁が、遥か頭上で湾曲し閉じている。

 

 三十六人全員が部屋に入り、自然と陣形を組む。ヒースクリフ率いる《KoB》が最先端で、その次にキリトやアスナ等のアタッカー。中央やや後ろにコハルやユナの支援系プレイヤーが位置し、それを守るようにタンク職(あくまでも自称だけれど)が取り囲む。

 もう何度も繰り返し行ってきた陣形だ。戦闘前のブリーフィングで話すまでも無く、皆よどみない動きでこの基本陣形を組めるようになっていた。ここからボスのパターンを見抜き、それによってまた陣形を変えたりするのだけれど、ボスの情報が少ないときは、どんな状況にも対応できるようにこの陣形をよく使用する。

 

 私はコハルのすぐ隣に陣取り、剣をぎゅっと握り直した。

 背後で、轟音と共に大扉が閉まった。これでもう後戻りは出来ない。後は、ボスを倒すか――私達が全滅するかの二択だ。

 

 緊張感に包まれること、数秒。ボスはまだ現れない。痛いほどの沈黙が支配する中、一秒、また一秒と過ぎていく。

 神経を張り詰め、五感の全てをフル稼働させ周囲を警戒する。やがて、ほんの微かな、何かが擦れる音が耳を捉えた。

 私が弾ける様に上を見上げるのと、アスナが声を上げたのは同時だった。

 

「上よ!!」

 

 それは、天井に張り付くようにして蠢いていた。

 私が視線を向けた瞬間、SAOの《ディティール・フォーカス・システム》が作用し、その威容を惜しげもなく精細なものとしてくれる。

 でかい。そして、とてつもなく長い。

 ゾッと、生理的嫌悪感が全身を貫いた。天井を這うその姿はまさにムカデそのものだったから。

 複数の体節で区切られた、無数の骨。それが全長おおよそ十メートルほどもあり、人間の背骨を彷彿とさせる。頭頂部と思わしき場所には一際大きな頭蓋骨がこさえられていて、流線型に歪んだその中央に、四つの眼窩がある。

 顔の横から伸びる……腕だろうか。大きく突き出たそれの先端は、鎌のように鋭く弧を描いている。

 

 上を見上げていた誰かが、「あ」と声を漏らした。

 ゆっくりとドームの天井を這っていた骨百足――第七十五層フロアボス《The Skullreaper》はその足を大きく広げ――レイドの真上に落下してきた!

 

「固まるな! 距離を取れ!」

 

 ヒースクリフの鋭い叫び声が、凍りついた空気を切り裂いた。我に返った全員が、弾かれたように散り散りになった。

 だけど、3人だけ……落下地点中央のプレイヤーが反応に遅れ、どちらに移動するのか迷っているようだった。

 

「こっちだ!」

 

 私の丁度反対側に避難していたキリトが叫ぶ。その声に呪縛が解かれた3人が走り出す……けれど、その背後に百足が落下した瞬間、床が大きく震えた。足を取られた3人が、たたらを踏んでしまう。そこに向かって、百足の右腕――長大な鎌状の刃が横薙ぎに振るわれた。

 3人が同時に切り飛ばされ、宙を吹き飛ぶ間にも猛烈な勢いでHPバーが減少していく。黄色の注意域から、赤の危険域へと――

 

 果たしてそれは、完全に0になる前、ほんの数ドットを残して停止した。

 

 HP上昇のバフが無ければ死んでた……!

 

 SAOはレベル上昇に従いHPも相応に増えていく。今回ボス戦に参加したメンバーは、攻略組の中でも高レベルのプレイヤーばかりの為、いかにボスの攻撃と言えど数発の連続技であれば耐えられる筈だった。

 それがどうだ、鎧に身を包んだ防御力の高そうな三人が一撃で瀕死にまで追い込まれた。私やコハルなら、まともに食らえば即死は免れないだろう。

 

 吹き飛ばされ、衝撃から立ち直れていない3人にボスが追撃を加えようと左の鎌を振り上げた。ボスの攻撃力のあまりの高さに、他のプレイヤーは足が縫い付けられたかのようにその場から動くことが出来ずにいた。当然だ、あの鎌の一撃を受けてしまえば、死んでしまうかもしれないのだから。

 百足はボスらしく、無慈悲に、容赦の一切を向けずに振り上げた鎌を下ろし――

 

 即死が怖いとかいってる場合じゃない!

 

「させる……ものかぁああッ!!」

 

 震える足を、身体を叫ぶ事で無理矢理動かしボスへ迫る。同時に、声にスキルを乗せた。

 

 英雄之剣スキル《ブレイブ・シャウト》

 

 緋色のエフェクトを立ち上らせながら、ボスの鎌を迎撃する。

 両腕に、今まで味わった事のないほどの衝撃が走った。足を踏ん張りなんとか耐えようとするが、火花を散らしながら迫る鎌は止まる事は無く眼前へと迫り――

 

 その時、新たな剣が三本、私の左右から大鎌をしたたかに打ち付けた。

 

「悪い! 遅れた!」

「キリト! コハル、アスナ!」

 

 キリトとコハル、そしてアスナの三人だ。

 

「押し返すよ!」

 

 コハルの声にあわせ、勢いが殺がれた鎌を全身の力を振り絞って押し返す。

 

「……鎌は俺とアスナが引き受ける!」

「アリスとコハルは本体をお願い!」

 

 言いながら、再び振り下ろされた鎌を二人は完璧にシンクロした動きで弾き返した。隣では、激しく火花を散らしながら大鎌をたった一人で受けきっているヒースクリフの姿があった。

 少しの逡巡。ここを任せてしまっていいのか。ちょっとでもミスをしたら、二人は……。

 

「アリス、行こう」

「でも……」

 

 迷う私に、コハルは手を引いて言った。

 それでも後ろ髪が引かれる私の目を、コハルは真っ直ぐに見つめてきた。

 

「ここは二人に任せよう。あの二人のコンビネーションに、私達は邪魔になっちゃうよ。だから、私達は私達で出来ることをやろう」

 

 そう言ったコハルの手や声は、微かに震えていて――ああ、不安なのは一緒なんだ。だけど、それでも二人を信じて、この場を任せようとしてる。

 視界の端に、鎌の猛攻を凌ぎ続けている二人を捕らえた。その動きは寸分の狂いもなく同調しており、完成された演舞のようにも見えた。

 

「わかった。行こう、コハル。早いところ本体を倒さなくちゃ」

「うん!」

 

 コハルと二人、頷き合いその場から駆け出す。

――後ろで再び衝撃音。だけどもう、振り返ることはしなかった。

 

 

 

◇Side コハル

 

 

 

「ごめんなさい、遅くなりました!」

 

 キリトさんたちに後を任せ、後方に辿りつくと流石は攻略組というべきか、それとも指揮する人物の手腕がいいのか既に体勢は立て直されておりボスへのアタックが試みられているところだった。

 指揮する人物である青髪の騎士姿風の男性――ディアベルさんに声を掛けると、彼は強張った表情のままこちらを振りむいた。

 

「ん、アリスさんにコハルさん。あっちはいいのかい?」

「はい、キリトさん達ならきっと大丈夫です。それに、ヒースクリフさんもいますし……私達は、一刻も早くボスのHPを削りきるべきだと判断しました」

「そうか……助かるよ。こっちも色々試して情報を得ようとはしてるんだけどね……状況は、あまりよろしくない」

 

 こうして会話している最中にも、ディアベルさんは即興で作った何組かの集団に指示を飛ばし続けている。

 みたところ、鎧装備の防御に重点を置いたプレイヤーを3つに分け、ローテーションしながらボスの攻撃を凌ぎ、その隙にアタッカーが一撃を加え離脱する方法を取っているようだった。

 ボスの攻撃力がこちらのHPを一撃で全損させる程高いこの状況では最善と言える采配だ。それをこの数分間で構築したあたり、やはりディアベルさんの指揮官としての腕は舌を巻くほどだ。

 

「現時点で分かった敵の行動パターンは、鎌での攻撃を除くと尾による振り下ろし、なぎ払いの2パターンのみ。脚には鋭利そうな爪がついているけどそれを用いての攻撃は今のところないよ。で、こっちの攻撃はあまり効いてないようにみえるかな。強いて言えば、打撃属性の武器がダメージ通りやすい位だ」

 

 こちらに現段階での情報を教えてくれたディアベルさんの表情は、その状況の悪さに比例するように苦々しいものだった。

 攻撃パターンは少ないとはいえ、一撃一撃が即死級。かつあの巨体故に広範囲にもわたり、防御力も非常に高い。悪い夢であって欲しいくらいの絶望的な有様だった。

 

「なら……弱点を探さないと、ですね」

 

 攻撃が通り難いのであれば、通りやすい所や、通りやすい攻撃を探すのはボス攻略の……いや、戦闘のセオリーだ。

 

「弱点……ここまでくると、それすらもあるかどうか怪しいけど……」

「いえ、それは絶対にあります」

 

 私が断言すると、ディアベルさんは意外そうな顔をして言った。

 

「その根拠は?」

「この世界――このゲームは、いくら不可能に見える状況だろうと絶対に何か突破口が用意されています。この世界がゲームであるために、詰んでしまう状況は作れない……作っちゃいけないから」

 

 一番最初、この世界の始まりであの男――茅場晶彦は言っていた。

 

 『これはゲームであっても、遊びではない』

 

 それは、裏を返せば遊びではなくとも、ゲームではあるということだ。

 キリトさん曰く、このゲームは既に人の管理の手を離れ、カーディナルというAIが全て自動で運営を行っているらしい。

 では何を管理、運営しているのか? それは勿論――このゲームがきちんとクリアできるように、だ。絶対に勝てない敵が居る事が分かってて、誰がゲームを攻略しようというのだろう。

 この世界を創造した茅場晶彦は、私達をここに閉じ込めた犯罪者だけど、同時にクリエイターでもあるのだ。なら、そこを違えるはずがないというのが私の推論だった。

 ただ一度だけ、モンスターに《破壊不能オブジェクト》の特性が付与されていたりしたけれど、それはその奥にあるGMコンソールを守り、人目に触れないようにするためで、通常の攻略である階層ボスには絶対に攻略法があるはず。

 

 それを説明すると、ディアベルさんは納得がいったという風に鷹揚に頷いた。

 

「なるほど……じゃあ弱点があるという前提で動いてみようか」

 

 そう言うとディアベルさんは素早く各班に指示を飛ばした。出来るだけ色々な種類の攻撃方法を試してみるらしい。

 その傍らで、私は――必死に記憶を探っていた。

 

 私には、特別な力なんてない。

 

 キリトさんの様な剣技も

 アリスの様な勇気も

 アスナの様な頭の良さも、何もない。

 

 けど、それでも。私が彼女達と肩を並べて戦うために、何もしてこなかった訳じゃない。

 小規模の集団の指揮を取れるように学び、そして――作戦を立てるために、ありとあらゆる情報を記憶した。

 私は、自慢にはならないけど、記憶力にはちょっとした自信がある。だから――これまでの、全てのMOBの情報を調べ、集め、分析して、記憶した。

 その数は、およそ1027体。七十五層までの全モンスターの弱点と行動パターンを全部覚えている。

 

 その中から、今回のボスに一番近そうなモンスターの情報をピックアップする。

 骨……恐らくアンデッド系。百足……昆虫系。とすれば、恐らく弱点になりえそうなのは――

 

「ディアベルさん、関節を……身体の節や脚の付け根を狙うよう指示を出してください。そこなら、剣や槍でも攻撃が通るはずです」

「分かった!」

 

 私の提言に、疑うことも無くディアベルさんは指示を飛ばし直してくれた。

 昆虫系のモンスターは今までも何種類か出現していた。そのどれもが硬い甲殻に身を包み、剣や槍などの武器ではダメージが通り辛かったのだけれど、関節や甲殻の隙間はダメージが通るようになっていた。今回のボスは全身が骨だけれど、脊椎のような部分の関節や、脚の節などは存在する。それならば、そこに攻撃を加えれば――

 

「よし! ダメージが通るぞ!」

 

 やっぱり。それに、アンデッド系でもあるなら……

 

「アリス」

「うん、《聖属性》だよね?」

 

 私が名前を呼んだだけで、何をしたいのかを瞬時に察してくれた最愛のパートナーに微笑み、頷く。

 ソードスキルを使用したアリスが、瞬き一つの間にボスに接近し、閃光を帯びた剣でボスの髄節の一つを切りつけた。

 

 両片手剣ソードスキル中級突進技《フラッシュオブトリック》

 

 その一撃で、今までよりも遥かにボスのHPバーが減少するのを見て確信を得る。

 

「《聖属性》です! 《聖属性》の攻撃も通ります!」

 

 ディアベルさんにそれを伝えると、返事を待たないまま私はやや後方に待機している――吟唱スキルを唱え直しているユナさんの下へと走り寄った。

 

「ユナさん! チャントをお願いします!」

「えっ!? でも《ブレイブ・ハート》を解いちゃったら……」

 

 今の前線は、HP増強バフによってかろうじて一撃死を免れている状況だ。それを他のバフで上書きしてしまったら、全ての攻撃が致死へと至るようになってしまうため《ブレイブ・ハート》の維持は必須。

 プレイヤーに掛かる吟唱のバフは1つまでで、それ以外を付与しようとすると上書きされてしまう。

 

 だけど、抜け道はある。

 

「ううん、私がかけて欲しいのは《ホーリィ・トロール》。武器にエンチャントして欲しいの」

 

 プレイヤーには一つしか吟唱バフは掛からないけど……他のバフ――例えば、武器エンチャントなんかは上書きされずに乗る。

 武器に属性のエンチャントをするためにはアイテムを消費する必要があるけれど、私は吟唱スキルにもエンチャントするスキルがあることを知っている。

 伊達に指揮官を名乗ってはいない。アリスの《英雄之剣》は別としても、キリトさんの《二刀流》やヒースクリフさんの《神聖剣》等の秘匿されてるユニークスキルに関しての知識は少ないけれど、情報が出回っているスキルなら全部頭に叩き込んである!

 

「……っ! わかりました!」

 

 こちらの意図を察してくれたのか、ユナさんは《ブレイブ・ハート》を謳い終えるとすぐに違う曲を奏で歌い始めた。

 

 鈴の音のような、清らかな歌声に乗って効果範囲に居るプレイヤーの武器が共鳴するかのように震え、光を帯びる。

 ユナさんを中心に徐々に共鳴は広がっていき、さながら輪唱のように聖なる歌が空間を支配していく。

 

「よし! 皆ッ! 反撃開始だ!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」」」」」

 

 これで少しは持ち直したはず。

 士気を上げたアタッカー班の猛攻により、ボスのHPバーが一本目の4分の3を割った。

 どうやらこのボスは、高い攻撃力と防御力を誇るかわりにHPは比較的少なく設定されているらしい。きちんと弱点をつけば、早期決着を見込めるはず――

 

 けど、その見通しは甘かった。甘すぎた。

 私はこのボスが――第七十五層のボス、つまり、クォーターポイントのボスであることを失念していた。

 いや、警戒はしていた。けど、それでも足りなかった。

 

 五十層ボスを犠牲者なしで切り抜けられた事が、無意識下に油断を生んでいた。

 二十五層では、事前に情報を得て、しっかりと準備をしていたにも関わらず《軍》が壊滅させられたというのに――そして、五十層ボスだって、前線に復帰したアリスや、その後のヒースクリフさんの援軍が無ければ甚大な損害を被っていただろう程の強さ――ある種の理不尽さがあったことを、忘れていた。

 

 アタッカーの内の一班が、聖属性を帯びた武器でソードスキルを発動させ、切りつけようと殺到した瞬間。ぐっ、とボスの脚に力が込められた。それも、一本や二本だけでなく……百足の名に相応しく、百本の脚全てに。

 それはまるで、跳躍しようとしている人が力を溜め屈むような――

 

「っ! だめ!! 逃げ――」

 

 ボスの巨体が、跳ねた。

 その自重を支えているであろう全ての脚が、込めた力を解き放つように地を蹴り、跳びあがる。

 巨躯を数メートル以上浮かび上がらせ――そして落ちてくる。

 

 刹那、轟音と共に破壊の力が撒き散らされた。

 余波で飛ばされないよう屈んで耐えていた私の耳に届いたのは、ガラスの砕けるような、無慈悲な消失の音だった。

 

「そんな……一撃で……」

 

 もうもうと立ち昇る煙が晴れるとそこには、回避が間に合わなかったアタッカー班5名の姿は無く、ただボスの頭蓋骨の奥から覗く鬼火が揺らめきこちらを見据えていた。

 

「なんでだ!? まだボスのHPは4分の1も削り切ってないはずだ!!」

 

 動揺し、叫ぶディアベルさんの傍らで私は必死に状況を理解しようと記憶を探っていた。

 

 落ち着け、落ち着け、落ち着け――

 今私が思考停止しちゃだめだ。5人の犠牲を悲しむ前に、対策を考えなきゃ……!

 

 ボスの攻撃パターンは正面の鎌による攻撃と、尾の部分の刃での凪ぎ払い、振り下ろしだけだったはず。

 パターン変化? それにしてはタイミングがおかしすぎる。じゃあ最初から今の攻撃がパターンに含まれてた? じゃあ何で今までやらなかった?

 

 待て。やらなかったんじゃなくて、もしかしてやれなかった?

 

 だとすると――最悪だ。

 

「ディアベルさん、あれはパターン変化じゃありません。最初から、攻撃パターンに含まれてたんです」

「最初から含まれてた!? じゃあ何で今まで――まさか!」

「あれは恐らく反撃技……弱点属性で攻撃されたときに行うパターンなんだと思います」

「そんな……無茶苦茶な……」

 

 無茶苦茶だというディアベルさんの言葉に、心から同意する。

 敵の攻撃はこちらを一撃死させかねなく、こちらの攻撃は歯が立たず、かといって弱点を付けば全体に即死級のカウンター技が飛んでくる。

 

 理不尽もいいところだ。

 けど、もう退路は断たれている。生きるためには、このボスを倒さなければならない。

 

 でも……どうすればいいの? こんなの、どうやって倒せば……

 

「……待てよ、なんで今なんだ? 聖属性の攻撃がトリガーなら、もっと早く反撃してくるはずだ。なら――」

 

 ディアベルさんが、何かに気づいたように呟いた。かと思うと、ボスに向かって走りだし、手にした剣で切りつけた。

 

「ディアベルさん! 何を!」

 

 ユナさんのチャントの範囲には、ディアベルさんも含まれている。それはつまり、彼の武器にも聖属性が付与されているということで、それで攻撃したら反撃技が――

 

 ――来ない?

 

 ソードスキルでの攻撃ではなかったため、削ったHPは微々たるものだったけれど、それでも付与された属性の為かボスが苦悶の叫びをあげながら右手の鎌を振り下ろしてきた。

 すかさずヒースクリフさんが間に割り込み、その盾で鎌を弾き返す。

 

「はは……ヒースクリフ団長、助かりました」

「礼はいらないさ。 それよりも、見えたのかな? 突破口が」

 

 一体何が……? 困惑する私を他所に、ディアベルさんはヒースクリフさんに無言で頷き返すと、振り返り、言った。

 

「臆するな! 反撃技は驚異だ!! だが必ず発動する訳じゃない、条件がある! 回数か、ダメージ量か、タイミングか……それを調べるぞ!!!」

 

 条件付き! そっか、だから最初は何もしてこなかった!

 一度は絶望しかけたものの、再び見えた光明に気を取り直す。見ると、他のプレイヤーもその顔に色を取り戻し、武器を握りしめていた。

 

「タンク班は防御に専念! 攻撃はせずに防ぐことだけ考えてくれ! アタッカー班はそのまま攻撃を続行! ただし連撃ソードスキルは使わず、いつでも回避行動を取れるようにしてくれ!」

「「「応ッ!!!!」」」

 「この戦い、なんとしても勝つぞッ!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおッッ!!!!」」」

 

 折れかけた心を、ディアベルさんが繋いだ。全員が奮い立ち、再び攻勢を掛けようとしたが――

 

 絶望がまた、鎌首を持ち上げる。

 

 HPバーを一本削りきったところで、それは起きた。

 

「なんだ? 何の音だ……? いや、これは……声?」

 

 プレイヤーの一人が、そう声をあげる。

 耳を澄ますと微かに聞こえてきたのは、低く唸るような、何かの声。

 そう、それはまるで、アンデッド系モンスター達があげる怨嗟の声に似ていて……

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 続き、目にした光景に言葉を失った。

 

 広間の後方――丁度、私達が入ってきた入り口の辺りからボコリ、ボコリと地面から次々と何かが這い出してくる。

 骨だ。鎧や武器を装備した人骨が、見渡す限りの地面から続々とその姿を現してきた。

 

 アンデッド系モンスターの増援。それも数にしておよそ――100体以上。

 私達の眼前には、ボスモンスター。後方には、呆れるほどの数の取り巻きモンスター。完全に、挟まれた形になってしまった。

 

「これほどの数の取り巻き、一体どう処理しろっていうんだ……」

 

 呆然と、ディアベルさんが溢した。

 理不尽もここまでくると、いっそ笑えてくるほどだ。

 タンク役のプレイヤーを割く訳には行かず、アタッカー役を割いてしまえばそれだけボス討伐が遅れる。そうすると、今ボスの鎌を受け止めている3人が危険に晒されることになり……考えたくないけれど、もしあの3人がやられてしまった場合、全滅は免れないだろう。

 更に、出てきた取り巻きモンスターは、見たところただのアンデッド系モンスターで、《スケルトン》に酷似しているけれど私の記憶にある《スケルトン》よりも上位のモンスターであることが、装備している武器や防具の質から伺える。

 それが100体以上。少人数で挑むには命を捨てるに等しい、無謀すぎる数だ。

 

 見えた希望が、閉ざされる。

 あまりにも強く、理不尽な強さ。希望は全てへし折られ、光明は闇に包まれる。

 誰もが声を失い、項垂れる中で――少女の声が、響いた。

 

「私が行く」

 

 声の主は……紅いコートを纏った少女――アリスだった。

 

「アリスさん……?」

「私が行くよ。ディアベル。あの取り巻きは全部、引き受ける」

「そんな、無茶だ!! あれだけの数がいるんだぞ!」

「でも、それに人数を割いちゃったら、他が崩れる。そうしたら全滅は避けられないでしょ? それに、私なら聖属性の範囲技もあるし、ヘイト稼ぎの手段もある」

 

 適任でしょ? と笑いながらアリスは言った。

 アリスは――私の大好きな彼女は、ディアベルさんですら諦めかけたこんな状況でも、まだ闘うことを諦めていない。前を向いて、自分が出来る事をやりとげようとしている。

 それならば……

 

「待って、アリス。私も着いていくよ。一人より、二人の方がいいでしょ?」

 

 私が諦める訳には、いかない。

 

「コハル……」

「随分前だけど、言ったでしょ? 何があっても、どんなことがあっても、私だけは側にいるからって。それに、一番近くで見てて欲しいって言ったのはアリスだよ?」

 

 何か言いたげなアリスに、有無を言わさず告げると、彼女は諦めたようにふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

 

「一度言い出したら聞かないんだから、もう。誰に似たんだか」

「誰よりも愛してる、貴女に似たんだよ」

 

 アリスにそう微笑み、返すと彼女は虚を突かれたような顔をした後に笑みを深めた。

 

「ディアベルさん、私もアリスに着いて行きます。二人で取り巻きを全て引き付けるので……ボスの事はお願いします」

 

 私の申し出に、ディアベルさんは酷く葛藤をしているようだった。優しい彼らしく、きっと私達二人だけを危険に晒すような真似は許しがたいのだろう。

 

「……すまない。一つだけ、条件を付けさせてもらうよ。全部倒そうと思わなくていい、引き付けるだけで構わないから……絶対に、生き延びてくれ」

 

 懊悩の末に、ディアベルさんは許可をくれた。無言で首肯してから、ボスに背を向ける。

 

 さあ、もう時間がない。こうして話すことが出来たのは取り巻きの歩くスピードがアンデッド系モンスターの例に漏れず遅々としたものだからだ。けどそれももうカシャカシャと骨と装備が擦れる音が聞こえるほどの近さにまで迫って来ていた。

 

「私がコハルを守るよ。だから――」

「――だから、私がアリスを守るね」

 

 たった一言だけの短いやり取り。だけどそれだけで、私達には十分だった。

 

 直後、コンマ一秒のズレも無く同時に駆け出す。

 敏捷ステータスの差で、全力で走ると僅かに私の方がアリスより遅れるが、それでいい。

 モンスターの集団にアリスがソードスキルを打ち込み、切り開いた勢いそのままに飛び込んでゆく。その後を、背中にぴたりと張りつくようにして続き、飛び込んだ。

 

 群れの中心で、アリスがソードスキルを立ち上げる気配がする。それを感じ取る前に、既に私は屈み込み腰から下げたポーチに手を突っ込み、アイテムを二つ取りだしていた。

 

 両片手剣上級範囲技《ブライトネス・エンド》

 

 剣から迸る光が、その刀身を二倍以上にも伸ばし、それを360度振り抜く両片手剣で最大の攻撃範囲を誇る聖属性範囲技。

 スケルトン系モンスターらしく聖属性は弱点のようで、その効果は覿面。攻撃範囲にいたモンスターは全て倒しきることが出来たみたいだ。だけど、ここに来るまでに倒した数を含めても、まだまだ敵の数は多い。

 

 取り出したアイテム――《VITハイポーション》の一つをバックハンドトスでアリスに投げ渡しながら、同じものを一息に飲み干す。

 集団戦で一番危険なのは、脚を止めること。攻撃の被弾等で動きを止めてしまうと、その瞬間四方から別の攻撃が飛んできてそのまま袋叩きにあってしまう。今渡したポーションは、効果時間の間HPやVITを増やしてくれるものだけれど、それだけでなくノックバックを軽減してくれる効果もある。

 

 ――行こっか。

 ――うん!

 

 視線を交わし、今尚こちらへの距離をじりじりと詰めてきているスケルトン達の一区画にこちらから突撃する。

 アリスがソードスキルを発動し、硬直時間に合わせて私もソードスキルを発動する。私が技後硬直する時にはアリスの硬直は解け、再びソードスキルを発動する。

 1フレームの遅れも無く、間断無くソードスキルを繰り出していく。言葉でのやり取りや、視線でのやり取りは必要ない。アリスが何を使用するのか私は手に取るように分かるし、私がその後何をするのかアリスは見なくても分かる。

 

 これは、私とアリスが二人で何度も死線を潜り抜けて来てたどり着いた境地だ。

 意識が繋がり、融合し、誰にも、どんなモンスターでも邪魔をする事の出来ない、二人だけの世界。

 その世界の中で、私達は一つになり、剣を振るい続けた――

 

 




・武器エンチャントに関して
 その名の通りです。アイテムを使用する場合、某ダークソ○ルのように刀身に直接塗布して使用します。
 効果量はアイテム>吟唱ですが、効果時間はアイテム<吟唱になり、何度も塗り直す必要の無い吟唱スキルでのエンチャントをコハルは選択しました。

・コハルの特技
 収集、分析と記憶です。アリスやキリト、アスナに無いコハルの強みとしての設定。全てのモンスターの行動パターンや弱点及び、戦闘スキルの効果、範囲等を詳細に覚えており、すぐに引き出せます。が、戦闘に関係の無いドロップアイテムや生息地に関しては他の攻略組プレイヤーと同程度です。三人に追いつこうと頑張ったコハルだけの努力の結晶。

・コハルとアリスのシンクロ
 原作最後に見せたキリト、アスナの同調のやや上位版。キリト達よりも早く、長く二人で闘い続けてきたため、自分の意思で同調することが可能。また、技の選択から実行までがラグ無く伝わるため、即座に対応する事で二人でずっと俺のターンならぬソードスキルを連打することが可能です。
 デメリットとして、周囲への気配りがおざなりになるため、二人以外にパーティプレイヤー及び味方が居るときは使用できません。
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