◇Side アリス
「っらぁああああああああッ!!」
金属同士が激しくぶつかり合い、火花が散った。
初撃を入れたのはキリトだった。茅場は自身に迫る二本の剣をよどみの無い動きで防いでいく。
横合いから、がら空きの胴に向けて叩き込もうと肉薄する瞬間、茅場がちらりとこちらを見たのが分かった。
タイミングが、読まれてる……?
ブレーキをかけ、急制動、急旋回。
一瞬の内に背後に回りこみ、その背に向けて剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
「ぐぅ……っ!?」
腹部に衝撃。そのまま吹き飛ばされる。
攻撃を受けたためか、HPバーが僅かに減少した。
何が――?
受身を取り、空中で一回転する最中に見えたのは、茅場が蹴り足を戻しながらもキリトの攻撃を防ぎ続けている姿だった。
見ないで、私の動きに完璧に合わせてカウンターしたっていうの……?
茅場は、こちらを一瞥もせずにキリトと剣戟を繰り広げている。
めまぐるしく動く攻防の最中、一瞬だけ茅場の表情が見えた。
あくまでも冷ややかで、かつて一度闘ったときに見せた、人間らしい表情の一切を排除された、機械のような、怜悧な表情。
――ぞくり、と背筋を薄ら寒いものが走った。
こいつは、果たして人間なのか? このデスゲームが始まってから失われた、四千人の命。その四千人の怨念を背負って尚、正気を保ち続けている。それが、人間に出来る事なのだろうか?
それは、人間などではなくまさしく――怪物だ。
「くそぉっ……!」
キリトが勝負を決めにかかった。
いや、違う。キリトも茅場の怪物性に気づき、焦ったんだ。
二刀流ソードスキル上位連撃技《スターバースト・ストリーム》
四方八方、全ての角度から高速で放たれるその技は、かつて茅場とのデュエルで見たそれよりも更に攻撃速度が上回っているように見えた。
今なら――!
キリトのソードスキルを防いでいるその間なら、一撃を与えられると確信した私はそのまま地を蹴り、二人に迫る。
選んだのは、刺突。
今の私に出せる最速で、最短距離を駆け抜け、茅場に剣を突き立てようと迫り――
その背中が、横にずれた。
「なっ――!?」
「くぅっ――!?」
突然開けた視界に映ったのは、十六連撃最後の一撃を振りかぶるキリトの姿だった。
僅かに身を捩り、辛うじてその一撃をすれ違うように回避する。
左手を床に叩きつけ、転倒を避けて振り向いた。
大技を出し切り、その身を硬直させているキリトに、茅場は冷ややかな表情を崩さないまま、止めを刺そうと血色の光を帯びた剣を掲げ、今まさに振り下ろさんとしている。
「させないっ――!」
あらん限りの力を込め、床を蹴る。
限界まで引き絞られた弓から放たれる矢のように、一直線に、その速度を落とさないままキリトへと体当たりをかます。
もつれ合うようにして地面を数度転がり、ややあってようやくその動きが止まった。
「悪い、助かった――」
「どういたしまして……それにしても」
強い。
茅場は私たちに追撃を加える事無く、ただ悠然と構えている。
何度やっても同じ事だと、圧倒的な力量差を誇示するようにただ、こちらを冷静に伺っている。
目の前のこの男が、以前一度戦った事のあるヒースクリフと同一人物だとは思えなかった。
「……あの時は手加減してたっていうの?」
「いいや、手加減などしていなかったさ。あの時は予想を遥かに超える君たちの実力に驚いたのも本当だ。だが……一度闘ったことで君たちの力は把握することが出来た。攻撃パターンも、速度も、あの時以降成長することを加味した上で、今の君たちの力量は全て予測範囲内だと言っておこう」
茅場は、あくまでも表情を変化させないままに、淡々と、機械のように続ける。
「私が二対一という条件を提示したのは、それでも勝てると踏んだからだよ、アリス君、キリト君。言っただろう? 私はこのゲームの最終ボスだと。――ボス部屋に入れるのは三十六人。実際の攻略パーティは更に少数であると予想していたが……それだけの人数を相手取ろうとしていた私が、高だか二人を同時に相手にしただけで不利になる筈が無いだろう――?」
言いながら、その冷徹な表情を全く崩さないままの茅場を見て確信する。
あぁ……この男は本物の――化け物だ。
身体が、茅場から発せられる冷気のような気配にぶるりと震えた。
あまりにも強く、あまりにも冷徹で、あまりにも、容赦の無い。
その姿に――恐れを抱いた。
「うぅ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」
「アリスッ!!」
感じた恐怖を振り払うように、私は駆け出していた。
まだ、やれることはある。
以前のデュエルの際には見せなかった、私の隠し技。《スキルチェイン》なら――
両片手剣最上位十二連撃《リュミエール・ソレール》
光を帯びた剣が、六芒星を描くように宙を走る。
切り降ろし、切り払い、切り上げ――その全てを、茅場は正確無比に叩き落す。
剣も、拳も、脚も、全てが盾に吸い込まれるようにして防がれる。
茅場はまるで足に根が生えているかのように、盾で防ぎながらも微動だにしない。
視線が交錯する。茅場――ヒースクリフの真鍮色の双眸はまるで――失敗作を見るような、失望の色を湛えていた。
――舐めるな!!
十二連撃目を放つその間際、空いた右手を閃かせ《クイックチェンジ》を使用し――
私の身体が、がくんと不自然に止まった。
否、硬直した。
私の中の焦りが、恐怖が、ほんの数フレームの躊躇を見せてしまった。
何をしても、この男には通用しないのではないか。全て防がれてしまうのではないか。
一瞬の躊躇が、《スキルチェイン》を失敗させ、無理な動作を取ったためにソードスキルが不完全な形で解除され、技後硬直を科せられる。
「……ぁ…………」
「これで終わりだ――アリス君」
失望を声に乗せ、ヒースクリフがソードスキルを立ち上げた。
クリムゾンの光芒が、真っ直ぐに私の胸を貫きかけたその刹那。私達の間にキリトが飛び込んできた。
「ぐっ……!」
剣を交差し防いだようだが、割り込んで来た為か、受けた衝撃までは殺しきれずに私諸共後ろに吹き飛ばされる。
私は剣を床に突き刺し、キリトを支えるようにして地に足を着け、動きを止めようと踏ん張る。
ぎゃりぎゃりと、金属音と火花を撒き散らしながら、徐々に静止する。
顔を上げると、そこにはやはり屹然と立ちこちらを見据えているヒースクリフの姿があった。
「今ので決めるつもりだったが……君たちの連携を若干甘く見ていたようだ。修正しなくてはならないな」
ヒースクリフの溢すような言葉を聞きながら、私は体勢を立て直し、キリトの背に向け声を掛ける。
「……ごめん」
「これで貸し借り無しだからな」
おどけたようにキリトは言うが、その表情は見えないものの、声色は非常に苦々しいものだった。
「君たち二人の持つユニークスキルは、その攻撃範囲故に多数で少数を相手にするには逆に不利だと教えておこう。そしてアリス君、君の弱点も」
「私の……弱点……?」
「君の速さは非常に厄介だ。そして武器を次々と変え不意を付くその戦法も、確かに対人戦ではかなりの脅威を誇るだろう。だが、一度見てしまえばその動きに対処することは可能である上に、何より――君の剣は、軽すぎる」
剣が……軽い。
それは、私も自覚していた事だ。
ステータスを敏捷に特化して振り分けていたため、私はどうしても一撃の強さが無い。それを補うために手数を増やしたり、脚で撹乱して攻撃をクリーンヒットさせたり、武器を突然変えることで不意を付くなど様々な工夫はしてきた。
だけど、それも全てを防がれてしまえば意味が無い。大木に、いくら木の枝を打ちつけようとかすかな切り傷をつけるだけのように。
ソードスキルなら――システムによって威力がブーストされた技でなら、威力不足を補うことは出来る。だけど――
「くっ……う……」
手が、震える。
かたかたと、剣先がぶれる。
さっきは一度も繋ぐ事無く失敗したため、ヒースクリフに《スキルチェイン》の事はばれていないはずだ。
だけど、本当に上手く行くだろうか?
全部防がれてしまったら、また、失敗してしまったら。そもそも《スキルチェイン》の事自体、あの男にはバレているんじゃ……。
怖い。
恐らく次は無い。次こそ、キリトが割り込む隙もなく、私は殺される。
死ぬことが、怖い。
私は、一歩を踏み出す勇気を失っていた――
◇Side コハル
アリスが震えてる。
圧倒的な強さを持つ茅場を前に、少女のように、震えている。
なのに、それなのに――
「なんで……なんで動かないの……!」
必死に身体を動かそうともがいても、指先一つ、ぴくりとも動かない。
アリスが――愛する人が、戦っているのに。私はただ、こうして無様に転がり眺める事しか出来ない。
何が、私がアリスを守る。何が、あなたと一緒に戦う、だ。
私は今、何も出来てやしないじゃないか――!
「アリス……アリス……ッ!」
名前を呼ぶことしか、出来ない。
赤子のように、ただ――
違う。
まだある。私にも、出来る事がある。
ほんの小さな事かもしれない。それでも、彼女の力になれることがまだ一つ、残ってる――!
「アリスッ!!!」
名前を叫ぶ。彼女がこちらを振り向いた。その瞳は不安に揺れ、普段の勇敢な彼女の姿はかけらも存在しなかった。
「私は――私は、見てるから! 貴女の事を、ずっと! 貴女が勝つところを、全部!」
彼女の目が見開かれた。
誰よりも愛しい女性に、心を込めて、声を上げる。
「だから……頑張って!」
◇Side アリス
「だから……頑張って!」
コハルが、声を張り上げて言った。
床に倒れたままの姿で、顔だけを上げ、涙を溢しながら、必死に。
「……っ! キリト君! 負けないで!!」
アスナが叫ぶ。キリトの目が見開かれた。
「キリトォ! アリス――! 負けんじゃねぇ! そんな奴に、負けんじゃねぇよこの野郎!!」
クラインが
「お前ら! 負けんな!! 相手は高が一人だ!! 何苦戦してんだ!!」
エギルが
「アリスさん! キリトさん! 戦えない俺達の代わりに、皆の代わりに頑張ってくれ!!」
ディアベルが
「「アリスさん! 勝ってください!!」」
ノーチラスが、ユナが
「くそっ!! おい! ビーター!! 負けたら承知しないぞ!!」
「《紅の戦姫》!! 頼む!! 勝ってくれ!!」
「「「「キリト!!! アリス!!!!」」」」
この場に立っている、私達以外の全員が、叫ぶ。
口々に――頑張れ、負けるなと叫び続ける。
その声は、混ざり合い、最早私とキリトの名前しか聞き取る事は出来ないけれど……
「あは……」
冷え切った身体に、火が灯る。暖かい何かが、全身を駆け巡り脈動していく。
力が――湧いてくる。
「……ねえ、今ってどれくらいプレイヤーが居るの?」
「え? 確か六千と――」
「六五○二名。それが現在の生存者の総数だ」
キリトが答える前に、茅場が口を開いた。
驚き、茅場を見る。
「まるで、最終決戦のような有様だな。こうして完全なアウェーの中、立ちはだかる魔王役というのも中々どうして――悪くない」
茅場は、少しだけ楽しそうに表情を崩した。そこには今まで見えなかった人間性が、ほんの僅か垣間見えた気がした。
「六五○二……それだけの人の願いを、私たちは背負ってるんだね……」
「ああ……そうだな……」
いや、今まで散って行った人も含めれば……一万人。その全員の希望を今、私たちは背負っているんだ。
「重い、なぁ……」
重い。重すぎて、潰されてしまいそうだ。
ディアベル達は、こんな重さを背負いながら今まで戦い続けてたんだ。
茅場が言っていた、私の剣が軽いという言葉。その真意がようやく理解できた。
今まで、私は自分とコハルのためだけに剣を振るってきた。
私の剣に乗っていたのは、たった二人分の想い。それは確かに、四千人もの怨念を背負う茅場にとって、軽いはずだった。
自覚して、ずんと心に圧し掛かる。一万人の想い、期待。
それは不思議と、心地の良い重さだった。
「キリト、フォローお願いしていい?」
「任された」
即答。
頼りになりすぎでしょ、この黒い剣士は。
剣を構えなおす。柄を強く握り締め、脚を引き、腰を落とす。
皆が応援してくれている。
皆が期待を込めてくれている。
なら、負ける訳にはいかない。
何より、コハルが私を見ていてくれる。近くで、私を信じていてくれる。
彼女が私が勝つことを信じてくれているのなら、私が自分を裏切る訳には、いかない。
キリトが左手の剣を前に、右手の剣を後ろに構えた。丁度、私と対になるようにして並ぶ。
「行こうぜ、相棒」
「うん、決着をつけよう。今、ここで!!」
同時に駆け出す。先程までの身体の震えは、既に無くなっていた。
「せぇぇやッ!!!」
「ぐっ……!?」
激突。
衝撃に飛ばされそうになる身体を気合で留め、剣を振り抜く。
切り下ろす、切り上げる、切り払う。
全て防がれるが、以前とは違い僅かながら茅場を後退させることが出来た。
時折来る反撃は、全て見切り最小限の動きで、皮一枚を切らせるようにして避ける。
見える。
茅場の動きも、自分の動きでさえも、全てがスローモーションのように、時間の流れがここだけ遅くなったかのように、全てを把握できる。
頭の中で、もう聞くことが出来ないと思っていた声が響いた。
『頑張ってください、アリスお姉ちゃん――』
今なら、いける――!
両片手剣最上位十二連撃《リュミエール・ソレール》
剣と拳、脚による輪舞。
一撃一撃に全霊を込め、斬り付ける。システムのアシストをフルに使い、威力を跳ね上げる。
以前までは出来なかった、上位技への介入も今の状態でなら苦も無く行うことが出来そうだ。
「ぅああああああァァァッ!!」
繋げる。
片手剣奥義技《ファントム・レイヴ》
「何ッ!?」
暗紫色の剣尖が、六度、盾を打ち付ける。
茅場の目が、驚愕に見開かれた。
構わずに剣を振り抜く。
繋げる。生き残ったプレイヤー全員の想いを。
細剣奥義技《フラッシング・ペネトレイター》
「くっ――!」
茅場はこの極短時間の間に《スキルチェイン》のカラクリに気が付いたらしく、私がメニューを操作するほんの数フレームの動きに合わせ、反撃をしようとしてきた。
「させるかよ!」
だけど、相手は私だけじゃない。
絶妙なタイミングでキリトが割り込み、茅場の剣を叩き落とした。
鮮黄色の九連撃、私は更に腕を閃かせる。
両手剣奥義技《カラミティ・ディザスター》
繋げる。死んでいった、皆の想いを。
曲刀奥義技《レギオン・デストロイヤー》
繋げる。私の――全部を!!
刀奥義技《散華》
両手斧奥義技《ダイナミック・ヴァイオレンス》
片手棍奥義技《ヴァリアブル・ブロウ》
両手槍奥義技《ディメンション・スタンピード》
「これで――最後ッ!!!」
茅場がこちらの動きを妨害しようとするたび、相棒が割り込み防ぐ。
奥義技を一つ叩き込むたび、茅場の盾が大きくぶれる。
今まで誰も抜くことの出来なかった、白亜の十字盾が今、僅かに上に浮き上がった!
両片手剣奥義技《ライジング・ザ・ホープ》
《英雄之剣》の奥義は、連撃じゃない。たった一撃。ただの、下段から上段への切り上げ。
その一撃に、私の全部を込める。
ステータスの限界を超えて、ありったけの力を込めて切り上げる。
眩い、目も眩む光が、立ち昇る希望の奔流が如く、盾とぶつかり合い、そして――
大きく、弾き飛ばした。
「キリトォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
私の後方から、まるでここで私が盾を抜くことを確信していたかのようなタイミングで、キリトが飛び込んできた。
紅い光芒を纏い、そのままヒースクリフの胸の中心へと、剣を突き立てる。
剣が突き立つその瞬間、茅場は動く事無く、自らを貫くその剣を目を閉じ受け入れた。
僅かに開いたその口元には、穏やかな笑みが確かに浮かんでいた。
ズンッ、と音がした。
一瞬の静寂の後、彼のHPバーが消失する。次いで、その身体がポリゴンエフェクトと共に四散していった。
二年間に渡る、長い、あまりにも長いデスゲームが、今、終わった――
・ヒースクリフの強さ
SAOにおけるラスボスとして立ちはだかる予定だったヒースクリフが弱いわけないだろ! ということで作中最強のキャラクターです。初見時では予測を上回る反応速度を見せたキリトや、実際に相対して分かるアリスの素早い、低身長というステータスの厄介さに苦戦しましたが、一度見てしまえば完璧に対処できます。
描写はしませんでしたが、アリスとキリトは所持するスキルの攻撃範囲の広さから、必ず一対一にならざるを得なくなり、もう一人が割り込んでくるタイミングを予測しているヒースクリフは反撃を加えたり受け流したりすることが出来ます。
・アリスの奥義連打
過去にユイがアリスの意識を加速し、死亡までの10秒を延ばした影響で思考速度の加速倍率がえらいことになってます。
《スキルチェイン》は、アリスの超人的な動体視力ありきの技でしたが、今までは見える情報に対して脳の処理が追いついていないため、単発技を繋ぐことしか出来ない未完成の状態でした。
思考速度の加速は意識的には出来ませんが、今回覚悟を決めたアリスの覚醒により、限定的に意識が加速し、奥義技の連打という神業を行うことができました。