SAOif 紅の戦姫と蒼の聖女   作:百合好きの獣

29 / 102
一年間もの長い間のご愛読、本当に、本当にありがとうございました。


剣の世界 終

◇Side アリス

 

 

 

 ヒースクリフ――茅場が消失した後、誰も口を開く事無く、痛いほどの沈黙がその場を支配していた。

 

「終わった……のか?」

 

 最初に口を開いたのは、クラインだった。

 麻痺が解除されたのか、ゆっくりと立ち上がりながら辺りを見回している。

 

「わからん……確かに、ヒースクリフは死んだはずだが……」

 

 茅場は言っていた。自分が死ねば、ゲームはクリアされると。

 だけど、クリアしたという実感が湧かない。これで、本当に終わったのだろうか。

 

「おい、なんか聞こえるぞ……」

 

 攻略組の一人が、声を上げた。

 耳を澄ますと、ノイズのようなジジジという音が聞こえる。

 

『ただいまより プレイヤーの皆様に 緊急のお知らせを行います』

 

 やがて聞こえてきたのは、ソフトな女性の声。

 大音量で流れるそれは、こう続けた。

 

『現在 ゲームは 強制管理モードで 稼動しております。 全ての モンスター及びアイテムスパンは停止します。 全ての NPCは 撤去されます。 全プレイヤーの ヒットポイントは 最大値で固定されます』

 

 誰も、何も言わない。

 ただ、耳を澄ませシステム音声に聞き入っている。

 

『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました』

 

 ゲームは、クリアされました。

 つまり、これって――

 

『プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます。 その場で お待ち下さい』

 

 突然、うわぁっという大歓声が広場を揺るがした。

 いや、ここだけじゃない。アインクラッド全体が、歓喜の声に揺さぶられ、震えていた。

 

 皆が抱き合い、転げ周り、両手を突き上げ泣きながら絶叫する最中、私はただ呆然とアナウンスを聞いていた。

 

 ゲームはクリアされました――ゲームはクリアされました――ゲームはクリアされました――

 

 じわじわと、実感が湧いてきた。そうだ、やったんだ。私は、クリアしたんだ!!

 

「コハ――「アリスッ!!!」

 

 最愛の彼女の名前を呼ぶ前に、ものすごい勢いでぶつかってきた何かに遮られた。

 そのまま地面に押し倒され、胸に顔を埋められる。

 確認するまでも無い――コハルだ。

 

「コハル……やったよ……私、やったよ……!!」

「うん……うん……! アリス、ありがとう……! 貴女はやっぱり、私のヒーローだ……!」

 

 お互い至近距離で見つめあい、喜びを分かち合う。

 涙が後から後から溢れ、滲んだ視界をそのままに、ぎゅっとコハルを抱きしめる。

 

 どれほど泣いただろうか。

 もうすぐログアウトが始まってしまう。その前に、コハルに聞きたいことがあった。

 

「ねえ、コハル。コハルの本当の名前を教えて欲しいな」

「本当の……?」

「うん。アバター名じゃなくて、現実の名前を。向こうでも絶対に会うために」

 

 コハルは目をぱちくりとさせると、涙を拭いはにかみながら言った。

 

「もう……それ、私が聞こうと思ってたのに……」

「同じ事、考えてたんだね」

「ふふ、そうだね」

 

 コハルは居住まいを正すように、私の上から退き、しっかりと私の目をみつめながら、名乗った。

 

「私の名前は、小春。本多小春。それが、私の本名だよ」

 

 それを聞いた瞬間、ぷっと吹き出してしまった。

 

「あ! 酷い! なんで笑うの!!」

「あはは、ごめんごめん。もしかしたらと思ったけど、まさか本当に本名をアバターの名前にしてるなんて……」

 

 頬を膨らませて怒る彼女をどうどうと宥め、私も自身の涙を拭う。

 コハルは、やっぱりコハルだった。

 誰よりも優しくて、誰よりも真面目で、少しだけ抜けている、誰よりも愛しい、私のパートナー。

 

「それじゃあ、アリスの名前は? 貴女の本名は、何ていうの?」

「私の名前はね――」

 

 どうやら、少々おしゃべりに時間をかけすぎてしまったみたいだ。

 私が名乗るその直前に、視界が白く染まっていった――

 

 

 

 

 

 

 全天が燃えるような、赤々とした夕焼け空だった。

 

 ここは一体どこだろう。

 足元には透明なガラス質の足場があり、そこから茜色の雲海がゆっくりと流れていくのが見れる。

 風が吹いているのか、かすかな音が耳朶を叩いた。

 

「ここは……?」

 

 声がした。

 振り向くと、見慣れた黒いコートに身を包んだ相棒――キリトの姿があった。

 

「キリト……」

「アリスか……。ここは一体どこなんだ? ゲームはクリアされたはずだから、現実世界で目を覚ますものだと思ってたんだけどな……」

 

 その問いに「分からない」と簡潔に答え、前を向く。

 遥か向こう、燃え盛る空の上に鋼鉄の城――アインクラッドが浮かんでいるのが見えた。

 

「アインクラッド……」

 

 私の隣、丁度ガラスの淵に腰掛けたキリトは郷愁を感じさせる声音で言った。

 薄い層が幾重にも重なり、その隙間から木々や湖の覗く巨大な浮遊城。私たちが二年間戦い続けた剣の世界が、今、眼下にある。

 

 ふと思い立ち、右手を振る。すると、見慣れたメニュー画面がこれまた聞きなれたサウンドエフェクトと共に出現した。

 けれど、そこに映る文字は全く見た事の無い文字列だった。

 

【最終フェイズ実行中 現在54%完了】

 

 意味が分からないと肩を竦め、メニューを閉じる。

 そのままキリトの隣に腰掛け、ただ二人、無言で崩れ行く城を眺めていた。

 

「なかなかに絶景だな」

 

 不意に傍らから声がした。顔を声の聞こえた右方向へと傾けると、いつの間に居たのか、一人の男が立っていた。

 茅場晶彦だった。

 聖騎士ヒースクリフではなく、裾の長い白衣に身を包んだ、線の細い鋭角な顔立ちはSAO開発者としての本来の姿だろう。

 ヒースクリフだったときと変わらない、金属質な瞳はただ、崩れ去る城を穏やかに見つめていた。

 

 この男とつい先程まで命をかけた闘いを繰り広げていたというのに、私の心はぽっかりと穴が開いたように、怒りや憎しみも無く、静かなままだった。

 

「あれは、どうなっているんだ」

「比喩的表現……と言うべきかな」

 

 キリトの問いに答える茅場の声もまた、静かだ。

 

「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置でデータの完全消去作業を行っている、あと十分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」

「あそこに居た人達は……どうなったの?」

 

 ぽつりと呟いた。その問いははたして茅場によって拾われる。

 

「心配には及ばない。先程――」

 

 茅場は右手を動かし、表示されたウィンドウをちらりと眺めると続けた。

 

「生き残った全プレイヤー、六五○二人のログアウトが完了した」

 

 そっか……。コハルも、アスナも、クライン達も。皆元の世界に帰る事が出来たんだ。

 安堵にそっと胸を撫で下ろす。だけど、それじゃあ私たちがここにいるのは何故だろうという疑問が湧いた。

 

「それじゃあ、俺達はなんでここにいるんだ?」

 

 キリトも同じ事を疑問に思ったらしい。茅場がゆっくりと口を開いた。

 

「これは私の最後の我侭のようなものさ。君たち二人とは最後に少しだけ話がしたくて、この時間をつくらせてもらった」

 

 よければ、付き合ってくれないかな――と、茅場は言った。

 

「なんで――こんなことをしたの……?」

 

 それは、恐らく全プレイヤー……いや、この事件に関わった全ての人が抱いたであろう疑問だった。

 茅場が苦笑をもらす気配がした。しばしの沈黙。

 

「なぜ――、か。私も長い間忘れていたよ。なぜだろうな。遥か以前……私が幼い子供の頃から、あの城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創りだす事だけを欲して生きてきた」

 

 茅場はそこで一度区切ると、記憶を辿るように目を瞑った。ややあって、目を開いた茅場が続ける。

 

「――子供は次から次へと色々な夢想をするだろう。空に浮かぶ鉄の城の空想に取り付かれたのは、何歳の頃だったかな……。その情景だけは、いつまで立っても私の中から去ろうとしなかった。むしろ、年を経るごとにどんどんリアルに、大きく広がっていった。この地上から飛び立って、あの城へ行きたい。長い、長い間、それだけが私の欲求だった。――私はね、キリト君、アリス君。まだ信じているのだよ――どこか別の世界には、本当にあの世界が存在するのだと――……」

 

 夢を語る茅場はいつになく饒舌で、そして穏やかだった。

 

 もし、あの城が実在して、私がそこに生まれ落ちたとする。

 私は剣士を夢見て――毎日、外へと出かけるだろう。そこで、一人の翡翠色の瞳をした少女と出会うんだ。

 二人はすぐに意気投合し、徐々に絆を育み……気が付けば、周りには少しキザったらしいライバルと、最高の仲間たちに囲まれていて――やがて、少女と私は恋に落ちる。

 

 ああ、それはなんて――幸せなんだろう。

 

「そうだと……いいね」

 

 私の隣で、キリトも頷いていた。

 茅場がふっと笑みを溢すように息を吐いた。

 

「一つ、質問をしてもいいかな」

 

 無言で頷き、続きを促す。

 

「最後の戦闘で、君たちはあまりにも成長しすぎた。いや、あれは成長というよりも――進化といった方が正しい。一体何が君たちを奮い立たせ、進化せしめたのか。私はそれが知りたい」

 

 茅場は真剣な表情でこちらを見つめ、そう問うてきた。

 何が私たちを進化させたのか……か。

 

「愛……かな?」

「愛――?」

「そう。大好きな人に――心から、守りたいと思う人に応援されたら、奮い立たない人間は……いないんじゃないかな」

 

 我ながら、クサい台詞だと思う。

 けれど、それが真実だった。

 あの時コハルが私を信じて――声を掛けてくれたからこそ、私は一歩を踏み出す勇気が持てた。戦う力を取り戻すことが出来た。

 

「後は、アレ……じゃないか?」

「あぁ、アレ……だね」

 

 キリトがいたずらっ子のような表情で、こちらに笑いかける。私も自然と、笑みを浮かべていた。

 

「アレ、とは?」

「「負けたくない」」

 

 声を揃え、答える。

 あの時、私は確かに思った。勝ちたい、この男に負けたくない――と。

 

「ふっ……そうか。君たちには本当によく驚かされる。ただ負けたくないという一心で、あれほどの成長を見せたというのかな」

「コハルが言うには、私とキリトは究極の負けず嫌いらしいよ?」

 

 私の言にキリトは違いないと同意した。茅場もおかしそうにくつくつと笑う。

 それっきり、私たちの間に会話は生まれなかった。全員が無言で空の果てを眺める。

 沈黙を破ったのは、茅場だった。

 

「……言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう、アリス君、キリト君」

 

 ぽつりと発せられたその言葉に、私たちは右隣に立つ茅場を見上げた。茅場は穏やかな――すっきりとした表情で私たちを見下ろしていた。

 

「――さて、私はそろそろ行くよ」

 

 茅場が振り返り、歩き出す。

 一陣の風が吹いた。思わず顔を覆う。風が止み、手を退けると、茅場の姿は忽然と消えていた。

 

 彼は、一体どこに行くのだろう。現実世界に帰還したのだろうか。

 いや、多分違うと私は思った。

 

 茅場は自分の意識を消去し、どこかにある本当のアインクラッドへと旅立ったのだと、何故かそう思えた。

 

 再び、キリトと二人きりで空を眺める。

 崩壊は、城以外にも及んでいた。無限に広がっていたはずの雲海が、その水平線を光に包み消えていくのが見える。光の浸食はあちこちに及び、徐々にこちらへと向かっているようだった。

 

「さて、キリトさん? 私たちの通算戦績は一体どうなっているでしょう?」

「そうですなぁ、アリスさん。確かに幾度と無く競争をしましたが、直接対決では一勝一敗でしたかな?」

 

 おどけるように、ふざけるようにして言うと、キリトもそれに乗っかってきた。お互い顔を見合わせ、声をあげ笑う。

 

「じゃあ、決着をつけようか?」

「ああ、ラスボス戦の後にライバルとの最終戦。これもまた、ゲームではよくある燃える展開だよな」

 

 私たちは究極の負けず嫌いだ。それは、たとえ死線を共に潜り抜けた相棒だろうと変わらない。

 いや、むしろキリトにこそ――私は一番負けたくない。

 

「キリトが勝ったら、私の本名を教えてあげるよ」

 

 私がそう言うと、キリトは意外そうにひゅうと口笛を吹いた。

 

「いいのかよ、リアルの情報なんて。まあ、最後だからな……じゃあ、アリスが勝ったら――」

「ううん、キリトの名前はいいよ」

 

 私は遮るようにして、言った。

 

「自分の名前を省略してアバター名にするだなんて、随分安直だね? 桐ヶ谷和人君?」

「なっ……おま……なんで……」

 

 キリトは口をぱくぱくと金魚のように閉口させ、こちらを凝視していた。

 してやったり、だ。

 

「にひひ……それを知りたかったら、私に勝つことだね――()()()()()()()?」

「――っ!? その呼び方、まさか、お前――!?」

 

 さあ、もう時間が無い。

 私は立ち上がり、数歩距離を取ると剣を構え振り向いた。キリトは私の正体に思いが至ったらしく、あーとかうーとか唸りながら頭を掻き、立ち上がった。

 

「お前の事、やけにデジャヴ感じると思ったら……あーっ! そう言う事かよ!!」

 

 やられたよ、とキリトはおかしそうに笑う。

 

「いつから気づいてた……って、まあいい。向こうでじっくり聞き出してやる」

「ふふふ……それは私に勝てたら、の話だってば」

 

 茜色の夕焼け空に包まれながら、キリトと私が向かい合う。

 

「じゃあ、行くぜ……相棒!」

「来い、相棒!」

 

 二人同時に駆け出す。

 

 崩壊する城を背景に、二人の剣士の影が交錯する。

 

 剣が交わる、甲高い金属音が鳴り響く。

 

 全天が燃えるような、赤々とした夕焼け空だった。

 

 

 

 

 

 

 空気に、匂いがある。

 最初に感じたのは、鼻を刺すような消毒液の匂い。次に、乾いた布から漂う、僅かな陽の匂いと、そして――自分の身体の匂い。

 ゆっくりと、瞼を開ける。ゆっくりととはいったものの、その動きは緩慢そのもので、ぺりぺりと薄皮か目やにか分からない何かを剥がしながら、徐々に目を開けていく。

 瞬間、脳の奥まで突き刺すような強烈な光に、慌てて瞼を閉じる。

 

 ゆっくりと、瞼を開ける。今度はそれほど時間がかからずに開くことが出来た。

 目に飛び込んできたのは、オフホワイトの天井だ。清潔そうな見た目と、先程感じた消毒液の匂いから薄らぼんやりとここが病院の一室であることを知覚する。

 

 病院。

 それは――つまり……。

 

「……ぁ……ぅ……」

 

 今までずっと使われなかった喉は、声を出すこともできず、しゃがれた音を発するだけだった。

 

 帰ってきた――

 

 自覚した瞬間、つうと頬を伝う感覚があった。

 涙だ。

 拭おうとして、手がまるで麻痺の状態異常にかかったかのように動かないことに気づいた。

 それでもゆっくりと腕を動かし、手のひらを眼前に持ってくる。

 枯れ枝のような腕に、電極らしきちいさなシールがいくつか張り付いており、そこからコードが傍らの機械に向かって伸びている。

 病的に白い肌には、うっすらと青い血管が浮き出ており、生物的過ぎるその造詣に逆に違和感を覚えてしまった。

 

 バタバタと、走り回る音がする。何か叫んでいるようにも聞こえるが、防音性が高いのかその内容までは把握できなかった。

 

 突然、病室の扉が勢いよく開かれた。

 

「お姉ちゃん――っ!!!」

 

 緩慢な動作で視線を向けると、そこには……数年ぶりに目にする妹――深藍の姿があった。

 深藍は、勢いそのままに私に飛びつくと、そのままわんわんと泣き始めた。

 

「……ぅ……ぁぃ……」

 

 泣き喚く妹は何を言っているのか分からなかったが、必死にここまで走って来たのだろう。額には珠のような汗が浮かび、髪は乱れぼさぼさのままだ。

 そっと、愛する妹の頭に手を置いた。くしゃり、と指先にゲームでは感じることの無かった、リアルすぎる髪の感覚が伝わる。

 その感触に、遅まきながら実感を得た。

 

――ああ、帰ってきたんだ

 

 

 

 

 

 

 目が覚めてから、数ヶ月が経過した。

 当初はやせ細り、日常的な動作を行うだけで酷い筋肉痛に見舞われる程だったし、そもそも歩くことすら満足に行えなかったものの、リハビリを順調にこなしどうにかこうにか退院にこぎつけることが出来た。

 

 担当医や担当の看護婦さんに見送られ、病室を後にする。

 この病室とも今日でさよならかと思うと、少しだけ寂しい気分だった。私が目を覚ましてから看護師さん達は甲斐甲斐しくお世話をしてくれたし、担当医の男性も随分と親身になってくれた。

 がらごろとスーツケースを曳きながら(妹が、私が目を覚ました時から事あるごとに服を持ってきたため荷物になってしまった)ロビーを抜け、玄関口から外へと出た。

 

 眩しい太陽の光を、手を翳して遮る。

 外来・玄関口を抜けて少し先。ロータリーを挟んだ向こう側に彼女は居た。

 私よりも随分早く退院した彼女は、石造りのベンチに腰掛け、所在なさげにそわそわとしている。

 

 くすり、と笑みが零れた。

 そのままがらがらと音を立てながら近づいていく。

 気づいた。私の姿を見て、少し驚いたように目を見開いた。その姿にまた笑う。

 

 目の前に辿り着いた。

 ここまで辿り着くのに、本当に、本当に長い道のりだった。感慨深さが余韻となって胸の中を駆け巡る。

 

 彼女は緊張したように深呼吸を一つすると、ようやく口を開いた。

 

「あ! あの!! ……えっと、こんにちは!!」

 

 始めて会った時と全く同じ台詞に、思わず噴出してしまった。

 どうやら彼女は狙ってやったらしく、お互い声を上げて笑いあう。

 ひとしきり笑うと、彼女は再び口を開いた。

 

「はじめまして、私、本多小春っていいます」

 

 それは、あの時の再現。私たちが出会った、一番最初の。

 少し違うところは、今私たちがいる場所は鋼鉄の城ではなく、現実の病院前であることと――本名を名乗ったこと。

 

「あなたの、お名前は……?」

 

 ここから先は、再現じゃない。続きだ。

 私たちが待ち望み、焦がれた、これから先を紡ぐ、最初の一歩。

 

 目を閉じて、息を吸う。

――本当に、色々な事があった。

 目を閉じて、息を吐く。

――そしてこれからも、色々な事があるんだろう。

 

 まだ何も分からない、未来への期待に胸を膨らませ、私は言う。

 

「私の、名前は――」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。